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軽石へちま

Author:軽石へちま
基本自キャラで凄まじく妄想してみる。
隠れ家なのでBLとか黒とか暗とか主。
キャラ崩壊必至。何とも思わないけども。
妄想についてこれる人だけどうぞ。

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影すら愛おしくて もう


「お! まぁたパンの差し入れ来てんだ!!」

 顔を洗いに水道へ行き、控室に戻ってきた俺を、三人のメンバーが迎える。テーブルの上には空の紙袋と、その中に入っていたのであろうパンが八個。メンバーの数を考慮しての数なんだろう。
 この差し入れは、俺たちがバンド組んで高校で活動を始めた一番最初のライブの時からもらっている。毎回毎回同じものなので、きっと同じ人なんだろうなということは分かるけれど、手紙もなければ差出人の名前もないので、いったい誰がくれるものなのか、俺には見当がつかなかった。高校の校内でやるライブの時も、ライブハウスでやる時も絶対にもらう差し入れだから、多分、高校の関係者なんだろうなとは思うけど。しかもこのパン、俺の大好物。パンにつぶあんとマーガリンはさんだ奴。コンビニので大満足なのに、これはどうも手作りっぽい。高校ん時、「これ小豆炊いてんじゃね?」とメンバーと驚きながら食べた覚えがある。
 高校を卒業し、大学に上がり、一時休止していたバンドを再結成させた。大学構内では細々と、活動のメインを外に移して、あちこちライブハウスに出かけては歌ってきた。小さなライブは何回もやっているのに、その度差し入れは控室にあった。どんな子がこれをくれるのか、毎回想像する。女なのか、男なのかもしれない。若いのか、俺の声が死んだ子供に似てるとかいう理由かもしれない。高校の関係者から洗い出せば絞り込めるような気もするけれど、俺が高校の時からバンド活動応援してくれてた奴って割といる。その中の誰なんだろう。いろんなことを考えて、一度会ってみたいなあと思う。お礼言わないのって卑怯くさいじゃないか。毎回毎回応援してくれてんのに、俺はその人に対しては何も返せていない。
 もし女の子だったら? きっと俺はその子のことを好きになる。でも、ライブでの俺を応援してくれてるだけなら、いつもと変わらないな。ステージの上にいない俺は、多分それほどカッコよく見えないだろう。それは舞台の魔法という奴で、俺が悪いんでも、相手の目が悪いんでもない。スポットライトが眩しすぎるだけの話だ。
 パイプ椅子に腰かけて、まだ流れる汗を首にかけたタオルで拭いながら、テーブルのパンを手に取る。これだけで十分美味いこのパンは、差し入れをもらった最初は焦げてたり形がいびつだった。それがだんだん形もきれいに、焦げることもなくなっていった。もしかしてパンから手作りなのか? そんな話もした気がする。それだけの手間をかけてくれる人って、本当に、いったい誰なんだろう。
 俺がパンにかぶりつくと、メンバーは三人して俺を冷たい目で見ている。とてもクリスマスライブを成功させた後とは思えない温度だ。

「……何さ、お前ら」
「何さじゃねぇよなあ。お前、毎回コレ貰ってて礼のひとつも言ってねえの?」

 ミネラルウォーターのボトルをべこべこ鳴らしながら俺にそう言うのは、ドラムやってる大輔で、ほかの二人もその言葉にうんうんと頷いた。なんつーか、どう考えてもアウェイです。

「礼っつったって、俺これくれる人に会ったことねぇし」
「ついさっき来たばっかだよ」

 ギターの翔太がテーブルに頬杖をつく。
 
「……何、お前ら。知ってたの、誰がコレくれてんのか」
「んー、まあ俺たちは高校ん時からばったり会ってたし。どうしても琴には黙っててほしいって言われたのもあるけど、どんだけ琴が鈍感だからってさすがに気づいてんだろうと思っててあえて言わなかった」

 そう言うのはベースの達樹で、やっぱりほかの二人は頷いていた。なんだよ、こいつら三人して俺に隠し事しやがって……!
 気づいてんだろうって!? わかってねえから想像するしかなかったんだろうが! 馬鹿かこいつら!! いやここまで言われると俺も反省すべきなんだろうけど!!

「じゃ、じゃあ誰なんだよ!! 教えろよ! 今度ちゃんとお礼言わねえと、」
「「「今度じゃなくて今行けっつってんだよ!!」」」

 突然ハモりやがったので(しかも大声)、耳がきーんとする。いつも喧嘩してばっかなのにこういう時だけ団結しやがって、ちくしょう。俺だけ除け者かよ!

「白いコートで小柄な女の子。俺たちよりお前のがよく知ってんだろ」

 どくん、と一際大きく心臓が脈打った。
 認めようとして、認めたくなくて、椅子に掛けっぱなしだったジャケットを急いでTシャツの上から羽織った。

「ついさっき出てったばっかだからすぐ追っかけなよ」
「ったく、何年世話焼かせんだよお前ら」
「毎回ライブ来てんの自分が一番知ってるくせに誰がくれたかわかんねぇとかwww」
「自演乙って感じだね」

 馬鹿どものコメントは最後まで聞かずに部屋を飛び出した。
 どくどく心臓が鳴っているのがわかる。会ったらどうなるんだ俺、どうなっちゃうんだ。
 白いコート。小柄な女の子。俺と高校の時から関わりがある子。瞼を閉じるとひとりの女の子の像、それしか見えてこない。その子しか、いない。
 ライブの時、会場にいるの見えた。後ろの方、すみっこで、でも見ててくれた。だから俺、ステージからあの子だけにウインク送った。そしたら控えめに小さく手を振ってくれて、気づいてくれてよかったと思った。あの子がいつもライブ来てくれてるの、知ってるよ、知ってたよ。
 ここは駅から少し離れている。駅へ行くには、近くの公園を突っ切っていくのが一番安全だ。
 走るとぽわぽわ白い息が浮かんで消える。寄り道なんかしないだろうから、駅へ向かう。公園を突っ切る。公園の出口に白い人影を見つける。小柄な後ろ姿。息が止まりそうなくらい、自分がドキドキしているのが、わかる。柄にもなく、すげえ緊張しているらしい。

「待って!!」

 走りながらでかい声で呼び止める。小さな肩がびくりと震えて、その歩みが止まる。白いコート。小柄な姿。薄いピンクのマフラーをしっかり首に巻いて、その子はゆっくり振り返った。その顔を見て、俺はひどく納得して、落ち着いたはずなのにまたどくどくと心臓が鳴った。
 ――ああ、織夏だ。
 ゆっくり近づくと、織夏は急に慌て出して、更に先へ進もうとする。なので少し足を速めて、コートの袖を掴んだ。

「……待ってよ、織夏」

 織夏は、マフラーに顔を埋めて、小さく頷いた。




 織夏を駅まで送って、そこで別れた。
 何話したかなんて全然覚えてない。ただ、差し入れを毎回もってきてくれていたのは織夏なんだな、って、本人に確認して、織夏はやっぱり小さく頷いて、そのまま「ごめんなさい」とでも言いそうな空気だったから、何よりも先にありがとうを伝えた。織夏のおかげで頑張れた。こんなに長いこと、毎回応援してくれてる人もいるんだな、って、思えたから頑張れたんだ。
 織夏はほとんど何も言わなかった。ただ顔を赤くして、それが照れなのか寒さからなのか俺にはわからなかった。あと、「おつかれさま。ライブの時の鈴城くん、普段よりすっごく生き生きしててかっこいいなってずっと思ってたよ」って、どもりながら、一生懸命俺にそう言ってくれた。誰に言われるより、ずっと嬉しかった。

「なあ、高校ん時からさ、ずっと同じ差し入れ貰ってるって言ったじゃん」
『あー、言ってたな』
「あれ、織夏だったんだ」
『………ふうん』

 ベンチに腰かけて、俺は真紘に電話した。クリスマスイブだというのに真紘はやっぱり特に何もなかったらしく、ひとりで部屋にいるんだそうだ。
 真紘の言い方からすると、あいつも気づいてたっぽいな。ほんと、わかってなかったの俺だけなのな。

「……こんなの、俺、自惚れるって……」

 自惚れる。だって俺、織夏がこうしてずっと応援してくれてんだってわかって、すげえ嬉しかったんだ。
 中学からずっと一緒のクラスだった女の子。全然そんなタイプには見えないのに、毎年一緒にクラス委員をやった。バレンタインも毎年くれた。内気で、引っ込み思案で、俺と話すといつもどもってて、……そういうの全部、そういう意味に取っていいのかな、って思ってしまう。
 電話の向こうの真紘は、はあ、と俺に聞こえるように溜息をついた。

『自惚れるだ? ざけんなよ、そんなの俺が許さない』

 突き放すような言葉。俺はぐっと拳を握る。

「なんでだよ、だって、そういう、ことじゃないのかよ」
『違う。塩見は他意も何もなく、ただクラスメイトを応援したいだけで、パン差し入れしたのもただ優しいからだろ。お前だって塩見の性格くらい分かってんだろ、誰にだってすげえ優しいって。あいつ、俺がバレー部のピンチヒッターで試合出た時も応援来たぞ』
「……けど」
『お前が自惚れるってことは、これまでと何も変わらないってことだろ。付き合いたきゃそうすりゃいい、塩見は断らないだろうしな。けど、お前が自惚れてるなら、いつもと同じで三か月もたない』

 反論したいけどできない。真紘の言うことは、間違ってない。
 織夏は断らない。織夏は優しいから。だから、俺に対する優しさも真紘に対する優しさも全部同じで。
 ……真紘の言うことは、織夏が俺のこと好きじゃない、っていうんじゃない。俺に、ちゃんと認めろって言ってんだ。

「……俺、織夏はヒロのこと好きなんじゃねぇかなあと思ってた時期がありますた」
『お前それ、塩見に土下座しろ』
「だってさ、ヒロとは割と普通にしゃべるしさあ。妬くぞ俺」
『自惚れたり妬いたり忙しいな』

 真面目な話をしようとするとついつい意気込むので、昔の癖でヒロって呼んでしまう。まあ別に名前間違えてるわけじゃないしいいんだけどさ、でも後から考えるとちと気恥ずかしいものがある。
 
「甘えてたな、俺」
『そうだな』
「織夏なら俺がどこ行こうと一緒にいてくれるんだって甘えてた」

 織夏は無条件で俺のそばにいてくれたから、特別な関係にならなくても一緒にいられるって甘えてた。だから他の女の子とだって余裕で付き合えた。そいつらがいたっていなくたって、織夏は俺の傍にいてくれるって、思ってたから。つまり、見ないふりをしていた。その“無条件”を装うために、織夏がどれだけのことをしてくれていたのか、俺は知らない。それを見たら、知ってしまったら、絶対に織夏は俺の特別になってしまう。それに、まだ織夏が自分を変えるために俺と一緒にいる、って線も否定しきれなかった。

「クラス委員ずっと俺と一緒にやってんの、内気克服したいのかなとか、思ってたよ、ちょっとはさ」

 織夏の頑張りを、俺の自意識過剰に含めちゃいけない。そうやって穿った目で見るのは、織夏にすげえ失礼だ。
 そうも思っていたから、織夏に軽口叩くこともできた。織夏すげえ可愛い。もしかして俺と付き合いたいとか!? って、結構な発言してきた。織夏がどうとも返せないのわかってたのにさ。

『あんな面倒くせぇ仕事、面倒くせぇ相棒と六年続けてなんてできっかよ。内気直すならもっと他にもいろいろあんだろ』

 そう、そうなのだ。
 節目ごとに俺は自惚れそうになって、でもダメなんだと自分に言い聞かせて、今回の差し入れのことだった、俺は、きっと、ずっと前から気づいていたんだ。
 気づいていて蓋をした。見ないふりをした。見たら、知ったら、どうしたって俺は気づいちゃうだろ、織夏はずっと俺の特別だったって。
 初めて織夏を見た中一の春。織夏は覚えてないのかもしれないけど、入学式の朝、教室一番乗りしようとしていた俺より早く、織夏が教室の前にいた。教室にはまだ誰もいないのわかりきってるのに、誰もいない教室のドアをあける手は震えているように見えた。扉に手をかけて、大きく深呼吸して、それから凛とした瞳でがらりとドアを開けた織夏を見て、綺麗だなって思ったし、この子ほっとけねえなあ、って、思った。実際ほっとけなかった。
 急に面白くなって、俺は笑い出した。電話の向こうでヒロがぎょっとしているのがわかる。頭大丈夫か? とか聞かれる。大丈夫じゃない。大丈夫なんかじゃなかった。

「あー!!!! ダメだ俺! 織夏のことちょー好きだわ!! 何コレ、なんで俺今まで何もしてこなかったんだろう!」

 見ないように蓋をした。気になって蓋にちょっと触れたら、吹き零れた。
 なんで俺他の女と付き合えたんだろう、なんだよ、俺、自分がこんなに織夏のことばっかり考えてるって、思ってなかった。
 自惚れる要素なんかなくたっていい。だって、俺自身が織夏のことこんだけ好きなんだって、痛いくらいわかってしまった。

「ごめんなあヒロ、俺先にリア充になるわ!」
『玉砕という可能性は考えてないのか。おめでたいなあ』
「ないな! なぜなら俺は、」

 わかるだろ、今の俺はすげえんだ、星とったマリオみたいな感じなんだ。超強いんだ、無敵なんだ!

「俺は、ちょーカッコイイからです!!!」




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2011.10.05(Wed) | Title | cm(0) | tb(0) |

この夜にため息




「……また来てるのぉ?」

 アパートの前であたしは肩を落とした。二階にあるあたしの部屋の前。明らかに誰かの人影がそこにはある。その影の主もあたしがここまで来ていることに気づいたらしく、ひょっこりと外に頭を出してにこにこと人懐っこい笑顔で手を振ってくる。仕方なしに部屋へと向かったあたしを、そいつはドアの前でじっと待っていた。

「おかえりアヤちゃん。遅かったんだね」
「レポートあるから図書館寄ってたんだもん」
「冬休み前だから仕方ないね」

 そいつはあたしよりずっと背が高い。高校の頃はこいつ、ずっと猫背だったからあんまり意識したことなんてなかったんだけど、大学に入ってしゃんとしたら本当はこんなに背高かったんだってびっくりしたのをよく覚えている。ドアの前にはでっかいアルミケースが置かれている。多分、中身は双眼鏡。いつも双眼鏡だから今日もそうなんだろう。
 こいつは、あたしの彼氏でもなんでもないのにこうしてちょくちょくあたしの部屋に来ては、あたしの帰りをドアの前で待っている。理由は一応、天体観測にちょうどいい広場の近くであたしが一人暮らしを始めたから。彼氏じゃないって自覚はあるのか、『帰って来ないの?』なんてメールをしてきたり電話をしてきたり、なんてことはない。でもメールだとか電話しないからって待っててもらっていいかっていうとそういうわけでもない。当然だ。これからどんどん寒くなるのに、部屋の前なんて寒いところで待たれて風邪でも引かれたらあたしが悪いみたいじゃない。
 ……なんて考えてても埒は明かないわけで。言っても直らないからあたしももう諦め気味なのだ。

「あーあ。まあいいや、入っていいよ遠藤くん」
「嵐でいいよ、アヤちゃん」
「はいはい、遠藤くん」
「手厳しいなあ」

 アルミケースを持ち上げて、あたしの後に続いて部屋に入るこの男。
 ずっと猫背で、よくどもってて、瓶底メガネだった遠藤 嵐、そいつと同一人物だ。



 今の遠藤 嵐はあの瓶底眼鏡なんてしてない。弁明しておくと、それはあたしが強要したものじゃなくて、大学に入る時に彼が自分でコンタクトにしたのだ。それをあたしが知ったのは入学してからのことで、今までとは全く違う性格にあたしが一番驚いたくらいだ。正直、遠藤くんって眼鏡外せばただのイケメンだし、着こなしがアレなだけで服のセンス自体は悪くないし。だからそれなりに大学構内でも噂になってるらしい。いやまあ、顔がコレで服がソレってだけで噂になるならいいけど、キャンパスであたしを見かけるたびに「アヤちゃーんっ」て手を振ってくるからそれも噂の原因のひとつ。ほんと、そういうガキっぽいところはアラシのまんまだ。

「お礼に俺が何か飲み物作るよ。アヤちゃん何がいい?」
「うーん、ココアかなあ」
「じゃ、俺もそれでいいや。ココアって棚の一番上にあるのでいいの?」
「うん」

 勝手知ったる手つきで遠藤くんは食器棚からマグを出して、ココアの粉を入れていく。……ちなみに遠藤くんの使うマグは遠藤くん専用のマグで、この部屋には食器が二組ずつ揃っている。最初は全然そんなつもりなかったのに、買い物とか手伝ってもらってたら、気がついたら二組ずつ揃えていた。勿論友達が遊びに来たときなんかにも食器は使うけど、あのマグは遠藤くん専用の。彼氏でもないのにあたしは何やってんだか、自分でも本当に意味がわからない。
 冷蔵庫から牛乳のパックを取り出すと、中身を鍋にあけて、火にかけて。一連の動作の後、遠藤くんはにこにこ笑いながら振り返って、ソファーでくつろぐあたしを見た。

「アヤちゃん、今日ふたご座流星群が極大なんだ」

 ……だろうと思った。
 ソファーに腰掛けて携帯をいじりながら、知ってる、と答えると、「え?」と少し驚いたような声がした。

「知ってたんだ」
「テレビでやってたもん」
「そうなんだ」

 あたしでも知ってることだから、遠藤くんは多分もっともっと前から分かってたんだろうなあ。
 遠藤くんは大学では宇宙科学系の学科に進んで、惑星がどうのこうのとか彗星がどうのこうのとか、そういうのを研究してる。でもって科学館の手伝いのバイトしつつ、そこの科学館にあるプラネタリウムの解説員の隣でいろいろ勉強しているらしい。だからてっきり解説員になりたいのかと思って聞いてみると、そういうわけでもないみたいだ。一応学芸員の資格も教員免許も取るけど、遠藤くんが本当になりたいものっていうのは研究者であって、解説員とかそういうのではないんだという。NASAだのJAXAだのってスケールでかすぎるけど、けど遠藤くんが言うならあたしもちょっとは応援してしまうかもしれない。
 そんなあたしも感化されたのかなんなのか、文学部でギリシャ神話研究の真似事なんかしちゃってる。ほんと、なんにもならないのになあ。もうちょっと実践的な学部に進めばよかったのに、何でわざわざこんな道に進んでしまったんだか。

「そうだアヤちゃん、冬休み何か予定ある?」
「んー? サークルの飲み会、なかったっけ? 春休みの合宿の詳細決めるって体で」
「それとは別で」

 にこりと笑って、遠藤くんは温まったミルクをマグに入れた。ふたつ並んだマグの中身を、順にスプーンで掻き回す。
 遠藤くんはもちろん(というべきなんだろうな)、あたしは何故か、天文研究のサークルに所属している。学部とか校舎が違っても、サークルで顔を合わせることは少なくない。人数もそう多くないサークルで、同じように天文研究と銘打っていても実質飲みサーになっているようなところと違って、割としっかり活動をしているサークルだ。
 冬休みはあまり長くないし、後期試験やレポートだとか論文の準備もあるから合宿なんかは全部春休み。その春休みの合宿の詳細を決めるための飲み会っていうか親睦会っていうか忘年会っていうか新年会っていうか、つまり詳しくまだ決まってないんだけど、とにかくそういうのが冬休みには予定されてる。

「あとはバイトとか、それくらいかなあ」
「俺と軽井沢行かない? 夏休みに行ったところ」
「軽井沢?」

 ココアを溶かし終えた遠藤くんが、マグをふたつ手にして戻ってくる。あたしのマグを手渡すと、そのまま隣に腰を下ろす。

「軽井沢って、あの望遠鏡とか揃ってたペンションの?」
「そう。せっかくだから冬の夜空もどうかなと思って。もちろん、俺が誘ったんだから料金俺が払うよ」

 ずず、とココアを啜りながら考える。甘い香りが口いっぱいに広がった。
 遠藤くんの言う軽井沢とは、軽井沢のペンションのこと。ちょっとしたドームだとか、天文関係の資料とか、天体望遠鏡まで揃ってるペンションで、オーナーさんが天文好きなんだとか。実は夏休みにも誘われて、サークルとは関係なく二人でそこまで行った。しかもしかも、料金は全額遠藤くん持ち。それの何が問題だったかって、この男、何を思ったかツイン一部屋しか予約しなかったのだ。万が一にも何もないからツインにしましたと言わんばかりの爽やかさだった。事実何もなかった。部屋に付属のお風呂に漬かってた時にひょっこり顔出して来たときは思わずシャンプーのボトル投げつけたけど、それ以外には本当に何もなかった。
 いや、言いませんけどね、別にあたしは遠藤くんが嫌いとかそういうんじゃなくって、そりゃあまあ、二人だけで旅行してもいいかなと思ってはいるくらいだし、ツイン一部屋だってもう一部屋取れなんて言わなかったし、だからまあ、遠藤くんにそういう気があるなら、ねえ? 別に嫌とかじゃないんだけど、夏の一件でおそらくそういうのは永遠にないだろうと実感いたしました。何かあって欲しいってわけでは決してないけれど、でも、ないのはないで、それもどうかと思うわけで。遠藤くんは幸せそうにあたしの隣でココア啜ってやがるし。

「いーですけどね、別にぃ」

 ほっこり温かな息を吐き出す遠藤くんを横目で見つつぼやくと、何故だか彼は「え!?」と目をきらきらさせた。何事だ。

「え、いいの!? 一緒に来てくれるの!?」
「え!? え、いや、あ、そういう意味で言ったんじゃ、」
「俺アヤちゃんいないとテンション上がらないからさー! 隣にアヤちゃんいてくれなきゃダメなんだ」

 ここまで言われるともう怒ったらいいのか喜んだらいいのかさっぱりだ。どんなに考えたところで、遠藤くんがそんなに真剣に考えて喋ってないこともあたしにはわかる。
 この人生、諦めたと思ってこの男友達に付き合ってやるのもいいかもしれない。ていうか多分、神様があたしにそう言ってるんだ。綾奈、来世では王子様と結婚させてあげるから、今はその男に付き合ってやりなさい、ってね。しょうもない神様もいたもんだわ。

「……いいですけどねー、別にー」
「ほんと!? ほんとにほんとだね!?」
「星見るの嫌いじゃないし。全部遠藤くん持ちなら断る理由もないかなって」
「じゃあ行こうね! ちゃんと俺全部用意するから、絶対だよ! はい約束っ」

 ソファーの目の前のテーブルにマグを一度置くと、遠藤くんは勢い良く右手の小指をあたしに突き出してきた。なんのつもりやら。お子ちゃまじゃあるまいし。
 あたしがかなり躊躇していると、ほら早く、と遠藤くんが急かす。仕方なく、その小指にあたしも同じように小指を絡めた。子供の頃以来していない指切りをする。懐かしい気持ちになるのと一緒に、なんかよくわかんない感情に支配される。何やってんだろう、あたし。
 指が離れると、あたしはすぐマグで顔を隠すようにココアを飲んだ。

「それで、流星群って何時頃が一番見ごろなの?」
「うん? 日付変わるくらいかなあ」
「……また泊まってくの?」

 これが初めてでないところがミソだ。だからこそこやつは夏に軽井沢行った時もツインしか予約しなかったんだ。あたしと同じ部屋で寝ることに慣れてしまったから。

「ダメかなあ?」

 あたしの機嫌を伺うように遠藤くんが首を傾げる。ダメかなあ、じゃない。普通ダメに決まってる。でもだからって外で風邪引けと言うわけにもいかず。

「……ほんと、遠藤くんはこれだから」

 あたしは盛大にため息をついたのだった。





2010.12.19(Sun) | Title | cm(0) | tb(0) |

世界の果てと柔らかな永遠  1



「お嬢様! 朝食のお時間ですよ、起きて下さい」

 ――懐かしい感触。ふかふかで無駄に広いベッド。薄く目を開くと、シルクの光沢が真っ先に目に入る。
 自分の長い髪がシーツの上に散っているのも見える。ああ、懐かしい。ここは、高校時代まであたしが住んでいた家。実家だ。

「お嬢様!!」

 それが分かれば声も聞きなれたもので、あたしの身の回りの世話をしてくれている家政婦さんのものだとわかった。その声も何年聞いてないかしら?
 上体を起こすとぱさりと黒い髪が一房胸に向かって落ちる。ああ懐かしい、寝るときにいつも着ていたネグリジェだ。寝ぼけ眼で家政婦さんを見れば、よく知ったイライラ顔であたしを見た後、レースのカーテンを一気に開ける。朝の日差しが眩しい。少し冷え込んでいる秋の朝の空気に、両腕を摩った。

「何をしてらっしゃるんですか、紗央お嬢様。お父様とお母様が食堂でお待ちですよ」
「う、ん……? ……だって、パパとママは、仕事でフランスに……」
「まあ、寝ぼけてないで顔を洗ってらっしゃい! お父様もお母様も、先月こちらにお戻りになったでしょう?」
「……ふえ?」

 パパとママが、家に戻ってくる? だってずっとフランスで仕事してたのに。
 ううん、そもそもなんであたし実家にいるわけ? 今日も朝から仕事があるのに――。

「ッ!!」

 一気に頭が目覚めて、部屋をぐるりと見回す。
 いつもの部屋じゃない。実家の部屋だ。大きい机には、あたしが家を出るときにすべて捨てたはずの教科書の類がまだ置いてあって、ドアの前のコートハンガーには、制服が一式、かかっている。
 長袖しか着たことがない、高校時代の制服。

(――ああ)

 今のあたしは、高校生なんだ。




「おはよう、パパ、ママ」

 緩い螺旋の階段を下りると、懐かしい両親の顔があった。パパの顔は相変わらず理央奈央のパパの顔にそっくり。ママはハーフで、あたしと同じ青い瞳をしている。二人とも朝食を終えたらしく、食後のコーヒーを楽しんでいるところだった。食卓の定位置だった場所に腰掛けると、程なくしてオレンジジュースとサラダ、コーンスープが運ばれてきた。いつもはこの後卵料理が運ばれてくる。そんなにお腹が空いていなかったあたしは、「卵はいいから」と次のプレートを辞退してフォークでサラダをつつき始める。あたしの言葉に、む、とパパが顔をしかめたのがわかった。

「朝はちゃんと食べないと駄目だろう、紗央」
「お腹空いてないんだもの、いいの」
「駄目よ紗央ちゃん、男性の前でお腹が鳴ったら恥ずかしいでしょう? しっかり食べなさい」

 男性?
 ピンポイントなママの言葉に、あたしはトマトをぷつりと刺しながら首を傾げる。

「男性って? パパのこと?」
「紗央ちゃんったら、今日のために私たちが帰ってきたこと忘れちゃったの?」

 心底可笑しそうにママは笑って、パパを目を合わせてもう一度笑った。
 何のことだかさっぱり分かってないあたしの前に、ゴーサインが出されたからかオムレツが運ばれてきた。一応配慮はされているようで、普段より少し小さめのオムレツ。これくらいなら食べられそうだった。
 ……今日のためにパパとママが帰国した? となると、何か大きな発表会だろうか? 帰ってくるのなんてそれくらいしか考えられない。けど、あたしにも関係があることって?

「ねえママ、今日って何があるんだっけ? あたしど忘れしちゃって」
「そんなこと言ってたら先方に怒られてしまうぞ」
「そうよ紗央ちゃん。これからめいっぱいおめかしするんだから、ちゃんと気合い入れなきゃね」

 だから何に対して? あたしがおめかしするって、

「前から言ってあっただろう? 今日は見合いをしてもらう、と」

 ――お、見合い?
 パパとママは至って上機嫌で、いい縁談だってのがよくわかる。でもあたしは高校の頃にお見合いなんてした覚えはないし、結婚なんてしないで就職したし!

(――まあ、でも)

 あたしの知らないあたしの未来を見るのも、悪くないかもしれない。
 だってあたしはつまり本編を知っているわけなんだから、これは夢ということで間違いないの。
 温かいコーンスープを啜って、他人事みたいにそんなことを思った。



2010.11.03(Wed) | Title | cm(0) | tb(0) |

恋する赤い鳥



「はい、三秒以内に起きないとおでこに“ハゲてください”って書くわよ」
「……誰に頼んでんだそれは……」

 煎餅布団の上でタクはごろりと寝そべったまま、眠そうに瞼を持ち上げてあたしを見る。枕をしっかり抱きかかえて、両足で掛け布団を挟みこんでる。
 一応目は覚めたみたいだから良しとして、吹き零れる前に鍋の火を止める。起き上がったような音が聞こえないってことはまだごろごろやってるんだろう。地域の大人がこんなんで本当にいいわけ? よくないわよ、仮にもおまわりさんだっていうなら尚更!

「……つーかお前、まだ七時前じゃねぇか……。行き過ぎた早起きなんて、あー、老けてんなぁお前」
「うるさいわね、高校生が日曜に早起きなんて褒められこそすれ老けてるなんて言われることじゃないわよ!」
「常識外れな時間に訪ねてくるのはボケ始めた婆さんのすることだぞ。ついでに言えば、俺まで老けさせようというのかお前は」
「三十路前のオッサンの方が余程老けてるじゃない!」
「黙れ俺はまだ現役バリバリでぶいぶい言わしてんだよ」
「何その古臭い言い回し!!」

 ていうか、タクは警察官だから日曜が休みってわけじゃない。駐在さんだから変則的な部分はあるのかもしれないけど、それでも仕事のある日にこの体たらくって。誰か徹底的にこの男を管理してくれる心の広い女性はいないのかしら。いたらこの部屋がこんな大惨事になってるわけがないから、考えるだけ無駄ってやつかもしれない。
 そんな会話をしてもまだタクが布団から起き上がる気配はない。流石にタイムリミットだ。朝ごはんはもうできあがりそうだから、ポニーテールにしていた髪を下ろして、それまで使っていたゴムを手首にかけ、スタンバイしてあった油性ペンを手に取ると台所からタクの布団へと再び向かう。顔に影ができて、タクもあたしが近づいたことに気付いたらしい。

「別バージョンとして“肉刺”ってのもあるけどどっちがいい?」
「わかった、起きる。起きるから不定休の公務員にその罰ゲームはやめてくれ」
「定休の公務員には罰ゲームしてもいいってこと? それって自分卑下? それとも持ち上げてるの?」
「人の揚げ足を取るな、ガキが」

 そう言ってタクは起き上がると、あたしに軽く頭突きを食らわせた。地味に痛い。第一揚げ足取らせるようなことしてる方が悪いんじゃない。
 タクが着替えるというので、あたしはそそくさと台所へ戻った。駐在って交番と家がくっついてるようなものだから、ここの他にも部屋はあるんだけどタクの居住スペースは台所と繋がっているこの部屋だけなのだ。他の部屋を何故使わないかって、……汚くするくせに片付けられないからだと思う、多分。だから着替えるっていう時はあたしが逃げるかタクが自分で移動するかどっちかだ。あたしが逃げるのが立場的に正しいんだろうとは思うけど。

「で? 今日は何作ってんだよ」

 それが着替え終了の合図。まだ時間に余裕があるからだろう、ネクタイは緩く締めてあるだけ。制服の白いシャツは、さっきタクが寝ている間にあたしが軽くアイロンをかけておいたものだ。だってよく腕まくりとかするし、自分で洗濯したって干す時ろくにしわ伸ばししないからいつもシャツが皺になっている。そういうのあたしは気になって仕方ない性質なのだから仕方ない。
 居間のちゃぶ台にカリカリに焼いたベーコンと目玉焼き、付け合せに作ったサラダ、オニオンスープを並べ、それから台所に大事に置いておいたバスケットを中央に置く。バスケットには赤いギンガムチェックのマットを被せてある。その端を摘んで、中身を大公開してやった。

「手作りバターロール! たまには洋食ってのもいいでしょ?」
「へー、こんなの手作りできるもんなのか」
「あたしにかかればちょろいもんよ」
「ふーん」

 ふーん、って、今のはちょっと突っ込みどころだと思うんだけど。いつもの調子だからスルーされたのかも? バスケット一杯に入ったバターロールをひとつ手に取ると、何事もなかったかのように味見を始めている。……えっと、これは何か、自分が視界に入れてもらえてないみたいで変に不安になる。
 タクがあたしを横目で見る。静かになったのを不思議に思ってるみたい。

「……なんかコレにヤバいもんでも入れたのか、お前」
「自分の料理を汚すはずないでしょ」
「なら妙な顔してんなよ。こんなん職人しか作れねぇもんだと思ってた。意外とやるな」
「い、」

 ――なんだ、普通に感心してくれてただけだったのか。
 変に不安になった自分が馬鹿みたいだ。……別に、そんな、気にするほど不安だったわけじゃないけど。そもそもそんなに不安なんかじゃなかったわよ、ぴったり当てはまる言葉があんまり思いつかなかっただけで!

「意外じゃないわよ。あたしだもの、当然よ」
「さいですか。……手作りの洋食なんて食う機会なかったからな」
「手作りってほどじゃないでしょ、こんなの……。あ、も、もしかして洋食あんまり好きじゃない? 和食のが好き?」

 突然変なこと言い出すから気になってそう声を上げるあたしを、タクは不思議そうな目で見ながらバスケットの中のバターロールに再び手を伸ばす。いちいちやかましいんだよ、とお叱りの言葉付きだ。

「実家にいた頃は親がガチガチの古代人だったからな。就職してからはずっとこんな調子だから、まともな洋食なんて食ったことほとんどねぇんだよ」
「古代人って……。いいじゃない和食。あたし好きよ? ていうか、今のタクの食生活のがおかしいんだから! 和食でも洋食でもいいからちゃんとしたもの食べなさいよ!」
「食ってるよ、お前が来た時は」
「あたしだって毎日来れるわけじゃ、」
「ほとんど毎日来てんだろうが。律儀に冷蔵庫におかず入れて帰るし」
「あ、余ったからよ、勿体無いじゃない!」
「そーですか」

 別に、別にっ、タクの食生活が心配だからそんなことしてるんじゃないしっ、ただ夕飯作ってあげて、材料が余ったから、タクじゃまともに使えないだろうしと思って、エコよエコ、地球のためにしてるのよ、最終的にそれをタクが食べて食生活が安泰っていうなら、まあ本意ではなかったにしてもよかったんじゃない、そういう感じよ!! 
 自分じゃ家事とか何もできないくせに彼女もいなくて、それなのにあたしに対して上目線なんて偉そうなのよ、ばかっ!

「うし、じゃあ行くかな」

 朝食を食べ終えた後の食器を片付けてそのまま流しで顔を洗うと、タクはぱしんと両手で頬を軽く叩いた。乾いたタオルを差し出すと、悪いな、という言葉と一緒に顔をわしゃわしゃ拭いて、それをそのまま首にかける。……おまわりさんっていうよりも、どっかの土木工作員だ。

「タオルなんか巻いて、そんなに汗っかきなの?」

 バスケット一杯に持ってきたバターロールは、勿体無いからとタクが全部食べた。育ち盛り……とは違うと思うけど、体力をつけなきゃいけない年齢ではありそうだ。食べてくれるのはあたしとしても嬉しい、もとい、持ってきたんだから食べてくれなきゃ困る!
 
「いやあ、山田のじーさんが芋掘り手伝えっつーもんだから。これから行かねぇとな」
「はぁ!? それ警察官の仕事!?」
「さあな。でも、こういうとこは人間同士の繋がりが深い。ひとり分かれば全体が分かる。事件事故よりも爺さん婆さんが寂しくしてる方が余程俺の仕事が増える、ってな」

 ……かっこつけてるつもりなのかしら。
 ……でも、タクはかっこつけてても、本気でそう思っていそうな気がする。人の繋がりを大事に守ろうとしているような気がしている。かっこつけててもあんまりかっこよくないのが玉に瑕かもね。
 そう思っていても、どうしたってあたしはこの人を好ましく思うのを止められないだろう。この人があたしを助けてくれたから。世界の青さに膝をついて泣いていたあたしを、助けてくれたから。

「ね、あたしも行っていい?」

 バスケットの中にマットを畳んで入れて、純粋に好奇心から訊ねると、またどこか見下したような目で見られた。……ムカつく。

「そんなピラピラした服着て何するってんだよ」
「タクの服着ていくから平気よ」
「俺とお前じゃ一応サイズが違うわけだが、……いくら田舎とは言え道の真ん中で脱げたら恥ずかしいぞ? 俺ぜってー他人の振りするからな」
「そしたら“この人に服剥ぎ取られたんです!”って大泣きしてやるわ」
「……お前ってほんとにえげつないな」
「お褒めに預かり光栄ね」
「褒め言葉に聞こえるってんだからおめでたい頭だよ」

 ぶつぶつ言いながらタクはろくに整頓もしてない箪笥から、適当にシャツとズボンを引っ張り出して、ついでにその二つのアイテムにベルトをプラスしてあたしに寄越す。うわ、ほんとに大きい。
 
「五分で着替えなきゃ置いてくからな」
「言うのはいいけどっ、そう言うなら早く出てってよね!!」
「誰もガキの着替えなんざ見たかねぇよ」
「誰がガキよ、ガキじゃないわよ!」
「さてどうだかな」
「~~~っ、オジサン!! セクハラっ! 鈍感! タクのばかっ!!」
「鈍感は関係な、どわッ」

 手近にあったアイロンを勢いよく投げつけるとようやくタクは退散した。……誰がガキよ、誰が。十分育ってるわよ!! そこらへんの女子高生と一緒にしないで欲しいわ!!
 とは思っていても、言われてしまえばちょっと気になってしまったり。

「っ、ガキじゃないわよ、……多分」

 ひとりで呟いた声は誰に届くことも無い。なんか、乗せられた気がする。
 着ていたワンピースを脱いで、上に大きすぎるシャツを着て、ズボンを履いたらベルトでめいっぱい絞って、裾は何回も折り返して、どうにか普通に動ける程度に落ち着いた。
 芋掘りなんて幼稚園以来かもしれない。芋っていろいろ幅利かせられるからありがたかったりして。
 服がぶかぶかだから変にがに股になってしまう。これは可愛くないな、そう思いながらタクの元へ向かうことにする。
 ――五分、経ってないといいけど。


2009.08.09(Sun) | Title | cm(0) | tb(0) |

闇夜にひとつぶを



「あれ? 流風くんこんな時間にお出かけ?」
「んー、ガム切らしちゃってさ。あれないと仕事捗らないわけ。すぐ戻るよ」
「気をつけてね」
「あいよ」

 リビングの掛け時計が午後九時を告げた。部屋を出て階段を下り、リビングを横切った俺は奈央とそんな会話をする。
 ガムを切らすことなどほとんどない。いつも部屋にはボトルガムを常備しているからだ。ところが今日は、学校にそいつを持っていって置いてきてしまったから自室にガムがない。これはもうどっちにも置いとく手に出るほかなさそうだ。ジャケットの襟を正して玄関へ向かうと、どたどたとやかましい足音が近づいてくる。この家でこういう美しくない音を立てる人間なんてひとりしかいない。

「あたしも行くわ。護衛しなさい」
「出かけるならどーぞご勝手に。つーかお前警官なんだし寧ろ守って欲しいくらいなんですケド?」

 紗央に背を向けたままそう告げると思いっきり太ももを後ろから蹴られてつんのめる。この家で暴力的な人間はこいつしかいないし、加減を知らないのもこいつしかいない。加減する気がないんじゃなく、加減そのものを知らないのだ。

「ってぇ……、そんなだからその見てくれで男いないんだよ、いー加減自覚した方がいいと思うけど?」
「うるさいわね、必要ないもの今のところ」
「そうほざいてるうちに人間は年を取るんだよねぇ」
「あんたもね」
「俺には将来を誓い合うスイートハニーがいるから」
「誓い合う“予定”でしょ? あたしも理央もそんなに優しくないわよ?」

 続いて紗央が黒いパンプスを履く。どうやら本当に着いてくるらしい。
 マジかよ、と目で訴えているうちに紗央はさっさとドアを開いて、

「早くしないと置いてくわよ」

 立場逆転。めんどくせぇ女だ、ホント。




「で? どこ行くつもりだったの、あんた」
「あー? ボトルガムだし、コンビニで十分だろ」
「コンビニ行くならスーパーにしなさいよ。せっかく二十四時間営業してるんだし」
「どっちだって変わんないと思うけど」
「家庭持つ気があるなら『節約』『倹約』って言葉を覚えることね、流風クン?」

 春の終わり、夏は間近だが夜はまだまだ肌寒い。外灯の明かりもなんだかちかちかしていて心もとない感じがする。その中を歩く俺と紗央。目的地は近くの二十四時間営業のスーパーだ。
 元々接点ゼロだった俺たちがこうして買い物行くんだから不思議なもんだ。俺が鈴城家に居候するようになったのももちろん不思議なことだが、紗央が居候しているのもおかしな話だし。

「つーかお前何買いに行くわけ?」
「電池」
「なんで」
「部屋の掛け時計が動かなくって。あんた後で直してよ」
「やだ。そういうのはおにーさんの専門」
「雑用は居候のすることだ、って言われたわ」
「なら自分で直せば? お前も居候だろ」
「違うわよ、あんたと違って血繋がってるもの」
「人類みな兄弟って言葉もありますよ、おねーさん」
「は? あたしあんたと兄弟なんて死んでもごめんよ」
「……さいですか」

 この反応は多分そんな言葉自体聞いたことないんだろう。これだから馬鹿の相手は困るんだよなあ。
 紗央はそれなりに綺麗な奴だと思う。そのプラス要素をここまで下げる性格してんだからほんと珍しい。強気なだけならまだしも馬鹿でシスコンで、そんなんどーしろと。奈央は綺麗っていうより可愛い系だし、馬鹿なんじゃなくて抜けてるだけでオールプラス要素、ノープロブレム! 料理上手なのはどっちも同じだけど、多少血が繋がっててこれだけ違うってすげえな。

「時計、でちょっと思ったんだけど、」

 かつかつとパンプスのヒールを鳴らしながら、紗央が俺の顔を覗いて口を開く。

「時間、巻き戻せるならいつがいい?」
「巻き戻しねぇ……。俺、そーゆーのあんま好きじゃないのよ」
「なんで? 回りくどいことしないで、高校の時に奈央口説いちゃえばよかったじゃない」
「高校の頃告ったって多分断られてたよ。俺みたいのより、おにーさんとか瀬川の方が大事だったろうしね」

 意味わかんない、と紗央がつまらなそうに膨れる。でも事実だ。
 高校の頃もすげえ楽しかったし、大学入ってから奈央とちゃんと付き合うようになって、鈴城さんちに居候させてもらって、家族ごっこもできてるし、戻りたいなんて思わない。強いて言えば、巻き戻すならまた同じ生活を送って、今度はもう少し上手く瀬川に伝えられたらいい、とは思う。それだけ。時間を巻き戻しても、奈央と一緒にいるなら同じ生活を送らなければならないと思うから。

「紗央は?」
「あたしは高校の頃、戻りたいけどなあ」
「へー、まあ俺お前の高校時代とか残念なくらい興味が持てないんで」
「持って欲しいなんて思ってないわよ、あんたなんていっぺん死んだらいいのに」

 馬鹿は大概口が悪い。一日数回は口の端がひくひくするのを感じるわけで、俺は今猛烈に奈央に会いたい。紗央の母親の血はどんだけ凶悪なんだ。父方で血ぃ繋がってる理央奈央は清楚なおぼっちゃんお嬢ちゃんじゃないか。

「まあ、じゃああれだ、時計なんか直さないで針巻き戻してろよ。つーことで帰れ、イライラするから」
「馬鹿ね、電池ないんじゃ巻き戻したって止まったままじゃない。針が逆に向いて動くように作ってくれるわけ?」
「体感時間は戻せないけど針が逆に進むだけなら普通に十分可能ですけど」
「なんだ、それじゃあ面白くないわね」
「どこの誰が時間戻せるんだってーの」

 ああ、イライラする。こりゃ早くガムでも買って、帰りはなるべく会話をしないようにしなければ。
 時間を巻き戻せるなら、もうちょい早く家を出とくんだった。そんなとこか。



2009.06.25(Thu) | Title | cm(0) | tb(0) |

プリズムの拡散


「……何だよ」
「別にっ」

 鍵を開ける音が聞こえて玄関へ走り、入ってきた相手をじっと一分ほど見つめてその一言だ。おかえり、の言葉もない。彼女からすれば、「だってただいまって言われてないもの」という理屈なのだ。それから、別に荷物や上着を預かってやるわけでもなく、くるりと踵を返してリビングへ戻る。しかし廊下で時折立ち止まって首だけ振り向き、後ろを歩くケレスにじとっとした視線を向ける。その度に、「何だよ」「別にー」の繰り返し。
 リビングに戻ると紗央は真っ直ぐソファーに向かい、その上で体育座りをする。テレビもついていない、静かな部屋。網戸から入った風がカーテンを揺らしている、それだけだ。
 ケレスが隣に腰掛ければまた恨めしそうに見つめる。相手のイラついた表情も見えているはずなのにことごとくスルー。

「……言いたいことがあるなら目ぇ見て言え」
「だから、別に何も無いって言ってるじゃない」
「何も無い奴の態度じゃねぇだろうがっ」
「そんなことないわよ、全世界の統計とったわけ? 証明してくれたら謝ってあげてもいいけど」

 そう言い捨てて紗央はふいっとそっぽを向く。ソファーの上で体育座りをしたままの紗央は、ショートパンツから伸びる足を綺麗に畳んで腕で抱えると、そのまま窓の方を向いてゆらゆら体を揺らした。
 網戸から入り、カーテンを揺らした初夏の風は、ゆらゆら揺れる紗央の髪をも揺らす。普段こうして家にいる時は邪魔だからとひとつにまとめている長い黒髪は、今日はすとんと下ろされたままだ。濡れたような艶を放つその髪は、風が吹くたびさらりと揺れてその存在を主張している。

「――髪、切ったのか」

 明らかに呆れた声音でケレスは言ったけれど、紗央にとってはイントネーションや声の響き、相手がどんな気持ちでその言葉を言ったのかということよりも、言葉そのものが重要らしい。ぴくりと肩を一度震わせたところを見ると、待っていたのか驚いたのかそのどちらかだろう。窓に向けられていた顔を戻してケレスに向け、膨れた様子で膝に頭を預ける。

「切り揃えただけよ、何センチも切ってないのに分かるとかっ、気色悪い!」
「あーそうかよ、そりゃ悪かったな」
「べ、別に悪いなんて言ってないじゃないっ」
「思いっきり言ってたと思うがなあ」
「気色悪いって言ったの!」

 気色悪いの方がダメージは大きいような気はしないでもないのだけれど、これ以上突っ込みを入れれば紗央の自分理論がどう展開されるかわかったものではない。確実に言えるのは、もっとややこしくなるだけだということと、単なる照れ隠しなのだから取るに足らないということだ。気分が表情に出るのは昔からなので直しようがない、面倒くさいという感情を口にだけは出さぬようケレスは息をついた。口に出さなくともあれだけ主張すればどんな鈍感だって気付きそうなものだ。そんな気持ちも飲み込んでおく。
 やがて紗央は体育座りを解いて立ち上がると、睨むようにソファーの上のケレスを見下ろした。その表情は逆光で暗くなっているけれど、恐らくは多少赤らんでいるのだろう。

「夕飯の買い物行ってくるっ」
「昨日作ってたハヤシライス余ってんだろ」
「作りたい気分になったの! 全部食べなさいよね!」

 ハンドバッグを手にして、ケレスにびしっと指をつきつけると無駄に足音を響かせて紗央は廊下を闊歩していく。
 今日は夕飯が無駄に豪華になりそうだった。
 

2009.06.23(Tue) | Title | cm(0) | tb(0) |

ジラソーレ・ディベルティメント

「おーい、ルミと茅掃除終わったらちょっと来いよー」
「「嫌です!!」」
「拒否権は認めません!! ちゃっちゃか掃除して二人で出頭すること、いいな! ミナトお前ちゃんと見とけよこいつら!」
「えー、嫌です」
「テンドンは余計認めん!!」

 ルミと茅は顔を見合わせて、嫌だ嫌だと騒ぎ立てる。保護者になった覚えもないのに目付け役を言い渡されたミナトも不快な表情を露にした。期末試験が終わり、窓からは夏の日差し。ただでさえ面倒な掃除が一層面倒になった。

「空先生も掃除終わってから言えばいいのにね」
「ほんとだよ、考えがない」

 ようやく一列机を並べ終えて、ミナトは壱郎の発言に同意する。きちんと並べるべき机と椅子はまだまだある。しかし現在この教室で掃除をしているのは六人。全員が仕事をしていればそう時間のかかる作業でもないはずなのだが。
 担任の瀬川 空はルミと茅に職員室に来るよう言いつけてから、水泳部の用事があるらしく足早に教室を出て行ってしまった。これからの季節、水泳部の活動が本格化する。それは仕方のないことだ。仕方ないとは言わせたくないのが、先ほど言いつけられた女子二人。呼び出しの内容、つまりおそらくは期末試験の結果に心当たりがありすぎるらしく、掃除にも身が入らない様子。寧ろ長引かせて出頭を遅らせるつもりなのかもしれない。
 その女子二人を除いても、ミナトと壱郎を入れて四人、あとの二人も男子だ、が。

「………何で先生はあいつらは呼び出さないんだ……」
「成績にはそう問題ないから、かな」

 再び机を運び始めたミナトが恨めしく見つめる先には掃除用具入れ。そこに悠然と寄りかかる、青い髪の長身。伊賀奇 創兵である。
 残る一人は自分の席だけとっとと元の位置に戻して掃除が終わるのを待っている一庫 裕次。タチが悪い。悪すぎる。裕次の方は蹴りでも入れれば掃除に加わるだろうか、創兵は取り合えずやる気がないならいっそ帰ってくれ、とまでミナトは思う。
 掃除用具入れに寄りかかったままの創兵はミナトの痛烈な視線に気づくと、悪気もなさそうに首を傾げる。『終わったのかい?』とその視線が訴えかける。どこをどう見たら終わってるように見えるんだ。拳を震わせれば壱郎が「全然終わってないよー!」と大声で創兵に代弁、裕次はまだ終わんねぇのかと言わんばかりに大きな欠伸をした。

「ど、どど、どうしようミナトー!! 補習かも、夏休み補習かもよあたし!!」
「あーそうかもね補習かもねー」
「うう、ミナトはあたしが補習になっても悲しくないんだ……」
「全然。掃除が捗らないことの方が悲しい」
「ミナトひっどーい! ルミと掃除とどっちが大事なのヨ!!」
「断ッ然掃除。八朔、とっとと終わらせて四人まとめて職員室突き出そう」
「え、一庫くんと伊賀奇くんも?」
「当然」

 断言してミナトが机運びを再開すると、慌てて壱郎もそれに続く。喧しいのは他四人だ。 

「うおい樹崎、万年赤点コンビのスイーツ女の補導に巻き込むのはやめてくれ」
「出席ギリギリのサボり魔はスイーツ女に並べるDQNだと思うけど」
「ッ、お前そんなこと言うか普通!?」
「言うよ。なあ八朔、扇谷先生の授業サボるなんて言語どう」
「言語道断ッ!! おかしいよおかしいよそんなの人として生まれて一回りも二回りも成長できるチャンスを逃してるようなものだよ!! 一庫くん的に言うならシチューの入ったお皿をフリスビーで投げるくらい勿体無いよ!!」
「いや、全然俺的に言えてないんだけど」
「そこはお約束だから」

 壱郎が説教で動かなくなると戦力が減る。貴久を引き合いに出したのはかなり間違いだったかもしれない。そう思ったが、ふと視線を動かせばルミと茅は先ほどまでと打って変わって精力的に掃除に参加していた。道連れがいれば自分に降りかかる火の粉も多少は減ると考えたのだろうか。馬鹿ってすごいなあ、と思いつつもミナトも作業を終えるために動き出す。職員室に連れて行かれては面倒だと思ったのか、ぶつぶつ文句を呟きながら裕次も重い腰を上げた。 

「俺が参加すんのに伊賀奇が動かねぇのは納得いかない」
「なら説得したらいいんじゃない?」

 創兵は相も変わらず我関せずの様子で文庫本を読んでいる。冷静になった壱郎が裕次にそのアドバイスをすると、作業をするより喋っている方が楽だと判断した裕次が創兵の元へ向かう。

「おい伊賀奇、お前もちっとは作業しろ。もうちょっとだろ」
「教室の掃除というのは勉強をするという目的においては一番不必要なものだとは思わないかい?」
「御託はいい」
「勉強は部屋の清潔度でその進捗の度合いが決まるものではない。要は頭だ。教室が綺麗であろうと汚かろうと、結局は持って生まれた頭脳が決め手になる」
「……ほう、それをあそこのスイーツ女に言ってやれ、簡単に『お前の頭じゃ赤点脱出は無理だ、諦めろ』って」
「ちょ、一庫ぁあああああ!! 使えないくせにいい加減なこと言うと怒るわよ!?」
「そーよユージ!!! 人間性ならアンタなんかよりアタシやルミの方が何倍も勝ってるんだカラ!」
「あーそうかいそうかい。伊賀奇言ってやれよ、そう言ってる奴がダンボール生活になるんだ、って」
「確かにね」
「「あんたたちってほんっと最ッ低!!」」

 ぎゃあぎゃあわあわあと不毛な言い争いを繰り広げる様は、そう簡単にどうにかなるものではなさそうだ。最後の机を運び終えて、ミナトはこめかみを押さえる。結局、残った机のほとんどはミナトと壱郎で消化してしまった。

「ご苦労様、樹崎くん」
「八朔もお疲れ」
「「……………」」

 その後、蒸し暑い廊下をミナトと壱郎が二人ずつ引っ張って職員室まで歩いていったことは言うまでもない。





2009.03.19(Thu) | Title | cm(0) | tb(0) |

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