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軽石へちま

Author:軽石へちま
基本自キャラで凄まじく妄想してみる。
隠れ家なのでBLとか黒とか暗とか主。
キャラ崩壊必至。何とも思わないけども。
妄想についてこれる人だけどうぞ。

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その後な感じで


「……俺ぁ朝からディナー食えるほど若くねぇんだよなぁ、残念なことに」
「な、何言ってんの、体が資本でしょ! それにディナーなんかじゃないわよ! 普通に朝ごはん!」

 ……には見えない。前菜に始まってメイン、デザートまで完璧となればどう考えたってこりゃディナーだ。しかし現在時刻は朝の九時。朝からここまで食えるほど俺の胃袋は頑丈ではない。いや食おうと思えば多分食えるんだろうが、これ朝に食っちゃいかんだろ、という常識が珍しく働くのだ。
 こっちに赴任して一週間、紗央は毎日甲斐甲斐しくも俺の面倒を見にやって来る。俺が勤務中だろうと、自分が休みなら覗きに来る始末だ。学生時代じゃねぇんだぞ、と言っても、心配なんだもん、と声のトーンを落とされれば俺も弱い。一応、こいつを本意ではない世界へ引っ張り込んだっつー自責の念も軽くあるわけで。
 数年離れて、こいつ世話焼きスキルばっか上がって常識だの何だのは全部昔に置いてきたらしい。
 朝飯には見えない、とは言っても、自分でここまでのものを作れるかと聞かれるともちろん否だ。冷めてしまうのも勿体無いから、小さなテーブルの席について手を合わせる。いただきます、という挨拶の後に、召し上がれ、と嬉しそうな紗央の声。

「毎日世話焼かなくても生きてけるっての。何年一人で暮らしてると思ってる」
「だ、だって、タクって片付けも何もかも全然だし、あたしがいないとこの部屋だって腐るわよ絶対っ」
「悪いな、部屋が腐っても自分が生きてりゃどうにかなるんだ」
「それ、自慢でも何でもないんだから!」

 何グラムあるんだか、ってほどでかいハンバーグを切りながらの会話。ちなみに紗央は、家で食べてきたから、と俺の食事を眺めるだけだ。昔もそういうパターンは多かったが、こいつ食事風景マニアではあるまいな。

「それに、こっち越してきたばっかりじゃ地理とかも詳しくないだろうし」
「そりゃ駅前なんかは開発されちまってるだろうし疎いが、他は大して変わってねぇだろ。お前より知ってるよ」

 水道水の注がれたグラスに口をつけていた紗央が、目を見開いて噎せる。俺はその間にもこの肉の塊をどうにか消費しないといけない。 

「な、何で!? 昔ここら辺に配属されてたとか!?」
「あん? 地元だよ、地元」
「え、じゃあ、実家もこの辺なの!? ご両親とかっ、顔見せなくて平気!?」
「平気も何も勘当されてんだ、見せるわけにいかねぇよ」

 それと母親は随分前に死んだ。ってのは付け加えるだけ余計だろうと思ったから言わないことにする。言えばまた無駄に心配するだろう。
 という俺の配慮も気にせず、紗央は聞き慣れない勘当という言葉にまずショックを受けたらしい。まあ、今時勘当なんて言葉知ってるガキのが少ないだろう。俺の実家みたいな旧家はともかくとして。

「か、勘当って、何で?」
「嫌んなって家飛び出した。そん時苗字も変わった。婆さんの家転がり込んでな」
「で、でもっ、じゃあ何で警察なんか……。あの時、地域の人が幸せになれるような仕事するって、」
「でかいモンが簡単に手に入るのが嫌なんだよ」

 別にさしたる目的もなく手にした職だが、今はそう思う。でかいモンなんざ要らねぇ、と声を大にして言える。一秒先は不確定だから面白ぇんだ、何年何百年と先の見えるモンは面白みも何も無い。そのくせ責任だけは千年分背負わされ、そんな人生は御免だ。こんな腐った生き方を良しとして今日もあの檻の中で生きる妹と弟には頭が下がる思いだ。

「――つーか、お前ここにいて長いのに俺の話されなかったのか」
「誰によ」
「芹沢大和、住んでんだろ? 今も」
「そりゃあ、だってあいつ芹沢のご長男で跡取りだもの」
「そのご長男ってのは、元々俺のポスト」

 やっと三分の二を食べた。傍らのグラスを手にすると、目の前の紗央は青い瞳をめいっぱい見開いて、硬直していた。今頃何を驚くことが。見りゃ分かるだろ、俺もこの前の結婚式で遠くから見た程度だが、呆れるくらい俺にそっくりだ。こんなのが近くにいたんじゃ紗央も俺を忘れるに忘れられなかっただろう。

「え、ちょ、待って、じゃあ何、大和って」
「俺の弟」
「……待って待って待って!!! 何で!? だって年全然違う!!」
「十五、六くらい離れてんな。あいつが三歳だかそれくらいに俺家出てるし。旧家じゃ一回り二回り年違うってのもまあ、無い話じゃないさ」
「大和が、タクの、」

 一応腑には落ちたらしい。一番の要因は顔だったろうが、あとはいろんな噂話を総合させたのだろう。
 しばらく考え込み、それから勢い良く顔を上げる。

「じゃあっ、ちゃんと挨拶しに行かないと! もう時効でしょ? 結局大和が家継ぐんだし」
「なら余計に俺は出なくていいんだよ。無駄に動揺させるだけだろ、若主人を」

 それに、俺も大和もお互い自分が相手にどう思われてるかくらい分かっている。要らぬ争いを第三者に引き起こされるのはたまったもんじゃないし、それが起きる時はどちらかの気まぐれによってだろう。俺から動く気はない。俺が近くにいることに、いつ大和が耐えられなくなるのか。俺はそれが楽しみで仕方ない。

「……っと」

 俺の考えを紗央が知るはずもなく、字幕をつけるのなら『せっかくの兄弟なのに……』とでもなりそうなほど深刻な顔をしている。俺の考えなんて知らなくていい。残る三分の一を急いで平らげると、悲しそうに目を伏せる紗央の額を軽く指で弾く。

「余計なこと気にすんな」

 芹沢を出なければ紗央に出会うことは勿論なかった、それに、芹沢を出なければ、大和を弟と意識して見ることは永遠になかっただろう。これはある意味で天がくれた最大のチャンス、大和が俺に血縁を主張するために必要なこと。

「……余計じゃないわよ、ばか」
「余計だろ。要らんこと考える暇があったらレパートリーでも増やせ」
「な、何よ偉そうに! 自分じゃできないくせにっ」
「できないから言ってんだろ」
「生意気よ、人にやってもらうのに!」

 自分が頼られるとそれなりに嬉しいのだろう。それと、寝耳に水だろう俺の実家の話とで胸中は複雑そうだ。俺が、余計なこと、と言う以上そこから先に踏み込むのは躊躇われるのか、ちらりと俺の目を窺うに留まっている。

「……紗央」
「何よ」
「手、貸せ」

 俺が右手を差し伸べると、紗央は戸惑いがちに左手を差し出してくる。
 あの頃のままだ。綺麗な白い手。毎度毎度世話を焼いて、俺の食事を作り、部屋の掃除をして、洗濯をこなして、甘いものを作っては差し入れに来た。紗央はこのままでいい。俺の知ってる紗央のまま、何にも首を突っ込むことなく、やりたいことをやってくれれば。

「……俺はお前がいりゃ天涯孤独だろうと関係ねぇんだよ」

 桜色の指先に軽く口付けると、びっくりした紗央がその手を引っ込める。その反応、中学生かお前は。
 赤くなって口をぱくぱくさせる様子はなんとも滑稽だ。俺が大笑いすると、真っ赤になった紗央は怒って席を立ち上がり、手作りのレモンパイをホールごと俺の目の前にどかんと置いたのだった。
 




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2009.07.11(Sat) | 初恋シュプール | cm(0) | tb(0) |





「月見ヶ丘、ねぇ」

 そろそろだろうとは思っていたが、案の定辞令が下った。月見ヶ丘町の交番だとか。勝手知ったる元・地元の町。戻るのはもう十年以上振りになるが、実家に足を踏み入れる気はないし向こうだって望んじゃいないだろう。親父の身に何かあって俺を呼び戻すためにわざわざ回りくどく異動させたのかとちょっとは疑ったが、――今芹沢家には長男がいらっしゃる。長らく忘れていた、十歳以上も離れた実の弟。

(戻ってきて欲しくねぇよなあ)

 俺がいれば一生末っ子のままの弟が、俺が近くにいることなど望むものか。遠ざけて当然。ならばこれは偶然の産物。この年になれば異動も何度も経験している。今回も同じだ。多少勝手を知っているだけで、十年以上も経てば景色も変わっているだろう。
 面倒くせぇな、そう思いながら万年床に寝転んだ。いつもながら、芹沢らしくこの部屋は汚い。引っ越しの為に片付けるのがいちいち手間だ。一度だけ、引っ越しが楽で仕方なかった異動があった。それももう何年前のことか。目を瞑れば、ひらりとはためく紺色のセーラー、それから、艶のある長い黒髪。
 異動の度に思い出す。俺はこの残像から逃れられない。きっと泣いただろう少女のことを、俺らしくもなくいつまでも引きずってしまう。俺に対してどれだけの怒りを抱いただろう。でも、その怒りは、感情は、絶対あいつを生かしたと思う。これでも元芹沢の長男だったのだからお笑いだ。
 長い黒髪。薄い青の透き通った瞳。白い肌。どこに自由を求めても、結局汚い場所でしか生きられない俺にとって、あいつだけは何かに守られてるみたいに綺麗に見えた。どんなこっぱずかしい台詞だろうが、そう思ったことは事実。
 ……今年でいくつになったんだ、あいつは。





 ブーケを投げた相手がその少女だと一瞬で気付いて、そのまま教会を後にしてしまった。会ってやって欲しい、とあの男に言われ、会いたい、と思った自分も確かにいた。あの日から何年も経って、あいつがどう成長したのか。軽い保護者気分を装っていたつもりだったのだが、実際目にした姿は、あまりにも納得できるもので、とても保護者なんて軽い気持ちではいられなくなってしまった。
 早い話が、あの時以上に綺麗に成長して、動揺した。それと、あの長い髪が短くなっていて、動揺した。
 いい年こいて年下の女に動揺してんじゃねぇ、と言われるのかもしれないが、あの女が近くにいて新郎はよく目移りしないなと感心したくらいだ。
 スーツのまま早足で教会の敷地を出て、異様に上がった心拍数をなんとか平常値にまで戻そうとする。深く息を吸って、吐いて、ようやく落ち着いたところで、ヒールの音が聞こえた。かつかつと急いでいる様子だ。

「―――っ」

 走りにくいのだろう、青いドレスの裾を軽く上げて、手には俺がさっき投げたばかりのブーケが。きょろきょろと首を振って何かを探している様子で、その瞳が俺を捉えると、また急いでこちらへ駆けてきた。
 ずっと短くなってしまった髪。あんなに綺麗だったのに勿体ないことしやがって。警察入るのに切ったのか? 大体どうして警察になんか入ったんだ、やりたいこともあっただろう、こんな汚い仕事、お前には似合わないんだよ。
 言いたい言葉が山ほどあって、その全てを理性で飲み込む。相手はただ真っ直ぐに俺に向かってくる。かつかつとヒールを鳴らして、俺のすぐ目の前でぴたりと止まった。その手はドレスの裾を解放し、手持ち無沙汰になった様子でブーケを握っている。
 奇妙な沈黙だった。俺も、相手も、言いたいことなんて山ほどある。どれから切り出しゃいいのか、そもそも声をかけていいのか、自分のスタンスさえ不明瞭になる。もうこいつに関わっちゃいけないんじゃないか。俺から言うべき言葉はひとつもないんじゃないか。答えを出してくれる奴なんかいないのに、そんな疑問を頭の中で何度も何度も反芻させる。

「………めて」

 相手は俯いて、何か呟く。聞き返す前に、女の膝ががくりと折れた。
 おい、と声をかけて屈むと、呟く声がやっと聞き取れる。
 絞ったような高い声に、俺は目を見開いた。

「夢なら覚めて……!!」

 夢じゃねぇよ、つーか俺なんか夢に見ても面白みも何もないだろうが。 
 何泣いてんだよ、何座り込んでんだよ。俺にどうしろっつーんだ。俺にも理性と我慢の限界ってもんがある。お前みたいのは黙って神様に守られてりゃいいんだよ、どうして俺なんかに構うんだ。
 
「夢だったらこんなクソ暑い中スーツ着て呼ばれてもいない結婚式なんか行くかよ」

 なあ大和、花だろうが家だろうがくれてやる、何だって持っていきゃいい。ただ、これだけ俺にくれないか。俺たちは何だって手に入る世界で生きてるだろう。それがつまんねぇと思ったからでかい屋敷飛び出したんだ。手を伸ばせばなんでも手に入る。手に入るものはみんな泥にまみれて汚れたものばかりだ。

「お前は、えらく涼しそうだけどな」

 だから、ひとつくらい綺麗なものを側に置いておきたい。お前だってあの子と結婚したの、そういう理由だろう。お前はありふれているけれど自分が見つけた特別なもの、俺の場合は、

「やっぱりお前には青、似合うと思うぜ? 紗央」

 薄い硝子細工のような、透き通った青いもの。
 名前を呼んだ瞬間に、堰を切ったように泣き出す紗央の頭を抱いてやる。俺がいなくなったことを知った時、こいつはきっと泣いたんだろう。それからずっと一人で泣き続けてきたんだろう。そんな紗央を、俺は哀れだと思う。それ以上に愛おしいとも思ってしまう。馬鹿じゃねぇの、俺いくつだよ。三十過ぎて思春期とか笑えねぇぞ、本気で。

「ま、毎日、っ、ちゃんと、ごはん、食べてた?」
「お前が嫌いなモンばっかりな」
「部屋、部屋っ、は、綺麗に、してた?」
「俺が自主的にんなコトするわけねぇだろ」
「……っ、いい年して、結婚、してないんだ」
「そりゃお前もだろうが」
「一緒にしないでよ!! あたしは、恋愛くらいっ、た、たくさんっ、」
「へー、そうかよ」
 
 今のは若干ショックを受けたのだが、直後にまたぼろぼろ涙を零し始めたのを見ると、いいもんばっかじゃなかったことがよく分かる。寧ろ、良くない方が多かったのかもしれない。腐るほど男は寄ってきただろうに、はずれくじだけ選んで引けるっつーのはある意味天才だ。
 俺だって、お前にとっちゃはずれのうちの一本だ。そんな奴に縋って泣いてる暇あったらいい男でも探すのが上策ってもんだ。離す気さらさら無いけどな。

「……あー、お前の作ったパイ食いてぇな」
「……何よ、作って持って行ったらもういなかったくせに」
「時効っつーか、自首してんだからそれもう蒸し返すなよ。猶予付き判決で」
「もっと反省しなさいよ!! なんでこんな人に何年も無駄に使ったのかしら、あたし」
「そりゃ俺にも分かんねぇな、残念ながら」

 言いながら、紗央の頭を抱く腕の力を強める。あまりにも懐かしくて、紗央、とまた名前を呼べば飽きずに相手は涙を流す。


 青かった空が段々赤に侵食されていく。
 今はきっと、空を映す海もまた、赤い。



2009.07.01(Wed) | 初恋シュプール | cm(0) | tb(0) |




「空が七五三じゃなかったことだけが意外だったわ」
「笑われるんじゃないかってギリギリまでビクビクしてたぞ、あいつ」

 式が終わった後、外の階段で新郎新婦が出てくるのを待つ。後はライスシャワーで送り出して、親しい人間だけで披露宴代わりのパーティーをする予定だ。ウェディングケーキはあたしが作ると前々から主張して、空も奈央も快諾してくれた。もう何ヶ月も前から構想を練って、昨日は一日かかって作った。どんなケーキかはサプライズってことで教えてないけど、ケーキを会場まで運んだ理央は相当苦労したらしい。

「……綺麗よね、奈央」
「羨ましいのか?」
「べっつにー? 着たかったら自分で作るわよ、あれくらい」
「強がりもそこまで行くと空しいぞ」
「強がりじゃないわよ。……奈央が、青い服似合うって言ってくれた。しばらくこれでいいわ、あんな綺麗なドレス、あたしには勿体無いもの」

 友人の結婚式には何度か参列したけれど、ここまで綺麗な式をあたしは見たことがない。誓いのキスで、空の手がそっと上げたベールの向こう、奈央が一筋だけ涙を流した。嬉しいとも寂しいとも、どんな形容詞も似つかわしくない涙。あたしも、多分、理央や他の参列者も、みんなそれをただ綺麗だと思っただろう。空はその涙を拭ってやることも、何もしなかった。奈央の相手は他の誰でもダメだっただろうと思った。あんな危うくて壊れそうな空気を醸し出す奈央を、ガキみたいな笑顔をひとつ作って全部受け止めてやれるのは、日本中世界中どこを探したってきっと空だけだ。羨ましいという気持ちさえ飛んでいくほど完璧な二人。

「でー? あんたはないの、浮いた話」
「あってもお前には言わない」
「何よ、照れてないでお姉さんに教えなさい?」
「誰がお姉さんだ、馬鹿」

 いつもの調子で理央が言う。そのお姉さんにずっとずっと迷惑かけられてたってのに、まったくお人好しだ。
 理央があたしとした約束をいつ思い出したのかは分からない。このダイヤのペンダントをくれたのだから、今はきっと覚えているのだろう。でも、絶対忘れていたはず。長く空白があった。そのままでいればよかったのに、このタイミングで思い出すなんてどこまでも苦労性だと思う。できることなら、理央も早く誰かと幸せになって欲しい。あたしや奈央の世話ばっかり焼いてないで、生徒の世話ばっかりしてないで、どうか理央にも幸せになってほしい。双子より三ヶ月だけ年上のあたしは、暗いけどどこか芯があった奈央より、打たれ弱くて脆そうに見える理央の方が余程心配で、いじめられてる理央を見かけては庇っていた。でも、あたしが苦しい時は庇ってほしかった。そんな小さな我が侭が、こんなに長く続く痛い約束を生むなんて思ってなかったから。
 理央にだって、幸せになってほしい。

「……これ、悪いわね。わざわざ貢いでもらっちゃって」
「調子に乗る前に言っとくけど、これっきりだからな」
「えー、あたしいろいろ欲しいものあったのに」
「ならそれ売り飛ばして好きなもの買えよ」
「そこまで言う? そんなに非道じゃないわよ」
「どうだか」

 これは大切な宝物だ。あの日もらったおもちゃの指輪が、大人になって進化したみたい。青い輝きを放つこの小さな石に、理央の気持ち全部が詰まってると思うと、あのおもちゃの指輪以上に手放せない。あたしの近くに誰かがいてくれる、その証明。理央は、あたしの近くにいてくれる。

「そういえば、……短いのも似合うな、紗央」
「でしょ? 新婦にはだいぶ劣るけど、参列者イチ光ってる自信あるわ」
「自分で言うのはどうかと思うけど、今日だから否定しないでやるよ」

 余裕ありげな上目線。理央のくせに生意気だ。何よ、と理央の肩を軽く叩いてすぐ、「あ!」と誰かが声をあげた。多分参列してる生徒の誰かだろう。声につられて視線を動かせば、教会の扉が開いたところだった。やっと二人を送り出せるらしい。
 真っ白な服がこれ以上なく似合う二人が腕を組んで、参列者の作る花道を通る。入り口に近いところにいた慎吾や大和は面白半分に米粒を空に投げつけている。空はいつもの調子で怒る。それを奈央がくすくす笑って見ている。なんとも微笑ましい。
 あたしと理央は家族だしそれなりに会話もしているから、軽く米粒を降らせてから一歩引いたところで、参列者と言葉を交わす二人を眺めていた。理央もここまでくると妹が心配だとかいう気持ちもあまりないらしい。いつもピリピリしてたくせに、今日はどこか清清しいくらい。空が弟だと思ったらあたしちょっとぞわっとするけど、こいつ分かってるのかしら?
 やがて花道を渡り終った奈央が、手にしていたブーケを高く放る。ブーケトスという奴だろうか。放物線を描く花束をぼんやり見つめる。そのままブーケは重力に逆らえずに落下――する前に、春一番さながらの突風が吹いた。奈央のドレスの裾がばたばたと大きくはためいて、ブーケも風に少し流されて軌道が変わる。それよりも、風のおかげで目が乾く。あたしはぎゅっと目を瞑った。

「おいおい、こんな洒落たモン貰っても使い道ねぇぞ?」

 どこかで聞いた、低く心地いい声。
 目を瞑っている間に、花束はどうやら軌道が変わって男の手に渡ってしまったらしい。まあ、男がブーケもらっても恥ずかしいだけなのかもしれない。
 十分瞳が潤ってから目を開ける。ブーケの花びらがさっきの強風でまだちらちらと舞っている。

「そこの青いドレスの姉ちゃん!」

 ああ、やっぱり聞き覚えのある声。夢で聞いた声。
 参列者の女性は皆黄色や桃色の春色を身に纏っていて、青なんてチョイスをしているのはあたしだけだったから、その『青いドレスの姉ちゃん』があたしであることはすぐにわかる。

「やるよ、あんたのが似合いだろ」

 背後から聞こえる声、それと同時に振り向くと、白い花びらがぱらぱらと降って、また放物線を描いたブーケが今度はあたしの腕の中に落ちる。
 何も見えない。ここはどこだっただろう。聞いたことのある声。あたしの腕の中にブーケがある。奈央の結婚式。でもあたしは高校生の頃。もう何年ひとりでいただろう。ここはどこなんだろう。夢なら早く覚めて、あたしは朝一番で髪を切りに行くの、もう縛られてる自分から脱出したい、もうここから一歩、最初の一歩を踏み出したいの。ここはどこなの。

「……行けよ」

 あたしの肩に手を置いた理央がそっとそう告げる。
 行けない、夢だもん絶対。有り得ない、有り得ない、有り得ない。
 居場所を調べて、何度も何度も電話番号を押して、それから電源を切った。手が震えてどうしようもなかった。怖かった。だから、声を聞けるのは、会えるのは、夢の中だけでいい。



 振り向いた視線の先に、ほんの少し驚いた表情の、あたしが一番あいたかった人がいるなんて、これが現実だなんて、どうせ覚める夢なんだから、あたしは絶対に信じない。





2009.06.26(Fri) | 初恋シュプール | cm(0) | tb(0) |




 しとしとと控えめに雨の降る、夜だった。
 今日の授業は午前中に入っているだけだったので、午後の仕事はほどほどにして理央は学校を出た。紺色の大きなジャンプ傘を手に、駅に向かう。
 電車に揺られて二時間ほど。目的の駅で降りて、地図を頼りに歩くこと二十分。閑静な住宅街と団地を隔てる通り、その隅に交番があった。
 場所をもう一度地図と照らし合わせて確かめて、意を決して理央は交番に近づく。行かなければ。どうしても、会わなければ。 
 傘を閉じて中を窺うと、制服姿の男が俯いていた。座っているから身長はわからないが、それなりに肩幅のある相手だろう。

「……すいません、ここに桜井拓海という人は、」

 理央が声をかけると、男はびくりと肩を震わせた。それからゆっくり顔を上げる。……居眠りか。警察が居眠りできるのだからこの町はおそらく平和なのだろう。理央が呆れたのもその一瞬で、男は顔を上げてその瞳に理央の姿を捉えると、

「………さ、お……?」

 そう、呟いた。
 意図して呟いたというよりは、寝惚けて無意識に出てしまった言葉のようで、すぐに我に帰ると、ぐしゃぐしゃと頭を掻いて誤魔化していた。

「あ、えーっと、すいません! なんかすげーダメなとこ見せちゃったみたいで。あ、どうしました? 落し物? 道案内?」

 理央よりも年はずっと上だろう。顔つきから言っても、声から言っても。少なくとも五つくらい、流石に十も離れてはいないだろうから、目的の相手だったとしてもおかしくない。
 大らかそうで、優しそうで、緩んだネクタイが少しだらしなさそうで。紗央が手を焼いてしまいそうなタイプだな、と思った。
 どうぞ、と男の目の前の席を勧められ、遠慮なく座ることにする。

「人探しなんですけど」
「人? どなたを?」
「この交番にいるはずなんです。――桜井拓海という人を探してます」

 男の目が見開かれた。

「……俺ですけど、何か」

 ああ、やっぱり。この男が。
 
「……さっき、僕を見て“紗央”と言ったのは」
「いえ、……知り合いによく似てるなあ、と思って。まあそいつ女なんですけど、……本当、よく似てて」

 紗央がいつまでも離れられない男。
 新しく一歩を踏み出そうといつも頑張って、それでもいつもこの男の影に引っ張られている。何年かかっても、どうしても忘れられない相手なのだ。
 そしておそらくはこの男も、紗央を捨てた罪悪感に今も苛まれているのか。見たところ左手に指輪をしている様子は無い。だからと言って結婚しているかどうかなんていうのはわからないのだが。
 
「……鈴城 紗央ですか。長い黒髪に、青い瞳の」
「っ」

 拓海が息を呑むのが、理央にも目に見えて分かった。
 それからぐっと目を閉じて、その瞼の裏に思い出の女の姿を思い描いているのか、ふう、と大きく息をした。

「……長い黒髪に、青い瞳、目つきは、そうだな、あんたによく似てた。人形みたいに、ぞっとするくらい綺麗な女だ」
「……なら、話は通じそうですね」

 他人が話せばそれくらい誇張したような容姿なのだろう。身内の理央としては分かりかねたが、一般的に紗央が美人と形容されるのは知っている。だから安心して話を始めることができそうだった。
 とは言っても、事態を飲み込んでいるのは理央だけで、当然拓海は突然の来訪者に困惑の色を隠せない。突然現れた、思い出の女によく似た男。しかもその男がその女の名前を口にしたとなれば、戸惑いの程度も知れるというものだった。

「……僕の名前は、鈴城 理央といいます。貴方の知る鈴城 紗央の、父方の従弟です」
「いとこ、……なるほど、通りでな。……ああ、」

 ふと考え込む仕草をしてから、拓海は真っ直ぐ理央を見据えた。

「紗央にあの指輪をやったのは、あんたか」
「……やっぱりまだ持ってるんですね。六歳だか七歳の頃ですよ、あれ渡したの。貴方が知っている紗央が持っていたのなら、今もあいつは持ってる。馬鹿みたいに一途で真面目ですから」
「大事な人に貰ったっていうから、……俺はあんたが紗央を支えてくれるもんだと思ってた」

 そういう、理屈なのだろう。分からなくはない。
 幼い頃の約束。理央はしばらくの間忘れていた約束だったが、紗央は今でもそれを覚えているだろう。理央だって、今はどんな約束をしたか思い出せる。けれど、その約束を履行するには、もう時間が経ちすぎていた。

「……時効です。今僕が約束を果たしても、紗央には他に思うところがあるから、僕なんて用無しですよ」
「そんなことないだろ。あんなに大事にしてんだから」
「もうずっと持ち続けてるんです、捨てるに捨てられないんでしょう。……紗央は、僕なんかより貴方を待っているから」
「は?」

 きょとんとした顔で、拓海はいやいやと手を振った。
 その、どこかからかうような笑い方が、誰かに似ているような気がする。

「俺はあいつを怒らせたよ。何にも言わないで勝手に出てきた。怒りこそすれ、待ってるわけがない」
「紗央は今、貴方と同じ制服を着ています」

 今度は、拓海の表情が強張った。

「……単に貴方が憎いだけなら、ここまでするわけがない。紗央が料理好きだったのは知っているでしょう。他にいくらでもやりたいことがあっただろうに、それでも貴方を追った。貴方を探して、居場所も電話番号も突き止めて、でも一度も連絡を取ることができなかった。……紗央は、臆病だから」

 電話の向こうの拓海が、自分のことを忘れていたら。
 電話の向こうから、知らない女の声がしたら。もしかしたら、小さな子供の声かもしれない。
 自分を拒絶するように、桜井拓海が新しいものを作っていたら。そう想像しただけで、紗央は耐えられなかったに違いない。何度も番号を押して、電源を切って。声を聞きたい気持ちと、絶望したくないという感情を秤にかけて、結局紗央は一度も拓海と連絡を取ることができなかったのだ。臆病だったから。だから何の見返りもない喫茶店の手伝いをして、本当に自分がやりたかったことを補っている。もちろん、仕事が本当に嫌いなわけではないのだろう。理央から見て、性格的にも紗央に警察の仕事は向いている気がしていた。

「っ、……危ねぇ真似しやがって……!」

 拓海からしてみればその感想も当然のものなのだ。
 こんな職業とは一生縁がないだろうと思っていたお嬢様。お菓子作りが好きで、人形のようで、そんなお嬢様が自分を追って警官への道を歩むなんて、拓海は望みもしなかったろうし、想像さえしなかっただろう。

「紗央の支えだった従妹……、僕の妹が、六月に結婚するんです。……紗央は、僕達より三ヶ月だけ年上だから、お姉さんだから、だからしっかりしてないと、って今までやってきた面もあるんです。ちゃんと守らないと、って。けれどそれもなくなる。妹を守ってくれる人間はちゃんと他にいるから。支えがなくなった紗央を、僕じゃ支えてやれません。支えてやりたい、って、今はそう思う。どうして今まで紗央を一人きりにしていたのか、昔の自分を叱責してやりたい。けど、今そう思ったってどうしようもない」
「俺だって支えてやれるわけないだろう。時間が経ちすぎてる」

 分かっていない。
 自分だって今まで紗央との思い出に支えられて生きてきたくせに、自分と同じ感情を相手に適用してみようとは思わないのか。

「今、紗央がしっかり生きていられるのは貴方との思い出があるからです。貴方と同じ制服を着て、使命感にも支えられている。……それもいつまで持つかわからない。紗央は、一旦後ろ向きに考え出すとなかなか抜け出せなくなる」
「他に男でも作ったらいい。……あれだけの美人、近づきがたくはあるが放っておく男ばかりじゃないだろう」

 ここまでくると理央もいい加減頭に来て、強く机を叩いて立ち上がった。

「無意識に名前呼ぶくらい気になってるくせに、関係ないっていうんですか、もう時効だって!? あんたとの記憶があるから紗央は一歩もそこから動けないのに!? あんたが黙ってどっかに消えたせいで、あんたのことずっと好きでいた紗央は警察にまで追っかけにいって、結局あんたと連絡を取ることが怖くて、それでも動けない紗央を放っておくのかあんたは!! 紗央は全然強くない、夜中泣きじゃくって電話してくる時もある、けど、もう俺にはあんたを頼る以外に何もできないんだ……!!」

 寂しい、と泣いて電話を寄越す紗央に、何と声を掛ければよかったというのか。
 今行くと? 迎えに行くと? その言葉に苦しめられた紗央に、またそんな言葉を吐くことは、できない。
 ただ泣きじゃくる紗央の声を、電話越しに聞いていることしかできなかった。そんな自分を無力だと思う。だからせめて、一目でも会わせてやりたいと思うのだ。

「もう、紗央にはあんたしかいないんだよ……! 警察に入ったのも、ボランティアでパティシエやってんのも、全部あんたのためだ、あんたにまた会いたくて、会って驚かせたいって思ってるからだ、俺の入る余地なんてない。……もしまだ紗央を少しでも気にかけてるなら、会ってやって欲しい。六月の第二週の日曜、午後三時頃月見ヶ丘町の教会に、いる」

 理央にただひとつできる贖罪は、紗央の中のこの男との記憶を思い出だけで終わらせてやらないことだ。
 奈央に対して願うのと同じくらい、紗央にだって幸せになって欲しいと思うから。

「――月見ヶ丘……」
「ええ。――ちゃんと俺、言いましたからね。それじゃあ失礼します」
 
 荷物を手に、交番から一歩踏み出すと、待て、と声が掛かった。
 振り向くと、苦しそうな表情の拓海が額に手を当てて低い声を出す。

「……紗央は、恨んでるか。俺を」
「……さあ。本人に聞いてください」
「手厳しいな」

 そこまで教えてやるほどやさしくはない。自分の目で確かめればいい。紗央のことだから怒るに決まっていることは解っているのだろう。
 今度こそ交番を出る。やることはやった。あの男なら、絶対来る。
 許して欲しい。こんなことしかできないけれど、幸せになって欲しい。理央は十分すぎるほど、妹と従姉から幸せを貰った。

 雨の夜が更けていく。



2008.07.30(Wed) | 初恋シュプール | cm(0) | tb(0) |

初恋シュプール 4


「なんかすごく変な気分」
「わかる」

 教会の一番後ろの席に二人並んで座って、ぽつりと呟いたルミの言葉に、大和は頷いて返した。

「ずっと教わってた先生の結婚式なんて」
「娘を嫁にやる気分だよな」
「そんな感じかも」

 新婦は文句なく綺麗だし、新郎ももっと七五三染みてるかと思いきやそれなりに格好良く仕上がっていた。何となく空の背が伸びたように見えているのはシークレットブーツのせいなのか目の錯覚なのか何なのか。
 本当に綺麗で羨ましい、と大和の隣でルミは再び呟いた。

「一般家庭に生まれた女子にとって結婚の形ってこれなの」
「乙女の夢か」
「うっわ、気色悪い。でもそういうことかな。森の奥の教会で、真っ白なドレス着て、ってね」
「まあ、間違いなくその逆を行くだろうな。人は多いし、屋敷だし、お前は白無垢俺は袴だ」
「別にいいけどねー。人生どう転ぶかわかんないってことで」

 ルミ以上に大和こそがそう思っていた。
 一般の女と結婚することになろうとは思ってなかったし、そうしようと思うまでに自分の心が動かされることもないだろうと思っていた。人生何があるかわからないものだ。

「……お前、似合うしな、こういうの」

 純白のドレスに身を包む奈央を見ながら大和がぽつりと呟くと、ルミは「はぁ?」とでも言いそうな顔で大和を見上げていた。

「何言ってんのよ、いきなり」
「俺が見立てれば、な」
「結局自画自賛ですか、そーですか。否定しないけど」

 舞踏会とかでも散々いいもの着せてもらったしねー。
 割り切るように言うルミの声が、少しだけ大和に罪悪感を覚えさせる。
 ごく普通の家庭で育った女が思い描く、ごく普通の結婚式の姿。それが乙女の夢という奴なのだと言う。
 大和でなく他の誰かなら、文句なくその夢を叶えてやれただろう。というより、他の誰かなら、こういう形の式以外を考慮に入れないだろうと思う。相手が大和であるというだけで、ごく普通だったはずの夢が砕かれる。
 それは、彼女にとって幸せなことなのか。
 だからといって他の男にくれてやる気などない。大和の傍にいるからには、望む幸せはもちろん、これ以上必要ないといわれるほどの幸せを一方的に与えてやるつもりだ。
 ――そんな小さな夢も叶えてやれない男だったのか、芹沢大和という人間は。
 大和は笑った。そんなこと、あってたまるものか。当然だ。

「今日、ひとり家族を紹介する」

 式が進行する様子を見ながら、大和は告げた。

「え? ……お義父様とお義姉様と、あと家の人、もう結構会ってるけど……。新入り?」
「いや、俺が生まれる前から芹沢の人間だった人だ。今は違うけどな」
「はあ?」

 その上、大和のこれまでの人生で、流風を超えるお騒がせな男だ。
 一昨日の夜初めてその相手からの電話を受け取って、自分とあまりに似ているその声に珍しく驚いてしまった。
 母親の葬儀の時も、後姿を見かけた程度でとても会ったとは言えない。
 教会の列のずっと前の方に座る、黒髪の女性。青いドレススタイルのその女に目を向けた。

「だ、誰その黒幕っ、……もしやお義父様以上のラスボス……?」
「まさか。敵じゃないし、雑魚キャラだ」
「年上相手にそんなこと言っていいのあんたっ」
「ん? だあって俺の方が社会的地位上だもん」
「だもん、じゃないわよ……」

 ずっと年上で、芹沢の人間ってのが緊張要因らしい。全然そんな緊張することないのに、と思いながら、大和はルミの頭に軽く手を置いた。
 



2008.03.31(Mon) | 初恋シュプール | cm(0) | tb(0) |

初恋シュプール 3


 ついに来た。
 控え室へ向かう廊下をハイヒールで鳴らしながら、紗央は感慨深さを覚えていた。
 これで自分も、奈央も、理央も、遠い昔の呪縛から放たれる。あの日から少しも動けないと思っていたのに、奈央を皮切りに、これから歩みだせる。そういう意味では、ゴールではなくてスタートなのだろう。
 奈央が幸せになる。それが自分と理央が過去と決別する条件。その条件は満たされた。奈央は今、……もっと前から、幸せだった。空と出会って、皆で一緒にいることが好きで、それだけじゃなくて、空自身もとても大切だと気づけた。奈央は、幸せだ。心から笑っている。俯き加減で、部屋の隅で本ばかり読んでいた頃とは違うのだ。
 だから、自分もちゃんと新しい何かを見つけられるように、ちゃんと、これまでと決別できるように、大嫌いだった青、ライトブルーのドレスを着て、自慢だった長い黒髪を今朝一番に切った。中学だったか高校生だったか、それくらいの頃の奈央の髪型に近い。切りすぎたようにも感じた。でも、それくらいがちょうどいい。紗央には、縛られる過去が多すぎた。
 後悔がひとつもないわけでは、決してない。これまで伸ばしてきた長い髪。手入れも欠かさなかったから、綺麗だと言ってくれる人は何人もいた。奈央も、そうだった。けれど、今は。その奈央の髪が綺麗に伸びて、栗色でやわらかそうなその髪が奈央にとてもよく似合っていることを知っている。会ったばかりの頃は紗央の長い髪を褒めていた空も、今では当然奈央の髪の方がお気に入りらしく、嬉しそうに指先に髪を絡めて遊んでいる。自分の髪が長く綺麗である必要はもうない気がした。
 控え室のドアの前。軽くノックをして、入るわよ、とひとこと。どうぞ、と可愛らしい声が聞こえて、紗央は扉を開いた。
 ――綺麗だった。
 純白のドレスを纏った奈央。とても奈央に似合っている。これは新郎も大喜びだろう。その感想を述べるよりも先に、声を上げたのは奈央の方だった。

「紗央、ちゃん、……髪、切っちゃったの……?」
「うん。短いのも結構似合うでしょ? ま、奈央の従姉なんだからとーぜんなんだけど」

 奈央にも、誰にも言わないで髪は切った。
 知っていたのは自分だけ。この心の変化を、ちゃんとわかっているのは紗央自身の心だけだった。
 ドレスを重そうにしながらも奈央は立ち上がる。その瞳はとても心配そうだ。何かあったの? そう言いたそうに揺れている。

「別に何があったわけでもないわよ。もう夏だし、イメチェンって奴? 奈央がこうして結婚できて、ほっとしたっていうのもあるけど」
「紗央ちゃん……」

 それは事実だ。奈央が結婚して、ほっとしている。
 まだ心配そうな目をしている従妹の肩にそっと手を置いて、紗央は笑って見せた。

「あたしのことなんていいから。……すごく綺麗、奈央」
「……ありがとう、……ごめんね、紗央ちゃん……」
「何で謝るのよ。奈央のウェディングドレス姿見れて大満足よ? 式のお祝いのパーティー、気合い入れてケーキ作ったんだから」

 白いドレスに、やわらかい栗色の髪。
 どこかのお姫様みたいだ、と紗央は思う。
 自分はきっと、永遠に着ることのないものだろうとも、思う。
 似合いそうな気もしない。それは単なる合理化だろうか。

「あたしが、ずっと馬鹿だったせいで、紗央ちゃんは、泣けなかったんだよね……」
「何泣きそうな顔してるの? 今泣いたらメイクぐちゃぐちゃだからね。泣くなら最後空の胸でも借りて泣きなさい」
「紗央ちゃんのことも、理央のことも、あたし、たくさん謝らなきゃいけないのに、償い、しなきゃいけないのに、」

 奈央がそれに気づけただけで十分だ。胸のペンダントを指で遊びながら、紗央は微笑む。
 それで十分。寧ろ謝りたいのはこっちの方だ。これまで、どれだけ奈央を憎んで呪ったことか。どれだけ奈央の悲劇を願ったことか。人間として最低だったと思う。きっと、苦しいのは自分だけではなかったのに。

「……あたしも理央も、奈央に幸せになってほしくて仕方ないの。それしか望んでない」
「……ううん、それだけじゃないよね。紗央ちゃんも、幸せになりたくて仕方ないんだよね」

 そっと奈央が紗央の手を取る。 
 ペンダントで遊んでいた紗央の手が、止まる。

「これ」

 奈央は近くにあった細長い箱を手にとって、紗央に握らせる。
 何、と視線で訴える紗央を、奈央は軽く微笑みで交わした。

「紗央ちゃんがまだこの指輪、持ってたら外してやって、って」

 ――理央が。
 付け加えられた人名にはっとして、動けなくなった。
 箱の蓋を開ける。ネックレスだった。
 トップに、青い石。その色は、紗央の瞳と同じ色。

「俺はこれくらいしかしてやれないから、って、理央、言ってた。申し訳なくて、迎えになんて行けないって」
「なんで、理央、まだ、覚えてたの……?」
 
 そっと首のペンダントが外される。長いこと身につけていたそれは、かなりの年月を感じさせた。
 ずっとずっと昔、理央がくれたおもちゃの指輪。迎えにいくから待ってろ、という力強い言葉。まだ憶えている。それを今までずっと支えにして生きてきた。辛いことがあっても、いつかきっと助けてくれると思ってやってこれた。

「……青い服、着るようになったんだね」

 今までずっと青い服を嫌がっていた。でも、ちゃんと歩き出すために、着てみることにした。
 奈央が新しく首にしてくれたネックレスも綺麗な青い光を放っていたが、服の青さと相まってあまり際立たない。

「青い服、すごく、似合う。綺麗だもん、紗央ちゃん」

 紗央ちゃん美人だから何だって似合って羨ましい。一歩後ろに下がって、紗央の全身を見て奈央は笑った。 
 
「それ、ブルーダイヤなんだって。紗央には綺麗な青が似合うって理央言ってた。理央ひとりで買いに行ったんだよ」

 小ぶりでもしっかりと輝きを放つペンダントトップをじっと見つめる。
 まだ、理央は、憶えていた。
 まだ紗央があんな昔の子供の戯言に縛られていたことを、知っていた。
 それだけでもう十分なのに。見せ付けるように、知らしめるようにずっとあのおもちゃの指輪を持ち続けていた自分はどれだけ性格が悪いのだろう。
 奈央はくすくす笑っていたが、やがて落ち着いた声音で、紗央の機嫌を窺うように、口を開いた。

「こんなことで、許されるなんて思ってない。紗央ちゃんがどれだけ理央のこと待ってて、あたしが邪魔してたのか、理解してるつもりでも本当になんてわかってないの。だから紗央ちゃんはあたしのこと許せないかもしれない。ずっとあたしなんか構ってた理央のことも、許せないかもしれない。あたしのせいで紗央ちゃん、ずっと辛い思いしてたんだもん」
「…………」
 
 辛くなかったとは言わない。 
 理央が助けてくれたって、あの頃の状況は何も変わらなかっただろうけれど、ひとりじゃないと思えることくらいはできたのかもしれない。
 辛かった。ずっと、ひとりだった。助けてくれる誰かを見つけても、その誰かは必ず紗央の元を去っていった。何度泣いたか知れない。何度呪ったか知れない。何度憎んだか知れない。
 分かっている、呪ったって憎んだって仕方ないことだと。でも、そう思わなければ生きていられなかった。

「でも、……紗央ちゃんが許してくれなくてもあたし、……あたしも理央も、紗央ちゃんのこと、大好きだから、大切だから、仲良しでいたいって、思っちゃうんだよ……」

 そんな言葉を聞いたら、もう後は言葉にならなかった。
 それだけで十分。どうか、憎んだあたしを許して欲しい。呪ったあたしを許して欲しい。懺悔をするのは紗央の方だったけれど、ひとつも言葉にならない。
 ただ、偉そうに、いつものように、年上ぶることしかできなかった。

「許すも許さないも何も、最初から何とも思ってないわよ。あたしだって奈央も、癪だけど理央も、大好きだから」

 こんなにも素直で可愛い兄妹に、重く暗い気持ちを押し付けてしまった。それは心苦しいけれど、あの指輪はこれからもう必要ないんだと、これまでの長い日々とはまた違う日々を送ることを許されるのだと、そう言われて、純粋に嬉しかった。

「あーあ、しっかし奈央ホント綺麗なんだもん。空なんかにやりたくないわね」
「あはは。空君怒るよー?」
「いいじゃない別に。本当に綺麗なんだし、……あたしは一生着れそうにないなー」
「……紗央ちゃんは着るよ。絶対綺麗だよ。その時はあたし、いっぱいいっぱい頑張ってすっごい大きいケーキ作るから覚悟しててね?」
「天変地異が起きてそんなことが実現するならお願いするわ」 
 
 でも、今はあたしの話なんてどうでもいいでしょう?
 今日の主役は紗央ではない。来るかもわからない日のことを話すにはふさわしくない日だ。
 
「……本当におめでとう、奈央。あんな十何年もあんたのことだけ好きでいてくれた男だからって愛想尽かされるようなことしちゃダメよ?」
「うん、頑張るね」
「あ、でも、空に愛想尽かすようなことがあったら遠慮なくあたしのところに来なさい。空くらいなら一瞬でミンチにしてあげる」
「あはは。覚えとくね。きっとないと思うけど」
「……そうね、ないわね、あんたたちは」
 
 きっとそうだろう。相手の欠点さえ愛おしく思える二人だから、物理的な距離がもし生じたとしても、本質的に離れることも、別れることも、きっとない。それでいい。空と奈央がそうして別れることなく幸せでいるのなら、紗央自身もこれから幸せに生きていけるような気がした。孤独であろうとも、それがいつまでも続くとしても、今は本当に奈央のことが好きで、奈央の幸せが自分の幸せだろうと心から思えているから。

「ずっと幸せでいて」

 そう声を掛ける。普通は「幸せになって」と言うのだろう。でも、奈央はずっと幸せだっただろうから、その言葉はきっと相応しくない。
 応えるように、奈央が笑顔を見せる。眩しい笑顔ってこういうことを言うんだな、と紗央は思った。この笑顔は、これからずっと忘れることなどないだろう。



2008.03.09(Sun) | 初恋シュプール | cm(0) | tb(0) |

初恋シュプール 2



「だぁあああ……。やっぱ六月だしあっついなー……」

 口ではそうぼやいていても、生真面目な性格からネクタイを緩めることはしない慎吾。目の前には白くて大きな教会。披露宴はせずに式だけをここで挙げるというのだから、騒がしいことが好きな新郎のイメージからすると少し意外な気がしていた。 
 式まではあと一時間ある。時計で時刻を確認している時に離れたところから近づいてくる影に気づく。どうやら二人。慎吾は手を挙げて挨拶した。

「ひっさびさだなー! 元気してたかー?」
「お前こそ、せっかく体育大入ったんだしさっさと代表になれっての」
「んな簡単に言ってんじゃねぇよ、ばーか」

 五十瀬至貴、そしてその隣に鳥辺山嵩皓。二人とも慎吾と同じように正装で、高校時代とあまり変わらない関係のようだった。これには未だに慎吾も手を焼いている。

「都筑は来ないの?」

 嵩皓が慎吾を見て問う。慎吾はひとつ頷いた。

「仕事あるんだってさ。新郎新婦によろしゅうー、ってメール来た」
 
 進学した慎吾たちとは違い、風哉はひとり実家の京都に戻って社会人としての道を歩んでいる。仲の良かったメンバーが揃わないのは残念だが、それも仕方ないことは誰もがわかっていた。高校の頃とは違うのだから、そういうものなのだ。
 他にも同じ学年の奴来てる、と慎吾が教えてやると、だろうなあとげんなりした顔をしてそれでも軽く挨拶回りをするのか、嵩皓を連れて至貴はその場を離れた。

「よう、似合うじゃん」
「うおっ、ヤマト先輩! と、葉山先輩!」

 そろそろ来るんじゃないかとは思っていたのだが、やはり唐突に来られると驚いてしまう人物の登場。後ろから掛けられた声に振り向いて、声の主の名を呼ぶ。
 この人はあの夏服以外なら大体似合うんだな、と心底思うほどに、大和の礼装はきっちりはまっている。その傍らにいるルミも、こげ茶色の控えめなドレスに淡いストールを羽織って、二人セットでいるのが何ら不思議でない。

「おっと野島、葉山先輩はもう卒業だ」
「は? 何ですか急に」
「籍を入れた。だから苗字が変わったんだ」
「……はあ、…………え、ちょ、結婚したってことスか!?」

 慎吾のオーバーな反応を見て、大和が大きく笑い出した。なんだ冗談か、そう思ってちょっとばかり安心した慎吾だったが、こんな冗談普段じゃ黙っているはずのないルミが黙っているのを見ると、さっと背筋が寒くなる感覚を覚えた。

「……ま、マジで、すか」
「大マジだ」
「で、でも、ヤマト先輩みたいな立場の人が結婚して、マスコミとか騒がないわけないじゃないスか!」
「だぁから、籍入れただけだって。書類書いて、役所出せば成立。式はもっと先だからその時騒ぐだろ。平々凡々の一般人と結婚ですかー、ってな」

 平々凡々で悪かったわね、とこれはいつもの反応。
 平々凡々がいいっつっただろ、と平然と流すのもいつもの反応。
 二人でいることが板につきまくっている。これは真実なのだろう。

「ちなみに、いつ?」
「んー、先月? 今日に合わせて体裁のいいようにさ」
「わざわざ参列するために結婚したんスか!?」
「ほらほら、こいつ、大学通ってはいるけど一応社会人だから」

 苦笑しながらルミが大和を指差す。そうだぞ、と威張るように笑う一つ上の先輩の説明を聞けば、今回の式のメイン、新婦直々に教会を花で飾って欲しいと依頼されたということだった。大和は快諾して、最近アレンジメントの資格も取ったからご祝儀代わりにやらせて欲しい、と提案したが断られた。芹沢の次期当主にお願いしている、とのことで、そこはもうビジネスだ。そこまで言われて断るわけにもいかないし、最低限の金額を受け取って、大和は仕事をした。籍を入れたのは大和の面白半分でもあったけれど、仕事とは別に挨拶をしたり御祝儀を渡したりと、そういった時に華やかさをプラスするパートナーがいるのといないのとでは気の持ちようが違うということらしい。
 おかげで大学でも注目されて困っている、とルミは言う。大和は大学の芸術コースで講師をしているから、その時にやっぱり面白半分で言いふらしたのだという。どこまでも非情で非常な人だ、と慎吾は思った。

「そーいや、今来たんですか? お二人は」
「いや、新郎新婦には挨拶してきたよ。見てきたらいいのに」
「ドレス姿すっごい綺麗なんだよー? 見たらあれは惚れるね」
「いやいや、そういうのは取っておきます、あとのお楽しみってことで」
 
 新婦が綺麗だなんてこと、そんなの当たり前だ。あの鈴城理央の双子の妹で、交番や喫茶店でよく見かける鈴城紗央の従妹で。
 新郎はきっと七五三状態で。ああでも、卒業する頃あんまり小さいと思わなくなったかも。そう思い出して、やっぱり後に取っておこうと思う。その方が多分感動するし、心から祝えそうな気がする。

「おーい、もう会場入れるってよー!」

 少し離れたところから至貴に呼びかけられ、じゃあ早速行きますか、と大和とルミに訊ねる。しかし大和は軽く首を横に振った。

「もーちょい待ってろよ。まだ始まらないだろ?」
「そうですけど、何ですか? あ、後輩ひとりVS先輩二人って状況作ってリンチする気ですか!? 俺負けませんからね!」
「お前がそれでいいなら俺は全然構わないけど? ……とか言ってる間に、来た来た」

 教会に近づく黒塗りの車。
 何が何やら、といった感じの慎吾と、すべて知っているような大和とルミ、その三人の前に車が停まる。
 見覚えのある車だ、とぼんやり慎吾は思う。多分芹沢の車なのだ。それなら何度か見たことがある。

「遅いぞ」

 大和が声を掛けると、ドアが開いた。

「うるさいな、ちょうどいい飛行機無かったんだから仕方ないだろ」
「お、スーツ似合うじゃんー! 苦労して選んでよかったっ」
「おー、葉山。じゃないか、芹沢夫人? 結婚おめでとう。スーツわざわざ選んでくれてさんきゅ、悪いな」
「いえいえ、芹沢的にははした金らしいからねー」

 見慣れない、黒い髪。
 でも、その背丈も、顔も、声も、全部が記憶の中の彼と同じもの。
 呆然と立ち尽くす慎吾の肩を、軽く大和が押してやる。慎吾はつんのめってバランスを崩し、そのまま彼の前に立った。

「……久しぶり、慎吾」
「る、っ、流風、せんぱい……ッ!!」

 学生時代の恩師の結婚式に来たというのにこれじゃあメインがまるで違う。
 一年ぶりに見る憧れの人間。その姿に感動して、まるで夢でも見ているようで、慎吾は髪の色だけが変わった流風に思いっきり抱きついた。

「うあっ、お前っ、キモいんだよ! はーなーせー!!」
「離しませんよ!! もういっそこのままゴールインしたいくらいです!」
「ぜってー嫌だ! もう式始まんだろ、離せー!!」

 そう言いつつも、流風の顔も嬉しそうに綻んでいた。嬉しいくせにー、と流風の頭を大和が強引にぐりぐり撫でる。せっかくセットしたのにやめなって、とルミがそれを制止した。でも、笑っていた。

「さてと!! そろそろ行きましょうよ、空先生の結婚式!」

 ひとしきり騒ぎ終わった後の慎吾のひとことで、四人の足は教会へと向かう。
 本日の主役の晴れ姿を見るために。

2008.03.09(Sun) | 初恋シュプール | cm(0) | tb(0) |

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