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軽石へちま

Author:軽石へちま
基本自キャラで凄まじく妄想してみる。
隠れ家なのでBLとか黒とか暗とか主。
キャラ崩壊必至。何とも思わないけども。
妄想についてこれる人だけどうぞ。

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今年の桜井さんち



 桜井家のエアコンは、数年稼働していなかった。
 貧乏な暮らしではあるけれど、一応安いエアコンは設置していたのだが、我慢比べのように毎年夏は扇風機だけで乗り切っていたため、埃をかぶるばかりで(定期的に弟二人が掃除はしていたが)、涼しさをもたらしたことは設置の時の試運転以来ない。しかし今年はそれまでの生活が嘘のように、エアコン大活躍である。独壇場である。記録的な猛暑のおかげで、扇風機がただ熱気をかき混ぜるだけの機械になったことをきっかけに、桜井家の三兄弟は一大決心をしてエアコンのリモコンを手にしたのだった。最初に稼働したのが7月の終わり。夏休み一杯使ったら9月からはどうにかなるだろうと思っていたのに、今年は猛暑が長引いているようで、カレンダーをめくったというのにまだだくだくと汗をかく日々が続く。自然、エアコン様にもまだ仕事をしていただいている状態だ。
 その上、今年の桜井家には客人がいる。いなりとうどん、二匹の愛猫ですらクーラーの恩恵にあずかれなかったというのに、今年来た客人は涼しい部屋の中で長兄の世話になっているのだ。猫からすれば解せぬ話かもしれないが、幸いなことに二匹の猫は客人によく懐いていた。白い毛並のうどん、茶色いいなりは、揃ってくああとあくびをするとタンスの上から飛び降り、客人にすり寄った。
 その客人――濡れたように美しく、長い黒髪を持つ少女は、医者に向けて大きく口を開いていた。

「どうだ」
「うん、腫れはないみたいだね。ほかに異常あるようにも見えない」

 舌圧子を少女の口から引き抜くと、医者は微笑みながら左手で持っていたペンライトの明かりを落とした。
 少女のすぐ脇にはこの部屋の主である桜井 拓海が腰を下ろしていた。その瞳は珍しく真剣に医者を見据えている。

「だからまあ、つまり、薬でどうこうできる問題ではなさそうなんだ。心因性の可能性が高いと思う」
「……そうか」

 少女の大きな瞳は、ふたつとも透き通るようなアイスブルーだ。この国では珍しい色の瞳をぱちぱちさせて少女は医者の顔をじっと見る。
 その少女の頭に拓海が大きな掌を乗せると、少女の意識は拓海に移ったようで、今度は不思議そうに拓海の表情を窺い始めた。
 往診用の鞄に器具をしまう、この医者は拓海の高校の頃の同級生だ。名を松風 真臣という。昔から友人が極端に少なかった拓海にとっては、今でも連絡をとる相手など真臣くらいだ。常識も多々欠落している拓海だが、そういった相手の存在がそれなりに重要であることは理解している。だからスマートホンの電話帳にもずっと真臣の番号は消さずに入ったままだ。
 学生時代から成績優秀な優等生、体格もよくてスポーツもできる、加えて優しさと気品に溢れていた真臣は、今は小児科医という職についている。医者一族であることは知っていたから医者にはなるのだろうと思っていたが、小児科医と聞いた時は何とお似合いだろうと思ったものだ。きっと子供だけでなく親や職員にも人気な先生なのだろう。多忙を極めるであろう小児科先生がこうして時間を作ってくれたことは本当にありがたいと思っている。拓海にもそれくらいの感謝の気持ちを持つ常識くらいは持ち合わせている。

「悪いな、無駄足踏ませちまって」
「無駄足じゃないだろ? ほかに異常がないってわかったんだから、拓海には安心できる材料がひとつ増えたわけだ」
「だからだろ。わざわざ呼びつけることなかった」
「それは最初から分かっていたことじゃないか。それでもぼくを頼ってくれたんだから、ぼくは嬉しいよ拓海」

 神か仏かという程の優しい台詞が似合う真臣が、拓海は実は苦手である。だからといって嫌いというわけではない。自分に持ちえないものを持っているから、眩しいと感じるのだ。
 確かに最初から、この少女を小児科医に診させるのはお門違いであることはわかっていた。それでも他に当てがなかった。真臣ならば断わらないという打算もあった。その後ろ暗さが、拓海に真臣をより眩しく見せている。

「しっかし、弟たち一筋だとばかり思ってた拓海がこんな綺麗な女の子の面倒見るなんてね。意外だ」

 紺色のセーラー服姿の少女に視線を落とした真臣がそう声を掛ける。
 少女は拓海の傍に正座したまま動こうとしない。真臣に診察される前から、座る場所は変わらないままだ。
 彼女の名は野島 紗央。長い黒髪、透き通るアイスブルーの瞳、滑らかな白い肌、まるでアンティークドールのような美しさをもったこの少女は、拓海が先日保護し、それから縁あって桜井家で面倒を見ることになったのだ。
 紗央は今、声が出せない。拓海が保護したとき、誰かに暴行を受けたのだろう殴る蹴るの傷が多々見受けられた。声が出せないということが、外的要因なのかそうでないのか、素人である拓海には判別がつかなかった。だから病院に行こうと散々紗央を諭したのだが、本人がどうしても行こうとしないので、こうして真臣を家に呼ぶという苦肉の策をとったのだ。
 その真臣が外的要因ではないと言うのだから、おそらくそうなのだろう。相当ひどいいじめを受けていたようで、それが原因であることは想像に難くない。最初に紗央をこの部屋につれてきた時、着替えをさせたのは上の部屋にいる響家の娘、奈央だった。背中や脚に煙草を押し付けたような火傷の痕もあったという。……そこまでは真臣には報告していないが。

「雨ン中ぶっ倒れてんのに放っておけるかよ」
「昔の拓海なら見向きもしなかったね」
「マサてめえ殴るぞ」
「おっと怖い。あ、でも猫拾うのは昔から変わらないね。今も二匹いるみたいだし」

 くるりと狭い部屋を一周見回すと、茶色い猫と白い猫を見つけて真臣が笑った。
 その二匹の猫は真臣の言う通り、拓海が拾ってきたものだ。桜井家の家計を稼ぐ拓海である、動物を飼う余裕などないことは百も承知だったのだが、何故か捨て猫によく遭遇してしまう。仕方なしに助けてやったと言うのに、いなりもうどんも拓海に懐く様子がない。弟たちからは「こいつらの気持ちはよくわかる」などと言われる始末だ。

「くだらねえ話はやめろ」
「えー、くだらないかなあ。拓海は昔から顔に似合わず優しいっていうお話なのに」

 少し悪戯っぽく真臣が笑うと、真臣のジャケットの裾を紗央が手を伸ばしてぎゅっと握った。アイスブルーの瞳は大真面目に真臣を見据え、こくこくと何度も頷いている。

「ほら、紗央ちゃんももっと聞きたいって」
「別に面白くねえぞ」
「え、面白いよ。拓海はね、古い体育倉庫の中で拾った黒猫の世話してたんだよ。まだご両親健在の頃だから、高2くらいだったかな。世話するつもりなんかなかったのに懐かれすぎちゃってさ、気が付いたらもう放っとける状態じゃなくなってて、でも自分で飼う気はないし、飼ってくれる人を探すつもりも拓海にはないからね」
「お前がクラスの奴に声かけたんだったか」
「うん、試しに聞いてみただけだったけど。飼ってくれる人が見つかってよかったよ。ね、紗央ちゃん。拓海、今と変わりないでしょう?」

 真臣の問いかけに、紗央は人形のような整った顔をくしゃりと綻ばせた。拾ったばかりの頃は感情もないような子だったが、拓海の手から食事をとるようになってからは随分と表情豊かになった。よく笑う、よく怒る、拗ねる、喜ぶ。年相応よりは少し幼いくらいかもしれない、紗央のその感情表現に、内心拓海はほっとしていた。苦痛をすべてその小さな体に押し込めて、家族には迷惑をかけたくない、と音のない声で必死に拓海に訴えた少女が、今こうして可愛らしく笑っているのだ。叡一も炎而も、その点に安心しているのは同じようで、早く声が聴けるといいね、と話している。
 
「さて、じゃあぼくはそろそろお暇しようかな」
「時間あるならゆっくりしてけ。こいつ、料理すげえ上手いんだ」
「御厄介になりたいのは山々なんだけど、外科と打ち合わせが入っててね。今度ちゃーんと時間作るから、その時に積もる話もしようよ拓海」

 にこりと笑う真臣が、往診鞄を手に立ち上がる。そこまで送ってくるから待ってろ、と拓海は紗央に声をかけ、部屋を出る真臣の後に続いた。



 室内の涼しさが嘘のような日照りの中を、ジャケットを脱いで片腕にかけたスーツ姿で歩く男と、黒のTシャツにデニム姿の男。どこからどう見てもバランスの取れていない二人である。

「可愛い彼女だね、拓海」
「とびきりの美人だってのは認める」
「ぼくは三人称単数形としての“彼女”の話をしたいわけじゃないんだけど」
「なら言い直せ、あの子は可愛いね、で十分だろ」
「頑固なとこは変わんないなあ」

 真臣が呆れたように笑うと、言ってろ、と拓海は目を逸らす。
 学生の頃から、性格的にはまるで一致する点がなかった。真臣は優等生、拓海は不良と呼ばれる存在であったし、基本的に拓海から声をかけたことはほとんどなかった。このつながりは、ひとえに真臣の人柄のおかげなのだ。彼の打算のない善意が拓海にとってはいまだに眩しく、しかしそのおかげで紗央を診てもらうことができたのだから相当の感謝をすべき点であることもまた理解している。
 
「ねえ拓海」

 隣を歩きながら問いかけられた声に、特に首も動かさずに「何だ」とだけ答える。

「紗央ちゃんはきみのことが好きだよね」
「だろうな」
「あ、気付いてたんだね拓海でも」
「あの年頃のガキにはよくあることだろ。それとも何だ、俺に15のガキに手ぇ出して犯罪者になってほしいのか?」
「紗央ちゃん15歳なんだ。来年には結婚できちゃうよ」
「くだらねえ話はやめろっつってんだろ」

 話の意図が読み取れずに、痺れを切らして拓海は立ち止まった。
 文脈通りに解釈するのなら、拓海は紗央と付き合って結婚するべきだと言っているように聞こえる。しかし、真臣がそんなことをわざわざ回りくどく伝えるだろうか。

「ぼくは思うんだよ、拓海」

 拓海に続いて真臣も立ち止まる。炎天下の中は車も通らなければ人の姿もない。
 額にじわりじわりと玉のような汗が浮かぶ。

「きみが大事に大事にしてきた叡一くんや炎而くんは、きみが今思っているほど子供じゃないんじゃないかって」
「あいつらを子ども扱いしてるつもりはない」
「そうだね。そうなんだろう。だから逆なんだ、きみ自身が兄であろうとしすぎてるんだと思う。きみにとって、二人の弟を養うことがこれまでの働く意味で、生きる意味だったからだ。彼らが弟でいてくれないと、きみには生きる意味がなくなってしまう」
「……何が言いてェんだ」
「簡単だよ。……新しく大事なものを、傍に置いたらいいんじゃないかって思うんだ。拓海がまた、自分の時間をたくさん費やして守ってやる存在をさ」
 
 耳の痛い話だった。
 確かに、すぐ下の弟である叡一はもう大学生で、そうしようと思えばもう十分ひとりで生きていける。末っ子の炎而ももうすぐ高校卒業だ。二人ともバイトはしているし、言われてしまえば確かにもう兄として拓海がすべきことはすべて終えているのかもしれない。元々自分への関心は高くない拓海である。弟たちが家を出れば、仕事をする意味も見いだせなくなるかもしれない。ならば弟たちの代わりに誰か、というのも筋は通っているのだろう。けれど拓海は自分への関心と同じくらい、他人にもあまり関心がないのだ。
 真臣は複雑そうな拓海の表情を覗き込むと、そんなことはお見通しだったとばかりにふふんと笑う。

「拓海、昔から面食いじゃないか。年齢さえなければ間違いなく好みだろ? それに、家事できる子ってのも相当拓海の中では高ポイントと見た」
「だああああッ、うるせぇ!!」

 真臣は賢い。真臣に言わせれば「拓海が分かりやすいんだ」とでも言いだしそうだが、そんなことは認めたくはない。
 真臣は賢いから、推理してしまう。それがすべて当たっていることもまた、拓海は教えてやりたくはない。付き合いをもつ相手は選ぶべきだったと今さら後悔しても遅い。
 しばらく歩いて、大きなT字路に差し掛かると、真臣は「ここでいいよ」と立ち止まった。真臣はこの近くのバス停から駅に向かい、そこから病院へ戻るという。

「呼びつけて悪かったな。保険証無しで診察代ってどんだけかかるんだ、教えてくれ」
「え? いいよそんなの、なんでもなかったんだし。久々に話せただけでぼくは十分だしさ」
「それだけならんなでかい鞄持ってくる必要なかっただろ。……ダチなら貸し作らすんじゃねェよ」
「……そっか」
 
 真臣の善意は、ときに拓海をとてつもなく惨めな思いにさせる。そういうときばかり友達という言葉を出すのはそれはそれで卑怯であるとわかってはいつつも、自分が不利な時にはどうしても対等を主張したくなってしまう。
 睨みつけるような拓海の視線を、真臣はやわらかく笑って受け止めた。

「ならまた今度お邪魔しようかな。紗央ちゃんの手料理も御馳走になってみたいし、きみと紗央ちゃんがなんでもないなら、そもそも拓海が払う前提になってるのが間違いだ。それは当人と話をしないとね。文句は言わせないよ?」

 有無を言わせない口調で断じられては、拓海もそれ以上は何も言えず、舌打ちをしながら頭をがりがり掻くしかなかった。




「ただいま」

 拓海が部屋に戻ると、甘い香りが部屋の中に漂っていた。小さな台所で、制服姿の紗央がぱたぱたと動き回っている。
 拓海が帰宅したことに気づいた紗央は長く黒い髪を揺らして、にこりと笑った。

「何作ってんだ」

 紗央の肩越しに覗き込めば、どうやらトースターを使ってクッキーを焼いているようだった。来た時にスーパーの袋をぶら下げていたから、中身はこれの材料だったのだろう。 
 それよりも、トースターをトーストを焼く以外に使ったことのない拓海にとっては軽くカルチャーショックを隠せない。

「お前器用だな、こんなもんも作れんのか」

 まだ声の出ない紗央は大きくこくりと頷いた。トースターが高い音で焼き上がりを告げる。
 平たい皿にトースターから一枚一枚クッキーを取り出していく。プレーンなバター味のもの、ココア味、チョコレートのチップ入りのもの、紅茶の茶葉入りのもの。これだけ凝っていれば十分だろう。
 スプーンで落としただけのドロップクッキーだが、拓海と真臣が部屋を出てから拓海が戻るまでの間にここまで作ったのならば、手際の良さもある程度わかる。
 まだ冷めきっていないチョコチップ入りのクッキーをひとつ手に取ると、口に放り込む。味は確かだ。

「あいつ、今度また来るってさ。お前の手料理食いたいって」

 拓海の言葉に紗央はぱっと驚いた表情を作って、それから拓海のシャツの裾を握って上目遣いにこくこくと何度も頷いた。
 なんだ一目惚れかやっぱり顔か金か、と邪推を巡らせていると、紗央がスカートのポケットからメモ帳を取り出した。普段あまり筆談はしないが、どうしても伝えたいことがあると紗央はメモを使う。胸ポケットに刺さった三色ボールペンの黒を急いで出して、走り書きをする。

『タクが頼るひとは、みんないい人だから』

 自信たっぷりに見せられたメモを苦笑しながら目で読み終えると、その小さな頭にぽんぽんと掌を乗せる。髪の感触が心地いい。

「お前、そんなこと言うと調子乗るから間違っても本人に言うんじゃねェぞ」

 紗央は大きなアイスブルーの瞳をきょとんとさせると、小首を傾げて見せる。計算してやってんならひっぱたいてもいい、と思うくらいにその仕草は可愛らしく映る。
 これだから真臣にすぐ読まれるんだ、と拓海は目を強く瞑って頭を数回振ると、エアコンの真下で頭を冷やすのだった。
 今年の部屋には、涼しい風と、手料理の香りと、変わらぬ猫の鳴き声がしている。





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2013.09.19(Thu) | ご近所物語 | cm(0) | tb(0) |

夏祭り前哨戦




 季節は真夏ですが、

「……葉山、もし暇だったら、夏祭り、行かないか? ……ふたりで」

 もしかしてもしかしてもしかするとっ、春が来るやもしれません。





「えええええええええっ、夏祭り!? ふたりだけで!? 野島先輩と!?」
「こ、っ、声が大きいよみのり!!」

 昼休み、机をくっつけて一緒にお弁当を食べるのは、隣のクラスの林葉みのり。体育は二クラス合同だから一緒になるし、英語数学は習熟度別で隣のクラスと成績順に二クラスに分けられる。もちろんあたしは下のクラスで、みのりも同じクラス。葉山と林葉で音が近いから、自然と話す機会も多かった。お弁当の時間は大概みのりがうちのクラスに来る。みのりはミーハーで、うちのクラスにいる水城 流風がかっこいい、ってそれを拝みに来ているのだ。確かに彼はすごくかっこいい、というか、アイドルみたいなオーラをばしばし出している。笑顔がきらきらしてて、爽やかで、勉強もスポーツもできるなんて漫画の登場人物みたい。これが実在するんだから現実って残酷だと思う。水城はきっと、うちのアニキと同じタイプの人間なんだろうな。みのりのクラスには、その水城流風の双子の弟と自称する男子がいるらしい。あたしもちらっと見たけど、全然似てない。アイドルって感じではないけど、図書館で静かに本読んでたら見とれちゃうタイプの男子。けどこっちも英語数学上のクラスにいる。あたしのような馬鹿とは違うんだ。うちはなあ、あたし馬鹿だし美人でもないけど、アニキはかっこよくて頭いいもんなあ。血繋がってないからまあ似てないのは当たり前だけど。
 みのりはお弁当の卵焼きに箸を刺したままわなわなと震えている。この手の話題はみのりにはするんじゃなかった。

「……いつの間にそんな親密になってんの」
「いつの間に、って、あたしもそんなつもりなかったし、びっくりしてるんだってば」
「体育祭の委員とか地雷だと思ってたのに超役得じゃんっ、野島先輩っていえば、まだ二年になりたてなのに次期キャップほぼ確定って言われてるバスケ部のエースよ!? ホープよ!? 天っ才だよ!?」
「し、知ってるって……」

 それは体育祭の委員になったばかりの頃、情報収集に長けていたみのりがわざわざ教えてくれたこと。
 たまたまじゃんけんで負けて体育祭委員になってしまって、委員会の集まりの時にいたのが同じく委員になった野島先輩だ。あたしが当日出る種目と先輩の種目は、学年も性別も違うから全くかぶらない。だから誘導とかを一緒にすることになっていて、体育祭の前から一緒に行動する機会は少なくなかった。野島先輩は、背がすっごく高くて、体もがっちりしてて、校内でも割と有名な人らしい。みのりの話聞くまではあたしも知らなかったけど、去年の新人戦ですごく活躍したみたいで、男子バスケ部の次期キャプテンという話が出ているみたい。最初はあたしも、人並みにはかっこいいなと思ってたけど、最初は本当にそれだけで、一緒にいろんな準備をして過ごすうちに、犬みたいな人懐っこさとか、優しいところとか、結構テンパっちゃったりするところとかを見て、かっこいいというよりもこの人可愛いなあと思ったりして。
 なので、昨日野島先輩に呼び止められて、夏祭りのお誘いを受けた時は、うれしいやらはずかしいやらで、もう、なんて言ったらいいか。嬉しかったけど恥ずかしいのもあったから、アニキになんて言えるわけなかった。アニキに言うのは、うん、本当に進んだらにした方がいい。今言うと後でなんでもなかったときに笑われるのはあたしだ。

「あーあ、いいなあ先輩と夏祭りー。あたしも浴衣着たい! 誰か誘ってみよっかなあ」

 そうぼやくみのりを実はちらちら見ている視線にあたしだけは気付いている。
 同じクラスの鳥尾 冬二。でっかくて顔つきもいかついけど、話してみると結構気さくないい奴で、入学して早々みのりに一目惚れしたとかで、みのりと仲のいいあたしは何かと話すことが増えた。
 機会さえあれば一緒に出掛けたいとか考えているみたいだけど、毎回うまく行かない。みのりはこれで結構鈍感だから、スルーされることもしばしばだ。
 一応、話、振ってみようかな……?

「鳥尾はお祭り行かないの? ここの先の神社の」
「は!? 俺!?」

 口では驚いているけど、「でかした葉山!」という視線で鳥尾がウインクしてくる。テンションの高さは十分伝わりました。
 みのりは残念なことに鳥尾が近くにいたことに今気づいたらしく、鳥尾いたんだー、なんて言ってる。その辺は慣れているのか鳥尾も傷ついてはいない様子。

「お、俺も誰か誘ってみようかと思ってたとこなんだ」
「あ、じゃあみのり鳥尾と一緒に行ったらいいじゃん。鳥尾体格いいし、隣歩いてもらうにはちょうどいいと思うよ?」
「鳥尾がいいならあたしは別にいいよ? 一緒に行く?」

 おっとこれは想定外。誰よりも鳥尾が一番狼狽えている。
 首を左右に振って、自分が話しかけられていることを再度確認してから、今度はぶんぶんと縦に振る。

「お、おう!!」
「ん、じゃあそうしよ。あたしも他に女子誘ってみるから、バランスおかしくならない程度に男子誘ってみてね」

 今度はあたしもきょとんとしてしまった。鳥尾も一瞬目が点になっている。
 ああ、まあ、そうだよね。みのりには自分が誘われてるなんて選択肢、ないよねえ。その辺の察しが良すぎるみのりなんてみのりじゃないと思うからこれでいいんだろうけど。
 鳥尾にとってはそれでも十分前進だろう。ただでさえクラス違うんだし、本人と合意でどっか出かけられるってポイント高いはずだ。少なくとも、偶然を装って合流するよりずっと効率的だし。
 
「あ、あたし次教室移動あるんだった。鳥尾、赤外線使える? メアドと番号教えるね」
「え!? マジで!? いいのか!?」
「なんで? だって連絡とれなかったら面倒じゃん。人数も調整しないと、あんま大人数になっても動きづらいし」
「だ、だよな!! ちょい待ち、今準備するから」

 明らかにテンパった手つきで鳥尾はスマホを操作して、あたしたちの机に近づく。その表情の浮かれ具合に気づいてないみのりは可愛いというか、面白いというか。
 お互いに通信してアドレスを交換し合うみのりと鳥尾を横目で見ながら、浴衣新しくしよう、髪型どうしよう、なんてあたしはぼんやり考えるのだった。





 先週の週末にアニキと買い物に行って、選んだ浴衣は青地にあやめ柄のもの。紺や黒の生地に桜や椿の柄というのも綺麗だったけれど、青地ってあんまりいなさそうだし、涼しそうで綺麗だったからそれにした。
 流行りのフリルやレースがついたようなオリジナリティ溢れる浴衣もあったけれど、これはないよねー、とそこだけアニキと意見が一致した。代わりに買った髪飾りは青とクリアのカットガラスを使ったきらきらしたもので、あたし付け方わかんないよ、と言ったのに、アニキが「俺がやってあげよっか」なんてあっさり言うから、……結局それに乗せられてしまったんだけど。
 やってきた夏祭り当日。『夕方5時に学校の裏門で』という先輩からのメールを何度も見返して、間に合うように準備をする。これまではお母さんに着付けてもらってたけど、今回は自分で、と思ってやり方を聞いて何回か練習した。単にお母さんが出掛けていていないっていうのもあるけど、でも大丈夫、なんとか見られるくらいには着れているはずだ。慣れてないけど派手になりすぎないくらいにメイクをして、部屋を出ると、カールアイロンとヘアピンを持ってスタンバイしているアニキがにこにことこっちを見ていた。

「ほらルミ、早くしないと遅れるんでしょ」
「……それはそうなんだけど、スタイリスト気取りはキモいよアニキ」
「ほー、なら自分でやれば?」
「すいませんでしたやってくださいお兄様っ」
「よろしい」

 お母さんのドレッサーの前に座って、後ろからアニキがあたしの髪を梳かす。昔からすごく癖のある髪で、太かったり固かったりってことはないんだけど、みつあみをほどいたあとみたいな変なウエーブがついている。昔は嫌だったけど、今やカーラー要らずのふわふわヘアではないかとポジティブに考えるようになった。実際、周りの人はあたしはパーマかけてるもんだと思ってるし、先輩だってそうだった。あ、先輩は毎朝巻いてると思い込んでたんだっけ。毎日その髪大変じゃね? って言われたし。
 鏡の前でにやにやしていると、アニキが変なものでも見るみたいに鏡越しに視線を向けてくる。

「ルミちゃん、今日はもしや男とお祭りで?」
「アニキにはかんけーないでしょ」
「可愛い可愛い妹ちゃんがめかしこんでどっか出かけるってなれば、兄としては気になりますとも」
「思ってもないこと言わなーい」

 いつも通りのくだらない話をしながら、アニキがあたしの髪をいくつかにブロッキングして、巻いていく。あたしと全く血の繋がってない、しかも外国人のアニキは、妹のあたしから見ても半端じゃなくかっこよくて、頭もよくて、その上ものすごく手先が器用だ。
 料理とかお菓子作りもすごく得意で、昔からあたしの髪を結ってくれたりして、未だにこんなスタイリストまがいのことをしてくれる。編み込みとか、ちょっと凝ったお団子頭とかにしてくれるから、友達からよく羨ましがられたなあ。
 今回はサイドでハーフアップにしてくれるみたいだ。いつもはもっとごちゃごちゃ凝ったのにしてくれるけど、今日はやり方まで教えてくれてる。面倒なのは最初に髪を巻いたところくらいで、ハーフアップにしてピンで留めて、ピンが隠れるように髪飾りをつける。構造がわかってればあたしでもできそうだ。最後に軽くラメのスプレーをひと吹きして、できた、とアニキは言う。

「浴衣で恥かくとか、自分だけ恥ずかしいならともかく、俺の面子まで潰されちゃ敵わないし。いくらルミでも、これくらいなら崩れても直せるでしょ」
「アニキは一言多いの!」
「さすが俺のスタイリングに俺の見立てた浴衣。モデルはともかく装飾品は抜群」
「ええいうるさあいっ、アニキの馬鹿!!」

 巾着の中に、スマホやら財布やらポーチやらを突っ込んで、時計を見るとまだまだ時間には余裕がある。電車使って歩いてもこれなら十分だ。
 それまでテレビでも見てゆっくりしてよう、とソファーに腰かけると、「混むからもう出るよ」とアニキから声がかかる。何故アニキに声をかけてもらわねばならないのか。あたしは別にアニキと出かける予定はない。

「なに? どっか行くの?」
「はあ? もしかしてそのカッコで電車使って歩くつもりだったわけ?」

 そうですとも、と頷けば、馬ッ鹿だねえ、ともう慣れっこな見下し口調をお見舞いされる。

「自分じゃ着慣れてないし直し慣れてもいないくせに電車で、しかも駅から歩くの? 後で足痛くて動けなくなるに一万賭けてもいいね」
「う、……じゃあどうしろってのよう……」

 まさか家から学校までタクシーを使うわけにもいかない。大した距離でなくても、学生には厳しい金額だ。
 アニキは、何を当たり前のことを、とでも言いたげな表情でため息をつくと、右手を挙げて人差し指に引っかかったキーを見せつけた。

「待ち合わせ場所まで送るっつってんの。要らないならいいけど」
「ありがとうございます助かりますお兄様っ」
「わかったんならもう行くよ。道混まないうちに」

 アニキはそう言いながら、お気に入りの太いフレームの眼鏡(視力はいいから伊達だ)をかける。悔しいくらいそれはサマになっててかっこいい。性格に難あるけど補って余りあるくらいかっこいい。
 先を歩くアニキの後を追いかけて、家を出る直前に「帯曲がってる」とため息交じりに直されて、本当にこのアニキはよくできたアニキですよねと深くふかーく実感した。アニキほどできた人間じゃないけど、先輩、浴衣喜んでくれるかなあ。先輩は浴衣かな。動きづらいから普段着かな。
 憧れの先輩とふたりでお祭りなんて、有り得ないくらい緊張するけどっ、楽しみです。






2013.08.16(Fri) | ご近所物語 | cm(0) | tb(0) |

魔法の溶ける瞬間をいま


 旅行に行きたい、とルミが言った。
 それならば春休みで合わせてみんなで行くか、と俺が言った。
 ルミは首を横に振った。二人だけで行きたい、と。
 車は使わない。移動は新幹線と在来線と、あと必要に応じてタクシーとか。とにかく二人だけで出かけたいと言う。
 宿は高すぎないところならどこでもいい。できれば折半できるところがいい、と言うので、宿はいろいろホームページなどを見てふたりで決めた。
 もちろん料金は俺が持つが、ルミがここなら大丈夫、と言ってくれる場所に決めたかった。
 出発は平日だった。ちょうど後期の試験がルミと同じ日に終わって、次の日の早朝に出ることにした。家族にはもちろん行先は伝えたが、いつもつるんでいる奴らに何を伝えておくわけでもなかった。
 ルミも、紗央やルネ、椿、みのりには特に何も伝えなかったらしい。奴らが電話で妨害してきたりすることも、まあ可能性は少ないだろう。
 二泊三日分の旅支度をした。ルミが何を思って旅行したいと言い出したのかはよくわからないが、男の俺はそう大荷物にはならなかった。
 小さいボストンバッグに着替えと必要最低限のものだけ詰めて、朝、うちの門の前でルミが出てくるのを待つ。



「なんで女ってのはたった二泊でこんな大荷物になるのかねえ」
「仕方ないでしょ、いろいろ要り様のものがあるんだから」
「国内だぞ? 向こうで調達しようと思えばいくらでもできんだろ」
「いつも自分が使ってるのがいいの! もう、なんで男ってそういうのわかんないかなあ」

 ルミはといえば小さいキャリーケースにいっぱいの荷物でやってきた。俺がいつも通りそのキャリーを引いて駅へ向かい、朝一番の新幹線に飛び乗った。
 車内販売の弁当を食いながら他愛もない会話をする。行先は北の方、何が見たいってわけでもないから行く先で適当に観光できりゃいいだろ、と思っている。
 ルミは最近買ったブランド物の白いベレー帽を被っている。いつも落ち着いた色でまとまっている。似合うもんを選ぶのがうまいよな、と思う。きっと淡い色や鮮やかな色だって似合うとは思うのだが、きっとそれを言えば「彼氏補正が入ってるから信用ならない!」と言うのだろう。付き合い始めた頃からよく言われていたことだ。蒸し返すような野暮なことはしない。
 化粧はいつも控えめだ。本人はよくわからんともぼやいていたから、単に勝手がわからないだけなのかもしれない。そんなことを俺に相談されたって困るから、そのスタンスが変わらないならそれはそれでいい。薄化粧なくらいが引き立つと思うし、何もしなくたって目を見張るような見た目の紗央やただでさえ美人なのに外人だから余計に綺麗に見えるルネとは違うのだ。少しだけ目元に色が乗っていて、頬が綺麗に見える程度で十分だろうと思う。まあ、化粧で女は化けるとも言うし、どんだけ化けるのかはいつか見てみたい気も、する。
 身長は女子の平均からするとやや高い方らしい。椿と同じくらいだ。それでも小さく見えんのは単に俺や周りがでかすぎるだけなんだろうが。冬二なんかはみのりばっか追っかけてるから、あれくらいのサイズも可愛いと言うが、やっぱり俺はこいつくらいがちょうどいい。
 俺の好みに合うようにできてんじゃないだろうか、なんて思うが。そんなことも言おうものなら「あんたの彼氏フィルターはどんだけ分厚いのよ」と苦笑するんだろう。
 弁当を食い終わってしばらくして、俺の肩に頭を預けて眠るルミを横目でちらちら見ながら、そんなことを思う。窓の外の景色は都会からは離れ、やや田舎らしさが見えてきた。普段考えないような、服装やら化粧やらのことをこんなにも考えてしまうのは多分、ふたりきりで長く過ごしたことがないからだ。改めて思うことも、あるもんなんだ。付き合い始めたのは高校の頃だが、高校生で泊りがけの旅行なんてできるわけがないし、日帰りでどっか出かける程度。家が近いから結局、遠出しなくてもいつでもいられるだろって結論になってしまう。大学に入ってからは言わずもがな、あいつらと一緒の旅行。結婚するまで絶対手は出さないって決めてるから、他の奴が彼女と一緒に寝てたって関係なかった。いつでもルミがどこへでも行けるように。家のしがらみが面倒な男なんていつでも見限れるように。その考え方自体がこいつを苦しめているなんて考えもしなかった。辛いことを考えているのは自分だけだと最初から決めつけていた。

「……ん、あ、寝ちゃってた」

 うっすらと目を開いて、ルミがはにかむ。

「早かったんだから寝てろよ、まだ着かないし」
「寝顔見られてると思ったら落ち着かないって」
「今さら何言ってんだ」

 起きても頭の位置は変えようとしない。それはそれで嬉しいので、放っておくことにする。黙ってりゃそのうち寝るだろうし。
 ルミがこんな表情を見せるのが俺相手だけだということが、嬉しい。普段あれだけ男らしく立ち回ってるくせに、弱みを見せてくれることが嬉しい。こんな俺に、全幅の信頼を寄せてくれていることが嬉しい。だから俺も、そうやって俺に接してくれるこいつに相応しい人間になれるようにと思っている。きっとそうじゃなきゃ、プロポーズも受けてくれないんだろう。俺が求婚されてる今の状態がおかしい。少しくらいかっこつけさせてくれよ、なんて思ったりもする。
 思ってることは何でも伝える。壁を作って囲っても、俺とルミの間じゃいつかバレんのはわかりきってる。それなら、不安も苦しいことも全部二人で共有していく。少しの隠し事がスパイスになる奴らもいるんだろうが、俺たちにはそいつは逆効果だとわかっている。破局寸前までいったあの一件以来、それを念頭に置くようになった。

「……はじめてだよね、ふたりっきりででかけるの」
「そうだな」
「実は初デートレベルで緊張しています」
「お前初デートって体調崩して映画途中退室して戻ってこなかったじゃねえか」
「そういう細かいことよく覚えてるよね、大和って」
「初デートは細かいことじゃねえだろ、覚えてる」

 ルミが俺の肩に頭を乗せて、くすくすと笑う。
 そん時どんだけ心配したかも覚えている。一度退室して、戻ってきて、また出ていこうとしたので、俺も出ると言ったのに「二人一緒に出ると迷惑だから」とか言ってひとりでまた出て、それきり戻ってこなかった。俺は俺でひとりで見るには退屈な恋愛映画をぼんやり見ていた、そんな思い出だ。初デートで緊張しすぎてた、という話を聞いたのは一年後のことだった。初デート記念日にまた出かけた時に、暴露された。俺の心配を返せ、とも思ったが、今までずっと一緒にいたのに改めて緊張するというのは、何やら思うところもあった。

「なんか、やーっと誰にも邪魔されないで大和とおんなじ景色見てのーんびりできるんだなって。シーマスの目とか、ルネさんのナイスバディとか気にしないでべたべたできるんだなって」
「なんだよ、べたべたしたかったんならすりゃいいだろいつでも」
「あたしの立ち位置でそんなの無理に決まってるでしょ」
 
 それはまあ、俺も一応わかってはいる。
 俺が良くてもこいつはダメなんだってこともわかっている。俺が思う以上にこいつは“普通の女子”で、些細なことにもよく傷つく。俺のことで耐えられるのは、こいつが言うところの『彼女補正』というやつなんだろうと思う。
 
「一緒においしいもの食べてー、綺麗な景色見てー、どうでもいいことだらだら話したい」
「……殺し文句禁止」
「たまには普通に可愛い彼女でいたいんだけど。ダメ?」

 ダメなわけがあるか、阿呆。
 いろいろ言いたい気持ちを全部拳に込めて、ルミの頭を軽く小突いた。
 言わなくてもまあ、これくらいは伝わんだろ。見れば案の定ルミは締まりのない顔でえへへと笑っていた。
 列車がトンネルを抜けた。窓の外を見ると、雪の似合う田舎の景色だった。



2013.02.01(Fri) | ご近所物語 | cm(0) | tb(0) |

スパークリング・タイフーン



「率直に言う」

 あたしのカフェモカのカップを横取りして一口飲んでから、大和は神妙な顔つきで瑶子さんを見た。

「紗央の弟なんてやめとけ」
「なんで!? 理由ナシにそれはないでしょ普通っ」

 大和はそう言うだろうと思っていたし、瑶子さんならそう返すだろうなあとあたしでも予測できた。大和が言うことも分かるし、瑶子さんの言うことももっともだ。
 ミス研の部長、といえば紗央さんのお隣に住む超鈍感草食男子として有名な彼だ。瑶子さんが一目惚れしたという彼は、鈍感なお兄さんに代わってずっと紗央さんを一途に見てきた。ケレスなんて厄介なものが出てこなければ、もしかしたらそのまま付き合えちゃったりしたかもしれないけど、今紗央さんは幸せいっぱいだろうし、だからといってこれまでずうっと紗央さんのこと見てきたわけだからそう簡単に気持ちが冷めるとも思えない。ついでに言うなら、一目惚れなんてもってのほか、ってタイプのお相手ではなかろうか。見た目で発生する恋愛感情なんて真っ向から否定するに違いない。ただ、見つめるだけをずっとしてきた人だから、直球の言葉で相手を傷つけることはしないんだろう。会って気持ちを伝えても、互いに良い事がないような気がする。

「幼馴染の1個上の姉ちゃんにガキの頃からずっと惚れてるような奴だ、好きになるだけ無駄だろ」
「え、でもその言い方だと付き合ってるわけじゃないんでしょ? そのお姉さんに彼氏いないの?」
「いる。そいつの家庭教師してる」
「なんとっ、私その環境絶対耐えられないわ……。精神的にタフな男の子っていいよねー、好みだなあ」

 ……その境遇を『精神的にタフ』という六文字に言い換えてしまえる瑶子さんはポジティブシンキングの天才なんじゃなかろうか。そして『好みだなあ』で締めくくれるのもすごいと思う。あたしなら無理。

「辛いだろうねー、ずうっと好きだった人が自分の家庭教師とひょいっと付き合っちゃうんだから、私なら人間不信になるかも、うん」
「お前と話してまだ間もないが、お前が人間不信になることは天変地異が起きても無いような気がする」
「えっ、なにそれこわい」

 大和の言葉に思わず頷いてしまう。こんな人懐っこいポジティブシンキングの持ち主がそう簡単に人間不信になるとは考えられないし、そもそも人間不信のポテンシャル持ってる人は一目惚れなんてしないような気がするのよね。
 それはともかく、瑶子さんの考えにはかなり現実との差がある。間違っても紗央さんはひょいっとケレスと付き合い始めたんじゃないし、ケレスにしたってひょいっと紗央さんと付き合えたわけではない。そこには壮大で実にしょうもない紆余曲折があったのだから。しかしそのすべてを説明すればきっと大和は余計な脚色を挟むだろうし、間が悪ければケレスから鉄拳が飛んでくるかもしれないし。何よりも相手が瑶子さんだから、この手の話をし始めたら何時間も終わらないような予感がする。
 その辺は大和も分かっているのか、あいつらはそう簡単じゃなかったんだよ、という言葉でまとめた。割と空気読んでいる、珍しい。瑶子さんはやはり留学して留年するだけあってそれなりに賢い、突っ込むべきところとそうでないところの区別はついているらしく、「そうなんだ、ごめんね」と謝った。

「けど安藤くんの弟、ええっと、名前なんていうんだっけ」
「理央」
「うん、理央くんね、理央くんが可哀想なのは誰がどう見たって事実じゃない? ずうっと好きだった、今でも好きかもしれない人の彼氏が家庭教師だなんて精神的負担大だと思うわけよ。大学受験の時期だし思春期という奴でもあるだろうしね」

 瑶子さんは自慢げに言うと、カップのミルクティーを飲み干し、空になった軽いカップをたんっとテーブルに置いた。
 瑶子さんの言うことは間違ってない、と思うけど、ケレスが悪人のようにも聞こえてくる。いや、弟君の立場からすれば十分悪役だったのかもしれないけど。

「彼の精神安定上この状況を継続させるのは大変酷なことだと私は考えるのであります!」
「なんだその口調は」
「ほら、やっぱり主張するときはこうでなくちゃね」

 まるでどこかの議員のような口ぶりなのは、政治学科だからってのが理由なんだろうか。

「えっと、それで、……瑶子さんはどうしたいんですか?」
 
 あたしが口を挟んでみれば、瑶子さんは自信たっぷりに笑ってみせて、びしっと右の人差し指をあたしに向けた。

「よく聞いてくれましたルミちん! 彼の精神の平静を取り戻しつつ、私の目的を達成する方法として現在考えられるのはただひとつ!」

 そこでごほんとひとつ咳払い。リアクションが毎回オーバーだけど、第三者として見ている分には楽しい人だなあと思う。
 用意の整ったらしい瑶子さんは笑みを崩すことなく口を開いた。彼女が何を言うのかある程度想像はできるけど、……何を言い出すことやら。

「私が家庭教師になっちゃえばいいわけでしょ?」

 ビンゴ、だった。言い出しそうだなあ、ということをそのまま言ってくださった。なんてわかりやすい人なんだろう!
 当事者である彼の気持ちが不在のまま話を進めるのはどうなんだろうと少し思わなくもないけど、弟君が多少なりとも辛い思いをしていることは事実だろう。恋人同士の近況を聞いたって辛いばかりだろうし、質が同じなら家庭教師なんて別の人だっていいわけだ、多分。そもそもそれなりに賢いという噂の弟君に、家庭教師なんて本当に必要なのかどうかっていう問題も生じてきそうだけど、話の進行上そこに突っ込むのは野暮だ。

「却下」

 誇らしげな表情の瑶子さんにその二文字を浴びせたのは、あたしでも、隣に座る大和でもなく、この会話の中で一番の悪者になっているケレスだった。今しがたやってきたケレスは瑶子さんの正面、大和のすぐ後ろにコーヒーのカップを手に立っている。突然現れた外国人に瑶子さんも一瞬驚いた表情を作り、すぐにあたしを見た。あたしは解説係ではないんだけど。

「ええと、瑶子さん的に言えば、この学校を牛耳ろうとしている男衆のうちのひとり」
「外国人までメンバーに加わってるなんて、この学校ものすごくグローバルだったんだね。しかし、たとえこの学校を牛耳ろうとしている奴だとしても、せっかくの提案を却下される謂れはないの!」
「十分ある。俺の収入を勝手に減らすな」
「ルミちん、通訳!」
「えっと、多分そのままの意味なんだけど……」 

 そのままの意味だ。ケレスこそが紗央さんの彼氏であり、弟君の家庭教師さんである。それを説明すると瑶子さんは、なるほど、と納得しきった表情になった。

「君が諸悪の根源、もといグッジョブな人ってわけですね」
「何を納得したのか知らんがせめて日本語で話してくれるか」
「初対面の人に対する口の利き方はなってないみたいだけど」
「そっくりそのままお前に返してやる」
「ええっ、返してくれなくていいのにー」
 
 留学先の生活で鍛えられたのか、この人相悪いのに何言われても動じる様子が見られない。かなり稀有な存在なのかもしれない。

「お前、こいつのこと紗央にバラすなよ」

 小声で大和があたしに告げる。そんなこと、百も承知だ。

「こういうタイプが近くにいるって知ったら厄介なことになりそうだもんね、紗央さん」

 まあ、あたしは紗央さんがぐるぐるしてるの見るの、割と好きなんだけどね。
 そう思いながらすっかり冷めたカフェモカを飲み干した。



2010.01.29(Fri) | ご近所物語 | cm(0) | tb(0) |

彼女なりの敗北宣言



「な、っ」

 緑色の盤面。その上は真っ黒に彩られている。まだいくつか空いているマスは残っているが、黒一色のために白の入り込む余地は当然有り得ない。ゲーム盤を目の前にして、紗央はわなわなと震えた。

「なんで8回も連続であたしが負けるのよ!!」
「弱いからだろうな」
「しかもその内7回は黒だけになってるし!」
「俺もここまで弱い奴は初めて見た」
「アメリカと日本ってルール違うわけ!? ご当地ルール教えないなんて卑怯じゃない!」
「オセロの発祥は日本だろ」

 第一、8回のゲームで毎回変なルールをひとりだけ適用していたらいくら紗央の読みが浅すぎるといっても流石に気づくだろう。そんな議論をするまでもなく、単にこの勝負の結果は紗央が弱いからもたらされたものだ。盤面を前にまだ唸る紗央の向かい側で、ケレスは煙草の先に火を点けた。
 休日に暇だからとやってきた紗央がリビングの隅でオセロを見つけたのが発端だった。前に流風が遊びに来たときに相手をした覚えがあったので、流風が忘れていったか意図的に置いて帰ったものだろう。オセロは得意だと紗央は言い張っていたが、それは最初から虚言のような気がしていた。もしくは思い込み。終わってみれば後者の方が正しかったようだ。
 しばらく唸った紗央だったが、まだ納得しきれない表情で盤上の駒を片付け始めた。

「あたしオセロじゃ圭一にも理央にも負けたことないのよ?」

 あと奈央にも、と付け足された一言で、ケレスは彼らの苦労の一端を見た気がした。自分は負けてやるほど優しくなかったから、こうして紗央が不貞腐れているわけだが。
 紗央とのゲームほど先の読めるものはない。幼稚園児とのババ抜き並みに考えが顔に出ているので、手駒をどこに置くと嫌がるのかが丸わかりだった。8戦も結果の分かりきったゲームをするのは骨が折れたが、相手の嫌がる位置に手駒を置いてその表情を楽しむのは悪くなかったかもしれない。

「お前、負けないの不自然だと思わなかったのかよ」
「あたしが強いんだもの」

 何年付き合いがあって負け無しなんだか、と思わずにはいられない。
 それが当然だとでも言うように、自分が強い、と主張する紗央はおそらく彼らの苦労には微塵も気づいていないのだろう。ケレスからの返答がないと、紗央はむっとした表情を作って、だってね、と身を乗り出した。

「だって負けたらアイス買ってくるって罰ゲームなのよ? しかもハーゲンダッツなんだから! そんなの誰だって本気でかかるに決まってるじゃない!」
「何も賭けてない状態でソレだろ、お前の本気」

 片付け途中の盤面をちらりと見て言えば、紗央は言葉に詰まったような顔をした。

「ち、っ、違うわよ! 何も賭けてないから手を抜いたの!」
「ほー、じゃあ何か賭けてやってみるか」
「い、今は遠慮しておくわ。次の機会までせいぜい練習しておきなさい」

 マグネットで緑色の盤面にくっついていた駒をすべて片付けると、ゲーム盤を箱に戻して紗央は仕切り直すようにひとつ咳払いをする。

「夕飯の買い物行ってくるから」
「ああ」

 時計を見ればもう五時を回っていた。買い物にはちょうどいい時間だろう。
 ハンドバッグを手に立ち上がって玄関へ向かう紗央を、煙草を銜えたまま見送っていたが、廊下に通じるドアの手前で紗央はふと立ち止まってこちらに振り向いた。その表情は、どこか拗ねているようにも見える。不機嫌そうな青い瞳が、不本意極まりないとでも言いたげに揺れる。さて、次の言葉は。


「……アイス、いる?」

 

2010.01.11(Mon) | ご近所物語 | cm(0) | tb(0) |

うるわしきひと  3



 夏です、夏なんです、別荘です白い浜辺です、そして海です!
 ええ、瀬川家は水を見ると飛び込みたくなる習性を持っているもので、海なんて大きな水たまり(しかも波付き)はいてもたってもいられないわけで!
 ビーチに着いてすぐみんなでひと泳ぎしてから、ビーチバレーをした。あたしと冬二が組んで、相手は大和さんとルミさん。スポーツにかけては負けられないのでかなり頑張ってしまった。とはいえ、ほとんどは背が高くて手足が長い冬二のおかげで勝てたようなものだけど。ビーチバレーが終わってすぐは、椿のちょっとした事件で騒然とした感じはあったけど、シーマスさんがイケメンっぷりを発揮して何事もなかったので一安心。
 今はそんなドタバタも一段落して、あたしはもう一回遠泳に出ようかと思っているところだった。さっきも行った場所だけど、沖の方に小島があって、そこまで行って戻ってくるだけ。こう言ってはなんだけど、あたしは一応スポーツに関してはある程度自信もあるし、準備運動だってきっちりしてる。体もそこまで疲れてない。うん、平気そう。みんなはパラソルの下に集合してトーク中だ。うーん、何も言わないで出て行くのは何かあった時困るし、一応椿に「泳いでくるから」と声をかけると、わかりました、と返された。報告は以上、ということで、ゴーグルをすると夏の海にあたしは再び飛び込んだのだった。


 カモシカのような足、という言葉をご存知か。あたしはよくそれを褒め言葉として言われるのだけれども、……いや、まあ世間一般には褒め言葉なんだろうけど、ある日あたしはカモシカの写真を見てしまったのだ。そしてもちろんこう思った。「これが褒め言葉ってどういう神経しとるんじゃい」と。
 なのであの女性陣の中にいるとあたしはどうしてもいたたまれなくなってしまう。それは足の問題だけじゃないんだけどね、スタイルとかいろいろね。年齢の違いがあるのはもちろんだけど、紗央さんなんか年はひとつしか違わないのになあ。あたしはスポーツしてることもあって、そこまで自分が女らしい体型をしているとは思わないけど、目の肥えた男性陣からすればおそらく頭に「ド」のつくほど幼児体型だと思われてるんだろうなあ、と思うとこれまた悲しくなるわけで。
 あたしの思考も問題だけどね。ビキニだとかワンピースタイプだとか、そんな見られるの重視の水着で泳げるかい、と思ってしまう。ああダメだ、女子大生はそんなんじゃダメなのよね、と気づいたのがルミさんの水着姿を見た後だったのだ。時既に遅しとはこのことだったのか。あたしにとって海ってのは遊ぶところじゃなくて泳ぐところなのよ。プールもそうなの。ばしゃばしゃ水遊びとか「え、それの何が楽しいの? 泳がないの?」って思っちゃう。世の女子大生は水の掛け合いで十分面白がれるのね、いい勉強になった。
 泳ぎ始めて二十分ほど。ようやく目的の小島にたどり着いて、その岸で一休みする。向こうの浜辺には小さくパラソルが見える。波打ち際にも何人かいるみたいで、きっと水遊びとやらをしているんだろうと思う。競泳用の水着のまま、軽く体をほぐしておいて、もうちょっと休んだら戻ろう、と思ったところで、波の中から近づく影に気がついた。サメか、サメなんですか、生でサメ見るの初めてなんだけど!! とちょっとだけハリウッド映画の展開を期待してしまっていたけど、実際水の中から顔を出したのは、冬二だった。ほっとしたのが一割、ちょっと残念なのが九割。なんて、冗談です。

「冬二も泳ぎ足りなかったの?」
「一人じゃ危ねぇだろ。なんかあったらどーすんだよ」
「あたしこれでも泳ぎには自信あってですね」
「それは知ってる。けど、みのりの水着って葉山とかのと違って目立ちにくいし、こんな遠くちゃ向こうから見てても気づけねぇよ」

 群青色の競泳水着を着ているあたしに、冬二はそう言った。
 地味、じゃなくて、目立ちにくいって言葉をあたしはすごく好ましく思う。
 あたしの隣に腰を下ろしてふかぁく息をつく冬二をじいっと見る。あたしの水着を『目立ちにくい』と言った冬二も、着いてすぐはルネさんの水着姿にびっくりしていた。まあ、あんなの同じ女だって驚いちゃうけど。あれは女に対する視覚的暴力だとルミさんと肩を組んで相談したんだから。要するに、大和さんだって冬二だってあのスタイルの良さには弱いと。あれ見て平気だった紗央さんと椿が逆にすごいと思う。椿はともかく、紗央さんは「あたしだって脱いだらすごいんだから!」という意思表示なのかもしれないけど。
 無言のあたしを不思議に思ったのか、どうした? と冬二が声をかけてくる。あたしが何考えてるか、教えたら冬二は笑うんだろうか。……笑うでしょ普通。あたしなら笑う。絶対笑う。

「冬二は彼女と海に来たら、あんな感じ?」

 そう言って浜辺を指差す。波打ち際で遊んでいるのはルミさんと、ずっとパラソルの下にいた紗央さん、かな。
 冬二は少し困ったような顔であたしが指差す方向を見て、うーん、と唸った。

「少なくとも遠泳はしねぇなあ」
「そりゃそうでしょうよ……」

 デートで海に来て遠泳してるカップルなんて見かけたら引くわよあたし。
 つまり普通の女子大生っていうかこの年頃の女の子は、泳ぐためでなく見せるための水着を着て、波打ち際できゃあきゃあ水を掛け合って遊ぶのが当然なのだ。あたしは少女漫画に夢見ていながら、王道とは全く逆を行っているらしい。

「けどあたしがあんな水着着たら水着が可哀想で」
「は? なんで」
「それはカモシカさんに聞いてあげて……。あたしは競泳用の水着が一番似合うんだって、楽だし」
「カモシカ?」

 ああ、と冬二は何かに気づいたように声を上げると、それから笑い出した。ぎょっとしてあたしがその表情を見れば、冬二は姿勢を正して、いいか? と諭すように言う。

「あの言葉は本来カモシカのことを言ったもんじゃないんだ」
「え、そうなの?」
「まあ確かに俊足の比喩なら間違ってないのかもしれないけど」

 自分が振った話だし、不愉快な話題のはずだけど新事実に「へええええ」と声を漏らさざるを得ない。

「本来あれはレイヨウって動物のことで、カモシカと同じ漢字でさ。日本にはレイヨウがいないもんだから、同じ漢字あててるカモシカって読み替えたんだな。誤読だ、誤読」
「レイヨウって言われても全然ピンと来ないんだけど、カモシカとは全然違うの?」
「動物番組でよく出てくんだろ、サバンナ特集とかでさ。インパラとかガゼルとか、あんなん」
「ああ、それなら分かる!」

 確かにそれなら足も細いことになるし速いイメージもあるけど、……動物特集って言われると食べられてるイメージがなくもない。でもこれを言うと雰囲気がぶち壊しになるから言わないでおく。話の中心は、カモシカのような足が太いのかそうでないのかというところにあったわけで。

「まあ、みのりはそういう水着の方がいいのかもな。すぐ海飛び込めるし」
「ちょっと、そこは“ああいう可愛いのも似合うんじゃないか”とか肯定的な発言しとくとこだと思うっ」
「だって言ったって着る気ないだろ?」
「そうかもしれないけど言われたいもんなのよ女の子なんだから!」
「女の子だけど、みのりだろ」
「う、……そ、そうだけど」
「ならいいじゃねぇか。その水着だってみのりなら俺はすぐ見つけられるし」

 軽く足を伸ばしてから、冬二が海に飛び込む。そろそろ戻るということなんだろう。
 続いてあたしも飛び込もうと立ち上がってから、浜辺から見るよりもずっと海の色が深いことに今更気づいた。
 ――みのりなら俺はすぐ見つけられるし。
 そう言った。冬二はそう言った。今頃あたしはその言葉のあまりの恥ずかしさに気がついて、復路は冬二のずうっと後ろを泳いで帰ったのだった。


2009.11.12(Thu) | ご近所物語 | cm(0) | tb(0) |

ご近所のお友達



「あ、経済学科なんだー」
「え? あ、はい」

 十月の半ば、教職の時間だった。この時間は中学の社会科の教員を養成するための授業で、他の時間では一緒になることもあるケレスや院生の貴久さんはもちろん履修していない。今回たまたま小テストを隣の席の人と交換して採点し合う時間があって、あたしがシートを渡した相手が、そう話しかけてきたのだった。教職取ってる人って気さくに話しかけてくれる人が多くて居心地はいいんだけど、こう考えるとケレスとか貴久さんっ手大丈夫なのかと思ってしまうこともたまに。まあ、全然喋らないわけでもないしこれまで続いてるんだから平気ってことなんだろう。
 話しかけてくれた隣の人の記名欄を見れば、二年生で政治学科。法学部なんだ。サークルに法学部の友達はいるけど法律学科が多くて政治学科の子ってあんまり見かけないかも。ちょっと新鮮だ。

(……あれ、……なんでこの人、)

 一問も空欄がないんだろう。
 このテスト、世界地図の白地図を渡されて、別紙に書いてある1~30までの国名を番号で白地図の中に記入、その別紙には国名の隣に首都を書き入れなきゃならないっていうもの。地図上の位置と首都とが両方合ってて初めて一問正解、合格は20問以上。これから毎週やるみたいだけど、このテストに一度でも合格しないとこの授業の単位取得の権利がもらえない。なのに毎回問題が変わるっていうんだから対策って言ったら地図を丸暗記するしかないわけなんだけど。あたしなんか国の位置もあやふやだし、首都なんてもってのほか、って感じだ。ゆえに、あたしの渡した地図が世界に実在したらとんでもないことになってそう。これでも一応先週から地図帳は眺めてたんだけどなあ。
 解答の印刷されたプリントを片手に隣の彼女の採点を進める。――この問題で一問も間違わないなんて、ちょっと頭おかしいんじゃないだろうか。
 採点結果に戦慄しながら相手にプリントを返せば、やった、と小さくガッツポーズをする様子が見えた。

「はいっ、ルミちんはもうちょっとだね。あ、私二年なんだけど年は一緒だからタメ口でもいいかな。ていうか現役だよね、同い年だよねっ」
「あ、い、一応現役、なので大丈夫です」
「ありがとうっ! 私政治学科の照井瑶子です!」

 と、自己紹介をしながら、ええっと、――瑶子さんはあたしにテストの用紙を返してくれる。
 結果は、……10点。まあ妥当、妥当よね……。メジャーどころしかわかんなかったんだから三分の一取れただけでもすごいのよね……。
 瑶子さんはあたしよりずっと明るい茶髪。ミルクティーカラー、かな。かなり明るい。けど長さはあたしと同じくらいかもうちょっと長いかも、ってくらい。思えば紗央さんといい椿ちゃんといい、あたしの周りはロングヘアが多い気がしてきた。明るい茶髪に、アクセントみたいに太い紺色のカチューシャをしている。うん、なんかボーダーマリンとか似合いそう。ちょっと時期はずれだけど。

「すごいですね、一問も間違わないなんて」
「ん? うーん、最初のテストだから先生も甘めに作ってるのかなって。結構メジャーどころが多かったし」
「ええっ、メジャーどころなんて思わなかったけどなあ……」

 聞いたことはあるけど位置なんか知らない!! 首都って何それ? って感じの国名ばっかり並んでて困ったもんだけど、瑶子さんに言わせれば違うらしい。

「なんてったって世界には200近い国があるんだから、一問もかぶらせないで作っても一回が30問だから、六回分とちょっとのテストができちゃうわけでしょ? なら、聞いたことある30カ国くらいは把握しとけよー、ってことなんだよ。先生だって国連が承認してるかも怪しいような国は出さないはずだし。合格が遅れると、先生もあんまり問題をかぶせるわけにいかないから自然と難易度上がっちゃうだろうし、早めに終わらせとかないと、と思って、昨日ちょっと地図帳と格闘したんだあ」

 えへへへー、と照れくさそうに瑶子さんが言うと、先生から用紙を回収するように言われて後ろの席から回収された紙が回ってくる。
 自分の悲惨なテストを乗せて前の席に回してから、ふと気づく。

(……あたし先週から地図帳と格闘してこの結果だったんですけど)

 隣に座る瑶子さんは満点を取って実にご機嫌だ。
 ――ちなみに、今回の試験での合格者は彼女を入れて八人。満点は彼女ただ一人だった。



 授業が終わると瑶子さんにお茶に誘われた。外に出るのも何だから、カフェテリアで済ませようか、と言う瑶子さんを、あたしはいつもの席に案内する。一番静かで落ち着けるスペースだろう。
 あたしはカフェモカを、瑶子さんはロイヤルミルクティーを注文してカップ片手に席に着くと、へぇええええ、と瑶子さんが声を上げた。

「このスペースって使っちゃいけないもんなんだと思ってたよ。空いてても誰も使ってないし。ルミちん度胸あるぅ!」
「使っていいんですよ。学生のスペースなんだし」
「そうだとは思うんだけどねー。久々にこっちの学校来たら何か学校を占拠する勢いのイケメン衆がいるっていうし、なんだかなあって感じで」

 ……それはまさか、っていうかきっとほぼ確実に、毎度この席を占拠している例の男共のことだろうか。
 なんだか口に出すのは憚られたので、カップに一度口をつけてから、瑶子さんの発言に質問をする。

「久々に、ってどういうことですか?」
「ん? 私二年の夏から今年の夏までちょっと留学しててね。一年の時と二年の前期にかなり詰め込んで単位取ったつもりだったんだけど、必修がちょっと足りなくて留年。だからルミちんとは同い年なんだよ」
「留学!?」

 単位取れなくて留年じゃないんだ、そうよね、あのテスト満点取れるんだから馬鹿ではないわよね……。
 でも、留学かあ……。二年で留年なんてあたしには考えられなかったなあ。

「ちょっとイギリスにね。勉強でドイツとかスペインとかも行ったりしたけど、旅行みたいなもんだったなあ」
「知り合いにアメリカ人とドイツ人いるんで会話してあげてくださいよ……、日本語封じてくれる方があたし嬉しいんで」
「ほんと? すごいねルミちん、大学で外国の人とお友達なんて! グローバルだ!」
「そんなんじゃないですよ、ただの不可抗力です」
「お友達にならざるを得ないって、不可抗力の方がすごいと思うんだけどなあ」

 いや、確かに言われてみれば不可抗力の方がすごい気もするけど、あたしの場合は本当にただの不可抗力なわけで。 
 そもそも友達なのかあたしとあいつらは、という根本的な疑問も浮かんでくる。友達っていうか、単にいびられてるだけのような気がしないでもない。

「けど留学前は単位取るのでいっぱいいっぱいで遊べなかったから、今はサークル入ったりバイトしたり、学生生活謳歌中!」
「どこのサークルなんですか?」
「え? んーとね、ミス研っていうの? こっち戻ってきて最初の一般教養の授業で隣の席だった男の子に話しかけたらミス研で部長してるっていうから、これも何かの縁だー! と思って着いてっちゃった」
「ミス研かー、あんまりあたしとは接点ないかなあ」
「ルミちんは? いかにも女子大生です! って感じに見えるんだけど、やっぱり入ってるよねサークル」
「あたしは合唱のサークルなんです。文化系なんだけど意外と体力勝負で」
「あー、合唱ってそうだよねー。腹筋とか使いそう」

 あれ、そういえばミス研の部長ってどっかで聞いたことある気がするんだけど気のせいだったかな。
 ……ていうか、そんな簡単に決められるのってすごいなあと思う。決断力が半端じゃないんだなあ。じゃなきゃ大学二年で一年間留学なんて考えられないし。単位取るので忙しかったってことはバイトもしてなかったってこと、だよね。それで留学ってことは家族の全面バックアップがあったってことで、ものすごーく賢くなきゃ一年間分学費と生活費と諸々払えないよなあ、なんて現実的に考えてみる。さっきのテストの結果も納得かもしれない。多分、前日に勉強なんてしなくても今日くらいのレベルのテストなら合格点は軽かったんだろう。う、羨ましい、もとい、見習わなければ。

「でもミス研ってことは小説とか興味あったり?」
「それがねー」

 その話題を振ると、瑶子さんはカップ片手に大きくため息をついた。

「私そういう娯楽に興味なくってねー、研究書とか論文とか、軽くても新書とか? お堅い本ばっかり読んでたからいまいちエンターテイメント性のあるものに溶け込めなくて。ベストセラーとかミリオンセラーの小説が映画になっても、ストーリーよりも興行収入の方が気になったりして」
「根っからの学者肌なんですね……」

 あたしならストーリーに入っちゃうけどなあ。パンフレット買ったりして売り上げに貢献したりする。瑶子さんの楽しみ方は斜に構えているというよりも、全く別の観点からの楽しみ方だと思う。学者とか専門家の感性なんだろうな。

「読まざるを得ない環境に置かれれば多少は気合い入れて読むようになるかな、と思ってたら、ミス研って名ばかりでただ集まっていろーんな話をしたりするゆるーいサークルだったわけよ。部長くんの人柄がそのまま表れた感じ」
「あ、でもそういう感じなら気軽に話せるし、瑶子さん可愛いし賢いからすぐ男子が寄ってくるんじゃないですか?」
「またまたあ、それ言ったら私みたいなのよりも、ルミちんみたいにすらっと背高い方がイマドキの男は好みでしょ」
「いやあ、あたしはヒールでごまかしてたりするし」
「そんなこと言ったらヒールでもごまかしきれない私はどうすれば……!!」

 確かに瑶子さんは小柄だけど、でもそんなに小さく見えないのは全身から滲み出る賢いオーラのせいだろうか。イマドキの男、と瑶子さんは言うけど、一応あたしの彼氏である男は身長180オーバーの巨人だし、その友人であらせられるF5メンバーの皆さんも揃って180オーバーの身長をお持ちで、あたしの背が標準より高かろうと低かろうとチビにしか見えないんだろうと思う。
 瑶子さんは賢い男の隣を歩くのが似合いそうだ。上野の博物館とか美術館をインテリカップルで回るなんて素敵じゃない。正直、あたしはそんなことしたらまず確実に眠くなると宣言できます。

「で、物は相談なんだけどね、ルミちん」
「はい、なんですか?」

 いい加減冷め始めたカフェモカを一口飲んで、瑶子さんの目を見る。やたらと真剣そうだ。

「私こっちに戻ってきたばっかりで、前の友達とも疎遠になっちゃってね。ここはリスタート切るべきかと思うんだけど、同い年だしルミちん可愛いしっ、是非片想いの相談に乗っていただきたく!」

 手を合わせてあたしを拝むように頭を下げる瑶子さんの言葉に、あたしは久々に心が浮き立つのを感じた。女はそういう話題に弱いんです。楽しいんです、恋愛相談。大和が聞いたらきっと、んな面倒なモンに首突っ込むな、ってしかめっ面で言うんだろうけど、あんたの方が数百倍面倒臭いわよ、ってのが持論なわけで。だって頑張る女の子は可愛いじゃない、いつの時代も!! いや今の時代以外知らないけどねあたしは。もちろんですとも、と返事をすれば瑶子さんの表情もキラキラと輝いた。

「え、相手は?」
「言ってもわかんないよー、相談に乗ってくれればいいって」
「えー? まさかそのミス研の部長さんでは」
「それはないない」

 あたしの予想は見事に冷静かつ鋭い突っ込みで返された。こ、この反応は、本当に眼中にないんだろうなあ……。その人がちょっと可哀想かも、なんて。

「まあでもちょっと近くてね。ミス研の部長くんが見せてくれた家族写真に写ってた、部長くんの弟さんなんだけど――」
「あー? ミス研の部長の弟って、紗央の弟だろ」

 不意に後ろから掛かった声に、びくりと肩を震わせると瑶子さんが振り向く。あたしは数秒前から気づいてましたけど。その人物はもちろん大和さんであって、この時間にここにいるってことは多分授業途中で投げ出して出てきたんだろう。瑶子さんの首が、古いロボットのようにぎぎぎ、と動く。

「……まさか彼はこの大学を牛耳ろうとしている例の男衆のうちのひとりでは」
「……ええ、まあ」
「……ルミちんとのご関係は」
「い、一応、彼氏、かな」

 テーブルを大きな音を立てて叩くと、瑶子さんが立ち上がった。あたしの隣に腰掛けた大和も、その音には驚いた様子。もちろんあたしも驚いた。

「しかも部長くんの弟君のこと知ってるとか、神か君たちは!!!」
「そんなに崇められると照れる。なあ?」
「あたしに振らないでもらえる……?」

 キラキラ輝く瑶子さんの表情と、本当に何故かわからないけど勝ち誇った表情の大和から、思わずあたしは顔を逸らしたのだった。



2009.11.11(Wed) | ご近所物語 | cm(0) | tb(0) |

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