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軽石へちま

Author:軽石へちま
基本自キャラで凄まじく妄想してみる。
隠れ家なのでBLとか黒とか暗とか主。
キャラ崩壊必至。何とも思わないけども。
妄想についてこれる人だけどうぞ。

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エデンのドアが開いただけ


 目の前には、切っ先が鋭く光る、ナイフ。
 真っ暗な地下牢。明かりは、隅に置いてある小さなランタンだけ。その中で、その刃はいやにきらきら光って見えた。
 牢の中で膝をつく私は、牢の外に立つ人を見上げる。まだ若い、男の人。私をここにつれてきた人だ。

「“それ”が君の食事だよ。“それ”が食べられないなら君はもう要らない」

 優しい声だけれど、その言葉が何を意味しているのか、幼い私でもわかる。
 ここから出たいなら食べなさい、と。
 生きたいなら食べなさい、と。
 たったそれだけの話だ。元々孤児だった私がここを放り出されても、誰を頼ることもできない。それではきっと死んでしまう。そもそもこんなこと言う人たちは、私が要らないからといって、出してくれるはずはないのだ。食べなければ、どうしたって死んでしまうに違いない。

「“それ”を食べたら次の食事を持って来るから」

 そう言い残して男の人は去って行った。かつかつと石の床を叩く音が小さくなっていく。それを見届けて、私は冷たい床に腰を下ろした。
 目の前にはいやに光るナイフ。
 傍らに横たわるのは、私を拾ってくれた、もう高齢のシスター。これが私の食事。
 それから何日経ったのか、数えなかったわけではない。数えたかったけれど、太陽の光がなければ時間の感覚なんて崩れ去ってしまう。することがないから膝を抱えて眠って、眠れば一日が終わった気がして、眠って起きるだけで一日が終わるなら、何日を経過しただろう。それすらも考えることをやめたから、よくわからない。
 最初は、何日かすればあの男の人がまたやってくるだろうと思っていた。でも、私が何もできないことを見透かしたかのように、誰もこない。シスターは、何日経っても起きない。ひょっとしたらもう死んでしまっているのかもしれない。だとしたらあの人は私の何を試そうとしているんだろう。
 もう何日も、何週間も? 何か月も? 何も食べていない。空腹をしのぐために手足の爪を齧った。だから足も、手も、爪は限界まで減ってしまって、残りを食べようと思ったら何かではがすよりほかないだろう。ナイフを爪と肉の間に入れるのは、とても痛そう。
 何も口にしない状態が、何日も、何週間も? 何か月も? 続いた。他に食べるものはないのか探した。残念ながら牢の中には食べられそうなものは何もない。そんなの、ずっとずっと前に確認したことだ。ならば髪は? 私の髪は長い。これが食べられるなら、少しは何かの足しになるかもしれない。ナイフで毛先の何センチかを切って、口に運んだけれど、それは喉の内側に張り付いて取れなくて、水もないこの状況では苛立ちを高まらせる効果しかなかった。
 なけなしの唾と一緒に髪を吐き出して、私は思う。


 できることは全部試した。


 なら後は、最後の手段に出るだけだ。かなり抗った。頑張った。でもこれ以上は無理。
 

「いただきます」


 ナイフを手にして、手を合わせる。
 それから大きく振りかぶって、その刃を振り下ろす寸前、今まで一度も目を覚まさなかったシスターがぱちりと目を開いて、私を見た。
 一瞬で事情を察して、でも理解できない、ただただ恐怖しているその瞳を、私はきっと忘れない。

 浴びる血の温かさ、その甘さ。これを甘美と世界は言うのだろうと思った。
 正確に心臓を一突き。そこから体に刃物を入れるのは最低限にとどめた。食事は静かに美しくしなさい、とシスターも仰っていたから。
 少し前まで脈打っていたはずの心臓をむき出しにする。既に鼓動はなく、それはただの肉塊。
 真っ赤な“それ”を、私は齧る。齧る。齧る。筋肉でできている“それ”は、とてもとても固かったけれど、噛みごたえがあって、とてもとても美味しく感じられた。
 滴る血を啜る度に、腹の奥で何かが蓄積されていくような、妙な違和感は覚えていた。でも、いい。こうしなければ生きられないと、私の人生は保証されてしまったのだから。
 とても噛みごたえのある肉塊をすべて飲みこんで、流れた血を粗方啜り終わって、私は血まみれの手の甲で口元を拭った。きちんと拭えているかどうかは、さっぱりわからない。
 それでも、私は食べ終えて、冷たい床に腰を下ろす。夥しい量の血液を、石の床が吸い取ってくれるはずもなく、そこはただの血溜まりだった。
 私は、手を合わせる。


「ごちそうさまでした」







「圭一くんもエグいこと考えるね。顔によらず」
「顔って。一言余計でしょ絶対」
「褒め言葉だよ? この温厚で人畜無害そうな青年が、孤児の幼女に恩人殺させて食わせるなんて、どんな狂人だって想像できない」

 地上では、薄暗い図書室の隅で水晶玉を覗き込む男女の姿があった。
 女はにこにこと笑いながら、男は淡々と、当然のことだとでも言うかのように。

「しかもしかもっ、あの子が殺すことを決意するまでシスターを眠らせておくなんてニクい演出までしちゃってさあ! 悪い男だよね、このこのぉ」
「うわ、痛っ、瑶子さんテンション上がりすぎですよ!」
「興奮もするでしょ、そりゃあ。あんなシナリオ見せつけられたら」
「別に、必要なことだからやってるだけですけど?」

 傍から見ればただの好青年、女が言うように人畜無害そうにも見える。
 その青年の口から零れる淡々とした言葉に、女はにこりと満面の笑みを見せた。

「圭一くんひっどぉい、最低っ、惚れちゃうかもv」
「瑶子さんは気が多すぎ」
「自分の気持ちに正直なだけですー」

 水晶玉のその向こうでは、恩人を食らった少女が檻の隅で膝を抱えたまま眠っている。食べ物らしい食べ物をようやく口にできたことで、眠気が襲ってきたのだろう。
 女はその球体の表面をそっと撫ぜる。

「ここまでできる子なら見込みあるよね。私たちの代で箱が開くかもしれないなんて、やっぱり普段の行いがいいからかなあ」

 女の戯言に男は耳を傾けず、冷たささえ感じられる眼差しでじっと水晶玉の奥を見つめた。

「あの子には“たくさん食べて”“英気を養って”もらって、……あとはあの子を飼い馴らすご主人を見つけてやらないと」
「それまでに壊れないといいけどね、あの子」
「大丈夫でしょう。このために壊れない子をわざわざ見つけてきたんですから」

 そう言って男は水晶を片手に席を立つ。女もその後に続いて歩き、それもそうね、と呟いた。

「瑶子さん、次の餌ちゃんと準備してくださいよ」 
「まっかせなさい! ちゃんと圭一くんの指示通り、あの子の孤児院でのお友達、連れてくるから」
「お願いします」

 図書室の大きな扉が開く。古めかしい扉が、ぎいい、と不安な音を立てた。外からはぼんやりとした灯りがこちらに漏れて入ってくる。
 二人が揃って図書室を出ると、広い図書室は元の薄暗さと静寂を取り戻したのだった。



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2012.06.22(Fri) | 聖櫃戦争 | cm(0) | tb(0) |

設定列挙
せっかくだから聖櫃戦争の設定でも書きならべて行こうと思う。
手袋ほしい。誕生日なのにケーキ間違われるとか自分でもなんだが可哀想すぎだろ自分。しかも2年連続、同じケーキで……。
本屋でうみねこEP7の1巻買った! 毎月これのためにガンガン買ってるけど、大好きなEP7なんで単行本も揃える。ついでに、ゲーム制作のためのファンタジー辞典とやらを買ってみたのですが、にわかには嬉しい、いろんな情報がわかりやすく載ってるんでエセファンタジー書くときには使えそうです。


●大和
ワガママ王子様。王族は魔術師の血統でありながら、大和自身は魔術の適性を持たなかったため、父である国王に真の後継者とは認めてもらえておらず見放されていた。
魔術の代わりに武の才を持ち、将軍として騎士団を率いる。
王位を継承するには国王と王妃の間の嫡男でなければならず、自らの力で魔剣の封印を継続させなければならない。適性を持たない大和にはこれが不可能であるため、王位継承に関してゴタゴタが生じる。この歴史を紐解く中で、王国と敵対する宗教勢力(奈央のいるとこ)との混血の果てに自分が武の才を持って生まれたのかもしれないという可能性に気付く。
王城の地下に眠る、悪魔の封印された魔剣の封印を自ら解いてしまい、剣の魔力を御しきれずに悪魔に体を乗っ取られ、父である国王と継母である王妃を魔剣によって殺害、城内で運悪く出会った相手は尽く殺し、メイドのルミにも刃を向けたところで従者である慎吾に傷を負わされたものの、慎吾の右腕を切り落とすことでこれを離脱。
体内の悪魔に精神を食われつつあり、騎士団に潜入していたケレスに「俺が死んだら魂と契約してゲームに参加しろ」と言い残し、仮死状態に陥る。死の直前の状態で体感時間を止めてゲームに参加する。
魔剣の封印を解いた後の国、そして城の惨状を憂い、「大和不在」の状態での「魔剣の封印を解く前の王国への回帰」を願う。事実上の存在否定を櫃に願う。
肉体は未だ生存しているため、他のグループに比べ契約状態がイレギュラーで、主の命令に背くことは許されず、絶対服従のハンデを負う。
所持する武器は最後に手にした魔剣。鞘から抜くと必ず誰かを傷つけ、その傷は永遠に塞がらない呪いの剣で、城での件もあって鞘から抜くことを実は躊躇っている。
主神オーディンの加護を受けており、潜在的な魔術適性は高い。本来の武器は槍だが本人は気づいておらず、その槍は現在奈央が所有している。



●紗央
元娼婦。かなり荒稼ぎをしており、稼ぎに足る外見の持ち主。
性格はかなり傲慢だが、時折繊細な面を見せる。
叡一と契約して戦いに臨む。望みは「しあわせになる」こと。
本来の生まれは牧場の一人娘。気立ての良い美少女だった。婚約者もおり、妊娠もしていたが、臨月間近で恋人が蒸発。精神的に耐えられず流産してしまったことがきっかけで、自殺せずに自分を殺してくれる環境を望み、汚れ仕事を選ぶ。
娼婦となることを手助けした拓海の思惑もあり、徐々に「豊かに生きる」ことへの執着が生まれた。
紗央によって恋人を寝取られた女に刺殺される。(自分がかつて呪った女と同じことをしたのだと死の直前に気付く)
遺体は誰にも発見されない場所にあり、更に拓海が紗央の首飾りのルーン(氷)を利用し、氷漬けの状態で封印した。腐敗することなく、そのままの姿で眠っている。
首飾りは娼婦時代に一晩の代わりとして受け取ったもの。かつて悪魔を封印するために捧げられていた黄金が、月日を経て加工され、豪奢な首飾りとなった。パーツのひとつひとつにルーンが刻み込まれている。これを初めて受け取った際に紗央が最初に触れたパーツが水のルーンのパーツだったため、死後もこのルーンの加護を受けている。
黄金の所有権は大和に移ったが、首飾りの一部(氷のルーンのパーツ)が拓海によって封印されているため不完全で、大和は完璧な所有者とはなりえない。



取りあえず大和と紗央。
おもしろいから炎而くんと椿もいろいろ考えてます。

炎而くんは少年時代から魔術師として頭角を現していて、その方面には知られた存在。その噂を聞きつけた教会が、悲願の達成を前に招き入れた。
バルドル様としての記憶を持ち合わせているため、教会が教え込む「箱を開けなさい」という言葉が良いことではないということを知っている。その上で自分の興味と好奇心、娯楽のために箱を開けたいと思っている。
弱点はヤドリギのみで、その他のあらゆる攻撃を受け付けない。

ほいで椿は、教会が適性のある子を孤児院とかどっかで拾ってきたんだと思います。ナンナ様www
教会は自分たちが勝つために勝率を高めてくれる魔術師みたいな存在を探していて、そいつのパートナーとさせるべく椿を育てる。たくさんの人間を殺させ、その心臓を食わせて血を飲ませる。炎而くんが来てからもそれを続けて、fate的にするなら肉体関係があってもいい。そうやって魔力的な業を体に溜めこんで、最終的にその椿を炎而くんが殺す。
悪い子たちなんだけどにやりとする……。


とりあえず今日はもう寝る。ねむい。

2011.12.23(Fri) | 聖櫃戦争 | cm(0) | tb(0) |

アルデラミンの忠誠  2



 数日の旅の後、城に戻った王子は俺に部屋に入るなと命じた。王位継承云々の問題について調べ始めてからは、人払いをすることもよくある。だから俺は素直に指示に従い、取りあえずは自室へと戻った。自分の部屋からではすぐに王子の部屋に駆けつけることはできないが、王子でもある程度は自分で問題を処理しようとする。数分で俺に用事ができるとは思えなかった。
 相変わらずのボロくて狭い部屋。まだ日は高いのに薄暗く湿った場所では、時間や明るさなど関係なく囚人の呻く声が聞こえる。粗末なベッドに腰を下ろして、深く息をつくとやっぱりこの数日自分は疲れていたのだと実感する。あの王子と数日一緒にいたのだ。緊張もしたし、いつ首を切られるかと気が気ではなかった。実際、金山に向かう途中で「弟妹の顔を見て来い」と言われた時は背筋がひやりとした。まだ、帰るわけにはいかない。まだその時ではない。まだ、まだだ。王子が国王になるまでは。
 ブーツを脱いで、動かない足をベッドに上げて軽くマッサージをする。どんなに刺激を加えようと一切感覚の無い右足を恨めしく思いながらも、毎日それを続けている。これを続けていなければ、足の先から腐っていくような気がして、腐り始めたら全身が侵されていく気がして、怖い。
 軽く瞼を閉じると、緊張の糸がぷつりと切れた。やっぱり疲れてんだな……、そう実感しながら意識を眠りの淵に落とした。



 扉をどんどん強く叩く音で眼が覚めた。窓の外はもう暗くなっていた。たっぷり数時間は眠ってしまっていたらしい。
 慌ててベッドから下りると、不便な足を引きずってドアを開ける。俺の部屋に用事があるのなんて王子か、王族に仕える一部の側近だけだ。とりわけ、王子が何かやらかすと大体俺のところに連絡が来ることになっている。扉の向こうにいたのは、――俺が会うことなんてまず無い、国王の一番近くで仕える老紳士だった。もちろん身分も何もかも、俺とは比べ物にならない。すぐさまその場に跪く。

「王子がどちらにいらっしゃるか知らないかね」
「お、お部屋にいらっしゃるかと。人払いをされてましたので」
「その通りなら私がこんなところに来る必要があると思うか? ……下手な嘘は止しなさい、王子はどちらに」
「ぞ、っ、存じません! 本当です!」

 確かに、王子が部屋にいたならこんな高位の人がこの部屋みたいな辺鄙な場所に来る必要などない。いないから、俺を訪ねてきた。それはわかっていても、王子の人払いの対象には俺も含まれている。王子付きの使用人であるならば王子の所在を知っていて当然、ということだろうか。

「君が今口を割ったことで王子が君を罰しようとするなら、それは私が全力で引きとめよう。長く隠されれば私の方が君を罰さなければならなくなる」
「本当に知らないんです。王子は私を含め、人払いをされました。私はそれから一歩もこの部屋から出ておりません。……長旅の後ですので、久し振りに城の人間と会話でも楽しんでいらっしゃるのかもしれません」

 跪いたまま、必死にそう弁明する。
 相手がどう感じているのかは俺には分からない。ただ、ここで罰されるのは困るのだ。せっかく王子の近くにいられるのに。王子が国王になろうとしているのに、俺が処罰を受けるわけにはいかない。
 かっ、と相手の靴の底が床を打つ音がして、顔を上げた。

「……まあいい。こちらでもよく探すことにしよう。君も、王子をお見かけしたらすぐに連絡するように」
「はっ!」

 ――一応、諦めてくれたらしい。
 しかし何故だろう。長い期間城を空けることにも反対をしなかった人間が、少し王子が城を歩き回った程度で騒ぐなんて。そりゃあ王子は自室にいるか、騎士団の様子を見に行くか、行動の予測は立てやすい相手だ。俺という使用人がいるのがここであるとしても、高官が普通ここまで来るか? 騎士団の連中に命じて探させればいいだけの話だろう。
 ……それは、『王子』が『城を歩き回る』ことに何か意味があるからだ。こんなところにいる俺を頼ってまで王子を探している人間だ、他の場所も隈なく探してはいるのだろう。
 立ち去る相手の後姿が消えるまでしっかり見送るため、跪いたままの体勢でいると、扉から離れていく影がふと立ち止まった。

「――書庫の鍵が壊れていたのだが、心当たりは」
「え、」

 書庫の鍵。書庫?
 王子は書庫の本は使うが書庫には出入りしない。実際出入りして本を探し、届けていたのは俺だ。

「王子に命じられて資料を探しに出入りしたことは何度かあります。……随分古い鍵でしたし、人の出入りもあまり多くなかったようでしたので、老朽化かと思うのですが」

 率直に思うところを述べる。
 ふん、と相手は納得したのかそうでないのか曖昧な様子で、階段を上っていく。影はだんだん小さくなり、やがて完全に見えなくなった。
 それから部屋に戻り扉を閉めると、顔を洗ってブーツを履く。
 ……俺も、ちゃんと仕事しなきゃ。修と双葉に合わせる顔がなくなっちまう。




 書庫は一応見に行った。まだ修理はされていなかったので、壊れたままの鍵を見ることができた。
 最後に俺があの書庫に入ったのはもちろん王子と城を出る前。けどその時には開錠も施錠も問題なかったはずだ。それが今壊れているということは、王子と俺の不在の間に何かあったということ。老朽化と言っても鍵は鍵だ。施錠がしっかり出来たのなら、何か特別に力を加えない限り壊れたりはしないはず。つまり、何だ。滅多に人の出入りしない書庫に、入ろうとした人間、もしくは入った人間がいるということ。老朽化で壊れたにしろ、外部から力を受けて壊されたにしろ、誰かがあの扉を開けようとしたことは事実だ。……けど、書庫に入ったって面白いことなんかない。大抵の本は書庫とは別の図書室にも保管されているし、図書室なら誰だって出入りできる。薄暗いこともないし、学者先生なんかは大体そっちを利用している。書庫にあるのはいやに難しそうな本だとか、王族のための寝物語だとか、装丁に金が掛かっていそうな本ばかり。王子が持って来いと命じた本は大体書庫に納められていた。何でわざわざ書庫に入ろうとしたんだか、俺にはわからない。
 そんなことを考えながら王子の部屋の扉の前に陣取り十分ほど。お目当ての人間がやっと姿を現した。

「どこ行ってたんスか」
「ちょっとそこまで」

 王子はまだ着替えておらず、城を出たときの服装のままだった。ボロい布を纏って、ただでさえ王子らしい貫禄は失われているのに、纏った衣類が土塗れだったから余計にみすぼらしく感じられた。
 土に汚れた衣類もそうだが、一番目を引くのは王子の両肩。一羽ずつ、カラスがとまっている。背筋にぞくりと悪寒が走った。突然カラスを連れるなんておかしいことこの上ないのに、王子はそれに気づいていないようだった。馬車の中であれだけ目にしたモチーフなのに。
 その問題も確かに気がかりなのだが、王子が高官に探されていたという話をすると、

「どう撒いた」

 との問いかけがあった。隠さずそのままを話す。メイドを引っ掛けてる、ってのはちょっと誇張だけど、王子は気づいていないらしい。

「……何かヤバいことしてるんスか? 向こうは王子にアタリつけてたみたいっスけど」

 ヤバいことしてなきゃわざわざ高官が俺の部屋になんか来るものか。何か国の大事に関わることに王子が踏み込みつつあると考えるのが妥当だろう。
 王子は俺の言葉に、にやりと笑った。

「ヤバかろうとそうじゃなかろうと、俺が国を継ぎゃいいって話だろ。……やってやるさ、そのためにわざわざ城を留守にしたんだ」

 ……そうだ、ヤバかろうとそうじゃなかろうと、王子が国を継いでくれれば俺はそれでいい。そして、思うように国政を動かしてくれれば。思うように戦ってくれれば、俺はそれでいい。
 王子が肩のマントをかけ直し、俺に一歩二歩近づいてくる。俺は王子が思うように動いて、その結果として国を継いでもらえればそれで構わない。王子がそう思うなら、そうすりゃいい。王子が目の前に来たところで、軽く頭を下げ、扉の前から退く。
 王子が扉を開くと、ちらりと部屋の中が見える。いつもと同じ、散らかった部屋。見られたら不味いものがあるから、掃除しないようにメイドに言いつけたのだろう。
 少し下らない話をしてから、王子が部屋に入る。また明日な、と声をかけられ、そこでまた悪寒に襲われる。明日なんてないかもしれない、という妙な感覚。何とか王子を引き止めないと。思ったときには既に「王子」と呼びかけていた。閉まりかけていた扉がギリギリのところで止まり、再び開く。

「言い忘れてました。俺じゃないって弁明も含めてなんスけど」

 でも、俺にできる話題なんて限られている。

「何だ」
「書庫の鍵が壊れていたそうで」
「書庫の?」

 考えたけどそれしか言うようなことがなかった。鍵なんてそう簡単に壊れないし、老朽化といっても城を出る前まではちゃんと施錠できた。そう言ってみたけれど、やはり王子からも「老朽化だろ」と断じられてしまう。そりゃあそうだ、俺だってそう思う。
 再び閉まりそうになる扉の向こうに王子の姿が消えていく。欠伸を噛み殺したような声も聞こえる。
 ――率直に伝えないと、話は進まないかもしれない。変な胸騒ぎがする。

「王子、どこか出かけるなら俺を伴ってください」

 また、閉まりかけた扉が開いた。

「……用事を一息に済ませるってことを知らねぇのか」

 王子は何度も呼び止められたからか不機嫌な表情を露にしている。けれど、あの胸騒ぎは。明日なんてないかもしれない、そんな変な胸騒ぎだから、放っておくわけにいかないような気がするのだ。

「いえ、今言わなきゃ、って突然思い立って。……ぞくっ、て、なんか、胸騒ぎがして」
「…………」

 しばらく王子は考え込んでいた。
 俺だって、言わなくていいならこんなこと、言ったりしない。仕事は少ない方がいい。ただ他のどんな仕事よりも、俺にとって王子を守ることは大事な仕事だから、盾となれるなら俺を伴ってほしい。そう思うだけだ。

「忠告感謝する。だが、足の悪い従者ひとり伴うより自分ひとりで動く方が効率がいいこともある」

 ……ほらやっぱり。言われそうだと思ってた。
 俺なんか足が悪くて役になんか立ちゃしない。俺だって分かってる。わかってるけど、そうしなきゃ俺を保っていられないから、これは俺がここで生きるための意地だ。

「それは分かってます。王子としての事情があることも分かります。ですから、せめて行き先だけでも告げてもらえればと。……さっき上の人が王子探してたことといい、鍵といいカラスといい、変に重なって不気味なんです」
「お前を安心させるために俺がお前に付き合えって?」 

 王子は一度ため息をつくと、それから呆れたように笑った。
 聞こえたのは、

「ざけんなよ、身分弁えろ」

 そんな言葉。
 押し黙った俺に、王子はもう一度「また明日な」と声をかけた。今度こそ、扉が閉まる。

「……身分を弁えるのは貴方の方だ……!」

 閉まった扉に小さく呟く。
 ……王子が一人で気ままに動くことさえも王子としての行動だというのなら、俺も従者としての行動をするだけだ。それしか道が無い。ハイそうですかと引き下がるのは、指示を待っているだけの無能な騎士団の連中と何も変わりはしないのだから。
 俺には従者として動く以外のことなんて、できはしないのだ。唇を強く噛み締めて、王子の部屋を離れた。


2010.01.03(Sun) | 聖櫃戦争 | cm(0) | tb(0) |

アルデラミンの忠誠




 ――それは、二年前のこと。

「慎兄ちゃん、ほんとに行っちゃうの?」

 故郷の町を出る直前、七つ離れた妹は今にも泣きそうな顔で俺に問いかけた。胸が締め付けられる思いで、俺は「そうだよ」と頷く。
 ひとりでできることなんてたかが知れている。俺が動いて何か成せるとするならそれは、駒の一部としてでもいい、自分で戦う立場になることから始まるのだ。だから俺は、修一と双葉を置いて御前試合に臨むことに決めた。もう決めたんだ。

「いいか双葉。お前と修のことは隣のおばさんに頼んであるからな。ご飯は毎日修が作ってくれると思うけど、何かあったら周りを頼るんだぞ」
「慎兄ちゃんは? いつ帰ってくるの?」

 俺の足に縋りつく双葉を、修一が宥めるように引き離した。

「……すぐかもしれない。お前らに会いたくて、すぐ帰って来ちまうかもしれない。でも、もう帰らないかもしれない。兄ちゃん、双葉と修のために頑張るからさ、帰ってこないように祈っててくれよな」
「やだ!! 双葉と修兄ちゃんのためなら、慎兄ちゃんも一緒にいてよ、どこにも行かないで!」

 とうとう妹は泣き出した。両親が死んでから、泣くことなど滅多になかった妹が声をあげて泣いた。決意したはずなのにぐらつく意思をどうにかしたい。決めたじゃないか、修一と双葉を置いてでも、俺は絶対騎士団に入るんだと。そうじゃなきゃ守りたいものを守れないんだ。
 三つ下の弟は泣きじゃくる妹の頭を撫でながら、双葉は大丈夫だから、と俺に言った。年が近いからか、修一は俺のしたいことを大体汲んでくれている。それだけが救いだ。

「……ごめんな、ごめん、兄ちゃん絶対騎士団に入るからな、絶対、絶対、お前たちのこと守れるくらい強くなるからな……!!」

 自分の中のどす黒い感情を弟妹に伝えるわけにいかず、オブラートに包んでそういう言葉にした。
 それでも気持ちは本当だ。修一と双葉の頭を抱き寄せて何度もその頭を撫で、その感触を手に覚えさせてから、ゆっくりと離す。

「それじゃあ行ってくるから。修、あと頼んだぞ」
「うん、……騎士団に入らなきゃ許さないからな、俺たち」

 修一の言葉に、目の周りを真っ赤にした双葉が、うんうんと強く頷く。

「すぐ帰ってきちゃったら追い返しちゃうもんね! 騎士団に入って、うんと強くなって、カッコ良くなった慎兄ちゃんじゃなきゃ家に入れてあげないのだー!」
「……そりゃ、手厳しい」

 それくらい退路を断たれる方がいいのかもしれない。修一と双葉の言葉を頼もしく思いながら、じゃあ、と荷物を抱え直せば、ぎゅっとまた双葉が俺の服の裾を掴んだ。
 驚いてその顔を見れば、一度は止まったはずの涙がまた溢れて、大きな瞳が潤んでいる。

「うそだよ、うそだから、慎兄ちゃん、すぐ帰ってきてもいいんだから、だから、……がんばってね」
「……ああ、頑張るよ。けど、ちゃんとここから応援してくれなきゃ頑張れないからな! 頼りにしてるぞ、双葉!」
「うん、うんっ、双葉、兄ちゃんのこと応援してるからね! 修兄ちゃんも応援してるんだからね!」

 悲しみを押し殺した双葉の明るい声と、淡々としているけれど確かに聞こえる修一の声とに背中を押され、俺は歩き出した。
 目指す先は王城、二週間後に迫る御前試合に出場するために。






「ッ!!」

 町を飛び出したところでいつも目が覚める。騎士団を追われてからは、あの日のことばかり夢に見て、気持ち悪い。
 騎士団にいた頃は御前試合優勝者という肩書きもあって、大部屋ではなくだいぶ立派な個室を貰っていて、何の働きもできていないのに悪いな、とよく思っていた。今も一応個室だけれど、あの部屋の半分くらいのスペースで、場所も囚人たちのいる地下牢に繋がる階段の脇。片足が不自由だからスペースは寧ろ狭い方がありがたいし、残った足の鍛錬のためには王子の部屋から離れているのもありがたい。たまに囚人の呻き声や雄叫びが聞こえることはあるけれど、――それも、自分への罰だと思えば何と言うことはない。
 囚人の呻く声より、何よりも俺にとってはあの日の修一や双葉を思う方が、辛い。
 手近な手ぬぐいで汗を拭い、寝台から降りると足を引きずって、部屋の隅に申し訳程度についている洗面台で顔を洗う。ついでに頭も水に濡らすといくらかすっきりした気がした。
 ぽたぽたと髪の先から水を滴らせながら寝台に戻り、ぼんやりと窓の外を眺める。小さい月がぼうっと白く浮かんでいた。

「………どうしてっかな、修と双葉……」

 会いたくても、会えない。会ってはいけない。
 あのどす黒い感情に対する言い訳が必要だ。
 俺は、両親を殺した奴らが憎くてたまらないのだと、だからこの手で殺してやりたかったんだと、無垢な弟妹にどうして言えるだろう。騎士団に入って弟や妹を守るため生かすために戦うなんて、単なる名目だ。俺個人が、憎くて許せなくてどうしようもなかったから。弟と妹を捨ててでも、自分の手で殺してやりたいと願ったから。その上で俺は、将軍としての王子の残虐性に惚れたのだ。共に先陣を切って戦場へ向かった時は、こんなに幸せなことがあるのだろうかと思ったくらいだったのに、今ではこのザマだ。本当に、修一にも双葉にも顔向けできない。
 騎士団であった頃の俺は、もう俺の記憶の中にしかいない。自分の記憶ほど他人にとって信用のないものはない。確かにあの集団の一部であったことすら、他人には嘘だと思われてしまうのだろうか。それは少し、辛いかもしれない。
 再び寝台に横たわる。真っ暗な天井が見える。
 天井に腕を伸ばせば、肩の辺りが鈍く痛む気がした。大量の本を持って階段を上がり降りしていたからだろうか、筋肉痛だとしたら自分も鈍ったな、と思う。
 王子は悪魔伝承について調べている。城にはそういう言い伝えがあったらしいが、王子は信じていないのだそうだ。王子が信じていなくとも、王位の継承にそれが関わるのなら、王子の意思とは無関係にそれは存在するんじゃないかとふと思ったりもするが、俺の主は王子だ。国王が何と言っても、俺が仕えているのは王子なのだから、王子が無いというならそれは無いものと思わなければ。
 ――帰ってきていい、と妹は泣いたのに、足を引きずって俺は何をしているんだろう。悪魔伝承だの何だの、俺にはどうだっていい。王子が国王になれば、それでいい。
 騎士団を追われた俺が望めるのはあとひとつだけ。王子が国王となり、最強の軍を率いて奴らを殲滅してくれるようにと願うしかない。俺の大事なものが、二度と傷つかなくて済むように、俺はそれを願うしかない。

「――――」

 そのためなら、腕だって捧げる覚悟がある。望まれるのならいくらでも忠誠を誓おう。
 右手で目を覆い、世界を暗闇で満たしてから朝までの眠りを貪ることにした。






2009.09.22(Tue) | 聖櫃戦争 | cm(0) | tb(0) |

ワールズエンドワルツ 3



 部屋で夕食を取り、適当な時間まで仮眠を取る。普段着に着替えるのはやはり面倒だし、動きにくさもあるから服装は出かけたときのまま、マントだけを外してベッドに横になっていた。 
 拓海が目の前で消える様子を見ても、やたら懐いてきた二羽のカラスを見ても、俺は御伽噺を信じる気はない。地下のあの部屋の奥、鎖を断ち切った先には何か手がかりがあると考えて間違いない、それが剣であろうと何であろうと、一応今の状況を打破するものであるのなら喜ばしいことだ。
 出かけるなら自分を伴えを進言した慎吾はどうしただろう。とうとう俺に嫌気が差しただろうか。不貞腐れて部屋で寝ているかもしれない、――その方が俺としては動きやすいから結構なのだが。
 そんなことを考えながら目を瞑り、何時間経っただろうか。不意に窓をかつかつと叩く音で目を覚ました。部屋の中は真っ暗で、月もまだ昇っていないらしい。部屋に差し込む明かりは夜空の星明りばかりで足元も覚束ないほどだ。
 窓の方へ手探りで向かい、ガラスの前で目を凝らせば窓を叩いたのが二羽のカラスだったことがわかる。夜だからか鳴きはしないが、相変わらずこつこつと窓を叩き続けている。窓を開けてやればそれが定位置とでもいうように俺の肩に止まる。

「あー、今はいい。裏に向かうからそっちで待ってろ」

 鳥に言葉が分かればいいのだが。試しに言ってみれば、カラスは鳴くこともなく肩から降り、開け放した窓から飛び立っていった。
 ……さて。

「……お仕事しますかねぇ」

 腰に使い慣れた剣を下げ、ブーツの革紐をきつく縛り直し、マントを肩にかけ、暗い部屋を出た。





「!」

 星明りだけを頼りに城を出て、裏庭に回る。すると、真っ暗な中にきらりと光る二対の瞳があった。例のカラスだ。
 言葉を理解したのか偶然なのか、ちゃんと裏庭にいたらしい。しかも俺がこれから踏み入ろうとする地下道の入り口でぴょんぴょん跳ね、音の違いでそこが木の蓋であることを教えている。まったくありがたい奴らだ。
 夕方やったように木枠を外し、中を覗くとやはりランプの明かりがある。ここよりも断然歩きやすそうだ。

「……お前ら鳴くと煩いからここにいろよ」

 言えばカラスは黙って芝の上まで行き、そこから俺をじっと見ている。
 そこまで言うことを聞かれると若干不気味に思えてくるので、カラスなら鳴けよ、と呟いてみると、二羽は揃って、ぎゃあ、と鳴いた。一層気色悪い。賢いだけで済ませられない問題かもしれない。
 そのカラスは今は置いておくことにして、夕方そうしたように俺は中に入ると内側から蓋を閉める。カラスの姿が視界から消え、視線を階段の奥へ向ける。
 石造りの階段を叩く靴底の音。いやに響く感じがまた不気味で、洞窟を歩く気分に近い。狭い通路、右手で壁に触れながら奥までたどり着く。つい数時間前来た時にはいた、黒マントの男の姿はなかった。本当に奥で待っているのだろうか。
 いかにも頑丈そうな鎖を前に、剣の柄をぐっと握る。……この地下なら、鎖を叩き割ってもそう音が上へ響くこともないだろう。それにこの時間だ、万一魔術云々が事実だったとして、国王やその側近の爺様方がそいつに精通しているとしても、今は眠っているはず。すべて知れるのは明日の朝だ。今すぐ追及されることはない。
 鍵と鎖に触れ、古い部分がないか探る。かなり重みのあるそれは、簡単に破壊することなどできそうにないように思うが、……取り合えず、あの拓海の言葉を信じてみることにして。
 
「―――」

 深く息を吸って、吐いて、剣を鞘から抜く。ランプの明かりを刀身が反射する。
 こんなもん叩いたら刃こぼれじゃ済まないかもしれないな、などと思いながら、剣を振り上げ、力任せに下ろす。

「ッ!?」

 手ごたえは想像と全く違った。鉄の感触を覚える前に、何か見えない膜に遮られているような感覚。これが拓海の言うところの結界という奴なら納得はできる。俺は見えないものを割ろうとしているわけだ、……しかしこの『何か』が割れたところで鎖を断ち切れるわけではない。
 気を抜けば弾かれそうになるのを堪え、振り下ろした剣に力を込める。ぐぐ、と見えない何かに刃が食い込んでいくのが感触で分かった。
 あまり力を入れ過ぎると、コレをどうにかしても次に鎖にぶち当たった時反動がでかそうだ。だからと言って今力を緩めることもできず、ただ今は目の前の何かを破壊するために柄を握る両手に力を入れる。
 すると、ぴし、という想像とは違う音が小さく響いたのがわかった。

(――ぴし?)

 音に対する疑問を考えるより早く、何かを切り裂いた感触を手が覚える。そして閃光が迸り、ガラスが割れたような音が地下道に大きく響いた。
 この後剣がぶち当たるはずだった鎖の鉄の感触はなく、その後俺は空を裂いたように体のバランスを崩してよろめく。
 音は一瞬で止み、閃光もおさまると俺は体勢を立て直し、剣を手にしたまま扉を確認する。――確かに扉の取っ手に絡められていた太い鎖と頑丈な鍵は、何故か床に落ちていた。鎖を切った感触などなかったのに、鎖が綺麗に切れている。どんなに研いだ剣だって鉄の鎖をこうも綺麗に切ることができるはずがない。なのに実際鎖はそうして切れている、常識と事実の不一致のおかげで不気味さが一層増した。
 ともあれ、これで扉は開くはずだ。またわけのわからんものに出会わない限り、鎖が外れりゃ扉は開くものと普通の人間は考える。扉の取っ手を左右両手でそれぞれ持ち、落ちた鎖は脇に蹴飛ばして一気に引き開く。

「――――」

 そこは地下道以上に不気味な空間だった。石造りの部屋はランプがひとつもないのに中がよく分かる。部屋の中央にある台座に祭られているらしい――あの日石碑の前で見たものとおそらく同じ――剣、その刀身が鞘の内側からいやに赤く光っているのだ。この部屋は、あの時拓海に剣を見せられた時以上に悪寒が走る。長居はしたくない。中に入り扉を閉めると地下道のランプの明かりがなくなり、ただ妖しい赤い光だけが支配する空間になる。ここにひとりでいるってのはやっぱり不気味だ、カラスの一羽や二羽いた方が心強かったかもしれない。

「やっぱり馬鹿力だったな」

 突然暗がりから声が聞こえ、反射的に剣を抜いて音源を見ると、暗闇に紛れて黒マントの男が顔を出す。
 俺を馬鹿にするように笑いながら出てきたそいつは、やはり拓海。あの鎖を切らずにどう入ったというのか。……いや、こいつも俺と同じように馬鹿力で破っただけなのかもしれない。こいつがここに入る瞬間を見ていない以上、こいつがどう入ったかなんて俺にはわかるはずがないのだ。
 拓海は俺に危害を加えるつもりがないことは何となくわかっている。剣を鞘に収めると、石の壁に寄りかかって不気味な赤い光を眺めた。

「この前俺に見せた“鍵”とやらはあれか」
「そうだ」

 禍々しい空気が、他とは違う。
 赤い剣は台座の中央で、どんなバランスなのか柄を上に直立している。刀身にはさっき扉にかかっていたものと同じような鎖が巻きつけられている。それ以外は何もない部屋だ。

「……で? これを手にするとお前にどう関係あるって?」
「この剣を手にしなければてめェが黄金を手にすることは有り得ない。俺の主となることもない」
「なら、俺がこのままこいつを見なかったことにして帰ればお前は主人不在となるわけだ」
「厳密には違う。まだ黄金は手放されていない。あの剣を手にしないのなら、あれを手にするまで、黄金は前の所有者が権利を持ったままだ」

 拓海もまた、俺と同じように赤い光を前に石の壁にもたれかかる。
 
「夕方会った時はここに来て欲しくないみたいだったな? 俺がこのまま帰った方が都合いいんじゃねぇのか」

 あの時拓海は、確かに躊躇していた。この先に踏み込むのか、と、そうして欲しくないように俺には見えた。
 想像通り、拓海は「そうかもしれない」と呟く。

「参考までに聞いとく。前、……今か、今の所有者ってのはどんな奴だ」
「聞いたって仕方ねぇぞ」
「参考までに、っつったろ」

 壁に寄りかかったまま、拓海は俯いてため息をつき、それから顔を上げた。
 何か遠いものを見ているような表情。その横顔は赤い光に照らされている。

「……何もかも失った娼婦だった」

 ……だった?
 疑問を口に出す前に、拓海は先を続ける。

「黄金を手にするくらいで割に合った人生を送れるんじゃないかと思った」

 何もかも失ったから、価値の高い黄金を手にすることでプラスマイナスがゼロになる。それを期待したのが拓海ということらしい。
 俺が黙っていると、拓海は更に先を口にする。

「だが、結局俺が殺した」
「……待て、黄金の持ち主はお前の主人だろ、どうして殺す?」

 それにこいつは、俺が剣を手にしなければ黄金は今の所有者が持ったままだと言った。まだそいつが権利を持っていると? 死んでいるのに?
 拓海は俺の疑問に答える気はないらしい。この話を聞いてはこいつに殺されるかもしれない可能性を考えなければならないわけだが、口ぶりからして、そいつを『殺した』ことは拓海にとって想定外のことだったのだろう。表情から後悔がありありと見て取れる。

「……このままてめェが帰れば俺に都合いいんじゃねぇか、っつったな」

 数分前の話を持ち出して、拓海はこちらを向いた。
 ああ、と返事をすれば、確かにそうかもしれない、とまた同じ返事をする。

「だが、帰らないだろう。てめェが帰らないことを知ってるから俺がここにいる」
「帰って黙って寝ててくださいお願いします我が主、っつったら今日はおとなしく寝てやってもよかったんだがな」
「無能のクソガキのくせに口だけは達者で嫌になるな。どうぞ剣を取り正式に黄金を継承してきやがれ我が主」 
「いちいち侮辱ワード挟むなっつってんだろ!!」

 それが主に対する口の聞き方ならあいつの生きる世界はどうしたって間違っているだろうが、奴の言う事は間違っていない。俺は退く気などない。国が懸かっている。俺のこれからも、慎吾のこれからも、いろんな奴の運命が懸かっている。俺が退けば、姫君にいずれ降伏しなければならなくなる。あの力に対抗するための推進力は、俺以外では有り得ないのだから。
 背を壁から離し、中央の台座へと向かう。相変わらず不気味な赤い光を放つ剣は、先日見せられた時とは段違いの空気を纏っていた。本物はやはり違うということらしい。豪華な装飾の澱み具合も実物は半端じゃない。まるで陽炎が剣全体を覆っているようにも思える。
 何度か右手を握って、開いて、を繰り返し、その赤い剣の前に立つ。鞘の内側から放たれる邪悪で赤い光が目の前に広がった。
 
「……あ」


 そこでどうしてか
 
 自分の剣がとても邪魔なもののような気がして

 腰に提げていた剣を

 鞘ごと床に置いた


 目の前の邪悪な剣に手をかけるまでに、迷いなどなかった。剣を置いたのだから、新しいものを手にすべきだと頭のどこかで誰かが訴えていた。俺が手にする剣は、目の前のこの剣以外有り得ない。疑いを持つこともなかった。
 今までの剣よりも少しごつい柄を握ると同時に、刀身に掛けられていた鎖が外れて重力に逆らえず台座に落ちる。
 ――我に返ったのは、腰に新しい鞘を下げ、そこから刀身を抜き出した時だった。扉の鎖を斬った時と同じような閃光が、ただし今回は真っ赤な光が視界を覆う。それから、体中を何か得体の知れないものに舐め回されるような感覚、それと共に強烈な吐き気に襲われて、剣を杖代わりに膝をついた。
 意識はいやに鮮明で、ずっと共にあったはずの自分の剣が何故床に放り出されているのか、何故自分は新しい剣を手にしているのか、この吐き気は一体何なのか、意識は鮮明なのに何も理解できない、まとまらない。刀身から放たれる赤い光は右腕に纏わりついて離れない。ぞくりぞくりと背筋を徐々に伝ってくる、『認識してはならない感情』を必死に押さえつける。呼吸をするのも辛い、突き立てた剣を支える右腕が、『認識してはならない感情』のためにがくがく震える。

「分かってんだろ、その剣には悪魔が封印されてる。剣を手にすることができるのは本当に剣の腕の立つ奴だけだ、だが、悪魔を押さえつけることができるのはその道に精通する魔術師だけ」
「づ、ッ、お前、知ってて、」
「この後のシナリオを教えてやろうか? 力のない王子様は剣の悪魔に体を取られ心を殺されて父親の国王始め家臣を殺していく。もう血を見たくて仕方ないんだろう、その剣、もといてめェは」

 ――血が、見たい。
 そうだ、この感情は戦場に出た時の高揚とよく似ている。血が見たくて仕方ない、骨を砕き肉を裂く感触を早く味わいたい、ああ殺してやりたい、あのどす黒い欲望によく似ている、寧ろそのものだ。剣が欲しがっているのはその感触であり血液の温かさ、窮地に追い詰められた人間の悲鳴。

 与エナケレバ

 いや、その欲望に支配されてはそいつの思うがままだ。くそッ、第一悪魔なんざ信じてねぇんだよ、なのに何故俺が体を乗っ取られなければならないのか。でも悪魔じゃないとしたらこれは何なんだ、どういうことなんだ、畜生まとまらない! 俺が望んだことか? いい加減ジジイ共に付き合うのに飽き飽きして謀反起こすって? 何だよ次期国王の謀反って、意味分かんねぇ、取り合えズ血ヲ見ニ行コウカ?
 目の前が赤く染まっていく。抗わなければこの酷い吐き気からもきっと逃れることができるのに、それをすることだけは俺が、俺の自我が、
 かつかつと拓海が近づいてくるのが分かる。奴は俺が床に置いたらしい剣を手にすると、左の親指を浅く傷つけ、

「……早く狂っちまえ、じゃないと始まりも終わりもしない」

 その指をそのまま俺の口の中へ突っ込んだ。舌が血の味を美味デアルと認識する、背筋を駆け上が美味イる悪寒が止ま美味イらない。 
 口の中の拓海の指を食い千切る勢いで歯を立てる。傷をつけたわけデナイ場所カラモ赤イ液体ガ流レ始メル。

 完全にスイッチが入った。頭のどこかでばちんと音がして、視界が一瞬血の赤に染められ、次に闇へと放り出される。



 

 吐き気が完全に治まると剣を支えに立ち上がる。口の中に血の味は残っているが石造りの部屋には誰もいない。
 俺は台座から降りると部屋の奥に向かう。長年見てきたから分かる、この壁には細工がしてあって、ここから国王が出入りするのだ。この先に憎むべき国王が。
 仕掛けをいちいち解くのも面倒で、力任せに剣を突き立てれば魔術でなされた細工は積み上げられた石と共にぼろぼろと崩れていく。王子の持つ反魔力性と反魔力の塊であるこの剣があれば魔術師の一族など怖くはない。
 崩れた石を蹴散らしながら俺はその向こうへと向かう。上る階段の先には国王の寝室が――。




 どこか遠くでカラスの鳴き声が聞こえた。






2009.09.19(Sat) | 聖櫃戦争 | cm(0) | tb(0) |

ワールズエンドワルツ 2



「どこ行ってたんスか」
「ちょっとそこまで」
「ちょっとそこまで、じゃないっスよ!! あー服も汚れてるし! 膝とか気にしたことあります!? そりゃあ王族の方にしちゃそんな服ボロみたいなもんでしょうけど、もうちょい優しく扱いましょうよ! あ! あとブーツの裏の土はできるだけ落としてから入ること!!」
「うっせぇな、お前はどこのジジイだ」
「王子が無頓着すぎるんです!!」

 城に戻ったら慎吾からの質問タイムが待ち受けていた。部屋に出入りするなとは言ったが、部屋の前で待つなとは言っていない。慎吾は俺の部屋の前に仁王立ちになり、俺を部屋へ通そうとしないのだ。

「ったく、何なんだよいきなり。暑苦しい」
「城のお偉方が王子探してるもんで、俺までとばっちり食らったんスよ! 知らないっつっても、どうせ隠してるんだろー、とか言われるし。王子がどこで何して遊んでるかなんて俺が知るわけないじゃないスか! あ、それとカラス部屋に連れ込まないでくださいよ。ただでさえ王子が部屋散らかすのに鳥なんか入れたら余計散らかってメイドさんたちの仕事増えるでしょう! ちゃんと自然に帰してあげて下さい!」
「えー、こいつら慎吾より余程賢くて大人しいんだけどな」
「自分で世話できないものは飼っちゃいけないんですよ!!」
「慎吾が世話すりゃいいだろ」
「どーして俺が! とにかくっ、賢いなら勝手に生きてもらってください!」

 何という心の狭い奴だ。仕方なく両肩に止まったカラスを赤い絨毯に下ろすと、またな、と声を掛けてやる。二羽は相変わらず、ぎゃあ、と鳴いて絨毯の上をぴょんぴょん跳ねていき、開いていた手近な窓から空に飛び立っていった。その様子を確認してからようやく慎吾は息をついた。

「何なんスかいきなりカラスなんか連れちゃって。王子って王族らしくないと思ってたのに目覚めちゃったんスか?」

 突然そんなことを言い出すので、はぁ? と俺が首を傾げてやれば、慎吾に訝しげな視線を向けられた。

「だってそうでしょうが。王子の方が何度も馬車に乗ってるから分かってるもんだと思ってましたけど?」
「馬車? ――あ、」

 すっかり忘れていた。
 二羽のカラス。至る所に存在するモチーフは、これまで俺が理解していなかっただけで王族の象徴となる動物なのかもしれない。国王がカラスを連れているところなんて見たことがないが、なるほど、言われてみれば確かにこのタイミングで俺がカラスを連れていれば慎吾も奇妙に思うわけだ。その上、国王の側近に詰問されたというのだから、先刻足を踏み入れたあの場所が関係していることは間違いなさそうだ。拓海が言っていたように、あの先に何かあるのは確かなのだろう。今はそのどちらもどうだっていい、今夜あの場所に忍び込んでしまえばはっきりする。
 
「で、慎吾。俺は探されてたんだろ? 結局どう撒いた」

 ここに慎吾がいるのは、俺をそいつらの場所へ連れて行くためか、単にあったことを愚痴として報告したいか、はたまた何か別の用事があるかのどれかだ。しかし慎吾に俺を急がせたい様子はない。急ぎなら靴の土云々カラス云々言う前に俺の背を押してどこでも連れて行くだろう。

「俺は王子の邪魔するつもりはないんで、知りません分かりません見当もつきません、長旅の後だしどっかでメイドさんにでも言い寄ってるんじゃないスか、で通しました。ま、実際俺は知らないし分からないし王子がどこで何してんのか見当もつかないんで強ち嘘じゃないんですけど、メイドさん引っ掛けてることはないだろうな、くらいですね」
「でも奴らはそれで信用したんだな」
「そりゃそうですよ、王子の素行見てれば説得力溢れる回答だと思いますし」
「………まあ、いい。納得してやる」

 慎吾とあのクソジジイどもの中の俺がどんな奴なのか分かってきた気がした。そこまで不真面目に見えてたってのか。後で粛清してやる、覚悟してろ。
 
「……何かヤバいことしてるんスか? 向こうは王子にアタリつけてたみたいっスけど」
「ヤバかろうとそうじゃなかろうと、俺が国を継ぎゃいいって話だろ。……やってやるさ、そのためにわざわざ城を留守にしたんだ」

 収穫はあった。俺だけが知っていればいい収穫。
 肩のマントを今一度掛け直すと、部屋の前から動こうとしない慎吾に一歩、二歩、近づく。慎吾は諦めたように軽く頭を下げて、扉の目の前から退いた。

「俺は王子の従者ですから。王子が国王になるのを一番に祈ってますよ、ええ、どんな方法だとしてもね」
「人聞きの悪い言い方をするな。明日の朝には王位継承の儀があってもおかしくない」
「は? ……なんだ、本当にちゃんと仕事してたんですね。安心しました」
「結局疑ってたんじゃねぇかよお前っ」
「とんでもない。素行の悪い王子が悪いんじゃないスか」

 悪びれる様子もなく肩を竦める慎吾を横に、扉に手をかけ押し開く。 
 暗い部屋に廊下の明かりが薄く差し込んでいるだけだ。ルミは言い付け通り出入りしなかったらしい。外出前に散らかしたままになっている。
 部屋に入り、振り向いて「じゃあまた明日な」と慎吾に声を掛ければ、慎吾ははたと何かに気づいたように、王子、と俺を呼ぶ。
 
「言い忘れてました。俺じゃないって弁明も含めてなんスけど」
「何だ」
「書庫の鍵が壊れていたそうで」
「書庫の?」

 ……と、言われても俺は出入りしていないからどこがどう壊れたのか分からない。必要な資料は全部慎吾に取りに行かせていたから、だから慎吾は『自分ではない』と最初に断りを入れたのだろう。

「古かったんじゃねぇのか? 老朽化ってやつだろ」
「まあ確かに古かったんですけどね。でも鍵ってそう簡単に壊れないよなー、と思いまして。俺が最後に出た時も別に異常なく閉まりましたし」
「細かいんだよお前はいちいち。留守中のことだ、気にしたって仕方ねぇだろうが」

 慎吾は腑に落ちない様子で、うーん、と唸っていたが、しばらくすると「そうですよね」と一応納得したらしい。書庫に出入りするのは何も慎吾だけじゃない。慎吾だって俺に用事を言い渡されるまでは踏み入れたことのない場所だったはずだ。俺以外にも資料を使う爺さんはいるだろうし、どうせそいつらが乱暴に扱ったんだろう。一件落着だ。
 欠伸を噛み殺して、散らかった部屋に入る。

「――王子、どこか出かけるなら俺を伴ってください」

 閉めかけた扉の向こうから小さな声。

「……用事を一息に済ませるってことを知らねぇのか」
「いえ、今言わなきゃ、って突然思い立って。……ぞくっ、て、なんか、胸騒ぎがして」
「…………」

 それはさっきも言われた言葉。胸騒ぎがするから気をつけろとルミにも言われた。そしてこいつにも。
 まさかグルになって俺をハメようとしてんのか? だとしたら何のために? でも、慎吾からもルミからも、俺をからかおうとする雰囲気なんて感じられなかった。第一そんなことしても面白くないだろうし、俺が不愉快になれば即首を切られるかもしれないのだ。娯楽のためにそんなハイリスクなことをするとは思えない。慎吾もルミも、馬鹿ではない。多分、本当に胸騒ぎとやらを覚えているからこそ俺に忠告しているのだろう。

「忠告感謝する。だが、足の悪い従者ひとり伴うより自分ひとりで動く方が効率がいいこともある」
「それは分かってます。王子としての事情があることも分かります。ですから、せめて行き先だけでも告げてもらえればと。……さっき上の人が王子探してたことといい、鍵といいカラスといい、変に重なって不気味なんです」
「お前を安心させるために俺がお前に付き合えって? ざけんなよ、身分弁えろ」

 慎吾が言葉に詰まった。
 邪険にしてはいけない、だが必要以上に近づけることもしてはならない。それが主と従者のあるべき距離だからだ。この先は身分を弁えてもらわなければ困る。お前はたまたま俺が拾っただけのクズ騎士で、間違っても王族ではない。慎吾は馬鹿ではない、冷静になればそこまで理解するだろう。
 押し黙った慎吾に、また明日な、と声を掛けて扉を閉めた。その後慎吾が扉にどんな言葉を掛けたのか、俺は知らない。




2009.09.16(Wed) | 聖櫃戦争 | cm(0) | tb(0) |

ワールズエンドワルツ 1



「突然城に戻って次は何するっつーんですか……」

 数日間の旅を終え、城についたのは翌日の昼頃。俺が部屋に入ると慎吾は荷物を床に置き、大きくため息をついた。俺は真っ先に机に向かうと、これまでメモしてきた資料に目を通す。
 次は鍵の在り処で、と拓海は言った。もし鍵が実在するのなら、そこに奴がいるのなら、俺はどうでもいい存在を信じなければならない。それは心底癪だ。
 皮肉なことに、「存在しない」ことの証明は難しい。ないことを証明するために、あることの痕跡を探すなんて滑稽だ。でも、ないことを証明するために可能性のある場所を探るのは当然だろう。俺は夢なんか見ていない。あの時、あの石碑の前にあの男は実在した。

「慎吾、しばらく部屋に出入りするな」
「はぁ!? あそこまで引っ張っていって次はそれっスか!?」
「悪いな。一段落したらまたコキ使ってやる」

 はあ、と慎吾は納得できない表情で曖昧に頷いた。
 それから、扉に手を掛ける。

「いいっスけどね。王子より人使い荒い人はいませんし」
「束の間の休息って奴だ。ありがたく休んでおけ」
「そーさせてもらいます。でも、ご用があればいつでも参じますので」
「当然だろ、それが従者だ」
「ちぇ、やっぱ性格悪いっスね」

 言い残して慎吾は部屋を出て行く。その背を見送ってから、俺はまた膨大な量のメモに目を落とした。
 隠された歴史。どこかに安置されているらしい、封印の核となる剣。そしてその歴史とは別次元にある、ゲームの話。全く結びつかない。
 しばらくの間何度も何度もメモを見直したが、それらしい記述があったようには思えず、作業は中座する。作業しないのに机に向かっているのも何だか腹立たしく、立ち上がるとベッドへ向かい、そのまま倒れこんだ。
 話が万が一本当なら、慎吾をそこまで巻き込むことはできないのだ。王族に仕える者にある程度心を許すのは必要なことだが、引っ張り込んではならない。それはこちらが最低限引かなければならないライン。仕える者がいつでも身を引ける程度の距離を置くのは、雇い主として当然の役目だ。
 枕に頭を預け、ごろりと寝返りを打つと、ズボンのポケットに違和感を覚える。起き上がって右のポケットに手を突っ込み、取り出してみれば、なるほどそんなものも持っていたな、と思い出す。随分前のことのような気がして、すっかり忘れてしまっていた。

「……一段落してから、だな」

 からかうのはその後でもいい。
 取り出したものをまたポケットに突っ込む。今のを見たら何となくやる気が戻ってきた気がしないでもない。
 だがやる気云々で進捗は左右されない。俺は起き上がると着替えもせずにそのまま部屋を出た。気晴らしに庭を散歩するというのもアリだろう。
 部屋を出ると、ちょうど掃除道具を持ったルミがこちらへ歩いて来ていた。声をかけると、わ、と驚いた声をあげる。

「お、お戻りになってたんですか」
「ついさっきな」
「いつもと服装が違うので、雰囲気も違いますね」
「惚れ直したか?」

 俺の言葉にルミは掃除道具を手にしたまま、え、と固まった。
 ……世辞というのを知らんのかこいつは。俺だって傷つくぞ一応。

「……まあいい。それと、俺の部屋の掃除なら今は要らない」
「あ、で、でも毎日のことですので、」
「今はちょっと見られちゃマズいもんが散らばってんだ。上に何か言われたらそう言え。直筆で何か書いた方がいいか?」
「い、いえ! そういう理由でしたら平気です、ちゃんと報告しますので」
「ならいいんだが、……つーか、掃除したってすぐ散らかるんだ、一日くらいサボったって罰は当たんねぇだろ」 
「それはダメですよ。あたしこれでお金貰ってるんですから。庶民は王子とは違うものさしで動いてるんですからね」
「ふうん」

 何にでも手を抜くところは必要だと思うのだが。手を抜くことは怠けることではなく合理化すること、となれば上手く手を抜ける人間は上手く生きるコツを知っているということなのだろう。まあ、俺の場合は手を抜きすぎている感がある。こんなだから機密事項を機密のままにされるのか、それじゃ仕方ねぇな。

「王子はどちらへ? 騎士団に?」

 ルミの言葉で、そういやそんなモンもあったな、と思い出す。出て行く直前と外出中は割と城を心配していたものだったが、何もなかった、という今の結果を見りゃそれまでの懸念が杞憂だったことは明白なわけだ。俺が城を出れば攻めるチャンスではあっただろうに、情報網甘いんじゃねぇのか、あいつら。
 いいや、と首を振ると、それではどちらへ、との言葉。

「庭に空気吸いに行くんだよ。サボりついでに逢引するか?」

 吹っかけてみたがルミは頑として首を縦には振らない。

「王子のお部屋の掃除が要らないなら、お隣の部屋を二倍掃除しますので!」
「いつも大層な時間かかるのに二倍なんてご苦労なこって」
「い、いいじゃないですか! 仕事は丁寧にする派なんです!」
「ものは言いようだな」

 それ以上反論できないルミの顔の面白さったらない。俺には掃除の大変さはまるで分からないが、まあ、丁寧にされることに越したことはないんだろう。すぐ散らかすから理解の低さも人一倍なのだ、俺は。あまり長話をしても後でこいつが叱られるだろうし、無駄話はその辺で切り上げて俺は庭に向かうことにした。
 じゃあな、とルミに手を上げて挨拶して、そのすぐ横を通り過ぎると、王子、と何か気づいたようなルミの声に呼び止められる。

「? どうした?」

 首だけを声のする方向に向けると、ほうきを手にしたルミが、いえ、と自分でも驚いたような表情を見せている。

「胸騒ぎがしたので、つい」
「庭レベルで心配されるなんて愛されてるねぇ、俺も」
「茶化さないでください! ……お気をつけて」

 庭に出るだけで胸騒ぎなんて茶化す以外にどうしろと。忠告だけはありがたくいただいておくが、庭にまで神経を張り巡らせるつもりは毛頭ない。第一気分転換しに行くのに神経使ってどうするんだ。
 欠伸をかみ殺しながら、庭へと向かう道をのんびり歩いた。




 夕暮れの庭は薄暗く、昼間の明るさはどこへやら、といった感じだ。普段色とりどりの花が咲き乱れているだだっ広い庭は、夕暮れの橙と夜の藍色が入り混じった光のおかげでどことなく不気味なものになっている。芝生の上を歩き、裏庭まで出てから腰を下ろす。裏庭は広いだけで大した物はない。もちろん木や花は植わっているが、表の華やかさとは段違いだ。
 明るい間は騎士団やら城下町やら音源がたくさんあるものだが、この時間帯はぞっとするほど静かで、芝の上に寝転ぶと燃えるような空を眺めた。風もどこか生ぬるい。部屋で寝た方が気分転換としては相応しかったかもしれない。そのまましばらく空の色が変わっていくのを視界にいれていたが、やがて、ぎゃあ、と特有の鳴き声が聞こえた。――カラスか。
 体を起こせば視界の隅に二羽のカラス。俺がそちらを向いたことに気づけばそいつらは鳴くのをやめてじっと俺の方を見ていた。……カラスに見つめられるってのも不気味な話だ。
 ここからカラスのいる場所までは少し距離がある。暇つぶしに、と立ち上がるとそちらへ向かう。カラスがまた、ぎゃあ、と鳴いた。
 カラスの目の前まで来ると、二羽のカラスは、ぎゃあ、ぎゃあ、と交互に鳴いて飛び跳ねながら移動する。どこかの童話のような展開だが、これも面白い。黙ってカラスの後に着いていけば、奴らは飛び跳ねながら、掃除の手も行き届いていないような隙間に身を投じた。そこは構造上、国王の寝室に一番近い場所。じっと目を凝らせば、地面には何かで蓋をした跡がある。意外と簡単に外れそうだった。 

「この先で愛人でも囲ってたら笑い話なんだけどなー……」

 地面に膝をつけ、木枠を外せばおあつらえむきの細い階段が長く地下に延びている。
 ぎゃあ、と鳴いたカラスは二羽とも何を思ったか俺の肩に止まった。うざいから降りろと払い除けてもまた止まるので最後には面倒になってそのままにしておいた。目突いたりしないならどうでもいい。
 こういう怪しい場所は探検するに限るだろう。後でなんだかんだと言われるのも面倒だから、木枠は内側からまたはめこんでおいた。暗くなっては足元が見えないかと思いきや、ご丁寧にランプが点いている。今点いているということはいつも点いているということか。誰かが毎日のように歩く場所なのだろう。長居すれば厄介に巻き込まれるかもしれない。
 カラスを肩に、長い階段を下りきり、そこからまた長い廊下を歩けば突き当たりにどうも頑丈そうな扉と黒い人影が見えた。まずい、と思ってもこの一本道では隠れる場所もない。

「……やっと来たか、遅ぇんだよガキが」

 こちらが様子を窺っているというのに相手はその砕けた口調で声を掛けてきた。黒いマントの影、間違いなく拓海だ。

「お前、ご主人様に向かってなんつー口の利き方だよ」
「遅ぇっつったら遅ぇんだよ。ここまで来るのに何年かかってんだ」
「お前と別れてから一日しか経ってねぇだろうが!」

 やれやれ、と相変わらず拓海はこちらを苛つかせる表情で扉に背中を預けた。
 拓海は、鍵の在り処で、と言った。ということは、この先が。

「この先にあの剣があると?」

 訊ねればやはり拓海は頷いた。

「この先だ。かなり大掛かりな結界が張られているようだが、まあてめェの馬鹿力と反魔力性ならその腰のザコ剣でも十分破壊できる」
「いちいち侮辱ワード挟むのどうにかなんねぇのかお前」
「将来のために慣れておいた方が為かと思ってな」
「国王様にんな無礼な口利く奴があるかよ」
「……それは失礼した、我が主」

 扉には鎖、そしてでかい鍵。そんなものはフェイクに過ぎないらしい。本当の意味でこの扉を閉じているものは結界とやらのようだが、もちろん俺には見えないし感じないからそれがどんなものなのかは全くわからない。

「……この地下、マメに出入りしてる奴がいるな。長居すると面倒だ」
「次期国王が無能となればマメに封印をかけ直すのも当然だろうな」

 この暴言は真に受けずにスルーすべきなんだろうな、うん。

「……ま、やることは早い方がいいだろ。今夜にでも忍び込むさ」

 俺が言えばカラスが相変わらずぎゃあと鳴き、目の前の拓海は目を細めた。

「本当に行くつもりか?」
「あぁ? 俺がここ入んねぇと、お前はお仕事になんねぇんじゃねぇのかよ」
「………」

 拓海が目を閉じた。何を考えてるのかは読めない。
 わかるのは、俺をこの先へ向かわせることへの躊躇。俺のことを心配しているようには見えないから、奴なりの事情があるのだろうとは思う。
 でも、俺は、信じるかどうかも決めていない存在の決心を待ってやることはできない。奴もそれを把握しているのか、目を開いた。

「分かった。……ならば今夜この先で待つ」
「扉の近くに立つなよ。馬鹿力で粉砕するからな」

 カラスが俺の言葉に反応するように、ぎゃあ、と鳴いた。
 拓海は口元を歪ませてどこか諦めたような笑みを作ったが、すぐにマントを翻して消えた。
 狭い通路に残されたのは俺と二羽のカラスだけだ。

「……戻るか」

 誰に言うでもなく呟けば、賢いカラスは揃って、ぎゃあ、と返事をした。


2009.09.14(Mon) | 聖櫃戦争 | cm(0) | tb(0) |

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