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軽石へちま

Author:軽石へちま
基本自キャラで凄まじく妄想してみる。
隠れ家なのでBLとか黒とか暗とか主。
キャラ崩壊必至。何とも思わないけども。
妄想についてこれる人だけどうぞ。

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舞踏会前哨戦



 ――さっきから、

「ルミっちぃいいいい!! ひっさびさぁ! 超会いたかった! すっげー会いたかった!!!」

 ――眉間の皺が、

「ホント久しぶりだねー!! 冬服似合う!! あたしも漣に会いたかったよー!」

 ――消えない。




「ヤマト、落ち着け。いいから、マジで落ち着け」
「いや、冷静な方だろ俺。どう考えても冷静だろ。殴ってねえんだから」
「基準がおかしいからね、つーか俺が裾持ってなかったら殴りにいくだろお前」

 ここはうちの学校の駐車場。うちの校名入りのでっかいバスが一台、姉妹校のユリ高面子を乗せて戻ってきた。それが今日、12月23日。
 舞踏会は明日の24日、夜。当日に来たんじゃ楽しめないだろうということで、前日から乗り入れすることになった。舞踏会っつっても衣装はこっちで準備されてるし、一泊できればそれでいいわけだ。ちなみに宿舎は女子面子は扇谷邸、男子連中はうちで面倒見ることになった。全部で数十人、それが男女半々だからそれくらい泊めるスペースはある。
 今俺はコートの裾を流風に握られている。そんな俺の目の前では自分の彼女と、自称その従弟と言う男が、いちゃいちゃしてやがる後でこの男絶対殺す。

「いとこ同士なんてこんなもんだろ。ヤマトの霞ヶ浦くらい広い心なら許せるって」
「貶すならもっとタダイレクトな表現にしろよ流風」
「ちょっとは葉山を信用しろって。あいつ、こーゆーの絶対怒るタイプだろ」

 んなことは分かってる。そんなの重々承知だ。
 あいつの性格、どこまでも真っ直ぐなところも、わかってる。
 俺がイラつくのは葉山の性格じゃなくて、相手の! あの男の! 態度だっつってんだよ……!!
 仲のいいいとこ同士で、お互いに初恋の相手と公言し、今でもこの仲の良さだ。そりゃあ、葉山は、今俺と付き合ってんだから、どうこうなるなんて思っちゃいないが、目の前で自分以外の男といちゃいちゃされて気分いい男がいたら是非お話がしたいですねえ!

「……ヤマト、あのドレスもう見せたの?」
「……見せてねえよ、だから早いとこ引き離したいんだろ」
「だよなあ」

 明日の舞踏会のために、勝手にあいつのためにドレスを用意した。
 本当は当日見せようと思っていたのだが、俺も会場の様子見たりしなきゃいけないし、何かあっても嫌だから前日に見せようと思っていた。
 しかしこれからうちはユリ高の男子面子の宿舎になるわけで、空先生と安藤先生が引率してくれるとはいえ俺が不在というわけにもいかない。
 だから早いとこ驚かせてやりたいのだが、奴はバスから降りた途端あの調子だ。葉山がどうしてもバスまで迎えに行きたいというので一緒に来たが、こうなるのがわかってんだから来なきゃよかった。
 ちなみに流風は俺がドレス用意してんのも、もやもやしてんのも全部知ってる。その上でにやにやしてんだから俺が言うのもアレだが性格が悪い。

「あ、芹沢っ」

 従弟の男といちゃいちゃしていた俺の彼女は数か月ぶりに従弟と再会した喜びを顔いっぱいで表現してくれつつ、俺の方を向いて手招きする。
 それを見て流風が俺のコートの裾を放す。葉山に近づくと、葉山は満面の笑みで俺の腕をばしんと叩いた。

「これ、あたしの彼氏! 芹沢 大和ってゆーんだけど、よろしくね」

 ……そういうのを恥ずかしがらずに宣言してくださるところは、大変好みなんですが。
 相手の男はきょとんとした目で俺を見て、それからにっこり笑顔を見せた。

「ルミっちの彼氏っていうから、あっちの人かと思ってたんですけどこっちでしたか! ふーん、安心しました!」

 ……無論、あっちの人、と奴が視線を向けたのは流風だ。
 何の補足もなければ、安心しました、の意味も大幅に変わってくる。どういう意味だこのガキだ、という言葉をすんでのところで飲みこんで、

「悔しかったら背ぇ伸ばして出直せよ、葉山背ぇあるからな、バランス悪ぃぞ」

 とだけ言って葉山を引っ張ってその場を離脱した。
 慌てた声でついてくる葉山の声と、腹抱えて笑う流風、それと、さっきまでの俺のように騒いでる男がいた。
 るせェよ馬鹿、俺がどんだけこいつのこと好きだと思ってんだ、舐めんじゃねぇっての。




「もう、何よいきなりー。あんた漣と面識あったっけ?」
「ねえよそんなもん」
「なら何でよ。漣、明るいし可愛いし、いい子だよ? すぐ仲良くなれるって」
「……つーか、俺お前に話あるから、あいつの話題今から禁止」
「は!? 何、話って」

 葉山を引っ張って連れてきたのは、この時期舞踏会の衣装保管用に作られるプレハブ小屋。
 俺が注文したドレスもここで一緒に保管してもらっている。そのまま明日ロッカーに入れておいてもらう予定だ。

「あ、そうだ。あんた会場の飾りつけとか担当してるんでしょ? こんなとこで油売ってていいの?」
「よくねえよ、終わったらすぐ戻る」
「そっか。あんまり根詰めないでよ。あたしに手伝えることあったら手伝うから」

 流風じゃあるまいし、とは思うが、言わないでおく。揚げ足を取るようなシチュエーションではない。

「お前は明日一日俺の隣にいてくれれば、それでいい」
「そりゃあ一応彼氏持ちですからねー。いるよ、もちろん」
「じゃ、明日これ着て」

 俺が注文したものだけ、マネキンが着ている。
 そいつをずずいと目の前に出してやれば、一瞬葉山が息を呑んだ。

「あれ、支給のドレスってそんな豪華だったっけ」
「んなワケねえだろ。俺が作った。やる」
「は!? え、なに、マジで言ってんの? こんなの着れないよ? 似合わないしあんた笑い者だよ?」
「なんねえよ、似合うと思うから、お前に着てもらいたいんだ。……ダメなら作り直すが」
「作り直し!?」
「お前に作ったモンなんだから、お前が気に入るまで新しいの作る。明日までに何着でも作らせるぞ」

 ……まあ、実際はそんなことできるわけがないのだが。
 時間さえあればやるのだが、舞踏会はもう明日だ。作り直しができてもせいぜい一着だろう。
 それだけ気持ちを込めている。葉山に似合うと思って作っている。これを着て、俺の隣にいて欲しい。そういう俺の気持ちがわからないほど、こいつは馬鹿ではない。

「……もう、作り直しなんて勿体ないこと言わないでよね、ばか」

 諦めたように、呆れたように、葉山は笑った。

「こんな素敵なドレス、あたしには勿体ないわよ。着てもドレスが可哀想になっちゃうけど、それでもいいの?」
「なんねえよ。お前に似合うように作った。万が一にも人前に出られないほど似合わないってんなら、俺も明日は欠席する」
「ほんと、あんた馬鹿でしょ。やることは大金持ちのオッサンみたいなのに、考えてること小学生みたい」

 葉山がそっとドレスに触れる。
 値段なんかは関係ない。俺がある程度の金を自由に使える立場でなければ他の方法で表現する。今の俺は、これが一番だと思うからそうしている。馬鹿の一つ覚えと言われるのかもしれない。葉山に言われるのなら、俺はその言葉を褒め言葉と受け取ろうと思う。

「あ、でもあんた、他に女の子からお誘いあったりしないの? 女子バレー部の後輩ちゃんとか」
「彼女いんのにOK出すほど非常識じゃねえよ」
「あたし別に気にしないから踊りたいって子いるなら踊ってあげなよ。うちの舞踏会なんてキャンプファイヤーのダンスとおんなじじゃん」

 とまあこの反応だ。まるで立場が逆だろと思うのは気のせいなのだろうか。俺だって舞踏会の認識は葉山が考えてるのと大差ない。うちの舞踏会なんて、そんなもんだ。
 だからといって、このイベントがクリスマスイブの夜に行われることを考慮しないわけにはいかないだろう。ツキ高生にとって舞踏会は代々、そういうイベントなのだ。葉山は普通の女子だが、自分が家中にいるとあっけらかんとしすぎている。こんなことを考えている俺を見たら流風はまた爆笑するのだろうが。

「……そういうお前は。あの従弟」
「漣? まさか高校生にもなってあたし相手ってことはないでしょ。学校でも人気みたいだし、引く手数多じゃない? あたしと舞踏会で踊ろうなんて男はあんたくらいしかいないんだから、あんたが他の子と踊ってる間は大人しくおいしいごはん食べることにします」

 そしてこの認識だ。甘いだろ、甘すぎる。
 ごはんもデザートもおいしいんだよねー、などとこいつは呆けているが、正直今から気が気じゃない。あのふざけた従弟が、ちょっかいかけないわけねえだろうが。
 なんていうかもう全体的に危ない。俺の周辺にいる奴全体的に敵な気がしてきた。
 バスの前を離れてやっと消えた眉間の皺がまた戻ってくる。

「……芹沢、妬いてんの?」

 葉山が、俺の眉間に指をあててぐりぐりと回すように触れる。俺の目を覗き込むように背伸びをして、今度はいつものように屈託なく笑う。

「……別に。明日は俺の隣固定なんだから今日くらい好きにしてろよ」
「思ってもないですって顔で言わないでよねー」

 葉山の指が俺の眉間をさらにぐりぐりと回す。それから手を放すと、背伸びもやめてしっかり俺の目を見た。

「ドレスありがとう。ちょっと身の丈に合わないけど、でも嬉しい。……明日は一日、エスコートよろしくお願いします」

 そう言ってぺこりと頭を下げた。感謝されることは俺も素直に嬉しい。

「んなかしこまらなくても、俺が好きでやってんだから」
「そうかもしれないけど、あたしは同じだけのもの返せないから。だからちゃんと、ありがとう、受け取らせてもらいます、って言わないとあたしのものになんないもん。そうじゃなきゃ芹沢とあたしはずっと上と下の関係になっちゃうでしょ? 無理かもしれないけど、せっかく付き合ってるんだからできるだけ対等でいたいの。対等に意見言えないんじゃ喧嘩だってできないじゃない?」

 葉山の目は、いつも真っ直ぐだ。そんな風に考えてくれているとは思わなかった。
 金があってなんだってしてやれる立場だから、そりゃ俺は上に立っていることになるんだろう。束縛だってなんだって、しようと思えばいくらでもできる。けれどそれは対等な関係じゃない。支配関係は、対等なものじゃない。俺があげたものを、葉山は確かに受け取った。それは、後で何があっても俺のせいにしないためだ。身の丈に合わないだの似合わないだの男に貢がせてるだの、陰口を言われる可能性だってある。そこで、芹沢大和が勝手にやったことだから、葉山ルミの意思はそこにはないから、と逃げてしまうのなら、信頼関係なんてないに等しい。葉山はちゃんと今これを受け取って、明日はこのドレスを自分のものとして着る。その点に責任を負うのだという。それだってきっと、葉山からしたらキツい背伸びのようなものなのかもしれないけれど、今まで考えたこともなかったその選択肢を思いついた葉山を、とても愛しいと思う。

「……俺、お前のそういうとこ好きだわ」

 なので、俺も臆せず言うことにする。
 葉山がそうやって考えてくれるのは、俺と付き合っていくためなんだと思うから、俺も遠慮しないで思ったことはすぐ言おうと思う。

「それ、言うと思った」

 葉山は自信満々でそんなこと言いやがる。腕を軽く引き寄せてその額に軽く口付けると、火が出そうな勢いで葉山の顔が真っ赤に染まった。

「赤い顔じゃドレス映えねえからやめろよ」
「う、うるさあいっ」

 真っ赤な顔をした葉山は俺の胸をどんと叩くと慌ててプレハブを出て行った。その反応に満足して、俺もマネキンを元あった場所に戻すと、プレハブを出る。
 三年間通って初めてこのイベントを楽しみだと思った。自分が心底好きになって付き合った女は葉山が初めてだから、こんな性格してるくせに年相応な感情を抱いているらしい。
 自分の図々しさに嘆息しつつも悪い気はしない。取りあえず見せるものは見せたから、明日に向けて仕事をしなければ。

 ――明日が楽しみだ。

 足取りも心なしか、軽い。




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2012.12.21(Fri) | きづき/ゆらぎ | cm(0) | tb(0) |

ゆらぎ  4



 合唱部の発表が終って、クラスに戻って片づけに向けた仕事をしていると、クラスの男子が慌てて教室に戻ってきた。
 しどろもどろなので要領を得なかったけれど、「屋上で芹沢が」という言葉はわかったので、誰よりも早くあたしは屋上に向かった。なんとなく、わかっていた。そこで何が起きているのか。

「っ………」

 扉を開いた先はすごいことになっていた。五人の男子――全員うちのクラスだ――が折り重なるように倒れていて、もう少しも反応しないそいつらを、芹沢が殴り続けている。芹沢の右手からもぽたぽた血が滴って、いつか見た時のようにべろんと皮がめくれてしまっているのがわかった。こんな芹沢を、あたしは初めて見た。怖いとかなんだとか言われているけど、あたしにはいつでもちょっとやな奴で、でも優しかった。怖いなんてことは一度もなかったのに、その姿は本当に“怖い”としか言いようがなくて、不覚にもあたしは震えてしまっていた。血だらけのクラスメイト、血だらけの芹沢。どっちを見ても、怖かった。
 あたしがその光景を見てすぐに空先生と安藤先生が屋上にやって来た。二人は芹沢をすぐ取り押さえて、倒れたクラスメイトの安否を確認していた。倒れているクラスメイトたちの向こうに、倒れた空き缶があった。その中からこぼれていたものが、問題だった。空先生も安藤先生も顔を見合わせて苦い顔をしていた。
 芹沢はというと平然と先生に連れて行かれていた。これからのことなんてあんまり気にしてないみたいだった。
 そのクラスの男子は全員、あたしの発表会の時間にクラスの出し物をサボった奴らで、芹沢の行動といい、偶然とは思えなかった。喧嘩を売られたのかもしれないし、何かしらあったのだろうとは思うけれどそれが何かはあたしにはわからないし、何かあったとしても、それがどうしてあの行動につながったのかというのは、解せない。
 クラスの出し物の片づけを終えると、後夜祭までの数時間、空きができる。みんなそれぞれ友達と喋ったり、部活のメンバーに会いに行ったり、まあ後夜祭は参加自由だから帰るひともいる。あたしはもやもやした気持ちを抱えたまま、とぼとぼと階段を下りた。クラスの男子たちは一応救急車で運ばれた。表向きは喧嘩ということで処理したらしい。喫煙者が出たとなると問題だからだ。殴られた方の親も警察沙汰は御免だろうし、芹沢は金払う気満々だし。今までもきっとそうやってうやむやにしてきたのだろうと思う。文化祭で盛り上がった生徒がちょっとしたことで喧嘩になって、やりすぎた、というシナリオで処理したらしい。という話を、空先生からちらりと聞いた。あたしは一番最初に屋上に行って、現場を見てしまったから教えてくれたようだ。
 あいつらは救急車で病院に行ったけれど、芹沢がどうなったのかは知らない。気になるけどあまり聞き出せる話題ではなかったから。あの怪我だと、一緒に病院に行っただろう。後夜祭もあれじゃあ出られそうにないだろうし。水城、きっとすごく心配しながら怒るんだろうなあ。
 ゆっくり階段を降り切ったところで、図ったかのように携帯が震えた。みんな後夜祭に行くからか、下駄箱の近くには人の影は見当たらない。薄暗くて広い場所にひとりというのは、なんだか不気味だ。急いで画面を確認すると、それは、まさかの、芹沢からのメール。



『保健室で待ってる』




(……いた)

 芹沢がいた。電気もつけないで、沈みかけの夕日のオレンジ色だけが注ぐ暗い部屋の中でひとり、机の上に傷ついた右腕を伸ばしている。保健の先生は不在らしい。

「……せりざわ?」

 恐る恐る声を掛けて部屋に入ると、芹沢はこっちに視線を向けて、「おう」と言った。あまりにもそれがいつもどおりで、なんだかさみしくなる。
 芹沢の目の前に椅子を持ってきて腰かけて、次に何を言おうか考える。声をかけるのを、いちいち躊躇ってしまう。どれが普段の芹沢なのか、わからない。

「……消毒、してもらってないの? 先生は?」

 近くにあった椅子を引き寄せて、芹沢の目の前に座る。
 芹沢はため息交じりに、無事な左手でがしがしと頭を掻いた。

「救急車に着いて行った。消毒は自分でできるっつったらいい人払いになった」
「なんでできないこと言うわけ? ……やったことないから、下手でいいなら、あたしやったげるけど」

 芹沢の利き手は右だ。左で上手くやるのは難しいだろうと思う。スポーツやってるから多少やったことはあるかもしれないけど、それでも絶対誰かに手伝ってもらってただろうし。必要ないなら断ればいい話だ。

「……頼む」

 芹沢は珍しく小さい声で、そういう。

(……『待ってる』なんて、小間使いほしかっただけじゃない)

 そんなことも思うけど、それはそれで芹沢らしいとも思う。素直に人を頼れない人なのかもしれない。
 あたし自身は普段怪我なんてしないし、したとしても小さい擦り傷や切り傷くらいだから絆創膏で大概事足りてしまう。包帯なんて使ったことないし、うまくできるかわからないけれど、こんな怪我の芹沢を放置しておいておくなんてできない。
 脱脂綿を水で浸して傷口を拭いて、それから消毒をする。消毒液を染み込ませた脱脂綿が傷口に触れると、沁みるのか痛そうに芹沢が顔を歪める。自業自得だ。消毒した傷口はじくじくと泡になっていた。
 芹沢も、あたしも、しゃべらなかった。ただただ保健室は静かなばっかりで、校舎にいた生徒のほとんどは帰ったか体育館へ行ってしまったようで、この校舎でこの部屋だけが取り残されたみたい。
 待ってる、なんてメールが来たから、少しだけ期待してしまった。実際はこうして介抱する人がほしかっただけなのだろうけれど、この芹沢が一番にあたしを頼ってくれて、素直に嬉しいと思う。
 怖い気持ちも確かにある。あんな風に人をぼろぼろにできてしまう芹沢は、怖い。でも、傷ついたこの右手の持ち主が、雨の日にあたしにタオルを貸してくれて、傘に入れてくれて、夏祭りに椿の簪をくれて、大変だったうちのクラスの喫茶店を手伝ってくれて、あたしの合唱部の発表を聞きに来てくれた。
 あたしにはわかんないよ、芹沢。気が付いたらあんたでドキドキすることばっかりなんだもん。
 慣れない手つきで包帯を巻く。包帯の巻き方はやっぱり芹沢が詳しいから、ひとつふたつアドバイスを受けて、その通りにしたら、なんとか形になった。
 包帯を巻き終えた拳を何度か握ったり開いたりを繰り返して、芹沢も大丈夫そうだと判断したらしい。

「……さんきゅ、葉山。助かった」
「別にいいよ。お粗末様でした」

 ありがとうを言うなら、あたしの方だ。この手の傷を、あたしが全く関係ないとは言わせないんだから。
 手当に使った道具を片づけながら、「あたしの方こそ、ありがとう」と呟く。恥ずかしくて、顔を見ることはできなかった。

「あ? なんで」
「合唱部、聞きに来てくれたでしょ。……だから、ありがと」

 芹沢が、いつからいてくれたのかはわからないけれど、芹沢はちゃんと来てくれた。
 本当はすこし悔いが残る。それを口にしたら、泣いてしまいそうだった。

「……綺麗に丸くおさめようとしてんじゃねえよ。俺はあんなんじゃ全然納得できねえし」
「っ、でも、最後歌えたし、芹沢にも一曲だけだけど聞いてもらえたし、満足だよ」
「嘘つくな」
「嘘じゃないよ!!」

 嘘じゃない。一曲だけでも舞台に立てた、って本当に救われた気持ちだった。息上がっちゃって、とても聞かせられるような代物じゃなかったけれど、頑張ってきた証を最後に少しだけでも出せて本当に本当によかった。芹沢がそれを聞いてくれていたのなら、もっと嬉しい。
 開演時間なのに教室から出られなくて、あの時間ずっと泣きそうだった。あたしが手を伸ばしたことだから頑張らなきゃ、って、そうして蓋をした。
 泣いて叫んでどうにかなるなら時間を戻してほしい。でもそれはできないことでしょう? 芹沢がいくらお金持ちだからってそれはできない。だから自分の心と折り合いをつけるしかない。
 自分に言い聞かせるように頭の中で何度もそう念じて、ぎゅっと目を閉じると、目じりから涙が染み出すのがわかった。悔しいけど、悲しいけど、でも、一曲だけでも歌えたんだから。そのたった一曲をあんたが聞いてくれたんだからそれでいいって言ってんじゃん馬鹿。ほんっと馬鹿!!
 あたしが泣いてるのがわかったのか、芹沢の空気がなんとなくおろおろし始めて、それがわかったらあたしも余計にとまらなくなって、声を噛み殺している間にぼろぼろと涙が零れるようになってしまっていた。こんなはずじゃなかったのに、正直すごく恥ずかしい。

「わ、悪い、泣かすつもりはなかった」
「わ、かってるよ、あたしも、ごめん」
「……流風に憧れるのは結構だが、なんでも抱え込むとこまで真似すんなよな」

 芹沢が、少し照れたようにそう言いながら、怪我をした右手であたしの左手を握る。包帯のざらざらした感触がわかる。そのまま手を離されて、包帯で拭うように目元に触れられた。一瞬驚いたけれど、目を開けるとすぐ傍で芹沢が笑っていた。

「……葉山が好きだ」
「……うん」

 その台詞はあまりに自然で、なんかもう、ドキドキすることも忘れていた。あんまり自然にそう言うから、涙交じりに笑うことしかできなかった。
 その言葉を期待してここに来たくせに。

「だから、流風連れてかなかった、悪い」
「……いいよ、水城にも聞いてほしかったけど、元々はあんた誘うためだったし」
「は!?」
「何かと流風流風って言うから、水城一緒じゃないと来てくれないのかと思って」

 芹沢は聞かれてもいないのに何だかんだとやたら水城を引き合いに出す。
 親友だからなんだろうとは思っていたし、文化祭ひとりで行動する人とも思えなかったから、水城とセットで誘えば来てくれると思ってた。
 実際はひとりで来てくれたんだからそれだけで十分嬉しかったんだけど。

「………あいつら殴ってくれてありがと。ちょっとスカッとした」
「腹立ったらセーブ効かなかった。迷惑かけたな」
「別に。あたしはちょっと話聞かれただけだし、あたしに関係してるなんて誰も思ってないよ」
「ならよかった」

 なんか告白しましたされましたとは縁遠い雰囲気になっちゃったけど、なんとなく分かってたしこれでいいのかも。
 あたしの頬に触れていた手を離して、芹沢は立ち上がる。

「帰ってちゃんと病院で診てもらいなよ」
「は? 何言ってんだ、これから体育館だろ」

 芹沢は、何を当然のことを、とでも言いたげに目を丸くしていた。驚きたいのはこっちだ。ていうかこの馬鹿何言ってんだろう。

「そんな怪我で出るの!? 後夜祭に!?」
「お前の憧れの王子様がこんな理由で出場辞退なんて、怒り狂うの目に見えてんだろうが」
「そりゃそうだけど、でも手動かせないでしょ?」
「十分程度ならいけんだろ。部活も引退してるし――っと」

 保健室の扉の前で、芹沢の携帯が鳴った。左手で難なく通話を始めると、漏れて聞こえる通話の相手はどうやら水城のようだった。遅いから急かしにきたのかも。

「あー悪ぃ悪ぃ、今行く。つーか伊賀奇平気かよ?」
『本番前にヘバるなんて許さねえっつーの、俺が。で? ヤマトお前怪我へーきなの?』
「何、バレてんの? 怪我は平気。今可愛い彼女に手当してもらったとこなんで」
『どさくさに紛れて惚気てんじゃねえよ。なんだ、じゃあ葉山もそこにいるんだ?』
「いるよ、もちろん」

 近くに立っていたから、会話がほとんど聞こえた。なんかもう全部バレてるんだと思うと今更ものすごくはずかしい。死にたい。
 真っ赤になった顔にぱたぱたと手で風を送っていると、芹沢があたしに携帯を差し出した。替われということらしい。
 恐る恐る携帯に耳を近づける。

『おめでとう、ヤマトの彼女サン?』
「ちゃ、茶化すのやめてよ水城っ」
『なんで。いーじゃん、俺ヤマトのことめっちゃ応援してたし。似合いだと思うし、何よりあのヤマトがベタ惚れだからなあ』
「は、はずかしいからそういうこと言わないでー!!」
『なるほど、これがリア充爆発しろ、って奴か。……それはそうとさ、葉山』

 水城の声色が変わった。ちょっと真剣そう。

『俺たちと後夜祭出ないか? 伊賀奇とツインボーカルで』
「……へ? え、あ、あたしが!? 無理! 無理無理ぜったい無理!!」
『実行委員には俺とヤマトと生徒会長サマでごり押ししてメンバー追加認めさせるし、曲も葉山も知ってるメジャーなのしかやらないからさ。ハモれとか言ってるわけじゃないから、やろうよ一緒に』

 慌てて芹沢の顔を見ると、流風と空先生が言い出したんだ、と呟いていた。
 戸惑って、でも嬉しくて、涙が出そう。

『よし、決まりな。せんせーも本番前の合わせくらいは一緒にやってくれるって言うから。早く音楽室来いよ』

 それだけ言って電話は切れた。電話を芹沢に返す。

「流風も空先生もやたらお前のこと気にしてたからな。あいつらの厚意と思って受け取れよ」
「で、でも、芹沢に、伊賀奇に、水城に、空先生に、ケレス先生って、壮大な五人組なんだけど……。あたしが中に入ったら大変な顰蹙じゃないかなあ……」
「あ? お前に文句なんか言わせるわけねぇだろ、俺がいんだから」

 芹沢がにっと笑って、左手であたしの肩を押す。芹沢の言葉は、聞いていて安心する。嘘じゃないってわかる。
 嬉しいやら恥ずかしいやらわけがわかんなくなってるけど、芹沢も水城も、あたしのことたくさん心配してくれてるんだ。それは本当に本当に嬉しい。

「うっし、じゃあ歌姫様の凱旋と参りますか!」
「やめてよねそういう恥ずかしいこと言うの」

 保健室を出る。数十分前ここに来た時とは、随分空気が変わったように感じる。
 胸のドキドキがまだおさまらない。タイミング逃して言えなかった、あたしも好き、って言葉が言えるのは一体いつになるだろう。



2012.12.13(Thu) | きづき/ゆらぎ | cm(0) | tb(0) |

きづき  5


 文化祭二日目、午後。俺はクラス出し物の衣装である袴姿のまま、ホールの一番上の隅の席に陣取って、ひとりでパンフレットを眺めていた。
 一時まであと五分ほど。合唱部の発表を聞きにきた奴らは、お世辞にも多いとは言わないがゼロではない。広いホールにはちらほらと生徒や保護者の姿が見える。そいつらは大体前の列に座っていて、こんな一番後ろに座っているのなんて俺くらいなもんだ。もっとギリギリになれば人も入るのかもしれない。運動部に比べると文化部の活動ってのは地味に見える。パンフレットを見る限り、大会やなんかで割と成績は残しているらしい。それでも学内ではマイナーな存在なのだろう、認知度の低さがうかがえる。
 舞台袖からはちらちらと合唱部の奴らが客席を覗いていた。客の入りが気になるのだろう。そんな気にしたってそう増えたりしねえよ、と思いながらまたパンフレットに目を落とす。曲目は全部で八曲。オープニング、一年部員、二年部員、三年部員、女子のみ、男子のみ、部内選抜、エンディング。一時間ホールを貸し切っているのだから、まあそんなもんだろう。このパンフレットを見て初めて気づいたが、葉山は部内選抜のメンバーに入っているらしい。選抜メンバーと言っても四名しかいない。男女混合で、全部で四名。つまり、部内のパート代表ということだろう。
 ここまで考えて、ブザーが鳴った。ナレーションが入り、客席の照明が落とされる。舞台がライトで輝く。ぞろぞろと出てくる合唱部員は男子も女子も白いベレー帽に白いケープを身に纏っている。これが文化祭での恒例らしい。部員たちは舞台いっぱいに三列に並ぶ。どうやら手前から一年、二年、三年という順らしい。三年の列には知った顔がいくつかあった。

(………ん?)

 一番知ってなきゃならん顔がない。葉山は女子の割に背が高いから、いればすぐ見つけられると思ったのだが、何度目を凝らしてもそれらしい顔は見当たらない。
 昨日のメイクのこともあるし、もしかしたら髪型も変えているのかもしれないとも思ったが、そうでもなさそうだ。となると、部員数はもっといて、これはオープニングのメンバーってことか。
 となると聞く意味もあまりないので、気を緩めた。三年部員の曲の時には出てくるだろう。それまでは気を抜いていいということなので、頭の中で後夜祭の曲を思い出す。流風ほどではないが、多少は練習した。あとは伊賀奇の体力の問題だが、流風のことだからきっとどうにかしただろう。空先生はピアノ元々できる人だし、うちの担任はあれで何でもこなすから心配はないだろうし。あれ、俺が一番不安材料じゃね? いやいや、俺だってやりゃできるだろ。実際それなりにやったんだし、それなりには。
 そんなことを考えていると、時間は驚くほど速く過ぎて、あっという間に三年部員の演目になった。今年最後の文化祭だから、あいつもそりゃあ気合いを入れていた。ぞろぞろと舞台に現れる三年の部員たち。そいつらを目で追い、おかしいと気づく。まだ葉山がいない。そんなことがあるだろうか。三年部員全員での演目なのに、あれだけ張り切ってた葉山がいないなんて。おかしいおかしいと思っていても曲は始まってしまって、そして数分で終わる。次の演目である女声合唱の曲にも葉山の姿はなかった。
 今日は登校はしていたはずだ。朝の準備の時にすれ違って、「今日の売り上げは絶対A組抜くからね!!」と豪語していたからよく覚えている。なら、途中で体調不良とか? でも、あれだけ張り切っていたのだから、あいつなら多少の熱を出しても舞台に立っただろう。怪我か? いや、そんな噂は全然流れていない。葉山がこの舞台を欠席しなければならないような事故が起きていれば、もっと噂が流れるはずだし、それが俺がこのホールに入ってからのことだったとしたなら、流風なり風哉なり、知り合いから何らかの連絡があったっておかしくない。それならば、何が。
 なんで俺が焦ってんだ。意味わかんねえ。落ち着くために息をつくと、男子部員の合唱が始まった。そこでホールの一番後ろの扉――俺のいる席のすぐ近くの扉が開いた。入ってきたのは数人の女生徒で、全員メイド服を身に纏っていた。

(C組の女子か?)

 見知った顔もあったので、それがC組の連中だということがわかる。葉山がここに来れないなら、それを一番知ってるのはC組の奴らなんじゃないのか? メイド服の女子たちは俺の席の少し前に座っている、他のクラスの女子と合流して席に着く。上演中なので声は控えているが、他のクラスの奴に状況を説明しているらしく、ほんの少し耳に入ってきた。

「男子がごっそりバックレちゃって、他の子もちょうどダンス部の発表とかあって抜けちゃってさ、ルミちゃんクラスから出られなくって」
「え、マジで? ルミちゃん可哀想……」
「空先生は行っていいって言ってくれてたんだけど、正直ルミちゃん抜けるとホール誰もいなくなるからキツくって。今さっき交代来たから急いで来たの」
「じゃあ選抜には出られるんだ。よかった、いやよくないけど」

 クラスの出し物?
 そんなもんのために、三年間の成果を無為にするつもりだったのか?
 俺には少しも理解できなくて、そいつらを睨むように見ていることしかできない。
 男子の合唱は程なくして終わり、すぐにまた次の演目に進む。次は、例の選抜メンバーの曲だ。袖から出てきたのは、まず男子がふたり。それから、女子がひとり、少し遅れて、葉山が現れた。おそらく走ってここまで来て、急いで着替えたのだろう。肩で息をしているように見える。全員同じ白の衣装に、葉山の緩く波打つ茶色い髪がよく映える。
 ピアノの音がホールに響いて、四人だけの歌が始まった。

「――――」

 正直、息が詰まった。葉山のこんな真剣な表情をこれまで見たことがなかったし、真剣そうなのに楽しそうな表情に目を奪われた。四人とも部内の各パートで一番上手い奴なんだというのはよくわかるが、それでもやはり、葉山の声はダイレクトに響いて聞こえた。さっきまで肩で息してた奴とは思えないほどの声量、さっきまでの曲がすっかり霞んでしまうほどの存在感。葉山はアルトのパートらしく、メインのメロディーではないけれど葉山の声が曲自体に深みを与えているのがよくわかる。曲自体を支えるように聞こえる歌声が耳に心地よく馴染む。これを、葉山はずっと練習していたのだろう。忙しい合間を縫って、クラスの出し物とも両立させて。今回だけじゃなく今までずっとだ。勉強と、バイトと、部活と、いろんなことにこいつは、一生懸命取り組んできたんだろう。この場に流風を連れてこなかったことを、俺は少しだけ、後悔した。下手な嫉妬に駆られたことを後悔した。葉山はきっと、流風にだからこそ聞かせたかったに違いないのに。流風に会うまで、全部には全力投球できなかった葉山を確かに変えたのは流風なのだ。
 綺麗な声がホールに響く。曲が終わった後の拍手はそれまでで一番大きなものだった。四人は一緒に頭を下げて、一度袖に下がる。葉山は胸に手を当てて深呼吸していたようで、袖に引っ込む寸前、一瞬目が合った気がした。本当は全部に出られなくて悔しかったはずなのに、葉山はにこりとやわらかい笑みをこちらに向けて、小さく手を振った。
 結局葉山が歌ったのは選抜の合唱と、エンディングの二曲。葉山が満足そうに笑うから、だからこそ俺は、「出られただけでもよかった」なんて葉山に思わせたのであろうそいつらを、許すことなんて絶対に、できない。





 合唱部の発表が終わってすぐ、俺はホールを離れた。葉山と顔を合わせる気になれなかった。流風を連れて行かなかった後ろめたさもあったし、あれだけ存在感のある歌声を聴いた後だから、いつものような軽口はきけそうになかったというのもある。
 後夜祭の準備が始まる時間までどうにか時間を潰そうと、屋上に向かう。クラスの片づけはクラスの奴らがやってくれるだろう。あれで割とやる時はやってくれる奴らだ。クラスの片づけ云々よりも、後夜祭に担任が出るなら最前列で応援! と余計なことに息巻いているのではないだろうか。
 重い鉄扉を押し開けると、隅の方で数人の男子が固まっているのがわかった。俺はすぐ反対の隅に向かったのだが、そいつらは扉が開いたことに驚いたようで、「やべえ!」と声をあげて一斉にこちらを見たようだった。ちらりと窺うと知った顔があったから、それが三年の集まりだということがすぐにわかる。そいつらは、「生徒でよかったー」「だから鍵どうにかしろっつったろ」「どうにかってどうだよ」とかごちゃごちゃしゃべりながら中央に置いた缶の中に何か捨てている。どうせ吸殻だ。教師も全員を監視はできないから、イベントごとの時に目を盗んでこういうことする奴はたまにいる。それは仕方ないことだと思う。

「チクられたらやべえからもう戻るか?」
「別に見られてねーだろ?」
「つーか戻っても葉山うっせえだけだろ」
「あー、あいつなあ」
「気が付くと委員長ヅラしてっから腹立つよなあ」
「悔しかったら可愛く生まれ変わって出直してこいって感じだな」
「昨日のあいつ見た? 頑張ってもしょうがねえくせにメイクしてやんの」
「うわマジで? 全然気づかんかった。メイクとか無駄すぎる」
「あいつ最近A組の水城とか芹沢と仲良いから何か勘違いしてんじゃねえの?」

 頭の中でばちんと音がするのに時間はかからなかった。拳の疼きにセーブをかけるのも、やめた。躊躇う理由を探すことも、やめた。俺は、俺がやりたいようにする。
 流風なんてどうだっていいだろ。流風がいるから何なんだよ、俺は俺が、やりたいようにする。数日前のあの時の流風の質問に、今なら俺は断言できる。あんな茶を濁したような返事はしない。


『……葉山のこと好きなんだろ、ヤマト』

 
 ああそうだ、そうだよ、悪いか。最近あの女のことしか考えてねえよ、だから何だ。ご存知の通り俺はあの女に惚れてるよ!!
 ぎり、と歯を食いしばって、頭の中でその質問に大声で答えるのと、くだらない話をしていたそいつらのうちの一人を渾身の力で殴るのはほとんど同時だった。
 そこからは、時間の感覚はほとんどない。相手は何で自分が殴られてんのかわかってないみたいだったが、俺の噂は知っていたようで、誰かが「芹沢だ!!」と叫んでいたような気がする。負ける気は少しもなかった。右手の皮がめくれても、そいつらの顔がボコボコになっても俺はやめなかった。相手の血やら涙やら鼻水やらが皮のめくれた部分に沁みて痛みもあったけれど、どうだってよかった。殴って、殴って、蹴って、踏んで、相手の反応がなくなっても俺はやめられなかった。
 鉄扉が開いたのには気づいていた。反応のない相手をまだ殴ろうとしているところを、俺は空先生と安藤先生に取り押さえられた。その後ろには、またメイド服に着替えた葉山の姿が見えた。

「大和!! 何やってんだよお前は!!!」
「……うっさいっスよ先生。そいつら神聖な学び舎の屋上で煙草吸ってたんで、シバいてやったんです」
「お前、……だからってやっていいことと悪いことがあんだろ。やりすぎだろこれは!! 死んだらどうするつもりだったんだよ!!」
「え、死んでないんスか。殺すつもりで殴ったんスけど」

 葉山の後ろにはもう一人いた。どうやらひとり逃げ延びて助けを呼びに行っていたらしい。そんなことにまで頭回ってなかった。取りあえず手ぇ痛い。
 葉山はメイド服姿のまま、小刻みにかたかた震えていた。可愛いと思った。俺にどんな言葉をかけたらいいのかわからない様子で、俺の様子をちらちら窺っては言葉をさがしているように見えた。
 空先生が倒れてる奴らの安否を確認して、どうやら全員失神してるだけだったらしい。俺は安藤先生に強い力で引っ張られ、屋上を後にした。



2012.06.27(Wed) | きづき/ゆらぎ | cm(0) | tb(0) |

きづき  4



「なんかごめんね、手伝ってもらっちゃって」
「本当だよなあ、クラス中から大顰蹙だった。主にうちのお姫様が」
「水城が? なんて?」
「わざわざ敵に塩を送るどころか助けて加勢する馬鹿がいるかぁあああ! ってな。文化祭ダルいとか言ってたくせにとことん体育会系だ、あいつ」
「水城はそのギャップが面白いよねー。いろいろ話してみるとさ、全然クールじゃないんだもん」

 文化祭も一日目が終わり、粗方の片付けを終えて生徒たちは下校する。
 流風は後夜祭の練習するとか言って伊賀奇を引っ張っていった。お前には肺活量も持久力も足りない、有酸素運動しろとか言ってたけど今日明日でどうにかなるもんじゃねぇだろそれ。とか思いつつ俺はその背を見送った。気が向いたら練習参加するとか適当なこと言っといた。
 で、制服に着替えてさて帰ろう(練習どうしたとかいうツッコミはなしだ)としたら、自販機で買ったアイスをふたつ持った葉山が和室までやって来た。一応労うつもりらしかったので、こうして話に乗っている。

「あ、後夜祭の練習しなくていいの? 水城やっぱり練習中でしょ」
「伊賀奇引きずってったからそうだろうなあ」
「何にでも全力投球だなあ、水城は」

 葉山は座布団の上に腰を下ろし、棒つきのアイスに齧りつく。確か葉山のはぶどうのシャーベットだ。俺は近くの壁に寄りかかって、同じくアイスを齧る。こっちはヨーグルト味だった。二本差し出され、どっちがいいと聞いてきたので、お前はどっちがいいんだと聞き返したら「あたしが食べたいのふたつ買ってきたからどっちでもいい!」と即答された。……いいけどな、別に。悩まれるよりは。
 窓の外はどんどん暗くなって、廊下からも人の気配がなくなっていく。なのに葉山は別に立ち去ろうとはせずに、黙々とアイスを食べている。不思議な気分でもあるし、気まずくもある。
 昼間、食堂から出て自分の頭を急速冷却した。馬鹿じゃねぇのか俺、さすがにもっと他に言葉あっただろう。
 流風なら、……流風ならきっと、もっと気楽に言えたんだろう。もっと早く気づいたんだろう。流風に憧れるわけではないが、そういう部分は正直に羨ましいと思う。
 あいつならなんて言うんだろう。考えても無駄なことだと分かっているのに、余計なことばかり考えてしまう。……馬鹿じゃねぇの、俺。

「A組も混んだんだよね、今日」
「お姫様大活躍でな」
「けどちゃんと男物着たんでしょ?」
「女子と一部男子が残念がってた」
「気持ちは分からなくもないけどさあ。そうだ、伊賀奇も結構馴染んでたんでしょ」
「頭の色がアレでなきゃかなり似合うと思うんだが」
「だよねー、アレはネックだと思うわあたしも」

 細さといいヒョロさといい、かなりそれっぽいんだが、伊賀奇は頭の色がアレだ。それを言うなら流風もかなり髪の色は明るいしそれっぽくはないのだが、文化祭なんてノリと勢いだ。ガキのテンションにそれっぽさなど関係ないとも言える。俺は午後はC組に化けてたこともあり、あまりクラスには関与しなかったが「忙しかった!!」という流風の愚痴を聞いて状況は大体分かっていたつもりだ。
 そう、ガキのお祭りなんてノリと勢いであって、イベントごとの雰囲気に中てられてしまえば細かいことなどどうでもいい。俺が口を滑らせて言い出したしょうもない台詞も、そうやって流してしまえば一応整理がつく。ああ、そうしよう。それが一番いい。口には出さず、ひとりでそう決める。自分でそう決めたら、あの時の葉山の真っ赤になった顔も見なかったことにできる。

 ――面倒くさい。
 その感情がぐるぐる回っている。面倒くさい。何が面倒なのか、そりゃ全部だろうが、何をそんなに面倒だと感じているんだろう。

「明日はちゃんとクラスの仕事頑張ってよね、芹沢! 後夜祭もあるんだし、水城の機嫌損ねるとまずいでしょ」
「あいつの機嫌は俺よりも伊賀奇で左右されるから関係ねぇよ」
「それでも、だよ」
「お前がいいって言うなら行く理由もないけどな。サボってる奴らは戻ってきたのか?」
「んー、まあ、そういうのはもう戦力外だと思うことにしたし。部活でーす、とか言われると追及できないしね。あたしも部活あるし、人の事言えないし」

 そいつらと葉山じゃ全然違うだろ。
 多分流風だってそう言う。でもやっぱり、声にすることはできない。
 葉山は、当たり前のことを当たり前に頑張っている。遅くまで部活に出て、勉強の質問を先生にして、それでいて文化祭もバイトもちゃんとしている。どこにでもいる普通の女子。でも当たり前のことをちゃんとできるから、それなのに周りをよく気にかけるから、他の女子より目を引く存在になっている。
 というこいつのことだから今ここにいるのもきっと、単に俺を労うとかそれだけの意味じゃなくて、何かあるんだろう。クラスの連中に余計な噂を立てられて困ってるとかな。これで手伝いに行ったのが流風ならきっと普通に感謝もされたのだろうが、俺の立ち位置じゃ中途半端で否定しても信じてもらえないとかそんなところだろうか。

「……悪かったな」
「は? 何が?」
「……なんでもねぇよ」

 窓の外が真っ暗になって、いい加減残ってる奴も少なそうだ。
 アイスはとっくに食べ終わって棒だけになっている。それは葉山も同じらしく、手に持ったまま座布団の上で何をするでもなくぼーっとしている。そろそろ帰った方がいい時間だろう。

「もう遅いから帰るか」
「あ、うん」

 近くに置いた鞄を持って、葉山がよろめきながら立ち上がった。と思ったらまたよろめいた。
 どっか具合でも悪いのかと思って手を貸そうと思ったが、

「……足しびれたぁ」

 とか言いやがるからやめた。雰囲気も何もない奴だな、本当に。

「正座してたわけでもねぇのに何で痺れんだよ」
「わかんないよそんなのっ」
「ったく、なってねぇんだよ。精進しやがれ」

 よたよたする葉山が歩いてくるのを待ちながら、俺は先に上履きを履いて電気のスイッチの前に立つ。
 もたつきながら葉山が上履きを履き終える。電気を消して外に出て、扉を閉めた。廊下の電気はまだ点いているから帰るのは簡単だ。携帯を開いて時刻を確認すると、なんだかんだでもう七時を回っている。道理で外も暗くなるわけだ。
 ボタンをいくつか操作して、電話を掛ける。数回のコールの後、電話の持ち主はすぐに通話に応じた。

「流風か? もう時間が時間だから帰れよ」
『ヤマトお前、伊賀奇のこのザマを見てもそれを言うのか……?』

 どうやら音楽室の伊賀奇は相当酷い状態らしい。酷い状態というのは奴の健康状態ではなく、流風の求めるレベルに追いついていないという意味ではあるが。

「知らねぇよ。葉山がまだ残ってんだ、お前駅の方に帰るんだろ。俺逆方向だから送ってやれよ」
『あ? ……そーゆーの、お前がすんじゃないの?』
「お前が残ってんのにする理由がねぇだろ。ホラ、校門にいるから十分以内に来いよ」

 話が長くなっても帰る時間が遅くなるばかりなのでそこで強引に電話を切った。
 葉山はきょとんとした顔で俺を見ている。

「流風まだ残ってっから、一緒に帰れよ」
「あ、……うん。あ、で、でも、練習してるんでしょ、大丈夫だよ、一人で帰れるしまだ他に残ってる人もいるだろうし」
「いいんだよ、キリのいいところで帰さねぇと流風はやりすぎるんだから」

 校門で待つと連絡した手前、こちらが先についていなければおかしい。
 葉山の前を歩いて、とりあえず昇降口まで向かう。たん、たん、と階段を下りる足音が二人分。葉山が何も言わないので、俺も何も言わなかった。

「芹沢が、」

 俺の後ろ、数段上から声が降って来る。振り返る。
 少し震えた声。少しだけ空いていた踊り場の窓から吹いてくる風が、葉山の長い髪をふわりふわりと揺らしていた。月の光を、茶色い髪が反射する。


「また、芹沢が、送るって言うかと、思ってた」


 目を見開いた。
 自分が何言ってんのか分かってんのか、この女。
 どくん、どくん、と珍しく心音が耳元で聞こえるかのようにうるさい。確かにどくどく自分の心臓が脈打ってるのがわかるのに、時間は止まっているかのように沈黙が留まり続けている。なかなか動き出さない。動き出せない。
 ――わかってる。
 俺も馬鹿じゃないし、葉山も致命的な馬鹿ではない。
 葉山が俺のことを見透かして、その上でカマかけてんだってことくらい、俺にもわかる。だがわかったところで俺にはどうしようもない。
 ……葉山のしでかすことは予想の斜め上を行く。ホント、飽きねぇなコイツといると。

「早く帰ってとっとと寝て明日に備えろよ。俺と無駄話してる場合じゃねぇだろ」

 なのに俺は後手に回る。
 向き合ったら負けだろ俺の場合。こいつと向き合ったら俺は芹沢に背を向けることになる。後ろ髪引かれる必要なくこいつと向き合うなら遊びじゃなきゃダメだ、でも、こいつと遊びで付き合うなんて俺が嫌だ。葉山は根は馬鹿正直で真面目なんだ、等身大の自分を知ってる奴だ、例えこいつがいいと言っても俺が嫌だ。
 だから絶対に、俺がこいつの手を取ることはない。
 葉山がたんたんと軽く階段を下りて、俺の隣に並んだ。

「それじゃあ芹沢くんの言葉通り、さっさと帰って明日に備えることにしようかな。楽しみにしてくれてるみたいだし?」
「そうそう、期待してっからホラ、もう帰んぞ」
「芹沢が来てくれるってことは、多分水城も来てくれるんだよね、尚更気合い入れないと」






 爪が手のひらに食い込む音を聞いた。
 




2011.01.05(Wed) | きづき/ゆらぎ | cm(0) | tb(0) |

ゆらぎ  3


 メイド服なんてバイトでいつも着てるんだから全然恥ずかしくないです。
 ええ、だって不特定多数に見られるってところは一緒なんだから、クラスの誰よりも華麗に着こなしますですよ。
 ひらひらのスカートにひらひらのエプロン。ひらひらのカチューシャ。ええもう着けなれてますとも。
 ファンデーション塗るくらいの薄いメイクはいつもしてるけど、アイメイクとかできるのもこういうイベントの時くらいだし、この前買ったアイシャドウもこの機会に試してみたり。
 うん、あたし全然恥ずかしくないよ☆

「……いやいやいや、そんなわけないっしょ」

 女子トイレの鏡に映った自分の姿を見て即セルフツッコミ。やっぱりバイト先で着るのと学校なんて場所で着るのとじゃ雲泥の差だ。バイト先はこの着用を義務付けられてるから、嫌でも着なきゃいけないわけで、白い目で見られたとしてもいくらでも言い訳ができるわけだ。しかしなんですかこの格好は。文化祭といえど校内をこんな服で闊歩しようものなら奇異の目で見られるはず……! あ、でも着ぐるみもどっかのクラスにはいるだろうし、女装とかもいるかもしれないし? ……いやいやいや、無駄な想像はやめなさいルミ。そりゃあ可愛い子がこれ着て歩いてれば、クラスも素材生かしてるなあくらいで済むだろうけど、あたしですよ……? 

「ルミー? どーかしたぁ?」

 ひょっこりあたしの後ろから鏡に映ったのはクラスメイトの茅。すらっと高身長な茅は頭は馬鹿だけどスタイルはいいので羨ましい限り。この服もしっかり着こなしてる。
 学力はね! あたしとどんぐりの背比べ状態だし、ね!

「茅ぁ、あたしやっぱ着替えた方がいいんじゃない!?」
「はァ!? なーに言ってんの、チョー似合ってるし! ベストドレッサー賞ってカンジ?」
「茅に褒められても全然嬉しくないんだよねあたしっ」
「ちょっとぉ、ナニそれぇ! ソラせんせーも似合うって言ってたよ、お腹抱えて笑いながらー!」
「やっぱり褒められてないじゃなーいっ!!」

 褒められたいわけじゃないけど、これはもう、なんていうか、衆人監視っていうか。
 もう文化祭始まっちゃってるしお客さんも入ってるみたいだから長々こんなところにいられるわけないんだけど。

「茅はいいなあ、頭馬鹿でも可愛いもんねー」
「なんなのよう、さっきカラ!」
「あたし茅みたいに可愛くないからなあ。トイレから出るのにもHP50000くらい使わないと」

 廊下を歩く人は今はまだ校内の生徒ばっかりだけど、後三十分もすれば外部の人もたくさん入ってくる。うわぁああああ、恥ずかしい……! こんな企画提案するんじゃなかったよもう!

「茅はちょっと離れて歩いてね、スタイルとか比べられたら悲しくなるから」
「ルミは卑屈になりスギ! 普通に全然可愛いしっ、ご指名バンバンだって!!」

 離れて歩いてって言ってるのに茅はあたしにべったりくっついて教室まで歩いた。
 廊下を歩く人にちらちら見られてる気がしてなんとも居たたまれない。自意識過剰かなあ?



 正午を回る頃、うちの喫茶店はなかなか盛況のようで人の入りも多かった。あたしも微力ながらばたばた教室を駆け回る。そろそろお腹も空いてくる頃だから、クラスの子をかわりばんこで休憩に行ってもらったりしてやりくりする。実を言うとあたしは実行委員ではないので指示は普通貰う側だ。でもって、この後合唱部の練習も十分くらいだけど入ってるから、と伝えると実行委員の女子は爽やかな笑顔で「じゃあ休憩行ってきていいよー」と言ってくれた。忙しいのにごめんね、と挨拶をしてから教室を出る。
 高校見学を兼ねた中学生の集団なんかもいて、すごく懐かしい気分になる。中学の頃かあ。ここの文化祭は来たことなかったなあ。初々しい中学生に、あたしのメイド服姿なんて申し訳ないものを晒しながら廊下を歩く。階段を下りようと角を曲がったところで、どん、と誰かに正面からぶつかった。

「うあっ、すみませんっ」

 思い切りその人の肩口に鼻をぶつけ、手で鼻をさすりながら頭を下げる。
 何だか珍しい服装。浴衣? 違うなあ、これは袴だ。

「その服装で何急いで走ってんだよ」

 袴といえばA組。
 でもってこの声は。

「うわ、芹沢だっ」
「うわ、って何だよ、うわ、って」
「いやだってこんなとこでぶつかると思ってないしさあ。あ、これA組の衣装だよね!! そっかそっか、A組は上の和室貸し切ってるんだっけ」

 準備しててギリギリになってから和室の方が雰囲気出るとかでごり押しして和室借りたって噂をちらりと聞いた。さすがはA組、横暴さに定評があります。(褒め言葉です)
 芹沢も特に否定する様子はなく、そういうこと、と相槌を打ってくれた。

「で? 今から休憩か?」
「そう。一時からちょっとだけ合唱部の練習あるから、それまでにご飯食べちゃわないと。芹沢は?」
「俺も休憩」
「へえ。水城一緒じゃないんだね」
「後夜祭出るからな。あいつ完璧主義だから教室篭って練習中」
「あー、そうだ、後夜祭出るんだっけ。100%話題掻っ攫うよねー」

 気づけば自然と一緒に階段を下りていた。うん、悪くないよねたまには。あたしの服装も和装の芹沢が一緒なら多少目立たなくなるだろうし。
 一階に下りると、芹沢が「何食うんだ?」と聞いてくる。外に出れば出店がいっぱいある。ま、時間が時間だからどこも混んでるけど。

「何? 買ってきてくれるの?」
「んな事言ってねぇだろ」
「うわ、優しくない。あんな人だかりに放り投げられたら合流できなくなるよ!」
「もっともらしいこと言いやがって、面倒なだけだろ葉山」

 芹沢はちょっとだけ睨むようにあたしの顔を見る。目が合うと、芹沢が何かに気づいたみたいに「あれ」と声を漏らした。でも特別何か言われるでもなく、芹沢は仕切り直すように咳払い。

「焼きそばとかでいいのか?」
「いやもうなんでもいいんだよ。全部おいしそうだし」
「野島のクラス、出店で闇鍋出してるらしいぞ。じゃあお前それで」
「ちょい待ちー!! それはOK出す生徒会役員揃い踏みのクラスだから無法地帯なだけでしょ!? 芹沢と同じのでいいから! あたし食堂で席とって待ってる!」

 闇鍋なんて妙なもの食べられるかっていう話です。芹沢の背中をぐいぐい押して人ごみに向かわせ、あたしは食堂に入って自販機の前でどれを買おうか悩む。
 この前のお返しでカフェオレでもいいかなあと思ったけど、お昼時だしってことで無難に烏龍茶にしておいた。
 多分歩きながら食べる人が多いんだろう。食堂は普段ほど混んでいない。長テーブルの一番端を陣取って、食料調達係の帰りを待つ。

「お前なあ、もうちょっと見つけやすいところ座れよ」
「あ、ごめん。そういうの失念してた」
「人に買わせといていいご身分ですこと」
「大変感謝しております、もちろんですっ」

 芹沢が小さな袋の中から、よく見るパックに詰められた焼きそばを二つ取り出す。片方をあたしに差しだしたので、遠慮なく受け取って、買ったばかりの冷たいお茶の缶を代わりに渡した。

「おう、悪ぃな」
「これくらいは当たり前でしょ? 貢いでもらえるお姫様じゃないしね、あたし」

 文化祭の焼きそばってあれだよね、海の家効果と同じものがあると思う。
 寧ろ慣れてない人が作ってる分海の家のよりおいしくないはずなのに、イベントごとだと思うとすごくおいしそうに見えるから不思議だ。イベント恐るべし。
 あたしの目の前に芹沢が着席し、割り箸を持って手を合わせて「いただきます」の挨拶。一口食べて、うんやっぱりおいしいなあと実感する。一年生のクラスが作ったものらしい。初めての文化祭だからきっと気合い入れたんだろうなあ。
 そしてあたしは男女の差というものに驚くわけです。芹沢が体育系の部活しててこの体格だからかもしれないけど、食べ終わるのがあっという間だった。見た目通りって言えばそうだけど、ミナトはこんなんじゃなかったし、水城もそこまで早くは無さそうだと思う。

「芹沢それだけで足りるの?」
「午前中いろいろ摘んだからな」
「闇鍋も?」
「あのクラスは勇敢で馬鹿な男子連中にウケてるらしい。流風も俺も聡明だから近づいてねぇよ」
「わ、可哀想。野島くんって水城追っかけ回してる子犬みたいな子でしょ? それと、関西弁の金髪くんと芹沢って仲良いんじゃなかった?」
「あいつらとじゃれるのと自分の命となんて秤にかけられるわけねぇだろ。俺も自分の胃の方が大事なんで」

 和服姿できっぱり言い切った芹沢は、お茶の缶に口をつけた。今にもお茶のCMのオファーがきそうなくらいハマっている。 
 そういえば、芹沢ってやっぱり和服似合うなあ。お祭りの時も思ったけど、着慣れてるからか着こなしてる感がすごい。

「男子の衣装全員分芹沢が貸してるの?」
「俺の成長に合わせて呉服屋が腐るほど送ってきてたからサイズも選び放題でな。全員に着せて宣伝させてる」
「和服も目引くもんねー」
「C組ほどじゃねぇだろ。その服、よくお似合いですよ葉山さん」
「何その言い方。嫌味ー?」

 とんでもない、と芹沢は笑いながら言う。その態度のどこが「とんでもない」だっていうのか。まったく、この芹沢大和さんは変に優しかったりツンツンしてたりあたしを馬鹿にしたりと忙しい。まあ、芹沢にとってあたしなんて、――? 単に水城の知り合いで、からかいがいのある奴ってだけ……だよね多分。それにしちゃ最近出くわす機会が多いけど、知り合いになったからよく目に入るようになっただけだろうし。

「C組は人入ってんのか?」

 芹沢に問われ、はっとして頷きを返す。

「忙しいんだけどねー、サボる奴もいるからてんてこまいよ。仕方ないのかなあとは思うけどね、出し物が出し物だから苦手な奴もいるだろうし。だから一応提案しちゃったあたしは頑張らないといかんわけ!」
「んな奴ぶん殴りゃいいだろ」
「あんたと一緒にしないでよね……」

 それができても溝ができるだけだ。こっちからはちゃんと説明したんだから、あとは相手の良心に賭けるしかない。それでもダメなら、同意を得られない提案をしたあたしが頑張るのは当たり前。ま、楽しいからあたしは全然構わないんだけどね。文化祭で忙しいなんてやりがいあるしいい事じゃない。最後の文化祭なんだし、思いっきり働かないと!
 そう自己完結で納得して、割り箸を置いてお茶を飲む。目を伏せてちびちびと缶の中身を飲むあたしを、芹沢は凝視している。うん、こればっかりは自意識過剰とかじゃないよね、見られてるよねあたし。

「……何、さっきから」
「……いや、なんか、いつもと雰囲気違う気ぃすっから、何かなと思って。喫茶店いる時とも何か違うだろ」

 頬杖をついて芹沢があたしを見る。
 う、……なんか、食べづらいっていうか、なんていうか。

「べ、べつに特別なんにも変わってないよ!!」
「そうか? そんなことないと思うんだけどな」
「変わってない! いつも通りっ! 髪型だって同じだし、服だって喫茶店と大して変わってないし、メイクもちょっと目元に色入れただけで他は変えてないし!」
「目元?」

 芹沢の目がよりじっとあたしの目を見ている。わ、あ、目合ってるよ、目ぇ合ってるー!!!! 緊張する……!!

「あー、そうか。それでか。目だな、目」
「へ? 目なの?」
「よく見りゃそうだな。あー、すっきりした」

 疑問が解消してよかったよかった。あたしはまだちょっと緊張してる。あんなにじっと目見られることなんて普段ないもん、しかも相手芹沢だしっ、緊張するのなんて当たり前じゃん、変じゃないよ。
 芹沢がまだあたしを見るので、あたしは焼きそばを食べ進めることができない。

「め、メイクとか許されるのってこういう時くらいじゃない! イベントだし! 仮装だし!」
「何だよいきなり。誰も聞いてねぇよ」
「先手を打ってんのー!」
「は? 何の」

 何のとは恐れ入ります、芹沢が今おそらく思ってることに決まってるじゃない!

「背伸びして慣れないことしてんじゃねーよとかっ」
「慣れてるとかそうじゃないとかは知らないけど、落とした方がいいとは思った」
「ほら! もうっ、いいじゃない別に、今日だけ許してもらえるんだし、試したかっただけなの!」
「別に似合わないっつってんじゃねぇよ。普段より色気あるから不味いだろ」

 ……ん?

「ご、ごめん、今聞き取れなかった」
「二回も言うかってんだよ、馬鹿」

 拗ねてるみたいに芹沢が言うから、あたしの顔は一気に真っ赤になった。い、意味分かんない!!!! このタイミングでその発言意味不明だからほんと!!!
 な、なんなの!? 芹沢ってなんなの!? あたしのこと馬鹿にしてるの!? そう思わないと心臓に悪くて困るよ本当に!!
 芹沢はどこか呆れたようにお茶を飲み干し、立ち上がった。

「一時から練習なんだろ、早く食わねぇと遅れるぞ」
「あ、う、うん」
「俺流風の様子見に行くから先に出る。お茶ごちそーさん」
「あ、あたしこそ、ごちそうさまです」

 和服姿の背が小さくなっていくのを見送る。もしかしたら、自分がいるとあたしが食べられないからって気を利かせたのかもしれない。
 もう、なんていうか、そういう問題じゃないよね。あいつ言葉選ばなすぎだよね。正直すぎっていうか、……いやいやいやいやいや、正直でも困るでしょあんな発言。
 なんていったらいいかなんてわかんないよ、そんなの。
 変にドキドキしてしまって喉を通りづらくなった焼きそばを無理矢理押し込んで、お茶も飲み干す。時計を見ると一時になる十分前。気持ちを切り替えるようにぴしゃりと両手で頬を叩いて、リハーサル場所であるホールへと向かった。




 練習を終えて急いで教室に戻ると、何だかがやがやと騒がしい。
 入り口に溜まっていた人を掻き分けて中に入ると、部屋の中央に一際背の高い黒い影が見える。そいつはうちのクラスの男用の制服を纏っていて、それで、優しい声色で「おかえりなさいませ、お嬢様」なんて言ってる。さっき拗ねた表情を見せたあの男と、同一人物なんてとても思えない。

「ルミちゃんっ」

 実行委員の女子があたしに駆け寄って、少しだけ嬉しそうに事の顛末を説明する。

「二十分くらい前に芹沢くんが来てね、人手足りてないなら手伝うって言ってくれたの! 男子って裏方はいるけど給仕係は全然いないじゃない? それで、一番サイズ大きい服着てもらったらぴったりだったから!」
「で、でも何で芹沢がいきなりっ」
「え? だってルミちゃんが約束とりつけたんでしょ?」
「ううん、そんな約束してないよ?」

 おかしいなあ、と彼女は首を傾げて、コーヒーのカップを運ぶ芹沢を見つめた。

「芹沢くんが言ったんだよ、“葉山が手伝えって言ってたから来た”って」
「そんなことあたし言って、」

 ……あれ、言った?
 でもあんなのただの冗談じゃない。
 夜の帰り道に付き合ってくれた芹沢に、言った、かもしれない。

『実行委員が稼ぎ頭なんて羨ましい。芹沢、あんた文系なんだからいっそうちのクラスで働いてよー!!』
『本気で言ってんなら考えといてやるよ』

 あんなの、ただの冗談だよ? 真に受けなくていいのに。
 芹沢は、変なとこよく覚えてるし、変なとこ気にするなあ、って思ってた。思ってたよ。着眼点おかしいなコイツ、って思ってた。
 けど多分、そうじゃないよね。着眼点がおかしいんじゃなくて、多分、あたしだから覚えてて、あたしだから気づいたんだ。
 ――あたしが知覚してるよりずっとずっとあたしはこの人に見られてるんだ。
 そう思うとまた心臓がどくどく早鐘を打ち始める。
 ふと視線を上げたちょうどその時に芹沢がこちらを見る。あたしを見つける。

「はーたーらーけ」
「は、はいっ」

 駆け寄って近づくと、やっぱり芹沢は呆れたみたいに笑う。
 ――芹沢は水城のこと気にしてたけど、あたしからすれば当然全く違う二人だ。
 芹沢の方が、なんていうんだろう、すぐに手を握れそうな気がする。そこにいる、って感じがする。
 だから嫌じゃない、かな。なんて思ったり。
 ……絶対顔赤いよ今あたし。変に思われなきゃいいけど。



2010.09.03(Fri) | きづき/ゆらぎ | cm(0) | tb(0) |

きづき  3



 基本的に、俺も流風も伊賀奇も文化祭の準備なんざする気はない。企画していろいろ準備してやっただけでもありがたいと思え、ということで実行まで持っていくのはクラスの連中だ。揃えるべきもんは揃ってんだから、あとは内装だの小物だのの準備ばかりだ。その辺は全員わかっているらしく、快く準備を引き受けていた。
 なので文化祭前日。一日まるまる準備に割けるこの日、俺と流風と伊賀奇はフリータイムっつーことになった。伊賀奇は予想通り新聞部の催し物の準備のため葉月に引きずられていき、流風は野島がバスケ部云々で呼びに来る前に、と参考書を抱えて屋上へと逃げていった。俺もそこに同席させてもらうことにして、流風に飲み物のひとつでも買って持っていってやることにした。
 各フロア、がやがやと祭の準備で忙しそうだ。本番は明日だってのに早々と浴衣だの着ぐるみだの着て回ってる奴もいる。浮かれすぎだろ。壁にはべたべたポスターが大量に貼られ、もはや無法地帯に近い。そんな騒がしい様子を横目に階段を下り、食堂で紙パックのジュースを二つ買う。ひとつは流風がよく飲んでるいちごミルク、後は少し迷って普通のカフェオレにした。小さなパックをふたつ持って、今度は屋上へ向かう。階段を上り、三階のフロアに差し掛かったところで、踊り場の壁にポスターを貼る影を発見。各階にいるもんなんだな、この係。そう思いながら通り過ぎようとすると、「あー!!」と思っても無い声が背中にかかった。

「……なんだよ」
「なんだよ、じゃないでしょ! 何っ、サボりなの!?」
「お前と一緒にすんな」
「あたしのどこがサボりに見えんのよっ」
「いや、お前ってサボり顔だから、つい」
「サボり顔ってどんなのよー!!」

 まあ、つまり、俺の目線の下でうごうごと怒っているのは葉山なわけだ。
 浮かれた奴らと違って葉山は制服のままで、階段にポスターを貼るという地道な作業に従事していたらしい。ご苦労なことだ。

「この忙しいのにサボりなんてよくないよ」
「だぁから、サボりじゃねぇっての」
「じゃあなんでこの時間にまったりジュースで休憩しようとかしてんのよ」
「あのなぁ、俺は実行委員で最低限必要なことはやってんだよ。企画も実質俺、衣装提供も俺、九割は貢献してんだろ」

 そう返してやれば、それは確かに、と言葉に詰まった様子で葉山が俺をじとりと睨む。葉山も多分企画とかいろいろやったんだろうが、クラスがクラスだ、諦めた方がいい。

「あたしはクラスの出し物の上に合唱部もあるのにぃ」
「そりゃ大変だな」
「なのになんで芹沢は部活にも顔出さないでまったりしてるわけー!?」
「俺部活はもう引退したんで」
「うるさぁいっ」

 葉山は合唱部だ、ということは引退ももう少し先なんだろう。
 何より文化系の部活って文化祭が目立つチャンスだからな、三年といえど手は抜けないってことか。そこが体育系とは違う。
 ぺたぺた壁にポスターを貼りながら、裏切り者、なんてお門違いも甚だしい台詞を吐きやがる。

「ま、せいぜい頑張れよ。部活のは聞きに行ってやらないでもないから」

 見るからに不機嫌そうな横顔を眺めながら、壁に寄りかかり、気まぐれにそう声を掛ける。
 ぱっと葉山の驚いた顔がこちらを向く。

「ほんと!? え、あ、でも、なんで!?」
「なんで、って……。別に、文化祭つってもそんな楽しむ予定ないし。暇つぶし」
「暇つぶし、かあ」
「そういうこと。じゃ、俺は放課後までゆっくりさせてもらうんで。お勤めごくろーさん」

 壁から背を離し、手にしていたカフェオレのパックを葉山に投げる。
 どうやら運動神経鈍いらしい葉山は(……いや、これくらいの受け渡しに運動神経関係ない気はするが)、ものすごく慌てながらもそれをキャッチした。

「え、あの、芹沢っ」
「要らねぇなら返せよ」
「いる! ありがとう!」
「はいはい、どーいたしまして」

 さっきまで不機嫌そうだった顔が、今度は嬉しそうに綻ぶ。大した会話してないし、大したモンでもないのに、なんでそこで百面相? 男同士なら普通に「おー、気ぃ利くじゃん」で済むやりとりが、鮮やかに見える。
 今度こそ屋上に向かうために階段に足をかけると、「芹沢」とまた声がする。

「今度は何だよ」
「あ、えっと、……文化祭、水城と回るの?」
「あ? 流風?」

 知らず爪が手のひらに食い込む。

「今日もこれから勉強するっつってたし。どうだろうな。まあ動く時は一緒かもしれないけど」
「そっか。合唱部見に来てくれるなら、二日目のお昼一時からだから是非ご一緒に! 席がガラガラなのは寂しいしね」

 付け足されたような説明に嫌気が差す。
 嫌気が差している自分も嫌になる。嫌になる資格があるとでも?
 どうにかなりたいと? どうにかしたいと?
 んなこと考えてる暇があるなら稽古のひとつもしろってんだ。ただ俺たちは、最低限の関わりを持ったにすぎない。
 そう、だから、この不愉快な気分は、行き場を失って、ただただじくじくと俺の手のひらに痛みを与える。

「……気が向いたら伝えとく」
「うん。これ、ありがとね。ごちそうさまです」
「おう」

 わかってる、もうわかってる。わかってるのにどうにもできるわけがない。
 一丁前に妬いてる自分が馬鹿みたいで、それでもアイツはきらきらした目で流風のことを話すから、不快な気分が消えることはない。
 まだ手に残るいちごミルクのパックが温くならないうちに、急いで階段を上った。




「おー、さんきゅヤマト。気ぃ利くじゃん」

 屋上では柵に寄りかかって、流風が参考書を開いていた。
 毎度その中身には感心させられる。書き込みしてあるくせにこいつの教科書だのノートだの参考書だのって見やすいんだ。多分何年もかけてこのスタイルに辿り着いたんだろうが、ここまでやりゃ成績トップクラスも当然だよなと納得する代物。見せてー、と言われてこれを見せられた日には女子なんかもう流風に近づけなくなるに違いない。
 いちごミルクのパックに流風がストローを指す。それから、隣に腰を下ろした俺を見て、首を傾げた。

「お前、コレだけ買ってきて自分の買わなかったのか?」
「あー、いや、」

 葉山にくれてやった、とは、言いたくなかった。

「大金持ちなもんでな、生憎小銭がその分しか無かった。だから一口寄越せ」
「なるほどな。よし、くれてやろう」

 納得してくれたらしい流風は俺にパックを差し出して笑う。俺も笑ってそいつを受け取ると一口啜って、流風の手に返した。独特の甘さが口の中に広がる。
 流風の参考書は化学のものだった。俺は文系脳のくせに理系にいるわけだから、化学や数学はとても流風レベルには追いつけない。他の教科だって流風よりできるもんなんてないんだが。とても熱心に本を読んでおいでの様子なので邪魔するのも憚られる。柵に寄りかかり、しばし携帯をいじる。でも連絡をする相手も特にいないので、そのまま閉じるとポケットに仕舞い、目を閉じる。
 いい天気だ。やることもないし、一眠りするのもいいかもしれない。
 校庭でも企画をやるクラスは下でがやがやとうるさいが、屋上にいる分には聞こえるノイズは小さいものだ。九月も半ば、いい風が吹く。眠るには絶好のコンディションといえる。隣で流風がページをめくる音だけが響いて、真面目に睡眠モードに入ろうとしたところで、

「……葉山のこと好きなんだろ、ヤマト」

 そんな声がした。ゆっくり、瞼が持ち上がっていく。
 流風は本に目を落としたままだった。だから俺もそのままでいた。

「何だよ突然」
「突然なもんかよ。……いいじゃねぇか、俺にくらい喋ったって」
「喋ることなんてねぇよ」

 へえ、と流風は零す。
 視線のずっと遠くを、雲が流れていくのが見える。

「……これ以上はどうにもなんねぇんだ。どうにもできねぇなら、このままでいい」
「……お前は家とかあるもんな。欲しいからって自分の立場蔑ろにしろとか言うほど俺は馬鹿じゃないし、ヤマトがしたいようにすりゃいい」

 自分から話振ってきたくせになんつー態度なんだ。意味がわからん。
 流風は自分で言ってすぐ笑い出した。

「いやいや、これはアレだ、いっつも俺ばっかからかわれんの癪じゃん。普段ヤマトでも俺を女の話ではからかえないだろ? 逆はできるってのが嬉しいんだよなあ」
「性格悪ぃなお前」
「それはそっくりそのまま熨斗つけてお前に返してやるっての」

 本がぱたんと閉じられる。
 そっか、葉山か。と流風が呟く声がする。

「一応王道質問してみようと思うんだけどさ、俺も葉山好きっつったら驚くの? 怒んの?」
「別に。驚くどころか納得するし、このままでいいんだから怒るわけないだろ」
「は? なんで納得?」
「あいつは、お前が努力の虫って知ってんだろ。お前も知られてるってわかってる。寧ろお前確実に葉山に好かれてると思うし」

 黙ってたって人気のある流風だ、内面で努力を欠かさないことを知れば、その好感度はより上がるだろう。羨ましいと思うわけじゃない、ただの事実だ。
 葉山は流風に好感を持っている。流風の内面を知っているから尚更。
 流風は、あー、と声を上げて苦笑して、がりがりと頭を掻いた。次に奴の口から零れ出たのは、

「そいつは嬉しい」

 という言葉。
 それから仕切り直すように息を吐いて、俺を見た。

「ま、だからってどうなるわけでもないんだよな。男友達として好かれてるならそれはそれでいいし、万が一恋愛感情でも、俺は今のところそういうの考えられないし」
「勉強が恋人ってか?」

 皮肉って言ったのに、流風は大真面目に頷いた。

「最短距離突っ走りたいんだ。で、最後にどや顔して戻ってくる」
「お前がそうやって執着すんの珍しいな。バスケだってずっとやってたのに結局高校でやめちまうんだろ」

 流風は高校でバスケをやめるつもりで、でもそれは、俺みたいに家があるから高校でバレーやめるのとは別の理由だ。小学校からずっと続けてきたのに、今になってそれを断ち切るという。夏休み前にそれを聞かされた野島の慌てっぷりは半端じゃなかった。あいつはあいつで、流風だけ目指してバスケやってた奴だから当然だろう。可愛がってきた後輩を振り切って、自分を作り上げたバスケを捨ててでも流風が目指したいと思うものは、何なんだろう。そこまでする価値のあるものなのか? そんなことも思ってしまう。
 俺がそう思っていることを知っているのかどうなのか。それでも流風は迷いなどない瞳で、バスケはいつでもできるしな、とか言う。体育大にでも進めばプロの道もきっとあるだろうに、そんなのはまるで考えてないと言い出しそうだ。

「ガキん時から夢っつーか、憧れてる人がいてさあ。バスケは元々その人に近づくための手段だったわけで、バスケでプロになりたかったわけじゃないんだ。今はいろいろあってちょっと軌道逸れたけど、でも大本は変わってない。ああなりたいと思ったからまずバスケ始めて、やりたいと思ったから勉強してる。そうしたいと思った時がタイミングで、そのタイミング以上に気持ちが乗る瞬間ってもう来ないと思う」
「どこのジジイだよお前。説教か?」
「そうだ、説教だ。――金持ちの坊ちゃんのくせにストイックなんてらしくねぇよヤマト。ってな、俺は思うわけで、葉山のことに限らずやりたいことした方がいいよやっぱ」

 流風は、やっぱりいつも馬鹿だ。
 さっきと言ってること違うし。馬鹿じゃねぇとか言っておきながらやっぱりただの馬鹿だ。しかし大真面目な馬鹿だ。

「……お前と俺じゃ全然違うっつーの、ばぁか」
「なんだよ、親友の忠告だろ?」

 考え方も、背負ってるものも、見てるものも、全部違う。なのにコイツは簡単にああしろこうしろと言ってのける。
 その馬鹿さ加減が俺は気に入っている。努力に裏打ちされた馬鹿っていうのも珍しいもんだ。懸命にやれば叶わないものはないって流風は本気で思っている。

「流風の言う事だから一応耳に入れといてやるか」
「……ヤマト、お前本っ気で性格悪いよな」
「生まれつきなもんで」
「校内放送でお前が葉山好きだって騒いでやる」
「やれるならやってみろよ、一番迷惑被るのは卒業まであと数ヶ月なのに学校に来られなくなる葉山だけどな」
「………やっぱ性格悪い」

 多分流風は俺を睨んでいる。でも俺はそんなの見ないで、寝転んだまま真っ直ぐ空を見た。雲ひとつ無い空だ、秋晴れってやつか。

「あー……」

 下らない話をしたら眠くなった。大口開けて欠伸をすると、隣で流風がいちごミルクを啜る音がした。
 そういや葉山はあれ、飲んだんだろうか。

『……文化祭、水城と回るの?』

 少し照れたような表情、声が少し小さくなって、言いよどんでいた。
 ゆっくり目を閉じる。

 ――悪い、葉山。

 結局流風に合唱部の話をすることはなかった。したくなかったから、しなかった。それだけのことなのにとても悪いことをしたように感じる。変な罪悪感がじくじくと左胸を蝕んでいた。



2010.08.28(Sat) | きづき/ゆらぎ | cm(0) | tb(0) |

ゆらぎ 2



「た、っ」

 助け舟になってないぃいいいいいいい!!!!

「なんだよ、続きは?」

 言えるもんですか、全然根本の解決になってない発言かましたくせに屋上でのんびりロンリーランチタイムなあんたに、「助け舟になってないんですけど今すぐ釈明してきてくれます?」なんてすごく言いたいけど言えるわけないじゃない。あたしはお昼ご飯として食べていた菓子パンを手にわなわなと震えながら、ロンリーランチタイム満喫中の芹沢を見下ろす。芹沢のお弁当っていつも和食でなんか、高級駅弁(?)みたい。……今のはすごく発想が貧困だったかも。忘れて欲しい。芹沢があまりにも悠々とお弁当を食べているものだから、あたしはそれ以上何も言えずに芹沢の隣に腰を下ろす。

「……芹沢が質問攻めに遭いそうな気がするんだけど」
「適当にかわす」
「あんな低レベルなからかい文句、ほっとけばよかったのに」
「ほっとけないくらいには俺もレベル低いんだよ」
「なるほど……」
「……納得していいのかよそこで」

 いや、何か筋が通ってた気がして。
 とも思ったけど、何か馬鹿にされてる感じだったのでそっぽを向いて黄色い菓子パンを頬張る。レモンメロンパンだ、レモンなのかメロンなのかどっちかにしたらいいのに、と思いながら買った、食堂のパン最新作。

「――けど、和装喫茶か。似合いそうだよね、水城も伊賀奇も」
「あいつらは似合わなくても客連れてくるからいいんだよ。万一似合わなかったら女子の着せりゃいいわけだし」
「何でも女装をオチに考えるのやめなさいよね……。水城の女装、苦手って子も結構いるんだから」
「へえ、そりゃいい話聞いたな」

 そのうちのひとりはあたくしなんですが。
 別に、似合わないとか嫌いとかじゃなくて、苦手なのだ。何でかってそりゃもちろん、男が女装してるのに女である自分よりずっと服も着こなして可愛くて綺麗なんて洒落にならない。それでいて開き直れば女として十分生きていけるほどサマになるなんて、あたしが女でいることが笑い話みたいだ。
 ってとこまでは当然言わないけれども。

「そりゃあね、水城は多分女だったとしても、勉強もバスケも頑張って頑張ってキラキラ光るような人なんだろうけどさ。でもやっぱり男だから今の水城があると思うわけよ」
「……異性だと三割増で見えるもんだからな」
「うーん、まあ確かに、同性だったら、自分も頑張ればああなれるかも! って思えるから憧れるのかもね。でも異性だったら流石になれないわけだし、男じゃなきゃ水城流風じゃないでしょ。女の服着てたって、男として着こなすから水城は人気があると思うわけ。そうやって生まれて、そうやって育ったからその人なの」

 芹沢の口許が、笑みを作った。
 ――へんなの。心がざわざわする。らしくないな、って今思った。どうしてだろう。

「なるほどな。お前がどんだけ流風のこと気に入ってんのかはよく分かったよ」
「だぁからっ、そんなんじゃないんだって! ほら、だからあたしさっき水城にからかわれても反論しなかったじゃない。芹沢の気遣いは無用ってことよ!」

 そう、無用だ。変な心配は無用。
 あたし、あんまりこいつに関わらない方がいいのかもしれない。この人の隣はなんとなく、落ち着かない。優しいけど、何言い出すかわからない危うさがある。
 複雑な気分を抱えながら芹沢を見ると、芹沢と目が合った。それから芹沢は、ぷっと吹き出す。なんてー顔だよ、と一言。複雑さが顔に出てしまっていたらしい。
 芹沢は、水城のことばかり口にする。水城の部活の後輩の、あの野島って子とはまた違った方向で、芹沢にとって水城ってコンプレックスみたいなものなのかもしれない。芹沢だって水城と同じように部活のキャプテンしてるし、成績だってそれなり、気にするところなんてないのに。 
 ……いえ、あたしは水城に憧れてますけどね。確かに。けど恋愛とは違った意味だってずっと思ってる。雑誌に載ってる、あるいはテレビの向こう側にいるアイドルを見るのと同じ感覚だと思ってる。そこを、芹沢はいちいちつついてくるのだ。だから、少し距離を置きたくなる。
 あたしってそんなに水城のこと好きなように見えるのかなあ。そうでもないと思うんだけどなあ。ていうか、そんなに他人にバレバレだったら水城にもバレてるってこと? うわあ、すごい恥ずかしい人じゃないあたし。

「わかった、もう流風のことでちょっかい出したりしねぇよ」

 はいはい、と呆れたように手を上げて芹沢は言う。
 片付けたお弁当箱を持って、屋上を出るために扉に手をかけた。

「……流風以外のことでからかわれたりすんなよ」
「は? ……からかってんのはあんたでしょ、何言ってんの?」
「……そりゃそーだ」

 古びた鉄扉が音を立てて開き、ぎぃいい、と危なっかしい音を立てて閉まる。
 芹沢の考えてることは、全くわからない。






 文化祭を三日後に控えた日の放課後。ちゃくちゃくと教室の準備を進めていると、仕事の合間だからと空先生が顔を出した。
 メイドと執事を使うってことで教室の装飾にも力が入る。うん、チームワークもばっちりって感じだ。
 
「お、準備進んでんなー! みんなすっげーコスプレっぷりで嬉しいぜ!!」
「何言ってんですか、空先生もこれ着て宣伝するんですからね」

 教室では半分の人員が衣装合わせ、残る半分が美術に当たっている。
 当日は何回かに時間を分けてローテーションで回すことになっている。だから衣装はホール担当の全員分なくてもいいってわけだ。一応サイズの種類はそろえておいたけど。ホールに当たらない、今美術に当たってる面子は当日裏方。調理に回るってわけ。こういうのは毎年やってるし、去年今年と空先生のクラスだから気合いも入る。
 あたしは衣装合わせに付き合いながら、顔を出す空先生に、装飾を施した黒の背広を見せた。

「先生なんだかんだで当日学校中動きそうだから、一番宣伝に使える! ってね。茅と一緒に頑張ったんだから!」
「ホントはメイド服着せたかったんだケド、仕方ないから『キョーシとしてのメンツ』も立ててあげたの!」
「思いとどまってくれてありがてぇなー! うん、こんくらいなら着て動き回っても後でチクチク言われたりしないだろ。おっけ、俺宣伝すっから!」

 うしっ、とガッツポーズをする先生を見て、教室中からぱちぱちと拍手が起こる。
 うーん、うちのクラスはこういうのがいいのよねー。こういうイベントに消極的な奴もいるにはいるけど、迷惑かけないならそれでいいし。
 先生は教室をぐるりと見回して、美術も凝ってんなー、と声を上げた。

「それで、空先生? A組ってどんな感じか聞いてたりする?」
「それがよー……」

 空先生は教員なので、職員室で耳をそばだてることができる。A組は理系クラスだから空先生が担当する教科はないけれど、選択科目の時間にA組の連中に会うことはある。
 空先生が口を開くと、メイド服や背広を着た面々がずらり先生を囲んだ。まるで集団リンチだ。

「何の準備もしてねぇみたいなんだよな……」

 やっぱりか。
 クラスの皆もある程度予想はしていたらしく、肩を落とす。
 そりゃあ提供する食べ物の準備とかはしてるだろうけど、あのクラスはトップがトップだ、自然と淡白になっているんだろう。衣装勝負人勝負、いやむしろ顔勝負みたいなところがあるから、悠々と構えているに違いない。想像するだけで腹が立つ。魔王とその配下、みたいな構図が目に浮かぶ。クラスメイトのみんなもあたしと同じこと考えてるに違いない。

「なんだよ! 流風だって去年まではわーわーぎゃーぎゃー学生らしく騒いで反発しまくってたじゃんか! なんだよ毒されやがって! もうこうなったらA組から誰か引き抜くか、」
「か?」

 或いは、というニュアンスを空先生が出したので、更に問いかける。

「アンドゥーをA組に投入して一気に普通の文化祭にしてやるか、どっちかしかねぇな……」
「誰が学生時代に思い出のひとつも作らず卒業した可哀想な男だって……?」
「あ、アンドゥー! いつからそこに……!!」

 入り口からすさまじいオーラを発しながらこちらを睨みつけているのは安藤先生だった。
 ……ていうか、何故そこまで自虐ネタを盛り込んだのだろう。空先生もそこまで言ってないのに。

「学年会すっぽかして何やってんですか……。ったく、いつの間にか俺空先生専門みたいになってるし」
「ほーかほーか、アンドゥーは俺専用セバスチャンなわけだな。いよし、ご主人様の命に従って文化祭はA組に生徒として潜入せよ!」
「イエス、マイロード……ってやるかアホ!!!」

 そこまでノった安藤先生はもしかすると満更じゃないのかもしれない。お決まりの二人の漫才じみた掛け合いにクラス中がドン引きだ。まあドン引きもいつものことだし、この二人そういう空気一切気にしないし。

「それはともかく、お前らきっちり準備して楽しめよー! 俺が高三の頃なんて勉強勉強で文化祭どころじゃなかったからな! お前らは俺がちゃんと全員エスカレーター乗っけてやっからよ!」

 安藤先生に襟首をつかまれ、会議へと連行される空先生はぐっと右手の親指を立ててC組全員に合図した。その一言で、あたし含めクラス中の馬鹿が救われた気分だ。うん、先生信じて文化祭頑張る……! それと、安藤先生本当にA組介入してくれないかなあ。一気に平均染みた感じになるA組は滑稽な気が、ああ、でも安藤先生って意外と同情票に似た人気が絶大なのよね。それは怖い。
 さて嵐も去ったところで作業に戻ろうとすると、そういえばもう文化祭も最後なんだよねー、と空先生の言葉を受けてかちらほら教室でそんな声が聞こえる。
 空先生は、付属大のある高校に通っていたらしい。でもそこには教育学部がないから、わざわざエスカレーターを蹴って自分で勉強して実家からこっちにひとりで出てきたのだと言う。それで国立大入るんだから、あたしたちと同じランクの馬鹿だとはクラスのみんなは誰も思っていない。自身がこの時期を勉強漬けで過ごしたからこそ、あたしたちには楽しんで欲しいという思いが伝わってくる。その気持ちにあたしたちは精一杯応えるべきだ。他のクラスからいっそ滑稽に見えるくらい頑張っちゃうんだから!
 A組の稼ぎ頭は水城と伊賀奇。伊賀奇の噂は聞かないけど、水城は最近いつにも増して勉強熱心みたいだし、外部も考えてるのかもしれない。そうよね、その頭なら生かさない方がおかしいし。
 
(――……芹沢は、)

 どうするのかな。いつも軽く笑ってるけど、本当は何を考えてるのかさっぱりわからない人。
 文化祭、楽しいのかな。どうなんだろう。
 自然とそう考えていた自分を、おかしいとは思わなかった。



2009.10.07(Wed) | きづき/ゆらぎ | cm(0) | tb(0) |

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