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軽石へちま

Author:軽石へちま
基本自キャラで凄まじく妄想してみる。
隠れ家なのでBLとか黒とか暗とか主。
キャラ崩壊必至。何とも思わないけども。
妄想についてこれる人だけどうぞ。

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Re:light ④



 その剣をスルタンから賜ったのは、砂漠の国に戻り、改宗をした直後のことだった。まだ両腕が機能していた頃の話である。
 
『その剣を身に着けているといい。いざとなれば使えるし、両刃の剣よりこの国では力がある』
『はあ、そうなんですか』

 その剣は、今までケイが使っていたものと比べると、変わった形をしていた。まず、細身だ。そして、長い刃は途中で緩く湾曲している。最大の特徴は、その先端が割れていることだ。先割れの湾刀。使えないことはなさそうだが、慣れるまでには練習といくらかの実践が必要になりそうだった。今腰に下がっている、使い慣れた両刃の剣にそっと触れて、いよいよこれを手放す時が来たのだと、ほんの少し後ろ暗い思いを抱いたことを覚えている。
 そんなケイの思考を見透かしたかのように、スルタンは笑った。

『いや、いいんだ。手に馴染んだものを使えばいいさ。言ったろう、“身に着けているといい”と。使うのはそれしか手元にない最悪の場合だけで十分だ。もっとも、君の腕ならその湾刀だけでも十分力を発揮してくれるだろうが』
『いえ、そんなことは。……では、新たにこれを提げて歩けと?』
『そうだ。君を騎士として認め、育てた剣を捨てるというのはあまりに忍びないだろうしね。それがあれば、まだ君を快く思わん宮殿の連中も、市井も味方につくだろうよ』

 使い慣れた剣ほどではないが、こちらもやはり重みはある。刀そのものの重みというよりは、歴史や思念の詰まった重みだ。刀身と、鞘にも彫りでの装飾が施されている。もしかすると、実戦用ではなく儀礼用のものなのかもしれない。

『スルタン、これは儀礼用の剣では』
『ああ、ここしばらくは実戦で使うことはなかったよ。代々ボクらが持っていたものだからね。でもその剣は、いずれ実戦で使ってこそ真価を発揮する』

 傍らに置いたグラスを手に取ると、中の赤い葡萄酒をスルタンはくいっと一気に呷る。

『その剣はボクの“総意”だ。どう受け取ってくれても、どう使ってくれても構わない。折ってくれても失くしてくれても構いやしないよ、剣に気負う必要もない。信仰を変えてまでこの国に尽くそうという君の意思に、力ばかりあるその剣を託す。ボクが宮殿で持っていても仕方ないものだからね』

 この剣が宮殿に代々伝わる、国の人間ならまず知らない者はいない伝説の刀剣である、ということを知るのは、もう少し後のことであった。





 結局飲み明かして眠った記憶もなく意識がなくなったのはおそらく明け方ごろで、目を覚ますともう陽が高く昇っていた。俺も立場わかってないなあ、などと思いながら水場で顔を洗っていると、砂嵐が来る、と遅れてやってきたケレスが呟いた。
 ケレスが砂漠の天候をほぼ正確に予測できるという話は前に聞いたことがあったので、特別驚きはしなかったが、今空を見上げてもその兆候はまるで見られない。相変わらずの暑さ、からりと空気が乾いた快晴だ。外套をばさりと羽織りながら、ふうん、と今一度空を見上げる。ケイ自身、砂漠という場所について詳しいわけではない。こちらに来てもう短くはない時間が過ぎているが、ここで生き抜いてきた者の意見をさらりと流してしまうほど愚かであるつもりもなかった。

「時間までわかるの?」
「夕方から夜にかけてだろうな、今ここを出たらしばらく戻るのは難しい」
「そうか。……まあ、行かざるを得ないんだけどさ。君とヒロ君がぶつかるなんて不毛な戦闘は見たくないよ。後片付け面倒そうだし」

 欠伸をしながら大きく伸びをして、眠気を空に飛ばす。
 これから夕方となるとそう時間は多くない。問題はどこに向かうか、だ。

「見当はつけてんのか」

 近くの木に背を預けながら、伏し目がちにケレスが問いかければ、ケイは少し考えて、そうだなあ、と笑った。
 急いで宮殿を飛び出したはいいが、正直情報は少なすぎる。だからといって第二、第三の犠牲が出るのを待つわけにはいかない。
 
「大規模な殺戮は今回が初めてだったとすると、元は個人の快楽犯だったのかもしれない。今回のは城下からの馬車だったのもあるし、被害の規模も規模だったからね、情報の回りが早かった。これが、行商人ひとりが殺されただけ、って事件だと俺たちの耳にはなかなか入ってこない。場所によっては誰にも気づかれない場合もあるし、誰かが気づいて回収したとしても、役人でもなければわざわざ宮殿に情報を上げたりしないからな。ケレス君は、最近この辺で他殺体を見たことは?」
「特別意識して死体なんざ見るかよ」
「注意力散漫だといつか足元掬われるよ」
「そこまで落ちてねえ、馬鹿にすんな」

 結局、この砂漠ではケレスたちだけに留まらず、盗賊と呼ばれる連中が幅をきかせている。それが隠れ蓑になっているのだ。あの惨状を見るに単独犯とは考えられないから、集団で馬車を襲い、中の奴隷達を気の赴くまま殺している。そこに至る前に、その集団は個々が殺人なりそれに準じたことをこの砂漠でやっているはずなのだ。砂の海にどれだけ死体が増えたところで役人は動かない、やりたい放題できることがわかって、調子に乗っているといったところだろうか。ケイが宮殿を出たことで、表立った捜査は宮殿の方ではまだ何もしていないだろう。宮殿からの命がなければ、この近辺の町に常駐する役人も動かない。追っ手のない、この空白の時間で犯人は味をしめているだろう。となれば、都合のいい標的が現れれば近いうちに必ず行動を起こす。
 都合のいい標的が、高確率で出入りするであろう町。ケイはそこまで考えて、ちらりとケレスを見やった。視線に気づいたのか、ケレスもまた横目でケイを見て、息をつく。

「港町だろうな」
「そうだな、同感だ」

 宮殿のあるオアシスは最大規模だが、首都のど真ん中であるため、役人も多い。好んでそんなリスクを負うことは考えにくい。ならば、荷の出入り、人間の出入りも多い町。単にオアシスの町なら人間の出入りは多いだろうが、荷馬車を用いた出入りが激しいのはやはり港からのルートだろう。これが終わって宮殿に戻ったら早急に整備に取り掛かるべきだ。
 
「ここから港町まではどれくらいかかる?」
「一般的なルートをとれば半日だな。お前の腕なら多少縮まるだろうが、それでも今からじゃ嵐に捕まる」
「君がそう言うならそうなんだろうな。……それで、一般的じゃないルートを取ると、どうにか嵐に捕まらずに町まで着けると?」
「馬の力による。でかい砂丘を速度落とさずに越えられればその分早くは着く」
「あいつは俺とセルセラの山を越えてきたんだ、どうってことない」

 ラシードとフィンブルヴェトの国境にそびえる山脈。あの山々を共に越えてきたのだから、砂丘のひとつやふたつは脅威ではない。
 問題があるとすればケイの左腕が足りないことくらいだが、そんなものは今は問題ではないし、馬も問題と捉えてはいまい。
 外套のフードをかぶると、こもるような熱気に思わず苦笑した。

「悪いけどケレス君、案内役頼めないかな」
「対価がねえと話にならねえな」
「対価?」

 うーん、と顎に手を当て、数秒悩んだケイは顔を上げると悪びれずに極上の笑顔を見せた。

「君の右眼を守ってあげるよ」
「宿代と酒代、あとは馬の餌代と手間賃まとめて後で請求してやる」
「うわ俺の提案無視だな!?」
「持ってった奴に守られるなんて笑い話があるか」
「名案だと思ったんだけど」
「全力で甘いんだよてめえの思考回路は」

 そう言ってケレスは近くに掛けてあったマントを手に取るとその肩に掛け、歩き出した。迷わずにその背を追う。
 さあ、出立だ。
 本当は、まだ頭の中がまとまりきらないで蟠っている。どうしたいのか、どうすればいいのか。
 スルタンの“総意”に応える行動を、とれるのだろうか。
 使い慣れた両刃の剣と、その傍に携えた湾刀の鞘同士ががちゃりとぶつかって、音を立てた。



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2014.01.31(Fri) | rebellion | cm(0) | tb(0) |

Re:light ③



「執政官殿はどちらに」
「はあ、今は休暇中です」
「……どうしても口を割るつもりはないのか」
「ですから、休暇中ってちゃんと割ってるでしょう。執政官殿は休暇中です、三四日帰らないと聞いています。お休みの日の行動までは聞いてません。ていうか、俺より余程立場が上なんですから、ご自分で本人なりスルタンなりに確認すればいいのではないかと思うのですが? 将軍閣下」

 ケイが首都を飛び出した二日後、執政官不在の執務室の前で、二人はそんな押し問答をしていた。かたや執政官であるケイの留守を任されたハイパー平兵士のシキと、渦中のお相手である将軍職のヒロである。将軍が訪ねてくることは予期していたとはいえ、慣れた相手ではないのでシキは内心冷や汗ものだったが、単に下手に出るだけ、という対処法はシキの性格上難しかった。そしてひとり心の中で呟く。とばっちりだちくしょうめ。
 望んでもいないのに側近まがいの扱いを受けているのがまずかった。これだけ近いのだから、シキがどの程度ケイのことをわかっているのか、それをヒロも見通しているのだろう。行先は教えられていなくても、ほぼ確実に推測はできるだろうと。ケイの行先は聞かされていない。これは本当だ。しかし確かに推測はできている。ケイは、砂漠へ向かったのだ。砂漠にいる盗賊に会いに行った。それが何を意味しているのか、ヒロに知れればどう思われるか、ケイがわかっていないはずはない。今この時にすることが好ましくないことも重々承知だろう。将軍が目くじらを立てるのも当たり前といえる。シキだって、止められるものなら止めたいのだから。

「状況は分かっているだろうな、君も」
「はあ、すんません下っ端なもんでぼんやりとしか理解してないんスけど」
「今の状況でなくとも、国の最高権力者である執政官殿が“側近も知らないどこか”へ行くことが褒められたことと言えるか」
「すんません、俺側近じゃないですし。だから休暇中って言いましたよね。休みなら、俺みたいなガキに言伝しにくいようなこともあるんじゃないスかね。わかんないスけど。俺下っ端だしガキだし側近じゃないし」

 分厚い扉に平気な顔で寄りかかれるのはシキくらいだ。他の兵士たちは皆、元騎士で元軍人の執政官サマに畏敬の念を抱いているようだった。そんな畏れるような相手ではないのに、とシキは思う。ケイは異教徒ではあったけれど、ここ数年のごたごたが落ち着いてからは改宗して中身もこの土地の人間になった。異教徒だったからといってもともとそこまで粘着的にこだわる土地柄ではないが、故郷では城に仕える騎士だったというのが幻想の原因だろう。騎士様がなんぼのもんだというのか。この国でもケイは馬に乗って駆けていたではないか。

「……で? 用事、なんなんですか? 必要があれば伝言しますけど」
「いや、結構だ。………戻ってくれば嫌でも結論が出る。世論も俺を支持するだろう」

 立派な捨て台詞を用意して踵を返した将軍の背中を眺めていると、シキの口からふと言葉が飛び出た。

「アンタは“執政官殿”を信じようと思ったことはないんスか」

 言おうと思ったわけではない。けれど出てしまったものは仕方なかった。自分でもぎょっとする。
 ヒロはやはり立ち止まって、振り返ると睨むようにこちらを見た。将軍閣下に凄まれて委縮しない兵士などいない。無論シキも一兵卒としてぶるりと身がすくみ上る思いだった。しかし、ただの兵士ではないハイパー平兵士のシキにはただ委縮するだけなんて、そんな殊勝なことはできないのであった。扉から背中を離して相手と対峙する。

「あの人が信じるに足る行動をとっていないだけだ」
「ならアンタはとってるとでも?」
「十分だろう。この国のために戦って死ぬ覚悟がある、それを国民も知っている」
「執政官殿にその覚悟がないとどうして思うんですか。第一、他の国からやって来て、慣れない土地で軍人やらされて、将軍までやった。アンタもそれは近くで見てるはずだ。引き上げられて政治やってる今でも、まあそりゃあ抜けたとこはある人だけど、剣振り回して馬で駆ける。砂漠が砂嵐だっつっても、遠くで何かありゃ駆けつける。なんやかやあったけど、元の信仰も捨てて改宗だってしただろう。盗賊とやりあって腕片方なくしたのはどうかと思うけど、それだってあの人の個人的な問題だ。本人がそれでいいっていうし、能力が激減したわけじゃないし、そもそもアンタらはあの人に文官になってほしいんだろう。上等じゃないか、目くじら立てるようなことじゃない。執政官殿がどれだけの覚悟を持って日々へらへら生きてんのか、アンタは少しの想像もできてないんだ。あの人が自分と同じ感情で動くのを当たり前だと思ってる」
「っ」

 ヒロがぐっと息を詰めた。殴られるかと思ったが、どうも動こうとはしない。

「まあ、ごもっともだとは思うし、俺だってアンタと同じ気持ちではあるよ。けどさ、アンタや俺と同じものさしではあの人はちゃんと測れない。だから俺やアンタは、あの人の中身を信じるしかないんだ。形にすることはたくさんやってるだろ。今の状況は褒められたモンじゃないけど、それだって自分が一番理解してる。今必要だからそうしたんだろう。何らかの形で答えは出しますよ、多分」
「……君は、言う割にあの人のことを理解しているようだ」
「違う。アンタが見ようとしてないだけだ。あの人は隠すってことをしようとしないから」

 シキが知っているのは、ケイが何も隠さないということだけだ。元々異国の騎士をしていて、この国に来てからの経歴なら知っているけれど、どうしてケイがその思いに至ったのかまで、詳しいことは知らない。そういう人間なんだと思うことにしている。開けっぴろげで、難しいことは考えていないように見えて、たまに仕事を抜け出して、自分のしたいようにしているし、けれど相手のしたいことも尊重している。無理なことは言わないし、そう主張すれば汲んでくれる。ケイは隠さない。あとはどう受け取るかの問題だ。
 今回のことも、休暇だというからには休暇を満喫して帰って来るのだろう。戻ってきたときには必ず執政官としての仕事を遂行する。

「……それでも、俺は今回のことを易々と見逃すわけにはいかない。これは俺だけの問題じゃない、奴隷達の命がかかっている。この国の基盤がかかっているといってもいい」

 若い将軍は崇高な決意のもと、真っ直ぐそう言った。将軍とはかくあるべきだ。ケイがヒロに一目置いているのも、こうしてしっかり芯が通った人間であることを分かっているからだろう。

「このままアンタがあの人をまるで理解しなければ大虐殺が起きるわけでしょう。それはそれで国政に関わると思いますけどねえ」
「賛否両論はあるだろうが、それが正義だ」
「賛否両論の否の皆さんを宥めすかすのは執政官殿のお仕事ですからね、この部屋の書類がどれだけ増えようと、主不在の日がどれだけ増えようと、アンタには関係ないってわけだ」

 シキの言葉に、ヒロは口角を上げた。これはまずかったかもしれない、とちらりと心の隅で思ったが、やはり出てしまったものを取り下げることはできなかった。ふん、と鼻で笑った後、ヒロが口を開く。

「そうだと言ったら? 俺は俺の仕事をする、彼は彼の仕事をする。結構なことじゃないか」

 さっきこの部屋に来たばかりの時とはいささか表情が変わっている気がした。割り切ったような顔だ。ヒロの言う『自分の仕事』とは盗賊たちを討伐することに他ならない。命を賭けてそれを遂行すること。悪を残らず刈り取ることで、自らの正義を遂行する。
 ケイとヒロが分かりあえないのは、下につく人間として困るのだ。ケイの奔走が徒労に終わることは一番あってはならない。

「執政官殿が何言っても聞かないってんですか。そんなの理性ある人間のすることじゃないっスよ」
「なら獣だと? ――軍師の好きそうな喩えだな、結構な褒め言葉だ。執政官殿にはぜひ居心地の良い檻を用意してもらいたいよ」

 アンタを囲う檻なんてどれだけの意味があるもんやら――と喉元まで出かかったが、それは飲み込んでおいた。自分とヒロとの喧嘩にするつもりなど少しもないのだから。
 幾分か晴れた表情で今度こそシキに背を向け廊下を歩き出したヒロが、数歩進んで足を止めた。何事かとシキも動かずにいたが、相手が振り返る様子もない。

「勘違いするな、俺は“理のある”上の決定には逆らわん。期日より前に動くつもりもない。だが筋が通らないのなら、お望み通り獣となってやろうじゃないか」
「執政官殿には超合金の特製檻と頑丈な錠を五万個ほど用意して待ち構えるよう伝言します」
「面白い。ぜひそうしてくれ」
「優秀な猛獣使いにもよろしくお伝えください」
「そうしておこう」

 ヒロのブーツの底が音を立てる。少しずつそれが遠ざかり、角を曲がってその背中が完全に見えなくなると、シキは急いでケイの執務室に飛び込んだ。心臓が早鐘を打っているのがわかる。ばんっ、と大きな音を立てて扉を閉め、内側から扉にもたれてずるずると座り込んだ。寿命が縮んだ。間違いなく二十年は縮んだ。殺されてもおかしくない状況だった。今生きてるのが奇跡だ。
 将軍は話があってここに来たのだ。先日のことがあったから、もしかしたら少し冷静になって話をしようとしたのかもしれない。それでも、ケイがここにいる確率は少ないこともわかっていただろうから、賭けのような感じでもあったろう。もしケイがこの場にいれば、わざわざ砂漠に行かずとも解決策を生み出せた可能性はあった。とても低い確率ではあっただろうが。
 なんでこういうときに出かけてるんだよアンタは。大きなため息をつきながら、もう一度あの言葉が口を突いて出た。

「とばっちりだ、ちくしょうめ」



2013.11.22(Fri) | rebellion | cm(0) | tb(0) |

Re:light ②



 暗がりの洞窟に、ぼんやり灯る頼りないランプの明かり。浮かび上がる金髪の盗賊の表情はいつも通り最悪のものだったので、ケイは安心して微笑んだ。

「――君に話があるんだ」






 来る途中で突風が吹き、彼らのアジトにたどり着いたのは深夜のこと、賢い愛馬のおかげでなんとか無事にたどり着くことができた。外套は砂まみれだが、乾いているので払えばなんとかなるだろう。馬は十分褒めてやって、外に繋いである。水と野菜はここにあるものを少し貰うことにした。馬を使うのだから最初から考えておかなければならなかったのに、ケイ自身余程急いていたのか、馬の食事のことをすっかり忘れてしまっていたのだ。これは大きな借りである。
 片腕で外套を脱ぐ。慣れるまで相当かかったが、今では腕をなくす前と同じように洋服の脱ぎ着はできるようになっていた。これを掛けるだけなら問題はないのだが、大きな外套の砂をしっかり落ちるように払うには、相当の力が必要だし、左右の方向で持ち上げないと、裾が地面に着いてしまって元も子もない。数度試したがどうしても裾が砂に突っ込んでしまうので、これはもう諦めるほかないだろうと思っていると、見かねたケレスが何も言わずケイの手から外套を奪い取り、ばさばさ数度大きく振って砂を落とした。ぞんざいに放られた外套を受け取ると、もう一度袖を通した。ありがとう、というケイの言葉に、ケレスからの反応はない。

「この前、馬車が襲われた事件があったんだけど、知ってるよな」

 盗賊の情報網を舐めているわけではない。特にケレスとヒサの二人組は、町の情報通でも得ていないような情報を元に仕事をしていたりする。今回のはそれなりの規模の事件だったから、まさか全く知らないことはないだろうという判断だった。
 ケレスは自分のグラスに瓶から酒を注ぎ、テーブルの上に瓶と空のグラスを置くとベッドの縁に腰かけた。適当な場所がないので、ケイはテーブルの目の前の椅子に腰かけることにした。
 ケレスはこちらを見ない。相手の性格からいって、肯定と受け取って間違いはないだろう。

「車を曳いていた馬は無事だった。少ないけど積み荷もあってね、それも無事だったんだ。ただ、乗っていた奴隷達と御者は殺された。酷い有様だった」

 フラッシュバックする現場の映像を散らすように、ケイは目を強く瞑って頭を振った。彼らの断末魔が聞こえるかのようだった。切断された腕や足が、砂に埋もれていく様もまた、やりきれなかった。
 奴隷達は人間だ。また、虐げられるべき存在でもない。ヒロが激怒する理由は大いにあるし、理解もできる。立場上などという冷めたものではない、人間として忘れてはならない感情だと思う。

「それで、誇り高き奴隷将軍が砂漠の平定に乗り出すと」
「奴隷将軍なんて呼び方は良くないな。……まあ、流石察しはいいねケレス君」
「誰だって見当くらいつく」

 ヒロは奴隷達の希望だ。どんな戦場も、国のために先陣を切って駆ける。何人、何十人、何百人の敵の首を刈り、必ず生きて帰る。国を生かすために、他を殺し、自分も生きて帰る。軍の長である者には一番必要で、一番難しい素養であるとケイは思う。幼い頃から戦場というものを教え込まれたあの体は、戦うために一番いい動きを知っている。将軍としてのヒロは、きっと負けないだろう。だから彼は将軍としての土俵にこの問題を持ち込みたいのだ。確実に成し遂げるためにはそれが一番だ。その圧倒的な武力でケイを圧倒するにも、それが最善というのもわかる。

「そう、将軍は殲滅作戦を提案してる。砂漠の盗賊たちを一掃するべきだってね。その考えが間違っているとは思わないけど、俺には頷くこともできない。――君を倒すべきだって思えないからなんだろうな」
「相変わらず全力で甘いな。寝首かかれてねえのが不思議だ」
「あはは、そうかな」

 甘いと言われることにはもう慣れた。別にケイは緩い仕事がしたいわけではない。今も昔も、守りたいものは確かにあったのだ。

「……異論はあるんだけど、それだけじゃ彼の決意を変えることはできない。俺が何を言ったところで、悪い方向にしか運ばない気がして」

 何を言っても、何をしても、彼女のためにならない気がしていた。
 言われるがまま国を離れたら、彼女の歩く道はいつの間にか茨の道になっていたようで、もう取り返しがつかなかった。その華奢な体を、彼女がケイを騎士として認めた剣で、串刺しにした。
 あんな悲劇を繰り返したくはないのに、どう足掻いても結末が透けて見えるようで、足が思うように動かない。

「好きにしろ。余計なことしやがった馬鹿は何度殺してやっても足りねえだろうが、同じ括りにいる以上煽りを受けるのは仕方ねえ」

 グラスに口を付けながら、ただ、と付け加えたケレスに、ケイは目を伏せた。ああ、そうだ。やっぱりだ。わかってる。

「それなりの覚悟をしてもらう。そうガキに伝えとけ」
「そう、だよな。タダで君の首が獲れるわけがない」

 ヒロがケレスたちのテリトリーに踏み込むのなら、相応の覚悟がなければならない。代わりにケレスも、ヒロが踏み込む以上は失う覚悟はするだろう。同じだけの奪う覚悟も持ち合わせて。その時何が起きるのか、ケイ自身はどんな覚悟をしていたらいいのか、わからなかった。ケレスが持ち合わせる覚悟と同等のものを、ヒロは用意できるだろうか。否、と思う。彼はまだ若い。奪うばかり、失うばかりの戦場ではそれが表裏一体のものだとまだ気づけていないに違いない。
 ケレスに狙われればヒロもただでは済まないだろう。ケレスは片目を失っている。全盛期ほどには動けないだろうが、それでもラシードでケレスの相手をできるのは今はケイかヒロしかいない。ケイは片腕を既に失っているため、ケレス同様動きはこれまでに劣る。つまり、ヒロという将軍を欠けばこの国の防衛力に関わる重大事に発展してくるのだ。それを、彼はどれほど理解しているだろうか。

「本当に他人のために動く奴なんざいねえ。俺は自分がやりたいようにやってるだけだ、そこに邪魔が入れば殺すことも大いにある、自分のためだ。それ以外に他にどんな大義名分が要る」

 ケイはその言葉に、静かに耳を傾けるだけだった。
 けして同意も流されることもないけれど、それは真実だと分かっている。
 ケレスの言葉は、ケレスの正義だ。そこに踏み入る者を彼は決して許しはしないだろう。ケイにも、自分なりの正義がある。ケレスの正義とケイの正義は今のところ交わることはないから、あれ以上戦わずに済んでいるのだ。ただ今、ケレスの正義とヒロの正義は真っ向から対立している。そうなったらどちらも剣を抜くことを躊躇いはしないだろう。ケレスにとって、ほかの誰かの正義は知ったことではないけれど、自分の正義を踏み荒すというのなら害悪でしかない。ヒロにとってはおそらく、自分の掲げる絶対的な正義以外はすべて悪だろう。
 別の正義は悪ではない。ケイはそれを知っているし、ケレスももちろんわかっている。ゆっくり噛み砕いて説明してやる暇はないから叩き斬ることで教えてやるだけで。

「……君の世界には君ひとりしかいないんだね。だから強いんだ」

 ケイにはそのように感じられた。寂しそうには見えないのが不思議だった。
 捕らわれるものさえなければ、とケイ自身思う。過去も立場も、何もなければ。空想はするけれど、それでもきっと、ケレスを同じ考えに至ることはないだろう。過去があって、立場があって、命をかけて守りたい誰かがいて、それをすべて自分のためと言い切ってしまうにはまだまだ弱いのだ。誰かのためと放り投げるのは簡単だ、自分のためと抱え込むのは剣を飲み込むほどの痛みを伴うだろう。
 宮殿を出る前にシキが言った、盗賊への憧れとは、この感情のことだろうか。憧れとも、嫉妬とも、羨望とも、どれとも呼べない、複雑な感情。
 その徹底された強さに、魅かれてしまう者もいるに違いない。ああ、いたのだ。確実にひとり、いた。保ち続けることができずに途中で心をこわしてしまった、強さに憧れていた少年がいた。

「……あんまり若い子にはさ、君の考え方は強烈すぎるんだよ。自分が特殊だって理解してる?」
「あ?」
「ルカ君が言ってたなと思ってさ。シンゴ君は君に鍛錬の相手をしてもらってたって。確かにあの子の強さは君に似てるところがあった」
「あれは強いって言わねえ」

 じゃあ何だよ、と問いかけると、痩せ我慢、と実に強烈な反応が返ってきた。

「あの子はあの子なりに、生死についてわからないなりに自分の中の道徳観や倫理観と戦わせてみたんだろう。君の持論が彼に答えを与えて、それに納得したのなら、やっぱりあの子は君の強さを引き継いでるんだよ」 

 ならばあの少年も見たのだろうか。この絶対の強さをもつ盗賊と、同じ景色を。
 その強さを身につけたなら、どんな景色が見えるのだろうか。
 くだらねえ、と吐き捨てて新しく酒を注ぐために立ち上がった相手を見る。顔の左側についた傷。これをつけたのは紛れもなく自分だ。

「俺にはきっと無理だろうけどさ。一度でいいから君と同じ景色が見てみたいな」
「お前みたいな甘い奴の見てるモンなんざ見たくねえ」
「俺のことはいいんだよ、ていうか見たくないとか酷いなあ!」

 ふっと口角を上げて笑ったケレスが、ケイの目の前の空のグラスにも酒を注いだ。それから自分のグラスも酒で満たす。

「飲んでいいってことは、今日は泊まってっていいんだ?」
「帰れっつったら帰んのか」
「四日ほど休み作ったんだよなあ、実は」
「大層なご身分だな」

 がちりとグラスを合わせると、ランプの炎が揺らめいた。更ける夜の洞窟で、明け方まで何やかやとくだらない話をした。
 けれど肝心の問題は解決してはいないのだ。時間もない。
 ヒロの正義とケレスの正義がぶつかって争いが大きくなるのなら、それを回避することができるのは、ケイの正義でしかない。スルタンも言いたいのはそんなことだったはずだ。

(――夜が明けてしまう)

 時間が少しずつ減っていく。もっと考えたいことがあるのに。
 ヒロとも、ケレスとも違う、自分の思う形が必ずあるのに、

『あんたがあたし以外の騎士になるなんて認めないんだから』

『あたしはこの国を必ず継ぐわ。必ず、平和で素敵な国を作って治めてみせる』

『だからあんたは、あたしに誓いを立てなさい。あたしに仕え、あたしのために戦って。――ケイ』

 笑顔の彼女がそう言って串刺しになるから、どうしてもそれを簡単に言葉にすることはできそうになかった。



2013.11.13(Wed) | rebellion | cm(0) | tb(0) |

Re:light ①





「――積み荷目当てではなかったと」
「あれはもう、奴隷たちを殺すことに主眼をおいていたとしか考えられません。馬車は数キロ離れた地点で行商人によって保護されています。積み荷として少しだけ乗せていた食糧の類には一切手をつけられていませんでした。馬も無傷で、――人間を殺すためだけにあの馬車は襲われたのです」

 砂漠の国、ラシードの首都、レルアバード。この地を治めるスルタンの住まう宮殿は、緊張感に包まれていた。
 戦さえなければ温厚である若き将軍、ヒロが珍しく殺気を散らしながら宮殿を歩く、その様子だけで周囲の兵士たちは恐れおののいた。殺気だけで人を殺せそうな勢いというのは大変なものである。ヒロの傍で話を聞いていたケイの脳裏に、金髪の盗賊の姿がちらりと過ぎった。
 報せを受け取ったのは今日の明け方のことだった。寝ずの番をしていた兵士がばたばたと城内を駆け、馬車が何者かの襲撃に遭ったらしいと報告しに来た。それだけなら別段珍しいことでもなく、積み荷が盗賊に奪われることもしばしばあったため、このように深夜に叩き起こされることなどまずない。問題なのは、ケイよりも先にその報せをヒロが受け取っていたことであった。彼は戦争孤児で、戦争奴隷でもあった。前任の近衛将軍に奴隷市場で買われ、スルタンの近衛兵になり、天性の武の才で戦功を立てて将軍の地位にまでのし上がった、いわば奴隷たちにとっての英雄的な立場である。普段はその片鱗すら見せないが、戦の時はケイであっても手がつけられないほどよく暴れる。そんな生い立ちの彼が、無残に奴隷たちが殺されたという報せに憤慨しないはずはなく、戦という仕事であれだけの損害を相手に与えることのできるヒロが、個人的な怒りで得物を振るえばどうなるか、容易に想像がつきそうで、ケイには結末が見えなかった。ただ、良い方向に転じることだけはありえないだろうと、寝起きの頭で手早く着替えると自らも馬に跨って現場へと急いだ。
 現場は死臭漂う凄惨なもので、その様子を見れば、今ヒロが言ったような背景があるのは明白だった。犯人は、人間を殺すためだけにこの馬車を襲った。馬や、ほんの少しの積み荷は無事だった。もともとこの件がすぐに発覚したのは馬が無事だったためだ。数キロ離れた地点で行商人が保護し、近くのオアシスまで連れて行き、そのオアシスから首都まで鳩を飛ばした。馬車はもともと首都からそのオアシスに向かう予定だったもので、その町から首都へ鳩が飛ばされた。多少の時間は経っていたが、広大な砂漠でこれだけ迅速に動けることはめったにない。十数人の奴隷達と、御者はみな無残に殺害されていた。首が刎ねられているもの、腕や足のないもの、目の抉られているもの、数人の女の奴隷は陵辱ののち殺されたのであろう。惨い、とも、可哀想に、とも、どんな言葉も選べはしなかった。それはヒロも同じようではあったが、彼の背中だけは怒りを雄弁に語っていた。
 首都に戻ってすぐに、宮殿にいるスルタンに跪き、事の説明を行った。あまり興味がなさそうに目を伏せるスルタンに、ヒロは畳みかけるように続ける。

「ついては、早急に砂漠地帯に蔓延る盗賊たちを殲滅すべきかと」
「……ヒロ君、飛躍しすぎだ」

 あまりに思い切った将軍の発言に、隣で同じように跪いていたケイは慌てて水を差す。言いかねないこととは思っていたが、本当に言い出すとは。
 ヒロは不愉快さを表情全面に押し出して、ケイを睨みつける。

「どこがですか。順当な判断です」
「まだあれが盗賊の仕業かどうかもわからない」
「はあ? 貴方ついに狂いましたか? あれだけのことをする、そんな集団が盗賊でない可能性を考えられるなんてとんだ冴えた頭ですね!」
「積み荷は奪われていない。単発の愉快犯である可能性もある」
「それは否定できません。なら執政官殿には、犯人が盗賊でない可能性を否定できる根拠をお持ちで? それでなくとも盗賊には散々砂漠を荒らされているんですから、この機会に殲滅しておくのが妥当です。今回の犯人がその中にいればなお良し、いなくても盗賊を殲滅することでうちが害を受けることなどひとつもない」

 スルタンの瞳がきろりとこちらを向いたのがケイにはわかった。床を見つめながら、考える。ヒロの言うことは正しい。ならばそれに水を差す自分は、彼にとって害悪でしかないのだろう。しかし、ただ単に殲滅作戦を取ると言うのが正しいことなのか、それはケイ自身にもわからなかった。それは単に彼の正義であって、善行とはまた意味合いが違うのではないだろうか。
 黙るケイに、言い分がないなら続けます、とヒロは今度は立ち上がって続けた。

「スルタン、どうぞ私の話をお聞きください。私は奴隷の身分を経て今こうして将軍の職をいただいております。今も城下で、どこかのオアシスの町で働く奴隷の彼らに“希望”と呼ばれることにも、“英雄”と称されることにも、及ばずながら応えられるよう尽力してきたつもりです。ならば私は当然、彼らの怒りを汲んで戦う義務があります。彼らの怒りは私の怒りであり、私の嘆きは彼らの嘆きでもある。彼らが求める結末を、私は、私だけは蔑ろにするわけにはいかないのです。また、執政官殿の実力、政治的手腕は確かなものでしょう。とても元騎士、元軍人とは思えない行動力がある。しかし一方で、その行動力ゆえに一部の盗賊とも関わりを深くしているように思います。今回の件で私の意見を否定するのも、そこから来るものかと」
「違う!! そんなんじゃない!!」

 自分のことだけならまだしも、全く今回の件と関係のない人物を引き合いに出されては黙っていられずにケイもまた立ち上がると、ヒロの刺すような殺気の矛先がこちらに向いた。
 
「ならば貴方は何故盗賊の殲滅を拒む? まさか盗賊も愛すべき国民だなどと言い出すつもりではないでしょうね? 捕らえた盗賊を逃がし、意味の分からない決闘を始めたかと思えば腕を落とされ、今度は殲滅作戦は嫌だと? そこに個人的感情以外の何があると言うんですか」

 言いたいことはそれだけだとでもいうように、ヒロはスルタンに敬礼をする。
 ヒロの言い分が正しすぎるくらいに正しくて、ケイには唇を噛みしめることしかできない。ヒロの見透かしたような薄い笑みが、久しぶりにケイに苛立ちを呼び起こした。

「――悲しいことですが、内政も軍事も最高権限は執政官殿がお持ちです。しかし今の彼の指示を私は聞くつもりは毛頭ありません。彼の言い分を無理矢理聞かせるというのなら、その時は覚悟していただくよりほかないでしょう。その半端な体で私と戦えるのなら、の話ですが。有能な政治家を失わないためにも、スルタンの英断を」

 その大柄な体躯からは、今日一日絶やさず殺気が散らされていた。スルタンが一度でも頷けば、彼はすぐに軍師とともに砂漠に飛び出し、砂を血に染めるだろう。彼ならやるだろう、それを実行する力があるのだから。そしてそれを止める力はケイにはもうないのだ。
 ブーツの底で床を叩きながら玉座の間を後にするヒロを、ケイは忌々しく見つめていた。苛立つのは無論、自分に対してだ。
 相変わらず興味のなさそうな瞳のスルタンは、くっ、と可笑しそうに喉で笑うと、「ケイ君」と声を掛けた。

「異論はあるのかい」

 その言葉に、ぐっと拳を握る。

「……異論はあります。ですが、それだけでは彼は納得しないでしょう」
「だろうね。まあ、君の言い分も分からないでもないよ。でも、ヒロ君の言い分を否定しきれないのも確かだろう」
「……はい」
「だから言ったんだ、君はとっとと文官になるべきなんだよ。半端に剣を握ろうとするから彼も怒るんだ。彼にとって君は尊敬する先輩なのだから、盗賊が今回の主犯ではなかったとしても、殲滅作戦は彼にとって利しかない。これが成功してあの盗賊を討ち取れれば、君に二度と剣を握らせる必要がなくなるからね」
「わざわざ私に新しく先割れの湾刀を下さった貴方がそれを仰るんですか」
「馬鹿だね、あれは装飾品だよ」

 普段は馬鹿でしかないのに、これでなかなか鋭いからこの男は侮れない、とケイは思う。ここで働く楽しみも見えると言うものだ。
 失礼します、とケイも敬礼をして、扉へ向かい歩き出す。

「ケイ君、ヒロ君もボクの返答を待っているようだ。読みかけの本を読み終わったら結論を出すことにしよう、そうだな、五日後くらいと思ってくれればいい。君は立場上同席してもらわなければ困るよ」
「……御意」

 重い扉を開け、部屋を出る間際でスルタンの高笑いが聞こえた。もう少し我慢してくれればよかったのに、と苦く思いながら、ケイもまた退室した。








「あんたが甘いから将軍怒らすんじゃないスか、正直に“殲滅作戦なんて面倒だから元凶だけ取りあえず倒そうよ”って言えばいいのに」
「それシキ君の本音じゃないか」
「これ以上とばっちりで仕事増えるの御免なんで。第一昇格だって望んでないし」

 諸々のごたごたを経て、気が付けば執政官付きの兵士でありながら占い師であるアキの護衛も兼ねる、ハイパー平兵士のシキは眉間の皺を隠そうともせずに、新しく持ち込まれた書類の山をケイの机に置いた。度々ケイが執務室を抜け出すこともあって、どれがどの書類やらわけがわからなくなるのを、苛々しながら整頓するのはシキの仕事である。無論、命じられたわけではない。いつ戻ってこない日が発生するかわかったものではないが、今のところケイは戻ってくればやるべき仕事はすべて片づけて帰るので、整頓してあるに越したことはないという判断だろう。その気遣いにはケイも助かっている。整頓されてなければそれはそれで適当に片づけるだけなのだが、仕事は早く片付いた方がいいに決まっているのだ。

「シキ君」
「はい」
「三、四日留守にしたいんだけど、頼まれてくれるかな」
「将軍閣下のつめたーい視線を浴びて過ごせってんですね、この鬼畜執政官」
「適当に逃げてくれればいいよ、君が悪いんじゃないんだし」
「どこも否定しないのかよ!! なんだそれ!!」

 シキはがりがりと頭を掻いて、深く深いため息をついた。それから、じとりと恨みのこもった視線でケイを見る。

「だめだっつっても黙って行くんでしょうが、あんたは。事前に報告あるだけマシですよ。どこでも行ったらいいじゃないスか」

 この問題は多分、自分だけで考えても答えが出るはずはないとケイ自身よくわかっていた。元々直感を信じて動くことが多い性質だが、今回はその直感すらない。相談しようにも、城内にいる人間には話せないし、城内の人間は皆ヒロを支持するだろう。それが当然だとケイも思う。ならば、自分の葛藤を理解してくれる人に話さなければ。そんなことをするからヒロにすべて突っ込まれるのだと分かっているにしても、今のケイにはそれしか選択肢がないように思えた。
 幸い、この短気な部下は割合ケイの行動に理解がある。呆れているともいうのかもしれないが、その面でもケイは非常に助かっている。

「あ、でもちゃんと戻って来てくださいよ。絆されて結局“俺も盗賊になります!”とか言いやがったら将軍より先に俺があんたを殺します」
「それはないって、さすがに」
「どーだか。あんた、あの盗賊に憧れてる節あるから。盗賊っていうより“世直し隊”みたいな感じありますからね、あいつら」

 つきんと痛いところを突かれた気がして、慌ててシキを見たが、当のシキはあまり深く考えて言ったものではないようで、ふあああと欠伸混じりだ。
 
「……そういう風に見えんの、俺って」
「見えます。将軍閣下も怒ってんのってそういうことでしょ多分。有能な政治家が国家に楯突く奴に取り込まれたらそりゃあ被害甚大だし、文官ってだけならまだしも、その体でまだ腕が立つんだから、ただの脅威でしかないですよ。奴隷を殺されたことにももちろんお怒りだろうけど、あんたが自分と一緒に戦ってくれないのが一番の不満なんだ。しかも、あんたはこう言い出すって最初から透けて見えてるから尚更」
「俺はそういうつもりはない」
「それが厄介だって言ってんですよ。三日四日でそれがどうにかなるなら安いもんなんじゃないですか」

 半端に剣を握ろうとするから彼も怒るんだ、とスルタンは言った。
 半端か、そうか、そうだろうな、半端な体だとヒロもそういえば言っていた。確かに、そうなんだ。でも、片腕を失って初めて、自分はここで生きる人間と思うことができたのだ。それを見越してこそ、スルタンは剣を持ち替えろと新しい剣を寄越したのではないだろうか。
 
「かならず戻るよ、シキ君」

 腰に携えた湾刀に右手で触れながら笑うと、部下は「とーぜんでしょ」と呆れたように頷いた。




2013.11.07(Thu) | rebellion | cm(0) | tb(0) |

ためしにやってみる




「おー、おはよルカ。今日早いじゃん。これから?」
「コトヤさん。おはようございます」

 おはよう、とは言ってもさっき昼休みを告げる鐘が鳴ったばかりだ。俺は部屋から出て、相変わらず暗い路地を歩いていただけ。まあ、用事があったから出かけたわけだけど。
 コトヤさんは俺の2個上で、俺と同じ部屋で寝起きしてる人。明るくて、歌がすごく上手い。酒場なんかにしょっちゅう呼ばれて歌っているらしい。たまに歌を聞かせてもらうけど、本当に、耳がざわざわするくらいに上手かった。
 俺と似たようなボロい服着たコトヤさんはいつものようににかっと笑う。

「これからタクミさんとこ行くんです。時間取れたから読み書き計算教えるって」
「あー、そっか、お前タクさんに教わってんだもんな。孤児院行きゃいいのに、セイさん別に帰したりしないぞ?」
「それは、そうなんですけど、」

 セイさんはここから少し離れたところにある孤児院の院長さんだ。孤児院の奴らがここに遊びにくることなんてまずないけど、コトヤさんみたいに孤児院に顔出して読み書き教えてもらってるような人から噂を聞くことはよくある。すごく優しい人で、“父親”みたいな人なんだそうだ。

「俺は時間、合わないし」

 夜働いて昼まで眠る俺は、孤児院の時間はなかなか合わない。だからこそ、タクミさんも仕方なく自分で俺に教える気になったんだろうと思う。教わるっつっても、まあ、こんなモンもわかんねェのか、だの、だからそんな暮らししてんだ、とか罵倒されることばっかだけどな。
 コトヤさんは、そっか、と笑って、それ以上は突っ込まなかった。俺たちは互いの仕事に関して深くは干渉しない。同じような境遇の子供がたくさんいるって言っても、やっぱり自分のことを理解しきれる奴なんていないって壁を誰もが作ってる。コトヤさんみたいに底抜けに明るい人でも、そのスタンスは変わらない。
 ここイルミナの首都テソロの隅っこにある、通称エスクラボ地区。簡単に言えば家だとか仕事だとかが無い、社会的に底辺の奴らが寄せ集まって暮らしてる地区だ。俺やコトヤさんはもう長いことここで暮らしてて、一応、タクミさんって大人の庇護の下で生きている。仕事の斡旋をしてもらって、ちょっとのお金を貰って、そこからタクミさんに徴収される分を差し引いた分を貯金したりして。簡単なものだけど食事も出るから、ここにいる分は簡単に死ぬってことはない。
 コトヤさんは、十年前に起きた市民暴動で両親を亡くして、身寄りがなくなってここに来た。暴動鎮圧のために派遣された兵士が度を過ぎた虐殺をして、そのとばっちりを受けて死んでしまったのだそうだ。俺は俺で、七年前に母さんが死んで、母さんの借金を背負ってここに来た。父親はいない。それでも生きてるだけマシだって思ってる。死ぬのは怖い。そう思ってる。
 今日はどこで仕事をする、何時くらいに終わって帰る予定、などなど、同室で暮らすうえで必要になる情報の交換をしていると、奥の通りをひとりの女の子がきょろきょろしながら通り過ぎるのが見えた。女の子が全然いないわけじゃないが、見ない顔だ。

「今の子、新しく来た子ですか?」

 それにしては綺麗な身なりをしていたように思う。肩より少し上で整えられた髪、腕や足はほとんど服で覆われて露出は少ないが、布が汚いという印象もない。コトヤさんはここにいる時間が長いだけあって、新入りの情報は早い。コトヤさんが知らないことなんてない、と俺やまわりの子供たちは思っている。
 コトヤさんはやっぱり知っていたらしく、自慢するように胸を張った。

「新入りっちゃ新入りなんだけどさ、孤児院の子なんだ。オリカって名前」
「へえ、孤児院からこっちにくるなんて珍しいですね」

 俺がそれを言うと、コトヤさんは声のトーンを落とした。

「優しくって気立てがよくってさ、料理とか得意で孤児院でよく振る舞ってたんだ。……したら、それ目ぇつけられて、タクさんに召し上げられたらしい」
「タクミさん、に」

 タクミさんに目を付けられるということ、ここにいるということが、どういうことなのか、俺もコトヤさんもわかるからその彼女に同情を禁じ得ない。 

「……きっと無理矢理連れてこられたんだ。俺はやめといた方がいいっつったのに、オリカの奴、内気だからさ、断りきれなかったんだろうな」
「……じゃあ、その人は、タクミさんと?」
「タクさんの身の回りの世話とかも頼まれてるらしい。んっとに、いい年なんだからあのオッサンも結婚でもなんでもすりゃいいのにさ! ガキなんか世話につけてどーすんだっての! 第一あのオッサン怖ぇんだから凄まれたらオリカ断れるわけねぇだろってんだよ!」

 どうやらコトヤさんはある程度その彼女と親交があるらしい。それで、友情よりももう少し深い感情を抱いているのだということも、わかる。

「コトヤさん、その人のこと好きなんですね」
「は!? え、あ、ば、っ、ちがっ、そんなんじゃ!!」
「そんな否定しなくても。心の声ばしばし聞こえてますし」

 真っ赤な顔をしてあたふたしながら、コトヤさんはぶんぶんと両手を顔の前で振った。コトヤさんもこんな風にうろたえることがあるのかと少し新鮮な気分だ。
 そんなことをしているうちに、例の通りからあの女の子がこちらに駆け寄ってくるのが見えた。こっちにくるのが見えているのにコトヤさんは顔の色がどうにもならなくてもう必死だった。

「こ、コトヤ、くん」

 俺とコトヤさんの前でぴたっと止まった彼女、オリカさんは、少しどもりながらコトヤさんの名前を呼ぶ。

「お、おう、オリカ」
「あ、の、タクミさんの、おうち、」
「あ、ああ、そうな、タクさんの家、な」

 ……あのコトヤさんが会話らしい会話を構成できないなんて、珍しいこともあるもんだ。

「ここ、道、暗くて、えっと、入り組んでるし、迷っちゃって」
「俺で良ければ送りますよ。ちょうどタクミさんに用事あるし」
「あ、ほ、ほんとですかっ」
「はい。道も分かってますし。ご一緒します、うぐ」

 後ろから二の腕を思いっきり抓られて、ぷるぷると全身が震える。オリカさんはきょとんとした表情で首を傾げていた。犯人はコトヤさん以外ありえないので二人してオリカさんに背を向けてひそひそ声で会話する。

「何すんですかっ、痛いです!」
「おまっ、何いきなりオリカ送るとかっ」
「だって同じ場所行くんですから効率いいじゃないですか! 別にコトヤさんが送りたいならそれはそれで全然いいですけど」
「そんなんじゃねーけどっ」

 あの、とオリカさんから声がかかって、コトヤさんはひとつ小さく舌打ちをした。

「オリカに変なことすんじゃねぇぞ!」
「何で俺がそんなことしなきゃいけないんですか……」
「あと! ちゃんとオリカ見ててくれよ!!」
「……どこまでできるかわかんないですけど、まあ、善処します」
「よし、許す」
「許すって……」

 ぱん、とコトヤさんに背中を叩かれ、二人揃ってオリカさんに向き直る。

「オリカ! こいつ、俺と同じ部屋で生活してるルカって言うんだ。タクさんに世話んなってるからさ、連れてってもらって」
「あ、う、うん。よろしくおねがいします」

 ぺこりと頭を下げたオリカさんに、俺も軽く頭を下げた。




 タクミさんの家は割と広場に近いところにある。エスクラボの道は細いしぐちゃぐちゃだから初見じゃ迷っても仕方ないと思う。
 昼間でもまだまだ暗い道を、俺が少し前を歩いて、オリカさんが後ろをついてくる。

「オリカさんは、どうしてここに?」

 孤児院から来たことを俺が知っているって伝えるのもどうかと思ったので、遠回しな言い方にしてみた。
 後ろを気にしてみると、オリカさんは言葉を選んでいるようだった。

「……わ、わたし、どんくさいので、……おとうさんおかあさんに、置いていかれて、しまって」

 両親に置いて行かれた。
 国全体で見ればそんな子供はほとんどいない。けれど、このエスクラボの中で見ればそんな境遇の子供は決して少なくないだろう。孤児になるなんて環境がそう多くてたまるものか。
 俺だって両親がいないことに変わりはないが、健在な両親に置いて行かれたのだとすると、オリカさんの方が深刻ではあるのかもしれなかった。
 それでも、オリカさんは薄く微笑む。

「でも、……タクミさんが、拾ってくださったから。だから、たくさん、恩返ししないと」

 どもってばかりだったオリカさんが、その言葉は力強く口にした。
 そりゃ俺にしたってタクミさんは恩人には違いないけど、およそいい人には見えない。もしかしたら女の子だから優しいのかも? とも思ったが、それは違う。同じように孤児としてここで生活している女の子だっている。女の子だからってタクミさんがそいつらに優しく接しているかといえばそうじゃない。有無を言わせず体売らせたりするのを、俺もコトヤさんも知ってる。俺たち子供が断れないのをわかっててそれを強要する、そういうやり方をする人だ。どんなに嫌でも、この人の仲介なしに俺たちは生きていけないだろう。それを、わかっているから。
 オリカさんがタクミさんの何を見て、恩返しをしないといけないと思っているのかはわからない。もしかしたら、俺たちにはわからない何かがあったのかもしれないし。

「オリカさんにはタクミさん優しいんだ、羨ましい」
「そ、そんなこと、ない、です。たくさん怒られるし、すごく、厳しいです」
「話聞いてる限りそんな風には聞こえないんですけど?」
「え!? え、あの、じゃ、じゃあ、どう言えばっ」
「何言ってもタクミさん褒める言葉になってますよ」
「あ、け、けなすつもりは、」
「わかってますよ」

 そんな会話をしながら、何度目かの曲がり角を曲がる。その路地の一番奥に、タクミさんの部屋がある。
 ここまでくればオリカさんも見覚えがあるらしく、あそこですよね、と指を差して問う。もちろん、それには縦に頷いた。
 扉の前まで来て、ひとつ深呼吸をする。来いと言われたから来たのに、虫の居所が悪いと殴られたりするから慎重にならないと、と思った時には、もうオリカさんが扉をノックしていた。内心焦る俺をよそに、オリカさんはきらきらした目で扉が開くのを待っている。
 しばらくして、扉が開く。いつだって寝起きみたいな、ぎいい、と、けだるい音。当の本人もやっぱり寝起きだったみたいで、目つきがすげえ悪い。ぎろりと俺とオリカさんを睨む。

「おはようございます、タクミさん」

 オリカさんはその目にもまったく動じない。にこにことタクミさんに頭を下げる。タクミさんは軽く膝を曲げて、オリカさんの顔を覗きこむ。それから、

「腹減った」

 とだけ言ってオリカさんを部屋の中へ通す。オリカさんは元気よく「はい」と返事をして、ぱたぱたと駆けていった。……何があった。

「入んねェのか」

 残された俺にタクミさんは一瞥くれると、自分も部屋の中へ戻っていった。
 
「え、ちょっ」

 いや、せっかく来たのにここで帰るわけないだろ! 閉まりかけた扉に手をかけて、俺もオリカさんタクミさんの後に続いた。




2011.09.02(Fri) | rebellion | cm(0) | tb(0) |

どうしたもんやら



「ヤマト、調べ物があるから書庫の鍵貸してくれ」
「あ? 俺がんなモン管理できるとでも?」
「ツバキー、悪い、書庫の鍵どこにある?」

 明るい茶色、そして長い髪。それはよく似合う鬘だ。
 山吹色の服の上に、上着のように大きな桃色の布。動く度に頭の簪がきらりと光る。純銀でできた高級品なのだ、光り方もいちいち品がある。
 それらすべてを命じられて用意したのはツヅキで、それらすべてを身に纏った彼は今や立派な妾もどきとなっている。屋敷内での噂やご老体からの評判も事前にヤマトが想定していた通り。大衆とはかくも踊らされやすいのかと、屋敷の内部をよく知るツヅキにしてみれば内心ほくそ笑んでしまうような会話ばかりが聞こえてくる。
 ルカはツバキから書庫の鍵を受け取ると、早速書庫へ向かうようだった。自然にその後を着いていくヤマトを見て、ツヅキもその背を追う。執務室を出てしばらく廊下を歩くと、不意にルカが立ち止まってくるりと振り向いた。

「……あんたらまで来る必要ないと思うけど」
「暇つぶしで」
「俺はヤマトはんがおるとこやったら例え火の中水の中!」
「ツヅキはともかく、あんた暇じゃないだろ全然!!」
「暇だと思えって脳が命令しててだな、」
「だーまーれ」

 明るい色の服を着て、長い髪の鬘を被ったルカは女性そのものに見える。ヤマトとのやりとりもサマになっている。庶民の娘を側におかれて、下手に身篭りでもしたら手に負えない。この気ままな君主が新しいものに目をつけ、それが男だと言うのならご老体の面々も安心している部分がある、強くは言えまい。

「ちッ、面白くない奴」
「それで結構。つーか、あんたが押し付けた仕事だろ。俺はやりたいこと山ほどあんのにこんなびらびらした服着て仕事させられてんだ、あんたは最低限やんなきゃなんねぇことくらいしろよ」
「あーあ、妾の分際で主に口答えたぁ度胸あっていいねぇ」
「るせぇよ、とっとと戻れ!」

 どこからどう見ても華奢な女。そんな女に背中を強く押され、ヤマトは仕方なく執務室へ戻るようであった。もちろん、ツヅキはその後を追う。

「慣れたらちぃと気が強うなりましたなあ、ルカはん」
「俺の分まで仕事こなすんだ、たまに鍛錬の相手するだけで書類が減るなら安いもんだろ」
「しかもヤマトはんがやるより丁寧で正確やてじいさま方ぼやいてはったわ」
「人の仕事頼まれてんだから丁寧・正確で当然だ」
「うわあ、やなお人やわ」

 ヤマトは飄々としていて、毎日暇そうに見える。が、見えるだけ見せているだけで実際は忙しくなければならない。ルカがこういった事務作業をするのが得意でヤマトも大分助かっているのだろう。毎日毎日執務室に山のように積み上げられていた書類は、最近では半分あれば多い方だ。とかくルカの作業は速くて効率がいいのだ。
 その代わりにヤマトがしてやっていることと言えば、数日置きにルカの鍛錬に付き合ってやることくらいで、驚きなのはそれでルカが満足していることだ。ルカは朝から晩までヤマトの仕事を押し付けられて働き、命令があれば妾を装ってヤマトの側に仕える。そして夜は毎日欠かさずに剣と術の鍛錬を行い、ヤマトの寝室で眠る。いくら契約が交わされていると言っても、ここまでの屈辱的な束縛はツヅキには耐えられそうにない。これでいいと思っている人間もおかしいが、束縛する方もする方だと思ってしまう。

「――あのバカはどうしてる」

 あのバカ、とヤマトが指す人物。それはおそらく、ルカの相棒である――シンゴのことなのだろう。ルカがヤマトの側に仕えるようになり、これまでヤマトの部屋で寝泊まりをしていたルミがツバキの部屋で暮らしている。シンゴはその間、ルミの実家の護衛を任されていた。事情を説明すればルミの両親はシンゴを歓迎し、シンゴはルミの両親と寝食を共にしている。しかしシンゴはやっかいな病持ちだ、下手なことがあってはルミの両親に危害が及ぶ可能性だって否定はできない。ヤマトは、その先でルミが傷つくのが嫌なのだ。

「なんて返せばええんやろなあ、“順調”?」
「ならいい」
「定期的にルカはんに会わせて、ツバキはんの調合した薬使うとったら平気やと思いますわ。畑仕事もよう手伝ってはるようやし、村の評判は上々ってとこです。力仕事も得意やしな、シンゴはん」

 そこまで話したところで、元いた執務室の扉の前までやってきた。ヤマトは、そうか、と答えて扉に手をかける。重い扉が開くと、そこには先刻ここから退室しなかったツバキがいる。

「? お父様、ルカ様とご一緒に書庫へ向かわれたのでは?」
「追い返された」
「お父様がいらしても仕事をしてくださるわけではありませんものね。ルカ様のお気持ちもお察しします」
「お、生意気言うじゃねぇかよ」
「そんな、滅相もございません」

 ツバキは困ったように笑って、軽くヤマトの机の上を片付け、どうぞ、と声をかけた。
 ヤマトもその声に促されるがまま、椅子に腰掛ける。それから、ふう、と深く息をついてから顔を上げた。

「仕事する。出てってくれるか」
「はい、かしこまりました」

 ヤマトがそう指示すれば、ツバキはすぐにそう返事する。
 ヤマトが仕事のために人払いをすることは少なくない。しかし少し不思議なのは、執務室だけではなく自室でもそうすることがあったり、人がいても仕事をすることだって度々ある。何より不思議なのは、人払いが例外なく徹底されていることだ。つまり、――あのルミ相手でさえも部屋から追い出してしまう。そんな時、ルミは大抵ツバキの部屋に身を寄せているようだったが、何年も連れ添っている彼女でも、どうしてここまで徹底させるのか解せないのだという。

「ツヅキも。そんなに邪魔したいのか?」
「いーえ。ほな、お国の為に退散させていただきます」

 わざとらしく恭しい礼をすると、ツヅキとツバキは揃って執務室を出た。
 扉は閉まってしまえば中でヤマトが何をしているのかなど、流石のツヅキでも知る術はない。

「貴方もお父様に形だけであっても仕えているというなら、仕事のひとつもなさったらどうです?」
「逐一うるさいなあ、あんさんも。言われんでもツバキはんよりは余程役に立っとるわ」

 執務室から持ってきたのであろういくらかの書類を腕に抱え、ツバキは苦い顔をした。娘であり、秘書の役目も負っているツバキではあるが、所詮内務。対外的に動き回れるツヅキの方が『役に立つ』という言葉には相応しいのだということを知っているのだ。

「俺はあんまり口うるさいことは言いたないんやけど、――自分の評判も多少勘定に入れて動き」

 ご忠告までに。明るい作り笑顔でツバキの肩に手を置いて告げると、ツバキの整った顔が一層嫌悪感を露にした。

「……ありがとうございます」

 ぱしん、とツバキがツヅキの手を振り払う。払われた手をひらひら振って、ツヅキはまるで何も気にせずにツバキに背を向けた。




2009.06.08(Mon) | rebellion | cm(0) | tb(0) |

21――breakfast



『あいつが少しでも救われるなら、俺はどんなものを捨てたって構わない』

 強い言葉だった。ルカ自身もそう思っていたはずだ。
 彼女を、ナオを救うためにならこの身など安いものだと思っていた。今だってそう思っている。自分だってそういう強い決心を持っているはずなのに、あの時シンゴの顔が頭をよぎったのだ。
 シンゴは、ルカが見ている限り、ルカ自身より余程自己犠牲が強いように見える。脱走した囚人の首を刎ねたのが、その最たる例だろう。どうして? 何故そこまで? 俺はそんなこと、望んでないのに――



「――お目覚めですか?」

 まだ重い瞼を擦りながら上半身を起こす。
 目の前には長い黒髪が揺れていた。――ツバキだ。
 昨夜はヤマトの部屋で一通り話を聞いてから、時間も遅いからと客間に案内されて休んだのだ。だからあれからシンゴには会っていない。

「……シンゴは」
「もう落ち着いてらっしゃいますわ。念のため動かないよう私の部屋でお休みいただいてます」
「なら、よかった」

 ツバキの立つ窓の前、ルカはその向こうに視線を向けた。今日も雪らしい。布団に入っていなければ凍え死んでしまいそうなこの身を切る寒さも、ここの住民には至極当たり前のことなのだろう。ツバキの服装は膝が見えるもので見ていて寒そうにも思えるのだが、当の本人はけろりとしている。
 
「朝食の用意が済んでおりますわ。あちらの机の上に昨夜お見せしたわが国の兵士服をご用意していますので、そちらをお召しになった上でお父様のお部屋へお越し下さい」
「お父様、……ああ」

 この少女の父親になど会ったことがあっただろうかと一瞬考えてしまう。しかしそれもすぐに思い直す。この子にとっての父親は、あのヤマトなのだ。四つしか年の離れていない、兄妹のようにしか見えない親子関係。それでも当人同士は親子であると言い張る。親子関係などというのは口を挟みづらい問題だし、この二人の関係よりもシンゴのことやこの国の話の方が重要だったために聞く機会を得られずにいた。

「……何で、お父様、なんだ?」

 脇においてあった水差しを手に取り、その隣のグラスに注ぐ。
 ツバキはそれまで穏やかな笑みを湛えていたというのに、ルカの言葉を聞くと一瞬だけ視線を逸らした。

「お父様が私を引き取ってくださったからですわ。それ以外考えられないでしょう? 四つしか離れていませんもの」
「そんなの分かってる。どうして親子なんだって聞いてるんだ」

 それからグラスの中の水を飲み干した。冷えすぎた水は喉の内側を刺すように冷たい。

「……さあ。私はお父様に親子であることを告げられたに過ぎません。真意はわかりかねます」
「そうかもしれないけど、お前だって複雑なんじゃないのか?」
「割り切ってしまえばすべて受け入れられますわ。名前がない方が辛いことだってありますもの」
「?」
 
 ふわりとツバキがスカートを翻した。白い生地が揺れる。

「それでは、お着替えを邪魔するわけにもいきませんから失礼いたします。お父様のお部屋までの道はご存知で?」
「ああ、昨日ここまで来た道の逆行けばいいんだろ?」

 入り組んだ屋敷ではあるが、来た道はあまり難しくなかった。二度ほど曲がってきた程度だ。
 その返事を聞くとツバキは納得したように微笑んだ。

「お父様のお誘いで今朝は私も同席させていただくことになりましたので、先に行ってお待ちしておりますわ」
「分かった。……けど、こっちの服でいいのか? ゆうべあいつと話した時、女装しろとかするなとかいう話になってたんだが」

 だからルカがこの屋敷に連れてこられたのだ。その話はどこへ行ったのだろう。
 しかしそもそもあの時あの場にいなかったツバキにこの話をしても無駄なのかもしれない。いいや別に、と続けようとしたところで、くすくすとツバキの笑い声が耳に届いた。
 おかしいものを見るような目。控えめに笑うその姿はまるっきりお嬢様のそれだ。

「……なんだよ」
「いいえ。律儀な方だと思っただけですわ。そんなにもあちらの服、お気に召しまして?」

 ――ツバキにも話は通っていたのだ。
 わざわざ身を切る話をして損をした。素直にこの服に袖を通せばよいだけだったのだ。
 ツバキはまだ可笑しそうにくすくす笑いながら、それでは失礼します、と静かに部屋を出て行った。





 この屋敷に来て数度目になる、この扉。仰々しいまでのそれは見た目通りの重さがあり、開くにはそれなりに力が要る。
 扉を開けば、廊下と同じ赤い絨毯が部屋中に敷き詰められていて、大きなテーブルを前にツバキが配膳の準備をしていた。
 部屋を見回してもシンゴの姿はない。さっきツバキが言っていた通り、まだ部屋で休んでいるということなのだろうか。

「シンゴ、はお前の部屋なんだよな」
「ええ。食事は別にお持ちしましたからご安心ください」

 一応確認を取ると、ツバキは頷いた。それで一応は安心することができる。 
 スープやら何やらの配膳を一通り終えると、ツバキはルカの全身を見て満足そうな表情を浮かべた。

「よくお似合いですわ。この分でしたらあちらの服もさぞかし素敵に着こなせるんでしょうね」
「嫌味はやめろっての」

 適当な席に腰掛けて、主の登場を待つ。
 ――主。
 そう、この服を着た以上、あのヤマトという男はこれからルカの主なのだ。
 あの国にいた頃、自分をこき使う男を主だと思うことはなかったし、もちろんあの蒼い瞳の女王に対してだってそう思ったことは無い。けれど、これからは。
 ぐっと拳を固くすると、背後に気配を感じる。その気配に対しいちはやく頭を下げたのはツバキだった。

「おはようございます、お父様」
「おはよう、ツバキ」
「ルミさんは、まだ?」
「ああ、起こしてやってくれ」
「畏まりました」

 そのやり取りは、娘というよりも使用人に近いような気さえする。
 恭しく再び頭を下げると、ツバキは寝室があるのだろう奥の部屋へと向かって行った。

「で? 新しい雇い主に挨拶もできねぇたぁどえらい新人だな」
「おはよう」
「ゴザイマス、だろ?」
「望んで仕えてるわけじゃないんだ、敬語まで強制されてたまるか」

 それが本音だ。言ってみればヤマトは一度きょとんとした目をしたが、すぐにぷっと吹き出した。それから、言うねぇ、との一言。

「俺の機嫌損なったら死ぬかもしれねぇのに、怖くねぇのか?」
「殺す相手に自分の女守れとか恥ずかしいこと言えねぇだろ。あんたは俺を殺さないよ」
「なるほどな。――だが、やろうと思えば国もお前も力でどうとでもねじ伏せることができる。それだけ分かっとけよ」

 脅しかよ。
 そうは思ったが、相手は現に何人も大した罪のない人間を殺しているのだ。それはほとんど、気紛れに近い。敬語云々に関してはそううるさくするつもりはないのだろうが、態度には気をつけておいた方がいいのかもしれない。
 ルカの正面の席にヤマトが腰を下ろしたのと同時に、奥の部屋からツバキのものではなさそうな女の声が聞こえてきた。

「ヤマトが起こしてくれればいいのに、わざわざツバキちゃんに迷惑かけないでよっ」
「そりゃあ悪かったな。アホ面晒して熟睡してるところ邪魔しちゃ悪いと思っての親切だったつもりなんだが」
「あんたの親切はひねくれてんのよ! って、うわ、お、お客さんいるなら最初にそう言ってよ!!」

 出てきた女は長いこげ茶色の髪をしていた。前髪を控えめな赤い髪留めで留めている。瞳も大きい、背も低くはない。……可愛くないとは言わないがそこまでの美人かと言えば首を傾げてしまう。ツバキの方が可愛くないか? 正直なところ、ルカはそう思っていた。
 しかし、ヤマトの表情を見ればわかる。普段どれだけこの男が暴君ぶりを発揮しているのか、この女は知っているのだろうか。同一人物か疑ってしまうほど、ヤマトの表情は穏やかで優しいものだ。相手を本当に大事に思っているからできる表情。きっとヤマトは、この世の何よりもこの女を大事に思っているのだろう。

「ええっと、……初めまして」

 怖がる様子もなく、彼女はルカの目の前までやってくるとぺこりとお辞儀をした。年はルカと変わらないように思える。ヤマトと同い年なら、ルカよりも年上だ。

「初めまして」
「あたしはルミ。名前は?」
「ルカ」
「なんか音似てる」

 そう言ってルミは笑った。
 失礼かもしれないが、ルミの存在はこの屋敷には不似合いだ。多分、外で畑仕事をしたり動物と遊んだりする方が余程彼女の性には合っているだろう。それでも、不似合いであっても彼女は馴染んでいる。矛盾している、とルカは思う。浮いてるのに馴染んでる。この部屋は彼女の居場所だ。
 じゃあ食事にするか、と全員が席についたところで辺りを見回す。シンゴ以外にもう一人足りないような気がしていたのだ。

「ヤマト、ツヅキはいないのか?」

 挨拶もせずに早々とヤマトはスープに口をつけていたが、ルカの声にすぐ顔を上げると、ああ、と思い出したように声を上げた。

「お前の相方の見張りだ。一人でほっとくのも可哀想だろ?」
「いつもこんな感じなのか、あいつとあんたって」
「神出鬼没って奴だからな。どうでもいい時にはいたりいなかったり、けど必要な時には絶対近くにいる、そういう奴だ」

 そんな会話から食事が始まる。面白いんだけど時々嫌味言うんだよねー、とルミが零し、ルミさんにまでそんな態度なんて信じられませんわ、とツバキが続ける。
 
「それって、」

 ルカの言葉の続きを促すように、ヤマトの目がルカを見る。

「……必要だから使った、ってことか」
「飲み込めねぇな。金持ちのぼっちゃんは分かりやすく噛み砕いてもらわねぇと」
「可哀想だとかそんなの考える人間じゃないだろ、あんたは。……シンゴの側に誰か置いておく必要があったからツヅキを使った。俺をわざわざこっちの朝食に呼んだのはルミを紹介するためで、ツバキはあんたの娘だからここにいる」

 ルミとツバキは顔を見合わせているようだった。ルミはまだシンゴの存在を知らないのだろう。
 ルカが言いたいのは、説明されているよりもずっとシンゴの容態は悪いのではないかということだった。放置しておけない状態にあるのではないか、と思うのだ。もしそうなら様子を見に行きたい。

「お前の相方が重症だって? そりゃそうだろうよ、お前だって見てんだろ。とんでもない破壊衝動に駆られて何しでかすか分かったもんじゃない。余程強力な麻酔でも打ってなきゃ一人じゃ置いとけねぇよ。キレたあいつの馬鹿力には普通の兵士じゃ対応できないし、下手すりゃ自傷行為だってしかねないんだ」
「暴れたら力で押さえつけるんだろ? ……行き過ぎたことしない可能性がないとは言い切れない」
「言い切れる」
 
 間髪いれずに返したヤマトにルカは少し怯んだが、乾いたパンを口に入れながら睨むようにヤマトを見た。

「どうしてそう断言できる」
「俺がそう命じたからだ」
「あんたの言う事に必ず従うかどうかはわからない」
「従う。……目的のもの以外はどうだっていいんだ、あいつは。だから別のものを傷つけることはしない」

 ヤマトの表情は穏やかだった。
 それをどう表現したらいいのか、ルカには分からない。
 信頼ゆえの優しい表情なのかもしれない、あるいは、諦めているのかもしれない。どのようにも取れる表情だった。
 空だったヤマトの左手が、机にがり、と爪を立てる。

(……なら、ツヅキにルミを守らせればよかったじゃないか)

 内心ルカはそう考えていた。
 ヤマトは確実にルカを見下している。ならば、一応の信頼を寄せるツヅキに力で守らせればよかった。女装した男を側に置いておく必要も何も無い。ただ、それを口にするのは憚られた。自信はないが、そう言えばヤマトが怒るような気がしたのだ。


 矛盾している。


 信頼している相手なら、自分の大事な人間を預けたっていいはずだ。ツバキとルミはあまりよく思っていないのかもしれないが、中身を買っているからこそヤマトはツヅキを側に置くのだろう。信頼していない相手なら、一番の側近にすることなど有り得ない。
 この国は思ったより単純ではないのかもしれない。ツバキが淹れた香草の茶を啜った。




2009.01.20(Tue) | rebellion | cm(0) | tb(0) |

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