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軽石へちま

Author:軽石へちま
基本自キャラで凄まじく妄想してみる。
隠れ家なのでBLとか黒とか暗とか主。
キャラ崩壊必至。何とも思わないけども。
妄想についてこれる人だけどうぞ。

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白昼を拡げていくように



「それで? どちらへご案内致しましょう、マドモアゼル?」
「そうね、まずはホームを知りたいから、軍本部から案内してもらおうかなあ。自分の執務室も知らない上官なんて嫌でしょう?」
「それならそれで毎回ご案内差し上げますよ」

 頼もしいのね、と褒めると彼は「いえいえ」と謙遜して見せた。プライベートではきっともっと紳士的な人なんだろう。優しい笑顔がとても板についている。
 彼の隣を歩いて、まずは王城を後にする。ついさっきまで私と彼は王城にいて、簡単な任命式を終えた。他の国から来た私はこの土地には不慣れだ。不慣れな私がいきなり少佐の地位に就いては業務に支障があろうということで、王城付きの仕官たちが補佐官を用意してくれたのだ。それが隣を歩く彼、シーマス君。優しそうだし賢そうだし、いざという時はやってくれそうな雰囲気を感じる。少数精鋭というだけあって、ローテブルクはなかなかいい軍人を揃えているように思う。
 ヴァルトハイムから来たということはあまり公にするべきでないという考えから、とりあえずのところ私はシュヴァルツシルトからの出向という形をとることになった。まあ、元々ヴァルトハイムを出てここまで来た経路も、シュヴァルツシルト側の土地と鉄道を使ったのだからそこまで不審ではないかと思う。これがバレることがあるとすればシュヴァルツシルトと戦闘になる時だろう。ローテブルクとシュヴァルツシルトは同盟関係だし、その心配はあまりしなくていいかな。だから、私の出身を知っているのは王族付き仕官の三人組と、私が従軍することを容認してくださった王族の方々くらいなもので、勿論シーマス君も知らないことだ。
 王城から軍本部の建物までは少し距離があるらしい。それでもヴァルトハイムの立地と比べれば隣接していると言っていい距離だ。ローテブルクの軍は王城に従属している。文字通りの国軍で、給料も国から支払われる。有事の際に王族をすぐに守護できるようになっているのだろう。

「歩けない距離じゃないですけど、車呼びましょうか?」
「いいよそれくらい。お姫様じゃないんだし、歩く歩く」

 城は町よりほんの少し高い場所に作られている。町が一望できる、というほどではないけれど、十分町の様子は窺える。
 工場だらけのヴァルトハイムとはまるで違う町。白い壁に色とりどりの屋根。童話に出てくるような可愛らしい町並み。誰かが弾いているんだろうバイオリンの音色が時折耳に届いて、町からはおいしそうな匂いも漂ってくる。

「すごいねえ、お城まで食べ物の匂いがする」
「ここの城下を侮っちゃいけないんですよ。パスタにパン、野菜も肉も魚もデザートも大抵美味い」
「へえ。けど軍にいたらなかなか町で食事なんかしてられないんじゃない?」

 ヴァルトハイムじゃ大抵軍人は軍の食堂で食事取って、休みの日って言ってもどこか遠出する人なんかほとんどいなかった。実家出て軍にいる人が多かったから、似たもの同士集まって宿舎で喋ったりすることはあったけど、遊びに行くって言っても夜一緒に飲みに行く程度だったし。その他は自主練してたり、図書館にいたり。そういう意味ではあの国、勤勉ではあったのかもしれない。
 私の言葉に、シーマス君は笑って首を横に振った。

「そんなことないですよ。昼から午後まで空きが長いこととかたまにあるんで、そういう時は皆大体城下まで来ますし、俺なんかは休みの日に軍になんかいませんしねぇ」
「ははあ、女の子と遊ぶんだ?」
「遊びなんて失礼な。俺は女性に対してはいつも真剣なんです」

 って言ってるけど、どうなんだろうなあ?
 その辺はこれから要チェックってやつなんだろうか。隊員の好みのタイプだとか交友関係とかさして興味はないけど、上官としてはチェックしておくべき項目だろう、……たぶん。シーマス君イケメンだから、どういう女の子と付き合ってるのかなっていうのはちょっとだけ見てみたい気もするけどね。それはそれはハードルが高そうな予感がしますが。
 
「軍を見たら城下も回りますよね。俺の行き着けにもご案内しますよ」
「え、シーマス君の奢り? わあ、嬉しい! 持つべきものは気の利く部下よねー」
「うわあ、ヨーコ少佐がそんなに強引な人だったとは思いませんでした」
「強引なおねーさんは嫌い?」
「まさか」

 今や国王陛下となった人と同格、っていうか上司部下の関係してた私を甘く見ちゃいけないってことです。態度はでかくてナンボって感じでしょ?
 にっこり満面の笑みを見せると、シーマス君も極上のスマイルを返してくれた。





「こちらが少佐の執務室です。小隊長以上になると本部に部屋を与えられます」
「結構広いね。見晴らしもいいし」

 執務室として与えられた部屋は思っていたよりもずっと広かった。
 ヴァルトハイムの軍の何か暗い空気とは比べ物にならないくらい明るいし、大きな窓からは訓練場が一望できる。軍の人数は多くないのに訓練場がすごく広いのもいいところだと思う。窓を開け放つと、強い風と一緒に訓練場から練習中の銃声も聞こえてくる。

「訓練場しか見えませんけど、お気に召したのなら幸いです」
「うん、自主練してる子とかいたらすぐ駆けつけてあげられるでしょ?」
「中隊長のお仕事とは思えないですけど?」
「お仕事だよ」

 確か私と二つくらいしか変わらないと思うけど、それでも彼の経歴を知らないからなんともいえない。
 ただ、やっぱり上に立つ者としては下をしっかり見なきゃいけないってことで、そういうのも大事だと思う。いや私ヴァルトハイムにいたときも小隊しか任されたことないからわかんないけどね。

「違いますよ、少佐」
「うん?」

 シーマス君は部屋の壁に寄りかかって腕組みをしている。綺麗な茶色い髪がさらさらと鳴るように揺れる。

「中隊の人間覚えるなんてできるわけないじゃないですか。中隊長の仕事はいくつもの小隊をまとめあげることで、小隊のことは小隊長に任せるのが筋です。貴女が小隊にまで関与することは、小隊長への侮辱に他ならない」
「う、……」

 仰るとおり、です……。
 私の詰まった表情はシーマス君にバレバレで、いやはやなんとも、面目ない。

「中隊を持つのは初めて、って感じですか?」
「勉強だけはしてきたんだけどねー。実際に持つとなると勝手が違うじゃない? なぁんか初日から不安になっちゃった」

 まだ何もない部屋を見渡して、シーマス君の正面の壁に私も背を預ける。
 任命初日から補佐官に叱られてしまうようでは本当に後先不安だ。不安すぎる。
 
「そういう上官のために補佐官がいるのでご安心を。不安な時は手取り足取りお手伝い致しますよ」
「シーマス君みたいな爽やか青年が言うと、ハマりすぎてて逆にやらしい……」
「輪をかけて失礼ですね、ヨーコ少佐」
「いやいや、素直な感想よ」
「それが失礼なんですよ」

 シーマス君的には上司に恵まれなかったのかもしれないけど、私は大変部下に恵まれたみたいだ。国境を二つも越えてきた割に、待遇がよくて私も驚いているところです、まったく。
 ――ただ、大変申し訳ないのは、私がここにいるのがこの国のためでないことだ。私はヴァルトハイムをこれ以上大きくさせないために、あの人を止めるためにここにいる。この国に命をかけているわけじゃない。でもそれは絶対に気取られてはいけない。それが知れたら私はスパイと何ら変わらない存在になってしまう。本当に人のいい国だから、壊させたくないという気持ちだってある。シーマス君もいい部下だし、うまくやっていきたいと思う。

「……うん、これからよろしくねシーマス君。手取り足取り手伝ってもらっちゃうんだからね」
「それはもう、喜んで」
「さしあたっては、おいしいランチといろいろ小物が必要なんだけど。案内お願いできる?」
「勿論です」

 すっからかんの本棚。広いだけで何も乗ってないデスク。
 白いカーテンだけが存在感を放ってぱたぱたと揺れる中、シーマス君に続いて部屋を後にした。
 


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2010.10.13(Wed) | 近代戦パロ | cm(0) | tb(0) |

囚われの森



 城という建物がこんなにも薄暗いとは思っていなかった。
 こちらへ移って三日、一度も十分に寝つけてはいない。自分のいる場所を見慣れることもない。寝台に寝転がり、見慣れない天井を見つめ、冬二は深く深く息をついた。目を閉じて、思い浮かぶのは焼けた故郷。右の肩の痛みが怒りを呼び起こす。大事なものを何一つ守ることができなかった。あの土地の人間が代々神木として大事にしてきた大きなモミの木も、自分が心を尽くして仕えてきた家も、その家の大事な大事な一人娘も。
 あの日、みのりを地下室に押し込むと、冬二はいち早く屋敷へと向かった。無論、みのりの祖父であるファルーナの首長を守るためだ。降伏するとはいえ、潰される気はない。話し合いで済ませられるならそれがベストだと誰もが考えていた。実際はそう上手く事は運ばず、ヴァルトハイムはファルーナごとき小さな領土はどうでもいいのか、銃弾や爆薬の限りを尽くして土地を焼いていった。爆撃が酷く、不安に駆られた冬二が一度様子を見に行った時にはもう、冬二の家の目の前に砲弾が落とされ、地下が存在するのを見越しているかのように攻撃が加えられていた。冬二の目の前で大きな家が火に包まれ、ゆっくりと崩れていった。地下の人間を助け出そうと飛び出したが、屋敷に残っていた男たちに止められてしまった。何一つ守ることが出来ずに、ただ見ていることしかできない自分が歯痒かった。家のためにもみのりのためにも、わざわざ最前線に出てきた、あの国王を撃ち殺すことしかできることはなかったはずなのに、結局それも叶わず、右肩を負傷して、今ここにいる。
 冬二をヴァルトハイムへと連れ帰ったのは他の誰でもない、ヴァルトハイムの国王だった。何かファルーナの情報を聞き出すためかと思えばそうでもなく、ただ王城に部屋を与えられ放り込まれた。ただひとつ言われたことと言えば、「お前が生きている限りあの地域にこれ以上損害を与えることはしない」という一言だけで、つまり自分は人質としてここにいるらしいと冬二は理解した。自殺をしようものならファルーナは名前すら残さずヴァルトハイムのものになる。まだ名前が残っているのなら、十分再生のチャンスはあるのだ。
 ――正統な後継者がいないだけで、再生する余地はある。
 唇を噛み締める。あの時自分から離すべきではなかった。みのりの言うことを聞き入れて、側に置いて屋敷に一緒にいれば、みのりを守ることくらいはできたのではないか。危ない目に遭わせたくなくて、見せたくなくて、けれどそれで失ってしまうのでは何の意味もない――!
 唇の端を噛み切って拳を硬く握り締めると、控えめにノックの音がした。上体を起こし、「どうぞ」と扉に声を掛ける。

「――失礼する」

 開いた扉の向こうから一歩部屋の中に足を踏み入れたのは、元第一王子、あの国王の腹違いの弟である大和だった。予想外の人物ではあったが、こちらに来てようやく動きがあるらしい。連れられてきてから一切の音沙汰がなく不安に思っていたところだ。

「肩の傷はどうだ?」
「あ? ああ、貫通してたからな、普通に消毒しときゃ治る」
「そうか、ならいい」

 大和は安心したように息をつき、それから真っ直ぐな瞳で冬二を見つめた。

「お前にはこれから国防軍を城の意志の下に取りまとめてもらう。国として戦争をするのに城と軍ですれ違いが起こるのは困る。城と軍との間に入り、城の総意として軍を纏めてくれ」
「……は?」

 その一文字だけしか口から出てきそうになかった。
 意味がわからない。いや、でも確かに、それならこの待遇も理解できそうな、いや、できるわけがない。

「……正気か? 俺はいわば人質だろ、そんな奴にでかい軍任せるなんてどれだけ危険か分かってんのか」
「ああ、俺もどうかしてると思う。だが陛下からお前の処遇は一任されてるんでな。正直軍の面倒を誰かに見てもらわないと俺の身が保たん」
「お前の苦労なんか知るかよ」
「そうだろうな。だが、お前は城に攻撃なんてできない。だから任せるんだ」

 疲れきった顔をしているくせに、王子は勝ち誇ったような顔でこちらを見る。
 実際勝っているのだからその表情に間違いはないのだが、腑に落ちない。
 どちらにしても要求を呑まなければ、ただでさえ焦土と化した故郷がどうなるかわからない。
 一瞬の逡巡の後、冬二はゆっくりと頷き、「わかった」と答えた。

「その返事を聞けて安心した。……では本日より城内を自由に歩いて回るといい。自分の陣地を知っておかなくては話にならないからな」
「窮屈で死にそうだったんでありがたいな。お前のことは何て呼べばいい。殿下とでも?」
「いや、大和でいい。王子らしい仕事なんてしてないもんで」
「じゃあ大和。俺のことは冬二でいい」
 
 握手を交わすこともなく、ただ淡々と名乗りを交わすと、それだけが用事だったとでも言うかのように今後の予定など告げることもなく大和は部屋を出て行った。
 重い音を立てて閉まる扉を見つめ、冬二はひとり拳を固く握った。




『お前は城に攻撃なんてできない』

 故郷を滅ぼされ、こうして敵国に囚われている以上、今ヴァルトハイムにおいて自分以上の爆弾めいた存在はいないだろう。それを、大和はできないと断言したのだ。土地を盾にとれば動けないだろうと踏んでの挑発か、何にせよ冬二は反抗することなどできずに大和の要求を呑んだ。自分の意思より故郷を大切に思うのは仕方ない。守りきれなかったのだから、あの場所のこれからくらいは守らせてくれなければ困る。
 大和が部屋を出て行ってすぐ、冬二も部屋を出た。やっと部屋を出ることを許可されたのだから見て回らないわけにはいかない。ここにいる以上確かに自陣を知っておかなければ話にならない。
 薄暗いのは冬二の部屋だけではなく、城全体だった。どこへ行っても明るい場所には出られない。ここで働く人間はいつか体を壊すのではないかと危惧してしまうほどだ。
 メイドや近衛兵の姿もそう多くはない。王が身近に人を置きたがらないらしい、と廊下を掃除していたメイドは呟いていた。
 つまり、王は代替わりしたが、結局実質の一位権力者として動くのは大和だということだ。内政はもちろん、外交、軍事にいたるまですべての政務を大和が行なっている。国王である拓海はつまり、『鶴の一声』を具現化したようなものなのだろう。どれだけ大和の政治的実力が高くとも、拓海の一言の前には逆らえない。それが、王であるか王子であるかの違いだ。
 しかし本来ならば国王であってもここまでの政務を抱えることはない。仕事は大臣に振り分け、国王の仕事と言えば挨拶くらいのものだろう。これでは確かに大和の身がもたないかもしれない。
 大和の部屋、大和の実の妹である椿の部屋、謁見の間、時間は有り余っているので隅々城の中を歩く。国王の部屋は城の中でも一番不便な三階の奥にあった。昔から使っている部屋なのだろうが、部屋の前には守衛の一人もいない。国王が国王の扱いを受けていないなんておかしな話もあるものだ。
 たっぷり数時間をかけて城の内部を回ると、外周を回ってみることにした。森の国と謳われるだけあって、確かに緑は多い。この城で一番明るいのは庭なのではないかと思うほどたくさんの種類の花が咲き、たくさんの木々が植えられている。

「……お?」

 城の真裏、地下に通じる細い階段がある。そのまま城の地下につながっているらしいその階段はかなりの段数がある。
 地下にあるものなんていうのはいざという時の食料だとか、備蓄用の武器だとか、牢であるとか、大抵決まっている。出入りが禁止されているわけでもなさそうだったので、そのまま一段ずつ階段を下りてみることにした。
 一段一段、足を進めるごとに光が遠ざかる。
 ただでさえ暗い城の中で、一際暗い空間。階段を降りきると、そこはやはり牢だった。しかしあまり使われている空気はない。この国は軍と城が直結しているわけではないから、城が悪人を捕らえるということがないのだろう。粗末なベッドだけが置かれている牢が六区画。そこそこの広さがある牢のフロアを眺めて歩く。

「……?」

 中ほどまで歩くと、一番奥の牢が怪しいことに気づく。
 誰かがいる。城に捕らえられるなんて、一体何者なのだろう。
 近づく。余程の極悪人なのかと思えば、隅でうずくまるその背は子供のように小さい。
 更に近づけば、すすり泣きのような声も聞こえてきた。

「おいお前――」

 格子越しに声をかければ小さな背中がびくりと震え、更に小さく縮こまった。同時に上げた小さな悲鳴はどう聞いても女のもので――

「みの、り?」

 どう聞いても聞き覚えのある声で、
 どう聞いても忘れられない声で、
 ゆっくり振り向いたその顔が、もう失ったはずの少女の存在を強く冬二に知らしめる。
 
「みのり!? みのりか!?」

 もう誰が聞いていても構わない。大声で名前を呼び、格子にしがみ付いて中の様子を窺う。
 牢の中の少女は驚いたように目を大きく見開き、それから心底安心したようににこりと笑って大粒の涙を両の瞳から零した。

「あ、会いたかったぁ、よかった、ほんとに、会えてよかった、とーじさま……」

 小刻みに震える体を細い両腕で抱き締めながら、牢の少女は何度も「冬二様」と名を呼んだ。
 それがいつもの響きと違っていて、どれだけ彼女がこの時を迎えるまで怖い思いをしてきたのかを察することができる。今すぐこの格子をブチ破って抱き締めてやりたいのにそれができない自分がとても歯痒い。どうすれば彼女を牢の中から出せるのか、それすらこの城をよく知らない自分には分からないのだ。
 分かったことはひとつだけ。

『お前は城に攻撃なんてできない』

 その言葉の意味。
 いざとなれば彼女を盾にするつもりだということ。

「ッそ……!!!」

 今日何度目かになる握り拳をつくる。ただ今回は、強く握りすぎて爪が手のひらに刺さり、手首にむけて紅い筋を流させた。

2010.08.04(Wed) | 近代戦パロ | cm(0) | tb(0) |

クリスマスの狭間で



 贖罪を。

 贖罪を。

 贖罪を――。



「瑶子せんせーいっ!」

 耳元で大声を出され、飛び起きる。職員室の机に突っ伏して眠っていた私のすぐ隣には、受け持つクラスの生徒がノートを手に立っていた。ごめんね、と生徒に謝罪の言葉を告げてから、生徒の持ってきた質問への対応をして、放課後だし早く帰りなさいと帰宅を促しておいた。部屋から小さな背が消えるのを見送ってから、傍らに置いたマグに口をつける。
 あの後すぐに国を出る準備をして、首都を飛び出した。士官学校での単位はあの時点ですべて取り終えていたので、そのまま学校に残って例の作戦に参加したのもただの惰性とも言える。どうせそう大きな戦争には巻き込まれやしないだろうという、平和への安心感。もしかすると軍人になった自分に酔っていただけなのかもしれない。
 国境を越えただけでも国の空気は大分違った。こうして子供たちの相手をしているとより強くそう思う。別にヴァルトハイムは国民皆兵制度を採っていたわけではないし、初等教育から軍事国家としての心構えを教え込んでいるわけでもない。ただ大きく空気が違うのだ。大人の生活が違えば子供の生活だって違う。この国は、戦争をしたい国でもする国でもない。国土を守ることには秀でているようで、入国の際の審査はとても厳重だったけれど、スパイ疑惑をかけられても仕方の無い自分が入国できて、こうして職にも就けているのだからもしかすると多少緩くはあるのかもしれないが、軍人としての生活に疲れていた自分としては過ごしやすい国でもあると思った。
 放課後を迎え、窓の外が段々暗くなるのがわかる。今日は私が日直だから、戸締りをして回らなければいけない。マグの中のコーヒーを飲み干すと、懐中電灯を手に職員室を出た。



 国を飛び出して二年。国に留まるのが嫌で、でもどうしたらいいかわからなくて、国境を越えてすぐの小さな町にある学校で働くことにした。人手が足りないから、と校長は私のこれまでを深く聞きださずにいてくれた。小さな町だし、国境間近だから、この国の人間かそうでないかくらいはすぐに見分けがついてしまうのだろう。
 勉強は自分でするのも教えるのも苦ではない。子供たちに勉強を教えながら、空いた時間で各国の情勢の把握に努めた。軍は前線のようだけれど、下層にいたのでは情報の統制がされてしまっていてあまり意味が無い。自軍の士気を保ち、且つ高揚させるためには有利な情報を多く流すべきだ。軍が須らくそういった使命を持っているのなら、ヴァルトハイムはなかなかまともに動く軍を持っていたということになる。
 私が気になっているのはたったひとつ。――何が拓海くんをあの狂気に駆り立てたのかということ。
 外に出て自分で客観的な情報収集をすれば役に立つ情報もいくらか手に入るだろうと思っていたけれど、作業は難航。二年経ってもまだ、私は彼の思想に納得しきれないでいる。精神の弱い人ではないから、何か彼なりに筋の通った理由があるはず。でも、それが何なのか私には分からない。だからきっと私は、暴力ですべてねじ伏せようとする彼は一生理解できないだろうし、彼が率いる軍にいることもできはしない。私はそんな軍人になりたいわけじゃないから。ヴァルトハイムを守りたいという気持ちは、そりゃあ、そのための軍だからそうしたかったけれど、自分の信念を曲げることはどうしてもできなかった。
 そう数は多くない教室を回りながら、一つ一つ窓の鍵がきちんと閉まっているかチェックをする。施錠が忘れられてることもザラにある。子供のすることだから仕方ないけど、軍なら追加の訓練は免れられないだろう。今日は幸いどの教室もしっかり施錠がなされている。感心感心、と思いながら最後の部屋の窓に近づくと、

「――ッ!?」

 窓が、揺れた。
 びしびしと今にも割れそうなほどにガラスが緊張しているのがわかる。
 これは、これは、まさか。

「瑶子先生ッ!!」

 ばたばたと音を立てて教室に駆け込んでくる音。振り返れば同僚の男性教師が肩で息をさせていた。その表情から、驚きと戸惑いが見て取れる。

「ヴァルトハイムの国防軍がッ、国境付近で戦闘を始めたらしくて……!」

 ――何が目的なの? ただでさえ大きい国なのに、ここを落とすことに、貴方に何の得があるの? 国を疲弊させるばっかりじゃない!

「……実際に戦闘が始まったのはこの地域なんですか?」
「い、いえ、詳しいことは報道を待ってみないと」
「そう、ですか」

 なら、多分威嚇砲撃だ。何の前情報も無しに攻撃とは恐れ入る。確かにヴァルトハイムの兵器の質はいいけれど、さすがに国ひとつを一日で落とせるなんて拓海くんも思ってはいないだろう。実際にまだ攻撃をこの地域が受けていないなら、宣戦布告代わりの威嚇射撃と捉えるのが良さそうだ。
 ただ、何故この時期に。いいや、時期は問題じゃない。どうしてこちらに。なんで、どうして。この国もまたあの時みたいに圧倒的な暴力でねじ伏せるのか。

「……どうしても私を軍人にしておきたいみたいね」

 罪を購いなさい、と毎日夢の中で誰かが私に言う。
 ――たくさんの人を、不条理な戦闘に巻き込んだまま逃げた罪。 
 自分の気持ちのために、たくさんの人の命を犠牲にするかもしれないという、罪。
 購うためには、私は軍人であり続けなければならないらしい。それしか、道は無いのだろう、多分。

「一応、校内に生徒が残ってないかもう一度確認してきますね。先生は職員の皆さんに避難の指示をお願いします」
「は、はいっ」

 まだ慌てた表情の同僚に冷静に指示を出すと、きっちり戸締りを確認して私も教室を出た。
 やることは決まってる。彼を許さないことだ。そのために私は、安穏と暮らしているわけにいかない。




 私がローテブルクの王城のある首都へと辿りついたのは、それから一ヵ月後のことだった。



2010.03.05(Fri) | 近代戦パロ | cm(0) | tb(0) |

迷いの森



『戦争は大義名分を得た大量殺人の行為だ』

『たとえマクロの視点で政治行為と位置づけても、指揮され動かされるお前はミクロの視点じゃただの殺人者』

『その現実から目を背けて軍人名乗れると思うなよ』

 凶悪に笑った彼が、火に囲まれながらその台詞を紡ぐ。
 違うと何度も叫んだ。違う、違う、違う。
 私はそんなことを認める軍人になりたかったんじゃない。そうじゃない、人殺しになりたかったわけじゃない。目標のための過程で致し方なく犠牲が出るとしても、先があるから軍人でいられるのだ。間違っても人殺しになりたかったわけじゃない。そうじゃない。殺人者になるために父や兄は死んでいったんじゃない。違う、私がそれを認めたら父と兄に失礼だから。
 彼の声がどんなに正しく聞こえても、どれだけ揺さぶりをかけられても、私は屈するわけにいかなかった。
 あの日、屋敷の周辺一帯には彼によって火が放たれた。あの土地の人々が古くから守ってきた、大きなモミの木にもその火はうつって、主力部隊が撤退した後何時間も消火活動が行なわれたらしいけれど、火が消えた時にはもう大きな木はただの炭になっていたということだった。




 軍の一部を占領地域の統率のために残し、私たちは国に帰った。なんてことはない、ただの暴力だった。小さな土地を、圧倒的な暴力でねじ伏せただけ。アリの行列をゾウの足が踏んで歩くようなもの。
 拓海くんの豹変具合にも、作戦内容にも、燃え上がる町にも、すべてに嫌気が差していた。私は、奪う側には回りたくなかったのに。守ろうと思って始めたことが最後には奪うことになるなんて、それは違うと思う。思いたい。そうじゃなきゃ、嫌だ。
 戦車を降りて、自分の監督する小隊に翌日以降の指示を与えて解散させ、私は小隊の車庫へと向かった。一応、こんな戦闘でも戦車にダメージがなかったか確認するためだ。
 
「瑶子隊長っ」

 道中、背中に声が掛けられる。ゆっくり首を回すと、まるで子犬みたいに嬉しそうな顔をした慎吾くんが、私の目の前でぴたっと止まると一度敬礼の動作をとる。しかしすぐそれも解いて、へへへー、と締まりのまるでない顔で笑った。

「戦車、見に行くんスか?」
「そう。一応ね」
「俺も一緒に行っていいっスか?」
「いいけど、疲れてない? 最前線なんて疲れたでしょう」

 自分の喉から出る声がこんなに冷たくなるとは思わなかった。慎吾くんは仕事を全うし、勲章モノの働きをした。それの何が気に入らないと? 軍人ってそういうものじゃない?
 慎吾くんは私の声の冷たさになんて気づかないようで、いえ! と元気よく返事をする。

「なんかもう興奮して、このまま宿舎に戻って寝るなんて勿体無いと思いまして!」

 ――結局、拓海くんは本当に作戦通り、首長一族の抹殺を命じ、自分で見つけた相手に関しては自ら手を下した。
 向こうからは全面降伏を条件として出されたが、元々聞くつもりはなかったのだ。首長の一族に代々仕えてきているという一族の者が屋敷を守るために立てこもっていたが、この数が相手ではどうやっても敵うはずがない。反抗が酷い者は何人も蜂の巣にされた。盾代わり矛代わりだったはずの私たちはほとんど何の役目も果たすことはできず、事の次第をただ見守るしかなかった。
 最後、玉座にも似た場所で青年がひとり、首長である老人を守るためにそこに立っていた。こちらに攻撃をさせないためなのか、彼は武器らしきものは何も持っていなかった。私たちから見ればその老人はただの老人だが、彼らにとってはとても大事な老人で、自分の命を賭してまで守る価値のある相手で、圧倒的な暴力が文化を捻って消していく。見ていられない光景に、老人に銃口を向ける拓海くんに何度も思いとどまるよう声を掛けた。後ろにいた部隊には失礼だ不敬罪だなどと詰られたけれど、彼はこんな人ではなかったのだから、それを知っているのがこの場に私しかいないなら私が止めるしかなかった。
 私が彼に縋った瞬間、物陰に身を潜めていた何人かの敵勢により弾幕が張られた。慎吾くんを始め、最前線の兵士がこの行動を反抗と見なし迎撃を行なう。
 武器を手にせず仁王立ちだった青年は服の下から拳銃を持ち出してこちらに構えたけれど、拳銃の有効射程距離なんてたかが知れている。その場にいる分には銃弾も怖くないはずだった。でもそこを裏切るのが彼らしい。彼は前方に配置した護衛の兵士を退かせて一歩ずつ青年に近づいていったのだ。誰もが慌てたけれど拓海くんはいやに冷静だった。自分の銃の先は老人に向け、「一撃で仕留めないと守りきれないぞ」などと挑発さえしている。
 慎吾くんは、手を出すなと言われて黙っていられる子ではない。命令されていない限り、自分にできる最大限のことをした。すっかり熱くなってしまったマシンガンを捨て、弾薬の減っていない私のライフルを奪うと構えて、青年の右の肩を撃ち抜いた。屋内なんて普段撃つ機会がないことと、距離を考えれば狙撃手並みの視力と腕の良さだ。慎吾くんの放った銃声をきっかけに、拓海くんも引き金を引いた。あっけなかった。それで終わりだった。
 あの数の兵士に囲まれて、フェアな対決など有り得ない。青年にできたはずなのは誰よりも早く拓海くんの左胸を打ち抜くことだった。でもそれをしなかった。拓海くんにしても元々フェアな対決などするつもりはないし、あの場で前に出られたのも、軍を信用しているからだ。私の隊を先頭にさせたのはそういう意味もあったのかもしれない。慎吾くんの行動は正解だ。国王陛下を守ったのだから。
 
「活躍したものね、慎吾くん」
「いっやあ、そう言われるとやっぱ照れますねえ」

 帰り道でも小隊のみんなにだいぶちやほやされていたようだし、私の個人的な感情は抜きにして、今日はただ彼を褒めてあげなければ。部下の頑張りを見るのは上司として嫌なことでは決してない。




 車庫に着くと、シャッターの前に人だかりが出来ていた。何だろうと慎吾くんと一緒に近づけば、それはただの人だかりではなく、国王陛下とその護衛だった。
 慎吾くんがいち早く、私も続いてその場に跪く。

「顔上げろ」

 その声の後、ざっと周囲の気配が消える。陛下が護衛を下がらせたらしい。

「……陛下、我が小隊に御用でしたでしょうか」
「ああ、そいつに勲章をくれてやろうと思ってな」

 思ったより優しい声だった。ぴりぴりした空気は感じられない。
 そいつ、というのは慎吾くんのことだ。慎吾くんもそれがわかったのか、驚いたような、少し困惑したような瞳で私を見た。

「正式な式はまだ先になるだろうが、どうせ正装も持ってねぇんだろ。用意させておけ」
「はっ」

 煤で汚れた軍服姿で陛下はそう私に指示を出し、次に慎吾くんの前に立って、その頭にぽんと手を乗せた。子供を褒めるのと同じ感じだ。

「――よくやった、それでこそ軍人だ。礼を言う」
「れ、っ」

 堪えきれずに慎吾くんは立ち上がった。横から見たその瞳はきらきらと輝いていて、やっぱり子犬みたい。ご主人様に褒められて嬉しくて仕方ない子犬と同じ。
 
「お礼なんてっ、そんな、俺は当然のことをしただけで! それより陛下が前線に出られるなんて、あの、えっと、カッコイイと思うし! 俺っ、もっとこの国で頑張ります!!」
「そうしろ。従順で腕もいい、本当に将来有望な男だ、なあ瑶子」
「……喜んでいただけたのなら何よりです」

 でも、でもね、私はあんな暴力を許すために軍人になったんじゃない。
 拓海くんだって言ってたじゃない。国が正常に機能しているなら自分の出番はないって。何が貴方をそうさせたの? 彼をここまでの狂気に駆り立ててしまったのは一体何なんだろう。それを知れば私は彼の行動を理解してあげられる? 否だ。どんな理由があったって、理解しちゃいけない。
 相手をねじ伏せ、殺さなければ得られない平和なんて、そんなの違うと思う。
 私の思いに反して、拓海くんは言う。

「このまま放っておいたらこの国は必ず腐る」

 今以上に腐りきった状態を私には想像できません。

「根から薬を吸い上げて、必ず腐る。国を守る気持ちがあるなら今留まることを良しとするな」

 だからって、今日の戦闘が良いものだったなんて私には思えない。

「この戦争が終わるまで俺に着いて来い」

 彼がまたその言葉を言うから、慎吾くんが瞳を輝かせて頷くから、私は口答えせずにはいられなかった。

「――この戦争はいつ終わるんですか、戦争が終わった先にこの国はどうなっているんですか」

 彼がしようとしていること、

「平和という言葉に甘えるなと仰いましたが、ならどうすれば平和になるんですか、平和にするために軍にいちゃいけないの!? それぞれの国が独立していればいいじゃない、国を殺す必要なんかどこにもない! 戦わなきゃ平和にならないなんてそんなの、絶対違う……!」

 無茶苦茶なのにとても真っ直ぐに見えるその瞳が、少しも理解できない。
 口答えをする私に慎吾くんは厳しい口調で「隊長!」と嗜めるけれど、そんなの聞いている場合じゃなかった。国王による高度な洗脳行為だ。私は、私の信念があって軍に入った。捻じ曲げられるつもりはない。
 拓海くんは私を冷えた目で見てから、薄く笑った。

「俺は“今”と言った。その後なんざ興味はねェんだよ。移動中の通信にしたってそうだ、俺は戦争が終わるまで着いて来いと言った。有事の時に動いてこその軍だろう、そして、有事かどうかを決めるのは俺なんじゃないのか?」
「それは、貴方が有事だと思えば永遠に有事ってことでしょう? ……着いていけないわ、私世界征服には興味ないの」
「世界征服ね、悪くねぇなそういう趣向も」
「ふざけないで!!」

 国を何だと思っているのか、働くアリやハチと同じとでも? 踏みにじる人間がいて、踏みにじられる人間がいる。火を放つ者がいて、火を放たれる者がいる。ファルーナの現地はどうなっているのだろう。彼が火を放ったあの屋敷は。すべて終わってから処刑されたあの一族は。私は、勝ちや負けの二極構造で片付けられる平和なんて嫌だから、絶対的な支配者と被支配者という構図もまた、受け入れることはできない。

「……どうして、なんでそうなっちゃったの? 拓海くんはこういう人じゃなかったじゃない……」
「っ、隊長! 陛下に失礼っスよ、そういう口の利き方は……!」
「だってこんな人じゃないんだもん、仕方ないじゃない! 国王になったり、突然戦争仕掛けたり、あんなにたくさんの人を犠牲にするようなこと、」
「瑶子」

 拓海くんが私の言葉を遮る。
 そして、あの屋敷の中で見たような凶悪な笑みを浮かべた。

「勘違いするな。戦車も銃も手榴弾も、使う日のためにメンテナンスを欠かさないんだ。そしてお前ら軍人は、そいつを使用し、結果を得るために存在している」

 結果?
 銃や戦車を使って、その結果? 結果はどの時点を以って結果とするのだろう。それを決めるのは誰? 私? 彼?
 彼ならば、その結果はいつだって争いを生むだろう。先が無い。終わりがない。永遠に続く戦いの渦の中に私たちは放り込まれる。彼が彼の信念を私たちに納得させない限り有意義な戦いにはなりそうにない。……いや、どんな理由だって私は、残虐さをスタンダードな通過点にするような軍人には、けしてなりたくない。
 自分の大事な小さな土地を、大事な人を守るための戦いに、残虐さなど一滴も必要ない。
 私は大きく息を吸って、吐いて、目の前の男の目を見た。いやに澄んで真っ直ぐだから、私はやっぱり不安になった。それでも根は揺るがない。私はこの人のやり方を許すわけにはいかないから。

「……陛下がそう仰るなら、私はこの国を捨てざるを得ません」

 迷いは、そう、多分、少しもなかった。

2010.02.16(Tue) | 近代戦パロ | cm(0) | tb(0) |

森の守護者  3



 そんなことを思い出した。もう何年も前の話だ。私も拓海くんも、もっと若かった。私もある程度実戦経験を積んだし、昇進やデスクワークに興味の無かった拓海くんは現場の兵士としてもっと戦場に出たのだろう。そして? その結果が?
 狭い戦車の中、戦車長の席から絶えずペリスコープで前方を確認する。軍の先頭を走っているため、後方の確認は取りあえず必要がない。その代わり、前方からの攻撃には細心の注意を払わねばならなかった。この隊が攻撃を受けて使い物にならなくなれば、それはすぐ後ろを走る国王陛下にも危害が加わることとなる。無数の戦車が走っているのだから要人は黙って中央にいればいいものを、彼はこの隊のすぐ後ろの戦車に搭乗している。適当な仕事は許されない。
 がりがりがり、と履帯が大地を削って走る。随伴する隊員は戦車の装甲に乗っていたり、別の装甲車に乗っていたりと様々だ。
 城を出てから二時間ほどになる。ファルーナは鉄鋼輸入の相手だ、毎日何度も鉄鉱石を積んだ車が行き来している。そんなに遠くない。だからそろそろ、シンボルであるモミの木のてっぺんくらいは見えてきそうなものだった。

『瑶子、お前乗り気じゃねぇんだろ』

 戦車のエンジン音に混じって無線から拓海くんの声がした。せっかくすぐ後ろを走るのだから無線くらい繋がるだろう、と個人的に手渡されたものだ。彼は優秀なメカニックだから、こういった通信機器の改良もひとりで試行錯誤していたのだろう。軍で普段使う無線を考えると、こちらの方が格段に音質が良い。ノイズが少なくなるようにしているのだろう。

「お言葉ですが陛下、狭い戦車や装甲車に乗って数時間移動するというのは、到着後仕事が無かったとしても疲れるものです。せいぜい一個連隊って程度が妥当なんじゃないですか」
『甘いんだよお前は』

 何だかんだで結局王位についたあんたには言われたくない。そう思うけど、これが他の隊員に聞かれたら後で厄介なことになりそう。そこは堪えて、然様ですか、と返した。

『お前は軍にいることで現実を見ているつもりなのかもしれないが、甘い。理想と、平和って言葉に酔ってるだけだ』
「理想を持つことも、平和を夢見ることも必要なことだと思うけど」
『理想じゃ敵は倒せねぇんだよ。この国は今日から変わる。目的を達成するまでは、現実主義の軍事国家として俺が機能させる』
「またまたお言葉ですが、陛下。貴方が機械以外のもの、人間の動かし方にまで精通しているとは思えませんが。正当な理由なく部下が着いてくるとお思いで? それとも暴力でねじ伏せる? それは軍事国家じゃなくただの独裁っていうんですよ」
『いい加減諦めろ、瑶子。お前は軍人のくせに正当な戦争なんてモンがあるとでも思ってんのか? 俺が軍事国家っつったら軍事国家なんだよ。王政敷いてる以上、俺が黒と言ったものを黒と思うのが臣民ってもんだろ? それが嫌なら革命でも起こすんだな』

 彼の心の変化がわからない。
 階級や地位には固執しない人だったのに。だからこそ私もあれだけ気楽に話せていたし、素敵な同僚だとも思っていた。それがどうして、どうして突然国王に? どうして全面戦争を? これまでの戦争の相手は連合国や中規模の国だったからまだ国土防衛という面での大義名分がある。でも今回は、これはただの暴力だ。そういう人ではないと思っていたのに。彼ならどんな理由があっても国王になんてならないと思っていたのに。

「……貴方が何考えてるのかわかんない」
『知りたきゃ着いてくればいいだけの話だ。お前はヴァルトハイムの軍人だろう、死ぬまで国に尽くして、戦争が終わるまで俺に着いて来い』

 彼の言葉の意味すら理解できなくて通信をこちらから切った。
 まるでプロポーズだ。でも、一生を“現実的な”軍隊に縛り付けられてしまう、魔の言葉にも聞こえる。あの言葉を受け入れて見える先は、まさしく人生の墓場という奴なのかもしれない。
 



 通信を切ってから三十分近く経って、小高い丘の上までたどり着いた。そこからは自治区の全体がよく見える。鉱山に囲まれた小さな町。中心には首長一族の住まう屋敷が立てられていて、その他はヴァルトハイムの郊外にもありそうな町並みが広がるばかりで特別なところなどない。ここから軍はいくつかに分かれて、ファルーナ自治区を戦車で包囲する。砲撃は全体で三度、使用する隊も決められている。戦車砲の目標は当然民家だ。鉱山を占領する目的で侵略しているのだから、下手に鉱山に攻撃は加えられない。……民間人がたくさんいることは分かっている、でもそれが命令なら従うしかない。軍人は命令に生かされている。慎吾くんの言葉が蘇った。
 戦車による威嚇砲撃が終わったら、歩兵が素早く制圧にかかる。民間人には極力手を出さず、首長一族の屋敷を占拠する。これだけの人数がいればそう時間はかからないだろう。
 合図の戦車砲が、三発、轟音と共に民家に向かって撃ち放たれた。爆音と一緒に民家が崩れ落ちていく。それを見届けて、うちの隊が先陣を切って走り出した。先頭はどうせ、若くて血気盛んな慎吾くんだろう。ここから見える限りでも、民家の窓から何枚も白い布が白旗代わりに出されているのがわかる。これだけの規模で移動していればそりゃあこちらにも情報くらい伝わっているだろうし、降伏の姿勢を取るのも当然だ。兵器開発で大きくなったヴァルトハイムに応戦しようなんて無理な話なのだから。

「おい」

 私も、前日に念入りに整備したライフルを手に慎吾くんたちの後を追おうとしたが、数人の護衛を伴った拓海くんに呼び止められた。
 振り返り、その場に跪く。

「跪くくらいなら何でさっき通信切ったんだ」
「戦車前方に野良犬が飛び出すのが見えたもので、申し訳ありません」

 国王陛下とはとても思えない、いつもの軍服姿。階級章も少尉だし、変わってはいないらしい。軍服の袖を肘まで捲り上げた右手にはライフルがあったが、私のものと少し違うだろうことがぱっと見でもわかった。きっとこれも彼自身が改造を施したのだろう。普段ライフルを撃ち慣れていないから、それを補えるくらいの精度にはなっているんだろう。
 謝る気の毛頭ない私に、拓海くんはいつもと同じ調子で、嘘つけ、と言って笑った。それから表情を引き締めて町中央の屋敷を見つめた。

「行くぞ」

 これだけ意味のわからないことをしようとしているのに、どうしてこの人の表情はこんなにも真剣なのか。何の見当もつけられない私は、大股で歩き出す拓海くんの背をただ追うことしかできなかった。




2010.01.28(Thu) | 近代戦パロ | cm(0) | tb(0) |

森の守護者  2


『――お前、何で士官学校、……いや、軍にいるんだ』

 薄暗い車庫の隅から低い声がする。聞きなれているその声の主は、今瑶子のとなりに座っている。軍でも当然有名人の拓海だ。研修期間ということで配属された小隊で、瑶子は拓海よりひとつ上の階級で、いわば上司の立場であった。拓海が有名なのは彼が王族であるからというのも理由のひとつではあるが、そんなことは軍の誰もが知っていることなのでどちらかと言えば王族とは思えないほどの機械好きという部分の占める割合の方が大きいだろう。朝は早くから、夜は遅くまで、隊の戦車や支給武器のメンテナンスを欠かさない。かくいう瑶子もそういったメンテナンスは細かくやるべきだと考えていたし、作業自体も好きだったために、夜はよく拓海と車庫で武器を手に調整を行なうことがよくあった。この会話も、その時のものだ。

『なんで? 女が軍にいちゃいけない?』

 そういう意図での質問かと思い瑶子が先手を打つように返せば、そうじゃねぇよ、と拓海は若干不機嫌そうな声を出した。

『やる気があって能力が伴えば性別なんざ問題じゃねぇ。だが、女は看護学校に入る奴の方が断然多いのも事実だろ』
『あ、そーゆーこと』

 看護学校は士官学校に併設されている。確かに女性は看護学校に入学する方が圧倒的に多い。負傷した兵士の治療などをするのが看護学校生、及びその卒業生の役割だ。前線で治療を施すことももちろんあるが、戦うか戦わないかという点で士官学校生や兵士とは異なるし、応急処置のできる兵士は別だが看護士となると非武装のため、国際的にも条約で保護されていたりする。だからといって看護士たちが全く前線に出ないわけではないし、安心というわけでもない。流れ弾が当たったり、敵国が条約に批准していなければ国際法の存在も無意味。寧ろ死ぬかもしれないと最初から分かっている分兵士の方が精神的には楽かもしれないくらいだ。それでも女性が看護学校に進むのはやはり母性本能からくる保護の気持ちが強いからなのだろうか。重い武器を手に戦うという点を考えれば、体力の問題もあるのかもしれない。しかしそういった理由があっても、瑶子は自分自身で軍人としての道を選んだ。

『うち、兄が三人いるんだけどね、上の二人が軍人で、父も軍にいたの。まあ階級も大したことないんだけどね』
『やっぱり多いな、そういう奴は』
『そうなんだろうけど。でもやっぱり身近な人が前線で戦ってたと思うと、自然と私もね。普通の志願兵でもよかったんだけど、いろいろ悩んでるうちに戦闘で三人ともいなくなっちゃった』

 瑶子がその事実を告げても、拓海はサブマシンガンの手入れをするのを止めなかった。代わりに、ふうん、という、どういった感情なのかわからない声が届けられる。
 父も軍人、三人いる兄のうち上の二人も軍人だった。兵器の製造を得意とする国柄、戦闘は絶えずあった。そのための軍だ。兵器が身近なものだから志願兵も苦労なく集まるため、徴兵制度は採られておらず、瑶子の父や兄も志願兵だった。戦闘の理由は大抵が資源の問題で、大規模な鉱山を持つファルーナ地区にはなかなか攻め込めずにいたものの、周辺の小国とは何度も小競り合いを続けていた。そんな中、小国同士が集まった連合国との戦闘で父も兄も命を落とした。国境近くにある瑶子の実家には広大な野菜畑がある。元々は戦闘により一部被害を受けたその畑を守るために父も兄も軍に志願した。戦争をなくして平和にするには戦うしかない。父も兄もそう言っていた。矛盾していると思った。でも、理解することはできた。

『……父と兄の分も私がこの国を平和にしたいって気持ちがあるの。そのためには上にいなきゃいけないから士官学校に入った。戦争は一種の政治手段でもあるわけだし、国土防衛には携わりたいと思ってたしね』

 甘いのだろう。
 甘すぎるのだろう。
 それでも瑶子は、現実だけを見据えて生きるのは嫌だった。
 父の言うように、兄の言うように、戦争をなくすには戦争しかないなんて、それが例え事実だったとしても理想くらいは持ちたかったのだ。
 夢があるから人は人でいられるのだ。父も兄も、戦争が終わりなきものだと本当に思っていたのなら、実家の畑なんてちっぽけなものを守り通せるはずもない。それでも命を落とすまで彼らが戦ったのは、そこに理想があったからだ。瑶子はそういう軍人でありたいと思っていた。現実だけを見据えた平行線の上では本当の現実なんて見えはしない。少し高いところから俯瞰するから全体がようやく見える。理想を持つことで、士官学校に入って志願兵よりも上の位からスタートすることで、現実の把握をもしたいと思っている。

『なるほどな。ファザコンでブラコンだから軍人を恋愛対象に入らねぇ、と』

 やっとマシンガンから顔を上げた拓海はにやりと笑った。明らかにからかっている。

『何よいきなり! 何の話?』

 ファザコンだブラコンだなどと突然言われる覚えはない。その上軍人を恋愛対象にできないなどと発言したことは一度だって無いのだ。第一、士官学校生と交際したことならある。士官学校生は当然軍人だろう。

『第三中隊の、どこの小隊だったかな、第五中隊六番隊の照井瑶子が落ちねぇ、って嘆いてた』
『ああ、三番隊よ。あの彼ね、だって好みじゃないんだもん、仕方ないじゃない? 小説の中じゃあるまいし、誰でもかれでもに父や兄の面影を見出したりしないの』
『どの辺が好みに合わなかったんだ?』
『うん? 顔は悪くないんだけどねー、向学心のない人って私根本的にダメなの。撃ち方がなってない、ってこの前散々注意したのに今日見たら全然直ってなかったし』

 やれやれとため息をつけば、隣に座る拓海が声をあげて笑った。

『そいつは手厳しい』
『そんなことないない。当然でしょ。死にたいの? って感じ』
『まあな。いくら微調整しても使う奴が馬鹿なんじゃあ意味がない』
『拓海くんなら話分かってくれると思ってたよー!』

 拓海についての浮いた話など瑶子は一度も聞いたことが無いが、一応共感はしてくれているらしい。恋愛のれの字も知らないようなただの王子様なのかと思っていたが、スルーされないだけよかった。

『私がたくさん話したんだから、次は拓海くん教えてよ』

 問いかけると拓海は面倒臭そうに瑶子を見て、何を、と低い声で問い返してきた。 
 瑶子にとって、隊の中で一番気楽に話せるのが拓海だった。階級がすぐ近いということもあるし、王族なのにまるで気取る様子が無い。おまけにやたらと機械が好き。妙な部分は多いが気を許せるし、好感が持てる。寧ろ瑶子のような元は一般人の女が気軽に話していいのかという問題の方が大きいだろう。

『コレみんな知りたいと思うんだよねー。拓海くんがなんで軍にいるのか』

 しかも司令官でなく、伍長。昇進にもまるで興味が無いらしい。軍にいるだけで疑問なのに昇進する気もなく、日々銃や戦車のメンテナンスといった雑務に負われている。軍服は他の兵士よりも汚れているし油臭い。こんな仕事を好きでやっているというのだから、彼は本当に王族なのかと周囲の隊士が疑問に思うのも道理だ。
 その質問の後拓海は立ち上がってマシンガンを元あった位置に戻すと、別に、と吐き出すように呟いた。

『俺は国が正常に機能してれば何だっていい。軍で下っ端やってる方が好きなこともできるしな』
『ふうん……』

 国が正常に機能していればそれでいいと拓海は言い切った。正常に機能しているとはどういうことなのだろうか。戦争をすることもまた、国としては当然の機能なのだろうか。拓海が手を差し出してきたので、瑶子は自分が調整を終えたライフルを彼に手渡した。ライフルが元の位置に戻される。その背に瑶子は自然と問いかけていた。

『国王になりたいとか、思ったことないの?』

 ライフルを戻した拓海が振り返る。そして、

『国が正常に機能してるなら、わざわざ俺が面倒な仕事やる必要もねぇだろ。そんなもん弟が一手に引き受けてくれる』

 そう言い切った。
 声は力強いのに、その時の拓海の表情は何故だか瑶子にはよくわからなかった。

『ふうん……。まあ、拓海くん政治とか疎そうだしね。メンテナンスを拓海くんが引き受けてくれれば軍も大助かりだし。ちょうどいいのかも?』
『王子サマを使うたぁいい度胸してやがるぜ、ホント』
『だぁって拓海くん、私の部下だもの。王子様といえど納得してここにいるなら容赦はしません』

 瑶子の声に、拓海もぷっと吹き出した。面白ェ女、との賛辞までいただけた。
 本当に、王子様らしい要素がどこにもない。拓海は車庫の隅にある武器保管庫の鍵を閉めると、最後に戦車の周りをぐるりと一周して最後の点検を行なっているようだった。瑶子も反対側から一周して同じように確認をする。異常はない。車庫の中にかけられた時計を眺めれば、そろそろ日付が変わる時間だった。

『おら、もう出るぞ。遅いんだから早く寮に戻れ』
『えー、ここは普通送ってくれるもんじゃないのー? 私軍人らしからぬ可愛さがあるし』
『誰がお前のためにそんな時間割いてやるかってんだよ。護身銃くらい持ってんだろ』
『拓海くんが私のこと女扱いしてないってことがよおっくわかったわ』

 ふざけ半分で言ってみただけであって、本気で期待したわけではない。予想通りの結果とも言える。
 拓海が先に車庫から出ると、瑶子を中に残したままシャッターを閉める準備を始めた。車庫の中の電気を消すと辺りが真っ暗になる。

『おい瑶子、早く出ろ』
『はーい』

 低い声を頼りに暗い車庫を出る。ガラガラガラ、とシャッターの閉められる音が耳に響いていた。



2010.01.27(Wed) | 近代戦パロ | cm(0) | tb(0) |

森の守護者



 件の総力戦を翌日に控えた日、瑶子は肩を落として訓練場の敷地を歩いていた。現在時刻は午前九時。ついさっき、隊長会議を終えたばかりだ。そもそも今回の作戦そのものに同意できないのだから会議ひとつにしても苦痛にしかならない。その上、今終わったばかりの会議で伝えられた隊の配置を思えば肩を落とすのが当然なのだ。
 自分の監督する隊の保有する戦車に近づけば、これから訓練を開始しようとしていた隊員たちが整列して出迎えてくれた。肩を落としたくとも、隊員の前では隊長であらねばならない。朝に似合う爽やかな笑顔で「おはよう」と挨拶すれば、年齢のまちまちな隊員たちはそこだけしっかり合わせて挨拶を返した。

「みんなよく眠れた?」

 その問いかけには大体の隊員が満足そうに頷いた。朝練は無くして正解だったかもしれない。残念なお知らせもあることだし、と心の中で呟く。
 入隊したばかりの隊員もいるのだから、あまり詰め込みすぎてもよくない。本来ならば、実戦に向けてはもう少し時間をかけるものだ。勿論いつ実戦が起きるかわからないから軍があるのだが、間違っても入隊して一週間の人間をこき使おうなどという考えはあまりにも非効率的だ。

「みんな揃ってるみたいだから、さっき決定した明日の行動予定について伝えておきます」
「うっしゃ、初の実戦!! 隊長っ、俺頑張りますよー!!」

 二列に並んだ隊員たちの中でも前列にいた慎吾が嬉しそうに拳を握って声を張り上げる。隊員たちの中からはくすくすと笑いが漏れていた。前から瑶子自身、きっと後方支援になるだろうからと隊員たちには話してあったからだろう。総力戦なのだから後方支援としての仕事すらないかもしれない。ただの遠足のようなものだとみんな思っている。しかしその考えは撤回しなければならなかった。

「ええ、そうね慎吾君。初めての実戦よ。この朝礼が終わったら密度の高い訓練をしてちょうだい」
「はい!!」
 
 よくわかっていないのだろう慎吾は元気よく返事をしたが、他の隊員の中には瑶子の言葉が以前聞かされていた予想とは違ったものを意味していることに気づいた者もいるようだ。
 脇に抱えたファイルを開いて、決定した辞令に今一度目を落とす。何度見たところで、紙面の命令が変わっているはずもない。

「後方支援だと思ってた皆、ごめんなさい。この第一小隊には先陣を切って敵地突入の命が下りました」

 予想通りざわつき始めた隊の声も聞かず、機械的に先を続ける。

「出国は〇六〇〇、各員輸送車及び戦車に搭乗して敵地に向かいます。到着後、作戦開始予定時刻は〇九〇〇、作戦終了予定は一二〇〇」
「ディナーはゆっくりこっちで勝利の宴ってことっスか!」
「そういうこと、だと思うわ……」

 当初は問題なくこの隊も後方支援に決まっていたはずなのだが、朝の会議で突然先頭を走るよう上官たちに話を持ちかけられた。今回の作戦、基本的に戦車は威嚇のために使うものであって攻撃手段ではない。そのため、歩兵の使い方が非常に重要になってくる。民間人を傷つけるわけにはいかないし、首長一族だからといって殺害するというのも、国に帰ってきてから詰られかねない。上官たちが挙って保身に走ったために、士官学校生に先頭を任せるという選択肢が出てきたのだろう。瑶子の周りの士官学校生が小隊長を務める隊も、この隊と同じく先頭に配置換えが行なわれていた。瑶子の隊が集団の中でも最も先に配置されたのは、上官との問答の最中に国王直々に辞令が下ったからだ。本来軍と国は別個のもので、国王が軍に対して命令を下せることなどなかったのだが、拓海は従軍経験者だ。それにこの無謀な作戦を実行しようとする強い力を持つ人物でもある。その国王陛下からの命令に軍が逆らえるはずがない。迂闊に慎吾のことなどを喋ったから面白がっているのかもしれない、と瑶子は先日の自分の発言を悔いた。
 大勝利を収めるに違いない戦闘になる。しかし、謂れの無い攻撃を黙って受けているほど向こうも馬鹿ではないだろう。進軍すればまず降伏の準備はするだろうが、こちらが下手に動けば応戦の姿勢をとるかもしれない。向こうが武器を持ち出せば、その銃弾なり何なりを一番に浴びるのはこの隊ということになる。納得した上での戦闘であれば多少の犠牲は仕方の無いものと思えるが、犬死だけはさせたくない。

「作戦は敵地の占拠、及び首長一族の殺害、ということなんだけど、……あまり手荒なことはしない方が無難ね。あちらは確実に降伏の姿勢を取るでしょうから、」
「それってどういうことスか」

 さっきはテンション高く嬉しそうにしていた慎吾の声が急に低くなる。

「陛下の命令に背いて適当な仕事するんスか!? そんなの、目の前の任務から逃げてるだけだと思います!!」
「そうじゃないわ、……ただ、奇襲をかけて無抵抗の人を傷つけるのは道徳に反していると思うだけ」
「軍人は命令に生かされてるんです、だから、陛下の命令を無視するくらいなら退役するべきだと俺は思います。城直属の軍じゃないからって、陛下の命令に背くのは国民として如何かと思いますし」

 隊がざわついた。
 慎吾の言うことは間違っているだろうか。いや、正しいのだろう。国民としてはトップの言うことに従い、国のために尽くすのが当然。この軍は志願兵だけでできているのだから尚更だ。やりたくてやっているのだから、言うことを聞くのは当たり前。だからといって非人道的な行為までが許されるのか。国王のためなら人格を捨てろと? それは間違っている、そう瑶子は思うのだが、慎吾の力強い言葉の前には返しても跳ね返されそうな気がしてしまった。
 ――こんなんで隊長なんて情けない。
 小さく息をついて、そう思う。本当に慎吾はすぐ隊長まで昇進するかもしれない。尽くしてくれる人間は軍は有難いと使ってくれるだろう。
 朝礼は適当にはぐらかして解散させた。




「隊長」

 射撃場でライフルの調子を確かめていると、近寄って声をかけてくる影に気づいた。顔を上げれば、少し申し訳なさそうな顔をした慎吾がマシンガンを片手に立っていた。
 
「さっきの元気はどこいったの? しゃきっとしなきゃ」
「あ、や、……なんか、すいません」

 慎吾は瑶子の隣に陣取ると腰を下ろして、的に向かってマシンガンを構えた。引き金を引いてすぐ、ががががが、と連続した音が響く。標的を見れば、ほとんどの弾は中心にほど近い部分を貫通していた。なかなか狙いがいいらしい。

「軍人カッコイイな、って思って、志願して。入ってすぐこんな、陛下までいらっしゃるような戦闘に先陣で参加できるなんて夢みたいで、テンション上がって、ちょっと口が滑りすぎちゃいました」
「……ううん、慎吾くんは軍人向きな考え方してると思う。間違ってないもの」

 瑶子がライフルのリロードを行なえば、慎吾も隣でリロードをする。再び銃を構えたのは慎吾が先だった。またマシンガン特有の射撃音が響く。マシンガンは弾が一箇所に集中せず散ることが多いが、慎吾は的の中央付近から大きく外れることがほとんどない。瑶子もライフルを構え、的を狙ったが専門的に練習してきているわけではないため、新人の慎吾よりも狙いが甘いようで時折中心を外した。

「隊長ってもしかしてライフル慣れてないんスか?」

 瑶子の的の様子を見て慎吾が驚いたように言う。

「まあ慎吾くんよりは慣れてるつもりだけどね。私はライフルよりも戦車火器使ってたから」
「へえ、女の人でもロケットランチャー担ぐんスね」
「やっぱり現代戦の主役は戦車だもの。なら歩兵として戦車を倒せたらカッコイイじゃない?」
「確かに。あー、なんかそういうのもいいっスね! 転向したくなってきました」

 屈託の無い笑顔で慎吾は言うが、その爽やかさとは裏腹に彼の命中率は良すぎる。弾が散ってしまう武器を持たせておくには惜しい人材だ。
 
「転向するなら狙撃手なんていいんじゃない? かなり命中率いいみたいだから、向いてるのかもよ」

 そう声を掛けると、慎吾は「俺?」と驚いた様子で自分を指差し、それから的とマシンガンを交互に眺める。短い期間でそれなりに練習は積んだのだろう、その結果があの的なのだろうが、それにしても命中させることについては筋がいいのだと思う。

「失敗はできないけど、腕が良ければ必ず仕留められる。この前陛下にお会いしたときに君の話をしたら、将来有望だって仰ってたことだし、頑張ってみたら?」
「陛下が!? ま、っ、マジすか!? ほんとに陛下が!?」
「本当よ。俺に憧れるなんて将来有望だって」
「うわ、俺今すげー嬉しいっス! 今度の戦闘終わったら試しに撃ってみようと思います!」
「そうしてみて。優秀な狙撃手も軍には必要だから」

 向上心のある若者も必要な人材だ。 
 ……昇進にも興味のなかった軍人が国王になるなど、今でも瑶子は信じられていない。残虐で無謀な作戦にも心から尽くして参加しようという気になれない。それでも今の自分は慎吾たちからすれば情感だから、隊長としての責務は全うしなければ。慎吾の言葉を間違ってはいないと思うからこそ、この国の軍人として戦わなければならない。
 ライフルを構えて引き金を引く。今度こそはすべて中心を射抜いた。



2010.01.25(Mon) | 近代戦パロ | cm(0) | tb(0) |

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