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軽石へちま

Author:軽石へちま
基本自キャラで凄まじく妄想してみる。
隠れ家なのでBLとか黒とか暗とか主。
キャラ崩壊必至。何とも思わないけども。
妄想についてこれる人だけどうぞ。

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ゲロ甘穂積




 夏の朝。早々と陽が昇っている午前五時。私はキッチンに立って朝ごはんとお弁当を作る。お弁当の中身は毎日ほとんど同じもので、刻んだネギを入れただし巻き卵と、ほうれん草のお浸しと、煮物と、あとはから揚げだったりウインナーだったり。ごはんは混ぜご飯が好きみたいなので、わかめごはんにしてみたり、ゆかりごはんにしてみたり。お弁当を作らせてもらえることが嬉しすぎて、毎日のその仕事は全然苦ではない。朝が早いのも、旅館の手伝いで慣れていたし。
 朝ごはんは大概和食。お弁当が和食よりだから、楽をするために自然とそうなってしまうのだけれど、嫌そうな顔を見たことはないし、手作りの和食ってやっぱいいよなあ、なんて言ってくれるから、このままでいいんだと思ってる。
 魚焼きグリルの火加減を見ながらお弁当箱におかずを詰め、ボウルに入れた白米にゆかりごはんの素を振りかけてしゃもじで混ぜる。この生活が始まって三か月ほど。やっと手際もよくなってきた、かな? 焼けた鮭をお皿に乗せてテーブルに準備していると、寝室のドアががちゃりと開く。ぱた、ぱた、とゆっくり鳴るスリッパ。ふあああ、と大きなあくび。

「おはようございます、先生」

 やっと見慣れてきた朝の光景。大きめの黒いTシャツに、だぼだぼのグレーのスウェット。仕事に行くときはぴしっと整えられている髪も、今は寝癖で大変だ。
 先生、……ええっと、渡会 穂積先生とお付き合いを始めて一年三か月ほどになります。こうして同じ部屋に住み始めたのは、つい三か月前。高校時代はうちの旅館によく泊まってたから、寝起きくらい見慣れてるんじゃないの、と言われそうだけど、実はそんなことはない。うちの旅館に泊まってくれていた頃は、私が朝の挨拶をする時間にはぴしっと準備を済ませていたのだ。なのに何で家から学校に来るとなると遅刻ギリギリになっちゃうのかなあ、なんていうのは今でも謎。枕変わると寝らんねえんだよなあ俺、と本人は言うけど、起きようと思えば起きれるみたいだし。
 私の挨拶のあと、また先生は大きく欠伸をして、ひらひらと私に手を振った。

「やっぱ五時は俺には早すぎるわ……」
「こんなに早く起きなくてもよかったのに。出る時声はかけますし、寝なおしますか?」
「んーん」

 本日は八月のついたち。先生の働くユリ高はもちろんもう夏休みで、先生も夏期講習や部活の指導はあるけど、朝五時なんかには起きなくていいはず。
 一方私はというと今日から弓道部の合宿。学校から大型のバスで合宿地へ向かう。集合は朝の七時だけど、このマンションは大学にすごく近いからそうそう遅刻はしないだろう。
 先生はまだ寝ぼけた目で緩く首を振りながら私の目の前に立つと、にっこり微笑んで屈み、私と視線を合わせてくれる。それから、額に軽くキスを落としてくれた。

「……おはよ、はるちゃん」

 先生の、低くて、すっごく素敵な声。寝起きですこし掠れたその声で朝いちばんに名前を呼ばれることには、まだまだ慣れない。




 ここは先生が借りてる部屋。
 進学してすぐの一年は、私も大学の近くで一人暮らしをしていた。近くとはいっても、実家と比べれば近いっていうだけで電車にも乗らないといけないし、駅からは少し遠い。付き合って一年になる時に、俺の部屋大学にほんと近いから一緒に住む? というお申出をいただいて、一も二もなく頷いてしまった。綺麗で大きいマンションで、大学へは歩きで通えるレベルの近所。駅もそんなに遠くなくて、家賃すごく高いんだろうなと思う。思う、というのは少しも払わせてもらってないからわからないというのが現状です。社会人が払うのが当然でしょ、と先生は言うけど、でも食費とかも全部出してもらってて、悪いなあとずっと思っている。代わりに家事は任されているけれど、無理してやんなくていいよとか言い出すし。やらないなんて選択肢、私の中にはないんだけど。でも私がやってると手伝ってくれたりするし、……先生って、みんなが知らないだけで本当にスペック高いと思う。
 ずっとずっと憧れてた先生と、形だけでも恋人になれて舞い上がってたのが高校卒業直後。先生はずっと彼氏持ちしか相手にしてなかったし、私は特別可愛がってるから彼女にはできない、って私の告白を断った。けど、どうしても諦めるなんてできなくて、必死に食い下がって、そしたら「はるちゃんが愛想尽かして飽きる方が早いと思うけどね」って、形だけ恋人になってくれた。それから私は大学生活が始まって、大きなことも小さなこともいろいろあって、先生から「ちゃんと付き合おっか」と言ってもらえたのが去年の私の誕生日。号泣の記憶しかない。先生は一番最初にうちの旅館に来て、私の両親に挨拶した。結婚とかそんなの全然考えてなかったし、大体お付き合いっていっても先生からすれば私なんかただの小娘だし、なのに先生は、「褒められたことじゃありませんが、元生徒の晴佳さんとお付き合いさせていただくことになりました」って正座して頭を下げた。付き合うって、決まっただけなのに。恋人らしいことなんて何ひとつしてないのに、その律義さと真っ直ぐさに私は感動してしまって、お父さんお母さんも驚いたようだけど怒ったりっていうことは全然なかった。
 第一先生は昔からうちの家族にウケがいい。旅館の掃除とかもたくさんやってもらったし、晴佳はこういう人と結婚しなくちゃダメだよ、なんて言われてたくらいだし。先生は先生でめちゃくちゃ緊張していたみたいで、「元生徒でこんだけ世話になった旅館の一人娘と付き合いますなんてぶん殴られるの覚悟だったからね俺」と後で笑っていた。
 高校からの友達は、私がこうして先生と一緒に住んでるなんてこと、知らない。ただ先生は、私の家族にはまたちゃんと挨拶に来てくれた。やっぱり恥ずかしいから黙ってたい、と駄々をこねた私を先生は優しく叱ってくれて、「嫁入り前の娘さんと黙って一緒に住むなんて、スマートな男のすることじゃないでしょ?」と言ってた。私の家族からすれば穂積先生はいい人でしかなくって、うちは家族みんな否定なんかしなかったし、寧ろ晴佳なんかでいいの!? くらいのノリだった。それはもう、仰る通りで。
 そんな先生と一緒に住んで、先生がお父さんやお母さんに挨拶までしてくれるなんて、そんなの、なんか、なんかっ、花嫁修業中みたいだよね、気のせいじゃないよね。

「大体さあ、おっかしーでしょ」

 焼けた鮭をつつきながら先生がぼやいた。起きてから時間が経って寝癖はちょっと落ち着いたみたいだ。いつもは前髪を上げてるけど、下ろしたところってきっと、私くらいしか知らないんだろうなあ。
 何がおかしいんですか? と問いかければ、先生は頬を膨らませて見せる。

「はるちゃんが合宿で、俺は夏期講習っての」
「おかしくないですよ。先生のは仕事じゃないですか」
「なんで俺は敬意すら払ってもらえねえガキの面倒見て、大事なはるちゃんを魔物どもにお任せしなきゃいけないの」
「魔物って……。先輩方怒りますよ」
「いーの、本当のことなんだから。大学生男子なんて全員間違いなく下半身直結型の魔物だよ」
「ということは、先生もその時代を過ごしてきたんですよね。周囲からの悪意ある視線に晒されながら」

 私が言うと、先生はゆかりごはんをひと口食べて、もぐもぐと咀嚼し、飲み込んでから、テーブルに肘を立てて指を組んだ。それからがくりと首を垂れる。

「……はるちゃんね、突っ込めるなあと思ってもちょっと空気読まなきゃだめよ。先生準備できてないから。純粋にはるちゃんを心配する気持ちしかないから。反撃のボケ用意してないから」
「先生が先輩方を悪く言うからですよ。第一、あれだけ先生が大々的に触れ回ってくれたおかげで私には男子学生なんて寄り付きません。先生の精度で狙われたらほんとに撃ち抜きそうなんですもん」
「ったりめーでしょ、そーゆーとこでは外さない男ですよ俺は。俺が外さないのははるちゃんが一番よくわかってるでしょ」

 先生とちゃんとお付き合いを始めて、先生がうちに挨拶に来て、それから大学の弓道場に殴り込みに来た。先生はうちの弓道部のOBで、この性格だから顔も広い。よく遊びに来るし。そこで部の男子学生に牽制をかけてくださって、部内は一時騒然となったけど、おかげさまで飲み会で変な先輩に絡まれたりすることもなくなった。先生の弓の精度は、私も、他の先輩方もよく知るところ。
 唯一動じてなかったのが高校でも弓道部でお世話になってた吉岡先輩(年が3つ違うので厳密には高校では一緒じゃなかったけど)。あの人は先生にとっても手強いみたい。

「吉岡先輩もよくご存知ですよ」
「せなちゃんね……。うん、あいつはほんと、天然ちょう手強い」
「先生のかっこよさを理解している数少ない人ですっ」
「べつに俺、そんなのはるちゃんにだけ言ってもらえりゃいいし。つーか野郎にかっこいいとか面と向かって言われても」
「大丈夫です、先生のかっこいいところ一番知ってるのは私だって自信ありますから、他からの評価は素直に受け取ってください」

 先生のことかっこいいって言ってくれる人がいると、そうだよねそう思うよね、って共感して嬉しくもなるけど、私が知っている先生の魅力を他の人も知ってしまった、って少し悔しい気持ちにもなってしまう。吉岡先輩もまさしくそういう対象だったから、先輩がOBとして遊びに来るたび悶々としていたし、大学入ってからもそうだったけど、今はちゃんと、私が一番先生のこと知ってます、って言える自信があるから、大丈夫。
 先生の飄々としているところも、サブカルに疎いところも、本当はすごく真面目で頭がいいんだってことも、好きな煙草の銘柄も、視力いいから眼鏡は全部伊達だってことも、スーツ着るとホストにしか見えないのをちょっと気にしてることも、自分だけが大事にしてるって自慢できるものが欲しい、そんな弱いところも、知ってる。弓を引くのがすごく好きなんだってことも、道着がすごく似合うことも、視線の鋭さも、私はずっと見て来たから。飾っているところも、弱いところも、先生を作ってる根っこの部分も、全部を私はかっこいいって思っちゃうので。
 先生は私の口上を聞いて、ふっと笑いながら朝食を食べ終える。その食器を流しに置くと、私の背後から首に腕を回して、きゅっと抱きしめてくれた。

「はるちゃんがそう言うなら、仰せのままに」
「ふふっ、なんですかそれ」
「穂積センセイ執事モード」

 わたしが告白した時の淡白さからは考えられないくらい、穂積先生は私を甘やかすし、スキンシップは多いと思う。本当に本当に私のことを大事にしてくれてるのがわかるし、わからせるように先生は私に触れる。
 先生の唇が後ろから右の耳に触れて、そのまま首筋に触れると、自然と先生の鼻先が耳をくすぐる。まだセットしていない髪も肌に触れる。
 
「……んー、充電足りねえけど、あんまやってるとはるちゃん遅刻しちゃうしなあ」
「そうですよー。このままじゃ遅刻しちゃいます」
「俺はそれでもいいけどね」
「よくないです。私一年生の世話任されてるんですからね」
「……はるちゃんってさあ、ほんとそーゆー役回り好きだよなあ。生徒会やるし、弓道部だって部長やってくれてたし」

 先生は、そんけーするわー、みたいにそう言うけど。
 生徒会役員と部長の両立ってすごく大変だった。それでも私がやり通したのは、もちろん弓道部の部長になれば顧問である先生とちょっとでも長く一緒にいられると思ったから。先生にとって私がどれだけ眼中になかったかがよくわかる。まあそれはわかってたからいいんだけど。思い出すとちょっともやもやするけど、わかってたからいい。
 私がもやもやした顔をしていたのに気付いたのか、先生は「なーんて、な」と私の顔を覗き込んで、意地悪く笑う。先生のその表情はすごく板についてる。前にそれを言ったら、なんか不名誉、とぼやいてたけど。

「はるちゃん」
「はい」
「合宿頑張ってきな。俺、はるちゃんの立ち姿気に入ってっから」
「あ、はいっ」
「あと、俺ははるちゃんのそーゆーまっすぐさとがんばりやなところに射止められたワケですので、少々癪ですが後輩指導も手を抜かないように」
「はいっ!」
「いい返事」

 先生の腕が首から離れて、ちょっと寂しい。
 ぽんぽんと先生は私の頭を撫でて、欠伸混じりに伸びをする。

「荷物重いっしょ。用意できたら学校まで車出すから」
「そんな、悪いです! 自分で行けますから、先生はお仕事までゆっくり休んでください」

 着替える気はないらしく、指に車のキーを掛けた先生は、お気に入りの伊達眼鏡をかけると呆れたように振り返って私を見る。正直その立ち姿だけでもかっこよくてくらくらする。

「わかってないねえ晴佳」

 にやりと口角を上げる先生が、私の名前をちゃんと呼ぶ。実はあんまり呼ばれ慣れてないので、顔は赤くなるし、ひゃああああ、ってなるし、恥ずかしい。
 先生は眼鏡越しにしっかり私を見つめると、ずびしっ、と右手の人差し指を私に突き付けた。その迫力たるや。

「三十路男にもあんのよ、めんどくせえ独占欲が。ただでさえ五日間も離れんだから、ちょっとでも一緒にいたいっつってんの。どぅーゆーあんだすたん?」

 そんなの、……そんなの、そんなかっこよく言うなんて、先生はほんとにダメな人だと思う。そんなだから女の人いっぱい寄ってくるんだ。彼氏持ちでもそうじゃなくても、選り取り見取りなんだ。しかもそれをわかってやってるから、本当にずるい。それなのに私を選んでくれて、一緒にいたいなんて言ってくれて、要所要所で名前を呼んでくれて、本当に、ずるい。

「先生はもうちょっと私の葛藤をわかってくださるべきだと思いますっ」
「はあ? 彼氏持ちとしか付き合ってなかったくせに、三十過ぎて初心な教え子に手ぇ出してる男に葛藤論を持ち出しますか君は」
「……先生の発言はいちいち説得力ありすぎるんですよお」
「言い返せないっしょ? ならはるちゃんは黙って穂積センセーに甘えときなさい」
「はいっ」

 私は立ち上がって、手持ちの鞄を腕に掛けると後ろから穂積先生の腕にしがみつく。大きい荷物は玄関に用意してあるから、それは先生が持ってくれるはずだ。
 先生が満足そうな顔で歩き始めたので、私もそれに続く。私だって別に離れたいわけじゃないんですからね、と思いながら、私もぎゅうっと先生の腕にしがみついて、五日分の充電をさせてもらうことにした。


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2013.08.23(Fri) | ユリ高 | cm(0) | tb(0) |

わるいおとながすき



 穂積先生のかっこいいところを、クラスのみんなも、部活のみんなも、あまり知らない。


 政経の担当をしている渡会穂積先生は、とても飄々とした人。よく言えばフランク、悪く言えば不真面目? そんな人だから、生徒からはよく懐かれる。ユリ高に勤めて五年になるけどまだ担任を任されたことはない。でも部活の顧問はやっている。私の所属する、弓道部の顧問の先生だ。弓道部でも先生の評価は変わらない。軽くてしゃべりやすい、若い先生。世界史の奥出先生とは同い年同士とは思えないほど、対極にいるようなふたりだ。
 穂積先生と初めて会ったのは、私が中学に入学したばかりの頃。ユリ高に勤め始めたばかりの先生が、帰るのが遅くなってうちの旅館を利用したのだ。終電を逃しそうなユリ高の先生を泊めてあげるのは、うちも風間のところもやっている。でもどの先生も大体綺麗で新しい風間旅館を選ぶので、うちに来る人なんて本当に珍しかった。次はもうきっと来ないだろうと思って、お父さんお母さんも張り切って過剰なくらいのサービスをしていた。
 穂積先生はまだ若いのに、鞄とか、小物がすごくきれいで洒落ている。多分上等な革でできているんだろうそれは、使い込んでいるらしくこなれた感じがして、見た目に似合わず大人なんだなという印象を受けたのを覚えている。 
 その日、先生の布団を敷きに部屋を訪れると、テレビも点いていない静かな部屋で、先生はひとりで本を読んでいた。よく見るとそれは、誰でも知っているような流行りの少年漫画だったので、漫画好きなのかなと思って声をかけた。

『それ、好きなんですか? 学校でもすごく流行ってるんですよ』

 私の言葉に、先生はあまり興味なさそうに「ふーん」と答え、ぱらぱらページを最後までめくるとテーブルに置いた。

『生徒から没収したんだけどさ、よくわかんねえのな。初めて見たわこんなん』

 それが私の中では未だに衝撃的なやりとりで、穂積先生がこういったサブカルチャーの流行にすごく疎いのだと悟った瞬間だった。学校でも、そのことを知らない生徒は多い。城崎先生なんかはとても詳しくて生徒と盛り上がっているし、奥出先生も一応世間話程度にはついていけるみたい。でも穂積先生は、五年経った今でもその手の話は遠巻きに見てるだけ。学生時代に漫画なんてたくさん読んでそうだけど、そうじゃないんだなと私にはわかった。学生時代どころか、これまでの人生でまるで興味がなかったんだなということもわかった。穂積先生は、見た目と中身のギャップがすごい。



 穂積先生は週に一度くらいの頻度でうちに泊まるようになった。浴場の掃除とか、廊下の雑巾がけとかも手伝ってくれる。私たちは先生に、ゆっくりしてくれていいのに、と言うのに、先生は「やったことないから楽しい」とか言いだして、本当に楽しそうに手伝ってくれる。そうこうして一年弱が経った頃、いつも世話になってるからお礼がしたい、と先生は私に弓を教えてくれた。
 日曜日のユリ高、誰もいない弓道場に入れてもらった中学生の頃の私は変にどきどきしてしまっていた。先生と出会って、いつかここに入って先生の授業を受けたいと思うようになっていた、憧れの学校。その場所に足を踏み入れているなんて。冬に入りたての道場は底冷えしてすごく寒い。先生は肩をすくめながら隅にあったストーブを点け、それから「ちょっと待っててな」と言い残してその場を離れた。学校だし、なんかいろいろとあるんだろうと思いながら所在なく道場を見て回って先生が来るのを待っていると、数分して先生が戻ってきた。
 きちんと道着を着て、いつもよりずっと凛と締まって見える。先生は背が高くて肩もしっかりしているから、きちんと着るとすごく綺麗だった。しっかり着付けもできていて着こなしていることにも驚いたし、とても似合っていたことにも驚いた。コメントができないでいる私に、先生はばつが悪そうに笑っていた。

『俺が道着着るとみんな腹抱えて笑うんだけどさ、はるちゃんは笑わねえのな』

 みんなが笑う理由がわからないです。こんなに綺麗に着てくれたらきっと袴だって嬉しいと思う。
 そんなこと言えなかったけど、私の表情で先生は何か察してくれたらしい。
 それから先生は、実際に弓を引いて見せてくれた。
 先生の表情は、今まで一度も見たことがないくらい真剣で、真っ直ぐで、鋭くて。
 先生の腕が弓を引き絞って、その矢の先を的の中心に定める。放たれた矢は微かな曲線を描いて、吸い込まれるように的の中心に刺さっていった。
 私は感動してしまって、子供みたいに、馬鹿みたいにすごいすごいとはしゃいだ。先生は満更でもなさそうだった。

『はるちゃんは純粋でいいねえ。射会以外で人前で弓引くの好きじゃねえんだけど、はるちゃんなら今までになくやりやすい』

 その時は意味がわからなかったけど、その後私がユリ高に入学して弓道部に入学してからも先生はよくそう言うので真意を聞いた。
 なんてことはない、道着のことと背景は同じらしい。生徒や、母校の弓道部の知り合いは先生が弓を引くと、その真面目な表情を茶化したり笑ったりする人が多いようで、気が散るから普段試合以外では人前で弓を引くことはほとんどないのだと言う。私しか道場にいない時はよく引いているから、私としては実感があまりなかったけれど、先生が私を他の生徒と違うところに置いていてくれている気がして、嬉しかった。
 穂積先生のそんな面を、クラスのみんなも、部活のみんなも、きっと知らない。確かに飄々としていて軽くて、そういう部分ももちろんあるけれど、たまにどこか真剣な表情を見せる。それは道場でしか見たことはないけれど、まるでそれしかないみたいに、縋るように、先生は弓を引く。それを見せてもらえるのが私だけなんて、そんなの、勘違いするに決まってる。そんなの、好きになってくださいと言っているようなものじゃない?




「おー、はるちゃん。おはよ」

 約束の時間、うちの玄関先。朝いちばんに聞く先生の声。まだ少し眠そうだけど、朝ご飯はちゃんと食べてくれたのは知ってる。私はあんまり喉通らなかったけど。

「おはようございます、穂積先生」
「いつも思うけど私服かわいーよね。大学デビュー準備ばっちりじゃん」
「そんなことないです。私なんかぜんぜん」

 穂積先生と出かけるのは初めてのことではない。文化祭の買い出しだとか、何かと休日に二人で出かけるようなこともあったりした。もちろん弓道部の合宿とかで私服を見せる機会もある。先生が私服が可愛いと言うのは、頑張って可愛い服ばかり着ているからだと思う。もちろん、あまりひらひらしたものは動きにくいし印象も悪くなりそうだから、媚びすぎない程度には頑張っている。今日は上を茶色、スカートを白できちんとまとめてみた。
 嬉しいと思う反面、先生みたいな大人の男の人には、私の悪あがきなんて全部お見通しなんだろうな、とも思う。ガキのくせに背伸びして、とか、思ってるのかな。

「一応制服にしといた方がよかったかねえ。ま、俺は眼福なんでいいけどね」

 行こうか、と先生が駅へ向かって先を歩く。私も、その後を追いかける。
 一緒に歩いてたら、教師と生徒には見えないかな。そのまま大学に入ったら、恋人同士に見られたりするかな。仲のいい先輩後輩くらいにしか見えないかな。
 先生と出かけると、いつもドキドキする。私だけだってわかってる。私と先生は、絶対そんなことにはならない。私は、頑張っても隠しきれないくらい先生のことが好きだけど、でも、先生には変な噂があることも、知っている。

(………“生徒キラー”)

 男子が先生を茶化して呼ぶとき、そう言ったりする。最初はただの悪ふざけだと思っていた。よくある、若い先生を茶化して遊ぶやりとりの一環なんだと思っていた。
 でも、卒業した生徒会の先輩が、日曜に先生と一緒にいるところを、ある日たまたま見てしまった。少し離れた駅のショッピングモールで、楽しそうに一緒にアイス食べながら歩いていた。先輩、彼氏いたはずなのにな。全然考えられないことではなかったから、思ったよりもショックは大きくなかった。先輩、綺麗な人だったし。ショックを受けるどころか、先生は生徒もそういう対象で見てくれるのかと希望すら抱いた。
 それが打ち砕かれたのは、それから三か月ほどが経った日のこと。弓道部のOGの先輩が道場に遊びにきてくれた時のことだった。先輩は先生に話があるからと道場に残って、現部員はみんな帰宅。私はたまたま道場にサブバッグを忘れてしまって、取りに戻ると、倉庫の奥で物音がするので見に行った。そこから先はお約束で、微かに開いていた扉の隙間から覗き見ると、倉庫の隅で先生と先輩が、キス、していた。先輩、彼氏と結婚考えてるって言ってたのにな。
 そこまで考えて私はわかった。先生は生徒を対象にしてるんじゃなくて、彼氏持ちの子としか遊べないんじゃないかって。先生のこと好きな生徒は私だけじゃなく他にもいるし、卒業式の度に先生が告白されてるのも知ってる。でもその子と付き合ったって噂は聞いたことがない。だから、先生は、自分のことを一途に思ってる子とは、付き合えないんだ。先生が遊びなのか本気なのかはわからないけど、彼氏持ちの子じゃなきゃ、先生の目にはきっと、映らない。
 じゃあ私はダメなんだ、と悲しくなったのはもう随分前だ。私は先生のことばっかり、ずっと前から好きだ。先生が何とも思わないなら、どれだけ頑張って背伸びしようとも自由だしやりたい放題だ、と前向きに考えるようになってからはだいぶ違うけど、それまでは沈み込んだ時期もあった。
 だって、先生の趣味がそうでも、私の前でだけ弓を引いてくれることに変わりはないんだから。私が特別なら、もしかすることだってあるかもしれない。

「せんせい」
「ん? どした?」
「明日から英語教えてくれます? 先生の母校の英語、すっごく難しいんですよ。一回見てみた方がいいです」
「あーじゃあ俺無理だわ。俺現役じゃぜってー受かってねえもん」
「もう、そんなのが聞きたいんじゃないです!」
「いやいや、マジな話さ、うちの英語のレベルならちゃんと英語の先生に教わんなさい? 茜せんせーという力強すぎるのがいるでしょ」

 そんなのわかってる。穂積先生は専門じゃないってことくらい、承知の上だ。

「……穂積先生がいいです」

 いつも笑われて茶化されてばっかりでも、性格の割に娯楽に興味がなくても、弓道にしか真剣になれなくても、生徒キラーでも彼氏持ちキラーでも、なんでもいい。私はそういう先生をずっと見てきたから。だから、私は、穂積先生がいい。
 先生はすぐに、声をあげて笑った。

「ませてんねえ、はるちゃん! いやはや、教師冥利に尽きるというか、政経担当で残念っつーか。お役に立てるよう頑張りますよ」
「はいっ、頼りにしてます! 先生英語もできるの知ってるんですからね」
「できるってほどじゃないっての。あんま褒めるとつけあがるからね俺」
 
 笑う先生に小走りで追いついて、隣を歩く。 
 どうなりたいなんて、高くは望まない。先生とこうして一緒にいられるだけで、可愛がってもらえるだけで、今は充分なんだから。




2013.01.08(Tue) | ユリ高 | cm(0) | tb(0) |

わるいおとな



 部屋の扉をノックする音がして、穂積は視線をそちらへ向けた。
 ここは林葉旅館の一室、ここに用がある人物などひとりしかいない。小テストの採点がちょうど終わったところだった。簡単にテーブルの上を片づけると、「どぞー」と声を掛ける。
 失礼します、と控え目に告げてから扉を開き、襖を開いたのはもちろんこの旅館の一人娘、晴佳だ。旅館の手伝いが粗方終わったのか、普段の寝間着姿で部屋に入ってきた。

「すみません。お仕事中でしたか?」

 晴佳はグレーのパーカーにスウェットという出で立ち、風呂上りなのかいつもは結っている髪は下ろされている。普段と違う姿というのは、何度見ても新鮮だ。
 仕事中ではないといえど相手は女子生徒、密室に二人きりという状況だけでも社会的にまずいのに、無音というのはそれに拍車がかかる気がして、晴佳が話がしたいのはわかっていつつも一応保険としてテレビを点けた。ちょうどバラエティ番組が流れる。少しだけ空気が明るくなった気がした。

「んーん、今終わったとこ。どーした? 何か質問?」

 もちろんテストなどのヒントは出さないが、泊めてもらっている恩もあるので何か質問があるときには応えてやるようにしている。
 もっとも晴佳も、そして風間旅館の幸晴も成績優秀なので質問されることは少ないし、政経で質問してくる生徒はそう多くない。晴佳も、たまに質問に来るのは英語やら世界史やら。一応文系なのでそれらを教えるのは苦ではない。

「えーっと、質問と言えば質問なんですけど」
「なんだよそれ」

 にこにこしながら穂積の隣に座った晴佳はテーブルの上にパンフレットを置いた。穂積もそれに目を落とす。
 紙面には見覚えのある文字の並び。まさしく、穂積の母校のパンフレットであった。

「ここ、穂積先生の母校なんですよね?」
「そーねえ、随分前だけど。はるちゃんここ目指してんの? さっすがお目が高い」

 パンフレットを開いて中身を確認すると、勝手知ったるキャンパスの風景や学部の講義の風景が写し出されている。もちろん、一度も足を踏み入れたことのない理系キャンパスの情報も載っている。晴佳は文系だから、用があるのは文系で間違いないだろうが。
 高校二年の秋ともなれば、そろそろ進路を真剣に考えて良い頃だ。穂積の目にも真面目な生徒として映る晴佳も、こうしてパンフレットを入手しているところを見ると真剣に取り組み始めたらしい。

「私の成績じゃまだまだ全然及ばないのはわかってるんですけど、オープンキャンパス行ってみようかなって」
「お、いいんじゃない? 学力なんてのはこれからでしょ。やる気ある子は伸びんだから」

 確かに穂積の母校は一般的に偏差値が高いし、それなりに名の知れた学校ではある。だが、幼稚園や小学校、中学校などの受験に比べれば大学受験のハードルはそこまで高くはない。晴佳は真面目だし、真剣に取り組めば必ず伸びるタイプだ。そもそも悲観するほど成績が悪いわけでもない。晴佳を伸ばすには褒めるのが一番だと、数年にわたる付き合いで穂積は心得ている。可愛い教え子が自分の母校を目指したいというのなら、教師としてはもちろん応援するべきだろう。

「それにっ、弓道部強いんですよね!」
「それなりにね。古臭い学校だから」
「穂積先生もここの弓道部の出身なんですよね?」
「そーだよ。習い事で小学校の頃からやってて、中学から大学までは学校でも弓道部」
「やっぱり伝統ある学校は違いますよねー。オープンキャンパスで見学とか、先生がいた頃やってました? せっかく行くなら覗いてみたいなって思ったんですけど……」

 どうやらこちらの用事が本命だったらしい。それはそうだろう、オープンキャンパスの詳細自体は調べようはある。いくら穂積が卒業生だといっても、現在の状況に詳しいわけではない。
 パンフレットを閉じて、裏面に載っているオープンキャンパスの情報を見る。今月は来週の土日で開催されるらしい。

「オープンキャンパスとか新入生勧誘とか俺まともにやんないで弓引いてばっかだったからなー。そういうのぜーんぶ主将だの後輩だのに押し付けてたし。だから覚えてないんだわ、ごめん」
「あ、いえ、そうですよね。先生がいた頃と今とじゃ勝手も違うだろうし、すみません突然変な事聞いて」
「んーん、俺が力になれないのが悪いでしょ。で、はるちゃん。オープンキャンパスは今月行くの? 来月?」
「え?」

 突然の質問に晴佳が首を傾げ、「まだちゃんとは決めてないんです」と正直に答える。日程を決めていないのを悪いと言うつもりはもちろんない。晴佳の都合もあるだろう。

「来月は俺予定わかんないんだけど、来週の日曜なら空いてっからさ。弓道部に声かけとくよ。弓バカが多いからオープンキャンパス絡みじゃなくても誰かしらいると思うし」
「あ、はい、……え?」

 弓道部とはOB会を通じて現役メンバーともつながりがある。予定を聞くことはできるだろうし、晴佳が興味があるなら試合日程なども聞いておけるだろう。
 普段泊めてもらっているお礼にと遊びのつもりで晴佳に弓を教えたのがもう四年前のことだ。正直ここまでできる子になるとは思わなかったし、そもそもこんなに興味を持ってくれるとも思っていなかった。弓を好きになってもらえるのは穂積としても嬉しい。弓道部の顧問としても、一人の生徒としても、晴佳は穂積の中で『特別』に分類されるのは間違いないことだった。

「ここからだと大学結構遠いしさ、土曜俺ここ泊まって、日曜一緒に行くってのどう? 乗り換えもここからじゃ面倒なんだよな」
「え、え、あの、穂積先生が、案内してくださるんですか?」
「ん? 俺じゃ不満?」
「いえ!!! そんなことないですっ、嬉しいです!!」

 顔を赤くしてぶんぶん首を振る晴佳は純粋に可愛いと思う。このあからさまな好意に気づいているんだから、大人というのはつくづく悪い生き物だとも思う。
 晴佳は自分を拒んだりしない。それは彼女にとっても、穂積にとっても当たり前のことだ。だが教師と生徒以上ではない。これだけは、穂積の中の「当たり前」だ。

「じゃ、決定で。あ、弓道部見に行くなら部活の連中連れてってもいいな」

 けれどたまにこんな意地悪を言いたくなる。晴佳は少し悩んでから、パンフレットの上に置いたままの穂積の手にそっと触れる。

「……で、できたら、マンツーマンで、お願いしたいです」

 自分はとことん悪い大人だ。純真可憐な女生徒の恋心を弄んでいる。自覚してるのがより悪いことなのか、どうなのか、穂積には善悪の価値観の基準はよくわからない。
 晴佳の抵抗に満足して、穂積はにこりと笑顔を作る。

「りょーかい。なら来週な」
「はいっ」

 目の前の生徒の頭をぐしゃぐしゃに撫でる。晴佳は文句なしに可愛い。
 テレビからは相変わらず、楽しそうなバラエティ番組の音声が流れ続けていた。



2012.11.22(Thu) | ユリ高 | cm(0) | tb(0) |

つづき


「へえ、さすが付属大あるでかい高校は規模が全然違ぇなあ」

 自転車に乗るさおちゃんに先導されて、ゆるやかな坂を上りきると広大な敷地面積を誇るであろうその学校は姿を現した。
 私立月見ヶ丘高等学校。偏差値もそれなりの学校で、噂によれば教員陣もかなり癖のある奴が揃っているらしい。

「でもなんでまたここに用事なわけ? ここで教えるの?」
「違うよ。うちの学校とここの学校が姉妹校提携結んでんの。今度の夏休みに研修でご一緒することになったから、うちの学校を代表してゴアイサツ」
「あんたなんかに挨拶頼むなんて、学校のレベルが知れるわね」
「おいおいおいおいさおちゃん、今のは超余計なひとことじゃね?」
「何よ、間違ってないでしょ?」

 手厳しすぎるだろ!! 俺だって思っても言わないでおいたっていうか心の声にすら出さなかったのに!
 とまあこんな感じでさおちゃんのフリーダム具合は変わっちゃいない。さおちゃんは有名な宝飾店の社長令嬢。俺は一応国内ではそれなりに名の知れた革製品メーカーの三男坊だ。どっかのパーティーかなんかで初めてさおちゃんを見かけた時は、四つも年下なのにこんな美人がいんのかと感心したもんだ。その美しさは今でも変わっていないし、警察学校で仲良くなってから分かってきたフリーダムすぎる性格的な面も変わってない。俺が警察やめてからもう数年経ってるから、スタイルは変わったな。うん、高卒であのスタイルなら十分だと思ってたが、ちゃんと大人になって更に磨きがかかっているというかなんというか、制服というアイテムにさおちゃんのスタイルがベストマッチしているというか、エロさ増してんだろこれ。男子高生とかに見せちゃいかんな。

「さおちゃんはここの先生方と仲良いの?」
「まあね。あたしの従弟がここで先生やってんの。央樹おじさまはパーティーとかあんまり出なかったから、あんたは顔見たことないと思うけど」
「ふーん」
「あとはまあ、たまに飲んだりする面子もいるかな」

 なるほどねえ。結構深い付き合いをしているらしい。何かあったらさおちゃんに聞けば情報は引き出せるってこったな。
 校門前でさおちゃんは自転車を降り、押しながら校舎へと向かう。職員室の場所までは知らないのかと思いきや、校内地図まで粗方把握しているらしい。どんだけ学校に介入してんだよ、と思ってしまう。
 授業はもう終わっているらしく、グラウンドからは部活中であろう生徒の声が聞こえる。この活気はどの学校でも変わんないな。

「さおちゃん今彼氏いんの?」
「さあね。どう思う?」
「絶対いない」
「……そう即答されると腹立つわね」

 さおちゃんはふくれながら、どうせいないわよ、と付け加えた。
 さおちゃんは昔から女子と付き合うのが上手くない。だからおそらく、さっきの“たまに飲んだりする面子”というのはほとんど男だろう。で、さおちゃんの性格的に彼氏がいる時は他の男と飲みに行ったりは絶対しないのだ。以上、証明終了。
 この容姿だから女子からは敬遠されがちで、男子からは悪く思われない。典型的だ。

「じゃ、せっかく再会できたし電話するよ。番号変わってないよな」
「変わってないよな、って自分は変えてたくせに」
「いやあ、転職したし気分一新と思って。寂しかったならごめんなあ」
「誰が! あ、」

 来客用受付の近くに自転車を止めると、さおちゃんは声を上げて俺の背後を見ていた。
 振り返ると、まあ割と背の高い(俺よりは低いけど)男が数冊の本を手にひょっこり顔を出していた。なんつーか、冴えない感じ?

「紗央さんうちに何かご用事だったんですか?」
「まあね。コレをここまで案内してきただけ」
「コレ?」

 目の前の男は俺の顔をまじまじと見る。女の子に見られる分には構わないけど、男に見られるとゆーのはそこまで気分いいもんじゃない。俺のイケメン分が吸い取られたらどうしてくれる。

「渡会 穂積っつーもんです。百合ヶ浜高校で政経担当してます」
「そ。こんな顔してセンセイやってるみたいなの」
「こんな顔は余計でしょさおちゃん」

 さおちゃん、と相手は小さく呟いた。お? これは何かあるわけ?

「安藤 圭一と申します。ここで英語担当しています」
「はー、英語の先生でしたか」

 英語、となると、茜先生か。お悔やみ申し上げます。
 とはいえるはずもないので心の中に留めておく。

「お二人、随分親しそうですね。お知り合いなんですか?」
「え? あー、うーん、まあ、そんなとこかな。大した仲じゃないんだけど」

 明らかに様子の違うさおちゃん。そして安藤氏の俺を見る目はちょいと厳しめのままだ。俺もさおちゃんも一応勤務中だから、そういう社会的ルールみたいなもんに厳しい人なのか、それとも?
 ルールに厳しい奴ならすぐわかるだろうし、俺は割と人の人間関係引っ掻き回すの嫌いじゃないので、それとも、の方に賭けてみることにする。なんでもなきゃそれでいいわけだしな。

「さおちゃん、安藤先生いるんだしここまででいーよ。交番戻んな」
「そりゃ、そうするけど。帰り道覚えてるの?」
「後で聞いてみるし。最悪さおちゃんに電話するから大丈夫」
「電話って、」

 さおちゃんの視線が少し泳いで、安藤氏を見たのがわかった。
 オーケー、そゆことなら俺全力で楽しむ。ちなみに俺、さおちゃんは美人だけど対象外です。一晩遊ぶくらいだったら役得だし楽しいだろうけど、これ彼女にすんのは骨が折れるでしょ。
 安藤氏も爽やか青年の面構えだが、胸に蟠りを抱えているのがありありとわかる表情です。
 さおちゃんは一度停めた自転車のスタンドを上げると、それじゃあ戻るから、と背を向けて校門へ向かって行った。来客用の出入り口には、自然、俺と安藤氏だけが取り残される。

「職員室? 応接なのかな、場所はお任せしますけど、案内してくれます? 安藤センセ」
「……紗央さんとはどういったご関係なんですか」

 先に校舎の中に入った安藤氏は、受付にある来客用名簿に記帳をするよう俺に促す。すぐ近くにあったボールペンで必要事項を書き入れている間に、彼は来客用のスリッパを用意してくれていた。

「実は俺の実家、さおちゃんの実家とちょいと交流がありまして。その頃からの仲なんです。さおちゃん美人だし、俺としちゃ役得なんですけど」

 用意してもらったスリッパを履き、靴を指定された下駄箱に入れる。この辺はあまり生徒は来ないらしい。しんと静かな廊下には生徒はおろか他の教員の気配も感じられない。

「ご実家同士の関係で、今でも交流を?」
「……その辺は回答を慎ませて頂きます。一応これでも勤務中なもんで」

 前述通り、俺とさおちゃんの間にはなんにもない。クリーンかつピュアでしかない。就職するまではお互いほとんど面識もなかったが、警察学校で顔合わせてからはそのほんの少しの面識から仲良くなって、まあ俺もさおちゃんもこういう性格なのでさおちゃんの一人暮らしの部屋にお邪魔したり泊まったりすることは度々あったけどクリーンです。俺はシロです。
 何にもないんだからそう言えばいいだけなんだけど、こういう言い方されたらきっとカチンと来るんだろうなと思う。事実、目の前の安藤氏の表情は硬い。
 さおちゃんを横取りしたいわけではない。対象外なんだからどうだっていいってのが正直なところだ。それでも俺がこんな意地悪いことすんのは、

(――あんま、好きくねえ、かも)

 目の前の、純朴な好青年を素直に気に入ることができないからだ。多分、俺とは違いすぎる思考回路を持ってる。気に入らない奴ってのは第一印象からわかるもんだ。きっと相手も俺のことを気に入ってはいまい。それは棘のある視線からも明らかだ。
 不自然なほどの沈黙を先に破ったのは、安藤氏だった。そろそろ職員室なり応接室なりに案内してくれるのかと思いきや、彼の口からはわけのわからない言葉が飛び出た。

「それで、渡会先生、でしたっけ。今日は本校にどのような用件で?」
「は?」
「来年度の職員募集の面接とかですか?」
「はああああ?」
 
 意味わからん。安藤氏はそれまでの刺々しい視線のまま当然のようにそんな腹の立つ台詞を平気で言ってのけている。こいつ頭大丈夫か。

「面接う? どのような用件かって? おたくねえ、そりゃ失礼ってモンでしょうが。俺はこれでもユリ高の代表で来てんですけど!」
「はあ、姉妹校の百合ヶ丘高校ですよね。それは知ってますけど」
「ユリガオカじゃねえよ百合ヶ浜だ! 間違えんな馬鹿!」
「ば、っ、馬鹿とはなんですか!! あーはいはい失礼しましたねえ!」

 お互い気に入らねえオーラをばしばし出しつつ睨み合っていると、近くにある階段の上がやたらと騒がしくなった。すぐに、ばたばたばたと誰かが駆け下りてくる。小柄な影、生徒だろうか。そいつは、アンドゥー! アンドゥー大変だ!! と連呼してこちらへ駆け寄ってくる。

「こんなとこいたのかよアンドゥー!」
「何ですか空先生。あと職員室の外でアンドゥーって呼ぶのやめてください」
「んなこと今はどうだってよし! 大っ変なんだよ、さっき校長が職員全員集合させてさ、夏休みに姉妹校と合同研修やるんだって話で、今日先方の代表の人がうちに挨拶に来るらしくって、」

 どうもこのおチビさんは同僚らしい。当の安藤氏はチビくんの言葉を聞いてぴしりと体が硬直した。
 つーか、うちの校長も話突然すぎんだろと思ってたけど、上を行く校長が存在したとは。心中お察しするってもんです。

「あ、その代表の人って俺っす」

 しかし名乗らないわけにはいかないので控えめに手を上げると、今度はチビくんの動きも固まった。
 
(――やれやれ)

 先が思いやられるねえ。
 俺の溜息と同時に、安藤氏の腕から本がばさりと落ちた。




2012.06.10(Sun) | ユリ高 | cm(0) | tb(0) |

合同研修話導入



「あー……、やっと着いた」

 その駅に降り立ち、俺はホームでがっくりと肩を落とす。無論、落ち込んでいるわけでも何でもない。単に疲れたのだ。
 職場からここまで、電車で片道二時間。こっから更に歩くって言うんだから、トータルではよりかかる計算になる。自宅までだって一時間半で十分遠いってのに、こんなところまで俺が何故来ているかといえば、それは俺が副担任という立場で「別にお前会議出なくていいから先方に挨拶行って来いよ」という無言のパワハラを受けたからに他ならない。
 俺の職場、私立百合ヶ浜高等学校と姉妹校提携を結んでいる、私立月見ヶ丘高等学校。ユリ高と同じくそれなりに偏差値の学校ではあるが、一番大きな違いは月見ヶ丘高校、通称ツキ高には付属大があるという点だろうか。そんなツキ高と、今年から新たな試みとして夏休みと冬休みの期間中に交換留学制度を設けようということになった。夏はユリ高で、冬はツキ高で、一部生徒を選抜して授業を受けさせる。教員も、たまには別の環境、地域が全く違う生徒に教えるのもいい刺激になるだろうとかなんとかいうよくわからん理念があるらしい。つまり教員連中にとっては研修という扱いになる。まあ、成績に響く試験が行われるわけでもなし、生徒にとっては臨海学校みたいなもんだろう。それが今年の夏から始まるのだ。
 まだ学校からは離れているのをいいことに、ネクタイを少し緩めてシャツの下に風を通す。六月に入ったからクールビズでもいいんだろうが、なんとなくネクタイがないと締まらない感じがして、俺はいつもネクタイを締めている。生徒や同僚から「暑苦しい」と言われることもしばしばだが、そこは「ネクタイしてた方がかっこいいだろ?」といつもの調子でスルーしている次第。

「ええっと、そいでー? こっからどう歩けってんだ?」

 校長から手渡された簡略化されすぎた地図を眺めるが、正直、略しすぎててわからん。つーか何故学校の公式ページとかから印刷しなかった。何故お前が書いた。というツッコミどころ満載の地図だ。そもそも今日俺が先方に挨拶しに行くのもついさっき決まったことだし、夏に交換留学やる、研修やる、ってのは知ってたけど挨拶しに行くなんつーイベントがあるって知ったのも今日のことだ。昼休みに入った直後の校長の台詞、絶対忘れねえ。「あ、忘れてたけど今日例の交換留学の件で誰か先方に挨拶に行ってねー」と、プリントの束を手にして奴は言った。配られたプリントをよくよく見れば、今日の予定というのはひと月前にもう決まっていた。プリントの発行の日付がひと月前だったからだ。
「ごめん、配らなきゃと思っててすっかり忘れてた」とか言いつつ配ってた。てへぺろ☆じゃねえんだよ……! と思ったのは俺だけではあるまいが、実際ここまで足を運ぶことになったのは俺ひとりなので校長にムカついていい権利は俺だけにあるものと考える。
 ユリ高から向かうには時間がかかる場所ってのは分かってた。午後授業がないのは俺とキノで、それなら若くて人当りもいいキノが行きゃいいと思ってた。面倒だったし。キノも自分が行くと言っていたが、結局、「城崎先生か渡会先生? 今日臨時で学年会やるから渡会先生行ってきて」という校長の一言で俺に回ってきた。学年会って、俺も一応副担なんスけど、と抗議したものの、副担だから別に出席しなくてもいいよ☆ 会議の詳細はあとで城崎先生に聞いてね☆ みたいな対応だった。ふーみんとともちんが肩を震わせながら笑っていたのは言うまでもない。
 頑張って自力で辿りつこうかとも思ったが、付属大(大学が隣接されてるわけではないだろうが)がついているような規模のでかい高校なら、誰かに聞きゃ一発だろうと踏んで、交番を探すため出口に向かった。
 どの駅も交番のある場所というのはそう変わらない。この駅もそうだ、出口を出てすぐ目の前に交番があり、近くには営業途中のサラリーマンや学生なんかが集まる喫煙スペースがある。
 そいつらを横目に交番に近づく。今は誰の対応もやっていないようで、外から見える範囲では綺麗な黒髪の女性警察官がひとり、書類の処理をしていた。

「すんませえん、道教えて欲しいんスけどー」

 声を掛けながら、スライド式のドアから中を覗きこむ。書類に目を落としていた女性警察官もその声で俺の存在に気づいたらしい。
 書類をとんとんと整えながら、「はい、どちらまでですか?」と懐かしい声で問いを返される。……ん? なつかしい?
 自分の中の違和感は、彼女が顔を上げた瞬間に確信に変わった。それは向こうも同じだったらしい。

「げ、さおちゃん」
「え、……穂積? ちょ、えっ、なんで!?」

 彼女に一度会ったことのある人なら、この容姿を簡単に忘れるわけはない。
 艶のある長い黒髪、透けるように白い肌、そして何よりも目を引くのは、冷たく澄んだアイスブルーの両目だ。
 数年連絡をとっていなかったから、こんなところにいるなんて思っていなかった。彼女の名前は鈴城 紗央。でっかい宝飾店の社長令嬢のくせに警察官になった、よくわからん女。俺が高校の頃に何度か家の都合で顔を見かけることがあって、その数年後、よもや警察学校で同期として出会うことになろうとは思っていなかったお相手だ。まあそんないきさつはどうだっていい。取りあえず彼女がここにいるってことは、ここで勤務してるってことなんだろう。つーかそれしか有り得ないし。

「……いや、いま、ちょっと、センセイやっててね」
「はあ!? センセイ!? あんたが!? 何で!?」
「なんで、って……。そこはまあ、お察しくださいとしか」
「第一なんで辞めたのか意味わかんないし……。上司の女に手出したとかじゃないでしょうね」
「さおちゃんは非常によく俺の特徴を捉えてるねえ。傷つくけど」

 その後もさおちゃんの尋問は数分続いたが、俺が詳しいことをしゃべらないことがわかると、ひとつ大きなため息をついて気持ちを切り替えたようだった。
 腰に両手を当てて、明らかに不機嫌そうな顔で、目の前の女性警察官は問いかける。

「それで? 交番に何の用なのよ、センセイ?」 
「月見ヶ丘高校の場所、教えてくんね?」
「教えてください、でしょうが!! あんた丁寧語も使えないくせに教師やってんの!? ほんっと信じらんない!」

 四つ年上を初対面の時から呼び捨てで罵倒できる気概のあるさおちゃんの方が俺的には信じらんないけどなあ。
 


2012.06.06(Wed) | ユリ高 | cm(0) | tb(0) |

ハログレアに滲む



「気持ちはすげえ嬉しいんだけど、ごめんなあ」

 教師になりたての頃は、女子高生にめちゃめちゃモテて告白とかされまくって男冥利に尽きる、みたいな毎日を想像していた。
 しかし日常的にそんなイベントが起こるはずはなく、かといって全く起こらないのかと言えばそうでもなかった。
 これは生徒にとっては一大イベントだ。だから、学校的にも一大イベントの時に割とよく訪れる。
 文化祭の時も、結構遭遇率が高い。一番多いのは卒業式だ。今もそう、体育館裏の桜の木の下に呼び出された俺は、教師になってから数度目になる生徒からの告白を受けていた。
 まあ、卒業式が終わったから元生徒と言えなくもないが、三月三十一日を過ぎるまではこの子はこの学校の生徒だ。だからまだ生徒。
 俺は割と堕落した男だという自覚はある。人に言われずともそれくらいはわかっている。だからと言って生徒からの告白をホイホイ受けるようなことはない。自分が教師だという自覚も、一応、ある。
 なので毎回断る。ここで彼女たちの気持ちを受け入れたことは、ない。
 彼女たちは泣く。卒業の思い出に、一大決心をして打ち明けてくれたのだろうことはわかる。すまないという気持ちはあるが、別に心が痛むようなことはない。優しく肩を押して、大学行ったら俺なんかよりいい男見つかるよ、と声をかける。実際そうだと思うし、現実にいい男を彼氏として紹介してきた生徒だっている。
 まだ震える彼女の肩を押して、校舎へ戻っていく背中を見つめて、思う。

(誰かのモンになって出直してきなよ)

 じゃなきゃ俺の眼には映んないんだからさ。




「先生どこ行ってたんだよー、探しちゃったじゃん」

 部活の奴らもきっと集まっているだろうから少し顔を出そうかと弓道場に近づくと、中からよく知った顔がふたつ、こちらにやって来た。
 片方はうちの弓道部の元主将、長身に黒い髪が映える、取りあえずかっこいいとしか言いようがないことで知られる遠峰 和輝。もう片方はその親友。潮で焼けた茶色い髪、和輝には劣るもののまあ爽やかさに定評のある園田 征洋。征洋はサイクリング部で弓道部ではなかったが、和輝と仲が良いってこともあってよく弓道場には出入りしていた。
 俺を探していたという和輝は若干不機嫌そうで、征洋はそんな相方を見てにやにやしている。

「だからさ和輝、卒業式なんだから穂積先生は女子に呼び出されてるって言ったろ」
「女子からの感謝状と俺たちとの最後の時間とどっちが大切なんだよ」
「感謝状なんかじゃないって。ね、先生。恒例行事ですよね」

 和輝には一つ下の学年にとびきり美人の彼女がいるが、それでもまだこの手の話題には疎いらしい。嫌だねえ、ずっとスポーツだの勉強だのに打ち込んできた奴ってのは。
 軽くネクタイを緩めて、まあね、と返事をすると、ほらやっぱり、と征洋は言い、まあねってどういう意味だよ、と和輝が食い下がる。

「かずちゃん、君ねえ、そんな鈍感じゃちさちゃんが可哀想だろ? もっといろんなことに気ぃ回しなさいよ、せっかくのイケメンが台無し――もとい、俺がちさちゃん攫っちゃうよ?」
「穂積先生が言うと何かシャレになんないよなあ」
「なんだよまさちゃん、心外だな」
「先生、間男とかかなり似合いそうだし」
「お前なあ、そういう本当のこと言うと俺だってふんわり傷つくんだぞ」
「ふんわりしか傷つかないって、自覚ありすぎでしょ」

 俺が生徒キラーなんて呼ばれてんのは、まあ半ば冗談なんだけど。間男が似合いそうというのは痛いことこの上ないな、それも生徒に言われるなんて。 
 しかも当たってるところが更に痛い。どうせ俺は間男がお似合いですよ。んな事何年も前から分かってるっつの。
 ただ皆様に誤解しないでいただきたいのは、生徒には興味はないというところであります。顔の好みはあるけれども、それくらいの倫理は兼ね備えているというところであります。

「ちさは、先生みたいな男には靡かないよ」

 堂々とした、よく通る声で和輝は断言する。制服のボタンは女子生徒に配ったんだかひとつも残っていない。中のシャツもボタンがところどころ外れていて、この季節にはまだ寒そうに見える。しかしまあ、男前に育ったもんだ。これが四月にちさちゃんを初めて見た時は真っ赤になって「一目惚れした……!」と騒いでいたんだから恋の力は偉大と言うべきかなんというべきか。
 和輝よりひとつ年下、次に三年になる桜 千咲は女子バスケ部のホープってことで、お似合いのスポーツマンカップルだ。和輝は生徒会役員でもないのに校内でも有名だから、その彼女となれば必然的に名も知れてしまう。あまり表情豊かな子ではないが、凛とした美人だ。奥手で鈍感な和輝を一目で虜にするだけのことはある、というのが俺の感想。ちなみに、俺としてもストライクゾーンな子です。生徒じゃなきゃ手出してもいいかなってちょっと思っちゃうくらいな。

「俺はこれからも弓引いて、ちさはバスケ頑張って、そうやってお互い支えながら生きてく。俺がずっと大切にすんの」

 和輝にしてみりゃこれが初恋だから、まあ夢見がちになるのもわかる。実際そう上手くはいかねえよ、なんて無粋なことは間違っても口にはしない。俺には真似できない、甘酸っぱくて真っ直ぐな恋愛を、こいつならずっと続けられるだろう。叶うならそのまま結婚して、家庭持って、良き旦那良きパパになったらいいじゃねえかと思う。

「さすが、かっこいい男として名を轟かせるだけのことはありますなあ和輝ドノ?」
「んだよ征洋、馬鹿にしてんの?」
「してないよ。あーあ、いいねえ和輝は可愛い彼女がいて」
「あれ? まさちゃん彼女いなかったっけ? 同じ学年に」

 俺が問いかけると、今度は和輝がにししと笑う。

「こいつ普段はマメなくせに、チャリと受験勉強にかまけてばっかでメールもしないでやんの。で、振られた」
「うわー、優等生のくせに初歩的なミスをしおって」
「彼女推薦で大学決まってたから余計溝が深まったとかなんとか」
「まあ、まさちゃん。これは運命だったと思って新しい出会いに期待しなさい。先生は応援しているよ」

 ま、この場合女の浮気疑った方がいいと思うけどな。受験期なんだし、チャリという要因がなかったとしても、普通に今がどういう時期か弁えてる子であれば連絡を強要したりはしないだろうし、それが原因で別れるなんてのも「?」な話だ。と口に出して言うのはやはり教師としてもよろしくないので飲みこんでおくが、征洋は馬鹿じゃない。だからどういう可能性があったか、なんてのも全く推理できないわけではないだろう。だからこそ征洋から未練のある素振りは見られないんだろう。

「おっと、長居してたらそろそろ職員室戻る時間だわ」
「あ、悪ぃなほっちゃん。俺らに付き合わせちまって。弓道場顔出そうと思ってたんだろ?」
「そうだけど、まあお前ら、つーかかずちゃんはそれなりに思い入れのある生徒なんで、こんくらいはいいでしょう」
「俺も和輝もまた部活に顔出すんで、ちょいちょい来ます。あとうちの漣よろしくお願いしますね、先生」
「おー、漣な。授業中の睡眠率100%だぞあいつ。公民は寝るための時間じゃねえぞって教えとけ」
「申し訳ない。ちゃんと言っときます」
 
 俺が弓道部で教えてたのは和輝だけじゃないので、一応弓道場にも顔を出さなければならない。和輝と征洋もこれからクラスとかで集まりもあるからあまり引き留めておくわけにはいかない。別に今生の別れというわけでもない。

「じゃ、俺そろそろ行くぞ。頑張ってな」
「また遊びに来るからなー! そしたら飲みに行こうぜほっちゃん!」
「二十歳になったらな。かずちゃん肩壊すなよ。そいで最後くらい先生と呼びなさい」
「わかってるって。お世話になりましたっ、穂積先生!」
「奥出先生にもよろしく言っといてください。なんだかんだで挨拶できなかったから」
「おっけ、了解。元気でな」

 ぶんぶんとガキみたいに大きく手を振るふたりを見送ってから、俺は足を弓道場へ向けた。




「――お?」

 下校時刻が過ぎたので、部室などでどんちゃん騒ぎをやっていた生徒も粗方帰り、教師陣揃っての打ち上げ(飲み会)に出発するまでの間一服しようと屋上の扉を開けると、そこには電話中の奥出教諭がいた。電話の相手は見当がついているが、電話中を邪魔するような暇はないので、フェンスに寄りかかって煙草を一本咥える。元々話をしに来たわけでもなし、俺は煙草吸えればそれでいいわけだし。
 奥出先生の電話は俺が来て数分で終わった。それまでがきっと長かったんだろうことは想像に難くない。

「三年の担任、お勤めごくろーさんです」
「ええ、貴方にはまだしばらく任されない重責です」
「うわひっでー! ま、でもやらないでいいならやりたくねえなあ。公民教員が受験指導とかカワイソすぎでしょ生徒が」

 屋上にはスタンド灰皿がないので、ポケットに入れている携帯灰皿を使って灰を落とす。三月はまだまだ寒いし、日が落ちるのも早い。空はすっかり濃紺だ。遠くに波の音が聞こえ、星もあちらこちらできらきらと瞬く。初めて見る人が見れば、それなりに綺麗だと思うのだろうが、もう慣れてしまってそんな感慨もない。

「で? 貴方は毎年恒例の行事をこなしたわけですか」
「告ってくれんのは嬉しいし可愛いんだけどねー。いかんせん色気が」
「……貴方のような男性が何故女子生徒にウケるのか不思議でならないですよ、私は」
「そりゃまあ、明らかにふーみんより俺のがとっつきやすいでしょ、生徒からしたら。あと、軽そうなおにーさんにがっつり迫られたい、という乙女の夢があるものと」

 奥出先生は眉間に指を当てて苦い顔をする。アテレコすんなら、「解せぬ」といったところだろうか。

「夢見られるうちが華でしょ。まあ花咲く前に摘み取るのも俺の仕事だけど」
「上手いこと言ったつもりですか」
「ぜんぜん? だって俺、すげえ美味そうな花だったら食っちゃう自信あるもん」
「教師が得意げにする例え話ではないですよ」
「んなこと言ってさあ、ふーみんだって自分がフリーで、卒業生が“そういう感じの”子だったらきっとお持ち帰りして面倒見ちゃうと思うんだよなあ」

 別に喧嘩したいわけじゃないことは、向こうもわかっている。俺たちはお互いの性質を確認しているだけだ。そりゃこの人は生徒には手を出さないだろうが、話の趣旨がわかっているから強く否定したりはしない。大体咎めるポイントはそこじゃない、学校の屋上でこんな話をしていることそのものがもうナンセンスなのだから。だからまあ、カタブツには見えるけど案外普通の男なんだよな、奥出先生という奴は。
 俺は彼氏持ちの女にしか恋愛感情が起きない。フリーの子とも付き合えないわけじゃないけど、なんつーか、面白くないっつーか、燃えないっつーか、端的に言や性欲の問題なんですけどね。ということなので、彼氏持ちの女に抱く恋愛感情というのも、果たして恋愛感情なのかどうかはわからない。昔から分かっちゃいたけど欠陥品というわけだ。こちらの奥出先生は、俺とは違うけど、自分の支えがなきゃ今日生き抜くのも怪しいような、ボロボロの女によくハマる。もうこれが見事に性癖って奴なので、俺も他人からみたらこうなのか、と思う。だが最初に断っておく、奥出先生の女には一切興味はない。
 こんな話を晴れの卒業式の日に長々するのもよろしくないので、とっとと話題を変えることにする。俺から話題をまともな方に変えるなんて正直珍しい。

「あ、そうそう。かずちゃんとまさちゃんが奥出先生にもよろしくー、ってさ」
「かずちゃんとまさちゃん、……ああ、遠峰君と園田君ですか」
「そ。いっやあ懐かしいよなあ、ふーみん担任、俺副担の黄金コンビ!」
「疲労で死ぬ予感がしたあの一年間ですね、ええ確かに懐かしいです。二度と迎えたくないですが」
「えー、俺はまたやってもいいけどなあ」
「お断りです」
「なんでだよー、相対評価でふーみんの評価上がったじゃんかー」
「全く嬉しくなかったですよ」

 とまあこの嫌われようである。奥出先生が担任、俺が副担をやった一年というのは、楽だったのは俺だけであってあちらさんとしては全然そんなことはなかったらしい。俺逃げれる仕事全部逃げたもんなあ、そりゃそうだ。俺もあの頃は未熟だったし、うん、そういうことだよ、大目に見てくれよ。

「遠峰君は弓道を続けるようですね」
「んー、あいつには一生モンになるよ多分」
「……貴方はどうして顧問はまともにできるのに副担任業務はああなんですかね」
「ちょっとふーみん、一緒に組んだのあの一回きりでしょ! あれから一応俺も成長してるんですからね、ぷんぷん!」
「またそんな子供みたいな――年齢も弁えられないのに」

 呆れたように奥出先生は言う。彼の俺に対する態度は“呆れ”がデフォルトだ。んなことわかってる。
 携帯灰皿に灰を落として、煙草を咥える。それから深く煙を吸って、吐き出した。

「どうもね、俺には“弁える”というのが難しいみたいで」

 相手は少し目を見開いて、それから壁によりかかってくつくつと喉を鳴らして笑った。

「確かに」
「でしょ?」

 海辺の灯りがぼんやりにじんで見えた。




2012.05.25(Fri) | ユリ高 | cm(0) | tb(0) |

思ったより盛り上がったので

点呼どんとのツイッターが割と盛り上がったので、そういう感じで行こうと思う。
奥出先生とほっちゃんのコンビは、ケレス先生と貴久先生のコンビとは別ベクトルで強いと思う。
ユリ高コンビは互いを理解しきってる感があるから、似た者同士だって馴れ合ってる感じ。まあ罵り合うけどなwwww それがいいんだがwwww
ツキ高のコンビは、互いの本質は見抜いてるけど理解はしてやらん、的な何かを感じます。
だからつまりなにが言いたいかって、ユリ高は合わせ技、ツキ高は個人プレー。
穂積ってでっかい剣とか銃とか振り回してんの似合いそうな、と思ったらそういやこいつアルヴィンだったwww


穂積は最初は兄貴のおもちゃとかを欲しがって、その後クラスメイトが持ってるペンとか欲しがる。
自分が持ってないものに異様な魅力を感じてしまう人。
中学高校でも何回か友達の彼女を好きになるってことがあって、相手が彼氏と別れて自分と付き合いだすともう興味がなくなってしまう。その頃までは自分はまだ月並みだと思ってたと思うし、彼氏持ちじゃない子とも付き合ったりしてたと思う。向こうから告白されたりってことがあれば。自分からフリーの子に言い寄ることはない。
で、中学からずっと仲良かった親友の彼女好きになっちゃって、寝取る形になって、親友なくしてたらいい。そこで自分は病気だって気が付く。穂積は開き直るタイプ。
「彼氏持ちの女の子」じゃないと異性として見られない人。フリーの子は最初から眼中にない。人のものであるってことはそれだけ魅力があるってこと。だから欲しくなっちゃう。
真っ当な恋愛してない穂積さんおいしいです。自分だけを見てくれる女の子はまず除外、っていうwww


奥出先生の彼女はアウトオブ眼中です。彼氏持ちの女の子の中からもえり好みするのがうちの穂積です。面食いです。基本は年上好きですが、食えれば雑食なのではなかろうかと思います。
病気ってわかってるから自制しようって考えることもたくさんあるんだろうけど、その時は「この人だから好きなんだ」って思っちゃうんだろうな。病気だわ。



未来世界と接触は絶対ありえないけど、きっと穂積って水希ちゃんみたいな子すごい好みだと思う。可愛くてスタイルよくて天使のような優しさと包容力で。フリーだったら見向きもしない、ただ「可愛いなあ」ってだけだけど、彼氏いるってなったらもうそこでスイッチ入ると思う。
翠さんにちょっかいかけるのは純粋そうで可愛いなあとは思ってるからです。それ以上は一切ない。
それに私別に穂積と翠さんくっつけたいとか思ってないしな。
彼氏がいるのに純粋そう、染めがいがありそうな子とか格好の餌食なんだと思う。それで自分だけと付き合うようになったら一切興味ないとか、こいつ、ほんとに……。


そんな感じで、天使のような女の子をそのうち秋臼さんあたりが作ってくれることを期待しています!
点呼どんは奥出先生とほっちゃんのボーイズトーク書いてください、私途中まで頑張ったけど口調がわかんなくて挫折しました。

2012.05.16(Wed) | ユリ高 | cm(0) | tb(0) |

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