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軽石へちま

Author:軽石へちま
基本自キャラで凄まじく妄想してみる。
隠れ家なのでBLとか黒とか暗とか主。
キャラ崩壊必至。何とも思わないけども。
妄想についてこれる人だけどうぞ。

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Rain in the Dark  1



「毎年毎年何か不思議な気分。あたしあんたより半年もお姉さんなわけね」
「半年も俺のいない世界でよく生きてられたな」
「どこぞの映画パクんないの!」

 五月、初夏。今日はあたしの二十歳の誕生日。
 あたしは音楽学部で声楽科に通ってて、芹沢は文学部の日本文学科。芸術キャンパスと文系キャンパスはちょっと離れた場所にあって、今日は芸術キャンパスで待ち合わせ。歩いて十分かからない距離だし、芹沢もこっちに用事があったみたいだ。

「今日ってこっちで授業ないでしょ? どうしたの?」
「ん? そろそろ試験シーズンだろ。課題云々っての」
「にゃるほど」

 めんどくせー、とまんま学生の表情で言う芹沢は、芸術キャンパスではいち講師。日本文化学科で華道の授業の先生をしている。当然、文学部では普通に学生してる。若い若くないって問題じゃないから女子学生にも大した人気のようで、こっちのキャンパスで見かける時は大体女子に囲まれてる。嫉妬する気にもならないのは、遠巻きに見える芹沢の愛想笑いが引きつっているからだ。今は遠くアメリカにいる水城をやたらと見下してた芹沢だけど、今ようやく水城の苦労が分かったに違いない。いい薬だ。
 元々講師の依頼は芹沢のお姉さんに来たもので、それをどうしてこいつが受けてるのか甚だ疑問だけど、お姉さんは次期当主の身だし、こんなところで週一回授業している暇なんてないんだろう。その点、学生である芹沢は時間を持て余している。それでいて資格もあるし、最適ということ? まあ、あたしは授業受ける機会なんかないから関係ないんだけど。……ちょっとは受けてみたいけどね、センセイしてる芹沢なんて絶対見れないし。

「さて、どちらに向かいますか? 年増のお姫サマ」

 嫌味ったらしい笑顔で芹沢があたしの左手を握る。半年くらい何だってのよ、まったく。

「どちらでも構いませんわよ、この若造」

 握り返してそう言うと、芹沢は、女子学生に囲まれてる時とは比べ物にならないくらい、楽しそうに笑った。





「わ、え、すっごい、……綺麗」

 芹沢に祝ってもらう誕生日はこれが二回目。去年も、普段のあたしなら絶対入れないような高級レストランに連れて行って貰った。代わりに芹沢の誕生日にはあたしの下手な手料理をご馳走している。そんなのでも本当に喜んでるから、おぼっちゃんというのはよくわからない。
 今日来たレストランは六十階建ての高級ホテルの最上階にある展望レストラン。来る途中で服もプレゼントされてそれを着て、案内された席から見える夜景は、月並みだけど宝石をちりばめたようにきらきら光っていた。
 でもあたしが声を上げたのは夜景にではなく、目の前に差し出されたものに対してだ。

「こんな綺麗なドレス貰っちゃったんだから貰えないよこんなの!」
「二十歳だろ、いいじゃねぇか。受け取っとけ」

 芹沢が差し出すのは青い細長い箱。さっき開いてくれたその箱の中には、エメラルドが光るネックレスが収まっていた。小さなエメラルドの隣に、それより一回り小さいダイヤが揺れる。すごく可愛いデザインだ。素敵だと思う。

「金をかけることが全てじゃないが、記念なんだから喜べよ。別にお前が物につられてる奴なんて誰も思ってねぇし」

 そう芹沢は言うけれど。去年もそう言って、今年と同じように綺麗なドレスと、シルバーのブレスレットをくれた。こうして物をくれるのが誕生日だけならいいけど、芹沢のプレゼント癖というのはものすごくて、普段からなのだ。だから余計に遠慮してしまう。似合うと思ったから、とは言われても、そう毎回貰うのは庶民の感覚からかなりかけ離れている。
 ……それに。

「……お金かけなくても別にいいのに……。ネックレスじゃなくたっていいんだし」

 率直に言ってしまおう。
 こんな高いものじゃなくていい。千円も五百円もかからなくたっていい。三百円だって一向に構わない。凝ったものじゃなくていい。安物で良いのに。
 ――こんなに愛情表現過多なのに、芹沢は指輪は絶対贈ってくれない。
 婚約指輪とかじゃなくてよ!? それはちょっとびっくりしちゃうから。けど、付き合ってたら普通、とか思ってしまう。ペアリングをしたいわけでもないし、付き合ってることをアピールしたいわけでもない。ただ、どうしてなんだろう、って。それだけはいつも考えてしまう。
 前にも遠まわしに指輪をねだったことがある。その時も、芹沢は、今と同じように少し困ったように目を伏せてから、豪快に笑ってみせる。

「あんな小せぇモン、金のかけがいがねぇだろうが」

 あの時も、芹沢はそう言った。
 愛情表現過多なくせにあたしを束縛することを恐れているようにも見える。そんな芹沢はかなり不思議だ。帰りは必ず送ってくれるし、手も握る、キスもするけど、そこから先に踏み込むことは決してない。
 それって普通なのかな? とサークルの男子に聞いたら、即ありえないと返事が来て、あたしってもしかして妹くらいにしか思われてない? とか考えたこともあったけど、そうでもないみたいで。
 考えれば考えるほど不思議なんだけど、でも、きっとあたしを大事にしたいんだろうな、って気持ちだけは伝わるから、深くは聞かないでおく。いつか教えてくれるかもしれないし。
 だからあたしはこの箱を受け取るしかない。深い緑が可愛らしく揺れるネックレス。芹沢が立ち上がってネックレスを取ると、あたしの首にかけてくれる。

「……ん、やっぱり似合う」

 あたしの目を見て優しく目を細めるこの男が、あたしを愛していないわけがない。それだけは何故か自信をもって言えてしまう。だからあたしは何も聞けない。芹沢の気持ちははっきりと分かっている、だから何も聞けないのだ。





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2009.03.08(Sun) | 大和中心 | cm(0) | tb(0) |

君と生きる世界の香り 6




「……大和様、何故あのようなことを、」

 袴を脱いで普段着に着替え、上にはつい数時間前葉山に貰った黒のセーターを着る。
 後ろにいる佐久間の顔は見えないが、おそらく苦い顔をしていることだろう。
 俺のせいで計画がぶち壊しだ。姉様も今頃話を聞いて部屋で驚いていることだろうと思う。

「……今は敬語とか使わなくていいから」

 やっぱりでかいな、このセーター。
 そう思いながら佐久間の横を通りぬけ、リビングへ向かう。ソファーに腰を下ろすと、やはり苦い顔をしていた佐久間が更に俺に言葉を投げかける。

「大和君、……家はあいつが継ぐって、同意してただろ? その方が楽でいいって」

 あいつ、というのは姉様のことだ。
 そう、同意していた。その方が楽だと思っていた。確かにそう言った。けれど、そんなことは恐らく許されないだろうというのも、わかっていた。


『長男のいる旧家が女を当主にするなど有り得ない。家督は私が継ぐ』


 未だ男尊女卑が色濃く残る旧家だ。俺のこの発言を、どれだけのご老体が待ち望んだか。
 花は好きだ。この家も嫌いじゃない。姉様のことも好きだ。だから、この道をとることが最善だった。

「……姉様は、自分が当主になってお前を認めさせたかっただけなんだろうけど、お前は所詮外の人間だし、女ひとりでできることなんて限られてる。そしたら、ご老体の目の届かないようなところで自分の教室開いてお前と二人で暮らした方が余程幸せだろうよ。昔から言うだろうが、男は出世、女は結婚ってな。姉様もそこまで馬鹿じゃない、どっかの放蕩息子と違って、俺が裏切ったわけじゃないことくらいわかってくれてるはずだ」
「……けど、それで君はどうするんだ」
「さっき父様に言った通りだよ。これから四年間は姉様に甘えさせてもらう。大学行って、卒業したら結婚して、正式に家督を継ぐ」

 そのためのこれまでだ。そのために今までこうして生きてきた。
 下手な自己犠牲じゃないんだ、信じて欲しい。これはただ、俺が俺であるために必要なことなんだ。芹沢の末っ子として生まれ、誰にも目をかけられず、姉様に守られてばかりで育った俺が芹沢に対してしてやりたい最大の報復と恩返し。

「姉様は俺の母親代わりをしてくれた。実際いい母親になると思う。ここにいちゃそれもままならないだろうし」
「……本当に家を継ぐようなことになれば、これまでのような自由もなくなる」
「それはこれまで姉様もしてきたことだ」
「俺はまだこうしてこの家であいつの近くにいられるからいい。でも君は」

 くだらない心配をしないで欲しい。
 何年前からしてる決意だと思ってるんだ。佐久間がこの家に来た頃からずっとだ。ずっと、大人になったらこうしようと思っていた。
 大和だって芹沢の人間なんだから、と、俺が蔑ろにされる度に姉様は父様に逆らおうとしていた。けど、俺はそんなのいらなかったんだ。

「――あいつにはまだ他の男と会うチャンスなんていくらでもある。姉様はお前じゃなきゃダメだろ、多分」
 
 姉様が頑張ろうとする度、俺を認めさせようとしてくれる度に、俺は姉様の着物の裾を引っ張ったものだった。


 『ぼ、僕は、姉様がいてくれるなら、それでいいんです』


 そう言って引き止めて。姉様だけでも自分の側にいてくれるなら、それだけで十分だと思っていた。他の人間なんて俺には関係ないじゃないかと思っていた。
 そんな内気でどうしようもなく弱かった俺がここまで図太くなれたのは、


「姉様は俺だけのもんじゃないんだから」


 この男を、姉様がとても大切そうに見ていたからだった。





 元々姉様は、長男が家を飛び出した時点で十二歳、その時には次に家を継ぐことを心に決めていた。高校を卒業し、大学へは行かずに家へ入り、いずれ芹沢を継いで行くために稽古や展覧会の準備に追われていた。
 その頃、たまたま夜にひとりで外を散歩していた時に出会ったのが佐久間だった、らしい。高校の頃一度だけクラスが同じになったことがある、同級生。ついでに言えば佐久間の家は料亭を営んでいて、小さな店ではあるが、一応跡継ぎということになっていたらしい。その修行が辛くて、父親と大喧嘩の末、家を飛び出したらしい。理由だけ聞けばうちの長男と大差ない。
 そこを姉様が拾ってやって、しばらくうちにいたらどうか、と提案してやったのだ。うちは料理は壊滅的な家系だ。俺や姉様の飯を作る人間がいるだけで芹沢としては十分助かったし、家出息子がこれだけ伝統的な家で働けるとなれば親も文句ひとつ言わなかったようだ。
 怖いようにも見えなかったから俺は佐久間にすぐ懐いて、姉様とばかり一緒にいないで俺とも遊んで欲しいと思っていたけれど、いつも一人だった俺を構ってくれる人が増えたのだから、それだけで嬉しかった。
 すべてに気がついたのは小学六年に上がる頃だった。ちょうど色恋沙汰に敏感になる年頃だったから、ああこいつらは好き合って二人でいるんだと理解した。妬みはしなかった。ほんの少しの寂しさを覚え、これからは姉様は守られる立場にいるんだ、と、思った。
 小学生の俺でも分かるような関係だった。老人共が察さないわけがない。解雇やら追放やら、世話になってるくせに手を出すとは、とか、不穏な言葉が飛び交い出した。


「僕の世話をして下さっているんです。僕のことをよく知る姉様と親密になるのは当然でしょう」


 簡単に言えば、庇ったことになるのかもしれない。けれど俺にとってはそれ以上の意味があって、この時のことがなければきっと家を継ごうと本気で思ったりしなかっただろう。この家を継ぐことになっては、姉様は幸せになれない。なら俺が継がねば。俺こそが芹沢の『長男』だから、どうしても。 
 青春時代をすべて芹沢に費やし、俺に費やし、これからもその身すべてを捧げようとする姉様を救わないと。俺にくれた自由と同じだけの自由を。
 姉様はあれで強かな人だ。自分が家を継げばすべての決定権を手にすることができるし、それで佐久間をうちに引き入れたりするつもりだったのだろう。そんなの、ご老体が許すはずが無いのに。




「俺に何だかんだ言ってる暇あったら姉様慰めてやれよ。で、芹沢は俺が継ぐって言っといて」

 セーターの襟ぐりに顎を埋めて言い放つと、佐久間は何か言いたげな様子で俺を見、それから「わかりました」とだけ答えて背を向ける。
 もう少し嬉しそうな顔しやがれってんだ、誰のためだと思ってんだ。そんな言葉のひとつも言いたくなる。最高のプレゼントだろうが、これ以上嬉しいものなんてないだろ?

「……彼女より、あいつを取るのか? それでいいと?」
「俺は俺というひとりの人間であると同時に芹沢の一員だ。家の存続を考えて何が悪い」
「……そう、か」
 
 諦めたように佐久間は呟いて、今度こそ本当に離れを後にした。
 ソファーに腰掛けたままの状態で、横に倒れる。ぼすん、と鈍い音がする。

「………あと二年、か……」

 大学を卒業したら、決められているように結婚をして、家を継ごう。
 そのために、二十歳まで葉山との関係が続いていたら、その時は迷わずに別れることにする。
 あと二年、続けばいい。続いてほしい。
 それが俺の一生で一番光る時間になるはずだから。
 



2009.03.08(Sun) | 大和中心 | cm(0) | tb(0) |

とちゅうでおわった



「こんにちは、お義兄さん」

 母屋の扉を開いて出迎えたのが、使用人ではなく家元の妻であることに、拓海は一瞬息を呑んだ。それから慎重に丁重に、頭を下げて挨拶をする。

「家元に呼ばれて来たのですが、今はどちらに?」

 本当は違うんだけどな、と心の中で付け足しておく。大和に会ったら一言二言怒鳴りつけてやろうと思っていただけだ。
 大和の妻、拓海の義妹に当たるルミは、深い緑の着物を美しく着こなして、離れで待ちましょうか、と提案した。元長男であるとはいえ、芹沢を抜けた身である拓海がそれに反論できるわけもなく、草履で砂利の上を歩くルミの後に続く。

「再来月の展覧会の打ち合わせで今は外に出てしまっていて。お義兄さん呼んだならあたしに言付けでもしてくれてたらよかったんですけど。予定ならそろそろ帰って来る頃ですから、お茶でも飲みながら待ってもらえれば」

 ルミが離れの扉を開ける。芹沢を名乗っていた頃にもこの離れはあったが、拓海は一切出入りをしたことがなかった。離れなど拓海にとっては物置に近かった。一応戸建てではあるが狭いし、家事の一切できない自分がいるような場所ではない、と考えていた。
 開け放された離れの扉。ふわりと漂うのは、生活の香り。

「大和さんは学生時代ずっとここに住んでいましたから、馴染みの人が来るといつもこちらに案内するんです。高校以来の友人とか、椿の友達とか。未だに母屋は慣れないってこっちに逃げてきたりするんですよ」
「……そうなんですか」

 拓海がこの家を捨てた時、大和はまだ二歳だったか三歳だったか。まともに話をしたこともなかったし、元々子供は大嫌いだったのだ。妹の夕霧が生まれた時でさえ嫌だったのに、もっと年下の大和に好意を持てるはずがなかった。よく庭で夕霧と遊んでいたような記憶もあるが、目が合えば睨み返していた。大和がもっと小さい頃から接触しておくべきだったかもしれない、とは思っているが、それは関係を前向きにやり直したいなどという綺麗事などでは決してなく、大和が幼かった時点でもっと自分への恐怖を植えつけて、芽が出ないようにしておけばよかった、そういう類の後悔である。
 睨みを利かせる程度ではダメだったのだ。末っ子といえど芹沢だ、自己顕示欲が強い。大和の行動に今こうして機嫌を左右される度に、ツメが甘かったな、と拓海は思うのだ。

「待っていてくださいね、今お茶を淹れますから」

 義妹は微笑むとキッチンへ消え、拓海は縁側のある部屋に通された。冬だから縁側の窓は閉められているが、その向こうには椿の花が咲き誇っている。拓海の記憶に、椿の木などひとつもなかった。成長した大和がここを使うようになって、それから自分で植えたのだろう。
 ここの使用頻度はかなり高いのか、急騰式のポットがあるらしかった。ルミは数分でこちらに戻ってくると、拓海の目の前に湯のみと饅頭の箱を出して、自分も畳の上に正座をした。

「椿の花、びっくりしました?」

 ずっと窓の外に目を向けていたからだろうか、ルミがそんなことを問いかけてくる。ええ、まあ。曖昧に返事をすると、そうでしょう、と返事が来る。

「季節になると、着流しの上に半纏着て、ずうっと縁側で眺めてるんですよ、椿。あたしが知ってる限り、高校の頃からずっと。それで風邪引くことなんかもあったりして」
「そんなに椿がお好きだったんですか、家元は。……娘さんはさぞかし幸せに育つんでしょうね」
「だといいんですけど。結局大和さんは、お義兄さんに負けないために手にした地位で子育てに苦労してますよ。あたし、思ってました。お義兄さんってなんて賢い人なんだろうって」

 ず、とルミが緑茶を啜る音が響いた。

「……それは、どうして」

 問いかければ、こげ茶色の前髪がふわりと揺れる。

「あなたがすごく幸せそうだから」

 聞いた瞬間、拓海は目を見開いた。 
 幸せなのはてめぇの旦那だろう、地位も名誉も財産も手に入れて、その上恋愛結婚もして、授かった娘には一番好きな花の名前を。そうして生きている大和の方こそ幸せなはずだ。

「お義兄さんがどんな人か、あたし大和さんに逐一聞いてますから」
「それはお恥ずかしい。過去の話なんてされたら顔から火が出そうです」
「現在のお話もですよ」
「語るほどのことなんてないでしょうに」
「十分なネタをお持ちじゃないですか、お義兄さんは。本気で怒鳴られたら多分俺でも萎縮するって大和さん言ってましたから」

 嫁と情報共有するとは、なんて、

「大和さんが弱いのはあたしの前だけで十分です。お義兄さんの前で弱くなってる大和さんなんて見たらあたし妬いちゃいます」

 なんて弱い男だろう。芹沢の恥ではないか。
 自分がこの家に残ったままだったのなら、嫁となる女がこうしてのさばることなど許さなかったはずだ。家の主とはそういうものだ。父相手ならともかく、嫁に弱みを握られるなどあってはならない。この家に根付いた男尊女卑の精神はそう簡単に剥がれるものではないのだ。
 こんな当主など生き恥を晒しているだけ。生まれてから高校を出るまでの間、次期当主として育てられた拓海は、それが末っ子ゆえの甘さであると判断した。またひとつからかう要素が増えたことを密かに喜ぶ。それは、この義妹に気取られてはならない喜びだ。

「弱いのは私の方ですよ。本来ならば私はこの家の敷居を跨ぐことは許されないはず。またこうして芹沢に迎え入れてもらえるだけで、家元の心の広さに深く感謝しています」

 義妹はすべて大和から打ち明けられているらしい。弱さを曝け出すこと、縋りつくこと、芹沢で生きる者としてそれらは嫌悪して生きてきたはずだ。それほどの女か? と拓海は勘繰りたくなる。見た目も中身も普通の女。芹沢に嫁に来てから多少は鍛えられたのだろうが、それだって元々こうした旧家の嫁になるために教育された女とは根本が違う。
 
「あたしは小さい頃の大和さんを全然知りません。お義兄さんの姿に怯えてる様子も、お義姉さんに懐いている様子も、内気な子供だったということも、話に聞いているだけ。あたしにとっては高校からの大和さんが大和さんそのものだとしか思えない」
「私は家元がまだほんの二歳三歳だった頃に家を出たものですから、その後家元がどのような成長を辿ったのか知る由もありませんでした」

 大和のどんな過去を主張されても、拓海はそう答えるしかない。知るものか。意識の中に大和の存在があったことなど一度もない。

「だからあたしは想像するしかないんです。大和さんが真実だとあたしに伝えてくれることを頼りに、大和さんが今までどんな気持ちで、これからどんな気持ちで芹沢大和として生きていくのか。あなたが知ろうとさえしなかった大和さんのこれまでを、あたしは想像するしかない。あなたと違ってあたしには大和さんという人が必要ですから」

 これから義妹が並べる御託を聞かされるのかと思うと拓海はうんざりした。そんなもの大人しく聞いてやれるほど心が広くないのだ。大和の言う事ならばひとつひとつ丁寧に聞いて、ひとつずつ確実に折っていけるのに、相手が芹沢の嫁で、しかも元は一般の家の娘となれば拓海がある程度ルミを見下すのも致し方ないことではある。
 ただ、それを阻止する言葉が出てこない。
 ――なるほどね。
 鼻で部屋の空気をいっぱい吸い込んで、ちらりと縁側の向こうの椿を見る。
 ここは相手の陣地なのだ。母屋ならば確実に拓海に分がある戦も、ここでは簡単にはいかないだろう。

「といっても、長いことごちゃごちゃ言うつもりないんです。お義兄さんが要らないと言って捨てたもの全部、それを幼い大和さんはひとつひとつ全部拾って大事にしてたんだなって。家も花もお義姉さんも、あなたが捨てたものを自分は捨てないように、だから自然と家の主人にならなきゃいけないと思ったんだろう、って」
「お言葉ですが、意味が分かりかねます。家元が家元となる決意をしなければ、家元は貴女とは出会えない。こうして結婚し、娘さんが生まれるような今は訪れない」
「ええ、ですからあたしは家元になった大和さんを否定するつもりは少しもありません。自分は大和さんの持つたくさんの歯車のうちのひとつでいいと思ってます。あたしがいなくても大和さんは生きていける、けど絶対に正しい方向には進めない」

 大した自信だ。
 この離れが大和やルミのホームグラウンドで、その上拓海が本性を少しも現す気がないとしても、義兄相手にここまで言えれば大したものだろう。次の一言は予想がついた。

「言ったじゃないですか、お義兄さんってなんて賢いんだろう、って」

 ルミは、それ以上は語らなかった。
 しかしそこから全ての意味を汲み取ることができる。
 家元になる大和をルミは否定しない。そうでなければ現在が有り得ないからだ。
 彼女が言いたいのはただひとつだけ、大和を動揺させるような真似をするな、ということ。現在芹沢の籍を持たない拓海が、芹沢時代の本性むき出しに大和に接することは、過去からタイムスリップしてきたトラブルメイカーそのもの。その拓海相手に大和が震え上がっているようでは、大和が人生のすべてをかけて築いてきたものが台無しになる。 
 ルミの言いたいことはよく分かった。
 分かるけれど大きな穴がある。
 
「私自身、家元に楯突くことができるような人間ではないのですが、今お話を伺った限りでは、……」


 俺に勝てないこと前提になってねぇか?


 声には出さず、心の中でそう呟く。
 離れでこの程度じゃ、母屋に行った時どうなるかは目に見えている。
 大和は家元のくせに女に弱みを見せるなんて堕落しきっているし、肝心の嫁ももう少し強いのかと思いきやこの程度、今の芹沢をひっくり返すことなど簡単だ。
 一度俯いてから堪えきれない笑みを浮かべて、それから至極真面目な顔でルミを見た。

「……いえ、何でもありません」




2009.02.26(Thu) | 大和中心 | cm(0) | tb(0) |

君と生きる世界の香り 5



『あ、あのさ、芹沢?』

 話を切り出されたのは昨日の昼。午後は選択授業があるが、俺も葉山も取っていないから、ゆっくり食堂で昼食をとっていた時だ。

『明日、その、時間ある? 放課後っていうか夜っていうか』

 十八の誕生日はそれなりに親に挨拶しなきゃいけない。しかしそれは別に義務でもなんでもない。一応それを頭で確認してから、どこか不安そうに尋ねてくる葉山に頷きを返した。

『そ、それじゃあ、…………あの、……』
『何だよ、誕生日云々の話なら随分楽しみにしてますけど?』
『そうじゃなくてっ、あ、いやまあ、似たようなもんなんだけど』

 髪を指に絡めて遊びながら、葉山はやたらと何かを躊躇っているようだった。はっきりしてくれないとこっちも気持ち悪い。
 そのまま一分程度沈黙。やっと意を決した葉山が顔を上げて口を開く。

『……う、うちで、夕飯っ、食べない?』
『……は? ……ああ、いいけど』



 その時は簡単に答えたのだが、葉山の家で夕飯食べるってことを自分の家と同じように考えていたというのが馬鹿な話だったのだ。正直、そこまで考えてなかった。





「娘さんとお付き合いさせていただいてます、芹沢大和と申します」

 玄関に一歩踏み入ると、奥からすぐに葉山の母親だろう女性が姿を現した。
 近づいてくるその人に深く頭を下げて挨拶をすると、先に家に上がった葉山がぎょっとして俺を見る。いや、俺は頭を下げているから葉山がどんな顔をしているのかなんて見えてないのだが、十中八九、九分九厘ぎょっとした表情をしているのだろう。

「本日はお招きくださいまして本当にありがとうございます」
「あらあら、そんな改まらなくていいのに。……ルミの母です」
「な、なんで二人とも改まってるの!! いいからほらっ、上がってよもう!」

 葉山がむきになって俺の腕を引っ張り、やかましい娘でごめんなさいね、と葉山の母親が苦笑した。その苦笑に俺は会釈をしてから、お邪魔します、と言い慣れない一言を口にして、早足で家の奥へと俺を引っ張っていく葉山の後に着いて歩く。
 階段を上ってすぐの部屋。葉山は勢いよくその扉を開けると、やはり俺を強い力で引き入れてぱたんと再び勢いをつけて閉めた。

「なんであんな恥ずかしい挨拶すんのよー!! あたしが家に居づらくなるでしょ!?」
「お前の親なんだから当然だろ」
 
 俺が当然に思っていることを口にすると、葉山は呆気にとられたようでぽかんと口を開けて椅子に腰掛ける。どこでもいいから座ったら、と言うので俺はベッドに腰掛けることにした。
 葉山の親だ。あの人がいなければ俺がこうしてここにいることも、あんな挨拶をする機会もなかっただろう。感謝しなければ。葉山が生まれなければ、当然会うこともできなかったのだから。

「……あんたでもあんな腰低くして挨拶できるのね」
「家にいるときは大体あんな感じだ。こういう俺の方が珍しいんだよ」

 ベッドに置いてある枕のすぐ側には、編み物の本が二冊ほど置かれていた。新しそうに見えるのに随分読み込んでいるのだろうそれを見て、俺は少し、安心する。
 そういうお前がいてくれる限り俺はこうして砕けていられるのだと、安心する。

「……俺の家のこと、下手に喋るなよ?」
「え、何でよ? まだ喋ってないけど盛大にバラそうと思ってたのに」
「やめとけ。一気に空気悪くなること請け合いだ」

 どうせ遊びなのだろう、と思われることが嫌なのだ。
 金持ちは期間限定の本気の恋愛をしてはいけないのだろうか。
 ずっと一緒にいられるなんて少しも思っていない。その点では、親が思うように幸せにはしてやれないのだろうと思う。娘の幸せを第一に願うからこそ、こんな男と付き合っているなんて快くないだろう。俺がこういう一般家庭の親なら、きっとそう思う。

「そーゆー台詞は寂しそうに言っちゃ効果薄いわよ。嘘つくとか、下手に繕うとか、嫌いでしょ?」

 俺が何を考えてるのかなんて、軽く見通してるみたいな顔で葉山は笑う。

「……お前、相当俺のこと好きだろ」
「はぁ? 逆でしょ、逆」

 嘘をつくこと、自分を繕うこと、俺自身が嫌がっていることだ。 
 それを当然のように指摘してくれるのがお前で、俺は心底嬉しい。

「あんたが嫌なら別にいいんだけど。けど、下手に消極的な芹沢って気色悪い」
「うるせぇよ、人がせっかくいろいろ考えてやったってのに」
「そういうのを杞憂っていうの。……あんたの親があたしをどう思うかはわかんないけど、うちの親はあんたが心配するほどマイナスなこと考えてないと思うよ」

 至極真面目に、俺の目を見てそう告げた後、葉山ははたと気付いたように目を見開いて、それから顔を真っ赤にした。それから一人で突如慌てだす。くるくる変わる表情は器用というか奇妙というか。どちらにしても、俺の目には好ましく映る。 

「何だよ百面相」
「だ、だって何あたしたち真面目にこんな話してるわけ? 結婚するわけでもあるまいしっ」

 俺は最初からそんな気分だったというのに。気付くのが今更すぎる。
 まあ、こいつとしては自分の恋人を親に紹介するという方が余程でかいイベントだったろうというわけで、それはごくごく普通に抱く気持ちなんだろう。

「……俺はそれでもいいけど?」
「え、……えっと、えーっと、あの、」

 できるものなら。
 できるというなら。
 本当に叶うのなら、誰が何と言おうとお前を選ぶのに。
 本気で戸惑っているらしい葉山は、椅子に座ったまま視線をきょろきょろさせてちっとも落ち着かない。仕方がないから助け舟を出してやることにする。

「……冗談だ。俺にも人生考える時間くらいくれよ」
「な、何それっ、こっちの台詞よ!!」

 そう、冗談だ。それも冗談。
 俺は十分考えた。きっと、お前以上の奴に出会うことなんて今後一切ないんだろうということも、わかっている。
 好きな女の家に来て親に挨拶して、なんて、そんな経験一切しないもんだと思ってたんだ。想像したことのないいくつもの経験を、葉山と一緒にいるだけでできるのは正直、すごく楽しい。
 まだ高校生なんだ、GDPを直視するのはもう少し後だっていいだろう? 今日が十八の誕生日だとしても。あと数時間くらいはいいじゃないか。







「ごっめんねー、やかましかったでしょ?」

 帰り道は葉山が付き添ってくれていた。俺の手には大きな紙袋が左右ひとつずつ。片方は葉山が編んでくれたセーター。葉山と葉山の母親が作ってくれた手料理の夕食を終えてからそのセーターを見せられたのだが、気合いが入りすぎて、測ったサイズより一回り大きく仕上がったらしい。俺が服をでかいと感じることはあまりないから、試着して「でかい」と呟いた時の葉山の泣きそうな顔が忘れられない。つーか普通に笑える、あの顔。
 夕食の途中で葉山の父親も帰宅して、一緒に食卓を囲むことになったけれど、――うちとは違うのだ、と強く思った。明るくて楽しそうで、何より、家族に上下があまり感じられない。部活の話、勉強の話、趣味とか、普段自分の親には聞かれないことばかりを聞かれて、かなり戸惑った。バレー部だし体力には自信があると言ったら、葉山の父親に今度一緒に山に登らないかと誘われた。断る理由なんかひとつもない、でも、俺みたいのでいいのか? と思ってしまう。素直にそう聞いたら、ルミのことだからもっと今時っぽい子連れてくると思ってたんだよ、と返された。

「……いや、楽しかったし」

 これで俺が帰った途端表情変えて小言言ってたら悲しいな、と思う。帰るギリギリまでそう思ってたけど、その夕食の最中に、家の素性は伝えずに『ほぼ一人暮らし』ということを伝えていたからなのか、いくつかの弁当箱にさっきの夕飯の残りを詰めて紙袋に入れて渡してくれた。それがもう片方の袋だ。

「お弁当箱、あたしに直接返さないで、今度遊びに来る時返してくれればいいから、って言ってた。だからさ、気が向いたらまた遊びに来たら?」
「女の両親に公認もらえるなんて彼氏冥利に尽きるっつーもんだな」

 今まで葉山を育ててあの高校に入れてくれた、あの二人に感謝をしつつ、その大事な娘と付き合っているのが俺なんかで済まないという気持ちが体の中で膨れていく。
 もっと今時っぽい子を連れてくると思っていた。それは流風のことだろうか。流風なら、見た目と中身のギャップでもっと好感度を上げたかもしれない。
 『普通の家庭』に少し憧れてしまうから、そう思う気持ちは余計に強くなる。
 葉山の家を出て百メートルほど。駅まではまだあるが、夜中に女一人で歩かせるわけにもいかない。ここまで送ってくれただけで十分だ。

「もうここでいい。後は分かるから」

 曲がり角で立ち止まると、そっか、と葉山は俺を見上げて笑う。
 
「これ、ちゃんと着るから」
「とーぜんでしょ」
「やたらでかいけどな」
「うるさいっ、もうちょっと背伸ばしたらいいじゃない!」

 いつものように軽口を叩いて調子を取り戻しておく。
 何と言っても今日は俺の誕生日なのだ。帰れば一番大きな仕事が待っている。
 今日は十分楽しかった。もしかしたら俺の人生で一位二位を争うような日だったかもしれない。
 あとは帰って自分の仕事を全うするだけ。じゃあまた連絡する、と告げようとしたところで、俺のマフラーにそっと手がかかる。

「……曲がってるから直したげる」
「あ、……悪いな」

 ネクタイはともかく、マフラーが曲がってるのなんて気にしないから黙って直されることにする。しばらく葉山はそうして俺の灰色のマフラーをいじっていたが、それが数分続くとさすがに長いから何かあったのかと目線を落としてみた。
 視線の先の葉山は拗ねるような瞳で俺を見上げると、突然マフラーの先を強く引っ張った。 

「な、っ、」

 最近よく思うようになったのだが、葉山ルミという女は、俺が当初想像していたよりもずっと強かな人間なのだ。
 ――最初のキスをそっちから仕掛けられるとは思っていなかった。
 正直、驚いた。本当に驚いた。

「……気をつけて帰ってね、おやすみっ」

 俺の我が侭に付き合ってくれているだけだと、心のどこかで思っていたからだ。
 ろくに俺の顔も見ずに背中を向けて走り去っていく葉山を呆然と見送る。
 そして、言いようのない寂しさが、暗い路地から近づいてくるのが分かった。

「……相当俺のこと好きだろ、あいつ……」

 馬鹿みたいに嬉しくて、直視したくないほど寂しくて悲しくて苦しくて、そんな自分が信じられない。まるで中学生だ。
 自分が好きでいる分だけ、もしくはそれ以上に、相手に自分を好きになってもらいたい。
 そんな子供じみた理論はドラマや小説の中だけで、少なくとも俺は、俺が好きでいるならそれでいいと思っていたのに。
 ひとつ先を望んでしまう。今日があるなら明日を、明日が来るなら明後日を。あの拗ねたような表情をもっと見せて欲しいと思ってしまう。

『関係にちゃんと名前があれば、安易に否定も肯定もしないよ』

 葉山のその言葉を思い出す。恋人という関係でも、そう思ってくれるのだろうか。俺がしなければならないことを、受け止めてくれるのだろうか。
 葉山が握り締めたマフラーの端は、皺になっているように見えた。




2009.02.25(Wed) | 大和中心 | cm(0) | tb(0) |

君と生きる世界の香り 4



 黒のジャケットを羽織る。
 服装はできるだけ地味に。あんまり今時っぽくてもNGらしい。その判定は専ら佐久間がしてくれる。……つっても、いわゆる今時っぽい服なんて趣味じゃないから着ないのだが。髪を染めてるわけでも、耳に穴を空けているわけでもない。それにこのガタイなのだから、そういった服はあまり似合わないだろう。

「お帰りは何時頃になりますか」
「さあ? 多分夕飯食って帰るから、九時か十時か、お嬢様送んなきゃなんねぇからな」
「車を出しましょうか」
「いらない。……まあ、車で尾行していただく分には全く構いませんけどね」

 佐久間は苦笑いをした。
 俺も彼女も、そんなこと随分前から知っているのだ。俺たちが歩く少し後ろを、いつも同じ車がつけていることくらい。おぼっちゃんとお嬢様だからってそこまでナメないでいただきたい、というのが共通見解だ。

「何が心配なんだか。面倒だから見せ付けてやってるってのに、もう三年もよく飽きねぇな」
「心配はなさそうだから止めようか、ということにはなっていたらしいですよ」
「……ああ、なるほどね。狡い連中だな」

 つまり、他に恋愛対象がいるとなると困るということなのだろう。
 呆れるくらい単純な理由だった。

「心配しなくても、俺もあの子もそこまで盲目じゃないし、薄情でもない」

 しかし、そんなことくらい分かってるもんだと思ったけどな。
 俺は自分が思っていたよりずっと信用がないらしい。





「お久しぶりです、小夜子さん」
「お久し振りです。お元気そうで何よりです」

 毎月そうしているように、彼女の屋敷の前まで約束の時間に迎えに行って、彼女に笑顔を向ける。
 祈山邸は、うちの屋敷に比べれば小さいけれど、門構えも建物そのものも立派なものだ。むしろ、芹沢みたいに馬鹿でかい屋敷よりは、これくらいの方が落ち着くのかもしれない。

「大和さん、琴とか聞かれるんですか?」

 彼女の屋敷は、月見ヶ丘の駅から下り電車に乗って二駅ほど離れた小さな町にある。都会ではもちろんないし、田舎と言ってもいいのかもしれない。演奏会の会場に向かうため、駅へと足を進めながら、彼女は俺の顔を見上げながら問いかける。
 彼女の背は葉山よりも小さい。そんなに見上げて首が痛くならないのだろうか。

「まあ、聞かないことはないですね。子供の頃、嗜みとか言ってよく聞かされてましたから。弾いたことはないですよ、勿論」
「そうなんですか。琴の演奏会なんててっきり断られると思ってたので、意外です」
「伝統文化に対する価値観を養うとかなんじゃないですか? やっぱりクラシックとかに比べると馴染みがあるので聞きやすいのは確かです。どっちも眠くなりますけどね」

 正直に意見を伝えると、彼女は、その気持ちわかります、と返す。クラシックの演奏会とかじゃ寝そうにない雰囲気の子なのだが、お嬢様って言っても中身は普通の奴が多い。この子も、前にプラネタリウムに入った時すやすや寝てらしたし。
 そういう普通の面も、それなりに気に入っていたりする。

「小夜子さんは演奏はされるんですか?」

 多分習っているだろうな、という予測を立てておいて、今度はこちらが質問する。
 肩で綺麗に切りそろえられた黒髪をさらりと揺らして、彼女は肩を竦めた。

「小さい時からやってるんですけど、全然上達しなくて。聞く方が好きなんです」
「謙遜でしょう。琴がよく似合いそうですし」
「ほんとに下手なんですよ。ほとんど趣味みたいなものですから、自分が楽しめてればいいかなって思ってます。踊るのは自分でやるのも観るのもどちらも好きですし」

 “彼女”――祈山 小夜子は、聞き上手で話し上手だ。おまけに上品で、家庭的で、プラネタリウムでうっかり寝てしまうような抜けている一面もある。
 小夜子の家は、旧家だがそこまで規模は大きくない。日本舞踊の一流派を担っているという面で、俺と境遇が多少似通っているだろうか。彼女は俺の一つ年下で、俺が中三、彼女が中二の時に許婚として出会った。顔合わせの前は写真でしか見たことのない彼女だったが、写真の通り着物のよく似合う大和撫子。月に一度会うようになってから内面を知る機会も増えて、結婚相手としては申し分の無い、良い子だと思う。ドラマの中にあるような、空気のぎすぎすした仮面夫婦にもならないだろうし、彼女となら結婚して、家庭を築くことも容易であるように思う。家のための結婚でそれなりの幸せが得られるのは、それこそ幸せだと言うべきかもしれない。
 三年前からこうして毎月会っているのだから、つまり葉山とよりも付き合い自体は長いわけだが、俺が葉山と付き合い出した頃に、彼女もまた、共学化したばかりの学校で自分と同じように生徒会役員をしている男と付き合い始めたらしい。俺も小夜子も、互いの状況は認識している。俺たちはよくても、大人は良くないと感じているのだろう。十メートルほど後ろをずっと車がつけてきているのを思い出してうんざりする。
 俺が葉山と付き合っていること、小夜子が同じ学校の男と付き合っていること、それは大人たちも知っていることなのだろう。だからって、俺が逃げ出すとでも? 彼女が逃げ出すとでも? 俺たちはそんなことするほどガキじゃないし、家が嫌いなわけでもない。青春ドラマみたいに、『好きでこの家に生まれてきたんじゃない!』とか騒ぐなんてナンセンスだ。俺も彼女も自分の家が好きだし、俺は花が好きで、彼女は踊ることが好きで。この家に生まれたからそういう考えを持てる自分になったのだ、家のための結婚は自分のための結婚だ。

「彼女さんとは上手くいってるんですか?」

 こういった話もごく普通にする。気分的には、将来結婚する間柄というよりは、境遇を理解してくれる異性の親友に近い。
 突然振られると困る話題ではあるが、俺はそういう話を恥ずかしいと思うことはない人間だ。

「まあ、それなりに」
「来週お誕生日でしょう? 彼女さんからの愛あるサービスとか受けられないんですか?」
「期末直前だからどうだろう。俺は期待してるんですけどね」
「素敵な彼女さんなんでしょうね。いつかお会いしてみたいです」
「会わない方がいいと思いますよ。誰かれ構わず俺の悪口言いふらしますから。小夜子さんの俺への印象が悪くなると困ります」
「悪くなんてなりませんよ。私にこれだけ優しくして下さるんですから、彼女さんにはもっとずっと優しいはずです。そんな人悪く言われたって惚気にしか聞こえません」

 ……まあ、うん。 
 一番大切な奴には、そいつにとっては一番自然体で接していたい。他人から見れば一番大切にしているように見えたらいい。
 小夜子にそうやって思われているならそれでいい、のだろう。多分。
 優しい、という言葉は、俺みたいな奴にはとことん似合わないと思う。この場に葉山がいたら笑い転げていること請け合いだ。流風あたりも笑って馬鹿にするかもしれない。ただ、大切に思っていることも、そういう扱いをしていることも否定したりしない。

「小夜子さんは?」
「え、ええっと、何の話ですか?」

 あからさまにはぐらかそうとするその言動は、照れているからとしか思えない。
 きょろきょろと視線を泳がせながら俺の隣を歩く小夜子はどう見ても不審者だ。 

「副会長で、剣道の道場の跡取り息子でしたっけ? 俺も会ってみたいですよ、その男に」
「け、結構、生真面目で頑固な人ですから、大和さんみたいなタイプとはぶつかっちゃうかも、しれません」
「なるほど。小夜子さんには俺が不真面目に見えると」
「ち、違います違いますっ、侑くんとはタイプが違うなって思っただけで、深い意味はっ」

 ぱたぱたと彼女は顔の前で手を振って、自分から振ってきたくせに「もうこの話やめましょう!!」と語気を強くした。相当恥ずかしかったらしい。
 未来が見えていても、彼女は今を幸せに生きている。俺も他人からはそう見られているだろうか。そうだったらいいと思う。葉山から見た俺が、バカみたいに幸せに日々を送っているならそれで結構だ。実際、そうだと思うし。






「なんか、大和さんとお出かけするといつも高いお店に連れていってもらっちゃって申し訳ないです」

 夜十時を回った頃、彼女の家の最寄り駅に着いて、そこから屋敷に向かって歩く。
 演奏会は二時間弱といったところか。やはり自分で演奏する人間でなければ良さは理解できないのだろうと思う。つまるところが眠かった。
 それから、顔馴染みの日本料理の店に入って適当に夕食を済ませて出てきた。なんとも金持ちらしいデートコースだと思う。

「普通のレストランとかはデートで行かれるでしょう? 俺といる時くらいは金持ちらしくしてないと」
「それはお互い様ですね」

 金持ち同士、そういった家の人間同士で結婚するのだから、俺といる時はそういう関係でいなければ話にならない。なら電車でなく送迎の車を使ったらいいだろうといわれるのかもしれないけれど、電車くらい使ったっていいだろう。車に乗りなれると足が鈍っていく気がするのだ。
 俺も、彼女も、本当のプライベートではファミレスにも行くし、どこからどう見たって普通の高校生の生活をしている。ただ割り切るのが少しだけ上手いだけなのだと思う。

「後ろの人たち、よく飽きませんね」
「飽きられたらいずれ困るのは俺たちですよ」
「あ、そうですね。家のために働いてくださってるんだから大切にしないと」

 夜道に車で尾行というのはさすがに目立ちすぎると判断したのか、電柱二、三本分空けて誰かがついてきているようだった。ご苦労なことだ。
 月に一度会うようになってから、本当に欠かさず毎回ついてくるので、帰り道になると俺と彼女は、後ろで見守っているそいつにささやかなサービスをしてやることにしている。
 同じ速度で歩きながら、少しだけ隣との距離を詰めて、さり気なく手を握る。もう慣れたことだ。彼女も何も言わずにそれに応じてくれる。

「彼女さん、大和さんが私みたいなのと手繋いで怒ったりしません?」
「怒ってくれたら嬉しいですけどね。そういうのに無頓着な奴なので」

 後ろの奴にはこの会話は聞こえていないだろう。あまり声を大にしてする話ではない。
 こうして手を繋いで歩いている俺たちは周りからどう見られているんだろう。
 ちゃんと恋人同士のように見えるのだろうか。それとも兄妹?
 祈山邸の門まで来ると、彼女は手を放して、あ、と声を上げた。

「そうだ。大和さんに渡すものがあったんです」
「俺に?」

 はい、と小夜子は髪を揺らして笑い、白いハンドバッグをごそごそと漁ると、小さな袋を取り出した。淡い橙の電灯がぼんやりと浮かび上がらせるそれは、小夜子が自分でラッピングしたもののようだった。

「紅茶のクッキーです。誕生日にはまだ少し早いですけど、いいプレゼントが思いつかなくて。クッキーなら失敗もないし、食べてもらえたらいいなと思って」
「……ありがとうございます」

 桃色の小さなビニール袋には、袋に応じたサイズのクッキーが詰められている。
 何度も言うが、家庭科壊滅的な俺からすればこんなの作りたがる奴は気違いなんじゃないかと思うわけなんだが、好きでもない男に普通にプレゼントを考える方が労働なのも確かだろう。彼女の料理の上手さは俺もよく知るところだし、何の心配も要らない。

「じゃあ、また来月……あ、けど来月ってクリスマス時期年末時期ですね。大和さん予定たくさんあるんじゃないですか?」
「暇を持て余してますよ。内部進学ですから。それ以外の用事は小夜子さんの方が多いでしょう、きっと」
「そ、そんなことないんですよ! う、うち仏教ですからクリスマスパーティーとかイルミネーションとかプレゼント交換とかカウントダウンとかそんなことしないですから全然予定なんてないんですけど!!」
「全部口に出してますよ」

 そりゃなんとも楽しそうな年末ですこと。
 俺はどうだろう。まずは頼まれた舞踏会の仕事をして、舞踏会を見に行って。
 十八の誕生日を迎えた後の年末は、少し忙しくなりそうで、去年までの十二月を想像できない。
 来月は小夜子とは会わないかもしれない。でも年始には必ず挨拶に行く。
 再来月も、きっと来年の誕生日も小夜子とは会うだろうし、小夜子なら来年の誕生日もこうしてささやかに祝ってくれるだろうと思う。なんとなく、それは思い浮かべることができる。
 その分だけ、葉山といる自分を想像することが難しくなっていた。





2009.01.06(Tue) | 大和中心 | cm(0) | tb(0) |

君と生きる世界の香り 3




 毛糸の玉の中心から糸がするすると伸びて、その先は葉山の指に絡められている。更にその糸を棒にかけ、俺からすれば非常に複雑な動きで葉山は毛糸を編んでいく。
 毎日毎日、「早く寝ろ」「やりすぎるな」と心配してやっているというのに、当の葉山は毎日寝不足らしく、学校でも欠伸交じりに編み棒を動かしている。
 今日は俺も葉山も放課後に予定がないので、俺の住んでいる離れでゆっくりしている。ついさっき葉山によって片付けられたリビングはいつもの倍綺麗になっていた。

「……ちゃんと寝ないと体壊すぞ、お前」
「不器用だから頑張らないと間に合わないんですー」
「別に間に合わせなくていいって」
「間に合わせるって言ったんだから間に合わせるの」
「強情」
「それで結構です」

 寒い日ではあったが、今日はよく晴れている。ソファーのある居間に、窓から夕暮れのオレンジ色の光が差し込んでいた。
 ソファーに思いっきり凭れて、葉山が飽きもせずに細い棒を動かしているところを眺める。手が動くたびに肩が揺れて、一緒に長い髪も揺れる。……まあ、だからってどうってわけでもないんだけど。

「そういえばさー」

 手を止めずに葉山が声を上げる。

「水城って内部進学じゃないんでしょ? どこ行くか聞いてる? もしかして国立大とかー? あ、けどただ国立ってだけじゃ難しくないだろうから、国立の医学部とかっ」
「聞いてねぇよ」

 それでやっと葉山は手を止めて、訝しげに俺を見た。
 そんな目で見られたって、知らないもんは知らないんだ。俺も聞きだそうとは思ってないし。

「なんで? 親友って奴なんじゃないの?」
「全部話すのが親友じゃないだろ」

 思っていること、自分のバックグラウンド、全て話すなんて無理だ。

「話すなら理解してもらわなきゃ困る。否定されたりしたらやってらんないしな」

 話すのなら、理解して欲しいと思ってしまう。けれど、全てを理解してもらえるなんてことはきっと有り得ない。難しいことだ。
 例え、その関係にどんな名前がついていたとしても。家族だろうが、親友だろうが、――恋人だろうが。

「関係にちゃんと名前があれば、安易に否定も肯定もしないよ」

 引っ張られた毛糸の玉が床に転がった。葉山はまた編み棒を動かす。 

「話してくれたら理解はするでしょ? 例え水城が本気で徳川埋蔵金とかエジプトの秘宝を探したいって言い出したとしても、理解はすると思う。ただ、それ聞いた自分の気持ちが本人にとって肯定にとれるものか否定にとれるものかになるだけ。ちゃんと関係に親友なり何なり名前がついてれば、はっきり伝えられる。それとも、あんたは理解されないのが怖いと思ったら何も言えないわけ?」
「そうじゃない。ただ、重要なことなら理解されるだけじゃなくて肯定してほしいと思うだろ」
「普通の人は気持ち汲んでくれて肯定してくれるのかもね。でも、言ったでしょ? 関係にちゃんと名前があるなら安易に否定も肯定もしない。気持ちがあればその人のこと考えるもん。考えた上で、否定だってしてくれるのが気持ちのある関係」 
「なら、話してもらってない俺は流風にとってその他大勢の中のひとり、と」

 それでも別に構わないと思っている。
 似ているとかいうわけじゃないけれど、流風と俺はどこか似たようなビジョンを持って生活しているような気がしていた。どんなにつるんでいても、結局俺も流風も『個』なのだ。完全に馴れ合うことができない。大勢の中で生活することができない。野島のように上手くはいかないのだ。
 くすりと笑う声が隣で聞こえた。

「そーゆーんじゃないと思うんだよね」
「なら何だよ」
「あの水城がいっぱいいっぱいになるくらい勉強しなきゃ行けないようなところなんでしょ? 単に余裕ないだけな気がしてきた。目の前しか見えないタイプの人間だしね、水城って」

 あの流風があれだけ勉強する、……確かにそうかもしれない。
 聞き出す気がないのだから、いつか聞ければいい、くらいの気持ちでいる。そこまで深く気にすることではないだろう。

「お前、流風には甘くね?」
「そりゃああれだけ王子様してれば周りの女は皆甘くなるって」
「顔と成績と運動神経がずば抜けてるってだけなのにな」
「世間はそれを王子様と言うのだよ、大和クン」
「悪うございましたねえ、王子様でなくて」
「甘くなるのと付き合えるのは別問題でしょ?」

 思ったよりもあっさりと葉山はそう言ってのけた。
 正直、驚いた。
 葉山もそれをわかっているのか、ひとつ軽く咳払いすると、いつものお返しよ、と髪を揺らして微笑んでみせる。

「……意外とできあがるかもな、それ」
「でしょ? やればできる子だしね、あたしって」

 葉山の編むセーターは、何を作ろうかぱっと見で理解できるほどに形を成していた。







 俺の誕生日が一週間後に近づくと、篭って頑張らなきゃ! と葉山は放課後すぐに帰宅するようになった。俺は家の用事さえなければ暇だし、駅前まで葉山と歩く。家とは逆方向だったとしても、帰りに喫茶店に寄ったりして美人パティシエールをからかうのも一興だ。

「別に間に合わなくたっていいんだから、根詰めすぎるなよ」
「はいはい、わかってますよー」

 絶対分かってない。
 ……自分が与えるものは、いつまでも相手に残るように形にする。
 貰うものは、形がなくてもいい。
 自分でも女々しいと思う。他の奴だって、俺がこんなこと思ってるなんて分かったら女々しいと笑うだろう。それでも、本気でそう思うのだ。気持ちだけでいい、と。
 手を振って改札から遠ざかる葉山を見送って、帰宅するために一歩を踏み出す。
 

 よく、ドラマのような勘違いをする奴がいる。


 本当に好きな奴がいるなら、いっそ逃げ出せばいいと。
 何を馬鹿なことを。
 この家の一員でなければ俺は存在しないというのに。


 面倒だから喫茶店に寄るのもやめて、真っ直ぐ帰宅することにした。
 学校前の長い坂道。傾斜が緩いからそこまで苦ではない。一度鞄を肩にかけ直して歩いていると、ズボンのポケットに入れた携帯が震えた。
 ディスプレイを確認すると、佐久間からだ。

「何かあったか?」

 第一声はそれ。迎えに来させるために俺から連絡することはあっても、向こうからかかってくるということはそう多くない。

『祈山様のお嬢様から、明後日の日曜に会うのはどうか、と連絡をいただきましたがどうなさいますか?』
「わざわざ電話してきた割にそう大事な用じゃないんだな」
『いえ、できるだけ早く返事を頂きたいとのことでしたので』
「何だろうな。……いいよ、もう屋敷に着くから自分で連絡入れる」
『恐れ入ります』

 通話を切った時にはもう校門が目と鼻の先にある。わざわざ電話に出ないですぐ帰れば済む話だったかもしれない。
 祈山の娘さんと会うのはいつもならそう緊急の用事になることはない。月に一度は会うと決まっているんだから。一つ年下で、学校では生徒会活動もしているということだから、俺より余程忙しいだろうと向こうに日程を一任しているだけだ。それでも大抵無難に日曜に会うことが多い。こうして突然連絡が来るなんて初めてじゃないか? 多分。

「お、大和ー!!」

 校門の前に来ると、校舎の方から小走りに近づいてくる小柄な影が見えた。ぶんぶん手を振るその人は、うちの生活指導教員であらせられる瀬川 空先生で。 
 校門を出て俺の目の前までくると、

「ありゃ、何でお前こっちから来たんだ? 家あっちだろ」

 とか言って、俺の屋敷の方向を指差して問いかけた。

「大事な彼女を駅まで送ってきたんで」
「あ! そーだそーだ、お前に一言言ってやろうと思ってたんだよなあ俺!」

 送ってきた、という言葉を聞くや否や空先生は眉間に皺を寄せ、偉そうに胸を張ってみせる。そんなことしたって小さいの変わんないのにな。

「最近ルミ授業中寝てばっかでさー! 付き合い始めが楽しいのは俺もよっくわかるけど、深夜の電話とか自重しろよな! お前は家近いからいいかもしんないけど、あいつは電車通学だし」

 そんなこと言われても。俺は何回も注意してるっつーの。
 まあでも、そんなこと素直に教えてやるのも癪だ。あいつが夜更かししたいのはあいつの勝手だ。俺が強制したわけじゃない。

「空先生と奈央さんってもうそういう時期とっくに過ぎてますもんねー。僻みっスね、わかります」
「ひ、っ、僻みじゃねえよ!! 俺は教師として、授業中居眠りしてるような生徒を注意しなきゃいけないの!」
「それもあのお兄さん付きだと部屋に呼ぶのも難しいんですね、わかります」
「何をう!! これでも最近は二人で夕食とかとるんだぞ!」
「お泊りは保護者同伴、と」
「清い交際と言ってくれ」
「先生、清すぎる交際は交際って言わないんですよ。オトモダチ」
「そんなわけねぇだろ!! ちくしょう、お前なんか早く帰っちまえ!!」
「呼び止めといて何ですかそれ」

 しかし帰れと言われたからには帰らせていただくことにしようと思う。 
 しっつれーしまーす、と気の無い声を出して、家に向かうため再び歩き出すと、大和、と空先生の声がかかった。
 振り向いてみると、空先生がただ俺を見ている。

「お前、進路ってちゃんと決めてんのか?」
「理系クラスにいるんで、文学部の進学試験受けましたけど」
「そうじゃなくて」
「それは、今先生が気にしてくれることじゃないですよ。そのうち報告しますから」

 担任でもないし。
 つーかぶっちゃけ、うちの担任がそういうの一番気にしてないんだろうけど。
 



「琴の演奏会?」
『はい、明後日の午後六時からあるそうなんですが、どうかなあと思って』

 “彼女”は気立てがよくて可愛らしくて、分別も気持ちの整理もきちんとつく、相手としては申し分の無い女性だ。俺は気は利かないし別に見てくれも良いわけじゃないが、気持ちの整理だけはついている。向こうとしても利害一致といったところだろう。

「いいですよ。なら、三時頃迎えに行きます。電車の方がお好きでしょう」
『あ、ありがとうございますっ』
 
 彼女は前からそうなのだ。
 車での送迎だとかが苦手らしい。聞いてみれば、お嬢様みたいで落ち着かない、とのことだが、実際お嬢様ではないのだろうかと思ったりする。
 彼女と会うことは家の仕事の一環のようなものだけれど、深く意識しなければ単にひとつ年下の女子と出かけるだけなのだ。そういう時にまで車で送迎されるのではあまり面白くない。俺も電車の方が落ち着く。
 何より、車の後部座席で二人で座るとなると間が持たなくてどうしようもない。というのが本音だ。もしかしたら彼女もそうなのかもしれない。

「それじゃあ、明後日楽しみにしてます」
『こちらこそ』

 向こうは上品なお嬢様だから、きっとこちらが切るまで通話を切らないだろう。 
 だからここは男の俺から通話を切ってやる。葉山なんかはそんな心配する必要もなく、痛快なほどぶつりと切ってくれるもんだ。あれはあれでいろいろと空しいものがある、か。
 脱いだ制服のジャケットをハンガーに掛けて、ベッドにダイブする。
 明日の生物の授業小テストするとか言ってた気がする。が、俺は流風みたいに真面目じゃないのでそんなものは気にする余地が無い。それよりも考えることは他にあるのだ。

(――どんな口上を用意するか)

 どんな言葉を吹っ掛けてやろうか。
 まだまだだと思っていたその日は、もう七日後に迫っている。
 頭を捻って考えた台詞も、多分その時には忘れているだろう。そうだとしても、考えることで決意を新たにできる。
 あと、一週間だ。



2009.01.03(Sat) | 大和中心 | cm(0) | tb(0) |

君と生きる世界の香り 2



 俺が払う、と言ったら葉山はそれを猛然と拒否した。
 こういうのは自分で全部やらなきゃダメ、らしい。って言っても、数ある毛糸の中から俺のサイズのものを編むとなれば安い買い物ではないだろう。一般の手芸店でなくわざわざ百貨店の中に入っているような手芸店に来ているからモノも割高だろうし。飲み物の一本や二本なら俺も甘えるところだが、こういうところは素直に金持ちに甘えてくれる方が楽なのだが。
 店員にアドバイスを受けながら慎重に毛糸を選び、かなりの数を買って袋に詰めてもらっていた。……まあ、葉山がそれでいいならいいんだけど。俺が深く口出ししては悪い気がする。

「ちゃんと冬までに編むわよ、部屋着くらいにはなるように」
「もう冬入りかけですけど?」
「うるさいっ、……あんたの誕生日くらいには間に合わせるから」

 買い込んだ毛糸が詰まった紙袋は俺が持って、百貨店から駅までの道を歩く。
 サイズはさっき店員にアドバイスを貰うついでに店で測ってもらったから、この意気だと今日からでも編み始めるのだろうか。糸とか針とか大嫌いな俺から言わせれば物好きを超えて気違いなんだけどな、編み物やるなんて。
 ……ん?
 引っかかる。

「お前、俺の誕生日知ってたんだ?」
「何よ、知ってちゃ悪いですか」
「……いや」

 教えた覚えはないから勝手に調べたのか。流風あたりは知ってた気がするからやっぱり流風経由、か。
 
「けど、だからってこんな馬鹿高いの買わなくたっていいだろ。俺が払ったのに」
「何それ、あんた自分の誕生日プレゼント自分で買う?」
「別に、ご褒美だ何だって解釈はいくらでもあるだろ。お前が編んでくれるならその分余計に金払ってもいいくらいだ」
「……馬鹿じゃないの?」
「馬鹿で結構」

 そう言ってやると、葉山は照れたのかばしんと俺の背中を叩く。このやり取りにもいい加減慣れたということなのだろう。
 関係に名前がつくと、態度はやっぱり変わるものだ。自分はそうならないだろうと思っていたのに、“聞かれないから言わなかった”自分は一体どこに行ったのか。

「悪い、今日送れない」
「だから送ってくれなくていいって言ってるでしょ? 出かけるの?」

 改札が近づいて、紙袋を葉山に渡す。
 普段時間がある時は大体最寄の駅まで送ったりするのだが、今日は例の約束があるから時間的に無理だ。
 ちょっとな、と答えると、葉山はすまなそうに笑った。

「忙しいのにごめん、付き合わせて」
「お前の約束の方が先だったから、構わない」
「ほんと、馬鹿みたいに真面目よねー。都合あるなら断ってくれてよかったのに。いつでもよかったんだし」
「俺の誕生日に間に合わせるってんなら、いつでもいいわけじゃないだろ」

 今日に限らず、いつでもいいというわけではないのだ。
 約束は果たされるためにある。相手を大事に思うなら尚更だ。果たされるまで相手を拘束するもの、それが約束だ。だから俺はいつでもこいつとの約束は第一だし、破る気は毛頭ない。

「ぜったい間に合わせるから」
「期待してますよ」
「何その気の無い返事っ」

 今度は嬉しそうに顔を綻ばせた葉山は、俺に手を振って駅の人ごみに消えていく。
 その後姿を最後まで見送ってから、ポケットに手を突っ込んで携帯を取り出す。思ったより遅くなったかもしれない。まあ、後から入った用事にこちらが都合を合わせるのだ、これくらいでも平気だろう。

「俺だ、今駅の前にいる」

 自分自身と、家の構成員としての生活を行き来する。
 その橋渡しをするリムジンは、電話をしてものの数分で俺を拾った。





 芹沢家は今のところ、姉様が継ぐということで一応の合意を得ている。
 父様はもう老体で体を壊すこともしばしばある。本気で跡継ぎを考えなければならない頃にきているといえる。
 本来なら長男が継ぐべきこの家、かつての長男は今芹沢に籍を置いていない。このごたごたと、当主になれば制限ばかりで面白くないからと出て行ったようだった。だから今の芹沢家の長男は俺ということになる。が、俺はまだ高校も出ていない未成年で、若すぎるからと姉様が父様に対して強く出て首を縦に振らせたのだ。他にもいろんな理由が姉様を決意させたのだろうが、俺の存在は一際大きく影響していただろうと思う。

「食事の席に遅れまして申し訳ございません」

 制服姿のまま、襖を開けて正座で挨拶をすると、既に膳の前には藤色の着物姿の姉様と、何人か知った顔があった。もう何年もこうして姉様の補佐をしていろいろな人と食事をする機会を持っていると、初対面というのは最近は少なくなってきた。
 固くならないで席につきなさい大和君、と声をかけられ、一度頭を下げてから、姉様の隣の膳の前の腰を落ち着ける。

「随分貫禄も出るようになったじゃないか、大和君」
「お陰さまで」
「幾つになるんだ?」
「今年で十八です」
「ならもう十分大人だなあ」

 酒を豪快に呷りながら、うちに花を提供している店のオヤジが笑う。
 ああそうだ、十八は十分に大人だ。

「大学には行かないで家に入るんだろう?」
「大和にはちゃんと大学に進学してもらう予定ですわ。家のことで苦労してほしくないですもの」
「……姉もこう言ってくれているので、甘えて進学しようかと思ってます」

 こう言うと、反応は大体二手に分かれる。
 なんて弟思いの姉、姉思いの弟だろう。という意見と、女が家を継ぐのかという意見。
 どちらも正当だろう。特に後者は、うちみたいな旧家ではよりもっともらしく聞こえる。
 このオヤジは、やはり長いことうちと付き合いがあるからか、後者だった。付き合いが長いからこそ、この事実は随分前から知っているはずなのだが、それでもやはり腑に落ちないらしい。
 やっぱり夕霧さんみたいな美人はいい人にお嫁に貰われるのが幸せだろう、とよく言われる。それは暗に、旧家が女を当主にするなんて、という意味が込められている。ごもっとも。しかし、それをもろともせず毅然と立ち向かう姉様は、いつ見ても美しいと思う。
 十も離れたたった一人の姉。両親なんていないも同然だった俺にとって、ただ一人の肉親。この人を苦しめることも悲しませることも、俺はしたくない。




「ごめんなさいね、出かけていたんでしょう?」

 帰りのリムジンで、姉様はやっぱりすまなそうに言う。

「気にしないでください」
「お付き合いしているんでしょう? 今度私にも会わせて頂戴ね」
「祈山さんのお嬢さんになら」

 その名前を出すと、姉様は肩を落とした。
 目を伏せて、ぽつりぽつりと言葉を落としていく。

「大和、あなたはそんなこと、」
「家を継ぐ重責を姉様ひとりに押し付けているんです、僕だってそれくらいしますよ。小夜子さんは気丈な方ですし、気さくな方でもありますから僕としても一緒にいて飽きません」
「だって、今日会っていたのは違う子なんでしょう? ダメよそういう、……可哀想なことは」

 何も知らない子供ではいられないのだ。いくら姉様が身を挺して俺を守ってくれているとしても、結局俺は芹沢の一員で、その血が流れていて、すべて自由になる気がしているだけで本当は縛られてばかりの人生を送るのだ。
 幸せは無限だろう。苦しさが少しでも和らぐのなら、それは幸せと呼んでいいと俺は思う。

「姉様、僕も小夜子さんも子供ではありません。自分がどんな家に生まれたのか、どう振舞っていくべきなのかちゃんと理解しています。小夜子さんにはちゃんと心を寄せる人がいるのを知ってますから、お互い様なんですよ」

 好きで、好きで、どれだけ伝えようとも結末が見えているから、それを最初から知っているから、せめて記憶に留めてもらいたいと思う。
 俺も、“彼女”もそうなのだ。
 一番簡単な言葉で。一番早く伝わるように。何度でも。

「そういう生き方しか許されてないんです、僕たちは」

 姉様が口を噤む。
 俺も“彼女”も、本当に好きな相手と離れるのは当然だと思っている。その考えに間違いはないとも、思っている。
 姉様だけが違う。姉様はこれでいてなかなか強かだ。芹沢という家の中で、姉様だけが、一番欲しいものを側に置こうとしている。俺にはきっと、そんな生き方もできないのだろう。俺が末っ子だから。一番下だから。
 それ以上姉様と会話をすることはなかった。朝から学校だったからかそれなりに疲れている。俯いて目を閉じると、簡単に意識を手放すことができた。



 屋敷に着いたのは、日付の変わる少し前だった。
 母屋に戻る姉様に挨拶をして、俺はひとり離れに戻る。
 居間に鞄を放り投げ、グレーのソファーに寝転んで、ポケットの中の携帯を開く。
 着信とメールが一件ずつ入っている。着信は葉山からで、留守電はない。メールの方も確認してみると、それも葉山からで、開いてみると写真が添付されていた。
 編み棒に絡まる黒い毛糸。ほんの少しだけ編み始めているらしい写真だった。本文は、『どーだ!!』と自慢げな一言のみ。ガキかよ、と思いつつ、電話をかけ直すことにした。
 五回ほどのコール音の後、はいっ、と耳慣れた声がする。

「悪い、寝てたか?」
『いやいや、起きてるよまだこんな時間なんだし。続き編んでたから取るの遅れただけ』
「やりすぎないで寝ろよ」
『下手に心配されると気色悪いからやめてくれるー?』

 耳元から聞こえるくすくす笑う声。
 起き上がって背もたれに思いっきり寄りかかってその声を聞く。

『用事終わったんだ?』
「まあな」
『お姉さんが家継ぐのにあんたも忙しいんだ』

 ――それは。

「……男の俺が全部おねいちゃんに任せて傍観ってわけにいかないだろ」

 時計の針が見えるようだ。
 終わりが、見える。

『あんたが継いでも上手く行きそうだと思うんだけど。性格に爆弾抱えてるけどさ』
「余計なお世話だってーの」

 毛糸を何玉編みこんでいこうとも、終わりがくる。

「遅い時間に電話して悪かったな。早く寝ろよ」
『うん、わざわざありがとね。……おやすみ』
「おやすみ」

 携帯を閉じると、再び体を倒した。脱力感に襲われる。
 風呂に入って早く寝なければ。


 ――男の俺が全部おねいちゃんに任せて傍観ってわけにいかないだろ。


 その通りだ。
 だから俺は。




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追記はいろいろ愚痴ってるので見ないことをオススメします。

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大和さんはどんだけ彼女好きなんだ、っていう。
芹沢さんちに関してはルミがすっごく強いから、そういう点は野島さんちと違うかも。
野島さんちは何だかんだで慎吾がぐいぐい引っ張っていく感じだし。
芹沢さんちは大和主導と見せかけて、かなり大和自身臆病な部分があるからそこを補って余りあるくらいなのがルミ。
いつになるかわからんけどファーストキス云々もプロポーズも全部ルミからだったりする。
あれ? いつから大和ってヘタレになったんだろう!(爽)

2008.12.12(Fri) | 大和中心 | cm(0) | tb(0) |

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