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軽石へちま

Author:軽石へちま
基本自キャラで凄まじく妄想してみる。
隠れ家なのでBLとか黒とか暗とか主。
キャラ崩壊必至。何とも思わないけども。
妄想についてこれる人だけどうぞ。

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真紘さんの出征式



「それでは! 月見ヶ丘高校伝説の番長、桜井 真紘さんの京都出征を祝しまして! けいれーい!!」
「いや、何で出征で敬礼だよ、戦争じゃねえよ」

 琴也さんの謎の「敬礼!」という音頭で俺たちはジョッキを合わせた。がきん、と小気味のいいガラスのぶつかる音が響く。
 ここは都内のとある居酒屋チェーンの一室で、まあ俺たちくらいの年齢には見合った程度の料金の店だ。言わないけど俺は家が家だからもうちょっと高くても問題はないけれど、高い店は肩が凝るから気兼ねなく入れるとは言いづらい。琴也さんはこの店を学生時代からよく利用していたらしい。俺の目の前に座る真紘さんとも何度か来たことがあるそうで、店のチョイスはそういうところからきているんだろう。
 五人組だったからか、俺たちが通されたのは店の奥にある座敷だった。俺の目の前に本日の主役、真紘さん。いろいろ縁あって、俺の義弟にあたる。学年は俺の方がひとつ下だから、年上の人が弟ってのも変な感じだけど、別に普段から弟だと思って接してるわけじゃないし、家族になったという現実に慣れたらあとはいつも通りだ。真紘さんの隣には幹事の琴也さん。いかにも遊んでますって感じだが、これで奥さん一筋。娘さんが生まれて、もう二歳くらいになるらしい。そんなに経つのかと時の速さにはうんざりさせられる。俺の右隣にはこけしでおなじみの与一郎と、その更に右に冬二がいる。琴也さんと与一郎は高校の時から仲良かったから誘うのに抵抗なかったんだろう。与一郎は面白そうなことならついてくるタイプだし、となると冬二は完璧にお守りみたいなもんだけど、冬二がどうにかこうにか交際までこぎつけた彼女は真紘さんの妹なんだから、与一郎以外と親戚関係になるリスクがあるってことで、それを考えると今ちょっといたたまれない。

「戦争みたいなもんじゃん! な! トリィ聞いてる? こいつの戦地!」
「いや、みのりからは“お兄ちゃんが来月から京都府警に出向するらしい”としか。まあ確かに関西で警察って戦場っぽいけど」
「甘い! その程度の想像力では修羅場は生き抜けんよ! 特にトリィ氏はこれから桜井家の親父さんというぬりかべが待ち構えているというのにその発想はなんだ! たるんどる!」

 琴也さんは謎の説教を冬二にかまし、普段ならそんな根拠のない説教に黙っているわけのない冬二も彼女のお父さんというワードを出され、なぜかへこんでいる。ポイントがよくわからない。琴也さんのテンションはこれが通常だし、真紘さんが特にツッコミを入れないのもいつものことだ。高校時代は律儀にツッコミ入れてたけど、それじゃ疲れると大学に入ってやっとわかったらしい。生ビール半分でこのテンションなのだから先が思いやられる。

「ふ、これだからスカイツリーは脳を高さに取られるんだ」

 こいつはジョッキはジョッキでも中身がコーラだ。俺と冬二の間に挟まれて平均身長をぐっと下げる与一郎は、でかいジョッキに口をつけごくごくとコーラを飲み下していく。

「現代のもっとも日常的な修羅場……、即ち嫁姑戦争、もとい! 婿舅戦争 in 京都というわけだ」
「よっちゃんさっすがぁ! 伊達に鬼女板読んでねーな!」
「まとめ見てると止まんないwwww 嫁姑ってガチで生ける武将wwww」
「わかるwww 俺もあれ見て織夏大丈夫かすげえ不安になったwww」

 このノリは高校時代から変わっていない。与一郎は真紘さん琴也さんのひとつ下、俺と同い年だけど琴也さんとはタメみたいに喋る。なんかいろいろ趣味とか身長的なこととかで波長が合うらしい。久々に会ったってのに二人で突然ネット話に花咲かせてるもんだから、俺と真紘さんと冬二の三人で喋ることにした。間にやかましいの二人いるからしゃべりづらいことこの上ないけど。

「そんな怖いもんじゃないですよ、うちの親父なんて。体だって真紘さんの方がでっかいし」
「つーか、許しもらって結婚したんだろ? なんで今さら琴也に揚げ足取られてんだよ」
「いや、まあ最終的に結婚できたんだから許してもらったって解釈を無理やりしてるだけで、親父同士の意地の張り合いみたいになってて、強引にうちの親父が押し切ったっつーか文句シャットアウトしたっつーか婚姻届出したもん勝ちみたいな」
「うおいそれ許されてねえよ全然」
「いやいや、本当に反対してたら婚姻届なんて出させないからうちの親父! 第一式にもちゃんと出たし!」

 深刻そうに話す真紘さんに、冷や汗流す冬二、俺が一応フォローを入れれば、ネット話に夢中だった二人が突然こちらに介入してきた。

「新婦父が新郎および新郎一族の席に明らかな邪気放ってたあの式かwwwww」
「僕も覚えてるwwww これどこの世紀末wwwって思ってたあの時www」
「え、そんなすごかったのか!? 式の最中目合った時は笑ってくれてたんだけどな、お義父さん」
「なるほど、あれは都筑父渾身の営業スマイルwww」
「あのオーラに気づかないとか新婚パワーどんだけwww」
「お前らもう黙れよ」

 冬二がぴしゃりと言ったが、確かにあの式の空気は不穏すぎるくらいだった。幸せオーラいっぱいだったのは新郎新婦くらいで、桜井・芹沢陣営と都筑陣営で今にも戦争が起こりそうな式だった。だからって別に俺も椿もおろおろしてたわけじゃなくて、なんか起きたら考えるか、ってくらいだった。式ぶち壊したら俺が取りあえず親父殴る、とは思ってたけど。
 妹の水希に彼氏ができたときは、そりゃあ俺も一応兄貴だし、どこのどいつだとか聞いたりしたけど、それがまさか真紘さんだとは思ってなかった。結婚まで進んだ時はそりゃもう驚いた。俺と椿より早いってどういうことだよと今思わなくもないけど、第三者からすればお前らがどういうことだよと言われるのは目に見えてるし仰る通りなので何も言えない。結婚に関してはそりゃあ揉めた。桜井っつっても、真紘さんのお父さんは俺のお義父さん、芹沢 大和さんの実の兄さんだ。つまり芹沢の元長男、元跡継ぎ、誰よりも濃く芹沢を継いでいる。その拓海さんの子供の真紘さんは拓海さんにそっくりだし。うちの親父はそりゃあ嫌がった。大事な娘を腐った血筋の家にやれるかと俺に愚痴の電話を寄越すこと数十回。最後の方は面倒になってハンズフリーにして椿の手伝いとかしてた。桜井家も桜井家で、拓海さんも、奥さんの紗央さんも水希をいたく気に入ってくれたらしく、絶対嫁にすると譲らない。当人同士に任せりゃいいのにと思いつつ、結納やなんかで顔を合わせる度にビキビキと青筋立ててたもんで、殴り合いにならなかったのが不思議なくらいだ。大概大和さんがとばっちり受けてたけど、それはまあ、見ないふりしておく。あの人は多少迷惑かけられるくらいがちょうどいいと思う。

「京都に出向が決まって、まずうちの親父に連絡して、都筑の家にも、と思ったら電話が来てさ。それも俺の携帯に。『真紘、京都府警に出向なんやて? 報告待ってたんやけどなかなか来いひんからかけてもうたわー。それで、京都のお前らの住まいなんやけど、もちろん都筑の屋敷に来るやろ? 府警本部にはちぃと遠いかもしれへんけど、屋敷なら水希も気兼ねなく暮らせるし、お前が帰り遅うなっても寂しゅうない。まあまあお前にとっては俺は舅やさかい、都筑の屋敷に住まわせて欲しいなんて、思っててもなかなか言い出せへんのかもなあと思うてな! 部屋はちゃあんと用意して待 っ と る か ら な。ほな!』と畳みかけるように言われたら、府警ビルの近くで部屋借りようと思ってたなんて言い出せなくて。その前になんで俺の辞令知ってんですかとかも、思ってたけどとても言えなかった」
「………うちの親父が、なんかすいません」
「いや、俺も現実見れてよかったと思ってる」

 そして京都でのうちの勢力考えたら京都府警に出向だなんて情報手に入れるのは造作もないことです。もしかしたら裏で親父が糸引いて仕組んだ可能性すらあります。

「真紘やべえな、マジで戦争だwww うちの織夏とかぐや姫と俺の3ショット後で送ってやるから頑張れwww」
「僕も都筑邸にアメリカから取り寄せたゼリービーンズしこたま送ってやるから頑張れwww」
「お前らの家族写真で頑張れるか!! 着色料過多の菓子も要らん!!」
「「ええー」」

 ええー、じゃねえよ。どのポイントがええーなんだよ。正当なツッコミを強引にスルーする二人組に、俺たち三人は深く息をついた。あんまりこの話題を伸ばしても埒が明かない。水希とか親父のことなら、あとで俺と二人で話した方がよさそうだ。真紘さんの見送りの会ではあるけど、面子が悪すぎる。話の流れが途切れた時、新しく話題を振ったのは琴也さんだった。

「結婚っていや、よっちゃん結婚しないの? 絹ちゃんだっけ」
「僕と絹は紙切れで国家に許しをもらわずともこのままで良い。わざわざ役所に足を運ぶのも面倒だ」
「いよっ、よっちゃん男前! 事実婚っつーと、そこの都筑大先生が先輩格ですよね!」
「事実婚っつか、炎而のところの場合は同棲時代自体が事故だろ、むしろ」

 冬二の突っ込みに与一郎と琴也さんが揃って「「確かに」」とハモる。うるさい。つーか俺も人のことは言えないけど超ド鈍感の琴也さんにだけは言われたくない。

「同棲、いいよなあ。超いい響き。俺と織夏は同棲とかしないですぐ結婚しちゃったし、すぐ月穂も生まれたからなー」
「琴は自業自得だろ」
「一途で健気すぎる織夏さんに全僕が涙」
「俺がフルボッコなのはよくわかった。だが蒸し返すな、泣くぞ」

 琴也さんは取りあえず自分が非難される立ち位置だということは付き合い始めてからの周囲からの評価で理解しているらしかった。付き合い始めてからも人当りは軽かったけど、それまでみたいに浮ついた感じではなくなったし、逆に織夏さん一筋すぎてうざったいくらいだった。それはそれで、それが正しい姿なんだろうけどさ。

「炎而お前んとこ、結婚してから模様替えとかした?」

 結婚を機に俺を名前で呼ぶようになった真紘さんが、唐突に俺を見てそう言う。結婚してからも家も生活スタイルもほとんど変わってないので、別にしてないですけど、と言うと真紘さんが目を丸くした。

「じゃあ結婚前と部屋の中変わってないのか」
「そうですけど。この前真紘さん水希と来たじゃないですか。あのままです」
「え、なになにっ、じゃ都筑結婚したのに椿ちゃんと寝室別なの?」
「……まあ、そうですけど」

 真紘さんはぽかんとしているし、琴也さんと与一郎は顔を見合わせて吹き出すし、冬二は心底心配そうな目で見てるし、うるさい憐れむな。
 第一心配されるような理由はない。わざわざ下世話な話を大っぴらにするつもりはないけど、仲が悪いとかそういうんじゃないし、寝室が別々なのは俺の帰りが遅いことが結構あるからだ。いや、結構椿は起きて待っててくれることが多いけど。あとは椿が壊滅的に片づけがダメだから自分の部屋に自分のものを置きたいと言っていたからで、あ、でもそれもルームシェアするときに言ってたことだったか。最近は割りと片づけもできるようになってきてるし。……最大の理由は、俺も椿もこれを変えようと言い出さなかったことだろうけど。ここに漕ぎつけるのに一生懸命すぎて言い出すタイミングを逃したというか。これを言ったらどうせそこのチビコンビは腹抱えて笑うんだろうけど、今のままだって夫婦としての生活に支障があるわけでもなし、俺が帰り遅かったりするのも事実だし。
 悶々と考えながら俺はジョッキに口をつける。ちなみに俺のジョッキの中身は未だに烏龍茶だ。トラウマは簡単に消えそうにない。ジョッキの中の氷がからんと音をたてた。


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2013.03.18(Mon) | 未来話 | cm(0) | tb(0) |

ひかり射す方へ



 俺は右側。奈央が真ん中。理央が左側。
 なんとなく、そんなイメージ。
 実際にそうやって手を繋いだことはないけれど、三人並んで歩く時はいつだってそうだった。
 実は俺と奈央は、二人で手を繋いだことはそんなにない。急がなきゃ電車が出ちまう! とか、渡ってる途中の信号がチカチカし始めたとか、そういう時だけ奈央の手を引くことはあった。俺が遠慮しているのもあったり、奈央から求められることもなかった。
 けどさ、聞いてくれよ。俺たちそれでも付き合ってたんだ。俺だけの勘違いとかじゃなくて、奈央だって「付き合ってる」って言うと思う。高三の夏、俺から奈央に告白した。奈央の性格はああだから、ダメだったらもうまともに顔合わせて話せなくなるかもしれないってわかってた。背水の陣だった。家族ごっこから脱却したくて踏み出した一歩。人生で一番緊張した瞬間だった。初めて会ったのは中学の時、プールサイドで。告白したのは高校のプールだった。俺と奈央しかいない、夕暮れのプール。奈央の驚いた顔、今でもはっきり思い出せる。すぐに返事貰えるなんて思ってなかったし恥ずかしいしですぐにその場を去ろうとした俺に、奈央が掛けてくれた言葉。

『あたしも、瀬川くんが、すきだよ』

 あの時舞い上がった自分の頭が憎いが、でも、そんなん当たり前だろ。好きな子に告白して、「あたしも好き」って返事貰ったら普通舞い上がるだろ。俺にとっちゃそこからが盛大なピエロ生活の幕開けだったわけだ。晴れて付き合い始めても、これまでと何も変わらない。理央も交えて一緒に登校して、帰れる時は一緒に帰って。夏休みは三人で遊んで。受験に向けての勉強も三人で。理央のことを邪険にしたいわけではないし、一番の親友だと思ってるからその生活に不満があったわけではない。多少空気を読んで席を外してくれようとしている理央を引き留めるのが奈央なのだから、手に負えなかった。『瀬川くん』という呼び方だけは矯正させたけど、それだって慣れるまでに二か月近くかかった。
 進学先も、ちょっとは迷った。奈央が地元の看護学校に進学するというから、俺も地元に残ろうかとギリギリまで悩んで、やめた。このままだと、きっと何も変わらないと思ったからだ。今一緒にいる時間が長すぎて俺のことを家族としか思えないのなら、少し離れて暮らしてみたら恋しくも思ってくれるかもしれない。奈央は浮気なんかしないし、俺だってするつもりはない。コイビトという肩書が奈央を守ってくれる。縛り付けてくれる。高校生にしてはすげえ考えを思いついたと思う。
 蓋を開けてみりゃ、期待したような展開にはなっていなかった。離れていても奈央にとって俺はコイビトという肩書を持つ家族だった。奈央というひとりの女の子から「空君がいなくて寂しい」という言葉を聞ければ俺はそれで満足なのに、そんな言葉は聞けない。代わって言われるのは、「あたしも理央も寂しいよ」と言う言葉。ちがうよ奈央、それじゃ意味ないんだ。俺が欲しいのは、双子の言葉じゃなくて、奈央の言葉なんだ。理央も寂しさを感じているなら、それはそれで構わないし、俺もなんでも話せる友達と離れて寂しいという気持ちはある。けどさ、俺はそれも承知でこっち来てるんだ。奈央の言葉じゃなきゃ、奈央だけの言葉じゃなきゃ、俺っていうちっぽけな男のジソンシンは満たせないんだよ。
 遠距離恋愛生活二年目の夏休み。誕生日は実家で迎え、双子に祝ってもらった。あんまりにも奈央が変わらなすぎて、理央が空気読めば読むほど俺が居たたまれなくなって、その辺で俺は結構もう男としてボロボロ。しんどくなって、戻ってすぐに自棄酒して、慣れないのに量飲んだもんだから途中でぶっ倒れて、そんな俺をたまたま拾ったのが勤務終了して家に帰ろうとしていた紗央だった。
 紗央は俺を自分のアパートまで連れて行って、玄関で手荒く介抱してくれた。ちなみにそん時は一切面識なかった。奈央から、黒髪で目の青い綺麗な人、ということと名前しか聞いていなかったし。紗央も紗央で奈央から俺の名前やなんかは聞いたことがあったらしく、自己紹介してから一気に愚痴大会。紗央は「奈央ならやりかねない」というスタンスで聞いてくれる普通の女子だから、助かった。何気に紗央は、俺のこと一番理解しているかもしれない。代わりに紗央の愚痴とかも俺は聞くようになって。それでもお互い好みではないから仲がどうなるというわけでもなかった。そんだけ傷ついても、俺は奈央ばっか好きだった。
 双子がこっちに越してきたのは社会人二年目のことだった。理央はツキ高で講師やるし、奈央は近くのクリニックで看護婦さんしてる。また俺たちに昔通りの生活を送れと、神様は言いやがったのだ。付き合ってる男女なのに、昔と同じ生活をしろと。
 前述のとおり、手はほとんど繋がない。奈央はあんなに抱きしめがいありそうなオーラ出してるのに、なんとなく憚られるのはきっと俺が男として意識されてないから。キス、は触れるだけ。それ以上のことも、大学の頃俺が我慢できなくて一応一通りは済ませてるけど、でも、奈央が望まないならしちゃいけないと思ってる、今は。俺の部屋に泊まることもたまーにあるけど、絶対別々に寝るし。ていうか奈央が言いださなくても俺が自主的にそうする。いろいろ紳士ぶってるけど、大好きな子が傍にいて一緒に寝てられるほど自分の理性に自信を持ってるわけではないし。
 いっそ嫌われればいい。奈央が新しい恋を見つければいい。それなら仕方ないと俺も諦められたかもしれない。それが簡単に叶うような相手なら、俺もこれほど惚れ込んでなかっただろうってことも、わかっちゃいたけど。生殺しに慣れすぎていた。こんなことなら女に生まれて、大親友にでもなればよかったのかもしれないとさえ、思うほどに。それでも俺は奈央を嫌いになれない。大好きだ。愛してる。奈央が家族としてしか俺を見られなくても、俺は、何年も何年も、気が狂いそうなほど、奈央に恋をしている――。






(――あ、れ……?)

 見えるのはいつもの天井。ここは俺の部屋。頭の中は靄がかかったようになっていて、体は酷く重い。全身は熱を持ったように熱くて、呼吸も浅く速くしかできない。
 ――そういえば。
 朝から調子悪くて、土曜だったし授業終わってすぐ帰ってきたんだっけか。そうだそうだ、そうだった。もうどうやって帰ってきたのかもよく覚えてないけど、ここにいるんだからそういうことなんだろう。夏休み中ずっと仕事ばっかで、夏期講習だ受験生の面倒だなんだってやってた。夏休み終わる直前あたりからちょっとずつ風邪っぽくなって、それがどうも爆発したらしい。
 それにしても嫌な夢を見た。俺の半生のダイジェスト。思い出したくもないダークサイド。想っても想っても、愛しても愛しても、どうしても届かない苦しさ。思い出すだけで胸がぐっと詰まる。こうして熱が出た時も、今まではひとりでどうにかしてきた。奈央はいつも理央を優先していたから、俺のことなんて省みてくれなくて、ちゃんと薬飲んであったかくして寝てれば大丈夫だよ、ってそれだけ。ああ、今寝てるって奈央に連絡した方がいいかな、どうしようか。
 去年、ちょっと俺が大けがした時にすったもんだあって、今では奈央とちゃんとコイビトとして生活してる。あんま自分のストッパーに自信ないし、ガツガツしすぎるのもな、と思って結構穏やかな生活。奈央が俺のこと、俺のことだけ考えてくれるっていう幸せを噛みしめてるとこ。一度ベッドの上で寝返りを打つ。あ、やべえ、帰ってすぐ寝たってことは俺、着替えてないんじゃ。

(――?)

 袖を見ると、いつもの寝間着だ。額に手を当てると冷却シートが貼ってある。ここまでした覚えは、さすがにない。驚いていたのもあるが、耳を澄ませると、キッチンから音がする。誰かいる。誰かなんて、決まってるんだけど。俺の部屋にこうして入れるのは、ひとりしかいない。

「……な、お……?」

 寝起きで掠れた声でその名を呼ぶ。キッチンの音はすぐに止んで、代わりにぱたぱたと駆けてくるスリッパの音。
 顔を出したのはやっぱり奈央だった。ワンピースの上にエプロンをしている。奈央はベッドの傍に膝をつく。そこまではすごく心配そうな顔をしていたくせに、途端に表情が淡々としたものに転じる。あれ、これは予想外だ。

「気が付いたんだね。よかった」
「ん、ごめんな。わざわざ来てもらって」
「ううん、いいの」

 ちゃんと恋人同士として生活し始めたら、奈央はちゃんと女の子だった。俺のことすごく心配してくれるし、新作の料理作るんでも俺に一番に意見求めてくれるし。いつもの奈央だったら「ほんとに心配したんだよ!! でもよかった、ちゃんと気が付いて」って、ちょっと目を潤ませながら言ってくれる気がする。
 変な夢を見たからか、不安ばっか膨らむ。あれだけの会話で奈央はさっさとベッドから離れていく。これは昔に比べたってつっけんどんだろ。ここで放っておくのは男じゃない。重い体を起こして立ち上がり、出て行こうとする奈央の手首を後ろから掴む。華奢な体が驚きでびくりと震えた。

「だ、ダメだよ空君、ちゃんと寝てなきゃ」
「奈央がそんななのに、寝てらんねえよ」
「まだ熱高いんだから、寝てなきゃ!」

 振り返って俺を見るその目は、心配でしょうがないですって色をしているのに。なんでわざわざ冷たくしようとしているのかわからないけど、気持ちを隠しきれてない奈央は純粋に可愛いと思う。

「なんで冷たいの? 俺、なんかした?」

 どうやら俺のこの言葉がNGワードだったらしく、奈央はきっと厳しい表情をして、俺に詰め寄った。あまりの剣幕に気圧されて後ずさりすると自然と元いたベッドに腰を落としてしまう。それだけでは足らないのか、奈央は俺に覆いかぶさるようにさらに詰め寄った。奈央の顔が、すごく近い。

「なんかした、って!? なんにもしてないよ!! ただ空君はお仕事頑張ってただけ!」

 台詞だけ見れば俺は責められていないのに、口調は激しく、奈央が怒るところを見たことがない俺は初めてみるものに驚きを隠せない。

「夏休み中全然あたしと連絡とれないくらい忙しく仕事して、生徒さんの勉強見て、教えてあげて、空君は立派な先生だよ!! ……理央に連絡もらって、急いでここまで来て、ドア開けたとき、あたしがどんなに、どんなに心配したかなんて、空君のお仕事には全然、関係ないんだもんね……」

 俺の顔の横に突いた両腕が、震えている。大きな瞳に涙をいっぱい溜めて、それでも奈央は俺は悪くないと言う。厳しい口調で。泣いてる瞳で。
 確かに夏休み、びっくりするくらい奈央に連絡できなかった。理央を通じて話したりはしていたし、全然会わなかったわけじゃないけど、奈央からのメールや電話に返事してやれることは少なかった。そして多分俺は今日、帰ってきて玄関でぶっ倒れたんだろう。介抱してくれたのも、服を替えてくれたのも全部奈央だ。
 俺が奈央を不安にさせた。心配させた。悪いことした。悲しませた。絶対しちゃいけないことだ。そうわかってるのに、俺が悪いって今全部わかったのに、謝罪の言葉がすぐには出てこない。何より一番自分に驚いたのは、今抱いている感情が、罪悪感ではないことだった。
 奈央の涙が一粒頬に落ちて、それでようやく俺は、「悪い」と声を出した。

「……奈央が、こうして俺のこと顧みてくれる日がくるなんて、思ってなかったから、さ」

 本音が口を突いて出る。奈央は目を見開いて、それからすぐしゅんとして「ごめん」と消え入りそうな声で言う。
 罪悪感もある。でも、それよりも、嬉しい。怒らせるほど心配してもらえてることが嬉しい。俺のことを本当に考えてくれる奈央がいてくれることが嬉しい。一年前は夢のように思っていた幸せが、今当たり前に目の前にあってくらくらする。こんなに幸せでいいんだろうか。俺、もうすぐ死ぬんじゃないだろうか。俺の大好きな奈央が、愛しくて愛しくて仕方ない奈央が、理央じゃなくて、俺のことだけ考えてくれてるんだ!
 そしたらもう、これからは俺にできることは何だってしよう、って自然に思える。俺の全部で奈央を幸せにする。全力で幸せにする。愛しぬいて見せる。
 腕を伸ばして目の前の奈央の身体を抱き寄せる。バランスを崩して小さく悲鳴をあげた奈央が俺に倒れ掛かってくる。しきりに奈央は心配してくれるけど、奈央ひとりなんて羽みたいに軽い。

「奈央、ごめん」

 奈央の髪からふわりと香る花の香りが鼻をくすぐる。奈央、髪伸びたな。似合ってるけど。さらさらの髪に指を通して梳くようにして、何度も何度もそれを繰り返す。
 髪に額に口づけて、息が苦しくなるほど抱きしめて。

「俺、奈央のコイビトなんだもんな。仕事も頑張る。奈央も大事にする。今日は心配かけてホントごめん。俺、全然なってなかった。奈央泣かせるようなことはもう絶対しないから」

 決意を告げて、更に強く奈央を抱きしめて、耳元で「愛してる」と囁く。その言葉以上も、以下もない。俺の気持ちは全部全部、その4文字に込められてる。奈央以上の人になんて、絶対出会えない。奈央の顔は真っ赤だ。そういう奈央を見られるようになったのも嬉しいし。

「……はやく、風邪治してね」
「奈央が看てくれるんならちょっと長引くくらいでもいい。大歓迎」
「生徒さんたちも心配しちゃうよ。……ああ言ったけどあたし、先生してる空君大好きなんだよ」
「知ってるよ」

 奈央の目じりの涙をキスで拭うと、奈央は困ったように笑った。
 知ってるよ。奈央が、俺に先生が似合うって言ったんだ。真に受けてここまで来ちゃったけど後悔なんてしてないし、奈央が隣にいてくれるなら俺は何だってできるよ。
 
「あー、ごめん、奈央。もー眠い、げんかい」

 ほっとしたら急に視界に靄がかかる。
 乗じて意識を白い霧に投げ出すと、簡単に瞼が閉じていく。視界の隅に奈央の顔。さっきの困った笑顔のまんま。
 俺の身体をちゃんとベッドに乗せて、掛布団をかけてくれる。それから、瞼にふわりとやわらかい感触。

「……あたしも、だいすきだよ、空君」

 耳元で囁かれた言葉に大満足して、今度こそ俺は意識を手放した。



2012.09.07(Fri) | 未来話 | cm(0) | tb(0) |

衣替え談義




「はよーっす!!!」

 いつものことだが琴が朝からハイテンションで教室に入ってくる。こいつの寝起きの良さは半端じゃない。ガキの頃から互いの家に泊まることがよくあった俺はそのことをよく知っている。つーか琴がテンション低いことってほぼないからな。
 それにしたって今日は上機嫌だ。なんでそんなことがわかるかと言うと、目に見えてニヤニヤしながら、しかも半分スキップ状態で自分の席(俺のすぐ後ろだ)にやってきたから。

「真紘っ、おはー!!」
「うるせぇよ、おはよ」
「織夏もおはよう!」

 ついでに琴は俺の隣の席の塩見にもテンション高く挨拶をする。塩見も塩見でいつも通り、一度びくりと肩を震わせてから小さく「おはよう鈴城くん」と返す。

「いっやあお二方! 寒いねえここ最近」
「そうか?」
「真紘クンの皮膚はゾウさんの皮膚だから寒暖の差がわからないんですね、わかります」
「お前別に朝早く登校してるわけでもないだろ。何寒がってんだよ」
「いいじゃない! 帰る時は寒いんだもの!!」

 そいで逐一オネエ言葉を挟む。
 そりゃあまあ遊んで帰ってるんだから帰る頃には真っ暗だし寒いんだろう。……あ、そういやこいつ。

「鈴城くん、今日からコートなんだね」

 俺が言う前に塩見はちゃんと気づいていたようだ。塩見の指摘が琴としては嬉しいものだったようで、「あ、気づいちゃったぁ?」と体をくねくねさせている。大変気持ち悪い。

「俺はさあ、思うわけよ」

 まだコートを脱ごうとしない琴は荷物を机に置き、わざわざ俺の目の前の席まで来てそこに腰掛ける。俺は別に何も気にしちゃいないが、塩見は少し体勢を整えたようだった。

「夏服への衣替えの時期と、冬服っつーかコート着込む時期って、モテるチャンスなんじゃないかって」

 ……俺はともかく、だ。こんなことを大真面目に言い切る男に惚れているらしい塩見は今どんな顔をしているのか、気になって横目でちらりと塩見を見やる。
 想像通りぽかんとした表情をしている。けれどそれも一瞬で、すぐに神妙な表情へと変わった。おそらく、琴の言ったことを噛み砕いて自分の中で理解しようと必死なんだろう。悪いな塩見、お前が思ってるほどこいつは何か考えて発言したりしないぞ。

「……お前、塩見が呆れてんだろ。戯言言うのは俺の前だけにしろよ」
「さっ、桜井くんっ、あの、私別に、呆れてたりとかはっ」
「うわ、何お前ら、真理を突いた俺の発言を下らないとか思うわけ!? ちょ、お前ら俺を馬鹿だと思ってんだろ!」
「少なくとも俺は」
「ふ、俺の高貴な思想に真紘如きがたどり着けるとは最初から思っちゃいなかったけどな」
「あー、さいですか。そりゃよかった、同類扱いされなくて」

 塩見を巻き込んで俺と一緒くたにしてしまうと、それはそれで塩見が可哀想なのでこういう時は自分だけの話にした方がいい。塩見はおろおろしながら俺たちの間にどう入るべきか考えているようだし。

「だからさあ! うちの学校私立で夏服もコートも金かかっててデザインもなんかそれなりじゃん! 中学ん時みたいに、ワイシャツが半袖になっただけー、ってんじゃないじゃん! だからこう、衣替えの時期はプチモテ期、みたいな」
「へー、そーなんスかー」
「気のない返事しやがって……!」

 だんだんっ、と悔しそうに琴は俺の机を叩く。机に馬鹿がうつったらどうしてくれるんだ、と言うと、ええいうつっちまえ!!とか言い出すので、こいつの馬鹿は無機物に伝染するらしいことがわかった。

「で、でも、」

 でも、という切り出し方で、塩見がおずおずと口を開く。本当に小さい声で俺も聞き逃しそうだったけど、そういうの、割と琴はちゃんと聞こえていたりする。

「わたし、わかるよ、……鈴城くんが言うこと」

 塩見の目はちゃんと琴を見ていて、塩見のことだからきっと、琴が教室に入った時、自分が声をかけられる前から琴がコート着てることに気づいてたに違いない。俺にはわからない、本当にどうだっていいことでも、塩見は見ている。ほんの少し髪型が変わったこととか、体調悪そうな時とか、気づいてるけど自分からはなかなか声をかけられないらしい。そんな細かいとこまで気にしなくたって、と俺は思ってしまうレベルだ。

「ほら、織夏はわかってくれるってさー! それでさっ、この理論は女子にももちろん適用されると思うわけよ! 制服でも私服でも女の子の厚着って俺好きなわけ! 制服なんか特にそーなんだけど、こういうさ、セーターの先からちょっとだけ指先出す感じ!」

 嬉々として目を光らせながら塩見の手を指差してみせる。指定の白いセーターの袖、その先から少しだけ指が覗いて見える。

「うん、やっぱ可愛いわコレ。織夏だからかなー、いつもより余計可愛く見える」

 ぼっ、と音がしそうな勢いで塩見が顔を赤くする。琴はこれを深く意識しないでやってるから、すごいっつーのか、何つったらいいのか。無意識なんだから塩見もここは怒っていいところだと思うんだが、毎回律儀に照れてくれるんだから、ほんとしょうもねぇ二人だ。
 顔を真っ赤にした塩見を見て、琴はたははと笑う。

「俺としたことが……。つい天性の才能で口説いてしまうところだったぜ」
「お前ちょっと黙ってろよ……」
「真紘さんがどんなに言おうと、織夏は恋する乙女だから俺の心情を察してしまうのさ……。な、織夏?」

 赤面したままの塩見はぱたぱたと顔の前で激しく手を振って、がたんと音を立てて立ち上がった。

「わ、わわっ、わたしっ、学級日誌と出席簿っ、と、とってくるねっ」
「お、ちょっ、織夏、それ今日俺の当番だし!」
「い、いいよ! 用事が出席簿で日誌と私が委員だからっ、職員室は鈴城くんでゆっくりしてて!!」
「へ!?」

 慌てているのは十分伝わるのだがそれにしたって並べ替えてもまともな日本語にはなりそうにない言葉を残し、小柄な塩見は一目散に教室を出て行った。俺と、まだコートを脱いでいない琴がぼんやり呆けながら塩見が走っていった方向を見つめる。つーか、それ以外に何ができよう。

「あ」

 琴が何か思い出したように声を上げる。なんだよ、と声をかけると、琴はまた、たははと笑った。

「いやあ、厚着確かに可愛くて好きなんだけどさあ、脱がしづらいのがアレだよなあってのを思い出して。夏は夏で適度に露出してくれる子が増えるんでそれまた眼福だってのも言い忘れた」
「………はあ」

 ホント、絶妙にタイミング読んでるよなこいつ。これが無意識なんだから恐ろしい。言い忘れて大正解だ。

「どーだっていいけどさ、そーゆーの、他の女子はともかく、塩見の前で言うんじゃねぇぞ」
「は? 織夏は俺の良き理解者だからだなあ、」
「塩見みたいのは貴重なんだからお前の毒素で汚すんじゃねぇよ」
「何よ人をばい菌みたいに!」
「似たようなモンだろうが!」

 琴はその後「モテ期を逃したくない」とチャイムが鳴るまでコートを脱がず、塩見はそのチャイムが鳴るまで戻ってこなかった。 




2010.11.10(Wed) | 未来話 | cm(0) | tb(0) |

イッツ ア スモール ワールド


 そいつは俺の部屋に来るなり、鼻で笑いやがった。
 顔の周りに「やれやれ」の四文字が見て取れる。
 黒髪の入り混じる金糸の髪。薄い緑色の瞳。水城樹理はそういう、性格の悪い人間だ。

「文句あるなら出てけよ」 

 俺がそう言っても、「いいえ?」と妙な疑問文を返すだけ。それがまたイラッとさせる。

「僕がいくら片付けても片付かないですよねこの部屋。芹沢の血って恐ろしいですねー」
「だぁから、嫌なら帰ればいいだろうがっ」
「嫌ですよ。僕がいくら言ってもあいつ片付けないんですから。なら血で片付けられない可哀想な真紘さんの部屋の方がまだ納得がいきます」
「お前は納得しても俺はこの上なく不愉快だ」

 そこまで言っても樹理は動じない。へえそうなんですかあ、と棒読みして右腕を上げた。樹理の右手には紙袋。大体中身の想像はついているが、一応「何だそれ」と聞いてみる。

「真紘さんのお母さんからレモンパイの差し入れです。ここ来る前に向こう寄ったら持たされました。なので勝手にお茶淹れさせてもらいます」

 俺は普段自分でお茶を淹れたりすることはない。自分でやったら食器が割れたりとか大変なことになりかねないからだ。いつも飲んでいるのは浄水器の水か、買いだめしているペットボトルのお茶だとか。樹理はここに来ると勝手にお茶を淹れるので、したいようにさせている。
 樹理は勝手知ったる手つきでティーセットを出し、母さんが前に寄越した紅茶の茶葉を用意した。樹理自身は芹沢によく世話になってたからか緑茶好きだが、パイに緑茶を合わせるほど無粋ではない。
 椅子に腰を落ち着けて樹理が茶を淹れるのを待ちながら、ふと思い、口を開く。

「なんでまたわざわざ向こうに」
「たまたま授業も休講になったんで、暇つぶしですよ。お父さん研究日だったな、と思ってマンションに顔出して、喫茶店に顔出して、そしたらパイ持たされたんで致し方なく真紘さんのところにも足を運んだわけです」
「その恩着せがましい言い方やめろ」

 やかんに浄水器の水を入れた樹理は湯が沸くまで俺の目の前に腰掛けた。
 
「真紘さん、試験ってどうなってるんです?」
「本命が最初だったからな。日曜に別の試験、後は六月だ。全部ダメなら九月に賭けるから」
「まあ真紘さんなら本命で受かりますよ。大学四年間、酒にもサークルにも女にもかまけずなーんにも遊ばないで勉強だけしてたんですから」
「大層な褒め言葉をどうも」

 確かに俺は四年間、世の大学生とは違う時間を過ごしていたんだろう。
 サークルもしてないし、彼女も作らなかった。酒も別に好きじゃないし、したことと言えばバイトと、免許をとったことくらいで、去年琴が学生のくせに地味な結婚式じゃなくド派手に披露宴まで挙げたせいで祝儀を渡さなきゃならなかったのが癪だ。俺や周りの人間からすればあいつらの付き合い始めもお前らようやくかよ、という時期だっただけに祝儀なんか取らずに全部自費でやりやがれ、とはよく思ったものだ。

「で、本命の試験が終わった瞬間に気ぃ抜いたんですか?」
「あ?」
「ツキ高の番長によもや女の影が見えようとは」
「番長言うな! なんだよ女の影って!!」

 樹理からまさかそんな言葉を聞くことになろうとは思わなかった。全く心当たりが無いので樹理を睨みつけたが、緑色の瞳は華麗に俺の視線をスルーして、ホラ、とキッチンの隅を指差してみせる。

「真紘さんって、お母さんから何か届けられても返すことないじゃないですか、皿にしろ容器にしろ何でも。空のタッパを綺麗な紙袋に入れて、芹沢の血引いてる真紘さんが大事に保管してるなんて誰かに渡すものとしか考えられません。普通に考えて男性にそういったものを渡すとは考えにくいですし、あ、いえ、もちろん真紘さんがマイノリティの嗜好をお持ちの方でしたらそうではないかもしれないですけど、え、まさかもしかして」
「言いたいことはわかったから勝手に俺をマイノリティ扱いするのはやめてくれ」
「じゃ、女性の影があることは認めるんですね」
「影ってほどじゃ」

 そんな大層なものではない。ただの優しいご近所さんだ。片付けだの何だのは苦手だが、借りたものを綺麗に返すのは人としての礼儀だ。

「魚の煮つけと漬物貰ったんだよ、入れ物は返すのが当然だろ」
「もしや例の盲目の老女ですか?」
「盲目でも老女でもない。お前あの子に謝って来い」
「いえ、実際に見るまでは真紘さんの妄想という線も消せないので」
「さっき散々推理しといてその予防線は卑怯だろ!?」
「なんですか細かいことをちくちくと」
 
 やましいことはひとつもない。普段口数が少ない樹理がここまで言うってことは、動揺のサインと見ていいだろう。俺に女の知り合いがいることがそんなに意外なのだろうか。……わからなくもないが。サークルも入ってないし、ゼミで多少関わりがあるにしても部屋に呼ぶことなんて一度もなかったわけだし。

「あ」

 あの子に料理を貰った時のことをふと思い返して、気づいた。

「なんですか」

 俺が何かに気づいたらしいことに、樹理も気づいたのか問いかけてくる。

「その女の子の名前っていうか苗字なんだけどさ、ツヅキって言うらしい」
「一般的ではないですけど特別珍しい苗字でもないと思いますよ。僕の苗字だってそんなにメジャーじゃないですけどそこまで珍しいわけじゃないですし」
「けどさ、一般的なツヅキって都に建築の築で都築、だろ? その子の部屋に掛かってた表札見たんだけど、築の一番下の木がないんだよ。筑波の一文字目だよな」

 テーブルの上に指先でその字をなぞる。反対側から見ても言葉で説明している分、樹理にもその字は理解できているらしい。水希、の苗字は、都筑。
 その言葉で俺が問いたいことも、馬鹿じゃない樹理ならわかるだろう。

「都筑くん、……えーと、都筑炎而くんと同じ字ってことですか」
「あいつもそうだよなあ……。こっちの字当てるのって珍しいだろ、多分」
「じゃあ何ですか、都筑くんの妹か何かとでも? 親戚とか? そこまで世界って狭くないと思います」

 馬鹿にしたように樹理が言う。そう、俺もそう思う。特別あいつに似てるとか思ったわけでもないし、ただ、あの字で苗字同じって珍しいなって思っただけだ。それだけだから、馬鹿にしたように返されるのは不本意極まりない。不愉快だ。うるせえよ、と適当に返しておいたが、樹理はその後何かに気づいたように笑った。

「もしその子が本当に都筑くんの妹で、真紘さんがまかり間違って惚れちゃったりしたら面白いですね」
「はぁ?」
「万が一結婚するなんてことになったら都筑くんが真紘さんの兄になって、都筑くんが人の道踏み外して椿と結婚でもしたらそりゃあもう芹沢が大変なことに。いいですねそれ、僕応援するんで真紘さんちょっと頑張ってみてくださいよ」
「そんなに世界狭くないとか言ってたのはどこの誰だ」
「僕は世界が狭い方が生きやすいので、寧ろ奨励します」

 世界プレーヤー目指してる人間の発言とは思えない。
 ただ俺も、広すぎる世界で孤独を感じるよりは、狭い世界で人口密度の高い生活をしている方がいいかもしれない。
 樹理が母さんから預かったという紙袋からホールのパイを取り出すのを見て、余ったパイはせっかくだから彼女に持っていこう、と思った。


2010.05.17(Mon) | 未来話 | cm(0) | tb(0) |

たしかなこと



「……二十歳になって早々喫煙たぁ、お前もとんでもねぇガキだな」

 振り向けばにやにやとした笑みを浮かべた父さんが立っていた。後ろから誰かがついてきているのはわかっていたから、もしかしたら、とは思っていたけれどやはりという感じだ。まだ火をつけて間もない煙草を携帯灰皿に押し付けてベンチの背もたれに思い切り寄りかかる。何のために家を出てここまで歩いてきたと思っているのか。父さんは「勿体ないことしてんじゃねぇよ」とか言いながら俺の隣に腰掛けた。

「見つけたからには紗央にチクらねぇとな」
「バラしたきゃバラしゃいいだろ」
「バレちゃマズいことなのか?」

 その問いかけには即答することができずに黙り込んだ。父さんは馬鹿みたいに大口開けて笑って、マズいことならするんじゃねェよ、と言う。
 別に、俺ももう成人したことだし何もかも親の許可をとって生きる時代は過ぎたと思っている。でも、今日は特別だ。家族に二十歳の誕生日を祝ってもらっているのだから、なんとなく、そんな報告をする気は失せる。誕生日自体は先週だったのだが、バイトだの何だので都合がつかずこの日になった。祝うと言っても普段実家を離れて生活しているから、顔見せがてら実家で夕飯をとるくらいのものだ。大層なもんじゃない。毎年来る一日、それが今年も来ただけなのだ。母さんは毎回特別なことのように扱うけれど。
 夕飯の時間が終わったので、一人になりたい気もしたし、散歩がてら近くの公園まで来た。ポケットの中には二十歳の誕生日当日に興味本位で買った煙草のケースとライター、それから最近買った携帯灰皿。それを父さんにアタリをつけられるなんて、俺ってそんなに読みやすい性格してんのか。

「父さんっていつから吸ってんの」
「あ?」

 俺が買ったのは父さんが吸ってんのと同じものだ。身近に喫煙者があまりいなかったから、父さんが持ってたものしか見覚えがなかった。
 父さんはヘビースモーカーではないが、たまに吸っているところを見かける。俺がガキの頃には吸ってたから、結構長いんじゃなかろうか。

「三十になった辺りだな、多分」
「げ、思ってたより遅ぇんだ」
「お前みてぇな悪ガキじゃなかったんだよ」

 なんかすげえ反発したい、あんたが元悪ガキじゃなかったら誰が悪ガキなんだってくらい悪いことしか考えてないくせに。

「十五くらいから吸ってるもんだと」
「んなことさせる家じゃねぇよ」

 即答だった。
 ――父さんの過去を、俺は良く知らない。
 芹沢家との繋がりもちゃんと聞いたわけではなくて、椿といとこ同士だってことだからまあ、どっかで関係してるんだろうな、くらいなもんだった。
 それじゃあ何で俺と椿で苗字が違うのかとか、母さんも旧姓があるみたいだし、とにかくよくわからない。あまり話したいことでもないんだろうから聞かないのが礼儀だろうと思って今までスルーしていたことだ。みのりも同じように、この問題に関しては目を瞑っている。

「……二十歳の頃何してた、父さん」

 やっぱり家の話題には触れない方がいい。そう思って出したパスは父さんが芹沢を出てからのことにした。

「人間が絶滅すりゃいいのにと思ってた」

 聞いた俺が馬鹿だったか、と思ったが、父さんが意外なほど真剣にそう言っていたので、茶々を入れることなんてできなかった。

「家いんのが面白くなくていっそ潰れりゃいいのにと思って外に出て、戸籍も書き換えて、寮だったから生きるのに苦労はしなかったが、思い通りにならねぇのがこんな面倒なモンだとは思わなかったもんでな」
「意味わかんねぇよ、じゃあ何で家出たりしたんだ。あんなどでかい金持ちの家だったのに」

 横目で父さんを見ると、「あー」とだるそうに声を上げてから父さんも俺を見た。
 まあお前ももう二十歳だしな、と続けた父さんは、初めて俺に生い立ちらしい生い立ちを話して聞かせてくれた。
 本当に芹沢の長男として生まれ、育てられてきたこと。次期当主としての教育を受けてきたから花の腕はそれなりだったが、父さん自身は別にそこまで花が好きではないこと。金も権力も何もかもを十代の時点で得ていた父さんは、なんでも手に入る軽い世界に嫌気が差してとっとと芹沢を出た。一時期本家では揉めたこともあったらしいが、物分かりのいい妹と、いざとなれば次男が継げばいいということで父さんは桜井の籍に入ることになった。芹沢のままじゃ新しく生きるのにも窮屈だ。
 警察官になって、普通の人と同じように仕事して生活して、束縛される生活の面倒さに気づいたこと。芹沢を出たことを多少後悔したこともその時はあったらしい。だんだん生活に慣れてくると、束縛の中でどう生きるかを考えることが楽しくなったという。純粋に、それなりに仕事にやりがいを見出したのだろう。
 ――母さんと出会ったのは、そんな頃だったらしい。

「少し前の自分なら掻っ攫って逃げてたかもしれねぇが、俺もすっかり一般人が板についたっつーことなんだと思ったな」

 父さんと母さんは九つも年が離れている。だから父さんは、母さんが自分を好いていることはわかっていた。自分も母さんのことを悪くは無いと思っていたから、とりあえず相思相愛の状態ではあったのだろうが、父さんは仕事を失うわけにいかなかったのだ。まだ高校生の母さんに手を出したりしたら免職は免れられないだろう。
 結局父さんは母さんの前から姿を消した。当ても無く家を飛び出した自分にやっと理由をつけられそうなところなのに、全部失うわけにいかないと思ってしまった。
 父さんがらしくもなく後先考えてしまった。それで母さんは傷ついたらしい。聞けば聞くほどに、俺という存在の危うさに気づかされる。
 いなかったかもしれない。一分、一秒何かがずれていたら、俺はいなかったんだろう。

「……お前、母さん苦手か」

 俺の表情を見てか、父さんは苦笑気味に問いかけた。俺は父さんと目を合わせることなく、答える。 

「母親なんだから、得意も苦手もねぇだろ」
「けど、できれば顔合わせたくないから一人暮らしするなんて言い出したんだろうが。紗央が反対するのなんて目に見えてたくせに」

 ……当たってる。
 なるべく母さんと顔を合わせたくなかった。あまり母さんとの繋がりを感じたくなかった。この右目が何よりも繋がりを主張しているとしても、それでも俺はできるだけ母さんと同じ場所にはいたくなかったのだ。有り得ない事とはわかっているが、桜井真紘という俺個人は、両親からではなく自然に発生したのだと思いたかった。
 一人暮らしをしたいと告げた時、母さんはものすごく反対した。芹沢の血、というか、父さんの血を継いでる以上俺は家事も整理整頓もまるでダメだ。ひとりで暮らせるわけがない。母さんの言うことは正しかったが、最初から聞く気はなかった。

「……父さんなら、母さんを説得してくれると思ってた」

 実際そうだ、母さんを宥めたのは父さんで、「やってけなきゃ帰ってくるだろ」と言ってくれたらしい。母さんは父さんの言うことなら素直に聞く。それを見越した上での行動だった。

「……お前が何を思って家を出ようと思ったんだか知らねぇが、」

 横目で俺を見る父さんの表情は、何もかも見透かしているようだった。見透かされているなら言う必要はないし、そう見えるだけで本当は何でもないのなら尚更言う必要などない。俺は黙ってその目を見た。

「紗央は女だし、人間だ。紗央には紗央の人生がある。紗央には紗央の与えられた時間があって、お前の存在はゴールじゃない。お前もみのりも俺も、紗央にとっては通過点でしかない。だが、お前とみのりのスタートは確実に俺と紗央の時間の中に組み込まれてる。数直線ならかぶってる部分だな」
「それがなんだよ」
「ちゃんと理解しろ、真紘」

 父さんにちゃんと名前を呼ばれるのが久々な気がして、背筋がぴんとなった。

「ガキじゃねぇんだ、理解できねぇなら経験を積め。そうだな、手始めに女遊びを覚えろ。お前女っ気無さ過ぎて気色悪ぃんだよ、琴を見習え」
「はぁ!? 意味わかんねぇよ」
「わかんねぇならわかるまで考えろ、お前は俺とか紗央と違って馬鹿じゃねぇんだから」

 そう言って父さんは大口開けて笑った。夜だってこととか、近所のことも考えずに笑っていた。
 一頻り笑うと父さんは俺に片手を差し出して、「煙草一本と火寄越せ」と言ったのだった。



2010.05.12(Wed) | 未来話 | cm(0) | tb(0) |

ありがとうの温度



 紗央が、倒れた。
 幼稚園が休みだった真紘と俺の休みがたまたま合って、せっかくだからと出かけようとした矢先だった。
 倒れた拍子にバスケットが床に落ちた。中身が散らばるまではいかなかったが、大きなそのバスケットの中には朝早くから紗央が準備した弁当が詰まっている。あまり家族三人で出かけることなんかないから、真紘と同じくらい紗央も張り切っていたのだろう。
 突然のことに泣き出しそうな声で駆け寄った真紘の頭を紗央は優しく撫でた。

「おかあさんっ」
「平気だから、心配しないの。ほらタク、行こう?」

 アパートの部屋の扉を軽く開けていた俺だったが、しばらくそのまま固まっていた。
 真紘はまだ泣きそうな声で「だいじょうぶ? だいじょうぶ?」と何度も紗央に問いかけている。
 その度に「大丈夫よ」と返事をする紗央の顔は、青い。

「ヒロ、今日は母さん休ませてやろうな」
「ちょっ、タク! あたし大丈夫よ! せっかく休みなんだから、」
「うるせぇよ」

 真紘を抱き上げながらそう言って、睨むように紗央を見れば、紗央の青い瞳はほんの少し潤んで、それから少しだけ肩を震わせた。
 ――ビビらせるつもりなんてねぇのに。

「黙って俺の言う事聞いてろ」

 誰の命より何より紗央が一番大事だから、外出の予定の一度や二度はどうってことない。真紘がそれで多少寂しい思いをするとしても、それでも俺は紗央を優先するだろう。
 幸い真紘はそこまで薄情なガキでもないし、聞き分けが悪いわけでもない。まあ文句言おうもんなら引っぱたいてでも言うこと聞かせるだけなんだが、しなくていいならそっちの方がいいに決まっている。
 不機嫌そうなのは当の紗央だけだった。




「……珍しいですね、お義兄さんがこっちに来るなんて」

 紗央に付き添って病院へ向かい、診察結果を得てから紗央を家で寝かせた。俺は真紘を連れて仕方なく芹沢邸に足を運んでいた。大和が家を継いでからは割と来るようになった場所ではあるが、それでも毎回毎回懐かしい感じは拭えない。同時に、二度と戻りたくない場所であることも認識させられる。
 門で俺と真紘を出迎えたのは、着物姿がようやくサマになってきた義妹のルミだ。不思議そうな目で俺達を見ると、取りあえず母屋へと歩き出した。俺は真紘の手を引いてその後に着いていく。

「突然の訪問ご容赦ください、家元夫人」
「家元夫人、なんてわざとらしいからやめてください。それと敬語も」
「照れるなよルミちゃん」
「うわ、気色悪いです」
「お前も言うねぇ」

 実際、大和よりも余程肝が据わっているのではないだろうか。まあこんな家に嫁入りした女だ、腹に何か隠しててもおかしくはない。
 ルミは「芹沢の嫁ですから」と笑顔で付け加えた。やれやれ、強い嫁さん貰うと大和も大変だろう。

「せめて“大和の嫁ですから”にしてやれよ。いくら大和が肝の小せぇしょうもねぇ男だったとしても、芹沢の嫁なんて言い方じゃあ金目当てに聞こえんぞ」
「あたしも一応芹沢背負わせていただいてるもので。家を守ることが夫を立てることに繋がりますから」
「おお、言うねぇ」

 なかなか賢い切り替えしをする女だ。大和よりこっちの方が断然骨があるだろうな。そりゃあガキの頃から温室育ちで実家におんぶに抱っこだった男に比べりゃ、一般家庭に生まれて育って恋愛でこんだけでかい壁にぶち当たったルミの方が精神的に強いのは当然だろう。

「真紘くん、今日はどうしてこっちに来たのかな?」

 俺と話したくないのか何なのか、ルミは真紘に話を振る。俺とルミが下らない言い合いをしている最中、真紘はずっと俯いたままだったから、それが気になったのかもしれない。
 真紘はルミの声に顔を上げると、左右色の違う瞳をまた潤ませた。

「おかあさんがたいへん」
「? お母さん大変なの?」

 こくこくと頷くと鼻をすすり上げる。紗央が傍にいる時は全然泣く素振りなんか見せてなかったくせに、一丁前にカッコつけてやがるのかこのガキ。

「お義兄さん、真紘くんどうしたんですか?」

 真紘にいくら聞いても要領を得ないのか、ルミは俺の顔を見た。真紘だってよくわかっていないんだから聞いたって答えられるはずがない。
 門から長いこと歩いて、ようやく着いた母屋の玄関で靴を脱ぎながら俺はその問いかけに答えを返す。

「紗央が倒れたんだ」

 続けて、真紘の靴を脱がせる。何の反応も無いから顔を上げると、ルミは目をぱちぱちさせていた。どう見たってアホ面だが言わないでおく。

「そ、それでっ、奥さん放って油売ってて大丈夫なんですかお義兄さん!!」
「ああ、どうせ二人目だろうと思ってたからな。さっき病院連れてったが案の定だった」
「え」

 沈黙。ルミのまばたきの音がいちいち聞こえる気がした。
 
「それはおめでとうございます、……でも、真紘くんに教えてないんですか?」
「おお、そうだ。ヒロ、お前兄ちゃんになるんだぞ」
「遅っ!! 一番心配してるのにどうして教えてあげなかったんですか!」
「ついうっかり」
「うっかりじゃないですよ自分が安心すればそれでいいんですか!」
「まあな」
「~~~っ、ああもうっ、真紘くんが将来お義兄さんみたいになったらと思うと背筋が寒くなります」
「褒めるなよ照れんだろ」
「大和以上に面倒な反応するのやめてください!!」

 真紘を抱き上げて母屋に上がりこむ。いつもなら真っ先に広間にでも向かうのだが、俺の足は広間に向いていない。それが分かるとルミは早足で俺の横を歩き、「どこ行くんですか」と声を掛けてきた。

「第一、紗央さん放って何しに来たんですか、こんなところまで」
「ああ、言ってなかったか」

 嫁放って来たくもないところにわざわざ来たんだ、やることはしっかりやらねぇとな。

「粥の作り方を教えてくれ」

 ルミのまばたきの音が一層大きくなった気がした。



 芹沢が毎日食ってる質のいい米を多少ぶんどって、帰りは芹沢の人間に黒塗りの車で家まで送らせることにした。用事で少し屋敷を留守にしていたらしい大和は帰ってくるなり厨房を覗き、ものすごーく嫌そうな顔をして俺を見たが、真紘の手前俺に文句を言うこともできず、俺も俺で家元に対しての恭しい態度を忘れることはなかった。尊敬してるっスから、いやマジで!(笑)
 高級車の後部座席に座ると、疲れたのか真紘はすぐに眠り込んだ。そんな真紘の頭を撫でながら俺は窓の外を眺めて、ぼんやり思う。
 ガキなんか欲しいわけじゃなかった。欲しいわけじゃないどころか要らないとさえ思っていたし、今だって俺個人の考えはそのまま変わらない。ガキなんざ要らねぇ。真紘だって俺が心底望んだものだったかと聞かれれば首を捻る。俺には、紗央がいればそれでよかった。未来だとか自分の遺伝子だとかそんなもんどうだってよかった。俺が俺の生きたいように生きることができればそれでいい。子孫を残すっていう生物の本能をまるで無視することであっても、やりたいようにやるのが俺のやり方だった。昔からそうだ、じゃなきゃあんなでかい家捨てるかっつーの。
 ただ、……ただ、紗央を愛する限りは紗央の欲しいものは与えてやりたいと思う。二人で生きるからには、相手が大事にするものも大事だと思って生きていかなければいけない。まあ紗央は昔からあの性格だし心底俺に惚れてる女だから俺がいりゃ良かったのだろうとは思うし、紗央から何を言い出すこともなかった。ふと気になって、ガキとか欲しくねぇのか、と聞いたらひどく驚いた目をしていた。それから俺の機嫌を窺うように小さい声で「欲しくないわけじゃ、ないけど」と返した。俺が子供好きなわけじゃないのを見越してってことだったんだろう。
 紗央に必要なものは、俺にだって必要なものだ。紗央の存在がまるごと必要な俺には、紗央の要求を蹴る理由なんてどこにもない。ガキは嫌いでも、紗央の子供なら誰よりも愛せる自信がある。紗央が望むものは、俺も望むものだ。結果生まれた真紘はどっからどう見ても俺と紗央の子供、な見た目をしていたわけで。俺に似てるってことは俺が一番嫌いだった頃の大和にも似るってことで複雑な気分ではあったが、不思議と嫌ではなかった。仕事ですぐには駆けつけられなかったが、紗央はそんな俺を病室で初めて見た時、真紘を抱いて泣きながら俺にありがとうと言った。あたしと一緒にいてくれてありがとう、と。初めてのことだらけで、病院でもほとんど一人で不安だっただろうに、俺に何の文句を言うこともなく紗央はありがとうと言ったのだ。何度も一人きりにさせておきながら、それでも紗央がそうやって泣きながら笑えたのは確実に真紘の存在のお陰なのだろう。感謝こそすれ、憎んだり疎んだりという感情が湧き上がるはずもなかった。
 ――で、二人目たぁ俺も随分余裕出てきたじゃねぇか。
 そう思って苦笑する。一人で十分な気もするんだけどな。真紘が手のかからなかった分、次に生まれるのは多少厄介でも面白そうだ。面倒でも、それでも俺はその子も紗央と同じように愛せるのだろう。三十年前の自分が見たら大爆笑しそうな人生だが、俺は一切後悔なんかしていない。世界で一番綺麗なものを手にして後悔するなんてどんな人間だ。





「えーと、……何、コレ」

 湯気の立つ椀を差し出すと、紗央は恐る恐る受け取って顔を顰めた。

「おかあさん、おかゆだよ」
「おかゆ?」

 その時紗央は、「これが?」という目で俺を見たような気がする。被害妄想か。
 パジャマ姿の紗央はスプーンを片手にまだ口をつけるべきか戸惑っている様子だった。そりゃそうだ、俺が何もできないのを紗央は一番よく分かっている。

「……文句あるならルミに言えよ、教えたのルミだからな」
「ルミがね、……わざわざ聞きに行ったんだ?」
「おう」

 くすくす笑ってようやくスプーン一杯分、椀の中身を掬った。そのままそれを口許に運び、スプーンをくわえると紗央の眉間に皺が寄った。
 
「……これ、真紘も一緒に作ったの?」

 その質問に真紘は上機嫌で「うん!」と大きく頷く。
 続いて俺の顔を見た紗央は、ちろりと小さく舌を出した。

「やっぱり真紘も芹沢の子ってこと?」
「悲しい運命を背負わせちまったということか」
「片付けも家事も期待できないわね。……でも、おいしくなくても嫌いじゃないわよ、タクと真紘が頑張ってあたしのために作ってくれたんだもの」

 そう言ってまた一口食べようとする紗央の手から椀を奪った。俺が作るものだから美味いわきゃ無いとは思っていたが、栄養にもならんものを食わせるわけにはいかない。

「子供死んだらどうすんだ、こんなモン食って」
「だって、……作ってくれたのはタクじゃない」
「たまにはそれらしいことしたかっただけだ」
「それらしいこと?」

 首を傾げる紗央と、紗央の傍にうつぶせに寝転がって足をばたつかせる真紘の頭をぽんぽんと軽く叩く。
 真紘の左右違う色の瞳と、紗央の真っ青な両の瞳が俺を捉えた。

「ヒロ、兄ちゃんになるんだからちゃんと母さんの手伝いしような」
「うん! おれ兄ちゃんになるからがんばる!!」
「……真紘、本当にできる? お兄ちゃんになるの難しいよー?」
「できるっ」

 子供の言葉の無邪気さったらないな。これ以上信用できる言葉というのもないだろう。

「……お前をヒロだけに任せるわけにいかねぇだろ、今度は俺もちゃんと、傍にいる」

 今度は俺がありがとうを言えるくらいに、十ヶ月を一緒に生きていきたい。お前だけの経験にはさせない。
 
「真紘の時はそんなこと言わなかったくせに」
「そうだな」
「……嬉しいからいいけど」
「そう言うと思った」

 紗央と真紘の傍に膝をついて紗央の額に唇を寄せる。少し熱っぽいか。まだ寝かせておいた方がいいかもしれない。
 真紘を抱え上げて部屋から出ることにする。あまり長居しても疲れさせてしまうだけだ。
 真紘を部屋の外に出して下ろしてから、もう少し寝てろ、と声をかけて部屋の電気を消すと、もぞもぞと紗央が布団に潜り込む音がした。 

「タク」

 暗がりの中で紗央の声がする。

「……ありがとう。ごちそうさま」

 どんなに暗くても、紗央がその時嬉しそうに笑ったのが、俺には分かる。愛の成せる業という奴だ。

「それだけじゃ足りねぇな」
「欲張り。大好き」
「それでよし」

 寝室の扉を閉めると、にこにこした真紘が出迎えた。
 邪気がなさすぎてびっくりする。俺はガキのときこんな風に笑っただろうかと思うくらいだ。

「おとうさんは、おれとおかあさんどっちがすき?」

 何と言う率直な質問か。さっきまでの俺と紗央のやり取りを聞いていたからこその質問だろう。
 しかし俺は迷う必要なんてない。答えは最初から、決まっている。



「母さん、かな」


2010.05.08(Sat) | 未来話 | cm(0) | tb(0) |

恋を映した眸  2



「あれ、ごっめん織夏! もしかして待たせた!?」
「う、ううんっ、今来たところ、だからっ」

 嘘。
 十時の待ち合わせなのに着いたのは九時だ。一時間ずっとここで待ってた。鈴城くんが来てくれたのは待ち合わせの十分前。普通、これくらいだよね、普通……。変な子だって思われたかもしれない。
 三月の半ばはまだ肌寒い。冬用のコートがまだ手放せなくて、朝冷え込んでいたのに手袋を忘れた私は指先まですっかり冷たくなってしまっていた。手を握ったり開いたりして暖めながら、ぺこりと頭を下げる。

「お、おはよう、鈴城くん」
「おう、おはよ織夏」

 中学の頃から一緒だと、修学旅行や夏休みの班行動とかで私服を見る機会もそれなりにあった。鈴城くんはいつだって服装にも拘っていて、クラスの女子にも人気があって。中学の修学旅行同じ班でいろんな人に羨ましがられたっけ。
 私も今日は頑張って服を選んできたつもりだけど、それでも鈴城くんの隣を歩くとなると不安でしょうがない。ちょっと前に古着屋さんで買った大人しいカーキ色のスカートに、裁縫好きのお母さんがレースのテープをアレンジでつけてくれた。普段つけないヘアピンをつけてみたり、……やっぱり、頑張ってるの分かっちゃうかな、鈴城くんみたいに女の子のことよく見てる人だと。

「お、髪とかかわいーじゃん織夏」
「あ、あの、ふ、普段は、校則とかで」
「そーだよなー、女の子は可愛くしてナンボって感じなのにさあ、校則ってのは厄介だよなあまったく」

 鈴城くんは大きなため息をつきながらそう言った。いつも緊張してどもってしまう私の言葉を、鈴城くんは昔から汲み取ってくれる。挨拶も、ありがとうも最初は満足に言えなかった。中学に入学してすぐ、登校途中の道で外国人の男の人に話しかけられてしどろもどろだった私を鈴城くんが助けてくれた。鈴城くんにとってはそれはすごく小さいことだったのかもしれないし、もう覚えてもいないことかもしれない。でも私にとってはすごく特別なことで、それから毎日鈴城くんはきらきら光って見えた。今もそう。勉強している姿も、部活で歌っている姿も、少しふざけすぎるところも、人のことよく見てくれているところも、恋愛感情云々の前に人としてすごく好ましいと思う。

「え、えっと、今日は、どこに」
「ん? 行きたいとこある? あれば最優先!」

 と言われても、男の子と行くようなところに行きたい場所なんてない、……と思うし、あったとしても絶対言えない。
 ふるふると首を振ると、そーだと思った、と鈴城くんが笑った。

「じゃ、遊園地か映画! 博物館とかもいいけど、やっぱデートらしいとこにしよう、うん!」
「ゆ、ゆうえんち、か、えいが!?」

 私は友達も多い方じゃないから、どっちもあんまり行かない。博物館の方が好みだけど、そもそも却下されてしまったみたいだし。
 あたふた悩んでいると、また鈴城くんが笑う。

「織夏ってザ・日本人だよなー! 決めらんない姿とか超似合う」
「に、似合うって」
「あー、気にしないように。可愛いってことだから」

 ほ、褒められてるのかなんなのか全然わかんないよ……!!
 返答に困って取りあえずうんうん頷いておくと、「そうだなあ」と鈴城くんの思案が始まる。

「そんじゃ、ジャンケンしよう。俺が勝ったら遊園地、織夏が勝ったら映画っつーことで。おーけー?」
「う、うんっ」

 鈴城くんの掛け声の後にじゃんけんが始まった。
 私がグー、鈴城くんがチョキを出して、私の勝ち。

「うしっ、じゃあ今日は映画な!」

 鈴城くんが「今日は」という言い方をしてくれて、私はすごく嬉しくなった。人が少しずつ増えてきた駅前で、私は大きく頷いた。


2010.04.14(Wed) | 未来話 | cm(0) | tb(0) |

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