プロフィール

軽石へちま

Author:軽石へちま
基本自キャラで凄まじく妄想してみる。
隠れ家なのでBLとか黒とか暗とか主。
キャラ崩壊必至。何とも思わないけども。
妄想についてこれる人だけどうぞ。

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[blind princess] 1――the dark world

 彼女が目を開くと、真っ暗だった。夜、という訳ではなさそうだ。どこに何があるのかもわからないほどに、暗い。冷静になりきれない頭で考えて、どうにか分かったことは、ここが住み慣れた城ではないということと、夜だとか天変地異だとか、そういった環境の問題でなく、この目が見えていないらしいということだけだった。
 これまでの経緯を考えてみる。自分は姉と兄に何故か嫌われて、この目を潰されて、城を追放された。目を潰されたということは、王族の証である青い瞳を奪われたということ。もう姫であることは許されないらしい。理由なんて全く見当もつかない。これまでずっと仲は良かったと思うし、ここまでのことをされるようなことなんて何もしていないはずだ。
 彼女は危なげな足取りで立ち上がる。足に布のような感触はあっても、いつものドレスではないようだ。そう、城下の町でよく見かける服。その上からマントか何かのように肩に大判の布をかけているのだと思った。いつもよりは軽く動けそうな気はしたけれど、視界がどこまでも真っ暗なので、あまりありがたみを感じない。

「ルカ、くん……」

 待ち合わせ場所に行くはずだった。いつものように城を抜け出して、午後六時。いつもの待ち合わせ場所で、彼と会うはずだった。そこを兵士に呼び止められたのだ。思えばそこからおかしかった。あの兵士は、彼女が城を抜け出すところを目撃しても、いつも笑って見逃してくれていたのだ。そうして、犯罪者のように兵士に取り囲まれながら王の間に連れていかれ、そして、姉と兄の前に引き出された。
 今日も彼と取りとめもない話をして楽しく過ごしたかったのに。あれからどれだけの時間が経ったのかもわからない。今が昼か夜か、ここがどこなのか、彼は待っただろうか、分からない。全然、分からない。
 座り込んで泣き出してしまいたかったけれど、そうしてもきっと何も変わらない。泣くことで、姉が、兄が、父が、彼が、助けに来てくれるというのなら間違いなくそうするだろう。でも、それは有り得ないことだろうと彼女は漠然と感じていた。
 彼女は恐る恐る、一歩ずつ、ゆっくり、足を進めた。
 手探りで周りにつかまるようなものがないか確かめてみたけれど、どうやらないらしい。地面の感触だけを頼りに、行き先もわからないまま彼女は進む。
 そういえば足の裏が痛い。靴を履いていないことに初めて気づいた。
 痛い。それ以上に、怖い。泣かないで立ち上がったけれど、やっぱり、怖い。誰の声もしない。怖い。
 ここまで声のしない場所が存在したなんて。今が夜だとするなら安心もできるけれど、今がもし真昼なら。真昼なのに、この静けさだったとしたら。考えただけでぞっとする。それでも歩く。そうする以外に道が見えない。
 そうしてどれくらい歩いたのだろうか。自分の一歩がどのくらいなのかもうまくつかめないために憶測すら立てられない。泣きたい。立ち止まりたい。でもそうしたって誰も来てくれはしない。刺すように痛む足に鞭打って前に進む。
 そのまま歩き続けると、地面が土と草と分かれるところに差し掛かった。土は砂利で足が痛むから、少しでもやわらかそうな草の部分を選ぶように歩く。なるべくまっすぐ、まっすぐ。実際そう歩けているかは分からなかったが、そう信じて歩く。一寸先に何があるのかも全くわからないけれど、とにかく。そうして前向きに、歩いていたのだが、

「きゃっ」

 何かに思い切りぶつかった。固い。多分、木だ。
 彼女はそのまま草の上にへたりこんだ。あれからずっと歩いてきた。何も見えなくても、真っ暗でも、歩いてきた。でもぶつかった。目も見えず、誰にも会えずに、一人できっとこのまま自分は死ぬのだろう。流石に前向きではいられなくなって、彼女は俯いた。
 会いたい人がいる。姉や兄にはもちろん、それと、親しくしてくれていた人たち。
 寂しそうな瞳をしていた、彼。その彼と、わずかな時間で話をするのが好きだった。毎日頑張って生きている彼のために、彼の友人と花を摘んだり、彼の前で歌をうたったりするのが好きだった。
 ――多分、もう、そんなことも、できない。
 絶望して、涙が溢れてくる。手の甲でぐいっと拭っても、止まることがない。

「あの、……大丈夫、ですか?」

 女の子の声が響いたのは、そんな時だった。
 悪意は全く感じられないのに緊張してしまって、彼女は声も出せずにそのまま俯いていた。やがて、その女の子のものらしい手が、彼女の肩にそっと触れる。少し戸惑っているような手つきだ、と思った。

「、っ―――」

 少女が息を詰まらせ、突然嗚咽を漏らし始めたので、彼女は驚いて声を掛ける。
 触れられた少女の手を握って、少女がいるであろう方向に口を開く。

「どう、したの……?」
 
 心配だった。突然泣いたりするから。泣いていたのは自分の方なのに。

「お姉ちゃん、悪いこと、してないのに、……すごく、怖かった、ですよね……」

 この少女に一体何がわかると言うのか。
 今まで愛し、心から慕っていた姉と兄に拒絶され、城を追放されたあの恐怖を、この子が理解できるわけがない。
 それなのに、そう思っているのに、やっと分かってくれる人が現れた気がして、それが例え上辺だけの言葉だったとしても、彼女は救われた。
 少女の言葉で、彼女はようやく声を上げて、泣いた。


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2007.10.24(Wed) | rebellion | cm(0) | tb(0) |

12――reward



 帰りの道中で初めて、二人の名前を知ることになった。
 男にしては細すぎる妖術使いの名はヒサ、というらしく、金髪の男の名はケレスというらしかった。
 この破壊魔にどこかの神話の豊穣神と同じ名前をつけるなんてどんな皮肉だとルカは思った。おそらくその神話との関係性は皆無だろう。
 会話は特になく、あの占い師の少女と別れてからシンゴもあまり積極的に話そうとはしなくなっていた。よほど疲れているのだろう。

「それで、これからどうするんですか?」

 相変わらず言葉で表現できない“何か”に乗って空を飛びながらヒサが問う。誰に対して、と明確にわかる問いかけではなかったが、おそらくルカかシンゴかそのどちらかだろう。迷わずルカは口を開く。

「国に帰る。やらなきゃいけないことがあるんだ」

 それだけははっきりしているのだが、具体的にどう帰ればいいのかはわからない。今まであの『王国』という柵の中だけで生活していたから、あの場所以外の世界を知らないのだ。ここがどこなのかも、それどころか、自分たちが今までいた国のことも実はよくわかっていなかった。あれだけ過ごしていた場所のことを何も知らないなんてとんだお笑い種だ。

「取り合えずはちゃんと人のいるところに行こうかと思う」
「さっきの城下が一番近くて人も多いですよ」
「あんだけ町荒らしといてよく言うよ。戻れるわけないだろ」

 前を走る馬にはケレスが跨っている。その背に乗る荷物の多いこと。しかもあの馬も強奪したものなのだから本当に性質が悪い。城を潰したついでなのだろうが関係のない城下の人間を巻き込みすぎた。……ただ、強奪とは言ってもケレスの見た目に勝手に怯えた店のものがどうぞ持っていってくださいと自滅しただけなのだが。購入する気があったかどうかは遠くの方に置いておくことにする。

「あんたたちが連れてかれる予定だった国ってのはどんなとこなんだよ」
「さあ。詳しく知っていたらここにいませんね」
「噂くらい流れてるだろ……。捕まったことあるかどうかなんて聞いてない」

 あの商人兄弟の弟、イチの取り乱しようからすると相当な暴君のいる国に違いない。この盗賊たちのしていることは取り押さえられて当然のものだと思うし、国によっては死刑にされてもおかしくはないだろう。イチの場合単にヒサを敬愛しすぎているから死刑を極端に恐れているのかもしれないが、この男たちのことだ、普通の刑では死なないような気もする。

「絶対王政みたいな? 逆らった奴みんな殺す、とかそういう感じの」
「あそこは共和制だ」

 そこで何だか久々にケレスが口を開いた。

「共和制? ………ああ、偉いのがいなくて合議制ってやつ」
「表面上は、ですよ。この手法を取り出したのはつい最近からです」
「クソガキの責任逃れのための逃げ道だろ。結局国を動かしてるのは一人だ」
「残虐な極刑がお気に入りなのに国民の支持があるから厄介なんですよねぇ」
「……それって、えー……僭王とかいう」 

 つまり、王ではなく支配者。君主でなく権力者。
 民衆がその支配に安心感を抱いている限りはその地位は確かなものだろう。
 実際が僭主制でありながら、責任逃れのために合議を取り入れるとは。

「最近からってことはそれまでは目に見えてわかる支配者がいたわけだ」
「ええ。会議はあったようですが今ほど重要視はされていないとか」
「……っていうかあんたら、ずいぶん詳しいな」
「こちらも命がかかってますからね。今回このまま送られていたらまあ八割方命はなかったでしょう」
「あんたがそう言うってことは余程おっかないんだな。……そんな奴が国民の支持集めてるなんてすっげー嘘くさいんだけど」

 普通支配者に残虐性を進んで望む国民などいないだろう。ルカなら嫌だと思う。あの女王だってかなり酷い方だと思うのだ。統治する者はできるだけ穏やかで平和主義な方がいい。黙ったままのシンゴをちらりと見てから、あまり声をかけない方がいいだろうと判断し、少し馬の足を速めさせてケレスの隣に並ぶ。ケレスは見下すような目でルカに一瞥くれると口を開いた。別に喋ってくれなんて催促したわけじゃないのに、とは思ったが、もらえる情報は何でも貰っておかなければ今は損だ。

「統治形態と同じに表面上は好青年気取ってんだよ。んなことにばっか頭使いやがって、めんどくせぇガキだ」
「あの年で私達を殺そうなんて息巻いてるんですから大したものですよ」
「できるもんならやってみろとでも言ってやりてぇな」

 やられる寸前だったくせに、というのはやっぱり飲み込んでおく。

「国ではかなり出来のいい好青年を演じていますが残虐性には裏で定評がありますよ。屋敷の地下にご自慢の処刑場を設けているとか、最近多発している集落の皆殺しも彼が首謀者なんじゃないかとこの辺では噂されているくらいですから」
「皆殺し? それ、嗜好としての範疇越えてるだろ、確実に」
「憶測の域を出ませんがね。……先ほどの国以外でここから一番近い町というと、その物騒な国になりますが、助けられた礼もありますし、その方向の砂漠の出口までならご案内しましょう」
「本当か?」

 ルカは一度ヒサを見て、それからケレスを見た。
 忌々しそうな舌打ちの音が聞こえる。まあ当然の反応だな、と思いながら、あんまり賛成されてないみたいだけど? とヒサに返す。
 無闇に歩き回っては死ぬかもしれないのだ。こんなところでくたばっている場合ではない。できるだけ早く国に帰りたい。そのために、まず『いるだけで死ぬかもしれない』ような場所からは遠ざかりたい。ここはやはり慣れた人間の助言が必要だろう。

「私は礼儀くらいは通しますよ。貴方達の実力がどうであれ、形式として助けられたのは確かですから」
「あんたと同じ認識をこっちの奴にも移植してやってくれ。話が進まないから」
「彼が私と同じ思考を有していたら気色悪くて閉口しますね」
「まあ確かにな」

 って言ってるけど? というニュアンスの視線をケレスに送る。
 城にいた時のような殺気が消えているせいか先ほどよりはコミュニケーションが取りやすそうだと思う。思うだけで、実際できているかどうかは別問題だが。
 
「俺だって礼儀は通す。さっき助けたとか助けられたとかそうじゃないとか、そういう問題じゃなくて、多分今俺たちに一番必要なのはあんた達の力だ。ご覧の通り、非力なクソガキだしな、俺は特に。頭下げろってんなら下げるけど? 下げ慣れてるもんだから」

 実際そう思っている。礼儀はきっちり通すつもりだ。だから今、ヒサなりケレスなりが頭を下げろというのなら歯向かわないで下げることができると思う。頭にはくる。腹も立つ。納得して頭を下げるわけではない。でもできる。それが最良の選択だとわかっているから。
 ただ、言葉の裏にはもちろん、こっちが礼儀を通すんだからそっちも、という意思が込められている。盗賊と言っても非合法の積荷ばかり狙う面倒臭い奴らだ。こっちがしっかり腹を決めて向かえば、適当にあしらうような筋の通らない対応はしないだろう。
 砂を踏む馬の足音が規則的に響く。

「てめぇが面倒見るんだろうな、ヒサ」
「誰もそんなことは言っていないでしょう? 出口まで案内すると言っただけですから。それに、非力と言っても自分の身くらい自分で守るでしょう」

 それは当然だ、とルカは大きく頷くと、今度は速度を落として、後方をゆっくり揺られながら進むシンゴに並んだ。勝手にしろ、とケレスの声がしたところからすると、一応話しはまとまった様子である。

「シンゴ、戻ったらちゃんと休もうな」
「あ、……いえ、すみません。平気です。あんまり口挟むとややこしくなるかなと思って静観してました!」
「お前が静かだと調子狂うんだよ。……取りあえず、出るからな。砂漠」

 しっかりとシンゴの目を見て、ルカは言い切った。
 シンゴがぎゅっと強く手綱を握る。

「早くお姫様見つけたいですね。いいこと聞いたんだし!」
「だよな。……こんなとこより、もっと酷いところにいる可能性もまだ否定できないんだし、早く戻りたい」

 確かにさっき、あの占い師に彼女が生きていると言われたときは嬉しかった。あの女王に殺されている可能性だって完璧に否定できたわけじゃなかったからだ。生きていればそれは嬉しい。でも、あの占い師の実力が本当に確かなのか、それは分からないし、生きていると言っても、酷い場所にいるのかもしれない。背筋がぞっとする。早く近くに行ってやりたい。そう思う。

「そう、ですよね……。まだ、ちゃんと無事かどうかもわかんないし……。早く動きましょう」
「ん、だけど無茶して俺らがくたばったら元も子もないんだからな。しっかり休めよ、疲れてんだろ」

 ルカが明るい調子で声を掛けると、シンゴは戸惑ったように笑った。明らかに様子がおかしいのに、問い質してはいけない気がして、ルカにはそうすることしかできなかった。
 ただ、この数日に起きたことが、いつもの何倍も何百倍もシンゴを苦しめて疲れさせていて、その原因の一端は間違いなくこの自分が担っていることをわかっているからこそ、偉そうに原因を聞くようなことはできない。シンゴなら笑って、なんでもないですよー、暑さにやられただけですから、とか言うのだろう。そう言うことが、多分、もっとシンゴを疲れさせる。ただでさえ迷惑かけっぱなしなのに。いくらシンゴがこうして自分を信頼してくれているとしても、信頼していてくれるから、ルカはシンゴを最大限尊重しなければならない。それも礼儀だ。

「それと、シンゴ」
「はい?」

 空気を変えるために大きくルカは息を吸う。
 
「お前っ、俺のこと簡単に抱えんのとかやめろよな! あれ結構傷つくんだから!!」
「へ?」

 きょとんとした顔でシンゴが見つめてきたので、厳しい目でルカは睨み返す。
 自分はシンゴよりはずっと小さいかもしれないが、男だし、それにシンゴよりひとつ年上なのだ。いくらシンゴが兄貴肌で、弟や妹の面倒見るのも上手くて優しいからと言ってそこまでされると、ルカにもプライドというものがあるから複雑なのだ。
 それを察したのか、ああ、と声をあげると、シンゴはぷっと吹き出した。

「な、何だよ!!」
「ははっ、あー、いえ、気にするんだなと思って! 俺、ルカさん見てるとどーしても放っておけないもんだから、動いちゃうんですよね。こればっかりはどうしようもなくって」
「どうしようもなくって、じゃねぇんだよ……」
「でもすいません、ルカさんが危ない時、こういうの許してください」

 笑った調子でもなく、すごく真面目に許しを請うシンゴにルカは動揺した。
 笑って、そうですよね、やめます、とでも言ってくれると思っていただけに、この真剣な反応に対応しきれない。

「ルカさんに何かあってからじゃ遅い。俺がいるんだから、精一杯守らせてください。そこまで過保護になろうっていうんじゃありません。危ない時、俺がそう思った時だけです」
「お、大げさだろ。守る守るって、俺お前より年上だぞ? 年下に庇われるなんてカッコ悪い」
「それはルカさんがそう思っていればいい。何も、カッコ悪いことなんかないんです。俺が、そうじゃなきゃここにいられないんですよ。だから、お願いします」

 深く頭を下げられてしまう。
 そう言われて断れるようなことじゃない。守らせてくれと言われているのだ。男だから、年上だから、もちろん複雑だ。でも、何かあるよりは側にいてくれる方が心強いのも確か。

『俺を死なせるな、って言ってくれたら俺、全力でルカさんのこと守りますから。ね』

 最初にルカが砂漠で倒れた時に、爽やかな笑顔で言い切ったシンゴの言葉を思い出す。
 どうして、どうしてそこまで。ただの友達なのに。

「そんなの、断れることじゃ、ないだろ……」
「すいません、ずるくて」
「ホントだよ。……帰ったらたくさん、恩返しさせろよ」
「もちろんですよ。十倍返し期待してます」
「何言ってんだ、ばぁか」

 さらっというシンゴが、どこか無理して笑っているように見えて、ルカは早めに話題を切り上げた。
 多分、ものすごく、疲れている。早く休ませてやりたい。
 少しだけ垣間見えた砂漠の出口が、また遠のいたような気がして、ルカはため息をついた。


2007.10.22(Mon) | rebellion | cm(0) | tb(0) |

まだこのネタ引きずるんですか。いえこれで終わります。


「お前って天才かもしれないよなー。俺が十年かかってここまできたのに、お前中一から始めて五年で上ってきたんだし」

 一度、そう言われたことがあった。
 先輩はすごく、羨ましそうだった。でも、先輩がいなければ俺はバスケに触れることがなかったんだから、やっぱり、俺にそのきっかけを与えた先輩は偉大だと思う。
 先輩がいてくれなきゃ、俺は俺のバスケができない。
 先輩がいたから、俺は必死でバスケしようって思えてたんだ。追いつきたい、追い越したいって。
 バスケすることが、俺の学生生活。俺のこれまで。きっと、これからもバスケすることで俺は生きていくんだと思っていた。
 でも、俺がバスケする世界には、先輩がいてくれなきゃ、ダメなんだ。そうじゃなきゃ俺は、生きる意味を見失う。
 生きてなんていけない生きてなんていけない生きる価値なんてない。




 朝、早く。
 もう先輩が学校に顔を出さなくなって何日にもなろうかという日。コートの静けさに耐えられなくて、俺は先輩の教室へ向かった。 
 まだ7時だ。モノズキの先生がちらほらいる程度で、生徒はまずいない。
 教室に足を踏み入れて、音を立てないようにそっと歩いて、だって、早い時間は先輩が机に突っ伏して寝ていたりするから。
 俺はいつも、見ていた。
 遠くから、近くから、昔から、今でも、先輩がどうバスケすんのか、どう生きるのか、ずっと見ていた。不器用でたまにイライラするけど、でも、人間ってそんなもんだと思う。

「……せん、ぱい……」

 先輩のロッカー。先輩は置き勉すんの好きじゃないから、生物の資料集とか世界史の資料集とかまで毎回律儀に持って帰っていた。何回か見せてもらったけれど、とても俺に真似できるような中身じゃなかった。いくつも貼ってある付箋と引かれたマーカーが、先輩が俺の見えないところでもすごく頑張ってるんだと俺に知らしめた。
 先輩のロッカーを、開ける。

「……何やってんだよ」

 後ろから声がした。
 聞きなれた声だった。聞きたかった声だった。
 勢いよく振り向くと、いつもと色の違う先輩が、そこに立っていた。

「る、流風先輩ッ」

 視界が涙で滲む。やっと来てくれた。やっぱり先輩は、俺がいなくちゃダメな人だから。俺がいないと、勝手に行動して行き詰っちゃうから。

「いつまで俺に付きまとうつもりだよ」

 嬉しくて近づいて、最初に発された言葉はそれだった。
 え、と驚く声さえ出ずに俺は動きを止める。先輩は、ひどく大人びた顔で、顔を歪めて笑うと、

「死んでまでお前のフォローは必要ないんだよ」

 そう、俺を見下すように吐き捨てた。
 



「……何してんだ」
「地域高校生を軽くいじめてみました」

 あの子が、叫びながら、逃げるように走り去ってから、すぐ。背後からかかった声に俺は振り向く。この教室の担任が、白衣姿で、呆れたように立っていた。
 時計を見るとまだ朝の7時過ぎだ。こんな早い時間に出勤しているようなタイプに見えなかったので、少し意外だった。

「意外だな。もっとズボラなもんだとばっかり」

 なので率直にそう言ってみることにした。

「日直だからこれでも遅い方だ」
「へえ、ダメじゃん」

 やっぱりそんな人間だった。今となってはこの金髪の人となりなんて全然気になるもんじゃないんだけど。
 金髪は教壇の机に寄りかかり、俺は流風の机に座った。よく教壇が見える席だった。

「葬式の時に校長がさ、諸々書類とかあるから取りに来いって。しかしうちの妻はあれ以来塞ぎ込んじゃってとても学校になんか出かけられない。流風の弱いとこはあいつから来てるくらいだしね。俺も職業柄そう簡単に休みとか取れないからさ。だから今日、今。教室に来てみたのは単に流風のいた場所見ておきたかっただけだけど、君が来てくれて助かったよ」

 相手は俺が来てることを知っていたのか、封をされた大きい茶封筒を投げて寄越した。随分な態度だな、と思いながら俺は受け取り、少し急いで封を開けた。
 ――学校の成績なんてどうだっていい。完璧なのはわかりきっている。
 ただ、お前がどう生きたのか、この人にどう思われてたのか、俺くらい知ってたっていいだろ?

「……っは、よく推薦状なんて書く気になったね。面倒じゃなかった?」
「なきゃ留学できねぇんだから書かないわけにいかないだろうが」
「普通、させないでしょう。他のとこならともかく、別に国内ですごく有名なわけでもない私立高の生徒が急に行けるようなランクじゃない」

 でも、流風は行こうとした。なら行けただろう。流風だから。
 推薦状はもうできあがっていた。結局先方に送ることがなかった数枚のそれはホチキスで簡単に留められていた。学年主任、英語の担当、そして担任。3人分は必要だって話はどこかで聞いていたから、妥当な人選だと思った。
 流れるような筆記体で綴られた英文。所々字体が崩れているのは昔からの慣れの証拠だ。あの男が、これを書いた。
 一文一文を指でなぞりながら流れる線を追う。笑いが漏れる。

「……ははっ、……ねえ、本気?」
「何が」
「書いてあること」
「嘘は書いちゃいない。偏差値だの点数だの客観的データに偽りは無いからな」
「じゃあ、見せてって言われてコレ、流風に見せれた?」

 相手が黙ったので、俺は書類を封筒にしまった。もういい。わかったから。

「流風が死んだの、君のせいだったらいいなって思ってた。昨日から」

 分かりやすい敵が欲しかった。

「葬式でああいう事言う? 流石に俺もびっくりしたよ。ちぃが殴りかからなかっただけよかったけど、俺のこと見下してんのかって、俺への嫌がらせか当てつけか、取りあえず、君が流風を殺したんだとしたら、今すぐ俺は楽になれるのに。過去にあった嫌なことも全部君に押し付けて、今ここで君を殺せば俺はもうこの世に未練とかも全然ない」
「御免だな」
「だよな。君は簡単に殺せる気がしないし」

 封筒を黙って見つめながら、俺は続けた。

「……さっきのあの子、流風を慕ってくれてた子だったよね。将来有望な子がこんなところで躓いてちゃいけないんだ。さっさと忘れた方がいい」
「逆に抉ってた気がするんだが?」
「そう? 俺もピリピリしてるから仕方ないんじゃないかな。フォローよろしく」

 彼の憧れた相手はこれ以上成長しないのだ。憧れてたって意味が無い。
 それよりも、こんなところで死んだ奴に拘ってないで、ちゃんと生きて欲しいと思う。傷は抉ってるかもしれないけど、そう思ってるのは本当だ。
 ちぃにも、悲しいことなんて全部忘れてほしい。
 流風と同じ年の頃両親を放火魔のガキに殺されて、無差別なんて、愉快犯なんて、もう人間なんて信用できないと誰も寄せ付けなかった自分。その自分が刑事になって、親になって、まさかあの時の自分と同じ年の子供を、また無差別に殺されるなんて、夢にも思っていなかった。俺は何もできなかった。
 『あの時』と同じようにまたあの子を見失って、今度はもう2度と帰ってこない。
 こんな思いをしているのは俺だけで十分だ。そう、思う。

「……また俺は、見つけられなかった。あの時は叱ってやれたけど、今度は俺が流風に会えるまで叱れない」

 負けず嫌いで、幼くて、可愛かった流風。帰宅したらその姿が見えなくて、また誰かを失うかもしれないと思ったあの時。
 誰かに縋らざるを得なかったあの時。
 
『逃げねぇよ。これでてめぇのガキがバラバラになって見つかりでもしたら胸クソ悪ぃからな』
『縁起でもない! シャレにならないからやめてくださいよ!』

 一瞬で10年も前の月夜の記憶が戻る。
 誰でもいいから、誰かに助けて欲しくて、ひとりでは不安に飲み込まれそうで、俺は。
 
「……流風は、ずっと、子供の頃からずっと、君だけ追いかけてたんだ、ね」
「…………」
「さっきの訂正。あの子に、流風のこと忘れないでやって、って、言っといて」

 誰かに憧れるのなんて、後で複雑な気持ちになるのがわかりきってる。
 だからあの子には忘れて欲しい。そう思ったけど、長い間ずっとこの人に憧れて憧れてずっと追いかけて、そうやって生きた流風のことを否定する気には、とてもなれない。
 馬鹿だとは思うけれど。どうしてそんなに拘ってしまったのか、本当に馬鹿だ。でも全部の原因は、不安を抱えきれないであの時通りすがりの外人に縋った俺自身だった。

「………あの時、流風を見つけてくれて、ありがとう」

 流風を待っていてくれて、ありがとう。
 君にそのつもりがなかったとしても、その歩みはとてもゆっくりで、その背を一生懸命流風は追っかけたんだろう。
 君が敵ならよかった。全部君に押し付けて自分の心ごと殺してしまえれば楽だった。
 ――そんなこと、多分誰よりも流風が許してくれないだろう。

「もう会うこともないだろうな、センセイ?」

 流風の声色を真似てみたつもりだった。記憶が酷くおぼろげで自分に絶望した。
 肝心の相手は、ああ、とだけ返した。
 書類を持って金髪の隣を通り過ぎたその時にふわりと漂った香りは、どことなく、流風の香りに似ている気がした。

 


2007.10.09(Tue) | 未分類 | cm(0) | tb(0) |

interlude-Ⅳ――report


「ヤーマトはんっ」

 突然陽気な声が耳元で聞こえた。が、いつものことなのでヤマトは別に驚きもせずに上体を起こす。寝台が音を立てて軋んだ。音からして外は吹雪いている。今着ている部屋着も厚手なのだがそれでは足りないだろうと寝台を下りて上着を羽織った。それから、同じ寝台の隅で丸くなっている影を確認してから、声の主を連れて部屋の外へ出た。 

「寝てるところに黙って入るなっつっただろ、仮にも男女だぞ」
「何を仰いますの、どうせ何もしとらんくせにぃ」
「俺の機嫌が悪くなったことないのを光栄に思えよ、ツヅキ」

 ヤマトは部屋の扉に寄りかかると、軽く髪をかき上げながら目線だけで部下であるツヅキに本題に入るよう促す。ツヅキの笑顔はいつも陽気というか、深刻さを感じられない。深刻でない場合がほとんどというせいもあるかもしれないし、その鮮やかな髪の色が影響しているのかもしれないが。

「今日明日中にお迎えする予」
「もういい」

 ツヅキが言い終わる前にヤマトはそう制止の言葉を掛ける。予想はしていたが実際に聞くと腹が立つのだ。こちらに分が悪い時には大体吹雪く。今日もそれが当たってしまった。
 ヤマトは組んだ腕に自身の爪を食い込ませながら怒りを抑えていたが、ツヅキは不満そうな表情を隠さない。

「部下の話をちゃんと聞かへんなんて上司失格や、ヤマトはん?」
「虫が籠から2匹逃げ出したって話だろ」
「ええまあ、最初は」
「最初?」

 不思議そうなヤマトに気を良くしたのか、ツヅキは嬉しそうに話を進めた。
 虫が2匹逃げ出したのが本質だ。おそらく結論としてはそれ以上でもそれ以下でもない。その結論だけでヤマトは十分不愉快なのだ。だから、隣国からその虫を譲り受けて、生態をきっちり調べてから死に様まで記録しようと意気込んでいた。これはこちらの企画倒れではない、向こうの管理責任に問題がある。

「逃亡の手伝いなぞしおった悪ガキがおるとかおらんとかゆー話なんやけど」
「ほう? じゃああのイカレた国王様はあの虫けらが俺のもんになるまでちゃんと捕まえてるつもりだったと?」
「実際はどうだったか分からへんけども、話に聞く限りじゃあ抜かった様子はない。しっかり毒も盛ったみたいやし、枷かて自分ひとりではどうすることもできんものかと」
「手伝い、ね……」

 流石にあの国も被害を受けていることだし、そう簡単に逃げられるようにはしていないだろう。となれば手伝う人間がいるというのは一番考えやすい線なのだが、どうも納得がいかない。

「……商人の兄弟が云々って前にお前調べてきただろ? あいつらか」
「いやあ、あれはわざわざ赴くタイプやないですよ。自分が万一捕まって殺されでもしたらおじゃんやないですか。リスクが大きすぎる」
「委託する方がよほどリスクが大きいと思うのは俺だけか?」
「そんなこと言うたって、仲間がおったっちゅうんがこっちと向こうの共通見解やし」
「そもそも、逃げられたなら仲間とか目撃しててもいいだろ、向こうの兵士。まさか牢の前に見張り置かないでちゃんと拘束してたとか主張すんならどういう死体にすんのかも若干変わってくる」

 どんな事情であれ生命活動停止してもらいますケド。
 欠伸交じりにヤマトは呟いた。

「それが兵士ほとんど残っとらんのですよ」
「逃げられた上に皆殺しときたか。笑い話にもならないな」
「いやいやあ、面白いのはここからで! ……最終的に虫を逃がす指示を出したお方があの国の執政官や言うやないですか。これはおもろい話ちゃいますか?」
「執、………っはは、あの人痛い目見ないと権力ってもん分かんないのかね。それとも損得の価値判断ができないと? 精神科でも勧めないとな……!」

 ぐっと拳を握って、手の動作だけは壁を叩こうとしていたが、実際はそうしなかった。下手に大きな音を出せば彼女を起こしてしまう。ただでさえ疲れる生活を強いているのだ、眠っている時くらいは体も心もしっかり休ませてやりたい。
 怒りを流すように腹からふうとため息をつく。予想できなかったとは言わないが、こうなる確率は高くなかったはずだ。この国でヤマトのすぐ下にいるツヅキはこの事態を憂うべきポジションにいるが、その表情は余裕あるものだ。起こるはずのないどんでん返しに、というよりは、トップとしてのヤマトの表情が苦痛に歪む様を見ているのが面白いらしい。

「……その悪ガキっつーのは、結局何者だ」
「さあ? まあ、あの商人と何かあることは確かやろうけど。あの盗賊と繋がりがあるとは考えられへんし。命担保に金でも借りてるとか……。今入ってる情報やと、2人とも俺らとそう年変わらへんらしいし、ご愁傷様としか言いようがあらへんなぁ」
「……2人とも、年が変わらない?」
 
 盗賊2人を助け出せる力があって、ガキと形容されるなら確かに自分たちと年はそう変わらないだろう。それに、2人? 2人って。
 そう思うと、ヤマトの中で引っかかる映像が何度も流される。

『……動けるの俺だけだし、俺がどうにかしなきゃ、あの人も死んじゃう。あの人も俺も、こんなわけわかんないところで死ぬわけにはいかないから』

 自分と同じくらいの年齢で、身長で、どうしようもなく固い決意をしていた目の。
 『あの人』と指すのだから、その相手は1人だ。そいつが回復すれば、人数は2人で合っている。でも理由がわからない。何かとてつもない事情で、全く知らないこの土地に来たのだろうことは分かる。だからって盗賊と通じる理由なんてないはずだ。
 
「……さ、どーします? ちなみにヤマトはん、今日は昼から副議長はんとこのご令嬢と会食なんつー面倒なもんもありますなぁ。若くて人気あるなんて羨ましいわぁ」
「黙れよ馬鹿。……お前、地下で待ってろ。着替えたら行く」
「野暮なことやと思いますけど、オシゴトは?」
「んな気分じゃない。付き合えよ」
「おー怖。これやから権力者サマは」
 
 呆れたように、茶化すようにツヅキは言い、にっと口角を上げると、お待ちしてます、と告げて長い廊下を歩いていった。向かう方向は、地下へと続く階段のある場所。
 ヤマトも再び寝室の扉を開いて、これからどうしてくれようかと思案するのであった。



2007.10.02(Tue) | rebellion | cm(0) | tb(0) |

11――encroachment



 人ごみを歩けば道ができた。早朝、活動を始めた城下の人々が、自分たちが通るところの道を綺麗に空けてくれる。そりゃあそうだ、とシンゴは思う。彼らは城の惨状を直に見たわけではないが、シンゴやルカの前を歩く男の服の赤黒さを見れば誰だって道を空けるだろう。明らかに怯えている周囲の人々を全く意に介さず、無遠慮に真ん中を闊歩する目の前の男はやはり普通ではない。ああいう強さだけは身につけないようにしよう、とシンゴは強く思った。
 少しは大人になれているだろうか。自分も相当短気だが、こちらに来てからのルカは今までよりずっと気が短い。そんな彼がこれ以上無茶をしないように、上手く立ち回れているだろうか。今、ルカは牢に助けに入った時とは違う、幾分か晴れた表情をしている。目的のものを取り返したことと、自分が殺せなかったあの金髪を、あの騎士が負かした、というか食い止めたのが原因だろう。
 あれはシンゴからしてもそれなりに気分の良いものであったが、あれであの金髪は相当機嫌を損ねているのではないか。これでルカが下手なことを言ったりしたら、今度は時計を奪われるくらいでは済まないだろう。それだけは避けなければ。

「あれ、シキー。朝なのにすごい、混んでない道ができてるよ」
「げ、不味いぞ、隠れろッ」

 ふと耳に届いたのは少女の声。
 続いて慌てたような少年の声。

「え、どうして? あ、ほら、珍しいねー。赤い服着てる人がいるよ」
「ああああッ、さっき言ったばっかだろ、城の兵皆殺しにしやがったとんでもねぇのがまだこの辺うろついてるって!! つーかあの執政官サマもっ、んなこと“ははは”とか笑いながら話すんじゃねぇっての! あ゛ぁああああああ、だから近づくなって!!! それは赤い服じゃなくてかーえーりーちーだぁあああああああ!!!!

 ――小さいのがやかましい。
 シンゴの第一印象はそれだった。少年と少女が1人ずつ。シンゴと同じくらいの年に見えないこともないが、背が自分より低いのでどうしても年下に見えてしまう。少女は、目立つ薄紫の絹のローブを身に纏っており、珍しい装飾品もいくつか腕などにしているようだった。一方、少年はごく普通の兵士の格好で、あまり強そうには見えない。強気な瞳はしているが、そんなに力はないんじゃ? と図々しくもシンゴは思っていた。
 やがて少女は楽しそうにシンゴ達4人の前に姿を現し、少年もそれを追って図らずもその姿を晒すこととなった。

「………………はぁあああああああ」

 少年は額に手を当てて思いっきりため息をつくと、

「皆のものー、この方を誰だと心得るー。何かよくわかんねえけどすごいらしくてめちゃめちゃ胡散臭い占い師のアキ様であるぞー」

 ……なんだか酷い口上であった。
 なんというか、やる気が欠片も見られない。こんな紹介のされ方をしていると言うのに、アキと呼ばれた占い師は、綺麗なローブを揺らしてにこにこと笑っている。

「ほう、貴女が噂の」
「知ってるのか?」

 ルカは例の華奢な男の隣にいた。ルカが問いを投げかけると、男は頷く。

「ええ、珍し物好きのこの国の君主に保護されているという占い師でしょう。それなりに当たると聞きました」

 へえ、とルカは感心したように腕組をしてアキを見た。シンゴも同じ気分だった。あの、自分とそう年齢の変わらない少女が、不思議な力を持つとして国に保護されているなんて。追放された自分たちとは雲泥の差だ。

「気休め程度に話を聞いてみてはどうですか。鬼門程度は分かるかもしれませんよ」
「あんたらといるだけでどこ向いても危ないよ」

 あの金髪の方には今話しかけると不味いと思っているのか、はたまた話したくないのか、ルカはよくこちらの男に話しかけていた。多少の生意気も軽く受け流してくれるからだろう。賢明な判断だ、とシンゴは思う。情報は必要だが、命が脅かされては意味がない。
 やがて金髪の男が先に進んで近くの店を物色し始め、ルカと話していた男もそれに着いていったために、少年と少女の前にはシンゴとルカだけが残された。ぼさぼさしてっと置いてくからな、と金髪の怒声が聞こえ、態度デカすぎ、と呆れたようにルカがため息をついていた。

「いーのか? ついていかなくて」

 少年――さっきアキにはシキと呼ばれていたか――は、少し離れたところで店を物色している2人を、親指で示して言う。

「いいんだよ。あいつらが店恐喝して回ろうと俺たちには関係ないから」
「関係ないって言っても、仲間じゃないのかよ? 別に仲間だったからって、あの執政官サマがお咎めナシっつったんだ、捕まえたりしないぞ?」
「俺と、コイツが、あれと、あれの仲間に見えるのか? どう見たって人質だろ」

 確かに? シンゴとルカを見比べてシキは納得したように頷いて言った。もちろん実際は命の恩人という奴だ、とシンゴは思っていたが、向こうの2人が最強の地獄耳だったときのことを考えて口にするのはやめておいた。

「まあ、早く着いていくに越したことは――、って」

 言いながらルカが前の2人を追おうとすると、アキがじっとルカの胸元を見ていることに気付く。
 アキの目線、その先、ルカの服の下には多分あの時計がある。金髪から取り返した時に首に掛けなおしていたはずだ。

「見せて?」

 全く躊躇なくアキはその言葉を口にする。
 そう言われて、ルカは一度シンゴを見てから、少し困ったように笑うと、首の金鎖を外した。

「いいんですか? ルカさん」
「あいつら、っていうかあいつとは違うだろ。護衛がつくような凄腕の占い師なら占ってもらった方が得だし」

 朝の光を浴びて眩しく輝く金時計をアキに手渡す。へー、と脇から珍しそうにシキも顔を出して眺めていた。
 綺麗、と小さく呟いてアキは金時計をしげしげと見つめる。ルカの後ろから、シンゴも一緒になってその様子を見ていた。
 時計の輝きは変わらない。それは金髪に奪われた時のままで、つまりは、ルカが彼女から受け取ったときとも、変わらないということなのだろう。

「……歌の上手なお姫様だね。……大丈夫、君の探しものは無事だよ。君がここで生きてるように、彼女もそこで時を紡いでる」

 ルカが面食らったようにいつもより目を大きくしていた。はい、とにこにこ笑いながらアキに時計を返されても、一つも声を上げない。だから、シンゴが自分が先に喜ぶことにした。

「や、ったじゃないスか!! お姫様、ちゃんと生きてるって! ちゃんと無事だって! ルカさんっ、疑ってるわけじゃないでしょう!?」

 わかっている。
 きっとルカは、何度も疑った。世間と隔離された城という場所で生きてきたお姫様。可愛くて、何も知らなくて、彼女が一人で生きていくなんて絶望的だと思っていただろう。シンゴだってそう思っていたのだ。
 だから、シンゴと同じように、ルカだって本当に嬉しいはずだ。こんな、右も左も分からない場所に飛ばされて、大切なものを一度失って、取り返して、ぼろぼろになっている今だから、これは本当に嬉しい言葉として心に入ってくる。

「……本当に、ちゃんと、無事で?」
「うん。すぐじゃなくても、きっと会えるよ」
「……本当にっ、城から離れてても、無事なんだな!?」

 取り乱してアキの肩に手を置き、ルカは切羽詰ったように問いかける。
 間髪入れずにアキが無邪気にうん、とまた頷いて、そこでようやくルカはシンゴを見た。

「いっやー、先のことわかんなくてもこれ信じなきゃ始まらないでしょう、ねえルカさん!」

 シンゴの言葉に、ルカが笑顔で大きく頷いた。
 久々にちゃんとした笑顔見たかもな。
 そう思うくらいにルカの笑顔は全く曇りがなくて、純粋に可愛いな、と思えるものだった。
 このままこの気持ちを忘れないでいてほしい。このままどうか折れないで。
 ルカも同じ気持ちなのか、その笑顔のままアキに、ありがとう、と礼を言うと足早に前の2人を追って駆け出した。
 
「ありがとうな。ルカさん元気にしてくれて」

 シンゴもまたアキに礼を告げるとルカの後を追うために足を踏み出したが、マントをアキに掴まれて止まらざるを得なかった。
 何してんだよ、とシキが窘めたが、アキはそのままマントを掴んで離さなかった。
 今までは道を空けていてくれた人々も、あの2人がいなければ実害はないと判断したのかめいめいに動き出して通りには活気が戻っている。止めるからには何か用なのだろう。シンゴはアキが何か話すのか、動き出すのかを待った。

「……辛い旅になるね」

 喧騒の中でぽつりとそう呟く声が聞こえる。
 シンゴもまた、さっきアキの言葉を聞いたときのルカのように、目を見開いた。
 でも、驚かない。心に浮かぶ言葉は、(ああ、やっぱりな)。

「まあ、そりゃあ荷物持ちだとかいろいろだし! 第一、全然環境違うんだから辛くて当然! 俺もルカさんも!」

 一応払拭するように言ってみたが、アキはその手を放さない。
 凄腕の占い師とやらには何でもお見通しなのか。ふう、と息をついてシンゴはくるっと振り向いてマントから手を離させた。

「なあ、2人とも」

 アキとシキの2人がシンゴに目を合わせる。
 
「童話とかでお姫様を助け出す白馬の王子様ってのがいるだろ? あいつはさ、自分の城でお姫様の噂聞いて、単独で馬に跨ってお姫様のとこに向かったと思うか?」
「なんだよそれ。メルヘンすぎてついてけねぇよ」
「そうか? ……俺はさ、王子様ってそんなすげぇ奴じゃないと思うんだ。多分王子様は最後まであんまり疲れてないと思う。一番最後にお姫様を助けるために力温存して、そのためにそれまでは忠臣が働くんだよ。お姫様にとっては、王子様が自分を助けてくれることだけが重要で、助けてくれるまでのプロセスってそんな関係ないと思うし」

 今まではそんな風に思っていなかった。王子様は万能で、だから敵がどんなに強い魔女だろうと戦えるのだと思っていた。
 これは俺じゃなきゃわかんないんだろうな、と、きょとんとしたシキの目を見てシンゴは思った。分からない人にはなんのこっちゃという話なのだろう。

「その忠臣としては、自分の仕事を王子様だけが認めてくれてれば、それでいい。忠臣は忠臣だから、王子様に尽すんだよ。王子様が幸せになってくれれば、それでいい。俺はそういうのになりたいんだ。……ルカさんはさ、見た目も中身も文句なく王子様なんだよ。何も知らなくて、わかってなくて、すげえ弱くて、でも、俺にとって今一番大事な人なんだ」

 全部知った気でいて、何も知らない。
 全部分かった気でいて、何も分かっちゃいない。
 強がって強がって、本当は全然強くなんてないくせに、強いことを履き違えている。
 それでいいとシンゴは思う。思わなきゃいけない。 
 それでこそ王子様だ。
 長い旅の間の、どこかで気付いてくれればいい。
 強いことをわかって、それで、自信満々でお姫様を助け出せばいい。それで、最後に幸せになればいい。王子様はそういう星の下に生まれるのだ。
 そのためにならいくらでも踏み台になる覚悟はある。そのために町を捨てた。弟や妹を見捨ててきた。
 家族より、自分を選んだから。この自分だけは貫き通さないと。

「つーことで、辛いっつっても辛くねぇよ。好きでやってんだし! じゃあ俺も置いてかれんの嫌だし、行くわ。ほんっとありがとうな!」

 それ以上いたら、自分が何を言い出すかわからなかった。
 それでいいと思っているんだから、それでいいんだ。そこで止めておかないと、とんでもないことを言い出しそうで、シンゴはそこから去ることを選んだ。
 そこにいたら嫌な気分になりそうだから、言うだけ言ってルカを追ったのに、『辛い旅になるね』とシンゴに呟いたアキの小さな一言がいつまでも耳から離れない。
 心拍数もすごく上がっている気がする。どくどくと、生きている音が耳元で聞こえるような錯覚。疲れてるんだな、と自分に言い聞かせて、シンゴは足を速めた。



「……何だったんだあいつ。王子様って、忠臣って」
「あはは、シキじゃ無理だよねー」
「分かったような口利くなっ」

 はあ、とため息をついてシキはアキの手を引いた。
 何しろ城の兵士はほぼ全滅なのだ(厄介な君主は生きているようだったが)。
 国で保護しているアキに何かあったとしても城は対応できる状況にない。なら自分が取りあえずしっかりしなければならない。
 まあ、アキが誘拐されて身代金を要求されるにしても、要求先の城が壊滅的ダメージを受けているのだからどちらにしろ変わらないのだが。
 それでも用心に越したことはない。人ごみを避ければ危険は減るだろう。
 そうして通りを歩き、次の角を曲がろうとしたところで、ちょうど食堂から出てきた男とぶつかった。

「うわ、すんませ、…………」

 黙りこんだシキの後ろからアキが、おはようケイ、と挨拶をする。
 例のおとぼけ執政官の登場であった。

「……何やってんですか。城で一番偉いのあんたでしょう」
「いや、あまりにもやること多いからまずは腹ごしらえかなと」
「死体片付けるくらいはやったんですか」
「だからあまりにも多いから」
「あんたしばらく城に人入れない気かよ」
「俺あそこで寝てるわけじゃないし」
「そういう問題かッ!」
 
 どこか危機感が抜けているというか、何と言うか。
 凶悪犯をお咎めナシと言い出したり、そもそも逃がしたり。
 ケイの実力があればきっと勝てただろうに。最初からケイが出向いていた方がよかったのかもしれない。脱獄くらい誰だって予想していた。

「まったく、あんたがあんなの逃がすからさっき鉢合わせたじゃないですか。でかいの赤いのなんのって」
「珍しかったよね、金髪に金時計」
「だからそういう問題じゃないって」
「金時計、持ってたのか。どっちが?」

 変なところに食いつくな、と思いながら、顔が綺麗な方、とシキが応える。

「……じゃあやっぱりか」
「……知り合い?」
「いや? そういうわけでもない」

 言い終えるとケイはひらひらと手を振りながら歩き出し、シキとアキもそれを見送ろうとしたが明らかに方向が城と逆なためにシキがマントを掴んで制止する。
 自宅方向でもない。明らかに逃亡目的である。

「どーこ逃げるんですかー、執政官サマー。つーか逃げようとするなんて珍しい。いつも何だかんだ言って地味ーに仕事してるくせに」
「くせにって何だ、くせにって。……俺だって命が惜しいんだ」
「あー」

 勤勉な高官にそう言わしめる事態。それはひとつしか考えられない。

「逃がしたあいつら、送る予定だったんですよねぇ、あの国に。いくら積まれたんだか」
「ヤマト君はうちの君主様操るの上手いからなぁ」
「あんたが逃がしたってバレたらどうなるんすかねぇ」
「バレてないわけないだろ、あの国馬鹿みたいに頭いい連中揃ってんだから」
「ケイさん、それ矛盾」

 バラバラか、釜茹でか、多分向こうの国の権力者は相当お怒りだろう。大分不利益を被って、何をしても捕まえたいと思っていたはずだ。この国だって同じ気持ちだったんだから当然だ。ただ、相当の不利益を被った上でまたかなりの金を積んで囚人を送らせようとするなんて、これは損得の問題でなく単なる怨恨だ。
 残虐の限りを尽して殺される予定だった囚人を逃がされ、憎悪の向く先はおそらく。

「……ま、芸のひとつも披露すれば3分くらいは長く生きられますって」
「全然フォローじゃないからな、それ」
「フォローしてるつもりないですし」

 がくっと肩を落とすケイを見てシキが笑い、空気を読んでいるんだか読んでいないんだか分からないアキが、ケイ何の芸するの? と楽しそうにとどめを刺した。



2007.10.01(Mon) | rebellion | cm(0) | tb(0) |

10――the knight


「っ、ほら、いくらバカの国だからってちんたらしてたら俺らまで捕まる! 逃げましょう、ルカさん!」

 金髪の男の枷を外して、焦ったようにシンゴが叫んだ。ルカもそれに頷く。大体まだ誰も気付いていないというのがおかしすぎる。ここまでの凶悪犯を二人も勾留しておいて、ここまで無関心なのは呆れを通り越して気味が悪い。次こそ罠だろう。地上に着いた瞬間に包囲されていそうだ。
 悪い方向に向かう考えを振り切って、ルカが一歩踏み出す。シンゴもその後に続いているようだったが、残りの二人の気配がない。ルカが振り向くと、細い方の男は、あの兄弟から預かって先ほど返してやったものを肩に掛け、金髪の男は、ご丁寧にも牢の中に置いてあった自身の武器を手にしていた。

「……何やってんだよ、あんたら。これ以上の厄介は御免だからな、とっとと帰」
「てめぇら二人で先に戻れ」

 ……またこの男は。またと言うほど知らないはずなのに、ため息ばかりが口から出てくる。

「ふざけんな! あんたら連れ帰って来いって言われて俺らはここまで来たんだ! また下手なことされて捕まられても困るんだよ!」
「普通にして捕まるわけがないでしょう、私達が」

 細い男はあっさりと言ってのけたが、まず最初誰が捕まったんだかよく記憶を巻き戻して考えて欲しいと強く思った。

「何言ってんだガキ、俺らはただ、素晴らしいもてなしに対する礼がしてぇだけだ」

 何言ってんだはこっちの台詞だ、と言おうとルカが一歩踏み出したところをシンゴが肩を掴んで制止し、ゆっくり首を横に振った。そんなシンゴの態度にもむっとしながら金髪の顔と、華奢な男の顔を見る。
 ――その目は、息が止まりそうになるほど真剣で、今下手なことを言えば自分も標的にされかねないことを知った。

「っ、ルカさん、隠れます!」
「え?」

 シンゴが小さく叫んだかと思うと、ルカを抱えて元の牢に飛び込んだ。すぐ後にたくさんの人間が地下へとやってくる音。痺れを切らしたのか、ようやく異変に気付いたのかはわからない。

「出向く手間が省けたようですね」
「ああ。つっても、まだ外に掃いて捨てるほどいやがるだろうよ」
「それは掃いて捨てれば宜しい」
「はっ、違いねぇ」
 
 二人が二言三言楽しそうに言葉を交わすのを、ルカはじっと見ていた。ルカの肩を引き寄せて自分の側から離そうとしないシンゴが、いつまでも剣の柄に手を掛けているのも、気になった。
 そうして何かに気を取られていないと、目の前で繰り広げられる惨劇に、心が支配されてしまいそうだ、と思った。




「っ、……まだ殺んのかよ、あんたら……!」
「だから先に戻れっつっただろ。見物料取るぞ」
「誰がこんなの見たいなんて思うんだよっ」

 地下から、死体の階段を上って、死体の庭を歩き、正面から堂々と城に侵入して、赤い絨毯を黒く染め上げた。
 もう目を逸らしても、どこを見たって死体がある状態で、耳を塞いでも鼓膜に張り付いたように叫び声が聞こえてくる。これはしばらく安心して眠れないかもな、と他人事のように思ってしまう。そんなルカの隣にはずっとシンゴがいて、まるで従者か何かのようだ、とルカは思った。

「……下手に逆らえませんから、黙っておきましょう、ルカさん」
「シンゴ、……」
「ルカさんが殺されたり酷いことされたら困るんですよ。ま、俺が守りますけど」
「何言ってんだ、自分くらい自分で守れる」
「ならいいんですけどね」

 シンゴの苦笑に少し苛立った。自分はシンゴより一つ年上だというのに、何だか弟のように守られている気がしてならない。というより、実際そうだ。

「……先に戻れるものなら戻りたいですけど、一緒に戻らないと多分あの兄弟信じませんからね。大人しく着いていきましょう。黙ってる分には何もしてこないと思います、俺らには」

 囁くような会話を終え、悠々と前を歩く二人についていく。何階分かの階段を上がり、踊り場が一層広くなる。玉座が近い。この踊り場の向こうにまた十数段の階段があり、その上はもう玉座だ。
 この二人の目的は、ここの一番上にいる人間、王か君主を殺して黙らせること。それが礼というやつなのだろう。
 その玉座から人影がこちらに向かって歩いてくる。前の二人が構えを取った。ああ、またか。と凄惨なシーンをなるべく見ないように俯いてルカは思ったのだが、どうやらその人影はこれまでと雰囲気が違うようだった。
 かつん、かつん、と階段を二、三段下りる音が聞こえ、そこで止まる。
 顔を上げる。上等な外套を身にまとった、青年。背はルカよりは高いがシンゴほどではなさそうだ。身に纏うものが、高位の人間だと推測させる。……目の前の人間が城中の兵士を殺している事実は知っているはずだ。その相手を目の前にしても動揺を見せない瞳、これもまた上等であろう腰の剣、……もしかすると高位といっても兵士の長か何かなのかもしれない。

「……これ以上進むと君たちも帰れなくなる。うちの君主サマは気が短いから、城燃やすことまで視野に入れてるみたいだ。最後にはどんな兵器持ち出すことやら」
 
 やれやれと言ったように青年は呟く。

「尻拭い誰がやると思ってるんだか。……とにかく、城を燃やされるのは避けたいから、ここらで満足して引き下がってくれると嬉しいんだけど」

 おそらく高位であろう人間の割には謙っているというか、何と言うか。
 少し迫力に欠ける気がする。が、この状況で迫力に欠ける言動をできるというところが、普通と違うということなのかもしれない。

「断る。この城の主のアホ面歪ませてやらねぇと気が済まねぇ」

 そうか、とやはり呟くように言いながら、青年はとん、とん、と一段ずつ階段を下り、四人のいる踊り場に近づく。多分この人は、自分やシンゴに危害を加えることはないだろうと思う。それでも自然とルカは息を呑んだ。

「なら、ここで止める。全滅はちょっと体力が厳しいから無理だとしても、一人倒せば戦意喪失くらいの効果はあるだろうし」
「その哀れな一人ってのは誰だ? 言っとくが、後ろのガキ殺ったところで何にもならねぇぞ。戦意喪失どころか荷物が減って助かる」

 またこの男は適当なことを、と当然のようにルカは思う。だが、シンゴがルカの様子を察してルカが動くのを阻む。……分かっている、今は動かない方がいい。
 顔を上げた瞬間、青年と目が合った。心底驚いているような、そんな表情。会ったこともない相手に突然そんな顔をされる覚えはないというのに。

「君は……」

 君は?
 目が合った瞬間に青年が口にした言葉だったので、きっと自分が“君”に当たるのだろうとルカは推測する。が、この青年と面識は一切ない。向こうが一方的にこっちを知っている? 有り得ない。ルカもシンゴもこの地に来て長くない。この城になんてついさっき足を踏み入れたばかりなのだ。
 青年は頭を振って、いや、と言いなおす。

「後ろの二人は見たところ非戦闘員だ。剣は持ってるみたいだけど、護身用だろう。振り回すことはできても斬ることはない。……非戦闘員を傷つけるなんて、騎士の誓いに反する」

 この言葉でようやく、彼が騎士の位にいることを知る。
 ルカとシンゴを非戦闘員と見抜くのはいいのだが、そう簡単に斬れないなどと言ってほしくはないとルカは思う。できる、やらなければならないときには、できる。生きるためにならできる、きっと。
 ルカがそう思ってきゅっと拳を握った瞬間に、騎士はとんでもないことを口にした。

「倒すのは、そうだな、……金髪の貴方だ」
「何……?」

 空気が一瞬にして凍りついたような気がする。
 この国の人間だからやっぱりどっか抜けてんだろうか、それとも作戦なのかまるで見当がつかない。

「命知らずな方ですねえ。この闘争本能の塊に喧嘩を売るとは。まあ、やれるのなら是非実行して頂きたい」

 細い男は悠長に、そして楽しそうに笑っていた。台詞こそ同じことを考えていたが、ルカはとても笑う気にはなれなかった。金髪の男の背中から、とんでもない殺意が見え隠れしているのがわかるのだ。この騎士は、多分人間であったこともわからなくなるのではないだろうか。

「現実的に考えて、だ。流石に人間以外のモノと戦ったことがないからそっちは倒せるか分からない。けど貴方は、貴方という人間が武器を持って戦うんだろう? なら俺にも勝ち目はある。そこまで弱くはないつもりだし」

 室内で戦ったことなんてないからなあ、と呟いてから、騎士は剣を抜いて金髪の男に飛びかかった。刀と刀のぶつかる鈍く耳に痛い金属音が響く。ほう、と感心したように見物する、仲間のはずの男が異様に浮いて見えた。
 ぎりぎりと刀身を合わせながら、そもそも、と騎士は続ける。

「薬、ちゃんと抜けてないでしょう? この国、上から下まで雑な人ばっかりだから、そう簡単に抜ける量じゃないだろうと思ってたんだけど」
「てめぇみてぇな雑魚国の雑魚騎士の相手なんざこれくらいで十分だろうがッ」

 薬、と聞いて、そういえばさっき自分も考えたじゃないか、とルカは地下に入ったときのことを思い出した。
 あの男を無力化させるには象の致死量くらい必要なんじゃないだろうかと考えたことをすっかり忘れていた。実際のところどうなのかと、声はかけずにシンゴと共に高みの見物をしている男に近づいてみる。

「ああ、私の倍以上は飲まされていたと思いますよ。飲まされた直後は少しも動かなかったのでようやく召されたかと喜んだものでしたが」
「鬼だな」
「鬼っスね」
「あれを黙らせるには象の致死量分程の毒は必要でしょう。まったく、この国はどこまでも抜けている」

 突っ込みどころはそこなのかとルカとシンゴは改めてこの人物の素晴らしきマイペースさに敬服し、ふと気付いたルカが更に口を開く。

「あんたは抜けたのか? 薬」
「いえ、できるなら横になりたいくらいです」
「それでもあれだけ殺せるんだから、あんたって見た目の割に結構体力あるんだな」

 それは率直な感想だったが、 

「私はほとんど動いていませんよ?」
「……は?」

 とあっさり返され、ルカは面食らった。

「私が手を下すまでもなく死んでいきましたからね。あの騎士が標的をあちらに絞ったのも的確でしょう。薬も抜けないままあれだけ動きましたから、体力の消耗も激しそうですねえ」
「そんな冷静に……。んっとに鬼だな、あんた」

 金髪の男と騎士はその間も対峙していたが、こんな話を聞いた後ではどうしたって金髪が劣勢に見えてしまう。実際にもうそうなのかもしれないが。 
 ず、と金髪の足が後ろにずれた時に、舌打ちの音が聞こえた気がした。それを合図にしたのか、騎士は間合いを取る。

「この国の執政官が逃がすと言ってるんだ。兵をこれだけ殺されて、俺はおそらく貴方を殺せる状況にあるのに、一つも咎めることなくほぼ無傷で帰してやると言ってる。……今の貴方は万全じゃないから俺には勝てない。戦でもないのに力のない人を殺すのはやっぱりしたくないからな。……でも、これ以上進むと言うなら容赦はしない。さあ、早く引き下がれ!」

 体調が万全なら、きっともうあの騎士は単なる肉塊になっているだろう。
 この金髪が法外に強いのは分かる。もう嫌というほど見た。牢に入れられ、薬を盛られて体力を消耗している上で城中の兵士を殺して回った。そんなこと、普通の人間にできるものではない。
 ただの子供であるルカだってそれがわかるのだ。この騎士にだってわからないわけはない。だからこそ、わからないわけのない騎士が本気でそう言う今、騎士の申し出を断ればどうなるか全く分からない。騎士が、勝てない、と断言している。勝ち負けがどの段階で決まるのかは定かでないが、勝てないのだから、その言葉が本当なのなら金髪が劣勢で終わることだけは確かだ。
 数秒の沈黙のあと、金髪は騎士に背を向け、

「次会ったら殺すぞ」

 と吐き捨てた。

「じゃあ会わないように遠征するかな。薬抜けてない割に力あるもんだからもしかしてやられんじゃないかってすごいビビってた、内心」

 さっきまであれほど強気だったというのに、素がこれとは。ルカの横を通り過ぎる金髪の苦い顔が目に入った。
 少し気分が良くなる。さっきこの男を殺し損ねた分をこの騎士が取り返してくれたような、そんな気分。
 踵を返す金髪の後に、傍観を決め込んでいた男も続き、その後にルカもシンゴと続く。最後にちらりと例の騎士を見ると、彼は、

「っ……?」

 背筋が寒くなるほど真っ直ぐな眼差しで、間違いなくルカを射抜いていた。




2007.10.01(Mon) | rebellion | cm(0) | tb(0) |

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