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軽石へちま

Author:軽石へちま
基本自キャラで凄まじく妄想してみる。
隠れ家なのでBLとか黒とか暗とか主。
キャラ崩壊必至。何とも思わないけども。
妄想についてこれる人だけどうぞ。

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14――river



 目を開けて、今自分がいる場所に少しの疑問を覚える。不規則なリズムで体がゆっくり揺れる。辺りを見回して、ようやく思い出す。ここは熱い砂漠の地でもない。不気味な川だった。夜だからか、岸と川の境さえ見えない。ただ、黒。
 数日の移動を経て砂漠を出、久々に埋もれない足場を踏んだ気がしていたのだが、もうおそらく数時間水の動きの揺られている今は、その土の感触も懐かしいものとなりつつあった。
 月の光が淡く照らしている水面だけがきらきら輝いている。川幅が広く両岸も見えないために、その水面を見つめることだけが暇潰しだった。流れはとても緩やかで、小舟が進むたびに聞こえる水音もさらさらと耳に心地良い。

「……なんか、安心しますね」

 穏やかな声はシンゴのものだった。
 岸を離れてすぐシンゴが眠り、それを見てからルカも目を閉じたのだ。シンゴはずっと疲れている様子だったからもっとゆっくり眠ってもいいのに、とルカは思う。砂漠ではあれだけ不安定だった。もう少し休んだ方が、と言おうとも思ったが、砂漠を抜けて、段々寒いくらいに気温が低くなるにつれて今は落ち着きを取り戻したように見える。無理にこちらが心配しても仕方ないことかもしれない。シンゴが自分でそうやって穏やかな声を出せるのなら、このままそっとしておこう。あのままでなければいいのだ。あのままでは、シンゴがどうにかなってしまうのではないかと気が気でなかった。

「久々にゆっくりしてる気がするな」
「あいつらと一緒にいる間も散々でしたからね。絶対ろくな死に方しませんよ」
「そんなの世界の真理だろ?」

 まあ、こうして無傷で出られただけ良いのだろう。これまでの展開、ルカやシンゴが命を落としてもおかしくはないタイミングはいくつもあった。そもそも、自分たちの生きる国を離れて、今まで暮らしていられるのが奇跡に近い。
 まだ自分やシンゴが生きながらえていることを知ったら、あの女王はどう思うだろうか。今度は殺そうとするだろうか。

「砂漠、出られるなんて、俺、思ってませんでした」

 今まで力強い言葉でルカを引っ張っていたシンゴが、初めてにも思える弱音であり本音を漏らした。戻れる、帰れる、そうシンゴが言うからルカもそう思えた。一人なら、そんな気持ちはとっくに砂に埋もれて沈んでいただろう。一人じゃなかったから、一緒にいてくれた誰かが他の誰でもないシンゴだったから、ルカもここまで動けたのだ。
 シンゴでなければ、きっとここまで上手く行くこともなかった。

「ルカさんを帰さなきゃいけない、国に戻さなきゃいけない、って、そうは思ってました。それだけは貫かないと、って」
「なんでお前はそう自分が抜けてんだよ。俺がいるならお前もいるだろ?」
「何言ってんですかー! お姫様を助けるのは王子様って決まってんですよ!」
「王子様、ってな……。恥ずかしくないのかよ」
「恥ずかしくないですよ? ルカさんは、見た目も、頭も、性格も良くって、体力は、まあ見た目からしたらかなりある方だと思いますし、完っ璧王子様です。事実言って恥ずかしいことなんてないです」

 シンゴは自分を従者か何かだと思っているのだろうか。いつも、何かにつけてはルカを王子様扱いして持ち上げたがる。本気でやめてほしいとまでは思わないが、ふざけ半分にしてはしつこいし、何より、シンゴはおそらく真面目に言っているのだ。けれど、だからといって、“王子様”という言葉の持つ“物知らず”の雰囲気が抜けるわけではない。シンゴが本気で言っているのが分かるほど、馬鹿にされている気がして、愉快な気分にはなれなかった。

「……夢を、見たんだ」

 話を逸らすようにルカが呟くと、「夢?」とシンゴが問い返した。

「どんな、夢、ですか?」
「これまでの。国を追放されて、砂漠に来て、これまでの、いろんなこと。たくさんのことがありすぎて頭パンクしそうだった。ほんと、あいつらの忠告強ち間違っちゃいないみたいだったな」

 ムネモシュネの棲む川。あれもどこかの神話に出てくる女神だったか。けれど、そこまで危険視するようなものでもなかったように思う。確かに、広大な川だから並に揺られる時間が普通より長いのはわかる。しかし、それが“頭がぐちゃぐちゃになる”と大真面目に忠告されるようなことだったのか、甚だ疑問だ。寧ろルカにとっては、たくさんのことがいっぺんに思い出されて、これからの決意が新たになったくらいだ。
 
『……大丈夫、君の探しものは無事だよ。君がここで生きてるように、彼女もそこで時を紡いでる』

 本当のことはわからない。わからないけれど、その言葉が気休めだったとしても、どれだけ救われたか。こんな安い言葉で元気になれる自分はなんて単純なんだろう。彼女が生きている、ちゃんと生きていると誰かが言ってくれて、自分もそう信じることで次に進む力が湧いてくる気がしていた。

「……俺も、夢を見ました」

 変わらない穏やかな声でそういうシンゴの目が、ゆっくり細められたのが分かった。

「……どんな?」

 先ほどのシンゴと同じように、ルカもまた問い返す。シンゴは目を閉じると、深呼吸をして、慎重に、言葉を選ぶように、話し始めた。

「ルカさんと違って、ひとつだけです。たった、ひとつだけ。せっかく長い夢なんだから、他のことだって出てきてくれたってよかったのに」
「それだけ大事ってことなんだろ」
「大事、……そうですね。これから俺が、一生大事にしていきたいから、夢に、見たのかもしれません」

 妹や弟のことだ、とルカは直感的に思った。シンゴがそうして、一生大切に、大事にしていきたいだなんて、家族以外では有り得ない。ルカに罪悪感を抱かせないためにあんなにも慎重に、言葉を選んだのだろう。

「頭が、そのことで一杯になるんです。まだまだ辿り着くには遠いってのに、俺、夢の中でもすげー必死でした。馬鹿みたいに」
「何言ってんだ、馬鹿じゃねぇよ。馬鹿はこんなところまで頑張れないって」

 そうですかねえ、と苦笑するシンゴ。その苦笑が妙に板についてしまったようで、哀しいと思った。シンゴは、あの町で満面の笑みを浮かべてのびのびしている方が、ずっと良い。それは今、ルカが一番よく分かっている。
 突風が吹いて、小舟が大きく揺れた。砂漠にいた時には考えられなかったくらいの、肌を刺すような冷たい風だ。

「寒くなったな」
「この気温差は反則っスね。体壊しますって」

 この寒暑の差は確かに体を壊しかねない。昨日までは灼けつくように暑かったというのに、今では体が凍りつきそうなほど冷たい風が飽きずに何度も吹き付けてくる。慣れれば耐性もつきそうな気がするが、なれるまでに何回風邪を引くことか。

「次行く国の偉い人って、とんでもない野郎なんですよね? 地下に処刑場設けてるとかって」
「一人で支配してるくせに共和制ベースってところからして卑怯くせえな。どこぞの英雄みたいだ。相当頭の良い奴だと思う」

 若さのデメリットをひっくり返そうとしているのだ。その制度で、君主の名が他に知れているのなら大成功だろう。要領もいい。少なくとも、城の兵をほぼ全滅させられた、前の国の君主より何倍も厄介な人間だろうとは思う。

「ギリギリで逃げる奴とかいないんスかね。隠すみたいに地下に処刑場作ってるってことは、一般の人間には知られたくないんじゃ? そしたら外まで逃げた奴の勝ちじゃないですか」
「さあな。処刑場あるような所が、そう簡単に逃げ出せるつくりになってるとも思えないし、逃げてもすぐ捕まって死刑なんじゃないか? あー、まあ人質でも取ればわかんないけど、君主サマがわざわざ捕らえておくほどの極悪人が逃げ出して人質までとったら、いくら一般の民衆でも黙っちゃいないだろ。公開処刑かもな」
「なるべく関わりたくないですねー。危ないことなんてもう御免ですよ」
「誰だってそうだろ。俺だってあんな人間離れした奴らにそう何度も会いたくない」

 とは言いつつも、危険を免れることはこれからも不可能だろう。こうして今生きているのが既に危険なことなのだろうし、普通に考えたって、今まで暮らしてきた環境と全く違う場所に放り出されて、ここがどこかも分からないのに元いた場所に戻ろうとしているのだ。無謀だし無茶かもしれない。
 急激な寒さにルカがくしゃみをひとつすると、過剰に心配してシンゴが自らの体に巻いていたマントを外そうとするので、慌ててそれを制止した。

「馬鹿かお前っ、風邪引くだろ!!」
「馬鹿だから引きません!」
「そういう問題じゃない!」

 確かにシンゴは賢くない。論理的な思考力は低い、のかもしれない。その上、本能的にとんでもなく頑固だ。でも、時折ルカよりもずっと大人びた表情を見せる。その度にルカは腹立たしくも、寂しくも感じるのだった。
 当然マントは受け取らずに軽く腕を摩る。砂漠を出る直前に「長袖を着ろ」と言われた時は蒸し殺す気かとも思ったが、ここまで寒いとこれでも足りない気がする。

「夜明けには着きますよ」

 静かに舟を漕いでいた船頭が口を開いてそう言った。
 それを聞いてルカは首にかけた金時計を見る。あと数時間だ。

「雪の国って言ってましたっけ、向こう」
「高い山に囲まれてるんだろうな。雲が山を越えないんだ」

 雪なんて、国にいた時もそうそうお目にかかるものではなかった。あれほどの暑さも、これほどの寒さも、経験はないに等しい。頭上は晴れているが、向こうの夜空に浮かぶ雲は厚い。着いてみなければわからないが、砂漠の暑さを180度反転させた感じなのだろう。

「雪、か……」

 夜明けの光は、まだ、遠い。



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2007.11.26(Mon) | rebellion | cm(0) | tb(0) |

お宅訪問した。

 月末に試合がある。
 今日は休みだけれど、その抽選のために顧問と現地集合でとあるスポーツセンターにやってきていた。抽選会場は俺と同じ2年の新部長だらけ。大体が顧問と2人で来ているようだ。みんな部長になってからまだ2,3回しか試合を経験していないのだろう。その点、俺は2年になってすぐ部長になったからこういうのは慣れたもんだった。
 抽選って言っても大したことはしない。トーナメントのくじを引いて、対戦相手を確認して、相手校の部長に会えれば挨拶くらいする、かな。これまで俺が行った抽選会場って1つ年上の人間ばっかり部長やってる世界だったから、挨拶する時は大体「俺まだ2年で部長なんですけど」なんて妙な接頭語つけたりしてた。もちろんわざとだ。そうすると、2年が部長やらなきゃいけないほど人材に困ってるんだろうとか思われて、実際試合した時1ピリオドくらい楽に取れる。ツキ高がもともと勉強に偏りまくってて目立ったスポーツ実績がないのがラッキーというのもある。
 ――ま、そんなのしなくても勝つんだけどさ。やるからには。
 抽選会が終わった後、顧問は顧問同士で話し合いとかがあるらしく、挨拶をして別れた。ここから駅までは歩いて10分程度。そんなに遠くない。家の最寄り駅までは電車に揺られて結構かかるけど、こっちの方面に来ることはあんまりないから新鮮だ。遊ぶっていうと大体人多いとこ行くからな。友達と遊ぶにしろ、デートするにしろ。珍しさから駅へ向かうのにもゆっくりになる。もうすぐ冬だから寒いといえば寒いけれど、まあ、まだ並木の秋を満喫してもいいだろう。時間は遅くなっても別に怒られるわけじゃないし。
 ウォークマンで音楽を聴きながら駅までの道をたっぷり10分以上かけて歩くと、そこそこ大きい駅の建物が見える。電車賃、片道いくらだっただろう。そんなことを考えながら階段へと向かった時、階段のもっと向こうにあるコンビニの扉が開いた。コンビニの扉なんて開いたり閉まったりが頻繁に何度も繰り返される。そんなのわかりきってるから別にコンビニの方なんて見なくてもよかったはずなのに、たまたまその時の俺は、視線が遠くを捉えていた。

「…………、―――っ!?」

 思わずヘッドホンを外した。いや、音楽は目から来る情報に全く関与していないけれど、とにかく思わず外してしまった。そしてお決まりの2度見をした。やっぱり変わらない。深呼吸をしてみた。でもやっぱりあんな後姿の人間、そうそういないと思う。
 なんていうか、どう考えても、どう見てもうちの担任でした。あの金髪、(一瞬しか見えなかったけど)指名手配犯もびっくりの人相の悪さ、背丈といい雰囲気といい間違いない。おまけに揺れるレジ袋から見える煙草のカートンは3つ。銘柄も見たことあるような感じのだし、これは決定的だ。
 ……何この生活感ありまくりなワンシーン。空先生とかはまさに毎日生活してます、みたいなイメージあるけど、うちの担任にはなんとなくそれがない。昼時に職員室に行けば昼食を取っていることもあるだろうけれど、自宅で、というのが想像できないのだ。それは多分俺だけじゃなくて、クラスの連中大体がそうだろう。
 その、もうスクープ映像並みの場面を目撃した俺はそのまま担任の後姿を見送る、……つもりだったが。

「……あれ、今日バイクじゃねぇのかな……」

 担任はいつも通勤にはバイクを使っていたような気がする。見たことないけど、是非そうであってほしい。通勤ラッシュに揺られる担任とか見たくない。絶対笑う。
 だから、=バイク、みたいな等式が出来上がっていた。でも、近くにバイク置いてるなら鍵出したりするんじゃないか? ……もしかして、家、この辺とか? 家あるのか、あいつ。ホームレスっぽいとか言ってんじゃなくて、何度も言うけど生活してる感じが想像できないんだって。明らかに空先生とか安藤先生とはジャンルが違うだろ、あいつ!
 ということで、ぽん、と俺の頭に選択肢が2つほど飛び出る。

 ▽ 疲れてるし暗くなるから帰る
 ▽ 追っかけるっきゃない

 どっちも一理あるな。
 しかしここは、

 ▽ 疲れてるし暗くなるから帰る
 ▼ 追っかけるっきゃない

 後者しかないだろう。
 ウォークマンの電源を落として、ヘッドホンを首にかけ、少しずつ遠ざかる金髪をこっそり追った。



 住宅街に入った。住宅街ってことは、つまり、住むための家がたくさんあるということで、奴のねぐらはこの辺にあるらしい。駅からの時間を考えても、歩くならこれくらいが妥当だろう。
 しっかしよく吸う奴だと思う。歩きながらふっつーに吸ってた。俺の近くに煙草吸うような奴いないからわかんないけど、帰ってから吸えよ、と思わないでもない。まあ、その辺は喫煙権の範囲内なんだろう。途中、担任が煙草吸おうとしてジッポが落ちた。それも奴が進むのと逆方向、つまり俺のいる方向に。それまではこっち見る気配なかったから電信柱に隠れるように端を歩いていたけれど、流石に振り返られてはまずいので近くの曲がり角に飛び込んだ。様子を窺い見ると、気づいてない……っぽい。また普通に歩き出したので、今度はより慎重に後を追う。
 奴の住処はそこからすぐだった。階段を上る音。少し離れたところから、奴が入った部屋だけを確認して、やっぱり深呼吸した。
 ついでにあらゆる可能性も模索してみる。
 友達の家? ……いや、あいつ友達とかいないだろ。性格的に。
 恋人の家? ……いやいやいや、友達以上にないだろ。クラスの中では「先生ってどんな女と付き合ってんだろうなー」とか話題に上ったりするけど、女と歩いてる姿ってのが誰一人、全っ然想像できなくて、妥当な推測に至ったことがない。
 じゃあ同僚とか。空先生とか安藤先生ならこういうとこ住んでても不思議ない気がする。扇谷先生とも仲いいみたいだけど、あの先生がこんなとこ住んでると思えないから却下。…………空先生とか安藤先生の家に来る意味がわからない。だからやっぱりこれも有り得ない。
 やっぱり住んでるのか……!!? もう一度建物をガン見した。住んでいるらしい、ここに。あの担任が住んでいるらしい(それでもまだ俺は信じたくない)というだけで、ものすごーいいわくつきの物件な気がしてきた。これで部屋見てみたら意外と片付いてて、インテリアとか凝ってたらどうする、俺。アイデンティティ崩壊しそうだ。
 怖いもの見たさ100%だ。ここまで来たら行くしかない。どうする俺、意外とエプロンして料理中とかだったら。生活してるところが全く想像できなかった相手が、『ここに住んでいる』ということが分かっただけで料理だのインテリアだのがいきなりリアリティを持ってくるから不思議だ。今の俺の頭の中見せたら、多分ヤマトは抱腹絶倒して瀕死になると思う。
 俺にしては珍しく、緊張しまくって、ややテンパりながら階段を上る。部屋の前まで辿り着くと、今日何度目かもう考える気も失せる深呼吸をした。
 それから。躊躇いに躊躇って、ようやくドアを叩いた。叩いてから呼び鈴があることに気づいたけど、呼べればどうでもいい。どうする俺、確かにここに入ったのに全然知らない人間出てきたら。それはそれで安心するかもしれない。あいつ何者だ、という疑問は残るにしても。……ちゃんと叩いたはずなのに誰も出てこない。もしかして誰もいないとか? 洋モノのホラーみたいじゃん、それ。今度はもう少し強めに叩く。そしたら今度はがちゃりとノブが回ってドアが開いた。

 ―――いました、うちの担任の先生。

 今俺すっげー呆けた顔してる。マジでいたよこの男!! 目の前にいる生活感ありまくりの担任がドアを閉めようと手を引いたのと、俺が足を出したのはほぼ同時。勢いよく閉まるドアの隙間に足挟んだから、痺れるみたいに痛い。スポーツマンの足に傷つける気かよこいつ……!!

「おい、何してる」
「いやそれこっちの台詞なんだけどっ!」

 しかも謝る気ゼロか!! これくらいじゃ何ともないけどさ!!
 こんなとこで何やってんだこの人。8割方住んでるという結論になりそうだけど、まだまだ違う可能性を模索して俺は声を上げる。相手は何言ってんだ、とでも言いたそうな顔をしているが。

「まさかここに住んでるとか言わないよなっ!!」
「言っちゃ悪いのか」

 一縷の望みも即答で打ち切られた。何でこいつこんな平然としてるんだ、自分が生徒からどう認識されてるかちょっと興味持ったっていいだろうに!! あんたと『生活』って単語が一致しないんだよこっちは!

「生活してるとか、ないだろっ!?」

 さっきよりもっと大きな声を上げる。外人だから分かってないのかもしれないけど、生活って生きるに活きるって書くんだよ。死んでるってわけじゃなくて、ああもう、混乱してきた!!

「やかましい、住宅地のど真ん中で大声あげてんじゃねぇっ」

 騒いだら頭をひっ掴まれて部屋の中に引きずり込まれた。
 視界に広がる部屋は、……一言で言って汚かった。意外と片付いているという線が消え、エプロンもしてなかったから料理中の線も消えた。俺のアイデンティティは守られたらしい。
 お邪魔しますも言わずに靴を脱いで上がりこむ。取りあえず来たんだから見れるもの見ておかないと。入れてくれたってことは見られても構わないってことだろ?(曲解とか言わないように)
 寝室らしい場所にある本棚にはやたらと本が入っている。本棚なんだから本があって当たり前なんだけど、当然洋書ばかり。……つーか、読んでんのかよこれ。置いてるだけだろ絶対。

「……インテリア置く暇があったら片付けろよ」
「あぁ?」
 
 なので率直にそう言ってみた。インテリアに凝ってる暇あったら床をどうにかしろと。散らばってるもん片付けたらそこまで汚いわけじゃないと思うし。当の本人は何のこっちゃと顔を顰めている。理解しろ、理解。

「んなもん置いた覚えはねぇ」
「いや、だってあれインテリアだろ」

 どんなに否定されようとあれはインテリアだ。汚い部屋に何故か大量にあるインテリアだ。指差す本棚の先を担任も見やって、やっぱり俺の言ったことは理解されなかったらしい。

「お前は本をインテリアにすんのか」
「いやしないけど」

 そうしないのは俺の話だ。俺は本をインテリアにはしない。無駄なもの置くの好きじゃないし。でも本をインテリアにする人はいるだろうと思う。洋書とか何かカッコいいし?

「じゃあどうすんだよ」
「………読む」

 だからって何だこの問答。小学生じゃあるまいし、「本はどうやって使うものですか?」「読むものです」なんて、小学生でもしないぞこんなやり取り。不本意だ。

「正解」

 やったー当たったー、なんて喜ぶわけもなく。だって読まない本は置いといても飾りにしかならないし。何かでこつんと頭を叩かれて、相手を見るとカップを持っている。匂いからしてコーヒー。俺のために淹れたとは思えないけど、人の分まで淹れてくれるなんて意外だ。遠慮なく受け取って本棚にふらふら向かう。それから、近くの段ボールも開けてみる。本と一緒にレポートみたいなのも何部か入っている。そこから2部ほど拝借して素早くショルダーバッグに仕舞いこむ。いや、インテリアなら持ってっても怒られるもんじゃないだろうし。気づいたにしても可愛い生徒ぶってればどうにかなるかな、とか思いつつ。
 先生のいるところに戻って、壁によりかかりながらカップの中のコーヒーを飲む。一口飲んで顔を顰めた。わかってたけどブラックだ。

「苦っ」
「嫌なら飲むな。ミルクだ砂糖だなんざうちにはねぇ」

 だろうとは思うけどさ。砂糖って言葉もこの人とは馴染まないと思う。スポーツドリンクに慣れた舌には刺激が強いんだよ、ブラックなんて。飲めないわけじゃない。先生はソファに腰を下ろして読書中だ。……インテリアの一部だと思ってたけど、読んでんのか。表紙からして、本棚にあったのと大差ない洋書だ。これが日本語勉強のための小学校低学年向けの本とかだったらすげー面白いのに。目の動きが、手にした本をちゃんと読んでいることを物語っている。
 どうやら本当に読んでいるらしい。ということは、あれもインテリアじゃないのかもしれない、本当に。とか考えて凝視してしまっていた。振り向いた先生と視線がぶつかる。これだけ見てりゃそりゃ気分も悪くなるよなあ。

「なんだよ」
「いや………」

 そのまま視線を外す。だって気まずいんだ、仕方ないだろ?
 ご馳走様、と軽く声を掛けて、先生が自分のカップを置いているテーブルに空になったカップを置いた。洗っとくべきかとも思ったけど、水周りとか触らせてもらえるならそのまま部屋全部片付けたい気分だった。
 そこで声を掛けられる。

「お前駅までの道わかるか?」

 追っかけるのに夢中で道がどうなってたかあんまり気にしてなかったけど、遠すぎる、という距離ではなかったように思う。
 わからないと言ったらどうなるのか、送ってくれんのかとか思ったけど、それもそれでかなり嫌だ。

「え? あぁ……まぁ大丈夫」

 なので自然とこういう返答になった。適当に歩いてれば人通りの多い道には出るだろう。それでも分かんなきゃ人に聞けばいいんだ。

「そうか」

 視線は本に落とされた。次に来る言葉は大体見当がつく。

「じゃ、帰れ」

 そうなるよな。俺だってそう言う、多分。



 すっかり日が落ちて暗くなった道を、外灯の明かりを頼りに歩きながら、拝借した論文を眺める。ちゃんと部屋で見てみないとしっかりしたことはわからないけれど、片方は化学方面の論文、もう片方は数学に偏った内容の論文らしいことがわかった。
 英文のところどころについている、ボールペンで雑にマーキングした跡を見つけて軽くショックを受けながら、家路を急いだ。




2007.11.14(Wed) | 未分類 | cm(0) | tb(0) |

13――abyss of memories



 深い、深い、水の中にいる。
 
 どこまでも青く、彼女の瞳のような、水の中。

 冷たい、水の中。


『――この先の川ですが、少々大きい上に厄介でしてね』


『気ぃ抜いてると頭ん中ぐちゃぐちゃになるとかならねぇとか』


『ムネモシュネの棲む川と呼ばれていますが、まあ弱った人間が流れに揺られて幻覚でも見るのでしょう。確かめたことはないのでわかりませんが』


『ムネモシュネって――』


 記憶の女神?



 彼女は笑う。
 俺も笑う。
 彼女は花を摘む。
 俺も花を摘む。
 彼女は不安そうな瞳をする。
 俺も不安になる。
 彼女は笑う。
 俺も笑う。
 彼女は歌う。
 俺は癒される。
 彼女は転ぶ。
 俺は手を差し伸べる。
 彼女は笑う。
 笑う。

 その映像ばかり。(薄紫のローブ)

 彼女は駆ける。
 俺は見ている。
 彼女は手を振る。
 俺は見ている。
 彼女は笑っている。
 俺は見ている。
 彼女は歌っている。
 俺は見ている。
 彼女は笑っている。
 俺は見ている。

 その映像ばかり。(薄紫のローブ)

 俺は歩く。
 ひとり、歩く。
 暗い道を歩く。
 たまに、車を引いて歩く。
 とても疲れている。
 とても苦しいと思う。
 遠くで笑い声が聞こえる気がする。
 どうでもいいと思いたい。
 どうでもいいと思いたい。
 どうでもいいと思いたい。
 
 思えない。
 
 それでもいいと思いたい。
 それでもいいと思いたい。
 それでもいいと思いたい。

 それくらいなら、

 それでもいいと思いたい。
 それでもいいと思いたい。
 それでもいいと思いたい。

 なんとか、

 それでもいいと思いたい。
 それでもいいと思エ。
 それでもいいと思ワナイト、?

 思える。

 彼女は笑う。
 俺も笑う。
 彼女は歌う。
 俺は癒される。
 彼女は駆ける。
 俺は笑う。
 彼女は手を振る。
 俺は笑う。
 彼女は笑っている。
 俺も笑う。
 彼女は歌っている。
 俺は笑う。
 彼女は笑っている。
 俺も笑う。


 それでもいいと思わないと、溺レル。


 沈んでいく感覚?

 浮いている?

 目を閉じれば溢れて止まらない、水のような記憶。

 彼女の瞳と同じ色をした水だ。

 コバルトブルーの、水。

 冷たい、水の中。



2007.11.06(Tue) | rebellion | cm(0) | tb(0) |

ぶんかさいー②



 きっと、(前略)、みたいな感じなんだろう。
 エンジさんも櫂さんも黎さんもこうなるのわかってたならちゃんと言ってくれれば俺帰ったのにぃいいいい!!!

『じゃあやっぱり野島くんが着るっきゃないよねー……』

 文化祭実行委員の言葉に耳を疑った。
 その言葉に続々と頷くクラスメイトたち。 
 みんなが衣装に着替えて作業してたもんだから、俺も指定の衣装に着替えて、袖のカフスを留めながら、は? と聞き返した。

『だよなぁ……。代わりは代わりで見映えする奴じゃないと』
『そうなるとルカしかいねぇよなー』
『野島くんがぴったりだと思う! 野島くんしかいないよねー!』

 …………ちょっ、息巻かないでみんな!! 俺状況飲み込みたくない!!!!
 え、何、ハルが休んだから、俺がハルの代わりにメイド服着て出ろって? 冗談じゃない!!

『ハルの代わりならその時間帯俺がこのカッコで出ればいいだけだろ!?』
『代わりってのは細部までしっかりしてこそ代わりなの!』

 実行委員の女子が大きい声で言い切り、周りは一斉に頷く。
 ま、待て、俺間違ったこと言ってないよな!? 変なのこいつらだよな!?
 クラス全員でにじり寄られ、助けを求める奴はおろか、あんまり文化祭に興味ないような連中も面白がって……!!
 あまりにも腹が立った俺はとんでもないことを口にしていた。

『じゃあ俺なんかよりずっと可愛い子助っ人に呼べば見映えするしいいだろ!!!』

「いいだろって何だいいだろってぇえええええ……!!」

 何考えてる、俺。
 この忙しい校内でどこの誰が他のクラスの助っ人に来てくれるっていうんだ。いるわけない。
 きっちり着込んだ黒いスーツ。これのどこが執事的なのか教えていただきたいところだ。
 どこもかしこも準備で大童な状態で、俺はひとりその様子を眺めながら当てもなく廊下を歩く。一年生のフロアに辿り着いて、ふ、と頭を過ぎるひとりの女生徒の面影。……一年生?
 思い出して、瞬間的に走りだす。近くにいた、去年一緒のクラスだった合唱部の女子を捕まえた。


 
「椿さん!! いる!?」

 教えてもらったクラスと、パンフレットで出し物の場所を確認して、その教室に走り、騒々しくドアを開けた。出し物の準備をしていた一年生たちが一斉に何事かと俺を見る。
 走ったせいでネクタイが暑いし苦しい。適当に緩めながら教室を見回すと、同じようにこちらを見る見知った顔。……他の顔より若干冷ややかですけど。
 バスケ部は結構人数が多いから、俺のことを知っている子も結構いて、……バスケ部関連の人間じゃないのに俺のこと知ってる女の子とか多いのがちょっと謎だけど、あれバスケ部の野島先輩だよな、とかいう声が上がっている。
 教室の隅の方にいた椿さんは、そんなクラスの様子と、俺をちょっと見比べてから、声を上げた。

「まあ、ルカ先輩っ! 恥ずかしいので来ないでくださいと昨日言いましたのに……」
「え、え!? 言われたっけ、俺っ」

 い、いつもよりオクターブ声高くないかな……? 俺の気のせい?
 ていうかルカ先輩って!! 俺のことずっと野島先輩って呼んでたのに!!
 でもって何かちょっと嫌な視線。俺この類の視線好きじゃないんだよなあ。

「でもそんな走って来て下さるなんて、何のご用事でしょうか?」
「あ、ああ、そうだ、あの、」

 ドアまで近づいてきた椿さんを前に緊張してしまう。
 一年生みんなこっち見てるからかもしれないけど、一応先輩が後輩に助っ人頼むなんてカッコ悪いよなぁ……。でも背に腹は変えられないんだ。俺男なんだしメイド服なんて絶対御免だ!!

「えっと、さ、うちの売り子手伝って欲しいんだ。午前中だけでいいんだ、ほんと!!」
「お手伝い、ですか? 私が?」
「そう。椿さん、すごい可愛いし」

 椿さんは少し考えて、ちらりと横目でクラスメイトたちを見て、それから俺にはとても真似できないような大人びた微笑みを浮かべながら、言った。

「校内でも有名なルカ先輩の頼みを一年の私が断るわけにはいきませんわ。皆さん、よろしいでしょうか?」

 そう、クラスに許可を求めると、戸惑いながらもクラスメイトたちは頷く。
 心底ほっとした。椿さん可愛いし綺麗だから、こっちのクラスでも看板娘みたいになるんだろうと思ってたし!
 そうと決まれば話は早い! 椿さんを引き連れて自分のクラスへ向かうことにする。

「……よろしかったんですか、私で」
「もちろん、……っていうかそれこっちの台詞ですよね……。クラス放っちゃってよかったんですか?」
「ええ、あまり面白みもなさそうでしたから」
「出し物、何だったんですか?」
「問屋で大量に買った駄菓子を売るだけだそうです。私ひとりいなくてもなんとかなりそうな気がします。それに比べると、野島先輩は緊急を要するようでしたから」

 物分りが良すぎて助かるっていうか困るっていうか、いや実際すごい助かったんだけど。

「売り子、と仰ってましたけれど、どういった類の?」

 女の子だから俺よりは背が低い。それをここぞとばかりに利用して、上目遣いで俺を見てくる椿さん。この何でも見透かしてますみたいな目が苦手だ、すごい苦手だぁああ……。
 わかってるくせに、とでも言いたくなる、けど説明はしてないし。

「あの、……喫茶店、なんですけど……」
「ええ、そうでしょうね。先輩の服装と同じように女子制服も少し変わっているのでしょう?」
「………仰る通り、です……」
「それで、女子にひとり欠員が出て、見目麗しい先輩が、その代わりに女装させられそうになったから私で代役を立てようというわけですわね」
「その通りです……」

 わ、わかってるんじゃんか言わなくても!!!! ただ別に見目麗しくはないけどな!!
 ここまで分かってて着いてきたってことは、ここで拒否ったりはしないよな……? されたら俺校内中の笑いものだしっ!!

「私がここで帰るかもしれないと思ってらっしゃいます?」
「う、そ、その通り、です……」
「大丈夫です。そこまで薄情ではありませんし、そちらの方が楽しそうですから。ただ、最初に言ったように、私で本当にいいのか、それだけが疑問です」

 そうだよなぁ……。普通そこは疑問だよな。
 見映えするくらい可愛い子、って言っちゃったから椿さんなんだけど、こう言うと知り合いの女子みんなに悪い気してきた、なあ……。
 椿さんなら断らないかも、とか思ってたのも事実だし。一応年下って認識あったんだなぁ。

「椿さん可愛いし美人だし大歓迎っていうかお願いします!! 絶対メイド服似合う系ですよ!!」

 なのでつい力を入れて言ってしまった。声が大きかった……! やたらと周りの人がこっちを見てる。椿さんはくすくすとお上品に笑っていた。

「ちゃんとルカ先輩がこの埋め合わせをしてくださるなら、喜んでお受けしますわv」
「は? 埋め合わせって、そういえばまたルカ先輩って、うわっ」

 人の多いスペースなのに、大きめな声で椿さんは言って、俺の腕に自分の腕を絡めた。俺はびっくりして体勢を崩しかけて、持ち直す。この人、人の多いところだとこうしたがるんだろうか。だって、トモダチ以上コイビト未満って言ったってエンジさん、いるわけだし、俺も俺で、うう、まあいろいろあるからっ、複雑なんだけど、椿さんはそういうわけでもないらしかった。


 椿さんを連れ帰った俺を見て、クラスメイトたちは異様に驚いていた。
 どうせそんな子連れて来れないと思っていたらしい。俺だって思ってたから当然だろう。けど椿さんはやっぱり誰が見ても同じような評価らしくて、こんな清楚で可愛い大和撫子にメイド服なんて着せていいのか、みたいな意見は出たものの根本的な反対意見なんてのはゼロだった。
 俺が責任持って更衣室まで着いていって、着替えている間はその外で待っていた。他の女子が着てるの見てても思うけど、なんか紐とかやたらついてて複雑な服だ。可愛いといえば可愛いのかもしれないけど、あれ普通着たいようなもんなんだろうか。あんまり着たくないんだとすると、本当に申し訳ないことしてる気分になる。

「先輩」

 ドアが開いて、黒と白の衣装に身を包んだ椿さんが現れる。
 長い髪の一部を白いレースのリボンで結っていて、なんていうか、びっくりするくらい似合っていた。

「後ろのリボンだけ結んでいただけますか? 他は頑張ったんですけど、後ろだけはわからなくて」
「あ、はい、わかりました」

 他は忙しそうに仕事をしているのに、ここだけ人も通らなくてやたら静かだ。後ろを向いた椿さんの腰のリボンを結う。縦結びとかに、なってないよな……? 大丈夫だよな。
 よく見るとほんとに複雑な服だった。いろいろ編みこんであるし、俺着させられてたら絶対自分でなんてできなかった。よくひとりで着たな、これ。すごいったらすごい。

「ありがとうございます。……あ、」

 くるりと振り向いて意味深な声をあげる椿さん。自分の唇に軽く触れて、教室に鞄を忘れてしまいましたわ、と苦笑した。
 なんだろう、リップクリームとかかな。

「リップクリームなら持ってますけど、使います? なんて」

 冗談半分にポケットからリップクリームを出して見せると、

「本当ですか? 助かりますわ」

 と、……とんでもない返事が来た。
 まさかそんな返事が来るとは思ってなかったし、かと言って断れるわけでもないし、恐る恐る差し出したリップクリームを椿さんはごく自然に受け取って、ごくごく自然に使っていた。
 だ、だって、俺だぞ!? エンジさんならいざ知らず、最近知り合ったばっかりで、しかも男のっ、俺の、普通使うか!? 黎さんだって遠慮しそうなくらいなのに!

「? お借りしては悪かったですか?」 

 しかも悪気とかそういうのゼロらしい。返されたクリームをポケットに突っ込んで、いえ、と答える。やば、何か目とか合わせづらい。

「……間接キス、がそんなに気になります? 使いづらければ新しいものを今度差し上げますわ」
「い、いえっ、だって俺が言ったんですし、」
「唇なんて皮膚と変わりありませんわ。こうして手が触れるのと、大して差はありません」
「な、ないわけ、ないじゃないですか……!」

 椿さんはきょとんとしている。なんか、この人とは根本的に感覚を共有できない気がする。それに、年下って感じはやっぱりしない。全然、しない。
 俺の手に触れる椿さんの手。だってこの人、キス、するのが、握手するのと一緒、って言ってる。指に触れられているだけでものすごい緊張して、振りほどきたいのにできない。

「だったらっ、こうやって手、触るみたいにっ、よく知らない俺ともキス、できるって言うんですか?」

 精一杯吹っ掛けたつもりだったのに、やっぱり俺はこの人には敵わないらしい。
 平然と口を開いた椿さんの唇からは、

「できますわ」

 という一言だけが返ってきた。
 不意に肩に置かれる椿さんの両の手。
 椿さんは結構背が高い。軽く伸びるだけで顔がすごく近づく。
 貸したリップクリームのせいか、小さい唇がものすごく艶めいて見えて、

「い、嫌だ!!」

 俺は思いっきり顔を背けた。心臓がばくばくいってる。長距離走ったってこうはならない。
 椿さんは俺から離れると、くすくす笑い出した。ああ、ダメだ、この人、すごく苦手だ。まるで俺が年下みたいで、からかいすぎてしまいましたね、とでも言い出しそうだった。

「ごめんなさい、調子に乗りすぎてしまって。お仕事、頑張らせていただきます」

 それだけ言うと、ぺこりとお辞儀をしてうちのクラスの教室へ向かう椿さん。その後ろ姿を呆然と見送る。
 椿さんにとってはなんでもないことでも、俺にはすごく大きいことなんだ。あんなこと、俺にはできない。
 ハルが来てくれてたらこんなこと考えなくて済んだのに。ハルの奴休みやがって。
 でも。

「……っ、ハル……」

 こんなにハルに会いたいと思うのは、初めてだった。


2007.11.05(Mon) | 未来話 | cm(0) | tb(0) |

学祭時期なので文化祭ネタ①


 私立月見ヶ丘高等学校、文化祭初日。こんなに晴れなくてもいいのに、というくらいの秋晴れ。クラスの出し物の準備があるから、俺もエンジさんもいつもよりかなり早く家を出て、一緒に通学路を歩く。
 俺は二年、エンジさんは三年。普通の高校なら三年生の出店なんてそこまで多くないんだろうけど、うちの学校は生徒の大体が附属大に進学する。だから三年生も原則、文化祭には強制的に全員参加だ。たまーにいる外部受験の人にはまた対応が違うんだろうけど、エンジさんは普通に附属に行くみたいだし、俺もそのつもりだから俺の近辺ではそんなに関係ない。

「ルカのクラス、何やるんだっけ?」
「喫茶店です。えっと、メイド喫茶とか執事喫茶とか、そういうやつ。みんな変な服着るんですよ。何したいんだか」
「まあそう言うなよ。文化祭なんてどこもそんなもんなんだから」

 エンジさんはそう言いながら笑う。確か去年、エンジさんのクラスも似たようなことしてたんだよな。その時は担任の先生が犠牲になったとかなんとか聞いたけど、どんな犠牲なのかは見てないしよくわからない。

「エンジさんのクラスは?」
「うち? 今年は焼きそば。とある双子が燃えてるよ」
「ああ、……双子なのに毎年同じクラスなんですね、あの二人……」

 しかもまたエンジさんと同じクラスなんて、エンジさんが可哀想すぎる。俺なんか五分喋るだけで疲れるっていうのに。あの二人、イベントごと大好きだからうるさいんだろうなあ、ホームルームとか。一年遅れて生まれて本当に良かったと思う。はははは、とエンジさんと乾いた笑いを上げていると、嫌な予感をさせる轟音が背後から近づいている気がした。とか思っているうちに、ものっすごい勢いで何かが俺とエンジさんに激突!!

「「おっはよう、ルカ、エンジ!!」」

 んなハモらなくても。ぶつかってきた二人はにかっと似すぎている笑顔を浮かべる。
 悪気ないらしいところが腹立たしい。俺もエンジさんも、激突された背中を摩りながらあいさつを返す。この二人の唐突さに怒っているのは俺だけじゃないはず。多分。
 あいさつを返されて二人とも満足そうだ。このきょうだい、男女の双子で、どっちが兄か姉なのかわからないと本気で言っている。珍しいというより奇妙だ。男女の双子って二卵性だし、普通の兄弟程度にしか似ないはずなのに、この二人は片方の男版、片方の女版、って感じでものすごく似ている。性格も、声の大きさも、好きな食べ物も苦手な教科も、極めつけにテストの点数全部一緒だったこともあるとかないとか。シンクロ率が高すぎていろんな噂が飛び交っているけれど、そのどれもに信憑性があるから恐ろしい。
 男の方が櫂さん。背は俺とほぼ同じくらい。女の方の黎さんも、俺より少し低いくらいだから、この双子、背丈までそっくりなのだ。高校生なんだからいい加減わかりやすい成長したっていいだろうに、違うのは体と声だけみたいだ。うちの学校の社会科の先生の子供だってだけで目立つのに、双子だから更に目立つ、それに元々の性格が目立ちたがり屋だから騒がしくて仕方ない。

「櫂も黎もクラス準備だっけか? この時間からのメンバーには入ってなかった気するけど」

 エンジさんの不思議そうな言葉に、黎さんが首を横に振る。

「うんにゃ、あたしたちは軽音で。今日の午後と明日の後夜祭出るからさー、気合い入っちゃって。二人だけで合わせるんだ」
「二回もやるんですか? ライブ」
「おう、もちろん! あ、心配しなくても昼の勝負時はガンガン焼きそば売ってやっから覚悟しとけ!」

 心配してない。それに何の覚悟だ。 
 そりゃ頼もしい、とエンジさんが言う。エンジさん、何か今の棒読みぽかったですよ。普段のハイテンションぶりを見てれば棒読みになる気持ちもようっく分かるけど。
 櫂さんと黎さんは軽音のバンドでツインボーカルを組んでいる。これがまた腹立つくらいに上手い。お母さんがすごく歌上手いらしいけど、こんなに遺伝するなんて羨ましすぎる。俺だって両親が代表選手だったんだから、もっと天才的に上手くたっていい気がする(父さんも母さんもバカみたいに努力家だったってのはちゃんとわかってる)。
 それだけ上手いもんだから、三ヶ月にいっぺんくらいの頻度である校内でやる軽音のライブは結構人入ったりして盛況なのだ。

「ルカもエンジも聞きに来なよー!」
「そうそう、俺たち上手いからさー」
「自分で言えるあたり流石だな」

 エンジさんが呆れたように言う。この二人、自信のないことがないのだ。テストがダメだった時も、口を揃えて「マジで赤点!!」と言い切り、実際二人とも赤点だったりした。
 まあ、歌唱力は高い。自信もあるから聞かせたいのもわかる。わかるんだけど!!

「俺今日は一日クラスと部活の方手伝わなきゃならないから無理そう。後夜祭は行くよ」
「俺もそうです。ちゃんと後夜祭行きますから、拉致るのだけはやめてくださいよ!?」

 わかるんだけど、この人たち、人が部活してるとことか呼び出されて話ししてるとこ拉致ってライブに連れてきたりするから強引過ぎるんだよな!!! 人入らないわけじゃないだろうに、嫌がらせにも程がある!!
 ちぇー、いいよそれでー。不本意そうだけど黎さんは納得したらしい。仕事途中で拉致られてサボったと思われたら困るもんな。エンジさんと目を合わせてほっと胸を撫で下ろした。

「あれ?」

 黙っていたかと思いきや、櫂さんがいきなり間の抜けた声を上げて、きょろきょろと辺りを見回し始めた。 

「櫂、どったのー?」
「いや、ルカー、ハルはどーした? 同じクラスだろ、確か。係違うとか?」

 ああ、そういえば話してなかった。
 俺の幼馴染で同じクラスのハル、鳥辺山 深春はいつも一緒に登校している。今日はいないのを不思議に思ったのだろう。

「急に熱出たから今日は休むってメール来ました。そんなに酷くないみたいですけど、明日ちゃんと来て遊びたいから大事をとって、ってことらしいです」
「はー、ハルも大変だねぇ、体弱くて。ま、そういうことならしっかり休んでもらわないと。明日の後夜祭で40度オーバーの熱出させるからねー!!」
「お前が言うと冗談に聞こえないからほどほどにしとけよー、黎」
「エンジは固いんだってばー! イベント=騒ぐ! これあったりまえでしょうが!」

 いや、黎さん櫂さんの場合、騒ぎすぎなのでイベント超越してる気がする。
 卒業する頃には一生分のテンション使い果たして萎れるんじゃないだろうか。その方が社会のためかもしれない。

「それにしてもさ、ハルが休むってことはルカのクラス、人手足りなくなるんじゃないか?」

 突然のエンジさんの言葉に、そうなります、と頷く。
 前々から決まってたローテーションからひとり抜けると埋め合わせが大変になる。でもひとり抜けるくらいじゃそこまで致命的なことにはならないだろう。

「それにさー、ルカのクラスって確かメイド喫茶だろ? そうでなくともうちの学校、女子より男子の方が人数多いんだしさ、女子ひとり抜けると辛くねぇ? その上っ、多分ハルはメイド服似合う系の可愛さだしっ」
「なんだよ、メイド服似合う系って」

 そこは確かに疑問だ。エンジさんの疑問に素直に頷く。
 櫂さんは神妙な顔で人差し指を立てた。

「黎は柔道着似合う系、といえば分かるか」
「「ああ、なるほど」」

 そして確かに今の例を聞けば、ハルがメイド服似合う系だということが分かる。 
 またまた素直に頷いてしまうと、櫂さんが蹴りによって飛んでいきました。誰によって、なんてのはもちろん愚問。
 俺とエンジさんも軽くチョップを食らわされた。蹴られるより余程いいけど。

「言っとくけど、あたしお母さんの娘だから何でも似合うよー? 去年だって着たし、ねえエンジ?」
「あー、そういえば着てたな。うん、あれは似合ってた。男子みんな予想外だって騒いでたし」
「ふ、みんなあたしの新たな魅力に気づいたね……? いっやー、あんなお母さん持つと罪だねやっぱ!」
「けど順序間違えたよな。トリが焼きそばなんて色気ないし」
「おおっとぉ、それはあたしも思ってたから言っちゃいけないよエンジ君」

 はしゃぎすぎて考えてなかったのか。
 それより、ちゃんとわかってたことが意外だ。それこそ予想外という奴で。
 黎さんに遠くへ蹴られた櫂さんが這い蹲りながら戻ってくる。これまた予想外に早かった。

「似合うとか似合わねぇとか置いといてもさ、やっぱ女子ひとり抜けんのは男子ひとり抜けるよりキツいだろー、多分」
「さっきから何が言いたいんですか、櫂さん……」
「ん? 単純単純。文化祭テンションならさ、男子で女子の埋め合わせしたりすんじゃねぇかなー、って思っただ・け☆」
「は? 女装ってことですか? まあそういうことするクラスもいっぱいあるし、誰か受け入れる奴いるならうちのクラスも有り得なくはないですね」

 うん、女子制服着た男子が売り子がてら校舎練り歩いてるのとかよく見かけるし。 
 よくやる気になるなー、とか、そういう趣味なのかなー、とか思ったりするけど、イベントのテンションでやる気になる奴がいるならうちだってやるのかもしれない。

「いやいや、ルカ、ああいうのやりたい奴なんていないって。やらせるもんなんだよー? ねえエンジ?」
「去年の先生、似合いすぎて引いたもんな……」

 エンジさんはそう遠い目をして言った後、はっと気づいたように俺を見て、ぽん、と優しく肩を叩いた。

「俺ぜってーお前のクラス遊び行くからっ!」
「あたしもあたしもー!!」
「ルカ、俺もちゃんと合間見つけて売り上げ貢献するからっ」
「え、あ、はい、それはありがたいんで是非お願いします」

 三人の先輩の哀れむような視線が理解できずに俺はそう返す。
 ……当然のように待っている悪夢はまた別の話。最悪。



2007.11.01(Thu) | 未来話 | cm(0) | tb(0) |

序章はこんな感じで。


「エンジさんは今日も出かけてんのかー……」

 母さんも今日は珍しくふらりと出かけたらしい。父さんは今月一杯日本代表の監督として強化合宿に参加中。エンジさんも出かけてるみたいだから、午後はどうやら俺一人らしい。
 午前中は学校で練習があった。月末に試合が控えてる。一応レギュラーなんだし頑張らないといけない。とは言ってもバスケって家で練習できるようなもんじゃないし、あんまり真面目に勉強する気にもならないし、俺はリビングのソファーに座ってテレビの電源を入れた。
 つまらないバラエティ番組の再放送を見ながらゆっくりしていると、次第に眠気に襲われる。どうせすることもないし、俺はその眠気に身を委ねることにした。



 叩きつける雨の音で目を覚ます。携帯の画面で時間を確認すると4時半を回っていた。
 夕立かー、と思いながら一応ベランダを覗いてみたら洗濯物が干したままだったので、欠伸を噛み殺しながら取り込んだ。母さんも雨が降るとは思ってなかったらしい。まあ、予報でも言ってなかったからな。
 全部取り込み終えて、暇なのでつけてあったテレビを眺めながら畳んでいく。家事手伝うことなんてあんまりないからたまにやると楽しい気がした。
 畳んだ出来によし、と納得して、今度は何をしようかとソファに再び腰掛けたとき、携帯が音楽と一緒に振動した。見てみると、エンジさんからのメールだった。俺が午前中だけ練習って知ってるから母さんじゃなく俺にメールしたんだと思う。

『これから帰るんだけど、雨に降られたからタオル2枚用意してもらえる?』

 2枚?
 その数を少し不思議に思いながらも了解のメールを返す。
 母さんと途中で出くわして一緒に帰ってくるのかもな、なんて思いながら洗面所に向かう。フェイスタオルとバスタオルとどっちがいいだろう。音で雨の勢いを確認して、これは結構酷く濡れてそうだな、と思う。白いバスタオルを2枚棚から下ろした。
 インターホンが鳴ったのはそれから10分も経たなかった。うちのマンションは1階にロビーがあって、住んでいる人以外は基本的にそのロックを抜けられない。来客は24時間体制のフロントで部屋に連絡をしてもらわないと2階より上にいけないようになっている。今鳴ったインターホンは玄関からのだから、ここに住んでいる人が鳴らしたもの。玄関のドアには鍵がかかってるからやっぱり鳴らしたのはエンジさんかはたまた母さんかどっちか。多分前者だ。
 鍵を開けてドアを押し開く。やっぱりエンジさんだった。

「おかえりなさい。はいタオル」
「ただいま、ルカ。ありがとうな」

 そう言ってエンジさんはタオルを2枚受け取ると玄関に入って、後ろにいた人も一緒に玄関に入れる。……あれ? 母さんじゃない。
 エンジさんの背中に隠れるようにしていたのは、女の人だった。少し背は高め。エンジさんのジャケットを雨避けに被っていて、だからエンジさんはその女の人よりずっと濡れていた。 

「すみません、炎而様。お借りしてしまって」
「いいよ。それよりほら、拭かないと風邪引く」

 ジャケットをエンジさんに返すと、その人の顔が見える。
 長い黒髪は緩く波打っていて、大きくて黒い瞳に長い睫毛。結構可愛い、っていうか、大和撫子って言うんだろうか、こういうの。それと、特徴的な口調。
 あの人だ。噂の、あの人。
 エンジさんは自分の髪を拭くのもほどほどに、その人の髪を軽く拭くのを手伝っていた。
 こうしてるとまるっきりあれです、恋人同士。
 エンジさんはバレーしてるだけあって背も高くてカッコいい。この女の人も、背高めだしすごく大人っぽくて釣り合っているように見える。

「あ、ルカは会うの初めてだよな」

 エンジさんがこっちを向いて初めて気づいたらしく言った。
 俺は慌てて頷く。

「椿も、ルカに会うの初めてだよな?」

 その人も頷いた。
 何か人に紹介されるのも気恥ずかしい。その前にここは玄関だ。
 スリッパを2足出して、まずはリビングに案内した。



「えっと、俺、野島流風です! えっとえっと、い、いつもエンジさんがお世話になってます!!」
「なんだよそれ」

 俺だって何言ってんだかよくわかんない。だってこんなの緊張するじゃないか。
 綺麗な人だし、すごい大人っぽいし、何喋ったらいいかなんてわかんない。
 俺がテンパってんの見てエンジさんは笑っていた。女の人も軽く笑いながら俺に頭を下げる。

「芹沢 椿です。炎而様もですけれど、ルカ、というのも少し変わったお名前ですわね、野島先輩」
「あ、うん、何か父親が絶対コレって言ってつけたらしいです。流れる風でルカ、って、………あれ?」

 何か今の会話すごく違和感なかったか?
 俺じゃなくて。俺変なこと言ってないし。いや全部変っちゃ変だけど。
 この人、今、センパイとか、言わなかった?

「あー、そっか。そりゃ先輩だよな。学校一緒だし」
「ええ。ついでと言っては何ですが、中学も同じでしたわ」
「ああ、そうなんだ?」

 エンジさんは納得ー、みたいな顔で笑ってるし。
 この人、えっと、椿さんも、そうなんですよー、みたいな感じで笑ってるし。
 あれ、何それ。

「ちょ、ちょちょっ、待ってくださいよ!! ……年下ッ!?」
「うん、椿は俺の2つ下だからルカの1個下」
「中学の時から有名な方でしたから、会うのは初めてでも私はよく存じ上げておりました」
 
 な、何それすげえ恥ずかしいんだけど!!!!
 エンジさんと同い年かと思って普通に敬語使ってたし!!
 この人とエンジさん、学校じゃすっごい有名だけど、俺そこまで気にして話聞いたことなかったし、だからいくつかなんて知らないし!!
 
「中学の頃とはまた違いますわね。中学の頃はもっと冷静で落ち着き払ったイメージが強かったものですから」
「ちょ、何っ、そんなんじゃないですって!」
「へー、ルカ中学の時そうだったんだ?」
「え、だからあのっ、」

 ひ、否定しないけど別にそれはカッコつけてたとかそんなんじゃなくて、今でも学校じゃこうだしっ、俺別にカッコつけしぃじゃないぞ!? 違うんだって!

「俺の前とか家じゃルカはいつもこうだけど?」
「ではこちらが素の先輩なんでしょうね。お父様によく似てらっしゃいますわ」
「え、うちの父さん知ってるんですか!?」

 あー、何ていうかもう、敬語絶対抜けないや。
 俺絶対敵わない気がするし。

「たまに屋敷に遊びに来ますわ。うちの父にやり込められるのが得意みたいですわね」
「いや、コーチに敵う奴なんてそうそういないって」
「炎而様のお父様くらいでしょうね」
「親父だって勝ってはいないと思うけどなあ」

 そういうことらしい。父さんは椿さんのお父さんと知り合いで、エンジさんのお父さんと同い年で。じゃあ間接的には知ってるってことなんだな。俺全然面識ないけど。父さんは多分会ったことあるんだろう。 
 それにしても、エンジさんと椿さんはそうやって笑い合っているのとか、すごく似合う。
 もう付き合って2年くらいになるんだろうか。いや、付き合ってるって直接聞いたわけじゃないけど、すごいそういう噂飛び交ってるし、エンジさんも椿さんも別に否定してないらしいし、それじゃあ恋人同士ってこと?
 俺にくらいそういうこと話してくれてたっていいと思うのになー……。そう思うとこの状況は結構複雑だ。お似合いだと思うし、エンジさん取られるから嫌とかそんなんじゃなくて。

「……2人って、どうして付き合い始めたんですか?」

 なので、思い切ったことを聞いてみた。
 我ながら、これは後でエンジさん単独に聞くんだったと思う。
 ちょっとばかり緊張しながら返答を待っていると、エンジさんと椿さんは顔を見合わせて笑い始めた。

「だぁから、付き合ってないって!!」
「私は一向に構いませんけれど、そんなことを言っては炎而様に失礼ですわ」
「だ、だって学校でだってそう言われて否定してないじゃないですか!」
「否定するの面倒なくらい大勢に言われてるんだから嫌になるのも仕方ないだろ?」
「それに、否定もしていませんが肯定もしていませんもの」

 な、何ていう屁理屈……!!
 これには流石の俺も閉口してしまうけれど、ツキ高生徒を代表して言わせて貰おうと思う。

「これだけお似合いで、炎而様に椿な関係で、下校いつも一緒で、休日こうやって一緒に出かけて、ここまで揃って恋人以外のどんな言葉で納得しろっつーんですか!」
「学校の後輩」
「学校の先輩、でしょうか?」
「部活も委員会も違うのにそんなん言い訳になりますか!」
「あー、それじゃああれだ、父親の高校時代の先輩の娘さん」
「なら私は父の高校時代の後輩の息子さん、ですわね」
「そんなん俺と椿さんだって一緒でしょうが!!」

 もしかしてエンジさんってものすごい常識はずれなのかも……?
 今時婚姻届出してなくても実質夫婦なら権利認められたりするし、事実婚って奴? 何かそんなようなもんだと思うのに。
 俺からすれば今のエンジさんはボケ倒してるようにしか見えない。それとも俺がおかしいのか? 普通だと思うんだけど俺!! いっつもツッコミばっかしてるくせに、こういう時だけボケに回るのはすっげー卑怯だ!

「本当にそんなんじゃないんだって。信じろよ」
「べ、別に信じてないわけじゃないですよ! ただ、何か、不思議だなって思ってただけで」
「関係には名前がないと不安ですものね。そうですわね、……友達以上恋人未満、なんていうのがぴったりかと」
「う、……そういうベタで曖昧なとこ出しますか……」

 椿さんは悪気一切無いみたいな笑顔でそんなことを言ってのける。エンジさんもなんか否定しないし! 否定も肯定もしないのはこの2人のすっっごい悪いとこだと思う。ご想像にお任せしまーす、みたいな。俺がガキすぎんのかな。この人たちは、そうじゃないんだろうか。この人たちは、俺と違う感覚で、生きてる気がする。



 椿さんがエンジさんの部屋を見たいと言った。エンジさんの部屋は綺麗だから見られても平気だろう。エンジさんが快諾して、俺も誘われたけど流石に一緒に行く気にはならなかったので辞退しておいた。友達以上恋人未満、なんて言われても、結局は男女なわけで、俺から見たらすごいお似合いの2人だから俺みたいなのが間に入っちゃやっぱり不味い気がした。
 どうせそろそろ母さんも帰ってくるだろうな、と思いながらリビングのソファーでまたテレビを見る。がちゃりと玄関のドアが開く音がしたのは、それからすぐだった。

「おかえり。洗濯物入れといた」
「ありがとう」

 母さんは傘をさしていた。買ったもののようには見えないから、どこかで借りてきたんだろう。

「エンジ君帰ってきてるのね」

 靴を見て、母さんが言う。

「うん。芹沢 椿さんって言う、俺の1個下の女の子と一緒」
「でしょうね。椿ちゃん家にいなかったから」
「……え、何それ。母さん椿さん知ってんの?」

 リビングに向かいながら俺がそう問いかけると、あんたこそ知らなかったの、みたいな顔をされる。そ、そう言われると俺がすごい鈍感みたいじゃないか!

「椿ちゃんの家行ってきたんだから。お母さんと仲いいのよ、私」
「そ、そんなの知らないって!」
「ほんと無関心ね、流風」

 ということは傘はそこで借りたんだ。
 見てないならテレビ消しなさい、と言われて素直に従う。暇だったからつけてただけだし。
 母さんと向かい合うように座って、俺がテーブルにだれていると母さんが笑った。

「何よ、複雑そうな顔して」
「ん、……んー……、エンジさんと椿さんって、トモダチ以上コイビト未満なんだって」
「ただの先輩後輩でもないでしょうからね」
「そんなのってアリなのかなと思って、さ……。俺がガキなだけなのかなぁ」
「そうよ」

 あっさり母さんが切るので俺は軽くずっこけてしまう。そんな簡単に切らなくても!

「んなあっさり言うなよ! 俺だって多少はいろんなこと考えてる!」
「深春と幼馴染脱却できないくせに?」
「ハルはそんなんじゃないっ! な、なんだよいきなりハルとか持ち出して!!」

 本当にハルはそんなんじゃない! 幼馴染だしほっとけないくらい抜けてるけど本当にそんなんじゃない! 高校生の息子相手にそういうの持ち出すなよ、非行に走るぞ!!

「羨ましいの? エンジ君が」
「え、いや、そーゆーんじゃ、ないと思う」

 まだ俺は部活とかの方が好きだし、他の子、って言ってもハルが放っておけなさすぎてそんな余裕ないし。でも何か複雑だ。どうしてだろう。

「なら、嫉妬かもね。椿ちゃんに」
「………は!? な、何で俺がっ、椿さんに!!」
「エンジ君、ずっとあんたの兄貴役やってくれてたから。お兄ちゃん取られて寂しいんでしょ」

 そう改めて第三者に言われると、何か、否定しきれないかも。
 エンジさんはずっと俺の兄貴みたいなのをやってくれてて、勉強も教えてくれるし、面倒見だっていいし。妹がいるから慣れてると言われて、俺はずっと素直に甘えてきた。俺は一人っ子だからそれは嬉しかったし、ずっと楽しかったし。だからこの状況、自分で思ってる以上に、意識してないところで俺自身、複雑に感じてるのかもしれない。
 
「……図星?」
「るさいっ! そんなんじゃねぇよ!!」
「あんたほんっとーに父親似なんだから。隠し事下手すぎ」
「似てない!! ああもう、いろいろ余計なんだよ母さんは!!」
 
 ちょっと余計なこと言わないで黙っててくれればこの上なくいい母親だと思うんだけど。
 父さんと比べればずっと母さんの方がいいとは思うけど、でも単体でこうして話し合っていると、ちょくちょく嫌なオーラが出ていたりする。これもこれで複雑だ。

「あ、部屋にいるのよね、エンジ君と椿ちゃん」
「うん、そうだけど」
「ちゃんとドア開いてる? 何かあったら慎吾死ぬかもしれないから」
「は? ドアで何かって、……………っ、母さん!!! ふざけんな怒るぞ!?」
「もう怒ってるじゃない。ま、エンジ君はそんな短絡的な子じゃないと思うし、万一慎吾が死んだとしても他殺なら保険金下りることだし」

 こんなことをさらりと笑顔で言えてしまう母さんは、今俺が知る限りでは最強の人間だ。こんな家に三年間も住まわせて本当にエンジさんには申し訳ないんだけど今はできるだけ早く部屋を出てきて爽やかに笑って欲しいと思う。
 じゃなきゃ俺が居たたまれない、マジで。
 困った時に頼りになるテレビをつけて、別に面白くないニュース番組を眺めながら、早くエンジさんたち出て来ないかなあ、なんてぼんやり待つのだった。



2007.11.01(Thu) | 未来話 | cm(0) | tb(0) |

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