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軽石へちま

Author:軽石へちま
基本自キャラで凄まじく妄想してみる。
隠れ家なのでBLとか黒とか暗とか主。
キャラ崩壊必至。何とも思わないけども。
妄想についてこれる人だけどうぞ。

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死にゆく僕等に最後の痛みを 4



「え、え、ぇ、えと、そんな、絶対ダメだよっ」

 昼休み、視界の端っこで奈央が真っ赤になって何か友達に訴えかけている。
 昔ならばいじめられてるんじゃないかと勘ぐっただろうが、この奈央は至って普通の女子高生だ。特別に卑屈なわけでもなく、俺より劣っているところがあってもそれはそれで仕方ないもので、気にしすぎるポイントではないとわかっている。だから単に、何か友達にからかわれたとか、その程度のことなのだろう。
 弁当をつつきながら、横目で廊下の奈央を見ていた。俺と一緒に昼食を取っていた瀬川が俺のその行動に気づいて、顔を俺の視界に割り込ませる。

「やっぱり奈央なら何でもいーの?」
「黙らないならもう一度死なせてやるぞ、お前」
「いいよ。知りたいし、俺。どうせもう死んでるし、一度死のうが二度死のうが大差ない」

 菓子パンを頬張りながら言う瀬川の口調は、決して軽いものではない。
 その真面目な口調が、視線が、俺を追い詰めようとしている。
 妹なら何でもいいのかと。奈央なら何だっていいのかと。あんなことにならなくても、いつかは手を出したのかと。

「……っ、違う、俺は、」
「違う? ただのシスコンってこと? ――どんな奈央だって、奈央は奈央なのに? 卑屈で、内気で、お前にすげー甘い、そんな奈央はガキの時のお前が作ったようなもんなのに。そんなの奈央が可哀想だ」

 ――俺が作った奈央。
 俺がそうさせた。俺がそうさせなければ、奈央はこんな風に、普通に友達と接して、俺をお兄ちゃんと呼んで、普通に生活して、普通に誰かに恋をして、そういう風に生きていったのに。
 わかる。それもわかる。でもそれは結果論にすぎない。俺たちはああなる運命だった、とまでは言わないが、それでも二人で生きていかなきゃいけない環境にはあったはずだ。俺は奈央に甘くならなければならなかったし、奈央だってそうだった。
 弁当を食べ終わらないで片付け、席を立つ。どこ行くの、と瀬川の声。

「お前と話してたら気分悪くなった。屋上でも行く」
「へえ。今外出たら、もっと気分悪くなると思うけど?」

 瀬川の発言はスルーして、後ろのドアから教室を出る。隣のクラスの奈央は、うちの教室の前のドアの近くで何か話しているらしい。
 奈央は気づいていなかったようなのでそのまま通りすぎようとしたが、

「絶対瀬川も奈央のこと好きだってー!! 告白しないとすぐ夏休みだって終わっちゃうんだから!」
「そうそう、それですぐ三年になって受験、ってなるんだよ? 瀬川、あれで結構成績いいから地方の大学狙ってたりしてっ」
「え、あ、それはやだっ」

 焦る奈央の声。
 瀬川に、いなくなってほしくない、と言う、奈央の声。
 ああ、もう、この心臓が既に鼓動を失っているのなら、今すぐ俺の意識をここではないどこかへ。

「瀬川って奈央には特別優しいし! ていうか奈央可愛いとか公言してるしっ」
「か、可愛くないのにぃ……」
「傍から見たら何で付き合ってないのかおかしいくらいだって! 向こうから来ないならこっちから行くのみだよ奈央!!」
「う、でもっ、……あ、」

 奈央の瞳が、俺を見る。
 俺はどんな顔をしているんだろう。どんな表情をして立っていたらいいのかわからない。どうすれば普通の兄として反応したことになるんだろう。
 ――最初から、ダメだったんだ。奈央が普通の妹でも、俺は違う。俺は最初から、どんな奈央でも手元に置いておきたかったんだ。

「お、お兄ちゃん、聞いてた!? あ、あのっ、言わないで、瀬川くんには絶対、言わないでね!!」
「……別に、言うようなことじゃないし」
「ほんと!? 信じるからね、絶対だよ!!」 

 言うようなことじゃない。だってあいつは、――知ってたから、忠告した。
 この奈央が自分に好意を持っていること、を、知っていて、俺に廊下に出るなと言った。
 言っただろ、と瀬川の声が頭に響いてくるようだった。痛い、痛い、痛い、奈央を失うことが、痛い。



「結局お前は奈央のカタチをしているものなら何だっていいんだろ」
「……お前はどうだって言うんだよ」
「俺は理央とは違う」

 夕暮れの迫る通学路で、瀬川は静かに言った。 
 俺は立ち止まる。俺が後ろで止まったことに気づいたのか、俺より少し前で瀬川も自転車を止めた。

「……どう違う。お前だって同じだろ」
「同じじゃない。俺はお前みたいに、奈央ならいいとか奈央のカタチしてるから、声してるからとかじゃない。どんな奈央でも全部好きだ」

 瀬川がゆっくり振り返る。見える、勝ち誇ったようなその顔。
 一度だって俺にはそんな顔、見せたことなかったのに。
 つまりそういうことかよ。奈央のこと、今まで俺が独占してたから、環境が変わって自分が俄然有利になったら態度変えようって、そういうことか。

「奈央があの奈央と違う道を歩いたかもしれないってことは、俺にも、理央にも、全然違う道があったかもしれないってことなんだ。――所詮は全部IFだけどな。俺もお前も、どの世界にもいなくて、それでもただ夢を見てる。こうだったらいい、こうだったら、もっと幸せだったかもしれないのにって」
「……どの世界にもいないのに、夢なんか見られないだろ」
「そうだよな。……不思議だ」

 それから瀬川は、何かを諦めるみたいにため息をついた。

「それでも俺は、可能性のたくさんある奈央を好きでいられるよ。お前みたいに、今までの奈央に固執したりしない」

 強い声だった。俺を見下すような、蔑むような、力強い、声。

「俺さ、奈央に告白されると思わない? あの感じから言ってさ。そうだよな、俺このままだと地方大受験しちゃうし。二人で思い出作るなら高二の夏だよな」

 にっと笑って見せて、じゃあお先、と瀬川は再び自転車に跨った。
 遠ざかるその背を見ながら、俺は絶望して膝を折る。
 ――だから俺は瀬川に勝てないのか。どんな可能性を秘めた奈央でも、どの道に進んだ奈央であろうと好きでいられる、そんな瀬川だから奈央は。
 俺には真似できない。だって、俺の人生はあれきりなんだ。あの二十数年の人生が全てで、そこに存在した俺が、そこに存在した瀬川が、そこに存在した奈央が俺の全てなんだ。あれ以外の奈央なんて知らない。あれだから奈央なんだ。何万、何億もの可能性や選択肢があった中で、ああなった奈央だから奈央なんじゃないか。
 俺は、そういう風にしか考えられない。あの奈央だけが、俺の中で本当の奈央。なのにどうして、姿かたち、声が奈央であるだけで固執するのか。大人しく譲ればいいのに。

「っ、……仕方ない、だろ、双子は離れちゃいけないんだよ……!!」

 この奈央はきっと知らない、幼い頃の思い出が、俺をがんじがらめに縛り付けていた。




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2008.04.28(Mon) | eternal damnation | cm(0) | tb(0) |

ケレスさんは理央の家庭教師的なノリで。



 夏を間近に控えた六月。最近は雨というよりはからからに晴れる日が多くて、流石に学ランはもう着ないけれど長袖のシャツも暑苦しいな、とよく思う。そんな六月の夕方の道を、俺は走っていた。
 受験前の最初の個人面談。俺はそう問題がなく二十分以内に終わったが、ずっと前の奴が長引いたらしく、元々伝えられていた終了予定時刻を大幅に過ぎてしまっていた。普段ならそんなハプニングも別に気にしないのだが、今日は不味い。

「っそ、面談他の日にしてもらえばよかった……っ」

 肩からずり落ちてきた鞄を掛けなおし、律儀に留めていた第二ボタンを外して走る。急いでもここからは五分くらいか。
 高三になってすぐの五月から、俺には家庭教師がついてくれている。家庭教師なんて最初は全然考えてなかったから行っても予備校かな、と思っていたのだが、俺には予備校の雰囲気は合わないような気は薄々していたから、なら独学でどうにかするっきゃないなと自分でも納得していた。そんな矢先に兄さんが紹介してくれたのがその人。兄さんがサークル(兄さんはミス研所属だ)で、弟が独学で受験勉強するらしいってことを一つ上の理学部の先輩にしたところ、その先輩が自分の友人に話を持ちかけたらしい。家庭教師なんて高そうだけど大丈夫なのか? と思って、両親に国際電話をかけたら「いいんじゃない?」なんて能天気な返答があった。両親は三ヶ月に一度くらいは帰ってくることもあって、基本的にでかい金の管理は親がしている(当然だけど)。これからは俺と兄さんへの仕送りと別に家庭教師の代金それ相応の分を上乗せして振り込むということで合意した。気持ち悪いくらいあっさりしていた。
 まあ、そんなわけで毎週二回、その先生は来てくれることになっている。俺は部活も入っていないから、もちろん予定は先生の方に合わせるわけだけど、それにしたって三十分以上の遅刻じゃ遅れすぎだ。面談の場所が職員室に近かったお陰で、見つかったら不味いと思って迂闊に携帯に触ることもできなかった。俺が家にいないなんて思ってないだろうから、きっともう待ってるな。久々に全速力で走って、最後の角を曲がって直進五十メートル程。見覚えのある色の髪をした人が、玄関の前に立っている。急いで近寄ると、……どうもただ待っているわけではなさそうだ。ものすごく嫌な予感がするのは気のせいか。

「あんたが先生なんて信じられるわけないでしょうが!!」
「学生証見せてんだろうが! いい加減その外国人差別やめろ!!」
「お生憎様! あたしも見ての通り多少外国の血が入ってるもんだから人種差別はしないのがポリシーなの。問題は人相よ、に・ん・そ・う!! あんたみたいのが閑静な住宅街でうろうろしてたら勤務中なら絶対職質かけてるわよ!」

 ……学生証と警察手帳を見せ合う謎の展開が繰り広げられている。
 ……ものすっごく近寄りがたい。何だ、この構図。

「あ!! 生意気にも圭一と同じ大学!? けどそんな学生証、いっくらでも偽造できるじゃない!」
「警察手帳だって今時いくらでも偽造できるだろうがっ」
「何ですって!? あんた国家権力に楯突くの!?」
「国家権力は警察であってお前じゃねぇだろうが! それに、そんなタテ社会にいて一応年上相手に不躾すぎるだろお前!」
「ひとつくらい年上だからっていい気にならないでよね!! その学生証が本物だったとしても、かたやモラトリアム期間真っ盛りの学生、あたしは日々身を粉にして公に尽す社会人。社会の先輩として敬われて然るべきだわ」
「偉そうに言う前に憲法の条文の勉強やり直してこい!」

 ……止めなかったらこれずっとこのままなんだろうか。いや別にもう何だって構わないけど、……でも勉強はしなきゃいけないわけだし。何よりこのままだと会話の内容が学問的な方向にシフトして、完璧に学のない姉さんにはどう考えたって不利だ。

「はい、ストップ」

 黒髪と金髪の間に割って入って会話を制止する。二人ともぎょっとした目で俺を見ているようだったが、最初に二人を見かけた俺の方がぎょっとしたっての。
 
「取りあえず、姉さん。この人ほんとに俺の先生だから。で、これから勉強なんで下らないことで邪魔しないように」

 ちょっと冷たすぎるくらいにそう言って、玄関の鍵を開けると先生を中に招き入れる。ドアを閉めるときに、恨めしそうに俺を見る姉さんとばっちり目が合った。どうするのかと思ったら姉さんは、べ、と舌を出して早足で家へ戻っていく。……まったく、とんでもなく子供だな。



 部屋に入って窓を全開にして空気を入れる。夕方の空気は少しずつ冷たくなっているから、この蒸し暑い部屋もその内涼しくなるだろう。
 
「何かすいません。遅刻した上にあんな目に遭わせちゃって」
「とんでもないのと付き合いがあるんだな」
「ずっと隣の家なんで。家事とか世話焼いてくれるんですけど、自分が警官なのと元々世話焼きすぎるところが災いしてるっていうか」
「黙ってりゃ美人なのに」
「そんなお約束、俺も兄さんも口にしたことありませんよ」

 元々俺が姉さんや奈央に家庭教師がいるなんてこと言ってなかったのが問題だったんだけど。来てもらうのはこれが三回目だからいつ言うべきなのか、言わなくてもいいのか迷ってたところは確かにある。こんなことになるなら最初から話しておいたのに。……まあ、あの調子だと最初に言っておいたところでいつか口論発生してそうな気はするな。

「姉さんうちにしょっちゅう出入りするんで、覚えといてください。姉さん、口論が続く人って好きなんですよ。あの人相手だとうちの兄さんみたくすぐ萎縮する人多くて」
「光栄なこった」
「紗央っていいます。あれでも本当に警官なんで、駅前行く時注意してください、絡まれます」
「警察が一般市民に絡んでどうすんだよ」
「さあ? けどここら辺って凶悪事件何一つないじゃないですか。警察が暇なのはいいことですよ。姉さんに絡まれると厄介ですけど」

 暑い中走ってべたついた制服のシャツを脱いで、私服のシャツに着替える。脱いだシャツは適当に畳んでベッドに放置。この辺は男同士なんだし別に気にしないだろう。
 待たせてすみません、と声をかけてから椅子に座る。

「今日どこからですか?」
「先週の続きだろ」
「続きちょっと解いたんで採点してもらえますか」

 渡した化学の問題集を眺める先生、をじっと見る。
 俺も背はかなりある方だと思ってたけど、根本的に人種が違うから先生はもっと高い。ていうか足が長い。それに、四分の一外国人の姉さんや奈央とも違う、くすんだような金髪。

「……何だ」
「いえ、見慣れるにはもうちょっとかかるな、と思っただけです」
「は?」

 しかし慣れる日も近いだろう。 
 うちがまた少し賑やかになりそうだ、と思った。




2008.04.26(Sat) | ご近所物語 | cm(0) | tb(0) |

安藤さんちと鈴城さんち。


 ふわりと漂う味噌の香り。鼻腔にいっぱい吸い込んで、俺はリビングに顔を出す。キッチンにはセーラー服の上にピンクのエプロンを纏った奈央の姿があった。

「おはよう、理央くん」
「おはよう。毎朝悪いな」
「いいんだよ。あたしもお姉ちゃんも料理好きだし、ね?」

 今日の朝は幸せな方の朝だった。起きてすぐに階下に奈央がいるのには心底ほっとする。ぱっと見は日本人とそんなに変わらないが、透き通るように白い肌、色素の薄い栗毛。奈央はほんの少しだけ外国の血が入っている、クォーターだった。まあ、顔立ちは外人ぽくないし、同い年としては日本人の中でも童顔すぎるくらいの部類に入ると思うけど。ちなみに、姉が大人びた顔をしているからなのか、本人は童顔と言われるのをものすごく嫌がる。だからあまり言わない。
 奈央は姉と交代でうちで味噌汁とおかずを作ってくれている。細かいおかずを自宅で作って持ってくるのも交代だ。いつのまにかこんな習慣ができてしまっていて、申し訳ないと思いつつも俺はありがたいのですんなりと受け入れている。

「圭一さんは? まだ寝てるのかな」
「さあ? 昨日遅くまでDSで美文字トレーニングしてたな、そういえば」
「へ? 圭一さんって大学で英語やってるんじゃなかったっけ。なのに漢字の練習?」
「ゲームなら他にあるだろ、と思うけどな。まあ、俺が言うのも何だけど、兄さんの字はまだまだ改善の余地がある」

 高校の制服である学ランの姿のまま俺がいつもの席に着くと、すかさず奈央は俺の目の前にコーヒーを出す。お砂糖一個入ってるからね、と笑顔で付け加えてくれる。いつも兄さんの座る、俺の隣の椅子には今日の朝刊がもう用意してある。奈央の姉が簡単には許さないだろうが、こういうことを毎日てきぱきやってくれる奈央は将来いいお嫁さんという奴になるんだろうな、とよく思う。

「今日はね、お姉ちゃんが煮物持って来てくれるよ。昨日下ごしらえしてたからよく染みてると思う」
「毎日毎日よく違うもの作れるよな、お前ら」
「日常のマンネリ化は食事から始まるのよ! ってお姉ちゃん言ってたよ」
「なるほどな。一理あるかも」
「えへへ、だよねっ」

 何より、奈央の姉の言いそうな話だ。そんなことを思いながら、コーヒーを片手に新聞の一面を眺める。まあ、まだ高校生でそもそも理系の俺には一面に経済の話だとかが載っていてもよく分からない。いつもちゃんと見るのなんて天気予報程度だ。続いて地域面くらいは見ようかと紙をめくると、上から階段をゆっくり下りてくる足音が聞こえ、その音がリビングに近づいたところで、ちょうど玄関のドアが開く音。ちなみに、玄関の直線上にあるのが階段なので、多少距離はあれど階段と玄関にいれば鉢合わせというか、綺麗に真正面で顔を合わせる形となる。

「圭一ッ!! またあんた寝坊!?」
「いや、寝坊でなく下りてくるのが少し遅いだけで」
「同じようなもんでしょうが!!」
「起きてたし」
「言い訳無用! あたしの可愛い妹がこんな家でアホ兄弟に虐げられて料理させられてるっていうのにあんたらは申し訳なさの片鱗も感じないってわけ!?」
「申し訳ないと思ってるから数年前から別にいいのにって丁重にそれとなく断り続けてるんですけど」
「人の行為を無碍にしようっての!?」

 お姉ちゃん来たね、と奈央が小声で俺に言い、苦笑する。ほんと、騒々しい人だ。兄さんのこと悪く言うのはいいけど俺まで巻き込むのはやめてくれ。俺だって申し訳ないとは思ってる。新聞を畳んで床に置き、コーヒーに口を付ける。毎日のように繰り返されるこのやりとりは、大体兄さんの発言で終わる。

「なんかもう毎日面倒だな……。まあいいや、おはよう紗央さん」
「あ、う、うん。おはよ、圭一」

 それまでどんなやり取りを繰り広げていても、開き直って普通に挨拶されてしまうとこの人は弱いらしかった。真っ黒で腰までの長い髪に、奈央と同じ透き通るような白い肌、それに、奈央とは全然違う青い瞳。それが奈央の姉、紗央の姿。




 いただきます、と全員が手を合わせて食事が始まる。
 俺の右隣に、兄さんの圭一。今十九歳で大学二年くらい、だったと思う。何故かそれなりに有名な大学の文学部に進んでいて、専門にしてるのは英語とか聞いたけど、あんまり干渉しないから実際何やってんのかはよくわからない。俺もわかんないところあったって質問なんかしないし。
 で、俺の目の前にいるのが幼馴染の奈央。今高三。姉と一緒でクォーターで、よくよく見れば確かに日本人っぽくない感じはする。学校では合唱部で、それなりに歌はうまい。けどびっくりするくらい勉強はできないという典型的なタイプ。試験勉強中なんかにそういうネタでからかうと、どこで聞きつけてきたのか奈央の姉が「勉強なんかできなくたって可愛くて料理できたら十分じゃない! 何、不満!?」とブチ切れてきたりする。奈央よりもこっちの方が断然厄介だ。
 奈央の隣、兄さんの目の前に姉さん(って俺は呼んでる)の紗央。年の差はたった二つなんだし、ガキの時から知ってるんだから呼び捨てだって構わないだろうと俺は思うけど、姉さんは馬鹿がつくくらい真面目で年功序列とか重んじてそうだし、何よりも俺の兄さんが姉さんを「紗央さん」なんて呼ぶもんだから弟の俺が呼び捨てにするわけにもいかないって話で。姉さんは兄さんと同い年で、高卒で就職している。公務員と言えば聞こえはいいけど、職種は警官だ。何ともハードな仕事だと思う。馬鹿がつくほど真面目な上に、馬鹿がつくほどシスコンで、馬鹿と呼ばなきゃならないほど頭の方も弱い。ここは姉妹で似過ぎている。とか言うと殺されかねないので絶対言わないが。

「あ、圭一。今日帰り何時ー? 夕飯食べるなら適当に見繕って買ってきてほしいんだけど」
「ん、分かった」
「あたし今日遅いから作るの奈央なんだからね! 本当に適当なもん買ってきたらただじゃおかないわよ」
「ここ数年でそんなもの一度も買ってきたことないんですけど」
「念押しよ!!」

 ひじきの煮物をつまみながら兄さんと姉さんのやりとりを聞く。傍から聞いてる分には夫婦みたいなもんだが、そんなの冗談じゃない。あのやかましい姉さんが家族になってみろ、俺と兄さんに人権はなくなってしまう。

「圭一さんとお姉ちゃん今日も仲良しそうでいいね」

 毎朝毎朝それが言える奈央も毎日能天気さに磨きがかかって良いと思う(棒読み)。
 なんでこうも毎朝この姉妹がうちに料理を作りにくるのかというと、それは単純明快、男は料理ができない(と姉さんが思い込んでいる)からだ。すべてに馬鹿がつくほど真面目でシスコンで普通の馬鹿で、その上頑固で頭ん中ステレオタイプときた。奈央はかなり抜けているので姉にそう言われたら隣の家の兄弟はいつか飢えて死ぬとでも思ったんだろう。姉さんも奈央も料理だけじゃなく洗濯とか掃除までしてくれる。だが俺たち兄弟の名誉にかけて言わせてもらうと、俺も兄さんも料理できないわけじゃないし掃除も洗濯も人並みにできる。できるからこそ兄さんは随分前から「別にやってくれなくてもいい」という意味の言葉をオブラートに包んで姉さんに言っているわけだけど、姉さんも奈央も俺たちに料理を振舞うことで自分たちのレパートリーを増やしている部分があるようで、そうなるとあまり強く言えない。俺たちが作るより断然美味いのは事実だし。

「理央くんは今日帰り遅い?」
「まだ分かんないけど、図書室でも寄るかもな。問題集とか目通したいし」
「あ、そうなんだ……。うう、どうしようかなあ」
「無理に待ってなくても。お前図書室苦手だろ」
「ほ、本とか好きなんだよ!! ほんとだよ!!」
「いい加減ピーターラビットの絵本は卒業しろよ」
「ううう、理央くん酷い……。名作なのに……」

 名作云々は関係ない。好きでいる分には構わないが、あの絵本レベルの文字数しか受け付けないというのが問題だというのに。……とか言ってると、来た来た、姉さんの痛い視線。
 白米と味噌汁をかきこんで、早々と席を立つ。食べるのが遅い奈央はびっくりしたみたいに俺を見た。

「ちょっと理央、奈央のことくらい待ってなさいよ」
「無理。俺のクラス早朝学習あるから」
「え、う、嘘! あたしそんなの聞いたことないよ、理央くんっ」

 嘘だ。うちの学校にそんな高尚なものはない。
 でも俺は大抵奈央を置いて、少し早く家を出る。

「邪魔しちゃ悪いと思ってんだろうなあ、あいつ」

 兄さんがそう呟く声が聞こえた。続いてあたふたしたような奈央の声。
 ったく、マセガキなんだから。という姉さんの声もする。うっさい、ほっとけ。
 ――まあ、けどつまりは、そういうことだ。



2008.04.24(Thu) | ご近所物語 | cm(0) | tb(0) |

あの青い薔薇は今日も咲く 7


 それから、彼女は学校へ来ることをも控えるようになったようだった。当然か、とも思う。それとは対照的に、あんな写真が出回っても普通に登校できる自分の神経はどうなっているのだろう。キャンパスを歩けば学生がいろんな期待を込めたような視線でケレスを見たが、キャンパスにいる学生など九割以上が見知らぬ人間だ。そんな人間達に振り回されるほど繊細な人間ではないし、サークルやら学科内ではケレスを英雄と茶化して笑い話にしてくれる人間もいる。もちろん、男女問わず敵視してくれるような何ともありがたい人間も存在はするけれど。
 大きく動いた気がする一年がようやく終わろうとしていた十二月のことだった。クリスマスイヴを三日後に控え、年内の講義は最後となるその日、講義の終わった後帰宅するためにキャンパスをひとりで歩いていた時のこと。

「…………」

 中に何も入ってなさそうなくらい薄いバッグを軽そうに肩に掛けた、それは陸の姿だった。もう半年以上姿を見ることのなかった陸。その陸が学校に来ていたからと言って、特別修羅場を想像することはなく、しかし特に声をかけようと思うでもなくケレスは黙って歩を進めた。

「ケレスー!!」

 少し高めの声。もちろんそれは、ケレスに気づいたらしい陸の声だった。
 顔を上げてそちらを見ると、少し離れたところで陸が嬉しそうに大きく手を振っていた。

「もうちょっと待ってろよー!」

 にっと笑って右手で銃の形をつくり、ばぁん、とケレスに向かって撃つ素振りをして陸は去っていった。まるで子供だ。
 ――千鶴について、恐ろしいくらい何の言及もなかった。
 彼はそういう人間だと思っていたし、実際にそうなのだろう。あんな写真が堂々と出回って、陸だってそれを知らないはずはないだろうにこうして学校に来ている。
 もうちょっと、ということは、もうちょっとすれば陸はやってくるのだろう。




 学校には出てこないくせに、千鶴は仕事はきっちりこなしているらしかった。もちろんいろいろ問い詰められたりはするのだろうが、友達です、と言い張っている。実際のところ千鶴とケレスは単なる先輩後輩の間柄で、千鶴には陸という存在があるのだから間違いではない。ただ、今は少し疎遠なだけで。
 学校に出ず、仕事をしているくせに、暇になれば彼女はケレスの部屋を訪れた。ケレスが大学の構内で陸に出会ったその日も、夜中に彼女はやってきた。
 中から鍵を開けてやって、玄関に入ってきた千鶴に、今日陸に会った、とひとこと言ってやろうと思ったが、先に千鶴が口を開いたのでそっちを先に聞くことにする。

「明日も仕事で朝早いから、今日はすぐ帰るの」
「なら寄ってないで早く帰りゃいいだろ」
「私が顔出さないと不安かなぁ、と思って」
「寝言は寝て言えよ」

 照れなくていいのにー、と千鶴は茶化して笑い、それから、こほん、と小さく咳払いをした。

「三日後は暇ですかっ」
「あ? ……あー、バイト入ってたな」
「……え、何それ、イヴに引っ越しする可哀想な人がいるってこと?」
「大家族の引っ越しだそうだ」
「あ、なんだ、てっきり恋人のいないさみしーい人が腹いせに引っ越しするのかと」

 それじゃあ夜は暇? 千鶴は続けてそう問う。
 朝から始める仕事だから、夜遅くまではかからないだろうと思う。……が。

「お前の方が忙しいんじゃないのか」
「え? あ、夜には仕事終わるから平気」
「……つっても、出掛ける気はないぞ」

 彼女はきっとそれを期待しているのだろう。
 おそらくは去年まで陸とそうして過ごしていたように、夜景を見ながら高いものを食べて、ツリーを見て。そんな人ごみに出掛ける気は少しもない。ただでさえ肉体労働をしたあとのことだ。彼女からブーイングが来るかと思いきや、意外にも彼女は笑顔だった。
 すこし、困ったような笑顔だった。

「いいの、それで。ここでゆっくりできたら、それでいいの。料理くらいは作らせてね」
「……何か悪いもんでも食ったのか、お前」
「何それひどーい! ……でも、いいんだ。そう言われても仕方ないもんね。私だってびっくりしてる」

 今までに比べてなんとなく彼女はしおらしく、いやに謙虚だ。
 ケレスをあの人ごみの中買い物に連れ出した彼女はどこに行ったのかと思えてしまうほど、今日の彼女はいつもと違う気がした。
 じゃあまた連絡するから、と言い残して彼女がドアを開ける。送る、とケレスが申し出ると、やっぱり謙虚に彼女は首を振った。

「あのね」

 部屋を出る直前、ぽつりと彼女が漏らす。

「クリスマスに自分から誘うなんて、初めてなの。断られたらどうしよう、って緊張しちゃった」

 だってケレス君からなんて絶対誘ってくれないでしょう? 彼女は笑う。
 その顔がほんの少し紅潮して見えるのは、寒さのせいなのかその緊張のせいなのか。
 最初にこの部屋に来た時の性格の悪い表情からは比べ物にならないくらい、今の彼女は子供っぽい。何事だよ、と思いながらも、じっと見上げてくる千鶴の唇に触れるだけのキスをしてやる。

「……普通のキスって初めてかもね、ケレス君」
「人を変態みたいに言うな」

 えへへ、と笑って唇までマフラーで覆うと、今度こそ彼女は出て行った。かつかつとブーツのヒールの音が徐々に遠くなっていく。
 ――今日、陸に会った。
 たったそれだけの言葉は、伝えるタイミングを失ってしまった。




『え、忘年会?』

 その三日後、夜に彼女と会う約束をした当日。引っ越し作業の仕事は終わったものの、時期も時期だし独り者の集団で忘年会に行こうという流れになっていた。ケレスは独り者と断定するにも恋人がいるとするにも疑問符がつく。彼女との約束があるのはわかっていたが、先輩がどうやら失恋直後らしく自棄になっているのか自分は約束があるんで、などと抜けられる雰囲気ではなかったのだ。
 その旨を電話で千鶴に告げると、そっか、とわりとあっさりした返答が返ってきた。

『まだ仕事の、その、事務所にいるの?』
「あ? ああ」
『どれくらいで出発?』
「さあ。気分次第だろ」
『そうなんだ。じゃあ今から急いで行くからそれまで待ってて。すぐ終わるから』

 それきり通話は切れ、それから三十分弱。もう日も暮れた頃に、本当に彼女は現れたのだ。例の車で乗り付けた彼女は、大き目の紙袋を手に車から降りた。

「間に合ったんだ、よかった」
「普通わざわざ来るか? しかも仕事だったんだろ」
「私いつも出来がいいから早めに終わったんですー。じゃあ邪魔にならないうちに、はい、これ」

 彼女は白いコートに身を固めて、手にしていた紙袋をずいっとケレスに差し出した。黙って受け取ってみると、それは結構な重量がある。隙間から中を覗いてみると、どうやら衣類のようだった。

「コート、似合いそうなの見つけたから。クリスマスプレゼント。それだけだから」

 忘年会行ってらっしゃい、と笑顔で告げると、彼女は足早に車へと戻る。
 それがこの間見た困ったような笑顔のように見えて、ケレスは紙袋を持ったまま彼女の後を追って、素早く助手席に乗り込んだ。

「こんなもん貰っても、俺は何も用意してない」

 そんな考え自体少しもなかった。
 今、陸と疎遠な状態にある千鶴に、だから返す、とも言えなかったのだが。
 千鶴は何を期待していたのか。光るアクセサリーのひとつでも与えればよかったのか。
 千鶴の反応は、違うものだった。

「……いいの。何もいらないの」
「何をするにしても完璧で、他人から見て一番綺麗な自分が好きなのにか。崩れてるぞ、お前」
「……そうなの、わかんないんだけど、崩れてるの」

 ハンドルに手をかけて、また困ったように千鶴は笑った。

「去年まではね、ホテルの最上階のレストランで、陸君と一緒にフレンチを食べて、私は手編みのセーターをあげて、陸君はネックレスをくれて、それから夜景の見えるバーに行って、帰りは綺麗なツリーの前でキスするの。それが一番綺麗で、一番望ましい形で、それが一番いいんだと思ってた。……でも、何でだろう。今は違うの。これでいい、って思えるの。ケレス君は私が何かあげるとしても、何か用意してくれるような人じゃないってわかってるのに、これでいい、って。それに、ケレス君には手編みのセーターなんてあげようと思えなかった。何でだろう、最近おかしいみたい。……どうしよう」

 ハンドルを握る手の力は強まったようだ。
 何なんだろうね、と軽く言ってみせる彼女の表情は、困ったようなものから泣きそうなものへと変わっていく。
 彼女の「どうしよう」が何度も響いていた。どうしよう、というのは、一体何を?
 彼女に言わなければいけない言葉を思い出して、ケレスは思案する。
 言った方がいいだろうし、言うべきなのだろう。けれど、これを言ったら彼女はつい先日の、雑誌に写真が載ってしまったあの時のように壊れてしまうかもしれない。
 ――そんな状態を好ましいと思ってしまうのも事実だ。

「……この前、大学で陸に会った」

 千鶴の目が見開かれた。

「……もうちょっと待ってろ、って言ってた」

 もうちょっと待ってろということ、もうちょっとで戻ってくるということ。

「あ、……ぁ、ど、しよう、……どうしよう、私、どうしよう……!!」

 もう飽きるほど見た彼女の泣き顔がまたすぐ近くにある。どうしよう、と何度も何度も呟いて、見開いた目からぼろぼろと大粒の涙を零していた。
 もう十分追い詰められているのに、不安定になった彼女を見ると、どうしてももう一押ししてしまいたくなる。警鐘さえ鳴らない。気分は高まるのに、いやに冷たい声で彼女に告げる。

「……よかったな、思惑通りに事が進んで」

 陸のあの動じた様子のない声。態度。
 千鶴の計画したようには進んでいないことを知っていた。
 それでも、そんなことを知るわけもない千鶴を更に追い詰めるには十分すぎる。
 痛いくらいの泣き声が、路傍に停められた車内に響いていた。



2008.04.20(Sun) | Title | cm(0) | tb(0) |

15――snow



 対岸は雪、だった。雪、とは言ってもルカもシンゴも実際に見るのは初めてだ。ルカたちが元いた国は温暖な気候で、寒暑の差もあまりない。だから、雪も砂漠も教科書的な意味で知っているだけで、実際にこうして目の当たりにすると何だか不思議なものだった。

「ゆき、って、ほんとに冷たいんスね」
 
 そう言うシンゴの手のひらに、雪がひとひら舞って、すうっと消えていった。今は夜明けなのに暗く、そして曇った空からちらちらと舞っている程度だが、地面には壁のように左右に降り積もっている。中央だけが、人が二人並んで通れるくらいの幅で踏み固められているのだ。普段の降雪量はこんなものではないのだろう。足元で薄く積もったばかりの雪を、ルカは軽く手にとって握ってみる。綿のようにやわらかな雪は、手のひらの上で静かに融けた。

「……こんなに積もってると感動が薄いな」
「そうですね。……俺たちの、あの国なんかに降ったら、きっと綺麗なんでしょうけど」

 まだ鮮明に蘇る、王国の景色。白く美しい城に、華やかな城下の町。そこから少し離れれば緑も豊かで、花畑なんかもざらにある。そんな場所に雪が降って薄く積もれば、きっともっとずっと美しい。――彼女も、喜ぶだろうと思う。
 そんなことを考えていると、シンゴがじっとこちらを見ていることに気づいた。目が合えばシンゴは意味深に笑ってみせる。

「ルカさんが考えてること大体分かりました」
「るさいっ、いいだろ別に何考えたって!」
「いいですよー? 大いに結構です」
「何だよその言い方っ」

 何でお前が上目線なんだ。ルカはむっとしてシンゴを見たが、シンゴは楽しそうに笑ったままだったので、何となくそれ以上怒る気を殺がれてしまった。

「……もういいっ、行くぞ、シンゴ」

 少なすぎるくらいの荷物を肩に掛けなおし、シンゴに先立って足を踏み出す。足の裏に感じるさくさくした感触にはまだ慣れなくて、新しい気分がした。




 通る道の左右にそびえる雪の壁。見上げるにはあまりにも高くて、いつか崩れてきそうだと思えるその壁の間を、ルカとシンゴは歩いていた。降る雪の勢いは衰えることなく、寧ろ岸に着いた直後よりずっと強くなっているように感じる。
 目深にかぶったはずのフードの上にも雪が降り積もって、逐一落とさなければならなかった。

「流石、冬の大神の治める国だな」

 ゆっくり、足場を確かめるように歩きながら言うと、隣を歩くシンゴは耳慣れない単語に首をかしげているようだった。

「教えたことなかったか? 冬の大神と春の女神の話」
「あ、砂漠でルカさんが読んでた本の」
「そう」

 七夕のあの日にヒサに借りた本。そこに載っていた、冬の大神と春の女神の逸話。言い回しは難解だったが、つまりは悲恋の物語で、あれはこの土地の古くから伝わる民話のような神話なのだという。この降り続く雪は、心を壊された冬の大神の暴走なのだそうだ。

「冬の大神が夏と秋の神を喰っちまって、春の女神の暖かさも忘れたとかで一年中冬の続く地域なんだと。ここらで一番有力な一族にはその神の振るった剣が伝わってて、しかも神の末裔らしい。おめでたい設定だな」
「神の末裔に伝家の宝刀ですか。あ、ここで一番有力ってことは、例のトンデモ権力者ってことなんですかね」
「多分な」

 砂漠のケレスとヒサを捕らえることに執着しているというここの権力者。残虐な刑を好み、まだまだ若いらしい。そんな人間の治める国に足を踏み入れてしまったのだ。とは言ってもあくまでもここは通過点に過ぎないし、国に帰るためのヒントさえ掴めればどこの国だろうととっとと出て行くつもりだ。
 フードの雪を落としながら更に足を進める。踏み固めてある部分の道を歩いているのに、上から新しく雪が降り積もるおかげで歩きにくさに拍車がかかった。この特殊な気候を神話だか民話だかに無理矢理結びつけるなんてよくできたものだと思う。この話を持ち出して、新参者の花屋が国を治めるまでに至ったのだから、こんな昔話ひとつでも何に繋がっていくかわからない。

「……つーか、カッコイイ昔話はそれはそれで結構ですけど、このまま歩き続けてたら確実に死にますよね、俺ら」

 嫌な予感を振り払うようにシンゴは割と明るく言ったようだが、それが最も深刻な問題だ。冬の大神の失恋だか悲恋だかなんだかなど、今のルカとシンゴは知ったこっちゃない。神々がどうであろうと、今とんでもない量の雪が降っていることだけが事実だ。本当にこれが止まずに降り続いたなら、シンゴの言うように行き倒れというのも否定できない。

「せめて村くらい見つけられればどうにかなりそうなんだけどな」

 それに、岸を離れてまだそう時間が経っているわけではない。ルカたちが渡ってきたのはあれだけの大河だ。大河の沿岸地域というのは、それを足がかりに文明が発達しやすい。河を利用する人間はそう少なくないはずだから、小さな村どころか大きな町が近くにあっても不思議ではないはずなのだ。

「……とにかく歩くぞ。倒れるまでにどっかに着かないとな」
「だいじょーぶっスよ、いざとなったら俺がルカさん担いで歩きます!」
「だぁから! 担ぐのやめろっつってるだろ!!」
「じゃあ抱えます!」
「それもやめろ!」

 声を荒げはするものの、こうして喋っていることが出来る分にはまだ余裕があるということだ。周囲が白すぎて吐く息の色もわからない。歩けば歩くほどに雪はその一片ひとひらがだんだんと大きくなり、次いで冷たい向かい風が強く吹くようになると、隣を歩いていたシンゴは「俺が先歩きますよー」とルカを庇うように進んで前に出た。
 体力がどうのという前に、これじゃあ八方塞だ。少し前までは壁が威圧感をあれだけ放っていたというのに、今ではどこに壁があるのか確かめるのも難しい。元々狭い道なのだから少し右か左に寄れば壁に当たるのだろうが、そうとわかっていても白い景色に飲み込まれてしまいそうで、ルカはただ前を歩くシンゴの足を追う外なかった。
 歩き始めてどれくらいの時間が経ったのか、会話をしなくなってどれだけの時間が経ったのか、物語では大体そういう場合、大した時間は経っていないことが多いがルカにとってはとてつもなく長い時間に感じられる。シンゴに声でもかけてみようか、口を開きかけた時、「どわっ」とシンゴの間抜けな声と一緒に「うわっ」とシンゴではない誰かの声が一緒に聞こえた。間抜けな声をあげたシンゴは後ろ向きに転び、シンゴの真後ろを律儀に歩いていたルカは当然のようにその巻き添えを食って雪の上にしりもちをついた。

「珍しいな、この辺に人がいるなんて。近々晴れるかもなあ」

 背中を押してシンゴを立ち上がらせ、ルカも立ち上がると、そんな低い声が降ってきた。シンゴの肩越しに薄く見える影。
 ルカさん、とシンゴの小さな声が聞こえる。シンゴの手が何かを探している、と思うと、その目的のものはルカの手だったらしい。雪のおかげですっかり冷えたルカの手を、シンゴは後手でぐっと握る。

「行くところないなら寄っていけ。ずっとそこにいたら死ぬぞ? ああ、前見えないか。でも俺の姿くらいは見えるよな」

 声だけを落としていく影は、そう言って少し小さくなった。遠ざかった? これを見失えばどうなるか分からないほど浅はかではない。それはシンゴも同じだろう。シンゴはルカの手を握ったまま、どうするべきか悩んでいるようだった。
 普通ならここで立ち往生するわけにいかないのだから迷わずに着いていくのだろうが、砂漠での経験が二の足を踏ませる。結果的に砂漠で無事に過ごせはしたが、あれはあの二人を助けたという何とも頼りない肩書きが与えてくれたもので、あの二人に遭遇したことそのものは不幸という二文字以外では語れない。
 確かに恐ろしかった。大事な物をもっと失うところだった。今の影もそんな存在だったなら、どうしたらいいのだろう。服の上から首に下げた時計を握る。
 迷っている暇があるのか。今は生きるか死ぬかどちらかを選べ。この先に悪意が待つのなら、その場所に着いてから考えればいい。

「……行くぞ、シンゴ。見失うと本当に死ぬ」
「っ、でも、またあいつらみたいなのだったら、」

 またあいつらみたいなのだったら。
 その時は、この腰の剣を抜くまでなのだろう。
 目的がある。帰る。あのとんでもない灼熱の砂漠を、このとんでもない極寒の雪景色を、彼女に話して聞かせてやりたいと思うから。

「平気だ。死ぬくらいなら何だってできるよ」
「……そう、ですよね」

 シンゴが軽くルカの手を引いて、ようやく歩き出した。

「どうせ進まなきゃならないんだし。――何があったって、俺がちゃんと守ればいいんですし」

 またそれか。
 白い闇の中に響く凛としたシンゴの声が、また少しルカを寂しくさせた。




2008.04.20(Sun) | rebellion | cm(0) | tb(0) |

死にゆく僕等に最後の痛みを 3



 デニム地のミニスカート。
 紺と白の太いボーダーの薄いニット。
 じゃらじゃらと音を立てる、存在感ありすぎるくらいのネックレス。
 ……似合わないわけじゃないが、やっぱり奈央ではないな、と思う。
 変に暑い屋外のプール。そのギャラリーで、奈央はプールに視線を釘付けにされていた。
 普通の妹。親が傍にいて、ああ卑屈にならなくて、そうだったら俺の妹はこんな風になってたのか。ミニスカートなんて恥ずかしくて穿けないよ、といつか言っていた奈央を思い出した。

「ね、瀬川くんの出番いつかな?」

 期待を込めまくった視線で奈央は俺を見た。さあ? と答えると、不機嫌そうに頬を膨らませる。

「お兄ちゃん何それ! 親友でしょ!?」
「知らないものは知らない」
「聞いておいてよぅ!!」
「関係あるのお前なんだから自分で聞きにいけば? 今から」
「それじゃ遅いのっ」

 まだ高校生のはずなのに、二十歳を超えていたあの奈央よりも大人びて見えるのは服装のせいなのか。ともかく奈央は白や桃色とか黄色とか、薄くて万年春みたいな色合いの服が多くて、裾や袖にいつもレースかフリルがついていた気がするから、余計子供っぽく思えるんだろう。今思えることであって、当時は違和感なんてなかったけれど。

「瀬川くん、一番になるかな?」

 今度は心配そうな声。
 そんな心配しなくても、瀬川は速い。馬鹿みたいにいつもいつもがむしゃらだ。

「なるよ」

 だから俺はそう答える。
 短いホイッスルの後、瀬川が飛び込み台に立つ。
 更にホイッスル。選手が一斉にばしゃんと飛び込む音がして、俺は目を閉じた。



「どーだった、今日の俺! ぶっちぎり優勝!」

 夕方、会場からの帰り。瀬川はいつものように自転車を引き、俺と奈央はその横を歩く。奈央は心持ち俺より瀬川寄りを歩く。ここで近づいても変だから、俺はそのままの間隔を保っていた。
 瀬川は予想通り一位。本人が言うようにぶっちぎりだった。隣で応援する奈央も終始「すごいすごい」と声を上げ、拍手を送っていた。

「ほんとすごかったよ!! 見ててびっくりしちゃったもん」
「マジで!? カッコよかった?」
「え!? え、えっと、」

 明らかに狙ってる瀬川の質問。お前それ卑怯だろ。実際の高校時代はそんなこと絶対聞けなかったくせに。
 奈央はあたふたして視線をきょろきょろと彷徨わせてから、うん、と小さく頷いた。白いパンプスの低いヒールがアスファルトを控えめに叩く。

「そっか! 奈央にそう言われると自信つくし! 第一、奈央が応援してくれたから今日勝てたんだ。さっすが俺の勝利の女神!」
「え、あ、そんなことないよっ、……あ、でも、……あたしも、瀬川くんが聞きに来てくれたから、頑張って歌えたんだよ」
「じゃあお互い様だな。相互補完っていうか」

 『理央と瀬川くんが聞きに来てくれたから、頑張らなきゃ、って思ったの』
 奈央がいつか言っていた言葉。
 今の奈央の考えの中に、俺の存在はどこにもなくて、俺の居場所も、奈央の中にはまるでないのかもしれない。
 自然と歩みが遅くなる。
 普通、俺はここにいるべきじゃないんだろう。奈央が瀬川を好きで、瀬川も奈央を好きで、それを俺は知っているんだから、察して家で本でも読んでいるべきだ。この奈央は本当に“今”に夢中で、それは普通の女子高生で、とても可愛いと思う。受け持った生徒なんかよりは余程可愛い自信がある。

「理央、あんま遅いと置いてくぞ」
「二人で先に帰ればいいだろ」
 
 自棄になっていたわけではないが、そうすればいいと思った。二人ともそうしたいだろうとも思う。
 奈央は俺の提案にまたあたふたしていたが、そんな奈央を気にすることなく瀬川は足を止めると、振り返った。

「待つよ。三人で帰んの!」
「そ、そうだよお兄ちゃん! 三人で帰るの!」

 本当は少しがっかりしたくせに。
 奈央ではないけれど、この奈央はとても可愛い。やっぱり瀬川に渡すわけにはいかないな。そう思いながら、仕方なく歩く速度を上げた。



2008.04.18(Fri) | eternal damnation | cm(0) | tb(0) |

死にゆく僕等に最後の痛みを 2



 懐かしい、やわらかい陽の光。
 この眩しい陽射しは、実家の自室によく似ている。窓の位置が東側だったから朝日の光がやたらと入るのだ。ああ、そういえばこの枕の感触も、自分の部屋のものにとてもよく似ている気がする。このやわらかさを、俺は知っている。
 こんこん、と控えめに音がする。……ノック? 心地よさに俺は音をそれ以上気にすることなく枕に顔を埋めた。ノックの音は段々大きくなり、最後に痺れを切らしたかのように、がちゃりと扉が開かれた。

「寝坊なんて珍しいね、お兄ちゃん! 早く用意しないと瀬川くん待たせちゃうよ」

 泣きたくなるほど懐かしい声。ゆっくりと目を開けると、そこには、……そこには。

「ほら、早く起きて? お母さんが朝ごはん片付かないって言ってるから」

 奈央の声。奈央の瞳。懐かしいセーラー服。少し拗ねたような顔。
 ――『お兄ちゃん』と呼ぶ、何の悪気もないその響き。
 体を起こしてみると、奈央と揃いで買ったパジャマではなく、高校時代に寝るときに使っていたジャージを身に纏っていた。そんなものも懐かしい。
 こんなに痛い夢を見るなんて。
 高校時代の夢。もしかしたら一番幸せだったかもしれない頃の――、……?

「っ、おい、奈央!」

 セーラー服姿の奈央は、肩までの髪を緩く巻いていて、それも俺の記憶の中の奈央と結びつかなくてなんだか不思議だった。
 けど、何より不思議なのは。

「……母さん、って、言った?」
「え? うん。あたしもう朝ごはん食べちゃったから、早く行かないとお母さん怒っちゃうよ?」
「じゃなくて! 母さんは父さんとアメリカに、」

 そのはずだ。
 父さんは外資系の企業の重役で、海外の長期出張に母さんもついていった。だから俺と奈央は残されて。
 なのに奈央は、何か変な話でも聞くような目で俺を見ると、あははは、と明るく笑った。

「ちゃんと顔洗って目覚ました方がいいよー? お父さんは専務さんで本社勤務でしょ? お母さんはしっかり家庭を守る専業主婦! いて当たり前だよ。お父さんとお母さんがそんな遠くに行くなんて言ったら、あたし泣いちゃうかも」

 えへへ、と照れ隠しのように奈央が、笑う。
 奈央は、そんなこと、絶対に言わないのに。
 早く着替えてね、と告げて部屋を出ようとする奈央をまた引き止める。何? と振り向くその顔は少し面倒そうだった。

「……髪」
「え?」

 緩くふわりと巻かれた髪を指差すと、今度は嬉しそうに顔を綻ばせる。

「ちょっと頑張ってみたの! こうしたら可愛いかもよ、って部活で先輩が言ってくれたから。似合うかな?」
「似合うよ」

 奈央が、目を丸くした。
 似合うと思った。いつもと雰囲気は違うけれど、似合わないことなんてない。俺にとってみれば何でもなくさらりとそう言うことが当然で、奈央もそれに笑いながら礼を言うというのがいつもの俺たちだ。

「び、っくりしたぁ……。素直に褒めるなんて気持ち悪いよ? あ、もしかして新手の作戦? ひっかかったぁ」

 この奈央は、誰なんだろう。
 父さんも母さんも好きで、俺の言葉を簡単には受け入れなくて、少し、子供っぽくて、明るくて、

「でも嬉しい。ありがとね、お兄ちゃんっ」

 俺を、お兄ちゃんと呼ぶ。
 


 懐かしい学ランを着て、見慣れた角で待ち合わせ。俺と奈央は徒歩、瀬川は自転車登校だ。最初はマウンテンバイクだったけど、ママチャリにチェンジしてるってことは、今は二年か三年ってことか。奈央後ろに乗っけたいしー、とかほざいてたのを思い出す。
 ママチャリに跨る瀬川に近づいて、最初に奈央が手を振って「おはようっ」と明るく声をかける。おう、と瀬川が奈央に視線を合わせた。

「お、髪いつもと違う! かわいー」
「あ、ほ、ほんと? ほんとに?」
「俺奈央にはぜってー嘘つかねぇよ?」

 奈央が、何かを噛み締めるように、そしてすごく嬉しそうに笑った。
 そりゃ可愛いだろう。髪形が違わなくたって、この奈央は可愛いと思う。これは、誰も知らなかった奈央だ。
 毎日毎日俺と穏やかな時間を過ごした妹じゃない。こいつは、俺の知ってる俺の妹じゃない。
 奈央の鞄を自転車のカゴに入れ、奈央が瀬川のママチャリの後ろに横向きになって座る。奈央がスカートの裾を直しているとき、瀬川は俺を見た。

「……やっぱ制服似合うな、理央」

 そう言った瀬川の顔は、あの、赤い密室で白い服を着ていた、あの瀬川の顔だ。
 俺の夢じゃない。俺の妄想じゃない。もし夢や妄想だったとしても、そこに瀬川が入り込んでいるんだ。
 ――そんなに俺が嫌いか、憎いか。俺の愛した奈央を奪って、自分だけが好かれて満足か。どうせお前も俺ももう死んでるのに。
 自転車がゆっくり前進する。落ちないようになのか、奈央は瀬川の背中に肩を預けていた。この奈央は俺の知る奈央じゃない、そう思っているのに、触れ合ったその部分を引き裂きたくてしょうがなかった。
 醜い、醜い、醜い。違うとわかっているのに、奈央であるというだけで執着する。だって、あの声で、あの姿で。鈴城奈央を名乗るのなら、俺以外の男と親しくするなんてやめてくれ、とまで思う。あれは、知らない奈央なのに。
 あんなにもあからさまに瀬川への恋情を示す奈央なんて、奈央じゃないとわかっているのに。

「あ、あのね瀬川くんっ」
「ん? どした?」
「この前コーラス部の発表会来てくれたでしょ? えっと、そのお返しじゃないけど、今度の水泳部の大会、応援しに行ってもいいかな?」
「え、マジで!? 大っ歓迎! 奈央に応援されたら絶対いいタイム出るって!」

 水泳の応援なんて行っても仕方ないんだぞ、と言ってやりたかった。昔、声援は耳には入るけど言葉として認識できない、って瀬川自身が言ったのだ。そんなに気張って応援なんてしなくても、瀬川は速い。
 頼むから、そんな顔を他の奴に見せないで欲しい。さして暑くもないのに、頬を紅潮させるのもやめてほしい。
 ――これ以上俺に醜さを自覚させないで欲しい。どす黒くて汚くてどろどろしている心を、これ以上抉ったら俺は瀬川を殺してしまうかもしれない。今ここで、どうにかして。そして瀬川を失って泣き叫ぶ奈央を奪ってどこか遠くへ行ってしまいたい。別人だと分かっているのに!!

「……理央、気分、悪いのか?」

 瀬川はわざとらしく横目で俺を見て、低い声で言った。
 俺は少しも迷わずに返すことにする。

「最ッ悪だ」

 

2008.04.17(Thu) | eternal damnation | cm(0) | tb(0) |

死にゆく僕等に最後の痛みを 1


「理央」

 激痛が引いたように感じられた頃、声を、聞いた。
 気がついてみるとそこは、四方を真っ赤な壁に囲まれた密室。起き上がった俺は全身を黒い服で覆い、目の前には、真っ白な服を着た、

「……せ、がわ、……」

 瀬川がいた。
 ああ、夢だ。と思った。
 そうでなければここが生の向こう側なんだろう。
 確かに俺はさっき奈央に刺されて、倒れて、痛みを感じながら目を閉じたはずだ。瀬川はトラックに撥ねられて死んだ。きっと俺も、もう。

「……久々、だな。理央」
「……説教でもしに来たのか? お前が俺と一緒にいられるはずないだろ」

 瀬川が行くとすれば天国だろうし、俺が行くとすれば地獄だ。
 瀬川はただ純粋に奈央を愛していただけで、俺は、みっともなく、何をきっかけにしてでも奈央を手に入れようとした、汚い男だ。

「……やっぱお前、単なる兄ちゃんじゃなかったんだな。俺の一番のライバルだったわけだ」
「お前らが付き合うって言い出した時、本気で吐くかと思った」
「理央の望み通り結局どうにもならなかったけどな」
「当然だ。誰がさせるか」

 こんなの、負け惜しみだ。
 瀬川は奈央と手を繋ぐくらいしかできなかったのかもしれない。
 でも、それだけで十分だったんだ。奈央の心に居座り続けるには、その手の温もりがあれば、それで十分だった。

「……理央は、俺になりたかったんだよな、きっと。で、俺は理央になりたかった」
「……そう、なんだろうな」
「理央は俺になれれば奈央のこと、ちゃんと好きでいられたと思うんだろ? 俺は、理央になれれば奈央とずっと一緒にいられると思った。俺は思ったよ、お前と奈央をずっと見てて、あの状態の奈央の心の穴を俺は綺麗に埋めてみせる、って。ま、俺がいなくなったからああなっちゃったんだよな。可哀想、とも、可愛い、とも思ったよ」
「趣味が悪い」

 瀬川は、ははは、と笑ってから、おそらくはこれまでで初めて、俺を本気で睨みつけた。

「――俺がいろんな気持ち抑えてんの、わかんねぇの……?」

 殴りたければ殴ればいいと思った。
 どうせもう死んでいる。死んだ後にまた殺されそうな気がしたから、それ以上は言わなかったが、瀬川は当然不機嫌そうだった。

「お前は分かんないからそう言えるんだよ。俺には、奈央の態度はいつも拒絶にしか見えなかった。それでも一緒にいたいと思ったのはもちろん俺のエゴだけど、……お前がいなければもう少し違ったんじゃないかって思ったことは何度も何度も何度もあった。せめてお前が普通の兄貴なら違ったんじゃないかって」
「変わらないと思うけどな。お前だから、こうだったんだ。もし俺とお前の立場が逆だったとしても、お前は自分が思うような行動に出られない」
「それなら、」
 
 瀬川が笑った。

「奈央があくまでも、本当に普通の妹だったら? お前と多少の能力の差異はあるかもしれない、けどそれを個性と認めて素直に生きる、普通の妹なら? お前はそうやって勝ち誇っていられる?」
「………っ」

 瀬川の真っ白なシャツが、眩しく見えた。
 声にならない。
 俺が思っていた血縁の強み。それはすごく脆くて、結局は、血縁なんて言葉を借りながら、奈央の心の暗い部分を利用していたにすぎなかった。

「お前にも味わってほしいんだよ、理央。俺とおんなじ痛み。心がこっちを向いてくれないことが、拒絶が、どれだけ苦しいか知って欲しい」

 瀬川がぱちんと指を鳴らすと、光が弾けた。
 閃光の眩しさに目を細める。光の中に、瀬川の白い服と俺の黒い服、それに赤い密室が融けていった。


2008.04.17(Thu) | eternal damnation | cm(0) | tb(0) |

あの青い薔薇は今日も咲く 6


すいませんでした、隠します。



今、
・ツキ高流風
・ご近所流風
・青薔薇ルート流風
でどの流風が一番賢くてどの流風が一番可愛いか、とかを考えてるんですけど。(笑)
暇人です。とにかく青薔薇の流風は無邪気で人を疑わなくて両親とも仲良しだと思います。
ツキ高の大和と慎吾が青薔薇の流風にあったら「な、なんだこいつ可愛いぞ……!?」とかいう展開になりそうです。すいません馬鹿です。


2008.04.10(Thu) | Title | cm(0) | tb(0) |

あの青い薔薇は今日も咲く 5



『今、どこ?』
 
 それだけの文面の彼女からのメールに、部室、という二文字を返す。
 その後返事が来ないということは、多分こっちに来るのだろう。陸が学校に顔を出さなくなってからは千鶴も部室に来るのが憚られるらしく、こうしてケレスがひとりで部室にいる時以外には来ることもなくなっていた。
 そう、四限という真昼間、部室にはケレス一人だった。椅子に凭れてのんびりしながら、優雅なサボりタイムを楽しんでいた。
 ほどなくして部屋の扉が開く。見なくてもそれが誰かは分かっているから特に目を向けたりはしなかったが、彼女はそれが気に障ったらしい。
 
「……もう少し嬉しそうにするとかできないの?」
「思ってもないことできるか」
「あーそうですかー。ほんっと、後輩なのに全然可愛くない」

 可愛くないのはどっちだ。そんな問答も飽きるほどやった。気がつくとしているやり取りなので、今は意識的に止めたが、明日には同じことをしているのかもしれない。食事の席で、車の中で、或いはベッドの中で、いつも同じやり取りをする。
 とにかく彼女は可愛くない、というのが結論だった。あれはいつの日のことだったか、ケレスの友人がバイト中に千鶴を『見てくれだけの女』と評したのは、かなり当たっている。周りに完璧と思われていたいのなら、せめてケレス相手にも完璧を装っていてほしい。彼女が完璧でないことなど分かりきっているが、こう欠点ばかり露にされても困る。最近の千鶴はまるで手のかかる子供だった。

「今日、部屋行ってもいい?」

 そんなことを考えていると、いつの間にか千鶴はケレスの膝の上に座っていた。相変わらず軽い。……とは思ってもそんなことは言ってやらないのがお約束で、重い、と漏らせば強い力で頬を抓られた。

「来るなっつっても来るんだろうが。……つーかお前、仕事は」
「日付変わる前には終わるから。それに、来るななんて照れ隠しでしょ?」
「頭沸いてんじゃねぇのか? ちっと冷やしてこい」
「あ、酷い。……でもいいわ。そんな私を突き放さないケレス君の方が余程頭沸いてると思うもの。違う?」

 それには即座に否定することができなくて黙ってしまった。黙れば向こうの思う壺だというのに。
 やっぱり訂正。ケレス君は可愛い。
 そう言って千鶴はケレスの首に腕を回した。
 こっちは絶対訂正なんかしてやらない、と思いながら、ケレスも千鶴の腰を抱いて軽く寄せる。


 彼女は少し、キスが上手くなった、と思う。




 
 何のつもりでこんなことをずるずる続けているのか。
 そんなこと、ケレスが一番聞きたいと思っていた。
 彼女を本当に自分のものにできるなどとは思ってもいないし、したくもない。かと言って、陸が帰ってくるまでこうしている、と決めているわけでもない。そもそも、こんなことをしても陸は帰ってこない、と感じているのは他でもないケレス自身だ。
 そうなると、自分の意思で、ということになる。その可能性だけは頭から否定したかった。頭の沸いている彼女を突き放せない自分。彼女が言うように十分自分の頭も沸騰しているのかもしれない。
 
「今度の日曜、暇?」

 宣言通り日付が変わる前に仕事を終わらせたらしい千鶴は、ケレスのアパートの近くにある、二十四時間営業のスーパーの袋をぶら下げて、部屋を訪れてきた。夕飯ろくなの食べてないでしょう? と、そのまま台所で手早く作ってみせたのはボンゴレビアンコだった。それも、レトルトのソースなどは一切使わずに、白ワインもそれなりのものを使って、アサリの調理も完璧だった。
 自分が作ったパスタを口に運びながら、千鶴が発したのが先刻の台詞だ。

「日曜はバイトだ」
「あ、引っ越しの? 日当いいもんねー、お疲れ様」

 稼いでいる売れっ子のモデルが言うとどんなに善意からだったとしても嫌味にしか聞こえない。というより、千鶴が言うのだから嫌味なのだろう。

「買い物付き合ってもらおうと思ってたのに、残念」
「お前の買い物には二度と付き合わないっつっただろ」
「いいじゃない。私が見立てた服、気に入らなかった?」

 そういう問題ではないのだ。そういった場所がまず得意ではないし、そんな得意でない場所に女といるということも苦手というよりは変だろうと思うし、その女はそういった街では特に知られているような人間な訳だし、多少変装しているとはいえ目立つ何かがある。隣にいるケレス自身が目立つ容姿をしているというのもあるが。

「それともペアルックがよかった?」

 千鶴はパスタを巻いたフォークを、あーん、とケレスの口許に寄せる。
 もちろんそんなものは受け入れるはずがない。

「寝言は寝て言え」

 千鶴の差し出すフォークは無視して自分の皿に盛られた分を食べきると、ご馳走様、と小さく告げた。
 彼女は拒まれたことに少し不機嫌そうではあったけれど、ねえ、とケレスに声をかけて笑った。

「そういうとこ、律儀よね」
「は? 何が」
「うん、そういうとこ、結構好きなのかもなあ、私」

 まだ皿に残るパスタをゆっくり食べながら、千鶴は満足そうに笑う。
 そんな納得した顔をされても、ケレスには何が律儀なのかさっぱり分からなかった。




2008.04.03(Thu) | Title | cm(0) | tb(0) |

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