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軽石へちま

Author:軽石へちま
基本自キャラで凄まじく妄想してみる。
隠れ家なのでBLとか黒とか暗とか主。
キャラ崩壊必至。何とも思わないけども。
妄想についてこれる人だけどうぞ。

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今年の桜井さんち



 桜井家のエアコンは、数年稼働していなかった。
 貧乏な暮らしではあるけれど、一応安いエアコンは設置していたのだが、我慢比べのように毎年夏は扇風機だけで乗り切っていたため、埃をかぶるばかりで(定期的に弟二人が掃除はしていたが)、涼しさをもたらしたことは設置の時の試運転以来ない。しかし今年はそれまでの生活が嘘のように、エアコン大活躍である。独壇場である。記録的な猛暑のおかげで、扇風機がただ熱気をかき混ぜるだけの機械になったことをきっかけに、桜井家の三兄弟は一大決心をしてエアコンのリモコンを手にしたのだった。最初に稼働したのが7月の終わり。夏休み一杯使ったら9月からはどうにかなるだろうと思っていたのに、今年は猛暑が長引いているようで、カレンダーをめくったというのにまだだくだくと汗をかく日々が続く。自然、エアコン様にもまだ仕事をしていただいている状態だ。
 その上、今年の桜井家には客人がいる。いなりとうどん、二匹の愛猫ですらクーラーの恩恵にあずかれなかったというのに、今年来た客人は涼しい部屋の中で長兄の世話になっているのだ。猫からすれば解せぬ話かもしれないが、幸いなことに二匹の猫は客人によく懐いていた。白い毛並のうどん、茶色いいなりは、揃ってくああとあくびをするとタンスの上から飛び降り、客人にすり寄った。
 その客人――濡れたように美しく、長い黒髪を持つ少女は、医者に向けて大きく口を開いていた。

「どうだ」
「うん、腫れはないみたいだね。ほかに異常あるようにも見えない」

 舌圧子を少女の口から引き抜くと、医者は微笑みながら左手で持っていたペンライトの明かりを落とした。
 少女のすぐ脇にはこの部屋の主である桜井 拓海が腰を下ろしていた。その瞳は珍しく真剣に医者を見据えている。

「だからまあ、つまり、薬でどうこうできる問題ではなさそうなんだ。心因性の可能性が高いと思う」
「……そうか」

 少女の大きな瞳は、ふたつとも透き通るようなアイスブルーだ。この国では珍しい色の瞳をぱちぱちさせて少女は医者の顔をじっと見る。
 その少女の頭に拓海が大きな掌を乗せると、少女の意識は拓海に移ったようで、今度は不思議そうに拓海の表情を窺い始めた。
 往診用の鞄に器具をしまう、この医者は拓海の高校の頃の同級生だ。名を松風 真臣という。昔から友人が極端に少なかった拓海にとっては、今でも連絡をとる相手など真臣くらいだ。常識も多々欠落している拓海だが、そういった相手の存在がそれなりに重要であることは理解している。だからスマートホンの電話帳にもずっと真臣の番号は消さずに入ったままだ。
 学生時代から成績優秀な優等生、体格もよくてスポーツもできる、加えて優しさと気品に溢れていた真臣は、今は小児科医という職についている。医者一族であることは知っていたから医者にはなるのだろうと思っていたが、小児科医と聞いた時は何とお似合いだろうと思ったものだ。きっと子供だけでなく親や職員にも人気な先生なのだろう。多忙を極めるであろう小児科先生がこうして時間を作ってくれたことは本当にありがたいと思っている。拓海にもそれくらいの感謝の気持ちを持つ常識くらいは持ち合わせている。

「悪いな、無駄足踏ませちまって」
「無駄足じゃないだろ? ほかに異常がないってわかったんだから、拓海には安心できる材料がひとつ増えたわけだ」
「だからだろ。わざわざ呼びつけることなかった」
「それは最初から分かっていたことじゃないか。それでもぼくを頼ってくれたんだから、ぼくは嬉しいよ拓海」

 神か仏かという程の優しい台詞が似合う真臣が、拓海は実は苦手である。だからといって嫌いというわけではない。自分に持ちえないものを持っているから、眩しいと感じるのだ。
 確かに最初から、この少女を小児科医に診させるのはお門違いであることはわかっていた。それでも他に当てがなかった。真臣ならば断わらないという打算もあった。その後ろ暗さが、拓海に真臣をより眩しく見せている。

「しっかし、弟たち一筋だとばかり思ってた拓海がこんな綺麗な女の子の面倒見るなんてね。意外だ」

 紺色のセーラー服姿の少女に視線を落とした真臣がそう声を掛ける。
 少女は拓海の傍に正座したまま動こうとしない。真臣に診察される前から、座る場所は変わらないままだ。
 彼女の名は野島 紗央。長い黒髪、透き通るアイスブルーの瞳、滑らかな白い肌、まるでアンティークドールのような美しさをもったこの少女は、拓海が先日保護し、それから縁あって桜井家で面倒を見ることになったのだ。
 紗央は今、声が出せない。拓海が保護したとき、誰かに暴行を受けたのだろう殴る蹴るの傷が多々見受けられた。声が出せないということが、外的要因なのかそうでないのか、素人である拓海には判別がつかなかった。だから病院に行こうと散々紗央を諭したのだが、本人がどうしても行こうとしないので、こうして真臣を家に呼ぶという苦肉の策をとったのだ。
 その真臣が外的要因ではないと言うのだから、おそらくそうなのだろう。相当ひどいいじめを受けていたようで、それが原因であることは想像に難くない。最初に紗央をこの部屋につれてきた時、着替えをさせたのは上の部屋にいる響家の娘、奈央だった。背中や脚に煙草を押し付けたような火傷の痕もあったという。……そこまでは真臣には報告していないが。

「雨ン中ぶっ倒れてんのに放っておけるかよ」
「昔の拓海なら見向きもしなかったね」
「マサてめえ殴るぞ」
「おっと怖い。あ、でも猫拾うのは昔から変わらないね。今も二匹いるみたいだし」

 くるりと狭い部屋を一周見回すと、茶色い猫と白い猫を見つけて真臣が笑った。
 その二匹の猫は真臣の言う通り、拓海が拾ってきたものだ。桜井家の家計を稼ぐ拓海である、動物を飼う余裕などないことは百も承知だったのだが、何故か捨て猫によく遭遇してしまう。仕方なしに助けてやったと言うのに、いなりもうどんも拓海に懐く様子がない。弟たちからは「こいつらの気持ちはよくわかる」などと言われる始末だ。

「くだらねえ話はやめろ」
「えー、くだらないかなあ。拓海は昔から顔に似合わず優しいっていうお話なのに」

 少し悪戯っぽく真臣が笑うと、真臣のジャケットの裾を紗央が手を伸ばしてぎゅっと握った。アイスブルーの瞳は大真面目に真臣を見据え、こくこくと何度も頷いている。

「ほら、紗央ちゃんももっと聞きたいって」
「別に面白くねえぞ」
「え、面白いよ。拓海はね、古い体育倉庫の中で拾った黒猫の世話してたんだよ。まだご両親健在の頃だから、高2くらいだったかな。世話するつもりなんかなかったのに懐かれすぎちゃってさ、気が付いたらもう放っとける状態じゃなくなってて、でも自分で飼う気はないし、飼ってくれる人を探すつもりも拓海にはないからね」
「お前がクラスの奴に声かけたんだったか」
「うん、試しに聞いてみただけだったけど。飼ってくれる人が見つかってよかったよ。ね、紗央ちゃん。拓海、今と変わりないでしょう?」

 真臣の問いかけに、紗央は人形のような整った顔をくしゃりと綻ばせた。拾ったばかりの頃は感情もないような子だったが、拓海の手から食事をとるようになってからは随分と表情豊かになった。よく笑う、よく怒る、拗ねる、喜ぶ。年相応よりは少し幼いくらいかもしれない、紗央のその感情表現に、内心拓海はほっとしていた。苦痛をすべてその小さな体に押し込めて、家族には迷惑をかけたくない、と音のない声で必死に拓海に訴えた少女が、今こうして可愛らしく笑っているのだ。叡一も炎而も、その点に安心しているのは同じようで、早く声が聴けるといいね、と話している。
 
「さて、じゃあぼくはそろそろお暇しようかな」
「時間あるならゆっくりしてけ。こいつ、料理すげえ上手いんだ」
「御厄介になりたいのは山々なんだけど、外科と打ち合わせが入っててね。今度ちゃーんと時間作るから、その時に積もる話もしようよ拓海」

 にこりと笑う真臣が、往診鞄を手に立ち上がる。そこまで送ってくるから待ってろ、と拓海は紗央に声をかけ、部屋を出る真臣の後に続いた。



 室内の涼しさが嘘のような日照りの中を、ジャケットを脱いで片腕にかけたスーツ姿で歩く男と、黒のTシャツにデニム姿の男。どこからどう見てもバランスの取れていない二人である。

「可愛い彼女だね、拓海」
「とびきりの美人だってのは認める」
「ぼくは三人称単数形としての“彼女”の話をしたいわけじゃないんだけど」
「なら言い直せ、あの子は可愛いね、で十分だろ」
「頑固なとこは変わんないなあ」

 真臣が呆れたように笑うと、言ってろ、と拓海は目を逸らす。
 学生の頃から、性格的にはまるで一致する点がなかった。真臣は優等生、拓海は不良と呼ばれる存在であったし、基本的に拓海から声をかけたことはほとんどなかった。このつながりは、ひとえに真臣の人柄のおかげなのだ。彼の打算のない善意が拓海にとってはいまだに眩しく、しかしそのおかげで紗央を診てもらうことができたのだから相当の感謝をすべき点であることもまた理解している。
 
「ねえ拓海」

 隣を歩きながら問いかけられた声に、特に首も動かさずに「何だ」とだけ答える。

「紗央ちゃんはきみのことが好きだよね」
「だろうな」
「あ、気付いてたんだね拓海でも」
「あの年頃のガキにはよくあることだろ。それとも何だ、俺に15のガキに手ぇ出して犯罪者になってほしいのか?」
「紗央ちゃん15歳なんだ。来年には結婚できちゃうよ」
「くだらねえ話はやめろっつってんだろ」

 話の意図が読み取れずに、痺れを切らして拓海は立ち止まった。
 文脈通りに解釈するのなら、拓海は紗央と付き合って結婚するべきだと言っているように聞こえる。しかし、真臣がそんなことをわざわざ回りくどく伝えるだろうか。

「ぼくは思うんだよ、拓海」

 拓海に続いて真臣も立ち止まる。炎天下の中は車も通らなければ人の姿もない。
 額にじわりじわりと玉のような汗が浮かぶ。

「きみが大事に大事にしてきた叡一くんや炎而くんは、きみが今思っているほど子供じゃないんじゃないかって」
「あいつらを子ども扱いしてるつもりはない」
「そうだね。そうなんだろう。だから逆なんだ、きみ自身が兄であろうとしすぎてるんだと思う。きみにとって、二人の弟を養うことがこれまでの働く意味で、生きる意味だったからだ。彼らが弟でいてくれないと、きみには生きる意味がなくなってしまう」
「……何が言いてェんだ」
「簡単だよ。……新しく大事なものを、傍に置いたらいいんじゃないかって思うんだ。拓海がまた、自分の時間をたくさん費やして守ってやる存在をさ」
 
 耳の痛い話だった。
 確かに、すぐ下の弟である叡一はもう大学生で、そうしようと思えばもう十分ひとりで生きていける。末っ子の炎而ももうすぐ高校卒業だ。二人ともバイトはしているし、言われてしまえば確かにもう兄として拓海がすべきことはすべて終えているのかもしれない。元々自分への関心は高くない拓海である。弟たちが家を出れば、仕事をする意味も見いだせなくなるかもしれない。ならば弟たちの代わりに誰か、というのも筋は通っているのだろう。けれど拓海は自分への関心と同じくらい、他人にもあまり関心がないのだ。
 真臣は複雑そうな拓海の表情を覗き込むと、そんなことはお見通しだったとばかりにふふんと笑う。

「拓海、昔から面食いじゃないか。年齢さえなければ間違いなく好みだろ? それに、家事できる子ってのも相当拓海の中では高ポイントと見た」
「だああああッ、うるせぇ!!」

 真臣は賢い。真臣に言わせれば「拓海が分かりやすいんだ」とでも言いだしそうだが、そんなことは認めたくはない。
 真臣は賢いから、推理してしまう。それがすべて当たっていることもまた、拓海は教えてやりたくはない。付き合いをもつ相手は選ぶべきだったと今さら後悔しても遅い。
 しばらく歩いて、大きなT字路に差し掛かると、真臣は「ここでいいよ」と立ち止まった。真臣はこの近くのバス停から駅に向かい、そこから病院へ戻るという。

「呼びつけて悪かったな。保険証無しで診察代ってどんだけかかるんだ、教えてくれ」
「え? いいよそんなの、なんでもなかったんだし。久々に話せただけでぼくは十分だしさ」
「それだけならんなでかい鞄持ってくる必要なかっただろ。……ダチなら貸し作らすんじゃねェよ」
「……そっか」
 
 真臣の善意は、ときに拓海をとてつもなく惨めな思いにさせる。そういうときばかり友達という言葉を出すのはそれはそれで卑怯であるとわかってはいつつも、自分が不利な時にはどうしても対等を主張したくなってしまう。
 睨みつけるような拓海の視線を、真臣はやわらかく笑って受け止めた。

「ならまた今度お邪魔しようかな。紗央ちゃんの手料理も御馳走になってみたいし、きみと紗央ちゃんがなんでもないなら、そもそも拓海が払う前提になってるのが間違いだ。それは当人と話をしないとね。文句は言わせないよ?」

 有無を言わせない口調で断じられては、拓海もそれ以上は何も言えず、舌打ちをしながら頭をがりがり掻くしかなかった。




「ただいま」

 拓海が部屋に戻ると、甘い香りが部屋の中に漂っていた。小さな台所で、制服姿の紗央がぱたぱたと動き回っている。
 拓海が帰宅したことに気づいた紗央は長く黒い髪を揺らして、にこりと笑った。

「何作ってんだ」

 紗央の肩越しに覗き込めば、どうやらトースターを使ってクッキーを焼いているようだった。来た時にスーパーの袋をぶら下げていたから、中身はこれの材料だったのだろう。 
 それよりも、トースターをトーストを焼く以外に使ったことのない拓海にとっては軽くカルチャーショックを隠せない。

「お前器用だな、こんなもんも作れんのか」

 まだ声の出ない紗央は大きくこくりと頷いた。トースターが高い音で焼き上がりを告げる。
 平たい皿にトースターから一枚一枚クッキーを取り出していく。プレーンなバター味のもの、ココア味、チョコレートのチップ入りのもの、紅茶の茶葉入りのもの。これだけ凝っていれば十分だろう。
 スプーンで落としただけのドロップクッキーだが、拓海と真臣が部屋を出てから拓海が戻るまでの間にここまで作ったのならば、手際の良さもある程度わかる。
 まだ冷めきっていないチョコチップ入りのクッキーをひとつ手に取ると、口に放り込む。味は確かだ。

「あいつ、今度また来るってさ。お前の手料理食いたいって」

 拓海の言葉に紗央はぱっと驚いた表情を作って、それから拓海のシャツの裾を握って上目遣いにこくこくと何度も頷いた。
 なんだ一目惚れかやっぱり顔か金か、と邪推を巡らせていると、紗央がスカートのポケットからメモ帳を取り出した。普段あまり筆談はしないが、どうしても伝えたいことがあると紗央はメモを使う。胸ポケットに刺さった三色ボールペンの黒を急いで出して、走り書きをする。

『タクが頼るひとは、みんないい人だから』

 自信たっぷりに見せられたメモを苦笑しながら目で読み終えると、その小さな頭にぽんぽんと掌を乗せる。髪の感触が心地いい。

「お前、そんなこと言うと調子乗るから間違っても本人に言うんじゃねェぞ」

 紗央は大きなアイスブルーの瞳をきょとんとさせると、小首を傾げて見せる。計算してやってんならひっぱたいてもいい、と思うくらいにその仕草は可愛らしく映る。
 これだから真臣にすぐ読まれるんだ、と拓海は目を強く瞑って頭を数回振ると、エアコンの真下で頭を冷やすのだった。
 今年の部屋には、涼しい風と、手料理の香りと、変わらぬ猫の鳴き声がしている。





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2013.09.19(Thu) | ご近所物語 | cm(0) | tb(0) |

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